書籍・雑誌

2018年4月13日 (金)

ママたちが非常事態⁉ (NHKスペシャル取材班 ポプラ社)

子育てをしている人たちが疑問に思っていることを科学的に解明した本です。私自身も子育ての経験がありますが、目からうろこが落ちた気がしました。

『・・・動物の赤ちゃんは運ばれるときは泣き止むという習性を持っています。その名残が、実は人間の赤ちゃんにも残っているのです。
・・・他人の子の泣き声では、母の脳で反応するのはごく一部です。しかし、我が子の場合は、反応する場所が明らかに多くなり、複数の場所が・・強く反応していました。・・実はこの脳の反応こそ、・・自分の子が泣いたときだけ母親たちが感じた「ざわざわした」「切ない」といった感覚の正体だったのです。
・・・出産したことのある人なら、妊娠時になんともいえない幸せな気持ちを味わった経験があるのではないでしょうか?なぜ女性ホルモンにこんな働きがあるかといえば、母に子を持った喜びを感じさせることで、これから訪れる大変な育児を頑張る準備をさせるために生まれた仕組みだと考えられています。ところが、出産と同時にこの女性ホルモンは急降下、一気に通常レベルに戻ります。
・・・調査中、チンパンジーと森の中で出会ったら、とにかく目を合わせないようにしながら、じりじりと間合いをつめて安心させるのだといいます。いきなり目を合わせることは、野生の世界では攻撃や威嚇を意味するのだと。
・・・みんなで協力しておこなうこの子育ては「共同養育」といわれています。実はこれこそが、多くの子をちゃんと育て上げていくため、700万年前に私たちの祖先が獲得した子育て戦略。つまり、人間本来の子育ての形だったのです。・・共同養育を求める母の体の本能と、現代の孤独な育児環境、そのギャップに母たちは苦しむ。それこそが”現代ニッポンの母の7割が育児に感じる孤独”の正体だと考えられるのです。
・・・「我が子を愛おしいと思う気持ち、母性というものは、もともと女性の脳に備わっているわけではなさそうです。赤ちゃんに実際に触れ、育児を経験する中でそのスイッチが入り、どんどん育まれているものだということを、今回の研究結果は示しているのだと思います。」
・・・胎児は30~40分ほどの長さの浅い眠りと深い眠りを交互に繰り返します。そして、浅い眠りの間に数回目を覚まします。・・胎児は昼よりも夜の方がよく目を覚ましている・・夜によく目を覚ますという胎児特有の睡眠は、母に負担をかけないための仕組みなのです。
・・・人間は、動物界で最も脳を大きく発達させた頭でっかちの動物です。二足歩行によって産道が狭くなったため、人間の赤ちゃんは脳がまだ小さく未熟なうちに生まれたこざるをえなくなったのです。脳が未熟であるがゆえに、筋力や視力、睡眠のリズムなど基本的な体の機能も未熟なのです。そして、それが夜泣きにもつながっているのです。
・・・「脳波を見ると、まだ睡眠の最中です。乳児は眠っているのに動いたり、声を出したり、眼を開けることもしばしばあるんですよ」・・実はここにも、人間の赤ちゃんが持つ未熟な脳が深くかかわっています。・・寝ているにもかかわらず、体が動いたり、声をあげたり、眼を開けたりするのです。・・「夜、寝ていた赤ちゃんが動いたり、声をあげたりして目を覚ましたように見えても、・・10秒間、様子を見守ってみる。そうすれば、赤ちゃんが本当に目を覚ましたのかどうかがわかるはずです」
・・・一般に野生動物は目を合わせることはほとんどありません。なぜなら、目を合わせるのは相手をを威嚇し、攻撃するときだけだからです。それゆえ、動物には目を合わせると脳の扁桃体が反応し、恐怖心が生まれる仕組みがあります。・・しかし、脳が未熟な赤ちゃんには恐怖心を抑え込む前頭前野が未発達です。・・それゆえ、赤ちゃんは視線を合わせたときに沸き起こる恐怖心を抑え込むことができません。だから泣いてしまうのです。つまり、人見知りは、単に相手のことが怖いのではなく、相手に興味を持っている証拠なのです。・・最初は視線を外しながら、徐々に赤ちゃんとの距離を縮めていくのがおすすめです。
・・・イヤイヤ期の子どもたちは、目先の欲求を我慢できない・・イヤイヤ期の子では前頭前野の活動が一様に低かったのです。前頭前野は、脳の中でも最も高次元の機能を担っている”人間らしさを生み出す脳”といわれています。その大切な機能の一つが”抑制機能”と呼ばれるものです。・・抑制機能の発達には個人差があるのです。・・実は叱られて我慢させられているとき、脳では恐怖の中枢、「扁桃体」が激しく反応しています。その恐怖で欲求を無理やり抑え込んでいるにすぎないのです。子どもがなぜ我慢しなければいけないかを考え、自主的に我慢しなければ、抑制機能は働かないというわけです。・・本人の将来にとってプラスになる目標を理解させて我慢させることが大切だということです。
・・・オキシトシンは脳に働きかけることで、ペアを造ったり、子育てを夫婦でするという愛着行動を作り出していたのです。・・オキシトシンには、パートナーや子供に対して愛情を感じさせる働きがある一方で、子供に危害を与えたり、子育てを邪魔しようとする者に対しては、攻撃性を増すという働きもあるのです。・・現在、研究者たちの多くは、オキシトシンは感情を強める増幅器のような働きをしていると考えています。
・・・女性の脳は、赤ちゃんの泣き声に敏感に反応するのに対し、男性の脳は女性ほど赤ちゃんの泣き声に敏感ではないことがわかったのです。
・・・みんなで子育てをするように進化した人間の女性は、特にコミュニケーション能力、共感性に優れています。とりとめのない会話は、子育てのための共同養育相手と仲良くなり、絆を結ぶためのツールです。
・・・男性の脳も、育児を経験することで、我が子を愛おしいという気持ちなど、父性のスイッチが入ることがわかりました。
・・・すでにパートナーガいる場合、オキシトシンは他の女性に近づきたいという男性の意欲を奪うのです。つまり、妻以外の女性を遠ざけようとするのです。』

2018年4月10日 (火)

夫婦脳 (黒川伊保子著 新潮文庫)

このブログを始めた頃に描いた黒川女史の書籍です。興味深い事項が多数ありました。50代の私としては勇気づけられる部分もありました。

『・・・そもそも男と女は、ものの見方が違うのである。女性は、ものの表面を舐めるように見る癖があり、男性は空間全体をまばらに眺める癖がある。
・・女は、それが何であれ、着目点に共感してほしい生き物。
・・・フェロモンには役割がある。異性には、遺伝子情報(免疫抗体の型)を匂いで知らせているのだ。動物たちは、なんと、生殖行為に至る前に、互いの遺伝子の生殖相性を、確認しているのである。
・・・ヒトのメスの生殖サイクルは、妊娠、授乳期間があるので約3年。したがって、女性は、恋に落ちて3年間だけ、相手の男性に「あばたもえくぼ」状態になり、3年以内に生殖に至らないと、急に相手のあら捜しを始めるようになる。恋の終わりに、女たちは「彼は変わった」というのだけど、変わったのは、たいてい女の脳の方なのだ。
・・・右脳(感じる領域)と左脳(言語機能局在側)の連携が良く、感じたことが即ことばになる女性脳。だから、女たちは、感じたことを感じるままにどんどんことばにしていくのである。逆に言えば、脳に溢れることばを口から出さないとストレスが溜まる。
・・・人間の骨髄液は7年で入れ替わる。毎日少しずつ入れ替わるのだが、まるまる入れ替わるのに7年かかる。すなわち、満7年以上前の細胞は残っていないのである。
・・・男性脳には、鈍感力がある。目の前の人の表情変化になんか心を惑わされずに、強い集中力を、長く継続する力だ。
・・・女性脳には、「長い文脈」を一気に把握する才能がある。・・だから、女性は、年を取って、経験の数が増えるほど、とっさの判断に揺るがなくなる。見た目よりも、押の強さで、女の年齢は知れるのだ。
・・・「全体を見通せて、かつ、今自分が全体の中のどの位置にいるのか」をつかめないと、男性脳は疲弊する。すなわち、男性脳は、ゴールが見えない事象に対する耐性が、女に比べて著しく低いのだ。
・・・「彼女にキレられたとき、どう対処したらいい?」・・対処法はただひとつ。「君を傷つけているの?申し訳ないことをしたね」と、その傷に優しく触れて、真摯に癒すことだ。
・・・女性の対話は、男性のそれとは、目的が違うのである。女たちは、感じたことを語り合い、共感することによってコニュニティの核を作ると共に、互いに感じたことが似ていることを確認しあって、自分の感性が群れからかけ離れていないことに安堵する。計測機器のゼロ点調整のみたいなものである。
・・・男女雇用機会均等法以後、この国の職業婦人から消えたのは、この覚悟だったのではあるまいか。・・覚悟をした方が自分の心が清々しくなるので、生きることが楽になる
・・・脳裏に過去の知識を総動員し、今の状況に対応する知恵をダイナミックに創出する女性脳は、状況の変化にびくともしない。逆に、予定を細かく決められると、「対応の最適化」がしにくくなるので、しんどいのである。・・女性脳の真骨頂は、臨機応変さにある。
・・・女性脳は、客観評価には、それほどの価値をおいてはいない。・・女性脳は、気持ちに触れてもらうと、自分自身を認めてもらったような気がする
・・・脳科学から言えば、結婚30年を越える頃には、見るのも嫌だった夫に、徐々にいとおしさが戻ってくるはずである。結婚35年目ともなると、今までにない一体感を経験するはずだ。
・・・ヒトの脳には、感性の7年周期があり、その4倍の28年間で、正反対の感性に向かう。この28年という単位で世の中を見ると、大衆感性のトレンドが見えてきてとても面白い。
・・・人生で一番頭が良いのはいつか、ご存じだろうか。実は、50代の半ば以降なのだ。ヒトの脳のありようからみれば、人生のピークは、意外にも遅くにやってくる。50代半ば、人の脳は、連想記憶力を最大にする。これは、ものごとの本質や人の脂質を見抜く力である。・・単純記憶力で生きているうちは、人生の基礎工事をしているに過ぎない。・・単純記憶力が翳りを見せ始める20代後半、脳はやっと狂ったような情報収集を止め、クールダウンする。すると、脳の持主は、周囲が見え、社会的自我が立つ。・・混沌の30代の終盤、40歳直前になると、誰の脳にも、めでたく”物忘れ”が始まる。これが、意外にも脳の大事な進化なのである。脳は、単純記憶力を連想記憶力にシフトしていくにあたり、余分な記憶をリリースする。
・・・女性たちのフェロモンセンサーの感度のピークは25歳といわれる。女性は、視覚や味覚など、他の感覚器の感度も25歳にピークを迎える。理由は、20代が最も出産に適した年齢だからだ。
・・・女性は、客観的評価ができないのではなく、客観的評価に興味がないので、それに付き合うのにうんざりするのである。・・組織に「いい隙」がなければ、ちゃんとした品格ある大人の女性が、のびやかに活躍することはかなわない。逆に言えば、そういう女性が存在するならば、その組織には、「いい隙」がある、ということになる。
・・・ヒトの脳の感性とは、まことに度し難い。主観と客観がより合わさるようにして、自己実現感をつくっている。それは、他人から見たら何でもない誇りに支えられるかと思えば、人もうらやむ境遇にいても、虚しかったりする。
・・・熟年離婚は、ボディブローのように後から効いてくる。たしかに、離婚した直後は、せいせいして重しが取れたような気持がするだろう。しかし、やがて、圧倒的な敗北感が襲ってくる。なぜなら、熟年離婚とは、長い人生時期を否定する行為だからだ。
・・・妻の脳は、「たとえ夫が逆側を指さしても、私はオレンジのバッグが買いたいのだろうか?」という自問の命題に挑戦しているのである。無意識に、だけど。・・夫が、自分の決めた側を指さしたら、かえって意気消沈してしまうのが、妻という生き物なのである。
・・・女の恋には、浮気というのは案外少なく、「深い確信」→「嫌気」→「次の深い確信」と
・・・健全な脳は、健全な睡眠が作るといっても過言ではない。
・・・この夏、あなたも、爽やかな印象を残したいのなら、Sのことばを駆使してみよう。
・・・一流のリーダーとは、実に自然で、気持ちのいい存在であるに違いない。あるべきところに物事を納め、流れに逆らわず、かといって流されない。その極意は、流れを先に読み、次の流れを自ら創り出すことにある。実のところ、世の中の、本当に脳の働きがいい人は、「頭がいい」だなんて褒められてはいない。たいていは、「運がいい」と言われているのである。「流れを先に読み、次の流れを創っている」ことに、一般の人は気づかないからね。ダンスの名手のように自然なので。
・・・年をとると、身体は動かなくなるけれど、意識のコントロールは豊かになる。この一体感は、昔は到底わからなかった。・・リーダーが、全責任を負う覚悟で「主たる背骨」をまっとうする一方で、パートナーは、彼の一部になる覚悟で、彼の背骨を、自分の背骨だと知覚する。ダンスの至上のパートナーシップというのは、どうもそういうことらしい。』

2018年3月12日 (月)

戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊 (川島博之著 講談社+α新書)

中国を何度も訪問した著者による鋭い考察で、たいへん参考になりました。

『・・・中国の親戚の結束は固いのです。
・・・中国の歴史とは、多くの農民を統治する歴史、と言い換えてもよいのです。
・・・集客が見込めない観光地に空港を造っていることや、冬で町が閑散としている時期でもマオタイ村全体を照明で煌煌と照らしていることに納得がいきます。そう、そのすべてがGDP増大につながるからです。・・中国では、短期間の実績だけが重要なのです。それが、長期的には負債の増加につながり地方経済に悪影響を及ぼすとしても、陳敏爾には関係がありませんでした。・・現在、中国のGDPは、このような施策によって嵩上げされているのです。・・現在、李克強の実績作りは営口市にとっては重い足かせになっているようです。それは、各種の施設の維持に費用がかかるためです。・・地方に派遣された官僚は、実績作りのため、無駄な公共投資を行っています。
・・・中国は、都市戸籍を持つ4億人と、農民戸籍を持つ9億人からなる国、戸籍アパルトヘイト国家です。・・都市戸籍を農民戸籍---それは日本の江戸時代の身分制度のようなものです。武士のこどもとして生まれれば武士、農民の子供として生まれれば農民になります。「おぎゃー」と生まれ落ちたときに、身分が決まるのです。このような、とても21世紀とは思えない制度が、中国には厳然として存在します。
・・・農民戸籍を有している成人は、国からの内の配分を受けることができます。ただ、・・平均すれば一人当たり0.16ヘクタール程度しかありません。・・農民は、健康なら、いつまでも働くことができます。つまり定年がありません。そのため中国では、農民には十分な年金制度がありません。また、農民戸籍の医療保険は都市戸籍とは別であり、都市戸籍の人の方が有利になっています。・・中国の都市には、都市戸籍を持つ4億人と、農村から移り住んだ3億人、合わせて7億人が住んでいます。
・・・農民相手のツアーは、貧しい人でも参加できるよう激安に設定されているとのこと。その結果、旅行会社はツアーだけでは利益を上げることができません。よって、このようなツアーでは、必ず客をツアー会社と組んだ量販店に連れていきます。そこで、日本土産を買わせるのですが、それは決して安くはないそうです。しかし、田舎から出てきた農民は知識に乏しく、添乗員にいわれるまま、高価な土産を買う・・・・・・旅行会社は量販店からキックバックを貰って、それによって何とか利益を出しているのです。日本にあるその量販店は、中国人が経営しています。そう、中国人(都市住民)が中国人(農民)を騙しているのです。・・中国では、大きな社会問題になっています。
・・・先進国型の消費社会に住んでいるのは、4億人だけなのです。
・・・なぜ中国に団塊の世代が存在するのでしょうか。その理由は、大躍進政策です。・・大躍進は毛沢東の夢想が生み出した荒唐無稽な政策でした。その結果、未だに明確な数字は明らかになっていませんが、約3000万人が餓死したといわれています。食料が極端に不足したことによって、1959~61年の出生数も激減しました。その責任を問われ、毛沢東は、1959年に国家主席を自任しています。なお、中国は1962年にインドとのあいだで国境紛争を起こしていますが、これは、失政に対する国民の不満を外に逸らすため、共産党政府が仕掛けたと考えてよいでしょう。尖閣諸島や南シナ海問題を考える際に、大いに参考になる事例です。
・・・中国の大都市「城市」には高い教育を受けた者が多く、そこではサービス産業を発展させることが可能でしょうが、農村部ではサービス産業を興すことは不可能といってもよいでしょう。そのため、中国の経済発展は大きな壁に直面しています。都市部の人口は4億人でしかない。農村部にある小都市たる鎮の3億人を含めても7億人。そして高い教育を受けた人はほとんどいない農村に、6億人もの人が住んでいます。
・・・中国は都市と農村を分けた統計を堂々と発表しています。そしてそれをみな当然と思っている・・・・・そう、まさに戸籍アパルトヘイト国家なのです。
・・・冷静に振り返ってみると、「ジュリアナ東京」はバブルの象徴ではありません。なぜなら、1991年に開設されたからです。つまり、バブル崩壊が始まったあとに開設された。そして、それから3年間にわたって営業を続け、1994年に閉店しています。現在の中国は、この「ジュリアナ東京」があった時代に似ています。2015年に株価が暴落したことや、一部の都市で不動産価格が下落し始めたことから、金融当局は危機感を募らせています。そのため金融・財政政策をフル稼働させ、必死になってバブル崩壊を食い止めようとしています。・・中国からの観光客の一人当たり消費量が減少したことは、バブルの崩壊が近いことを示しています。すべての中国人がバブルの崩壊を実感すれば、日本に来る観光客の数も激減することになるでしょう。
・・・黄河流域が小麦作地帯なのに対して、長江流域がコメ作地帯だからです。一つの文明に小麦を作る地域とコメを作る地域が同時に存在したのです。コメと小麦では、そこに育つ文明のあり方が、大きく異なります。その最大の原因は、灌漑の有無にあります。
・・・コメは、小麦に比べ、同じ面積の農地からたくさん収穫することができます。そしてコメは、同じ農地で毎年作ることができます。・・小麦は、連作障害(毎年作り続けると、土壌中の栄養分が減少したり、菌類が繁殖したりして、収穫ができなくなる現象)にも見舞われやすい。それをふせぐためには休耕が必要となりますが、休耕すれば当然のことながら、小麦を収穫することはできません。
・・・中国の黄河流域は小麦地帯です。そして、長江流域はコメ地帯です。そのため、中国文明を構成する人々は南北でその気質が大きく異なっていました。
・・・北部の乾いた大陸に成立した政権は、城壁をもって首都や主要都市を守りました。中国の都市は、城壁で守られています。国という漢字は、旧字(國)では、囲いの中に戈があることを示しています。囲いの中で兵士が守りを固めている、という姿です。そんな中国です。囲いの外にいる人々は、敵が攻めて来たときに守られることはありません。自分で逃げる必要があります。そして、その多くは農民・・・・・支配者が農民を守ることはありませんでした。このような意識下では、国民とは、都市の城壁の中に住む人だけ。これが農民を二流国民と考える意識を生む原因になっていると思います。
・・・現代になっても科挙は、中国人の者の考え方に決定的な影響を及ぼしています。現在でも中国は、徹底的な学歴社会です。その原因は、科挙が作ったといってよいでしょう。・・科挙は、地方の豪族が力を蓄え、中央に反旗を翻すことを防ぐためにつくられたシステムなのです。ただし、この制度は、汚職を生む原因にもなりました。・・科挙の合格者は、見ず知らずの任地に派遣されます。そして三年程度で次の任地に異動しなければなりません。そして、地位は世襲されないのです。ただ、その権力は絶大です。何しろ皇帝の代理人なのですから。そのような条件が重なれば、誰だって旅の恥は搔き捨てとばかりに、派手に汚職するでしょう。・・科挙は、朝鮮半島でも、約1000年の歴史があるのです。韓国の大統領の多くが汚職で捕まる理由も、じつはここにあります。
・・・中国人は貧困を自己責任と考えます。ということは、農民でいることも自己責任・・・・・日本のように「地方再生」ですべての国民を豊かにしよう、などとは考えません。このように中国は、弱者に対して思いやりのない社会です。それは科挙という極めて公正なシステムを、約1300年も前に作りあげてしまった結果と言えるでしょう。
・・・中世のヨーロッパにおいて、国境はあいまいでした。それは、喋る言葉は異なっても、協会の公式用語であるラテン語が存在していたためです。中世ヨーロッパのインテリは、ラテン語の読み書きができましたから、どこに行っても困らなかったのです。そんな時代、国境の概念は稀薄でした。しかし、16世紀、マルチン・ルターが聖書をドイツ語に翻訳した頃から、書物は各国の言葉で書かれるようになりました。そうなると、言葉の違いが国境になります。・・上海語や広東語は、その地方に住む人間にしかわからない言葉です。しかし、漢字が表意文字であるために、しゃべる言葉が異なっていても、意志の疎通が可能です。そう、日本人と中国人が、筆談である程度理解しあえるように。・・この漢字という表意文字を使っていたからこそ、巨大な人口が分裂することなく、一つの国であり続けた。もし簡易ではなく、表音文字が使われていれば、現在の中国大利には、ヨーロッパのように小国が分立することになっていたでしょう。
・・・中国では、約1000年前の宋の時代、科挙の合格者である文人が社会の中核を占めるようになりました。こうして、武力で成り上がった軍人は、社会では中心的な地位を占めることができなくなったのです。よって多くの軍人は、二流国民とされる農民出身です。そして彼らは、社会的地位が低いために、国家や国民に尽くそうとする意識は希薄です。・・中国には「よい鉄は釘にならない、よい人間は軍人にならない」という諺があります。人間のクズしか軍人にならないという意味です。日本で自衛隊のみなさんが聞いたら気を悪くすることでしょうが、これは中国においては事実なのです。・・実際いまでも、都市住民は、絶対といってよいほど兵士にはなりません。二級国民である農民だけが兵士になるのです。
・・・武装警察官は人民解放軍から分かれた組織であり、警察というよりも、軍隊の一部と考えた方がよい組織です。人民解放軍は外に向けた武力、武装警察は内に向けた武力、といえばいいでしょう。・・田舎の高校で、昨今、クラスで上から数番目ぐらいの生徒が、人民解放軍や武装警察を目指すそうです。これは、中国の歴史の中では異例のことだそうです。というのも、中国では、シャバで食べていけない人間ばかりが軍隊に入る伝統があるからです。・・農村部でもかつての一人っ子政策の結果、多くは一人っ子です。一人っ子で、成績はクラスで数番程度・・・・・そんな子が軍人や武装警察官になっている。・・中国政府が武装警察官や人民解放軍の兵士に与えてくれる最大の恩恵は、天下り先です。それがあるがゆえに、人民解放軍や武装警察の統制が保たれています。内部でそれなりの出世をすると、かなり有利な天下り先が用意されます。これが、人民解放軍や武装警察官の忠誠心を保つ源泉になっています。
・・・一般の兵士は、30代半ばまでには除隊しなければなりません。その際、北京に勤務した者には、条件のよい天下り先が待っています。だからこそ、北京勤務は、あこがれの的なのです。
・・・2016年、退役した軍人たちが生活苦を訴え、北京の中心部で集会を開きました。これは、日本も含めた外国のメディアで報じられましたが実は人民解放軍のなかで、重大な変化が起きていることを示す予兆になっています。・・このような写真が外国メディアに掲載されるのは、治安当局が黙認しているからに他なりません。
・・・科挙では・・実学にはほど遠いものです。ではなぜ、それでも役人として通用したのか?科挙合格者が実際の業務を行うことなどなかったからです。実務は、科挙に合格しなかった下級官僚が行いました。
・・・常に命を懸けて戦う軍人にとって、約束は大事です。違約は命の問題に直結しますから、裏切りを最も嫌います。・・軍人がリードする社会では、約束は絶対なのです。・・このあたりの感覚が、中国では、大きく異なっています。科挙制度を採り入れたために、高官のほとんどが文官だったからです。一方の武人は、社会で枢要な地位を占めることができませんでした。その結果として、中国では、武士道や騎士道が発展することはありませんでした。・・司馬遷が記した「史記」は紀元前の中国。そして「三国志」は、3世紀の話です。その時代は封建制でした。地方に豪族が陣取り、その首領が国の皇帝になったのです。だからこそ中国にも、武士道や騎士道に似た感覚が存在したのだと思います。しかし約1000年前、宋朝になって科挙システムが出来上がると、試験に合格した文人が地方長官になり、武力をもって成り上がった人々が社会の中枢を占めることがなくなってしまいました。その結果、中国人のメンタリティは、それ以前とは大きく異なってしまったのです。・・中国の外務大臣や報道官の言い草が、なんとなくヒステリックで言い訳がましく、かつ高圧的であるのは、心のどこにも武士道や騎士道がないためです。言い訳が上手な官僚の成れの果て、なのです。・・科挙制度を作ってしまったがために、中国には、武士道も騎士道もありません。その結果、中国の軍人には、忠誠心などありません。国のために戦う、などということは、これっぽっちも考えていません。そんな軍隊が強いわけはないでしょう。
・・・天下りがあるため、農村で軍隊はそれなりに人気のある職場になっています。そのため、親が試験管に賄賂を贈って子を入隊させることが常態化しています。また、昇進するためには上司に対する賄賂が必須とされています。
・・・中国人民解放軍は、異なる意味でも腐敗しています。それは、軍隊が事業を行っていることに関係しています。・・こうして軍隊が稼ぐお金は、公式の軍事費には入っていないと考えられます。そのため、これを加えれば、中国の軍事費は公表されている数字よりずっと多くなると思います。・・人民解放軍は、ホテルなどを経営しています。これは本来、軍人が出張する際に利用する施設だったのですが、いつの間にか民間人にも開放され、軍が利益をあげる道具になっています。私も一度宿泊したことがありますが、ごく普通のホテルでした。北京には、軍が経営する有名な飲食店もあります。それは、北京に出張してきた軍人が利用するためのものでしたが、いつしか民間人にも開放され、お金さえ払えば誰でも利用できる施設になりました。そこのサービスが凄い、そんな噂がありました。ここでいうサービスとは、性的な接待を意味します。・・人民解放軍が経営しているのは、ホテルやレストランだけではありません。軍服を作る工場では、軍服だけでなく、じつは民生用の服も作って販売しています。・・利潤はすべて、幹部の闇手当てに消えていると思われます。そんな人民解放軍です。中国政府から支給された国防費の多くが汚職に使われているとの噂が絶えません。
・・・農家の子供にとって人民解放軍はよい職場であると先述しましたが、春節(旧暦の正月)などで帰省する際、軍は特別手当として、日本製の電気釜を持たせてくれるのだそうです。これは、演習用の費用を流用して買ったものと思われます。・・間近に見ている人々にとって、人民解放軍は汚職の巣窟に見えるようです。
・・・靖康の変---これは、中国人の深層心理に深く刻み込まれています。この変を理解することなしに、中国の対外政策を理解することはできないと思います。・・彼らは400年ほど前に明を滅ぼし、満州人の国である清を建国しました。ただ、その後、満州族は中国文化に取り込まれてしまいます。満州族のアイデンティティを失ったのです。満州語は死語になり、また、自分は満州族だと考える人もいなくなりました。その結果、現在、旧満州で中国からの独立運動がおこることはありません。この点が、チベットや新疆、あるいは内モンゴルなどとは異なります。
・・・中国人は最初、頭を低くして教えを乞うのに、いったん技術を習得すると、手のひらを返したように冷淡な態度をとり、恩を仇で返すようなことを平気でする。---日本企業のみなさんからよく伺う話ですが、そのような態度は今に始まったことではありません。それは文人政治家が、約1000年前の宋の時代に始めたことです。・・金と宋は休戦条約を結びます。宋は金に領土の割譲や賠償金の支払いを約束するのですが、金軍が北方へ戻ると、またしても、その約束を実行しませんでした。これは中国外交の典型的なパターン。それは中華思想がなせる業といってよいでしょう。しかし一方、これは文治政治の弱点ともいえます。
・・・靖康の変のような目に遭えば、「文治政治は間違いであった。武人が政権の中心を占めるべきである。科挙は止めよう」と普通の国だったら考えるでしょう。しかし中国の歴史は、そのようには動きませんでした。それは、やはり中国が巨大な国だからです。・・中国では外敵より内部の敵の方が怖いのです。
・・・朱子学の学説の一つに名分論があります。これは、名称と実質の一致を求め、国家社会を確立しようとする儒家の思想。・・かなりヒステリックな教義といってよいでしょう。そこには、武力において金に敵わなかった宋の怒りが反映されている、そう考えるのは邪推でしょうか。・・近年の尖閣諸島や南シナ海への進出、そして歴史認識に関する中国政府の言動には、朱子学の影響を強く受けていると思うところが多々あります。そう、現状認識が主観的なのです。そして一度、自分が正しいと思うと、周囲の状況を見てその考えを改めることはありません。負け犬の遠吠えではありませんが、かなりヒステリック。聞く耳など持ちません。名分論と中華思想が混ざり合ってしまうと、実態に即して現実的な交渉を行うことは極めて困難になります。中国には、マキャベリズムに基づく合理的な外交などありません。このとは、尖閣諸島や南シナ海の問題を勧化る際の、重要な鍵の一つだと思います。・・この朱子学は、南宋以降の中国人の物の考え方に対し、決定的な影響を及ぼしました。それは、江戸時代の日本の比ではなかったのです。なぜなら、科挙の問題は、朱子学に基づいて出題されたからです。
・・・実は、中国人が最も恐れるのは、呉三桂のような行動をする中国人です。中国は、内部に敵に内通する者が現れたときに亡びるからです。そして、そのような人物を漢奸(かんかん)(中国を裏切った中国人)と呼び、毛嫌いします。
・・・中国の王朝は、財政基盤が弱く、大きな常備軍を抱えることはありませんでした。そのため、反乱や外敵の侵入などがあると、地方の親分にお金を渡してゴロツキを集めさせます。それを兵士として雇うのです。そんな軍隊ですから士気も低く、統制もとれません。彼らはすぐに強盗の集団に変わります。
・・・第二次世界大戦における学徒出陣は、日本では悲劇として語られていますが、これは明治時代に中国の科挙を真似て東京帝国大学や高等文官試験を作った結果と考えられます。もし江戸時代が続いていれば、エリートたる旗本や各藩の武士たちは、第二次世界大戦においても真っ先に戦に飛び込んでいったことでしょう。イギリスでもアメリカでも、エリートである大学生は、真っ先に軍隊にいきました。ノブレス・オブりージュというやつです。・・より視野を広げてみると、明治時代に中国の科挙制度を取り入れて事こそが、悲劇を生んだとも言えます。アメリカやイギリスには、学徒出陣はありませんでした。より正確にいえば、大学生は真っ先に戦場に行き、最も危険な任務を請け負ったのです。科挙は日本のエリートの在り方にも、大きな影響を与えています。
・・・中国では、農業振興によって農民を豊かにすることなどできません。それは、中国の農民が絶望的な状況に直面していることを意味しています。
・・・アメリカ人は一年間に100キロ以上の肉を食べています。それに対して日本人の消費量は約40キロ、中国とベトナムでは消費量が急増していますが、それでも日本の水準を少し超えた付近で飽和しそうです。
・・・1998年から2003年まで朱鎔基が首相を務めました。朱鎔基は剛腕で鳴らした政治家であり、親方「五星紅旗」気質に染まっていた国営企業の改革に尽力しました。彼の改革があったからこそ、その後、中国は経済成長を遂げることができたのです。
・・・中国のデータの信頼性がよく話題になります。首相の李克強でさえ、「電力消費、鉄道輸送量、金融機関の貸出額以外のデータは信用できない」と言っているほどです。この三つは李克強指数と呼ばれています。
・・・知人の中国人は日本の会社にも務めたことがあるのですが、日本の方がはるかに楽だといっていました。というのも、日本では、腹を割って話し合うという関係が構築しやすいのですが、中国ではそれは不可能だというのです。中国3000年の歴史とは、官僚や宦官が讒言によってライバルを蹴落とす歴史と言い換えてもよいくらいです。
・・・戦争末期から1950年頃まで、農家は都市住民の憧れの存在だったのです。そんな状況は10年ほどで大きく変わります。日本は1955年以降の昭和30年代に入ると、あれほど足りなかったコメが余る時代を迎えます。そうなると農家は、逆に、都市住民に比べて貧しくなっていきました。
・・・農業生産が順調に増加すると、農民は貧しくなってしまうのです。この現象は戦後の日本でも生じましたが、まったく同じことが、現在の中国でも進行しています。
・・・長い人類の歴史は、すなわち飢餓との戦いでした。そんな時代、農業の研究は大いに必要だった・・・・・が、そのような状況は、20世紀になって空気中の窒素を工業的に固定して化学肥料を作る技術が開発されると、一変してしまいました。化学肥料を投入すると、単位面積当たりの収穫量が急増したからです。その結果、20世紀の中頃になると、あれほど人類を苦しめていた食糧不足は、急速に解消に向かったのです。・・しかし、穀物をあまりに簡単に増産できたがために、食料価格は低迷し、その結果として農民が貧しくなってしまった・・・・・中国の農村は、いま、万年豊作貧乏のような状態になっています。
・・・現在、アメリカでは、一戸の農家が有する農地は100から200ヘクタール、ヨーロッパでも数十ヘクタールですが、日本では規模拡大が叫ばれながら、未だ北海道で10ヘクタール、本州では数ヘクタール程度です。中国には、日本よりもはるかに多くの農民がいるので、農家が所有する農地面積は非常に少なくなっており、0.5ヘクタールから1ヘクタール程度です。
・・・日本列島改造論を人々が支持したのは、多くの日本人が地方の経済状況や出稼ぎ労働者の状況に同情したからです。しかし、戸籍アパルトヘイトを是認し、心の中で農民を馬鹿にしている中国では、農民に対する同情は、大きな動きになりませんでした。
・・・革命や大きな変革は、都市に住む学生やインテリが起爆剤になります。共産党は、自らが革命によって政権を手に入れたので、このような事情をよく理解しています。現在、都市戸籍を持つ4億人は、中国社会の中核を形成しています。彼らは中産階級をも形成しており、その中にはインテリも多く含まれます。そして、共産党の最大の支持基盤こそ、こうした都市戸籍を持つ人々、都市の多数派たる中産階級の支持がある限り、共産党政権は、永遠に不滅なのです。そのため共産党は、中産階級の支持を失うことを非常に恐れています。逆に、農民の支持など重視していません。・・その結果、共産党は、都市の中産階級の意向に沿った政策だけを採り続けています。・・今後、時間が経過しても、中国の農民が急速に豊かになることはないでしょう。これからも農民戸籍を有する9億人は、中国社会の底辺で生きていくことになります。
1980年代初頭、中国では「万元戸」という言葉が流行語になりました。これは年収が1万元以上の農家をいいます。現在なら一万元は富裕層にとって一晩の宴会の費用にも足りないでしょうが、当時は見たこともない大金だったのです。
・・・どの地方政府でも、土地開発に伴って、極めて大きなお金が流れています。地方の共産党書記は、それを独占的に管理できるのです。そしてもちろん、情報は非公開・・・・・。・・土地開発公社は、農民から独占的に農地の使用権を買い上げます。その際には、有無をいわせません。そこが独裁政権の強みです。・・農民は土地収用そのものには反対していないのです。多くのケースでは、中国共産党にも従順です。それではなぜ暴動が起こるのでしょうか?それは、土地開発公社からまとめて受け取ったお金を、村の幹部が公平に配ることなく、その多くを着服してしまうからです。・・広い中国では、法の支配が地方の末端まで行き届かない。現在でも、地方にはウラの番長ともいうべき人が存在します。そこで土地開発公社は、農民の取りまとめを、村のボスに依頼します。村のボスが共産党の末端組織である村民委員会の書記を兼ねているケースも多いのです。すると多くの場合、村の悪徳書記は、土地開発公社からもらったお金を公平に村人に配ることなく、自分や親戚の財布にガッポリ入れてしまうのです。
・・・中国の企業は、すべてブラック企業です。それは、都市に出てきた農民を劣悪な条件下において、低賃金でこき使っているからです。・・中国では、会社が成長する過程で賃金が上昇したのは、ホワイトカラーである都市住民だけだった・・・・・ブルーカラーである「農民工」の賃金がホワイトカラーのように上昇することはありませんでした。
・・・グローバル化が進展するなかで、日本企業は、中国企業と戦わざるを得なくなりました。その影響を真っ先に受けたのは製造業です。・・中国企業に対抗するため、日本企業も「農民工」を作ったのです。・・「日本は格差社会であり、その改善努力は不十分だ」---そのような指摘があることは、もちろん十分に理解しているつもりです。しかし、それでも中国の農村を見てきた者としては、日本の格差社会など、甘っちょろいものに見えてしまいます。・・2010年代に入って、三洋電機、シャープ、パナソニック、東芝と、日本を代表する製造業が相次いで危機に陥りましたが、危機に陥った最大の原因は、中国の「農民工」にあるといっても過言ではないでしょう。
・・・中国社会では、これまで「農民工」を低賃金でこき使ってきましたが、それでも最近は「農民工」の給与が上昇しています。10年ほど前までは月額600元程度(約1万円)でしたが、現在は3000元程度(約5万円)になっています。しかし、ボーナスは年間で給与の1か月分程度なので、現在の水準でも、日本の労働者より遥かに低賃金です。「農民工」の賃金の上昇は、社会の安定を目的にして、共産党主導で行われます。ただ、共産党は真に「農民工」の立場に立って、賃金の上昇を図ったわけではありません。まず、彼らの不満を和らげて、暴動などの芽を摘む必要があります。そして、もっと重要なことは、「農民工」の賃金を引き上げることによって、内需の振興を図ったのです。これが賃金改善の真の目的です。しかし、沿岸部の「農民工」の賃金が3000元になると、それまで中国に進出していた外国企業がコスト上昇を嫌い、中国以外に工場を移転させるようになりました。これが、いわゆる「China + 1」です。輸出が経済成長の生命線であった中国経済には大打撃でした。
・・・天安門事件を起こした人々は、現在、50歳から60歳になっています。分別ある世代といえましょう。そして、インテリである彼らは、「農民工」を奴隷のようにしてこき使う社会があったからこそ、自分たちが豊かになることができたという事実を、十分に認識しています。・・約30年前に天安門事件を起こした大学生たちは、いま中国の保守層を代表する存在になっています。そして現在、彼らの息子・娘である中国版の団塊ジュニアが、どんどん大学生になっています。団塊ジュニアたちは、一人っ子政策のもと、甘やかされて育ちました。そして、その多くは、親の資力によって大学に通っています。親の資力がなければ現在の生活を維持できないということは、彼らは超保守的な人々だということです。そんな彼らが、新たな政治運動の原動力になることはあり得ません。このような状況にあるため、都市のインテリや中産階級が、政治的な自由を求めて第二の天安門事件を引き起こすなど、夢のまた夢です。
・・・鄧小平のいった「先富論」、つまり豊かになれるものが先に豊かになり、その後、豊かになった者が貧しいものを助ける、とした理論はただのきれいごとだったのです。豊かになった者(都市戸籍所有者)は、豊かになれなかった者(農民戸籍所有者)を踏み台にして豊かになった。その踏み台を外すわけにはいきません。その踏み台は、永遠に必要なのです。それを外せば、自分たちの方も貧しくなってしまいます。中国の農民は、絶望的な状況に置かれています。9億人にも及び中国の農民戸籍所有者は、これからもずっと貧しくあり続けるのです。
・・・日本や中国では、大豆は食料です。枝豆としてビールのおつまみにしたり、節分の豆まきに使ったりすることもあります。豆腐や納豆の原料にもなります。しかし、世界を見渡したとき、大豆を食べている国は、それほど多くありません。多くに国では、大豆は油を搾るためのものなのです。
・・・中国がトウモロコシの大量輸入国になるとする予測は外れましたが、代わりに大豆を大量に輸入するようになりました。家畜飼料の輸入量が増えるという点において、彼(レスター・ブラウン)の予測は当たっていたのです。・・中国が大量の大豆を輸入するようになると、ブラジルとアルゼンチンが、争って生産量を増やしました。
・・・中国は孫子を産んだ国であり、戦略的思考が得意と見る向きもありますが、それは完全な間違いだと思います。・・私は、中国が特定の野望のもと着々と世界戦略を練っているとは思いません。中国人は戦略の策定がとても下手だと断言します。こんなことを書くと意外に思われるかもしれませんが、中国人は戦略を立てることが苦手だったからこそ、約3000年にわたり大国だったにもかかわらず、一度も世界を制覇したことがないのです。「孫氏」「戦国策」など、中国の戦略書は、中国人同士の争いに関する書物。・・中国人の中国人に対する戦略でしかありません。外国に対する戦略を書いたものではないのです。この中国の戦略は、騎馬民族たるモンゴル族や満州族には無力でした。
・・・なぜ中国の対外戦略は稚拙なのでしょうか?その最大の原因は、海外に関する情報の不足にあります。なぜ中国は、海外の情報を収集しないのでしょうか?それは、海外に興味がないからです。・・海外の文化や国情を詳しく知らなければ、世界戦略を作ることなどできません。つまり、海外に興味がないということは、世界戦略を立てるうえで、致命的な欠陥なのです。
・・・習近平は、「和諧社会」を取り下げて、「中国の夢」を国家目標にします。国内問題の解決よりも、対外膨張政策や国威発揚に舵を切ったのです。・・それは中国経済を破壊して、経済の低迷が長く続く時代を作り出す可能性が高いといえます。・・彼は誰の指名でもなく、仲間のコンセンサスによって選ばれました。江沢民の影響力が強かったのですが、江沢民は習近平を凡庸で御しやすい男と考えて押したようです。・・教養に欠ける二流の人物がトップになった・・・・・本来は地方の市長や省の書記などが似合う人物だったと思います。そんな彼が強運に恵まれて大出世を遂げた---中国で出世するには第一に能力、二番目が人望、そしてなにより運が大切だそうです。・・現在、権力の座にいる習近平と王岐山に表立って逆らう人はいません。だから2017年の秋の党人事でも、習近平は自分の子分を昇進させる。しかし、彼の味方は少ない。なぜなら習近平が作りあげている派閥とは、彼が党内で出世していく過程で身近に仕えた部下だけによって構成されているからです。その人数は、それほど多くありません。・・共産党内の一部の子分を除けば、全員が面従腹背の輩・・・・・そして、薄熙来や周永康という大物を逮捕したため、党内に多くの遺恨を作りだしてしまい。つまり、習近平はちょっと油断すると、批判の矢面に立たされるわけです。・・習近平は総書記になると「中国の夢」を掲げて、国威発揚と対外膨張政策に打って出ますが、その最大の目的は、実は、党内の求心力を保持することです。
・・・覇権国家であったイギリスやアメリカと、それに挑戦したドイツ、日本、ソ連との違いは、その経済力とともに、内政の安定でした。世界制覇を唱えることができたイギリスとアメリカには民主主義が定着しており、広く国内の意見を集約することが可能だった。一方、両国の支配に挑戦して失敗した三国には、民主主義は存在しませんでした。いずれも独裁政権が国を支配しており、その独裁政権が子供じみた野望を振りかざして、失敗したのです。・・独裁政権はメンツを大切にするため、そのメンツを守るためだけに国家戦略を間違えてしまうのです。どうでしょう。いまの中国にそっくりではありませんか?
・・・第二次世界大戦後にアメリカの覇権に挑戦した国は、ソ連と日本でした。アメリカはそのどちらとも熱い戦争はしなかった。それにもかかわらず、アメリカはソ連と日本に勝利し、世界の覇権を維持しています。・・空母を造り、海上打撃群と呼ばれる軍備を維持するには、いかに多額の費用が必要になるかわかると思います。本格的に空母の建造に打って出たソ連の経済は、そのせいで崩壊してしまいました。
・・・マクロな視点から見たとき、武力を持たない日本は、その貿易や為替の交渉において、アメリカの言いなりにならざるを得ませんでした。結果、その経済はガタガタにされてしまいました。日本はアメリカに対し、軍事面では何も逆らわなかったのに、酷い目にあったのです。このように派遣国は、第二位にのし上がった国を必ず叩きます。陰謀論の肩を持つわけではありませんが、22世紀の歴史家は、「アメリカがあらゆる手段を講じて、日本経済の弱体化を図った」と書くことになるでしょう。
・・・13億もの人口を擁するこうとから、中国は、アメリカにとって容易ならざる挑戦者です。しかし、その争いは案外あっさりと片が付くと考えています。結果はアメリカの勝利、中国の負けです。その最大の理由は何か?・・それは中国には国家戦略が皆無だからです。そして、どの国でも、外交は内政の延長ですが、中国では特にその傾向が著しい。戸籍アパルトヘイトのような低劣な内政を取り続ける中国は、当然、ひどい外交音痴なのです。・・中国の外交当局は、海外に敵を作ることこそが仕事だと考えているようです。ただ、その理由は明白です。外交を行う者の視線が、国内に向いているためです。中華思想に染まった保守派を満足させるためには、子供っぽい外交を繰り返すしかないのです。
・・・現在、中国は、1980年代後半の日本と同じように不動産バブルに踊っています。アメリカは、必ず、そこを突いてきます。そしてその手段は、日本に対して行ったのと同じようなものになりそうです。第一には、為替レートをアメリカに有利なように動かすこと。・・アメリカは、基軸通貨たるドルの為替レートを、自国が最も有利になるよう動かす権利を持っています。・・次に、中国の貿易黒字を減少させます。・・それは、数年のスパンで中国経済に影響を及ぼすでしょう。
・・・不動産バブルと、それに伴う金融システムの脆弱化は、中国経済に新たな難題を突き付けています。中国は、日本がこれまで経験した「失われた20年」以上の経済停滞に落ち込む可能性が高いと思います。
・・・これから中国はどうなるのでしょうか?それはやはり、歴史が教えてくれます。---中国で政権が倒れる最大の理由は、政権の内紛。農民一揆はきっかけに過ぎず、多くの場合、権力構造内での闘争が、政権崩壊の原因となる。
・・・なぜ中国政府は、「法輪功」に危険な臭いを感じたのでしょうか。中国では、宗教団体が、容易に反政府団体に変身するからです。中国の民衆は集団ヒステリーに陥りやすいという傾向があります。その理由は、約1000年前の宋朝期に封建制から中央集権に移行したため、地方の紐帯が弱くなっているためでしょう。・・強いて言えば、中国人は「拝金教」の信徒ではあります。つまり、現世利益を願います。そんな中国では、新興宗教が爆発的に広がることがあります。そして、現世利益の願いが強いため、すぐに政治化します。・・中国政府は「法輪功」にそれらと同じような臭いを感じ取った。だからこそ弾圧したのです。このように中国政府は、農民や市民が横につながることを警戒し、強く禁止しています。そのため経済が不調になったくらいでは、農民や市民の反乱は起きない。中国政府が崩壊することもありません。中国政府が怖いのは、むしろ、都市戸籍を有し経済成長を謳歌してきた、いわば共産党の身内ともいうべき人々による、静かな反乱でしょう。
・・・「中進国の罠」・・現在、日本や欧米先進国の一人当たりのGDPは約4万ドルですが、中進国は1万ドル前後にとどまります。中進国の罠にはまった国としては、メキシコ、ブラジル、トルコなどをあげることができます。・・なぜ、一人当たりのGDPが1万ドル程度になると経済が成長しなくなるのでしょうか?それは、経済成長の意味するところが、インフラの整備から格差の是正などへと、質的な成長に変わるからです。・・中進国と呼ばれる水準に達すると、成長の波に乗って豊かになった者と、乗り遅れた者とのあいだに格差が広がります。そのため中進国には、発展に取り残された者がたくさんいます。・・中進国が先進国になるためには、底辺でうごめく人々の経済状況を改善する必要があります。・・しかし、多くの国において、これはなかなか難しい課題です。それを達成するには、成熟した民主主義が不可欠になるからです。・・次の30年ほどのあいだ、インド経済は順調に発展すると考えられます。その最大の理由は、未だに一人当たりのGDPが2000ドルに満たないからです。政治が機能するようになれば、一人当たりのGDPが1万ドル付近にまで成長することは、それほど難しくないのです。
・・・空母を実戦配備するためには、最低、三隻が必要・・つまり、三隻体制にするのは、実戦で空母を使うつもりだ、ということです。このとき日本として重要なことは、中国に隙を見せないことです。アメリカと密接に連携するとともに、特に航空自衛隊や海上自衛隊の装備を充実させる必要があります。もしもの場合に備え、緒戦で十分な戦果をあげることができるよう、準備しておくことが重要なのです。・・緒戦で大きく敗れれば、習近平は失脚する可能性が高い。そして中国では、失脚とは、政治生命だけでなく一切を失うことを意味します。』

2018年2月24日 (土)

翔ぶが如く(二) (司馬遼太郎著 文春文庫)

『・・・幕府というえたいの知れない政府とをたおすときにこそ寝技も必要であったかもしれないが、倒してかれの理想であるはずの太政官政権が成立したとき、国家の運営に関する正論は白日の下でおこない、いっさいの寝技は用いないという態度を頑固にとるようになった。

・・・この幕末における大機略家が、明治になってその機略性をすて、元来、かれの性格の基調であったところの正直さというものだけで生きていこうとしたことは、人間の現象としては奇跡のようにおもわれる。
・・・日本の政治は、豊臣政権と徳川政権の成立が多分にそうであるように急所はつねに寝技をもってうごいてきた。しかし西郷はつねに、「一世之智勇ヲ推倒シ、万古之心胸ヲ開拓ス」という、とほうもない教訓をもって自戒のもっとも重要なことばとしてきた。・・意味は、男子たるものの志のあり方をのべている。志をもつ以上、一世を覆う程度の智勇などは払いのけてしまえ、それよりも万世のひとびとの心胸を開拓するほうが大事である、ということであろう。
・・・「自分を戦さ好きというそうだ。誰が戦さを好くものか。戦さは人を殺し金を使うもので、容易に戦さをしてはならぬ」・・「西洋は文明国だという。しかし自分は野蛮国であるとおもっている。かれらは弱小の国をいじめ、侵略している。本当の文明とは、未開の国に対しては慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導くべきである」ともいっている。
・・・自分を愛さない、ということもやはり自己が基準になっているのだが、その、愛さないという自己をさえすてたときに自己を忘れることができた。自己を忘れれば天の心にちかくなり、胸中が天真爛漫としてきて、あらゆる事や物がよく見えるようになった。
・・・山県は軍隊と警察を好んだが、警察の創始者であり、山県にとって原型の一人である川路利良のポリス思想を好まなかった。市民へのサーヴィスというフランス式をあらため、明治一八年ドイツから顧問をまねき、国家の威権の執行機関としてのドイツ式の警察に切りかえた。
・・・かつて江戸期の終了まで御所様として日本的陰翳の世界で神聖視さrていた天皇はこのあたりでその伝統を変える。ドイツ風の権威の象徴になり、ロシア風の重厚さをくわえることになった。
・・・斉彬はかつて世氏の頃自分を廃嫡にしてお由良の子久光を擁立しようといういわゆる「お由良派」の連中に対し、かれが藩主になったあとも報復人事をしなかったというほどの、ほとんど奇跡的な寛容さをもっていた。
・・・西郷は一世を覆う声望があったが、---出来る人の下につく。 という西郷一流の考え方から、大村の命令には忠実に従った。
・・・倒幕のあと、いちはやく新国家構想を考えたのは、長州集団であった。薩摩集団ではなかった。薩摩集団は幕府を倒したあと、兵は鹿児島に帰り、一見ぼう然と世の成り行きをながめていただけである。
・・・西郷は幕末のころからそうだったが、---人を無料(ただ)で使うことはできない。 という自分の法律をもった男で、懐中に銭をもっていないときは、煙管や煙草入れをあたえたりした。
・・・かれは若いころに郡方の下っ端の書記をしていただけにソロバンが達者で暗算も上手だった。京都での奔走当時も藩費をつかった場合はかならずソロバンを入れ、残金を明確にしておいた。しかし自分の俸給となると、ぜんぶ散じてしまうというところがあったし、勘定もしなかった。それどころか、縁側に放り出して数日そのままになっていることもあった。
・・・大村には一個の思想があった。洋学者であるかれは西洋の軍事文明で日本を武装させようとしたが、大村自身は靴もはかず洋服も傷、自分だけはそれを身につけまいとしている不思議なところがあった。
・・・このころの陸軍には夏服がなかった。警視庁もおなじで、川路なども毎夜市中を巡回するのに冬服で汗をたらしながら歩いている。
・・・西郷よりも島津久光のほうが思想家としては鮮明で鮮烈であった。「すべてを徳川時代にもどせ」というのである。強烈な現実否定であり、これほど明快な反革命主義もない。しかも久光はその生活をあげて洋臭を拒絶していた。この久光が---話が後のほうへ飛ぶが---西郷の反乱をたれよりもよろこび、その幕下あげて応援した。
・・・薩摩では幼年期から「郷中」という士族の少年団で徹底的な教育を受けるがその倫理綱領のなかに、---オセンシに従う。 ということがあった。オセンシ(御先師)とは郷中の先輩という意味で、その命令には絶対服従ということになっており、薩摩の統制主義というのはそういう地盤の上に成立している。
・・・西郷は戦闘を担当していた。本営を相国寺においていたが、前線からつぎつぎに苦戦の報がつたわった。前線から血相を変えて「援兵を頼みます」という伝令がきたことがある。西郷は戦略戦術には長じていなかった。しかしいまが戦さの潮目だという目はあった。「皆死せ」と、西郷は伝令を怒鳴りつけて前線へ追い返した。この一言で前線は奮い立ったという。
・・・大久保は諸事慎重で決して物事を即決しない。その点、西郷は合財袋のような印象を薩摩人からうけていた。何を頼んでも、頼む人間さえ不潔な野心や功利性をもっていなければ「よろしい」と然諾し、その場で所管の責任者に紹介状を書いてくれるのである。・・極端にいえば西郷は人間に地位を与える錬金術者であった。ただその錬金術を自分自身のために用いようとしなかっただけである。
・・・西郷は軍人の評価をするにあたって、それが軍事という技術者であることよりもいかに国士であるかということで測った。・・西郷は中国的教養が深かった。中国のすぐれた文官はつねに憂国家であり、いわば国士であり、であるだけでなく、国家危難のときは文官が皇帝から節刀を頂戴して兵をひきい夷狄を千里の外に破るのが理想とされていた。
・・・薩摩人の士風として侮辱されれば刀を抜き、相手を殺しおのれも死ぬという伝統があった。
・・・西郷という人物は、その思想といい人格といい、かれに格別の魅力を感じて接する者以外には空漠としてすこしも理解できないというふしぎな存在であった。
・・・木戸は勝をホラ吹きとみて好まず、さらにはほとんどの長州人が勝を軽視した。勝の意見を重視したのは薩摩派であった。
・・・遺族は、喪に服さねばならない。江戸時代にその制度は徳川幕府によって法制化されており、公卿・大名・諸藩士などはこれに従い、習俗化していた。忌服といった。忌服中は屋敷の門を閉じて出ず、魚肉や酒を遠ざけ、ひげや月代を剃ってはいけない、とあり、父母の清だ場合にはその期間が50日、養父母の場合は30日であった。
・・・かれ(パークス)はアジア人との交渉法を中国で学んだ。「どなって威嚇すること、これしかない」 と信じていたし、中国ではこの方法がうまく通用した。中国の大官を相手にして紳士的に交渉したりすれば先方は儒教的尊大でふくれあがり、対話もなにもできなくなるのだが、それよりも相手をおびえさせるとその尊大さがたちまち凋み、はじめて対話が可能になる、という智恵であった。・・やがて聡明なパークスは、中国人と日本人が人種的には相似していながら自然環境や長い歴史や体制のちがいでまったく違う民族であることを知ったが、それでもパークスは率直を好みあいまいさを憎む態度で押しとおし、ときに相手の態度によっては大声をあげ、旧幕時代、幕府高官に対しては案外このやり方が効を奏したりした。
・・・あのとき西郷が、にわかに徳川慶喜を死罪にするという基本方針をすて、慶喜の代理人勝海舟と三田の薩摩屋敷で対面し、一転、江戸城の無血あけ渡しを決めたのは、パークスの恫喝が契機になっている。
・・・英人や米人が日本人に対する侮蔑の俗語としてJapという言葉をもっていることはふつう知られている。ジャニーというのはそれ以前の蔑称であろう。・・幕末に流行し、明治になると、ジャップという言葉にとってかわられた。
・・・旧幕当時、横浜にきた外交人が、日本人はあきらかに二種類存在し、ほとんど人種が違うほどだ、と一般に見ていたようであった。武士とその他の者のことで、とくに諸外国から横浜へ流れてくる庶民たちのがらのわるさと西洋人に対する卑屈さとは、アジアの他の土地でもまれなくらいであった。「ジャニー」という蔑称はそういう印象から生まれた。・・江戸期の日本では自尊心は武士階級の独占精神のようなもので、庶民にはもたされなかった。
・・・朝鮮の場合、その無防備と文治主義はあくまでも中国に対する伝統的配慮からであり、もし朝鮮が侵されれば宗主国である中国から援軍が送られてくる(豊臣秀吉軍の侵入の場合がそうであったように)という仕組みになっていた。
・・・歴史的にいえば明治政府ほとつらい政権はない。・・その最大の理由は明治革命の主目的が近代国家になるためのものであったからだった。やってみたものの、近代国家というのはべらぼうに金のかかるものだった。・・それらの無理は、百姓たちにしわよせされた。このため各地で一揆がしきりにおこった。
・・・「郷士」というのは、十津川の村人の自称にすぎない。江戸体制での十津川村の村人の身分は、大体が百姓身分であった。しかも幕府の免租地であった。山地で米が一粒も穫れないために租税のとりようがなかったからである。
・・・薩摩人は独特の女性観をもち、むやみに女と口をきく習慣をもっていない。
・・・薩摩の顔つきは他の地方にくらべて多様で、前田のように子供っぽいほど色白で頬のゆたかな、いわば市松人形のような顔も薩摩には多い。しかし薩摩人にはちょっとした表情や身ごなしに薩摩のにおいがあり、前田にはそれがまるでなかった。
・・・---心が鬱すれば桐野に会いにゆけ。 と薩摩人のあいだでいわれたほど、桐野は足もとからたえず爽風の立っているような男だった。話もおもしろかった。なんでもない話でも桐野の人格を通して語られると、ひっくりかえるほど滑稽になったり、目を洗われるほど心地よい風景が現出したりした。
・・・「大久保は、あれは薩摩人じゃなか」というのが、かれを嫌う薩摩人が一般に、吐き捨てるようにしていう評語である。大久保は薩摩人が共通してもつとされている長所や欠点から独立した人物であった。
・・・長州藩というのは薩摩藩とちがい、江戸期の初期のころからすでに藩主の独裁権はなくなっており、とくに江戸末期においては能吏を挙げて政務役とし、政務役の会議が内閣の機能をもち、藩は全体として法人のようになってしまっていた。その上、幕末における争乱をこの藩はもろにかぶったために藩主の座はごく象徴的なものになり、いわば近代的体質をもつようになっていた。
・・・西郷は、密謀にむかない。かれは幕末にあってこそ倒幕のための機略を縦横にめぐらしたが、維新後”大業”が成ったとみたときに、そういう自分のいわば公的な陰謀家の素質を掴み出して川へなげすててしまったようなことがある。
・・・従道はいま、大久保的な派に属し、伊藤や山県の同志といっていい。新政府擁護派であった。すくなくとも従道は新政府擁護派をもって「誤っていない」とし、この時期、兄の隆盛と意見交換の習慣が消滅し、断絶同然となっている。
・・・薩摩にあっては、侍が侍がましくなるには二つのことだけが必要とされていた。死ぬべき時に死ぬことと、敵に対しては人間としてのいたわりや優しさをもちつつも、闘争にいたればこれをあくまでも倒す。この二つである。これ以外の要求は、薩摩の士風教育ではなされていない。学芸の教養はあればあったでいいが、必要とはされなかった。むしろそれを身につけているために議論の多い人間になったり、自分の不潔な行動の弁解の道具にしたりすることがあれば、極度に排斥された。たとえ無学であっても薩摩ではすこしも不名誉にはならない。爽やかな人格でないということが薩摩にあっては極端に不名誉なのである。
・・・領土拡張論が罪悪思想であるといわれはじめたのはずっと後世のことで、桐野のこの時代にはむしろそれが国家的正義とまではゆかなくても、他の列強との摩擦さえなければ国家行動として望ましいものとされていた。
・・・もし空いている一地方にある国が自国の勢力を入りこませようとするならば、あらゆる根回しが必要で、その目指す地方の王朝よりもむしろその地方に関心をもつ列強に対して十分な手をうっておかなければかならず失敗するという智恵を欧州の政治家はよく知っていた。彼らが邪智に富んでいるのではなく、そういう国際環境の中でそれぞれが国家を成立させているために経験が体質化していると言っていい。
・・・たとえ相手が隣家にすんでいる場合でも、手紙をもって意見をのべるというのが、幕末の京都政界で発生した習慣である。おそらく後日の証拠を明確にしておくためであろう。
・・・公卿には、一般社会で通用している節義というものが容易に存在しない。公卿は古来強い方につくといわれ、そのさい人を裏切っても平然としているという例が無数にある。・・「公家は鎌倉以来の武家道徳とは無縁でこんにちまで来た連中だから諸事、用心せよ」というのは、幕末、京都に駐在した諸藩の周旋方のあいだでささやかれていた言葉であった。
・・・「国友」というのは、薩摩の同志のことである。西郷にとっては日本国と旧薩摩藩とは一つのものであった。
・・・公卿たちを震え上がらせた西郷の手紙というのを、大久保はむしろ懐かしそうに読んだ。「若哉(もしや)、相変じ候節は、死をもって国友へ謝し候までに御座候」 という一条は、大久保にとっては不思議でも何でもなく、薩摩の人間ならば当然そうあるべきであり、立場こそ違え、大久保の心事もそれとかわらない。・・三条や岩倉とたまたま政見を同じくし党を組んでいるが、人間として西郷に対しこの時ほど懐かしさと友情を感じたことはなかったに違いない。
・・・この時代のロシアというものはそれに国境を接する弱小の国々にとっては脅威以上のもので、日本の明治維新の成立も、幕末以前の日本に恐怖情報として入っていたロシアの南下行動が強い刺激になっていたことを否定することはできない。
・・・草創期のこの新国家は、前原のような志操のみが高く実務については無能にちかい男よりも、構想力と実務能力をもった男を欲していた。山県しかいなかった。
・・・この年の正月に徴兵令が布告され、士族たちの反発と、庶民の不安を買いつつも国民皆兵軍が創設された。全国に六つの鎮台(師団)が置かれた。平時兵力は3万1千680人であったが、まだ第1回の徴募がおこなれたばかりであるために、そこまでの人数は存営していない。設置すべき部隊は、歩兵14個連隊の他に騎兵3個大隊、砲兵18個小隊、工兵10個小隊であった。いずれにせよ、わずか3万余という兵力が、日本の正規軍である。
・・・革命家というのは、やはり特異な精神体質をもつものであるかもしれない。・・同時代でかれらよりもはるかに学殖があった者や志の高かった者もいたし、あるいは徳望ももった者もいたが、しかしそれらのひとびとが日常の常識的世界の安らかさのなかで過ごしているときに、この連中のみは、誰に頼まれたわけでもなくまるで天命を受けているがことくして異常の行動をし続けてきた。
・・・この当時の大衆とは世論形成の主体という意味においては士族と富農層を中心とする読書階級のことであり、裏店の借家人や行商人などはまだ政治参加の姿勢も習慣ももっていない。
・・・「公明正大の正論が堂々とまかり通る政府であるはず」というのが、西郷の多分に願望を込めた政府観で、そういう政府をつくるためにおびただしい流血のすえに成立した政府なのである。その政府を作った西郷としては、太政官政府を幕府のようには見たくなく、ました幕府を倒した時のやり方をこの政府に対して試みようとは思わなかった。
・・・西郷はひげを貯えなかった。江戸期には、幕末においてさえ、日本人は無髯(むぜん)であった。ところが明治になるとにわかに西洋人のまねをしてひげと貯える者が多くなり、とくに官員にそれが多かった。西郷はそれをしなかっただけでなく、頭も洋髪にせず、ちょうど法界坊のようなイガグリ頭にしていた。』

2018年2月11日 (日)

野村のイチロー論 (野村克也著 幻冬舎)

イチロー選手が超一流なことは認めていましたが、何となく好きにはなれず、しかし自分でその理由を説明することはできませんでした。本著で野村元監督は、イチロー選手の素晴らしさを様々な面から説明してくれていますが、同時に私が好きになれなかった理由も明確に説明してくれた気がします。

『・・「グリップを残す」こと、それだけをイチローが注意しているように、ワンポイントでいいのである。バッティングにおいて気を付けるべきことは・・・・。あれこれ気にするより、もっとも大切な一点を決め、そこをきちんとチェックしてさえいれば、あとはおのずと理想的な形になっていくものなのだ。
・・・野球をやったことのある人なら、「ボールをよく見ろ」と必ず言われたはずだ。けれども、じつはプロのバッターというものはふだん、ボールを「見る」という意識はほとんど持たずに打席に入っている。実際にそこに「見えて」いるわけだし、漠然と「見ている」だけで、長年の感覚をもとにバットを振る。それが普通だ。しかし、そこに「見る」という意志を入れてボールに対すると、結果はずいぶん変わってくるのである。「見える」と「見る」はまったく違うのだ。スランプになったとき、私はそのことに気がついた。
・・・イチローは、「僕の中では全く違う」と反論し、こう続けた。「つまらせてヒットにする技術がある」すなわち、わざとつまらせて打球のスピードを殺し、野手がキャッチするまでの時間を稼いてヒットにするというのだ。こわはほんとうに信じられない。そういう発想すら私にはない。
・・・彼の発言を聞いてしばしば思うのは、イチローは凡人を煙に巻くような話をすることで、格好をつけているのではないかということだ。
・・・「ショートゴロはいいけど、セカンドゴロはダメ」イチローはそれをひとつのバロメーターにしているらしい。身体の動き出しが遅くなると、それを取り戻そうとバットが早く出てしまい、手前でさばいてしまう。その結果がボテボテのセカンドゴロになるというわけである。
・・・よく言うのだが、「小事に気付く」「小事を大切にする」ことは、一流選手に共通する条件である。・・小さなことに気付くことができるかどうかで、結果はずいぶんと違ってくるのである。2004年にメジャーのシーズン最多安打記録を更新したときだったと思う。いみじくもイチローは述べていた。「小さなことを大切にしていかないと、頂点には立てない」
・・・彼はフォームにはこだわっていないのだろう。イチロー自身はこう語っている。「毎年気持ちは変わりますし、身体も微妙に変わります。いいフォームが何年経ってもいいとは思いません。その時々の自分に合うフォームが必ずあるはずです」
・・・ここでも注目すべきことは、40歳を越えたイチローが、いまだ成長しようという意志を持ち続け、そのため努力や試行錯誤を厭わないことである。そして、「変わる」ことを恐れないということである。ある程度の実績を残した選手というものは、変化を好まない。・・不惑を越えてなお進歩するために変わり続けるところに、イチローのすばらしさの一端があると私は思っている。
・・・イチローも言っている。「丈夫さ=強さとか大きさ、硬さだと思いがちだけど、僕は全く正反対の考え方。丈夫さ=柔らかさ。そしてバランス」私も同感だ。・・・聞くところでは、イチローはオリックス時代、ウェイトトレーニングで身体が大きくなったものの、パフォーマンスが落ちたことがあったらしい。そこで関節の可動域を広げ、筋肉を柔らかく保つ調整法に変えたそうだ。
・・・メジャーのキャンプは日本のそれに較べると期間も時間も短いし、当然、練習量もはるかに少ない(言い換えれば、身体づくりはキャンプがはじまるまで各自でやってこいということであり、進歩や上達は試合を通じて身に付くものだというのがメジャー流の考え方である)。イチローにはそこが物足りなかったらしい。そこでイチローは、アメリカでも日本で行っていたハードな練習を続けた。すると、その姿を見たほかの選手も次第に彼を見習うようになり、チームの首脳陣もイチロー流トレーニングを全体練習に取り入れた。
・・・イチローはプレーする際も、ケガをしないように気を配っているのがわかる。たとえばスライディング。イチローは頭から絶対に滑り込まない。必ず身体の横で滑り込んでいる。・・頭から突っ込まないのは、守備においても同様だ。・・ケガをしにくい身体づくりと、ケガを未然に防ぐプレー。イチローがめったに休むことがなく、40歳を過ぎてもそれほど衰えを感じさせないのは、このふたつを実践しているからなのである。
・・・馬場敏史という、オリックスからヤクルトにやってきた選手がいた。彼に聞いた話では、イチローは朝から晩まで雨天練習場でバッティング練習をしていたそうだ。・・イチローは天才でありながら練習の虫なのである。努力を怠らない。そこがすごい。長嶋と同じく、”努力の天才”でもあるわけだ。だからこそ、誰もまねのできないあのバッティングを生み出すことができた。これだけは間違いないと私は思っている。
・・・イチローはドラフト4位指名でオリックスに入団した。全選手中、44番目の指名である。ヤクルトだけでなく、オリックスも含めた12球団のスカウトはみな、この逸材に対してその程度の評価しかしていなかったわけだ。・・いずれにせよ三輪田のおかげでイチローはプロ入りすることができたわけである。イチローはいまも三輪田の墓参りを欠かさないそうだ。
・・・スカウトは選手の目利きのプロである。いやしくもプロであるなら、イチローの素質をひと目見ただけで見抜けなくてはならない。
・・・バッターでもピッチャーでも私は、「それではダメだから、こう変えろ」といきなりフォームをいじったことは一度もない。「まずはそれでやってみろ」私ならそう言う。1,2年、そのフォームでやってダメだったら変えればいいだけの話だ。それなら本人も納得できる。・・ただし、そういうときでも決して頭ごなしに命令はしない。「こういうやり方もあるが、試してみてはどうだ?」という言い方をする。選手を伸ばすのに必要なのは、「こうやれ」と自分のやり方を押し付けることではなく、足りない部分に気付かせてやることであり、「それならこういうやり方があるぞ」と提案してやることなのである。
・・・すべての指導者は選手と対峙する際、「こうでなければならない」という固定観念と、「これではうまくいくはずがない」という先入観を排して臨まなければならない。それは、選手のいわば生殺与奪権を握っている監督やコーチの義務なのである。
・・・困った時こそ、原理原則に返る。---私はいつもそうしている。
・・・おそらく仰木は「ファンサービス」と考えたのであろう。だが、それは断じて違う。ほんとうのファンサービスとは一流選手同士の真剣勝負を見せることにほかならない。仰木自身、現役時代はオールスターにほとんど出たことがないから、そういうことがわかっていないのだ。
・・・私の知る限り、外野手で守備練習を一生懸命やっていたのは、山内一弘さんくらいしかいない。山内さんはレフトを守っていたが、試合前のフリーバッティングのとき、打球をいつも追いかけていた。決して足は速くなかったし、肩も強くなかったが、どの球場でも定位置から何歩行けばフェンスだとか、この場所にワンバウンドで投げればストライクでキャッチャーや内野手に返球できるなどということがすべて頭に入っていたそうだ。練習のときから全部チェックしていたのである。
・・・私が日米野球に出場したころのメジャーリーガーたちも、たとえばウィリー・メイズがそうだったように、パワーだけに頼ることはなかった。俊敏さとち密さをあわせもっていた。だからこそ、私は憧れ、尊敬した。しかし、バットやボールなどの用具の進化、科学的トレーニングの進歩もあって、メジャーリーガーたちは次第にパワーを競い合うようになり、細やかさやち密さといって要素はホームランの華やかさの陰に隠れ、失われていった。ファンからも顧みられなくなった。
・・・たとえばジーターはこう語った。「連中(日本人選手)の長所が、そのままわれわれの弱点なんだ。彼らは細かいプレーを本当に丁寧にこなしている。走者を進めたり、タイミングよくバントしたり、エンドランをうまく使う。本当にいいチームは、そうやって試合に勝つんだ。ああいう試合では、ホームランばかりに頼ってはいけないのさ」
・・・しかし、私にいわせれば、それは打たれた責任を転嫁するに等しい。打たれたら全責任を負うのがキャッチャーである。みんなで決めたことだから、たとえ打たれる可能性が高くてもスライダーを投げさせる。そうすれば、たとえ打たれてもなるほど誰も責任をとらなくていいかもしれない。しかし、それが許されるのはアマチュアである。たとえ自分が悪者になっても、もっとも成功する確率の高い作戦を選ばなければならない。それがプロである。少なくとも私はそう思ってやってきた。
・・・たしかにプロである以上、常に結果を求められるのは当然である。しかし、結果の裏側にあるものは何か。プロセスである。いい結果は、正しいプロセスを経てこそもたらされる。逆に言えば、どんなにいい結果がでたとしても正しいプロセスを踏んだものでなければ、所詮は偶然の産物にすぎない。ほんとうに身についたわけではないのだから、長続きはしない。だから私は選手たちに言い続けてきたのである。「プロフェッショナルのプロはプロセスのプロ」
・・・自分では「納得した」と思ったことでも、第三者の目で客観的に見れば、「妥協した」と映ることが多い。たんなる甘え、自己満足といっていい。低いレベルで「納得」していては、それ以上努力しようとしなくなり、政庁も止まるのは確実だ。私が思うに、評価とは自分が下すものではなく、他人が下すものである。そして、他人の評価のほうがたいがいは正しい。そのことを頭に入れておかないと、評価されていないと感じたとき、「自分はこんなに頑張っているのだから、それを認めない周囲がおかしい」と思いかねない。自分が納得するのではなく、他人を納得させる生き方を目指すべきだと私は思うのだが・・・・・。
・・・「打たなきゃいけない」と思うとプレッシャーになるが、「打ちたい」と思えば楽しみになる。・・「楽しむというのは、決して笑顔で野球をやることではなくて、充実感を持ってやることだと解釈してやってきました」とイチローは言った。
・・・満足してしまえば、「これくらいやればいい」と妥協してしまいかねない。それが「これ以上は無理だ」という自己限定につながり、満足→妥協→自己限定という負のスパイラルに陥ってしまう。そうなれば、それ以上成長しようがないのは当然。「満足はプロには禁句」なのである。
・・・およそプロの世界に入ってくるような選手であれば、能力にそれほどの差はない。であれば、結果を出す選手と出せない選手の差がどこにあるかといえば、自分の長所に気付いているか、もしくはそれを活かす術をわかっているかどうかが非常に大きいのである。必ずしも「自分がしたいこと=自分に合っていること」とは限らないし、自分では長所と思っていることが他人から見ればそうでないことは珍しくないのだ。
・・・「失敗と書いて、成長と読む」私はよく言う。・・たしかに失敗を振り返るのは気分がいいものではない。だが、失敗を遠ざける者は、成功をも遠ざける。失敗を受け入れ、原因をつきとめ、そこからどれだけ学ぶことができるかによって、その人の人生はずいぶん違ってくると私は思う。
・・・「初心を忘れないことっていうのは大事ですが、初心でプレーしてはいけないのです。成長した自分がそこにいて、その気持ちでプレーしなければいけません」・・「いつまでも初心でいては、成長していないともいえる」イチローはそうも語っている。
・・・その(藤山)寛美さんが話していた。「野村さん、『人気』って、どう書きます?『人の気』って書くでしょう。だから難しいんですよ。人の気をつかみ、動かすということは大変なことなんです」おそらく落合は人の気をつかみ、動かすことができなかったのだ。プロ野球は人気商売。ロッテという不人気チームにいたことも影響しているかもしれないが、落合は人の気をつかみ、動かすための努力が足りなかったように思う。
・・・ふつう、あれほどのレベルの選手であれば、練習では適当に艇を抜いたり、休んだりしても不思議はないし、誰も文句は言わない。けれどもこの二人(ON)は、周りが「そんなにやらなくてもいいのに・・・・」と感じるくらい真剣に取り組み、オープン戦であっても試合を欠場することはめったになかった。巨人から南海にやってきた相羽欣厚という選手がこういったのを私はいまだに忘れられない。「ONは練習でも一切手を抜かず、目一杯やる。だからわれわれもうかうかしていられない。彼ら以上にやらなければならないと思った」
・・・私がイチローを認めなったもっとも大きな理由は、ひとことでいえば、こういうことだ。「『イチローを見習え』と、ほかの選手に言うことができないから---」中心選手というものは、”チームの鑑”すなわち手本でなければならないというのが私の考え方だ。・・イチローの野球に対する姿勢について文句はない。その点では十分にチームの鑑たりえる。ならば、どうして「イチローを見習え」と言えないのか---。「勝負とかけ離れたところでプレーしていた」それが理由だ。・・そのプレーが、その努力が、自分の記録を伸ばすためだけに向けられていた---私にはそう見えたのだ。「チームより自分優先」つまりはそういことである。「チームのために」という意識がイチローには欠如していた。そこがONとイチローの大きな差であり、私がイチローの実力と努力を十二分に認めながらも、手放しで称賛できなかった理由だったのである。
・・・私はよく言うのだが、「自分がヒットを打つことがチームに貢献することになる」という考え方と、「チームに貢献するためにヒットを打つ」という考え方は、似ているようで違う。前者は「チームより自分」。後者は「自分よりチーム優先」である。野球が団体競技である以上、すべての選手は後者を目指さなければならない。
・・・イチローは三振が少ないが、フォアボールも少ない。記録を見ると、それなりの数に上るが、一番という打順を考えれば、もっと多くてもおかしくない。・・好きなコース、打てるボールが来たら、どんな状況であってバットを出すからだ。
・・・「自分が打てなくてもチームが勝ってうれしいなんてありえない。そういうことを言うのはアマチュアでしょう」そういったこともある。「自分がヒットを打てれば、チームはどうなってもいい---」極端にいえば、それがイチローの考え方なのだ。
・・・こういう話をいたるところで聞いた。「イチローはマリナーズのチームメイトから信頼されず、浮いていた」・・アメリカ人は「個人主義」だという。だが、だからといってチームより個人が優先されるかといえば、そんなことは、こと野球に関しては絶対にない。・・私は目を疑った。なんと、ボイヤーが送りバントをしたのである。これにはさすがの私も驚いた。四番で、しかも4年連続24本塁打を放ち、その年はナ・リーグの打点王を獲得したボイヤーがランナーを進めるためにバントをしたのである。が、同時に大いに感銘を受けた。「やっぱり、メジャーリーグもチームの勝利最優先なんだな・・・・」
・・・だが、「中心選手が個人優先主義だからチームが弱い」という言い方もできないわけではない。中心選手が自己中心的だと、おのずとほかの選手もチームの勝利よりも自分の記録を優先するようになる。だから低迷するというわけである。
・・・イチローは肝心なことを忘れている。記者たちの向こうにはファンがいるのである。ファンはイチローと直接話すことはできない。報道は、ファンがイチローの言動を知ることができる唯一と言っていい機会なのである。記者たちは、イチローとファンをつなぐ接点なのだ。そのことに思いが及べば、記者たちにいい加減な態度をとっていいわけがないではないか。
・・・私は各社のデスククラスの人間に「もっとマシなのよこせ」と文句を言った。すると、デスクは一様に答えた。「若手を育てるには、ノムさんに預けるのが一番いいんですよ。なんとか育ててやってください」だから、「記者たちに何を言ってもわからない」と言って取材を拒否する落合にもいった。「わからないなら教えてやれ。わかるように、懇切丁寧に教えてやれよ。記者を育てるのも監督の仕事のひとつなんだから」
・・・プロ野球選手は、最初にどの球団に入ったか、どういう監督のもとで育ったかということが、その後の野球人生に大きな影響を及ぼすものだ。仕えた監督によって、野球に対する考え方、取り組み方がずいぶん変わってくるし、さらにいえば人生観も違ってくる。
・・・監督が人間教育をせず、先輩も自分中心であれば、おのずとそうなっていく。私が経験したなかでは阪神がその典型だったし、近鉄にもそういう雰囲気があった。
・・・あとで聞いたところでは、イチローはこうした自分勝手な行動をとることがしばしばあったらしい。どうやら監督の仰木彰が特別扱いを許していたようだ。移動が別なら、ホテルも別ということもあったと聞いた。川上監督がONであってもいっさい特別扱いせず、叱るべき時はきちんと叱ったのとは対照的である。
・・・清原が事件を起こすようになってしまったのには、最初に入団した西武にも責任があると私は思っている。私は監督だった森祇晶にも直接いったことがあるが、森が「プロとは何か」「野球とは」「人間とは」という教育をしっかりしなかったことが影響しているはずだ。・・仰木もそうだ。彼は”野武士集団”と呼ばれた西鉄ライオンズの出身、グラウンドで結果を出しさえすれば私生活は問われない球団で育った。極端にいえば、「重要なのは個人の力で、チームプレーなんてくそくらえ」というチームに高卒で入った。だから、自分が指導者になってもそういうやり方を踏襲した。
・・・ヤンキースといえば、メジャーリーグでも屈指の名門である。・・その強さの秘密は、キャプテンを務めていたデレク・ジーターの以下のような発言に象徴されている。「ヤンキースは常勝が義務。自分が活躍しても、チームが勝たなければ意味はない。チームが勝つためにできることをする」』

2018年2月 8日 (木)

軍人が政治家になってはいけない本当の理由 政軍関係を考える (廣中雅之著 文春新書)

航空自衛隊の元将官の著作でした。納得できない部分もありましたが、現在の日本の憲法は勿論法律に、国家機構における自衛隊の位置づけが明記されていないということについては、まったくその通りだと思います。現在の日本で、誰が日本の主権を外国から守ることは明記されていません。多くの国民は自衛隊だと思っているのでしょうが、法令的に曖昧だと思います。国家における武力、実力集団の意義を明らかにするような憲法改正の議論を期待していますが、現状を見ると、期待薄です。
『・・・最も重要なことは、第一に民主主義国家の国防組織は、憲法及び国内法制の下で国家機構の中に国防を担う専門的な職業集団(profession)として明確に位置付けられなければならないということである。このことは、政権のトップ、国防省(防衛省)、法執行機関及び軍隊の指揮官が、国家機構全体の中で、権限と責任を、どこまで負うことになるかについて、明確にしておくことを意味する。
・・・民主主義国においては、文民統制は絶対的な原則なっている。政治は、軍事にかかわる政策決定の最終責任を負い、軍隊の指揮官は政治指導者に対して軍事的な助言を行うとともに、政治目的を達成するための軍事的手段を提供することのみを行う。しかしながら、一般的に、この政策決定の結果が明らかになるまでの過程において、政治指導者と軍隊の指揮官との間ででは対立と協調が生じ、その過程を含めて如何に適切に管理していくかが、政軍関係を考える目的となる。・・文民統制は、政治指導者の最終的な政策決定に対する軍隊の徹底的な服従という「過程」であり、政軍関係の一機能でしかないことを正確に理解する必要がある。
・・・軍隊が実力を行使して政治体制を変えるクーデターは、米国が大切にしている民主主義の原則に反すると米軍の指揮官は正確に理解している。英国においても、議会制民主主義の下で民主主義を追求していることから、17世紀以降、軍隊がクーデターを起こしたことはない。
・・・政治指導者と自衛隊の指揮官の間の信頼関係は、あった方が良いではなく、緊急事態における率直な意見交換を実現するためには、絶対的な信頼関係が必要条件となる。
・・・「任務ですから、いつものとおりやってきます。大丈夫です。お任せください」。第一ヘリコプター団長は、少しも気負うことなく、統合幕僚長に報告した。当日、CH-47ヘリコプターでの対処を実際に命じた統合幕僚長以下の自衛隊の各級指揮官及び現地部隊の隊員には高いリスクを負う覚悟ができていた。
・・・しかしながら、「統合幕僚長に決心してもらった」という第三者的な発言に、多くの自衛官は戸惑った。自衛隊のあらゆる作戦行動は、防衛大臣の行動命令によって行われる。正に、防衛大臣による指揮監督権の行使であり、政治指導者である防衛大臣には、自らの決断を部下に命じ、その結果責任の全てを背負う覚悟が必要である。それぞれのレベルで持つべき重大な責任を負う覚悟を部外者である米軍幹部でさえ十分に理解している。北澤防衛大臣の発言では、政治指導者が持つべき強い覚悟が現場の自衛隊員は伝わっていない。
・・・本来、自衛隊の指揮官の主たる任務は、緊急事態に際し、政治指導者に対して政策決定のための軍事専門的な見地からの作戦上の選択肢を提示することである。そこには、基本的に政治判断が入る余地はない。自衛隊の指揮官が、緊急性、公共性及び非代替性を考慮した上で、政治指導者に対して選択肢を提示することは、軍事専門性が曖昧になり、期せずして提示する選択肢の中に政治的な判断が加わることになおそれがある。
・・・実際、政治指導者から、もっと人が出せないのかとの圧力がかかる中、自衛隊は、全力で災害派遣活動を行いつつ、警戒監視活動などの防衛・警備にかかる諸活動については、レベルを下げることなく強靭に継続した。とりわけ、沖縄や九州方面の部隊には、増加する周辺国の偵察活動に対し警戒監視活動のレベルを上げるように指示した。
・・・そもそも、福島第一原子力発電所は、日本人の生活のための電気の供給を行っており、その事故に対しては、あくまでも日本が主体となって対処すべきであり、米国が米国民の保護のために如何なる行動をとろうと、うろたえるべきではない。残念ながら、我が国の政治指導者には、明らかに当事者意識が不足していた。
・・・栗栖陸将は、文民統制上、不適切として政治指導者に更迭されるという結果になったが、栗栖陸将の発言は、軍事専門家としての強い問題意識に基づき専門的な意見を述べたものに過ぎなかった。日本に適切な政軍関係が構築されていれば、とりたてて問題となるようなものではなかっただろう。
・・・依願退職の理由として、「防衛庁長官の信を失ったので退職を決意した」と誠に潔い一分のみが認められていた。政治指導者と自衛隊の指揮官の間の信頼関係が壊れれば、政治指導者が自衛隊の指揮官を更迭するのは当然である。栗栖統合幕僚会議議長が自ら退職を願い出たことで、政治問題化の様相を呈しつつあったこの問題は速やかに沈静化している。政軍関係が未熟である日本において、、栗栖陸将の出処進退は見事であった。
・・・複数の指揮官職への配置を通じて得られる様々な経験は、自己犠牲を伴う高い精神性を養う絶好の機会となる。
・・・田母神空将は、部下統率に優れた優秀な指揮官であり、また、極めて能力の高い幕僚であったが、将官として持つべき健全な精神性を育む過程において、唯一、最も大切な民主主義国家における政軍関係に関して深く考察する機会が不十分であった。
・・・何故、問題が起きたのか。結論を言うと、自衛隊の指揮官が過早な政治判断をしているためである。・・自衛隊の指揮官は軍事専門家的な立場から軸足を外さず、政治指導者に率直に報告すべきであり、それを怠ったところに問題がある。・・政軍関係上、重要な視点のひとつである政治指導者と自衛隊の指揮官の間の率直な意見交換の前提となる信頼関係が全く築かれていないことを明確に示している。
・・・自衛隊は、国内法上、行政組織の一部として位置づけられたままとなっており、国家機構の中で高度な専門家集団である国防組織として位置づけられていない。このことは、我が国の国民に現実から目を背け、安全保障や軍事問題に真剣に向き合わなくてよいという空気を期せずして与える大きな要因となっている。
・・・自衛隊の指揮官は、安全保障に関する一般的な知識は十分に持っているものの、政軍関係にかかわる概念や原則的な事項を学ぶ機会はほとんどなく、政治指導者との距離感をつかみかねている。
・・・政治指導者と自衛隊の指揮官の距離は、統合幕僚長が国家安全保障会議に、防衛大臣とともに常に陪席できることとなったことから格段に縮まっている。しかしながら、米国では、1986年以降、統合参謀本部議長は、国防長官とともに国家安全保障会議の正規メンバーとして、軍隊の意見を代表して国家安全保障会議における軍事政策の決定にかかる採決に加わることができる。我が国の状況は、ようやく30年前の米国に近づいたということかもしれない。
・・・政治指導者に代わって文官官僚が自衛隊を律する文官統制は、冷戦時代のように自衛隊が精強な組織として「存在」することのみに意義があり、自衛隊の実際の「行動」を想定しなくてもよい時代においては、政治が軍事からできるだけ距離をおくための安全弁として一定の役割を果たした。もちろん、防衛省内部部局の軍事専門性の不足は、文官統制の問題だけに起因するわけではない。我が国では、諸外国の陸軍省、海軍省及び空軍省に相当する専門性のある行政組織がなく、事実上、防衛省内部部局のみがそれにあたっている。そのため、本来、専門性の高い組織のいてそれぞれ検討されるべき国防政策・戦略が、主として調整機能しかもっていない防衛省内部部局によって扱われる状況となっている。防衛省の文官官僚の軍事専門性の不足は、この組織構造に起因する問題が最も深刻である。
・・・諸外国の国防省は、長官官房に所属する文官と統合参謀本部に所属する軍人のふたつの系列で構成されている。文官と軍人の所掌事項は、軍政事項(予算、部隊の編成、募集など)と軍令事項(作戦計画の立案、実施及び訓練など)に明確に区分されている。そして、文官といえども、高い軍事専門性をもっている。
・・・新たに出された文民統制に関する政府統一見解でも明らかなように、引き続き、諸外国では例がない「文民統制について内部部局の文官が防衛大臣を補佐する」とされており、未だに文官統制の残滓を引きずっている。自衛隊を適切に使うための制度改革は、道半ばである。
・・・米国憲法は、大統領に軍隊の最高指揮官として強大な権限を付与するとともに、併せて、連邦議会には宣戦布告の権利と軍隊の募集、編成と維持に関する権限を与えている。
・・・大統領および国防長官の高級将官の任命権に関する上院の関与は、実質的に行政府に属する政治指導者からの高級将官に対する過度の影響力を排除し、軍隊の政治的な中立を守る機能を果たしている。
・・・米海軍大学のリンゼイ・コーン准教授は、「米国においては、一般国民は政府をあまり信用していないが、軍隊に対しては絶対的な信頼を寄せている。また、国民は国際情勢にはほとんど関心を持っていないにも関わらず、軍隊の指揮官の判断には絶大な信頼を寄せている」と指摘している。
・・・何故、国民の軍隊に対する高い信頼度が維持されているのかについては、軍隊の実際の軍事行動(performance)、軍事専門性(professionalism)及び説得(persuasioon)の三点があると指摘されている。
・・・大学卒以上の教育水準の高い国民は、あまり軍隊を信用していないのに対し、高卒以下の低学歴の国民の軍隊に対する信頼の度合いは高い。・・第2次世界大戦後のベビーブーマー世代の国民より、ベトナム戦争後に生まれたいわゆるミレニアム世代の方が軍隊に対する信頼度が高く、所得の高い国民に比べて所得の低い国民の方が軍隊を信頼している。・・軍隊に対する支持が低いのは18~29歳が60%、民主党寄り、リベラルな立場が58%となっている。
・・・何故、オバマ政権の対外政策にかかわる政策決定が不適当だったのか。専門家、研究者の批判を総括すると、その最も大きな理由は、大戦略がなく、状況対応型の政策決定を繰り返しているためである。
・・・マレン統合参謀本部議長も、軍隊は政治的中立を守るべきとして、米軍の機関誌上で、「軍人は、現役、退役を問わず、常に中立的、非政治的でなければならず、常に国家全体の利益を考えて行動するべきである」として軍人の政治活動に対して強い警鐘を鳴らしている。
・・・退役将官の一般企業への再就職も、政治活動への関与と同様に潜在的な問題となっている。米軍人を含め、諸外国の軍人には、退役後は恩給制度が適用され、退職後、直ちに恩給の支給が開始されることから、基本的に生活に困窮することはない。米軍の場合、35年以上の勤務を経て退職すると(中将、大将の昇任者に相当)、一生涯、退役時の年棒100%の恩給が支給される。英国軍においても、条件により若干の違いはあるが、退役時の年棒の90%以上の額の恩給が生涯支給されている。ちなみに、自衛隊は軍隊ではないため、恩給制度は適用されず、自衛官は年金を受け取ることとなる。
・・・一般的に辞職は政治指導者のリーダーシップに対する抵抗と受け取られる。従って軍隊の指揮官は政治指導者の最終判断が本当に受け入れられないかを感情論を抜きにして自問できる適切なバランス感覚を持つべきであると多くの米軍の高級将官は考えている。
・・・ハンチントンの「軍隊の軍事専門性を高めることにより、政治指導者は軍事作戦に関し方針的な事項のみを示し細部についてはできるだけ軍人に任せる客観的な統制が可能になる」とする考え方は、今日でも政軍関係の理論の主流になっている。
・・・現役、退役を問わず、米軍の将軍の多くが最も尊敬する米軍人はジョージ・マーシャル陸軍元帥(1880~1959年)である。・・米軍の将官の尊敬を一身に集めている理由は、国務長官、国防長官としての実績ではない。それは、陸軍参謀長代理だった若き日のマーシャルの軍事専門家としての適切な行動である。・・マーシャル元帥は、未だ政軍関係の基礎理論が構築されていなかった時代にあって、軍人は、本来持つべき軍事専門性を最も大切にすべきとの信条を持ち、実践した軍隊の指揮官であった。
・・・この民兵制度は米国の正規軍(常備軍)の制度よりも古い歴史を持ち、米国民が最も大切にしている自主独立精神の源泉として、今日でも国防に対する考え方の基調となっている。
・・・マーシャル元帥は、政治的な活動に関わらないために、生涯、一度も選挙の投票に行かなかったと言われている。
・・・第二次世界大戦後から朝鮮戦争の間、マスコミを通じて自らの意見を主張して政府の政策を公式に批判し続け、ついに、トルーマン大統領に解任されることとなったマッカーサー元帥の行為は、政治指導者と軍隊の指揮官との対立の象徴的な事案である。政治指導者の政策決定に対し公然と批判を繰り返したマッカーサー元帥の文民統制に対する明白な違反行為を支持する米軍人は一人もいない。
・・・ベトナム戦争は、リンドン・ジョンソン大統領、ロバート・マクナマラ国防長官をはじめとする文民が軍事作戦に細かい指示を出しすぎた結果、米国を敗戦に招いてしまったと言われている。
・・・複数の実質を伴う軍事的選択肢を確保することこそ、政治指導者の政策決定における軍隊に対する優越性を担保する鍵となる。
・・・ルート中将がホワイトハウスでの影響力を増していくことは、軍隊の意見を代表していないホワイトハウスの軍事補佐官が、オバマ大統領の軍事政策の決定に大きな影響を及ぼすようになることを意味した。・・軍隊の意見を代表していない軍事顧問が大統領に最も近いところにおり、その軍事顧問が、直接的、間接的に大統領に対し軍事政策にかかる助言を継続的に行うことの是非は再検討されるべきである。
・・・実際は、共和党には軍隊の指揮官の助言を真摯に受け止めない傲慢な政治指導者が多い。他方、民主党政権は軍隊に対する理解が浅く、基本的に軍隊を信頼していないため、やはり軍隊の指揮官の助言を尊重しない政治指導者が多い。軍隊の指揮官は軍事専門家であり、政治指導者とは判断基準が基本的に異なる。如何なる政権であっても、政治指導者と軍隊の指揮官の間には大きなギャップがあり、お互いにそのギャップを埋める努力をし続けることが民主主義国家における政軍関係のあるべき姿である」と苦悩しつづけた孤高のマレン提督は話してくれた。
・・・現在でも、内閣総理大臣、国防大臣と英国軍の指揮官は、少なくも毎週一回、定期的に会う機会があり、緊急事態が発生した場合には、日に何度も会う機会が与えられる。一般的に、英国軍の指揮官は、女王陛下の軍隊であることを誇りに思っている。英国においては、行政府の長である内閣総理大臣が、事実上、軍事政策の決定権を持っているが、英国軍の指揮官は、英国軍は女王陛下の軍隊であり、政治的に中立の立場を堅持しているとの思いが極めて強い。
・・・一般的に英国軍の指揮官は、米国の指揮官に比べて政軍関係に関する関心は低い。それは、英国では政治指導者と軍隊の指揮官の関係が極めて良好である証左でもある。
・・・英国の国家安全保障会議には相当数の軍人も所属しているが、彼らは軍事的な助言者とは認識されていない。内閣総理大臣に対する軍事的な助言者は、英国においては、法律上、国防大臣と統合参謀総長であり、この二人が軍隊の意見を代表して内閣総理大臣に助言をすることとされている。
・・・最も重要なことは、民主主義国家の軍隊は、憲法および国内法制の下で国家機構の中に国防組織として明確に位置付けられなければならないということである。このことは、政権のトップ、国防省、法執行機関及び軍隊の指揮官が、国家機構全体の中で、軍事政策にかかわる権限と責任を、どこまで負うことになるかについて明確にしておくことを意味する。
・・・この対外的な防衛の目的は、国家に対する脅威の排除、主権の維持及び国際的な平和維持である。災害救助、国家建設支援、麻薬取締などは、軍隊の役割としては主体的に行うべきではなく、あくまでも支援する立場にある。
・・・軍隊の指揮官は、常に軍事専門的な観点に軸足を置きつつ、政治指導者が考える政治目的を的確に理解し、政治目的と作戦目的の合致を追求する必要がある。そのことは、政治目的を達成するためとして作戦行動の選択肢を安易に妥協させることを意味しない。
・・・最終的に政治指導者による政策決定が行われる直前まで、考え抜いた軍事作戦の選択肢を政治指導者に説き続けることは、軍隊の指揮官の義務である。
・・・たとえ、軍隊の専門的な判断が100%正しく、政治指導者の判断が100%間違っている場合(実際には51%と49%の違いかもしれないが)であっても、最終的に政治決定がなされると軍隊は徹底的にその命令に従わなければならない。
・・・米英では、退役将官の発言は、軍隊の意見を代表する発言であると理解されている。
・・現役将官はもとより、退役将官は、いかなる状況にあっても政治的な発言はするべきではないという重要な教訓を示唆している。米国では、法律上、退役将官を含む、軍隊の指揮官は政治的中立性を保つ原則を尊重しなければならないこととされている。・・第二次世界大戦前の米国においては軍隊の指揮官が政治活動に関与することは一切なかった。しかしながら、現在、退役将官の政治活動が活発化しており、軍隊が政治的な中立性を確保することが、より難しくなっている。
・・・何より大事なことは、軍隊が政治的な中立性を保っていることを明確に示すことである。つまり、軍隊のあらゆる献身的な行動は、主義主張、党派を越えて国民のために行われているという明確なメッセージが国民に伝わることにより、初めて軍隊が国民から信頼される必要条件を備えるということである。
・・・自衛隊法は、自衛隊並びに自衛官の行動を律するための法律であり、国家機構の中でも自衛隊の位置づけを明確にするものではない。
・・・自衛隊の指揮官の軍事専門性に常に軸足をおいた行動は、国民から信頼を得る鍵となる。言うまでもなく、軍事専門性を追求し続けることは、自衛官の生涯にわたっての目標であり、それこそが、制服を着る「誇り」の源泉である。
・・・自衛隊の指揮官は、政治指導者と意見が違う場合にも政治指導者による最終的な政策決定に至るまで、職を辞さないという覚悟をもって真摯に軍事的な助言をし続ける必要がある。
・・・内閣府国家完全保障局に配置されている自衛官の越権行為は厳に慎む必要がある。
・・・米軍の中将以上への高級将官の昇任に際しては、議会証言が求められ、また、作戦部隊指揮官には随時に議会証言の機会が与えられるが、そこでは自己の信念を率直に述べることが許されている。しかしながら、そのような場であっても、まず軍隊の指揮官は、あくまでも専門家として軍事的観点からの意見のみを述べること、さらに、政治的な問題とは努めて距離を置くことが求められている。
・・・将官にまで承認して退役した自衛隊の幹部は、一生涯、現役将官と同じ、国家に対する責任を負うことを自覚すべきである。
・・・自らが関与した作戦行動の意義、思考過程及び結果について、国民にきちんと言葉で説明し、理解を得ることができなければ、自衛隊の指揮官として失格である。』

2018年1月 7日 (日)

洞察力 弱者が強者に勝つ70の極意 (宮本慎也著  ダイヤモンド社)

プロ野球に入った当初、ここまで活躍できるとは予想されなかった著者が、正しい努力により輝かしい成果を収めることができた、その理由を知ることができ、参考になりました。

『・・・一方で、実際にチームという組織を動かす点でいえば、やはり現場にいた方が勉強になる。
・・・「チームはエースと4番だけでは成り立たない。目立たない脇役でも、適材適所で働けば貴重な存在になる。主役になれない選手は「脇役の一流」を目指せばいい」初めてのキャンプで言われた際には、身震いしたのを覚えている。
・・・数字で評価される主役とは異なり、脇役の評価はどれだけ首脳陣からの信頼を得られるかで決まる。
・・・だが、組織の中で脇役が主役になれるかというと、そうではない。主役には主役なりの、脇役には脇役なりの役割というものがあるからだ。
・・・自己分析が何よりも重要なのは、一般社会でも同じだろう。どんな人間でも自分がかわいく、実際よりも高く自己評価してしまう。それでは自分の役割を正しく理解することはできない。一方で自己評価が謙虚過ぎれば、実際の能力よりも低いところから始めなければならず、力を発揮することはできない。
・・・PL学園では、人が嫌がることにも率先して取り組む重要性を教えられた。基本にあるのは人間としての成長が野球にも必要な目配り、気配りに通じるという考え方だった。
・・・私が見てきた印象では、勝負強いとされる打者は、腹が据わっていると感じさせる選手が多い。・・好機に成果を残す大前提として、技術は必須である。そのうえで、持っている技術を重圧がかかる場面でも発揮するには、勇気と経験による割り切りが必要になる。
・・・もちろん、努力が報われるとは限らない。シーズンが終わってからの3か月間にどれだけ計画的にトレーニングをしたとしても、翌シーズンんで良い成績を残せる保証はない。ただ、やらなければ絶対に良い結果は出ない。
・・・気力を維持することは特別な才能の一つだと感じている。若々しい気力を保ちながら、子供ほど年の離れた選手と共に汗をかき、息の長い現役生活を続けた。これはもう、「あっぱれ」としか言いようがない。
・・・注意してみなければ気づかないような細かな仕草にこそ、人の本質があらわれる。
・・・優勝経験がある中日の選手たちは、自分たちがやるべきことを明確に理解していた。優勝するために必要なことが、経験で分かっていたというべきだろうか。結果を先に考えるより、今すべき自分の仕事に集中することができていた。だから、緊張状態でも普段通りのプレーができた。
・・・棋士の羽生善治さんが著書で次のように書いている。良いパフォーマンスを出せる精神状態というのは、一番はリラックスして楽しんでいるときで、二番は重圧を感じて緊張しているときだと。重圧がかかる状態というのは、能力が引き出されるときでもあるという。そして、重圧を感じる中でよいパフォーマンスを出すには、やはり練習量が重要だとも書かれていた。極限状況の中では練習量が心のよりどころになるのは、どんな世界でも同じのようだ。
・・・結果はコントロールできないが、どう準備するかは自分でコントロールすることができる。準備を整理することで、打てなかったらどうしようと結果を考える思考の隙間が少なくなっていった。
・・・大きな目標ばかりを設定しても、苦しくなって妥協する部分が出てきてしまう。一方で小さな目標だけでは、スケールの小さな選手で終わってしまう。
・・・わずかな目配り、気配りの積み重ねがプロフェッショナルの仕事では大きな差を生む。
・・・物事を決断する時に一つの物差しにしていたのは、自分の損得は考えないということだった。
・・・野村克也監督は「変化を恐れないのが一流」と話されているが、私は、「変化」とは「勝負」を懸けることだと思っている。安全を確保しては本当の意味で変化することはできない。丁か半かの勝負を懸けなければ、大きな成果を得ることはできない。・・周りを見渡してみると、実績のない人ほど過去の小さな成功体験から離れられないように感じる。・・ただ、忘れてならないのは、変化の前には自己分析が必要ということだ。自分の力量がどれほどあり、何が不足しているのか。現状を分析できていなければ、変化しようにも回り道になってしまう。
・・・ボールを相手の胸に向かって投げる。キャッチボールというのは守備の基本動作である。兼任コーチとして指導する中で痛感したのは、ボールを投げられない選手はいくら守備の技術を練習しても上達しにくいということだった。それならば、守備の技術練習に入る前にとことんキャッチボールをさせた方が良い。最近ではそう考えるようにさえなった。
・・・転機が訪れたときに、好機に転換することができるか。訪れた転機をつかむためには、地道な練習を積み重ねるしかない。
・・・変化を受け入れ、新しい場所でどう成果を残していけるか。変化を続けられた者だけが生き残ることができる。
・・・日本人と積極的にコミュニケーションを取ったり、配球を研究したり、日本の野球に慣れようとする選手は成功することが多い。逆に「俺はこれでやってきたのだから」と自分のスタイルにこだわる選手は、結果が残せずに一年で帰国してしまう。
・・・どんな仕事であっても優れた成績を残すと周囲がチヤホヤし、厳しいことを言ってくれる人は少なくなる。環境に甘んじてしまっては、成長は止まってしまう。
・・・人間が勝てないものの一つに、年齢があるという。どんな天才でも平等に年齢を重ねるし、体力はいつか衰えてきてしまう。
・・・一つの球団の支配下登録選手は最大70人(育成選手を除く)と決まっている。誰かが入団すれば、一方で誰かが退団しなければならない。・・一つの基準になっているのはチームにおける年齢のバランスといえるだろう。・・(プロ野球の平均選手寿命は約9年で、平均引退年齢は約29歳とされている)。「高卒は5年目、大卒、社会人は3年目」。入団してから一軍に上がるまでの猶予期間として、球界でよく使われてきた言葉だ。
・・・現役時代、二軍暮らしが長い選手と話していた時に、こんなことを感じていた。戦力外を免れることができても「来年こそ頑張ろう」と本気で前を向ける選手は少ない。ほとんどの選手は「助かった。あと一年やれる」と胸をなで下ろすだけだった。まずは自分が組織の中でどの立場にいるのかを感じることだ。その感性がなくなれば、戦力外を通告されて初めて自分に足りなかったものに気付くことになってしまう。
・・・成功した投手に共通しているのは、登板時には信じられないほどの集中力を見せるということだった。
・・・チームに新しい選手が入ってきたときには、少し癖がある性格の方が期待できたものだ。少しぐらい生意気で「やんちゃ」と感じる性格の方が、選手として大成する可能性を秘めていると思うからだ。
・・・失敗は誰でもするもの。進んでしようとする人間はいない。だが、それを誰かや環境のせいにして逃げていたら、また同じことを繰り返してしまう。失敗の原因を考えて、次への対策を見つけることが反省である。
・・・合理性ばかりを求めていると、弊害が出るケースが多い。19年間の現役生活を経験した中で、一つ言えることがある。物事の結果をコントロールすることはできないが、プロセスはコントロールすることができるということである。・・相手がある以上、結果に至るまでの準備までしか、自分ではコントロールすることができない。言い換えれば、大切なのは結果ではなく、どういった準備をしたかというプロセスだともいえる。どんな世界にも通じる部分があるのではないだろうか。・・この一見無駄に見えることが、必ずしも無益だとは限らない。失敗を重ねる中で、当時の考え方は正しくなかったのだと反省したり、アプローチの仕方をかえてみようという新しい発想が生まれることもある。結局は無駄なことを経験してきたからこそ、次からは無駄を省けるようになる。無駄なことが、無駄だと気付くことができる。無駄を重ねることが、本当の力を身につけることにつながると思うのである。
・・・間近で見ていて、「本番に弱い選手」に共通していると感じるのは、試合に通じる練習をしていないということだった。
・・・努力と結果は必ずしも結び付くわけではない。なぜなのだろうか。よくよく観察すると、それは正しい努力をしているのか、それとも間違った努力をつづけているのかということなのである。
・・・マイナス思考自体は悪いことではないと思っている。・・マイナス思考を積み重ねて最後にプラス思考に変えるのは、準備として正しい順番だといえる。・・マイナス思考を積み重ねることで、最後には「あれだけ厳しい練習をこなしたのだから」とプラス思考に変えられるのである。
・・・「体」「技」の順番に鍛えていけば自ずと「心」も強くなっていく。そうして「体・技・心」がそろうのである。
・・・プロ野球の世界では、素質がありながら、集中力が持続しないために定位置をつかめない選手もいる。そういった選手は、おしなべて好不調の波が激しいものだ。
・・・以前、原辰徳さんの著書の中で、東海大学などで監督を務めた父親の原貢さんから「悩み事や考え事は、布団の中で考えてはいけない。暗い中で、良い案は浮かばない。電気をつけて部屋を明るくし、いすに座って考えなさい」と助言されたという話を読んだことがある。
・・・自分で考えることを学ばなければ、変化していくことができない
・・・必要以上の重圧を感じることは、行動を制限することにもつながりかねない。
・・・スカウトの世界では「担当した選手が(入団時の)契約金を年棒で稼げるようになったら成功」といわれているそうだ。
・・・プレーヤー全員が同じ志を持てないのだとしたら、指導者が同じ方向を向く「役割」を与えればいい。たとえ個人が違う方向を向いてしまったとしても、「役割」を限定することでチームとしてのベクトルを同じ方向に向けることはできる。
・・・可能性があるうちは、「脇役」ではなく、チームの「主役」を目指してほしい・・小学生のように可能性が広がっているうちは全員がホームランバッター、エースといったチームの主役を目指した方がいい。いつかは、他者と比較する中で自分は「脇役」に徹しなければならないと気付くときが来る。それまでは、周囲が可能性を限定することはないのである。
・・・部下を指導する場面では、かける言葉には細心の注意を払わなければならない。・・そんな中で一つだけ言えることがあるとすれば、最後は選手本人に選ばせなければならないということである。
・・・結果を考えて逃げ道を作ってしまうと、本当の意味で前進することはできない。自分ではまっすぐに進んでいると信じていても、実際には斜めに進んでしまっていることもある。アプローチの仕方を間違えば、目的地から遠ざかってしまう。
・・・勝負の世界である以上、等しくチャンスを与えることが目標ではない。あくまでチームの勝利が目標だからだ。ここでコーチが考えなければならないのが、他の選手からの文句が出ない状況を作ることだ。・・特別扱いをするときには力関係を明確にした上で、明らかに上と思われる選手を選ばなければいけない。・・特別扱いには他の選手から不満が出てもおかしくはなかった。だから何よりも心がけたのは、山田には他の選手以上に厳しく接することだった。・・特定の選手にチャンスを多く与えるからには、周囲に「あいつなら仕方がない」と思わせる状況を作らなければならない。コーチには周囲を納得させるだけの理由と厳しさが必要になる。そのバランスを見誤ると、組織は崩壊してしまうだろう。
・・・選手の側もコーチを観察している。コーチに情熱があるかないかは、敏感に感じ取っている。情熱をもって指導してくれるコーチに対しては、選手も答えようとするものだ。
・・・部下に任せて、万が一の場合には責任を取る。星野さんの下で貴重な経験ができた。
・・・決断力があるかどうかは、能力の一つということができる。決断の遅い人間というのは、周囲に迷惑をかけてしまうことになるからだ。
・・・私自身、何か相談を受けた際には相談者の利益よりも、物事を大局的に考えて助言するように心掛けている。・・相談者の利益を優先すれば、結果的に不利益となることもある。
・・・部下を叱るタイミングは、いつがベストなのだろうか。私が心掛けていたのが、なるべく指導するべきプレーが出たその瞬間、その場で注意をするということだった。
・・・わざわざ若手を委縮させる必要はないが、委縮した中でも力を出せるようになることが、本当の実力につながることも多い。
・・・仕事に一生懸命取り組むのは、当たり前のこと。それ以上に何ができるかを考えて努力するのが、本当のプロとしての姿勢ではないのか。
・・・上司は部下の専門分野に強くなければならない。部下から質問を受けた際や、部下が壁にぶつかっているときには、「それは、こうした方が良い。なぜなら、こういった理由があるからだ」と部下が納得する理由とともに解決策を示すことができるのが、本来の上司の姿といえるからだ。
・・・「野村再生工場」と呼ばれることが多かった当時だが、移籍してきた選手たちは周囲にも良い影響を与えていた。チームとは異なった環境でプレーしてきた選手の考え方や言葉は、刺激になることが多かったからだ。
・・・勝負ことにこれをやっていれば大丈夫といった定石はない。そのときの最善の選択肢は何なのか。組織が置かれた状況や時期によっても、答えは変わってくるだろう。その時点でのベストを選択することができるのか。優れた指導者に共通するのは、最善の選択肢を選び続けられるバランス感覚ともいえる。』

2018年1月 2日 (火)

大手新聞・テレビが報道できない「官僚」の真実 (高橋洋一著 SB新書)

私がすでに知っていることも書いてありましたし、初めて知ることも多く書いてありました。さすがに元大蔵官僚だとも感じました。

『・・・筆者が財務省にいた頃、財務省幹部がある政策キャンペーンを行った。そして、担当部局の課長クラスに対して、新聞の論説委員クラスや、テレビ局のコメンテーターに根回しをさせて、どのような記事を書かせるか、あるいは、テレビでどう発言させるかを競わせたことがあった。その結果、翌日の大新聞の論調は、見事にすべてが同じになった。
・・・実は、森友学園問題には、主役である籠池理事長や、脇役である野党やマスコミが知らないところで重要な問題提起がされている。それは、一言で言うと、「日本の官僚と官僚機構が持つ重大な利権構造と弊害を、図らずも露呈した」ということになる。事態の深刻さに気付いているのは、もう一つの主役である財務省だ。
・・・私は値引き額8億円はかなり人為的につくられたものだと考えている。もし、まともにゴミの処理費用を算出すれば、10億円を超える可能性があった。それでは当初売ろうとしていた近畿財務局のメンツが丸つぶれである。そこで、1億円以上の売り上げが計上されることで近畿財務局の顔が立ち、また、小学校の建設を急ぎたい森友学園としても十分受けれられる「8億円」とした可能性がある。決して政治家に対する忖度で値引きしたのではなく、組織を守ろうとする官僚の”保身”のために、値引きが行われたのだ。
・・・筆者の推測では、近畿財務局の最大のミスは、そうした手順をサボり、ゴミの事実を隠して森友学園と随意契約をしてしまったことである。
・・・国の収入および支出に関して定めて会計法では、国有地の売却は、原則、競争入札と定められており、随意契約をする場合は、人命にかかわるなどの緊急性などに限定している。
・・・筆者は、役人時代、議事録は「お前が理解したことを書くのではなく、誰がどういう発言をしていたかを書け」と指導された。「概要」では書いた人の主観が入り込むため、資料としては二次情報の可能性があり、情報価値としては2流品、3流品である。
・・・官僚が、交渉相手になっている他省庁の官僚からの要求について、文書で大げさな表現を使うのは常套手段だ。ランクの低い官僚には、直接的に聞いたわけでもない「総理の意向」という言葉で物事を処理しようとするのは、よくあることである。文書が文部科学省のものでも「総理の意向」という発言があったのかどうかの証明にはまったく役に立たない。
・・・マスコミから見れば、役所から入手した「ブツ」は絶対的なもので、裏を取らなくてもいいもの、という過信があるのだろう。内容が正しいかどうかを判断する能力も、判断しようとする意欲もないのである。
・・・マスコミは、文科省文書が本物かどうかに焦点を当てている。筆者の感覚では、おそらく本物であると思うが、そうであっても、それらが作成されたのは2016年秋である。とっくに、文科省への宿題の期限(2016年3月)の後、しかも(2)の2016年9月の後でもある。はっきりいえば、勝負のついた後に、文科省は言い訳をいっているだけだ。・・文科省が、特区で内閣府・特区有識者委員会と交渉してきたのは、課長レベルである。交渉に負けたとき、負けた者は組織の幹部に報告するとき、いい加減なことを言う。筆者から見れば、それが「総理の意向」である。
・・・筆者が加計学園問題でこれまで述べてきたことは、いずれも単純なことだ。しかし、相変わらずマスコミはまったく真相にたどり着けていない。その理由は、目の前の現象だけしか見ていないからだ。一方の当事者だけから示された「文書」や「会見発言」を、金科玉条のように受け取ってしまっているから、加計学園問題には、「総理の意向」が働いていると思い込んでいる。このこうずは 森友学園問題と全く同じである。ゴミの問題を伝えずに売却をしようとした近畿財務局の担当者のミスで、国有地が安く買えただけなのに、そこに政治家の関与を匂わせている籠池氏と、規制緩和派との戦いに負け打だけなのに、安倍政権の関与を匂わせる前川氏は、完全にダブっている。
・・・天下りと特区による新規参入のような規制緩和の間には、密接な関係がある。許認可を厳しくした岩盤規制によって、天下りを受け入れざるを得なくするのは役人の常套手段である。・・天下りは、身内の役人という既得権に甘く、それ以外の人の雇用を奪う。新規参入の許認可も、既に参入している既得権者に有利で、新規参入者を不当に差別する。
・・・大統領制の場合、立法権のある議員たちは、大統領や閣僚などの行政府の要職を兼務することができない。大統領は国民によって直接選ばれるし、行政府の閣僚や官僚たちは、大統領に選ばれることになる。したがって、立法権が行使できる議員と、行政権が行使できる大統領や閣僚および官僚が分かれることになり、立法権と行政権の集中は起こりにくくなっている。三権分立の観点からは、大統領制のほうが権力のバランスはとれているといえるだろう。ただし、大統領と議会が対立してしまうと、政治や行政がスムーズに行われなくなるという弊害が起こる。
・・・戦後、日本は、経済的自立と豊かさを至上命題として掲げ、行政主導で特定産業の保護や育成をしてきた。社会全体が経済活動に集中できる環境を、与党・官僚・業界が一体となって作りあげ、維持してきたといえる。この過程で、行政主導の産業政策が次々と推し進められた結果、行政権がどんどん肥大化してしまった。消長を動かしてきた一部の官僚たちが、実質的に政治的な権限を掌握するようになっていったのである。つまり、政治家が命令して官僚を動かすという政治主導にならず、官僚が主体的に法律案をつくって、実際に動かすという”官僚主導”ができてしまった。
・・・国が新たな政策を実現するには、「財源」と「法的根拠」が必要である。財源とは代さんであり、法的根拠は法律だ。国会で、その政策を国が行うことに値するかどうかが議論され、議員によって予算と法律が採決されなければ、政策は絵に描いた餅でしかない。
・・・「完全民営化」は民間が所有し、民間が運営する。しかし、「完全に民営化」となると、「完全を期して民営化する」という意味に解釈できてしまう。完全を期して民営化すれば、特殊会社でも特別民間法人でもOK、という結論になってしまうのだ。こういう巧妙な語句や言い回しの修正は、官僚が最も得意とするところである。こうした手法の積み重ねを通じて、官僚は裁量権を拡大してきたといっていい。
・・・官僚の作文をする能力は非常に高い。一見しただけではきづかない。巧妙な語句や言い回しを用いて、法律を自分たちに都合のいいように誘導してしまう。この作文能力こそが、官僚の最大の武器といっていいだろう。しかも、他に法律を書ける人材が極端に少ないため、法律作成においてはほぼ独占状態で対抗勢力がいない。放っておけば、好き勝手ができてしまうのである。そこでもうひとつ、官僚の強みを明らかにしておきたい。それは法律を作るテクニックである。ここで言う「法律をつくる」というのは、法律の条文を書くという作業とは別のものだ。どんな法案を作成するのか決めてから、それが国会で可決されるまでのスケジュールを想定し、滞りなく進行させるという一連の作業のことである。そこには、政治家を含めた関係各所への根回しも含まれる。優秀な官僚はそうしたマネジメント能力も高い。
・・・学者やジャーナリストを問わず、政府の審議会委員に選ばれるというのは、本人たちにとってみれば、非常に名誉なことだ。社会的な箔が付き、大した額ではないが報酬ももらえる。断る理由がないのである。したがって、審議会の場でも、役所の意向に逆らうことはない。はやりの言葉で言えば、役所の意向を忖度しているわけだ。
・・・ポチの中には、厚顔無恥というか抜け目のないというか、とんでもない人もいる。審議会で官僚が説明したことを、あたかも自分の意見であるかのように偽装するのだ。審議会では、「勉強になりました」などと言っておいて、そこで得た情報や理論を、その後、自分の論文として発表したり、本にまとめてしまうのである。情報をパクられて側の役所から抗議することは一切ない。官僚にとって都合がいい主張を世の中に広めてくれることになるので、むしろ歓迎していた。
・・・事務局が選んだ人物でも、実は反対意見を持っていたり、思いのほか自己主張が強かったりするケースがある。もし、そうした人物が、審議会で台本を無視して、役所の意向とは反対の意見を出してきたときはどうするか。発言内容を自分たちに都合のいいように変えて、議事録を残すのである。・・1人当たりの持ち時間は3分になる。このわずかな発言時間では、自分の主張をまとめて述べるだけで、議論などは起きようがない。議事録に残す発言記録も、いかようにでも修正できるだろう。面倒な委員がいる場合には、審議会委員の総数を増やす、という手もある。内容からいって20人程度が適当と思われる審議会に30人の委員を選んでしまえば、発言時間は2分しかなくなる。これで有意義な発言や議論をしろというのは不可能に近い。また、人数が多くなればなるほど、結論はまとまりにくい。すると、結論が出ないまま時間切れになり、「座長一任でお願いします」となる。・・結局、事務局がまとめることにある。まとめたものは、審議会が始まるときに作成したものとほとんど変わらないはずだ。
・・・事前審査というのはあくまで慣行であって、政策の立案に不可欠の要素ではない。1962年から、自民党の要請を受けて始まったものである。それまでは、政府提出法案に対して、与党の議員が国会で議論を通じて反対意見を述べたり、審議の過程で法律案を修正したりすることができた。しかし、与党が政府提出法案に公然と反対してしまうと、行政府である政府と立法府で多数を占める与党との考え方が違っていることになってよくない、といわれるようになってきた。与党議員が与党の執行部に反発して国会審議で反対意見を述べれば、党内不一致を露呈することになり、野党にみすみす攻撃材料をあたえることになってしまう。それによって、審議が紛糾し、国会運営にも支障をきたすことが目立つようになっていった。そこで、国会で与党と政府が対立しないようにするために、政府提出法案を事前に与党に提出して、与党の審査を受けるようにしてはどうか、というアイディアがでてきた。1962年、当時の自民党の総務会長だった赤城宗徳氏が、官房長官だった大平正芳氏に持ち掛けたのである。
・・・族議員が増えてくると、部会では真っ当な議論や審査は行われなくなる。政治家が官僚にさまざまな要望をぶつけ、法案にどれだけ反映させることができるかが目的になってしまう。・・族議員の台頭によって、自民党の事前審査のシステムは、次第に、官僚がつくったシナリオに政治家が注文を付け、それをどの程度反映させるのかを調整する場となっていった。
・・・事前審査がもたらした弊害はまだある。それは国会審議の形骸化だ。
・・・事前審査が政治主導の阻害要因になっているというのは、次のようなことである。自民党の慣行上、党の事前審査と機関決定を通過しない限り、総理大臣をトップとする内閣といえども、法案を閣議決定できないことになっている。したがって、内閣や担当大臣の意向に沿って法案の原案が作成されたとしても、事前審査によって、内閣不在の状態で、与党と官僚によって法案が修正されてしまうという事態が起きてしまうのだ。内閣は、与党の事前審査及び機関決定が終了するまで、閣議決定をすることができない仕組みとなっており、総理大臣、閣僚といえども、いったん機関決定された内容を再度修正するというのは非常に難しい。
・・・予算関連法案を策定するには、予算編成権を握っている財務省の主計局との折衝が欠かせない。つまり、主計局も立案の命運を握っていることになる。省庁の中でも、財務省の主計局が最強の権力を握っているとされるのは、こんな理由もあるのだ。
・・・内閣法制局は政権の擁護をするだけではない。ときとして、内閣に対して、”拒否権”を発動することもある。たとえば、首相や閣僚が、憲法や法律の解釈あるいは見解について、過去に示したものから逸脱するような動きをした場合、法律の解釈を駆使して、逸脱しないように説得することがある。
・・・省庁の地方機関は、正式には「地方支分部局」と呼ばれる。・・中央省庁と地方支分部局を合計すると、およそ60万人の国家公務員と280万人の地方公務員がいる。したがって、最広義の意味での官僚は、日本に約340万人いることになる。・・キャリア官僚とは、国家公務員採用試験の「総合職試験」に合格して、中央省庁の本省に採用された人を指す。本省とは、霞が関に位置する省庁のことである。・・総合職試験の合格者は年間700人程度にとどまっている。国家公務員60万人のうち防衛庁などの特別職を除く一般職員は30万人程度であり、そのうちの数%程度がいわゆるキャリア官僚でである。
・・・キャリアとして入省すると、海外留学や地方勤務、他省庁への出向などを経験して、同期入省のほぼ全員が本省の課長クラスまでは、だいたい横並びで昇進することになる。財務省の場合、キャリアの1~2年目の新人は係員と呼ばれる。3年目ぐらいに海外留学し、5~7年目は係長となる。係長となると、政策立案をサポートする仕事が多くなってくる。・・30代前半で課長補佐になる。課長補佐は、自分で新しい法律の草案を書いたり、審議会の運営をするといった、政策立案における中心的な役割を担うようになる。実質的に法案を作成しているのは、30代の課長補佐たちなのである。・・40歳までには課長になる。課長は所属する課の政策立案に関して責任を負い、省内および他省庁との折衝、政治家への根回しといった仕事が増えてくる。キャリアは昇進するにつれて、そうした政治的な仕事が中心的な仕事になってくる。
・・・むしろ、自分の同期の中から、誰かが官僚トップである事務次官になって欲しいというのが、同期に共通する願望となっているものだ。・・飛ばされた期には優秀なキャリアがいなかったということになってしまう。それだけは何としても避けたいと、同期全員が思っているのである。・・課長まで昇進するノンキャリアは限られており、かなりの数の人がベテランの課長補佐のままで退官することになる。
・・・財務省には6つの局しかないので、局長になれるのは6人だけ。その6人を除いた他の同期は退官することになる。局長へ昇進する年齢はだいたい50代前半なので、50代前半もしくは40代の後半から、退官するキャリアが出てくるのだ。・・この慣行は必然的に「天下り」をもたらす。・・天下りのシステムこそが、官僚に省庁への忠誠心を誓わせる原動力になっていることは、ある程度官僚を経験している藻のであれば、誰でも知っていることだ。・・幹部クラスのOBともなれば、数年ごとに関連する団体を渡り歩き、その都度、高額の退職金を手にする人もいる。これは「渡り」と呼ばれている。
・・・主計局長の下には、主計局次長が3人おり、・・主計局では、課長の他に課長級のポストの主計官が全部で11人いる。主計官は、それぞれ対応する省庁が決まっている。実は、主計官のところだけポストの呼び方が少し違うのだ。課長は主計官、課長補佐は主査と呼ばれる。主計局が財務省の中枢であるという自負があるのだろう。
・・・政府において、財務当局の力が強いのは日本だけではない。海外では、法律上、財務当局の格が他省庁よりも一つ上とされているケースがある。さらに、財務当局の大臣が副総理クラスとなっている国もある。予算を握っている省庁というのは、海外でも大きな権力を持っているのだ。ただし、アメリカだけは例外で、アメリカの財務省は予算編成権をもっていない。歳入や通貨の管理についての裁量権しかない。アメリカで予算編成権を持っているのは、政権内の行政管理予算局というところなのだが、最終的な予算案をつくり上げるのは議会なので、行政管理予算局にはそれほどの権限はない。
・・・主税局の特徴は専門性の高さだ。キャリアは財務省内の他局に異動したり、他省庁に出向したりするが、ノンキャリアの場合は、ずっと主税局にいて、税制の専門家になっていく人も多い。・・主税局は、全国11の国税局と524の税務署のネットワークを活用することができるのだ。税務署は個人及び法人の所得に関する膨大なデータを持っているので、強大なネットワークといえるだろう。
・・・理財局はさまざまな国有財産を管理し、有効活用するのが主な仕事である。・・国有財産は「行政財産」と「普通財産」にわかれる。行政財産は行政に使うため、売却ができない国有財産のことで、国会議事堂や裁判所、防衛施設、皇居などを指す。一方、普通財産は、行政財産以外のすべてを指し、独立行政法人などへの出資が大半を占めている。このほかには、地方自治体へ貸し付けている財産や未利用の国有地がある。・・理財局が管理する財政投融資は、国の資金を使って行われる投資や融資のことだ。「第二の予算」とも呼ばれ、第一の予算である一般会計予算が税収や国債によって資金調達を行い、歳出された予算は使い切られるのに対し、財政投融資は貸し出しが基本だ。つまり、返済が前提となっている。投資の場合は、返済はないが、事業によって得られる収益の還元が期待されている。
・・・国際局の業務は幅広い。国際経済の調査・分析から始まって、国際機関との連携・交渉、途上国支援の企画・立案をてがける。また、為替政策も国際局の仕事で、ときに為替相場への市場介入も行う。・・財務省には、トップの事務次官と同格とされる財務官というポストがある。国際局長は財務官になることはできるが、事務次官が主計局、主税局、理財局ほかの分野を所管するのに対し、財務官は国際局と関税局の一部を所管するのみ。事務次官に比べると財務官は格下であることは否めない。G7(先進7か国蔵相会議)をはじめとする、経済関連の国際会合には、財務官と国際局の次長クラスが随伴する。外交における経済的な交渉については、外務省よりも国際局の権限の方が大きいと言えよう。
・・・財務局は、地方支分部局と呼ばれる財務省の出先の機関だ。・・財務省の地方支分部局は3つの部署があり、財務局の他に、税関と沖縄地区税関がある。・・管轄地域での予算の振り分けや、地方公共団体への貸付業務などを行っている。また、財務省とは別に、金融庁からの委託業務も行っており、人事交流もある。財務局は、財務省本省とは別に、国家公務員採用試験「総合職試験」の合格者を独自に採用している。しかし、主要な財務局のトップである財務局長は、本省採用のキャリアが就くことになっているので、生え抜きは財務局長にはなれない。本省に出向することは多いが、本省で中枢のポストに就くことはできない。財務局の最終ポストは、地方支分部局であれば中小の国税局長、財務局長、税関長で、本省であれば通常は課長補佐まで、課長にまで昇進するのはごく少数だ。
・・・財務省の権力の源泉は予算編成権と徴税権だ。いずれも他の省庁及び政治家にとっては脅威となる。実は、もうひとつ、財務省は他省庁に強い影響力を行使できる権力を握っている。人事権である。国家公務員の人事を管理している課はいくつかある。給与の金額を管理している財務省主計局給与共済課、各省の人事を管理している人事院給与局第2課、国家公務員の数を統括している総務省行政管理局などである。この三つは別々の組織ではあるが、財務省から出向した財務官僚が課長ポストをすべて押さえているのだ。特に、総務省行政管理局管理官は、全省庁のその年の公務員の増員または減員の査定を行っている。霞が関官僚の定員を調整する権限を握っているのだ。
・・・財務省に限らず、官僚の行動原理は「省益第一主義」という言葉に集約できると思う。いかに、多くの予算を獲得し、OBを含めた自分たちの利益を確保するか---。この省益の確保と追及という行動原理が官僚を支えているのだ。財務官僚には、これに加えて、「財政至上主義」という原理が加わる。現状では「財政再建至上主義」と言い換えてもよい。
・・・財務官僚のこうした考え方の背景には、自分たちのことを「国士」だと思っているフシがある。国士とは、身命をなげうって国家を支える憂国の士を意味する。悪者になってもいいから、あえて国民に不人気な増税という選択を我々はするのだ。それが、結局は日本のためになる---筆者が財務省にいた頃は、そうした雰囲気が省内に充満していたのである。おそらく、それは現在も変わらないであろう。
・・・今はグローバリズムが世界の隅々まで浸透した結果。状況の変化が短期間でおき、先を見通すことが難しくなっている。こうした状況では、首相が政治判断をし、トップダウンでスピーディに具体的な指針を示すことが求められよう。そのためには、政策決定のメカニズムを、官僚主導から政治主導に転換しなければならない。
・・・しかし、日本政府は巨額の資産を持っている。政府の関連会社の資産も考慮すると、資産額はおよそ600兆円以上あることが分かっている。・・実質的な借金は400兆円程度となる。この金額は、日本のGDPの約8割に相当し、他の先進国の対GDP比率と比較しておm、突出して高い水準とはいえない。・・政府資産の中身についても、先進諸国と比べて、換金可能な金融資産の割合がきわめて大きいのが特徴となっている。日本政府の借金は、少なくとも、すぐに消費税を増税しなくてはならないほど深刻な状況ではまったくないのだ。
・・・特殊法人や独立行政法人を、廃止あるいは民営化することで、出資金及び貸付金を回収することが可能となる。その結果、政府のバランスシート上の負債も大きく減る。・・日銀を連結対象とする「統合政府」のバランスシートを作ってみると、日銀が金融市場から国債を購入しているため、実質的な政府の負債は解消に向かいつつある。すでに、財政再建は終了してい可能性がある。その証拠に、先の5月1日、金融市場で国債の売買が成立しなかったという、”事件”が起きている。・・もし、日本の財政が危機的状況であれば、国債の価格は下がり続け、暴落が起きるかもしれない。しかし、現状は、国債の価格は高止まりしている。これは、統合政府でみれば、日本政府の財政再建が終わっているという筆者の認識と合致しているのだ。
・・・社会保障制度を維持するためには、まず「歳入庁」をつくるべきだと考えている。歳入庁というのは、国税庁と日本年金機構の徴収部門を統合した組織である。歳入庁をつくることで、税金や年金保険料を効率的に徴収でき、徴収コストを劇的に下げることができるからだ。
・・・歳入庁はいいことづくめといえるのだが、日本では創設に向けた動きが一向に盛り上がらない。それは、歳入庁に断固反対している勢力がいるからだ。財務省である。
・・・道州制の直接的なメリットは、中央省庁のスリム化ができるところだ。ただし、公務員の数自体は純減しない。削減された20万人の国家公務員はそのまま地方公務員にスライドするため、地方政府の地方公務員は、減った国家公務員の数だけ増えることになる。それでも、中央省庁のスリム化によって、コスト削減効果は出てくるはずだ。・・一方、道州制の導入によって懸念されることもある。新たな利権構造ができる可能性だ。中央省庁が握っていた予算や許認可などの権限を、地方政府が持つことで、地方政府の官僚が利権の中心に座るおそれがある。それに対しては、地域住民の監視が何よりも大切になるが、手が届きにくい中央省庁で起こる問題ではなく、より身近な地方政府での問題なので、監視はしやすくなるはずだ。監視するための組織をつくり、仕組み作りを準備しておきたい。
・・・筆者は、議員立法によって重要法案が多数つくられるべきだと考えている。官僚には書けないような、日常生活に密着した法案こそ、議員立法が担うべき分野である。議員立法の数を増やすことが、政治主導を取り戻すことにつながるといっていい。』

2017年12月30日 (土)

軍事のリアル (冨澤暉著 新潮社)

元陸上幕僚長の著作。前半は一つのテーマについての論述、後半はエッセイ的な印象を受けましたが、目からうろこのような印象もありました。

『…1999年にも国連軍参加についてまったく同様の答弁があったと聞くが、これらの答弁で2つの点が明確にされた。一つは、内閣法制局が国連軍・多国籍軍・PKFに参加し武力行使をすることを、「すべて集団的自衛権に関わる問題だ」と誤解ないしは曲解していることであり、次に「武力行使というものはすべて我が国防衛のための必要最小限を超えるものであってはならない」と盲信していることである。
・・・本来、自営における反撃の限度は侵害の程度に応ずるものである。だから、通常兵力1個師団で攻撃された場合の反撃の限度と、核兵器で攻撃された場合の反撃の限度は明らかに異なる。つまりこれは、その時の状況・相手に応じた部隊運用上の限度なのであって、一定量として表現できないはずのものだ。にもかかわらず、日本に許された自衛・反撃の限度が総じて「必要最小限」、といういかにも一定量であるかのように思わせて、それを防衛力整備とか、集団安全保障とか、集団的自衛権行使の可否等というまったく無関係な分野のことにまで及ぼす。そして結局は、その言葉の意(量)を話す人・聞く人の同床異夢に委ねてしまう。こんな曖昧で意味のない言葉で議論することは直ちに止めなければならない。
・・・ようやく1974年に国連総会が侵略の定義に関する決議を採択した。この定義は8ヵ条からなるもので、無論完璧なものとは言えないが、ケロッグやパルの時代に比べれは大進歩といえる。・・この74年の国連総会は、侵略概念を武力攻撃に限定・確定したのである。
・・・正当防衛は国内法上の言葉であり、自衛は国際法上の言葉ということで、その区別は完全に定着している。ところが、国際的には困ったことが残っている。日本、中国、ロシア、ドイツ等の国々では、国内刑法上の正当防衛と国際法上の自衛とが別の言葉として確立しているのに、米国、英国、フランス、スペイン等の国々では、国内刑法でも国際法で、self-defense(英・米)、legitimadefensa(スペイン)、といった同一語で表現するのである。そのため、外国依存、特に米国依存度の強い日本に、要らぬ誤解と混乱をもたらしている。・・米国の国民の多くは国際法上の自衛(self-defense)という言葉を知らない。・・その彼らから言わせると自衛隊(self-defense force)というのは、「護身隊」とか、「正当防衛隊」と聞こえるらしい。世界秩序や国家を守る軍隊ではなく、もっぱら自分の身を守る部隊、というのは彼らの理解を超えたものである。
・・・刑法の正当防衛なら無論、憲法の認めるところのものだ、ということで、この条項を武器を保有する海上保安庁巡視艇(船)は勿論、米国を含むすべての友好国艦艇等にも適用できるように修正したらしい。集団的自衛権行使に反対する人々が、この条項を「憲法違反だ」と訴えても通じないようになっている。
・・・自衛と正当防衛をself-defenseのような同じ単語で表現する国々があるために、「自衛と正当防衛は同じものだ」とする誤解がなお消えずにいる。しかし「自衛と正当防衛とはやはり違うもの」なのである。「自衛」は国際法上の問題だからその権限と責任は国家にあり、「正当防衛」は個人の刑法上の問題だからその権限と責任は個人にある。
・・・かつて小野寺五典防衛大臣は「情報は共有しても指揮権は日本にあり、他国に譲ることはない」と語ったが、技術の進歩は、各国最高指揮官をパスし、自動的に集団安全保障措置をとれるところまで来ているのである。当然その事前設定は各国の最高指揮官が決心することだが、ことほど左様に今や集団的自衛権で特定の国を護るのではなく、集団安全保障で世界、地域全体の秩序・平和を守る時代なのだ、ということである。
・・・「駆けつけ警護」も「公海上の他国軍艦艇の防護」なども「集団的自衛権行使」に似てはいるが、全く違うものである。これは国際法上の国権に基づくのではなく国内法上試験に基づくものだから、責任は国になく個人にある。それでも諸外国のとっては歓迎すべきものなので、外交上は成功であった。問題は、この現場の自衛官たちにとって(1)奇襲攻撃を待ち受けるまでの忍街、(2)正当防衛についての国家に替わる個人の責任、がどこまで受容できるのか、ということである。
・・・集団安全保障とは戦うことが目的ではない。諸国連合で「何時でも戦える」という姿勢を示しつつ、まず話し合い、次に経済制裁を加え、相手が先に武力行動をとった時に初めて諸国の力を合わせて武力制裁する、というものである。
・・・歴代の米政権は、採用はせずとも多様な政策提言を許容し、かつ国益を守るための検討材料としている。そのことを承知の上で米国戦略家たちから学ばなけれならないのである。
・・・米戦略国際問題研究所(CSIS)シニアアドバイザーのエドワード・ルトワックは、(1)財務省とウォール街は「親中」である、(2)国務省は「親中」と「反中」の間をゆれる、(3)国防総省は「反中」である、と言っている。
・・・各種軍事協力で日本だけが他国と違った行動をとることは、その中で孤立するだけでなく、チーム全体の力を殺ぐことになり好ましくない。自衛隊他員たちの多くが、現場で努力しそれなりの成果を上げつつも、その「手足を縛るような」任務付与については、帰国後・退官後に不満を漏らしてきた。・・国内では「自衛隊は憲法により外国軍とは違う」が通じても、国際的な現場ではそれが説明できない。
・・・状況判断能力については、部下とともに訓練し、数々の現場を部下たちとともに踏んできた後輩指揮官たちをより信頼したい。ただ、現職自衛隊指揮官方にお願いしたいことがある。自らが訓練し自信を持っていることだけを実行してほしい。訓練していないこと、訓練してもできないことについては、恥ずかしくても「これはできません」と正直に言わなければならない。
・・・筆者が防衛大に入港した1956年には、米軍の陸軍中佐が防大校長の顧問として存在していた。
・・・統合作戦というのは、積極的に我が戦力を集中できる攻勢作戦において極めて効果的なのだが、防勢作戦において敵の自由意思に基づく攻撃を待ち受け敵の一つ一つを排除するには不便極まりない。
・・・統合軍が、米国において発展したのは、軍の大きさや活動領域の広さのためでもあるが、軍事技術、特にミサイル・IT(情報技術)の進歩のためだと言われている。要するに陸・海・空全てのプラットフォームが目標情報を共有し、どのプラットフォームから発射するのが最適かを選び出すコンピューター技術が自動的・効率的な指揮を可能にしたためである。
・・・日本は1954年2月に調印した「国連軍地位協定」に基づき、これら参加各国軍を在日米軍基地7か所(横田、座間、横須賀、佐世保、嘉手納、普天間、ホワイトビーチ)において支援しなければならない。これは「軍事による国際協力」であり、一つの「連合作戦」参加と見なされる。国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加は2004年6月、イラクにおいて既に実現している。司令部からの情報提供は受けるが、武力行使に関わる指揮は受けないという条件はついているが、その実例は既に国際法の一部になっている。
・・・これらの「連合」は、すべて集団安全保障措置に関わるものであり、集団的自衛権行使とは関係がない。
・・・今、「国連中心の集団安全保障」と、「米国中心の集団安全保障」が併行して存在するかに見える。しかし、先にも述べたように、国連はもともと米国一極を公認するための組織であり、米国と国連は世界秩序維持のための車の両輪なのである。現在、世界の有力国はすべてこのことを認めているが、大量破壊兵器を拡散させ、テロ・ゲリラなどで世界秩序を変えようとする一部の国(またはグループ)だけがこれを認めていない。
・・・米国一極体制を長続きさせるため、日本の軍事がなすべきことの第一は、米国中心の軍事行動への参加である。それは戦争への参加ということではなく、戦争予防のための「集団安全保障」への参加である。・・まず(1)話し合い、次に(2)経済制裁をかけ、やむを得ぬ場合に(3)軍事制裁をかける、というものだが、ここでの軍事の本来の目的は、その存在により(2)の経済制裁を有効にし、さらに(1)の話し合いに拍車をかけるものであることを理解しなければならない。
・・・米国にとって今欲しいものは各軍の実力ではなく、出来るだけ多くの外国軍の共同の心と姿勢なのである。なぜならそれが「平和裏に米国中心一局秩序を維持する最大の推進力」だからである。
・・・朝鮮戦争は64年前に既に終わったと誤解している人が多いが、この戦争はまだ終戦になっていない。未だ講和条約が結ばれておらず、引き続き休戦状態にある。・・豪・加・英・仏・比・ニュージーランド・タイ・トルコの8ヵ国の駐日大使館駐在武官が国連軍派遣国・連絡将校として兼務(非常勤)で勤務している。
・・・金斗昇氏(韓国国防研究院主任研究委員、元ハーバード大日本研究所客員研究員)は、2002~2008年の間に在韓米軍司令官を務めたレオン・ラポート、パーウェル・ベル両大将の発言を紹介し「米国は、国連軍司令部体制を強化し、国連軍司令官の指揮権をなお有効とし、米韓連合軍司令部体制でない国連軍司令部体制だけでも朝鮮半島有事に対応することが可能であると考えている。つまり米国は米韓連合軍の指揮官の問題が揺れれているこの状況の中で朝鮮半島及び東アジアにおける自国の影響力を維持・強化するための一つの手段として国連軍司令部体制を活用し「北東アジア平和維持軍」を創設するという構想を持っている」「しかし、韓国はこの問題に対する十分な理解を関心を有しておらず、日本に至っては全く認識不足で、ただ日米同盟重視を言うのみである」との趣旨を述べている。
・・・国家安全保障戦略のここまでについては何の文句もなく、筆者にとっては「我が意を得たり」である。しかし、頭の部分は大変優れていたとして、首から下の部分が全くできていないところが問題である。「大量破壊兵器の拡散」が脅威だとして、それにどう対応していくのかという具体的方策がこの戦略には全く表現されていない。更に、この戦略を受けた「25大綱」にも関連策が示されていない。・・最大の脅威に具体的施策が全く伴わないというのでは、戦略としてはお粗末である。
・・・筆者は英国の核は米国核の分散配置に過ぎず、フランス・中国の核はいずれも「トリガー(引き金)核」だと理解している。「トリガー核」とは、「我が国も世界破滅の引き金を引ける」という自己主張であり、「滅多なことでは引き金を引かない」が故に「我が国も世界秩序(平和)を担う重要国家である」と宣伝しているの過ぎない。・・イスラエルの核は周りのアラブ諸国の攻撃を抑止することが目的であり、イランはこれに対抗して核開発を進めようとしている。
・・・米露の核が世界秩序(平和)の維持に役立っていることは確かだとしても、このようにイラン・北朝鮮のような国が核開発を進めると、世界の核使用のハードルが低くなり、全体の秩序が脆弱なものとなるので困る。それゆえ、これ以上の核拡散を止めようということになる。既核保有国の核を保全して、その他の国の新たな核保有を禁じることは確かに不平等な話である。しかし、世界の平和、即、各国の平和と考えるならば、これはやむを得ないことと考えなければならない。
・・・原子力工学に詳しい自衛隊OBにきくと、不可能ではないようである。ただ、すぐにできるというようなものではなく、何年というレベルの時間を要するらしい。2016年に331キロの研究用プルトニウムを米国に返納したが、ある程度時間をかければ核兵器用のプルトニウムを準備することも可能らしい。
・・・米国では騎兵の機能と部隊名を残し、その機能を継続できる新たな装備と訓練を探し続けたのだが、日本では騎馬という装備(ブツ)そのものに拘り、そのブツが陳腐化してなくなると同時にその機能そのものまでをも忘れ去ってしまった、ということである。
・・・「本腰を入れることはないのだから、前捌きに集中しよう」ということである。「海のISR(情報・監視・偵察)重視」もこれで理解できる。数年前に沖縄海兵隊外交政策部(G-5)次長であったエルドリッヂ博士から、「海兵隊とは騎兵隊のようなものです。陸上自衛隊も海兵隊のようにしてはどうですか」という提言を受けた。「海兵隊は騎兵」には全く同意である。しかし、海兵隊が騎兵の役割を務めることができるのは、米陸軍という主力(本腰)が後ろに控えているからである。自衛隊全てが騎兵になった時、主力(本腰)は米軍が務めるとでも思っているのだろうか。また、諸外国の状況をみるに、「国家間決戦なき時代」ではあっても、「外国力」の背景として「本腰」の力が大きく働いていることは明白である。
・・・統率力は一般に、指揮官の「人格」と「能力」によって構成される。「人格」と「能力」のどちらに比重をかけるかは人によって違うが、少なくとも片方がゼロという人に統率はできない。
・・・統帥は当初、部隊運用(軍令)に限られていたのだが、この軍令と軍政の混乱が、帝国陸海軍に大きな誤りをもたらした。・・ところが、軍政は軍令の要求に従うべきものであり、軍政が軍令の要求を入れないことは参謀総長(陸軍)や軍令部(総)長(海軍)の統帥権を干犯するものだ、という動きが起こる。・・これらは、実際は大勝利とは言えなかった日露戦争の反省が不十分なままに、大正デカダン(軍事不要)という風潮の中で、天皇という玉を掴み取ろうとした陸海軍の過ちであった、と筆者は考える。明らかな贔屓の引き倒しで、極めて不敬なことであった。
・・・スイスは1648年のウェストファリア条約で独立した小国(現人口842万人)であるが、独立以来永世中立国であり、その中立政策を守るため370年間、徴兵制を続けている。しかし、国防関係者が「冷戦の終結により外敵からの侵略の危険性が減少したことで、現役総定員17万人は過大になった。故に装備の近代化と職業軍人の増加で軍隊のプロ化を進め、兵指数も12万程度にする」との方針を発表し、これまでに3回の国民投票が行われたが、3回とも否決された。3回目(2013年)の結果は反対票73%で、その最大の理由は、「職業軍人だけの軍隊になるとNATOやEUとの関係が強いものとなり、中立が保てなくなる」であったと聞く。
・・・イタリア軍は1860年代から徴兵制度を続けてきたが、2000年に徴兵制廃止を決定、2005年から完全志願制の軍隊となった。徴兵制廃止の最大の理由は、「90年代のソマリア内戦に国連多国籍軍として参加したときに、余りに弱く役立たなかったので、訓練練度の高い精強部隊を作るため」と伝えられている。
・・・「もっとも効果的な情報入手手段は「人間交流による情報(ヒューマン・インテリジェンス=Humint)」であり、最高の情報とは「相手(敵)の意図を自分の意図に一致させること」である。それができたときには戦わずして勝てるのだ」という結論が出る。藤原は自らの魂(愛情と誠意)によってそれを実行した稀有の情報将校として歴史に残る。
・・・米軍の将校たちが「戦場で状況判断をするときに、最小限考えるべき要素」として教えられてきた「METTT(メッツ)」という略語を紹介する。それは次のような意味を表している。M(Mission):任務、E(Enemy):敵、T(Troops):我が部隊、T(Terrain):地形、T(Time):時間
・・・現在の日本には、この「3戦」に応じ当方からも「3戦」を仕掛ける所管官庁がない。それが最大の問題なのだが、筆者は国家安全保障局が遠からずその中核であろうことを期待している。
・・・(A)「演繹法的収集」と(B)「帰納法的収集」について考える。(A)は当方の任務・行動を原点とし、・・(B)は敵方だけでなく、互いの友軍の動きや広い世界の動きなどが定まらず、当方の行動方針の目安も経たない段階で長期戦略的な判断に資する情報を探るものである。・・当面の作戦に備える戦闘情報では(A)が多用されるが、その場合でも(B)で補完しより確実を期すことが大事である。最近はコンピューターの発達により大量のデータを短時間で解析できるようになったらしいので、(B)の方法が戦闘情報にも活用できるようになるかもしれない。』

2017年12月 2日 (土)

般若心経は間違い? (アルボムッレ・スマナサーラ著 日本テーラワーダ仏教協会)

これまで少し意味が不明なところもありながらも、般若心経はありがたいお経だと信じて唱えてきました。しかし、この著作で疑問点は解消し、般若心経に対する見方が変わりました。

『・・・じつは「般若心経」は分からなくて当たり前なのです。それはお釈迦様、正等覚者である釈迦牟尼ブッダその人が語った経典ではないからです。「般若心経」をはじめとする大乗仏教の経典は、お釈迦様が涅槃に入られてから数百年後、その直接の教えから一部を抜き出して、その人なりの能力で深い意味を表現しようとした宗教家たちの文学作品です。それを私たちはいろいろと頭をひねって解釈しなければならないのですが、私たちもお釈迦様が説いた真理を知っているわけではないので、納得いかないのです。
・・・自分の国スリランカにも、子供から大人まで確実に覚えている経典として「慈経」という短い経典があります。これは暗記していない人はいないというくらい有名です。この経典は、お釈迦様が「慈しみ(慈悲)」の実践について説かれたものです。
・・・観自在菩薩は、大乗仏教でトップクラスの知名度を持つ菩薩ですが、初期仏教の時代には全然出てこない。あとからつくられたキャラクターです。
・・・初期仏教では、大乗仏教のような菩薩信仰を説かないのですが、菩薩の波羅蜜は六どころか、十も挙げられています。布施波羅蜜(施しの実践)、持戒波羅蜜(道徳の実践)、離欲波羅蜜(欲望の放棄と克己の実践)、般若波羅蜜(智慧の実践)、精進波羅蜜(精進努力の実践)、忍辱波羅蜜(耐え忍ぶことの実践)、真諦波羅蜜(誠実さ、正直の実践)、決意波羅蜜(不撓不屈で目的を成し遂げる実践)、慈波羅蜜(慈しみの実践)、捨波羅蜜(無執着の実践)です。ブッダになる誓願・決意をした菩薩は、この十項目を完成して完璧な人格者にならないといけないのです。
・・・波羅蜜を人格完成のための行として、いろんな試練訓練を受けて、自分を磨き上げることだと理解したほうがよいのです。
・・・お釈迦様は「私、といっているものは、色受想行識の五つでできているのだ」と言っています。「私を構成している、色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊の五つの本性は空である」つまり「実体はない」ということを観察しているのです。
・・・色は、簡単にいうと私たちの「肉体」です。・・受は感覚、感じることです。・・私は「想は、私たちが持っているさまざまな概念だ」と説明しています。・・大人になるとどんどん想が増えていくのです。勉強すればするほど想が増えます。それでトラブルが起こったりもします。・・行は、経典の説明では、喋りたい、考えたい、身体を動かしたいという気持ち、エネルギーのことです。これも増えたり減ったりします。・・識は、認識すること、知ることです。・・色受想行識の五つが一緒になって、離れることなく行動すること。それを私たちは一般的に生き物、人間と言っています。
・・・初期仏教では、あくまでも「一切の現象は生じて滅するものである」「一切は無常である」という立場です。お釈迦様は生滅説なのですね。これに対して「般若心経」は、「生滅がない」と言っているのです。この一言で「般若心経」は、せっかくお釈迦様が発見された「無常」という真理を否定してしまうのです。
・・・存在しないものについても考えられるのが、頭で思考する(妄想する)ことの特徴です。人間には妄想する機能(識)があるのです。
・・・お釈迦様は、次に「私と外の世界のかかわりはどうなっているのか?」を分析しました。その答えが「十八界」です。・・「見る」という現象の要素として、眼界・色界・眼識界という三つがあるのです。これを六根(眼耳鼻舌身意)すべてで起きているので十八界になるのです。十八界はネットワークです。このネットワークには中心的に管理するところはありません。インターネットのように中心がないネットワークなので、「実際の機能としての存在」を示す意図で「十八界」と言っているのです。・・このネットワークには、何も芯となる実体はありません。それが「生きる世界」の一つの説明になります。「私がいるんだ」というのではなく、「ネットワークが存在なのだ」と。・・十八界は常に変化生滅しているのです。そこで私たちは、「存在は無常である」という結論にいとも簡単に達することができるのです。
・・・本当は、「私」はネットワークで成り立っているもので実体はないのですが、それが分からないでいるのです。こういう存在の分析はブッダしかやっていないのですから、人間が知るはずもありません。
・・・仏説の本当の心臓は「般若心経」ではなく、十二因縁なのです。十二因縁は生起論と滅尽論がセットです。無明がなくなれば行もなくなる、行がなくなれば識もなくなる---、という滅尽論もあるのです。これによって、私という存在が苦しみの世界から脱出して解脱に達する道筋が明らかになったのです。
・・・ブッダが言うのは、「もともと実体はないんだよ」という話です。実体があると勘違いするから執着するのです。執着するから物事が変化するとすごく苦しくなって、悩むはめになるのです。実体がないからこそ、物事が変化するのです。外の世界に限らず自分自身も、変化し続けているのです。そこでブッダは、「どこにも実体のないことを発見しなさい。悩む自分も実体がないことに気づきなさい」と説くのです。
・・・言葉を使うときは語りすぎに気を付けること。そうしないと、どこまでも、頭の考えだけで飛んでいってしまうのです。
・・・宗教たるもの、けっして人間の呪文願望を支えてはならないのです。もし宗教が呪文願望を応援するなら、それはインチキ宗教に決まっているのです。
・・・正直さ、真理であるということは、それ自体がすごい力なのです。それを教えるためにお釈迦様はいくつかの経典で祝福をしています。「これは真理だよ。本物だよ」という証として言っているのであって、呪文に力があるというような神秘的な話ではありません。お釈迦様は星占いも他の占いも、きれいさっぱり貶して捨てているのです。
・・・「言葉に力がある」のではなく、「意味のある言葉に力がある」のです。
・・・呪文の特色は、論理性がないことです。文法も主語も目的語もありません。・・呪文には、伝える意味がないので、力がないのです。なのに皆、呪文に力があると思って、意味のない単語を羅列する。それは明確に迷信です。・・お釈迦様は明確に呪文を否定されました。呪文のことは、はじめからまったく馬鹿にしています。だから経典に呪文はひと言もありません。
・・・最後まで読んできましたが、「『般若心経』はあまり勉強していない人が作った経典ではないかな」というのが私の感想です。『般若心経』は仏教用語をたくさん並べていますが、パーリ経典を読んで学ぶ人から見ると、経典に値しないダラダラした作品で、欠点がたくさんあります。作者はただ適当に短くまとめてみようと思っただけで、そんなに真剣ではなかったようです。本人は「空」ということをわかっていないし、空の思想を理解してもいませんでした。そのことは、空を理解していたら使えない「na 無」という言葉を使ってしまっていることからもわかります。
・・・ということで結論です。「般若心経」は中身を勉強しなくてもいい経典です。そもそも中身がないし、論理的でもない。だから、意味がわからないことで困らなくてもいいのです。意味がわからないのは私たちの頭が悪いのではなく、先生の頭が悪いからです。
・・・「般若心経」は、仏教ほど古くないけれど、長い間みんなが大事にしてきた経典ということくらいのことです。大事に守られた理由は、短いことと、理解できないことですね。理解できなかったのは、中身がなかったからです。
・・・「向上するための躾が欠けているならば、それはブッダの生の教えではない」これは私たちが経典をチェックする重要なポイントです。
・・・そこで智慧のある人は、・・無常の中でなんとかうまくいくように励むのです。・・私たちの仏教世界では、「親は梵天(最高の神)として尊敬しなさい。親孝行しなさい」と教えます。なぜそんなに親を大事にするかと言えば、無常だからなのです。
・・・釈尊は、「常に気づきを持って(sato サトー)、この世を空として観察しなさい」と答えます。・・仏教でいう「世 loka ローカ」は、物理的な世界より、一切生命のことをいうのです。釈尊が、「一切生命を空と見なしてください」と言うのは、「実体たる自我がない」と発見するためです。これはパーリ経典のなかでも、最も古いところで出てくる教えです。「生命は空である」と分析すると、色受想行識の五蘊でできているものが生命なので、「五蘊には実体がないから空である」ということがわかるです。「生きる」とは何かといえば、眼耳鼻舌身意で認識することであって、それも実体がない。空である。そういう空論です。
・・・たとえとして使われる場合は、「毒矢」のイメージです。自分の身体に毒矢が刺さっていたら、ありがたいとは誰も思わないのですね。とにかく捨ててしまいたい、離れたいのです。だから、五蘊そのものが毒矢だと見てください。
・・・仏教では、「瞑想修行で発見するのは、無常、苦、無我とうい真理の側面のどれか一つだ」とも説明されています。しかし無常も苦も無我も、はっきり言えばすべて「同義語」なのです。
・・・修行を完了した人と、修行中の人の世を見る観方は、まったく同じですが、修行中の人には「我見を絶つ」という仕事が残っているのです。
・・・執着を捨てることは、決して楽ではありません。価値を入れると執着が生まれます。「価値がある」と思うと、やはり置いておきたくなります。私たちの家にもガラクタがいっぱい溜まっていますけれど、なかなか捨てられないでしょう。それは価値をつけているからです。
・・・事実だからといって、役に立つとは限らないのです。だから初期仏教では、「知っているものは全部語る」という立場は取りません。無駄なことは語らないのです。
・・・「空論」を語る人は「na 無」という言葉を使いません。それは「無」と「空」がまるで違うからです。・・「空」というのは、そういうことではないのです。蜃気楼は空です。蜃気楼について、私たちは語らなければいけないのです。「あれは水のように見えるけれど、ホントはそちらに水も何もないんだよ」と。「これはこういう働きで水のように見えるのだ」と。それな空なる現象であって、「無」ではないのです。蜃気楼を見て、「あれは無だよ」と言ったところで、蜃気楼はあるように見えるのですから無じゃないでしょう。私に苦しみが「無い」と言ったって、実際には現象として苦しみがあるのだから無ではないのです。
・・・確かに一切の現象は空です。しかし仏教では空論は語りません。その代わりに無常論を語るのです。それはわかりやすくて手につかみやすい事実だからです。無常は、「今のある現象が変わっていっても、また次に別の現象がある。また変わっていって別の現象がある」ということです。だから、そこから「どうすればいいのか」ということが導き出されます。それで修行することや、悟ることや、解脱することや、そういった道徳的なセクション、実践的な方法が成り立つのです。
・・・仏教は進化の道であって、人格完成の道であって、悟りに達する道なのです。だから空だけをハイライトして論じることで、それが壊れます。だから初期仏教では真理として「空である」とはっきり言うのですが、けっして「空論」は展開しないのです。
・・・じつは大乗のお坊さんたちも、まじめに修行しているのです。しかし論理的にはあべこべだから、その人たちにもまじめに修行する気がなくなってしまうのです。・・ただ真剣まじめに修行させる論理的な支え、裏付けがまったくないのです。それで最終的に大乗の世界で何をするかというと、「般若心経」のように呪文を唱えたり、「南無妙法蓮華経」と唱えたりするだけに終わってしまうのです。
・・・悪業か善業かは、しゃべった内容と気持ちによります。善いことを善い気持ちでしゃべるなら善業であり、善い結果につながります。
・・・仏教では、人間より次元が高い、心のエネルギーのレベルで生きる生命のことを、「神」といいます。仏教では、「いろんな生命が生きていて、どれもこれも清明だ。輪廻の世界で苦しんでいるのだ」という認識なので、神だから尊いということにはなりません。心を極限まできれいにして輪廻から解脱した阿羅漢こそがすばらしいのです。生命ということでは、微生物も人間も神も同じです。・・人間であるからには、人間としてしっかり生きることです。
・・・たくさん記憶したら、sannaがたくさんあるということです。忘れたら減ります。たくさん勉強するということは、サンニャーを増やすことです。sannaが増えると、そのぶん五蘊の量が多くなってしまいます。だからものすごく勉強した人というのは、性格が悪くて、頑固で、育ちにくくて、ややこしいでしょう?
・・・行蘊は「衝動」です。・・私たちには常に何かしらの衝動があって、その衝動は常に変化しています。衝動がない瞬間はありません。・・そのエネルギーをsankharaというのです。
・・・私たちの身体は五蘊でできているのですが、それらはすべて常に変化しているということになります。・・五つの無常をまとめたら、それは何に例えることもできない徹底的な無常なのです。ただ「無常」というしかないのです。・・ヴァジラー比丘尼は、「五蘊で自分ができている。それを生命という世間の合意がある。それだけですよ」と言ったのです。
・・・私の身体も、机も、物体です。どちらも同じ物体なのです。しかし、私の身体は感じるのですが、机は感じないのです。つきつめれば、違いはそれだけです。
・・・似ているものを長く感じると、「苦しみ」が生じます。・・それは感覚が苦だからです。・・苦には二つの次元があります。一つは、「感覚は苦で、生きるとは感覚があることなので、生きることは苦である」ということです。私たちは感覚があるから「生きている」とかいうのですが、その感覚が「苦」なのです。だから私たちは苦しまずに生きることができないのです。苦が生命を維持管理しているのです。「生きる=苦という現象」なのです。「生きることには微塵も楽しみはない」というのは真理です。・・楽なんて苦の「騙し」でしかないのに、「楽だ、楽だ」とありがたがってしまうのです。・・感覚が楽なら私たちは簡単に死んでしまうのです。生きていられません。それで苦が生じて生き延びるのです。生きていくには苦が必要なのです。
・・・楽しみがあったのではないのです。苦しみが減っただけです。それを勘違いして「幸福だ」というのです。・・世間の人が夢見る最高の幸福は、不幸のどん底でないと感じられないのです。苦が消えることが楽しみなので、幸福を感じるためには、どん底の不幸になるしかないのです。では、「生きる苦しみ」が完全に消えたらどうなりますか?「生きる=苦」なのです。それがきれいさっぱり消えたら、どうなりますか?それを解脱というのです。その境地が涅槃です。輪廻から解脱し、二度と生まれないなら、完全に苦を断つことに成功した方なのです。
・・・本当に、人生に楽はないのです。「楽」というのは錯覚で、ただの世間の合意です。・・その幸福は、「苦しみが消えた」という事実をあべこべに見ただけのことです。苦しみとは別物の幸福があるわけではありません。あるのは苦しみだけなのです。苦しみ以外にないです。
・・・「苦」には「感覚の苦」とは違う意味もあります。一切は無常で、絶えずに変化していくのですが、この状態も「苦」というのです。
・・・「私の」という気持ちが苦しみを作るのです。「私の」というのは、自分の感覚から生じる錯覚です。だからこの「感覚の苦」をしっかり観察しなければならないのです。
・・・ところでヴァジラー比丘尼は「誰が生命を創造するのか?」という悪魔の最初の問いに答えていません。それはそもそも、実体として誰も見いだせないからです。「生命」という実体が成り立たず、あるのは無常たる現象のみなので、問い自体がナンセンスなのです。だから仏教にしてみれば、「森羅万象を創造したのは誰?」という問題は、答える価値さえもない、無意味な成り立たない問いなのです。
・・・修行者にとって「悪魔」とは「自分自身の思考」です。仏教の修行をする人は「神様が降りてきて修行の邪魔をする」と考えてはいけません。自分の悪さを、他人のせいにしてはいけません。悪魔は自分の思考、妄想なのです。妄想は感情から絶えず生まれるのです。感情とは煩悩です。だから、まず自分の妄想を減らすことです。それは自分でできます。それが悪魔退治です。けれど妄想が減って落ち着きが出てくると、「自分は理性的だ」と勘違いする思考が現れます。「いま私は妄想していない。論理的なことを考えているのだ」といばるのです。これが悪魔の攻撃です。思考を止めさせてくれないのです。「理性的な思考」でも思考にすぎません。真理を知っているならば、思考する必要もありません。』

より以前の記事一覧