書籍・雑誌

2017年5月 5日 (金)

勝ちきる頭脳 (井山裕太著 幻冬舎)

私も下手ですが囲碁を趣味にしています。七冠保有の井山棋士の本著は、囲碁に限らず間違いなく人生に通ずるものを伝えてくれる内容でした。その考え方は、仏教と共通のものを含んでいると思います。弱冠20代でこの境地に達しているとは、本当に脱帽です。

『・・・「打ちたい手を打つ」という行為は、僕が自分に課している信念で、これを棋士人生の中でつらぬいてきたからこそ、今の僕があるのです。もし無難な手を優先したり、リスクを恐れて回避してばかりいたら、七冠はおろか、一つのタイトルも取れていなかったに違いありません。
・・・囲碁というゲームは、二〇〇手を超えて終盤を迎えた場面でも、たった一手のミスで優勢をフイにしてしまうことがあります。・・百問百答を繰り返した結果、「あとで後悔するような手だけは打たない。常に自分が納得できる手だけを打つ」という、自分に対する決め事のを作ったのでした。・・一手一手、目の前にある局面で最善を尽くすということです。・・着手をする際、「この後どんなことになっても、それを受け入れる」という覚悟を持つようにしました。これが「納得した手を打つ」ということ
・・・トップを争っている人たちは例外なく、そうした「形勢が悪い時の踏み込み」が抜群に鋭いわけです
・・・自分の打ちたい手、最善と思う手を選択することを貫いているうちに、見えてきたものがありました。それは「リスクがあっても、最善と思う手を選択している方が、勝ち切れることが多い、という事実です。
・・・やるのは本人ですが、その本人をやる気にさせたり、子供の特性に合わせて気持ち良く行動できる環境を用意することが、周囲の大人にとっては何より大事なことなのだと思います。
・・・囲碁の目的は「最終的に勝つこと」なので、自分が余裕をもって優勢な場合「正解」は複数あるということです。・・最も大きな差で勝てる手段のことを言い、勝利という最終結果は同じであっても、僅差で勝つよりは大差で勝つ方が「最善」というわけです。「正解」は複数存在しますが、「最善」は一つしかありません。
・・・そこでものを言うのが、譲歩であれ決行であれ、自分の選択しようとしている道が「本当に正しいのかどうか」の裏付けをとるための「読み」です。読みを入れてみて間違いないとなったら、それを実行する---囲碁というのは結局、この繰り返しをしていくよりほかないのではないでしょうか。
・・・大きな勝負であればあるほど、どうしても「安全な手を選びたい」という気持ちがわきがちなのですが、じつは勝負においてこの心理こそが最も危険である---このことを僕は過去の敗戦で学んできました。いつも平常心を保ち、自然体で碁盤に臨んでいれば、そこの勝負の大小という要素が入ってくる余地はありません。
・・・勝負の先行きに関しては楽観的に見て、現局面は悲観的に捉えるといったところでしょうか。
・・・「ヤマ勘」が明らかな当てずっぽうで根拠がない選択であるのに対し、「直観」には確実に根拠がある・・その根拠とは何か?人によって微妙に回答が変わるかもしれませんが、僕は「経験と流れ」だと答えます。
・・・日々の勉強で棋譜ならべがありますが、僕はこの時、ただ漠然と手順を追って並べるのではなく、割と意識的に「普通では気が付かないような別の選択肢はないか?」と探すことにしています。この訓練が、人が廃案とするような手を「直感」の班内に残しているのではないでしょうか。・・「直観」だけでは不利な形成を打開できないので、もうひと絞りして「ひらめき」にたどり着く---こうした思考順序だと思います。
・・・「読み」とは「先を見通す力」なのですが、この能力には当然ながら差があります。・・中国や韓国では、強い棋士を養成するために若いうちから、というより若い時だからこそ、読みの力を徹底的に鍛え上げます。読める局面、つまり正解が存在する局面で正解を出せることこそが、勝てる棋士を養成するにあたっての最重要課題だとみているからです。・・囲碁では「直観」が占める部分も大きいのですが、この分野はなかなか伸ばすことが困難でもあります。対して「読み」は鍛えれば鍛えるほど伸びる傾向が強いので、中国や韓国は、そうした鍛えられる部分を徹底した伸ばしていこうという方針なのです。・・「読み」に限って言えば、プロならそれほど大差はありません。皆、ある程度のところまでは等しく読むことができるのです。ただしそれには「時間がたっぷりあれば」という条件が付きます。・・囲碁において最も重要なのは、その「読み」によって導き出した無数の出来上がり図を、どう判断するかなのです。プロの間でも差が出るののは、この「判断」の部分であると言っていいでしょう。
・・・「序盤における直観は好みである」とも言えます。それに対し、石が混みあってくる中盤以降では、石の生死や地の計算といった要素が入ってくるので、はっきりとした正解手が存在する局面が増えてきます。
・・・でも人間ですから、ミスをするのは仕方がありません。ミスは出るものだとして構えておく必要があり、そのうえでどう対処するかが、勝負において非常に重要なテーマになってくるのです。・・目の前の局面を「どういう状況であっても、なるべく同じ心理状態で見る」ことが大切でしょう。ミスをした、しないは関係なく、今この局面での最善手は何かということだけに意識を向けるのです。・・ミスをしたことは分かっていても、何とかその手に意味を持たせたい、完全に見捨てたくはないという心理で「顔を立てたい」と思ってしまうのです。しかしこれは、傷口をさらに広げる結果となる可能性が大と言わざるを得ません。ミスと言っても大した損ではなかったのに、そのわずかな損を惜しんだあまり、一局の碁を失ってしまった---これはともよくあるケース
・・・棋士背後を勝負事としてだけではなく、作品として捉えている部分があります。人に見られて恥ずかしくない棋譜を残したいということです。
・・・棋譜はやっぱり、人を映す芸術作品なのです。自分らしい手や自分にしか打てない手を打つことが、今の僕の大きなモチベーションになっています。
・・・心技体とよく言いますが、まさにこれは三位一体---どんなに高い技術を身につけて心境が澄んでいようとも、身体が弱っていてはすべてが台無しになってしまうのです。
・・・棋士ならば誰もが、自分の打った碁を並べ直し、反省を行っているはずです。この復習なくして、成長はありません。・・中国や韓国の棋士が共同研究で生まれた結論を多用し、10代から早々に活躍する反面、30歳を超えると皆揃って衰退していくのは、この「情報に頼りきり」という一面があるからではないでしょうか。
・・・自分の対局手順を覚えていないということは「着手に必然性がなく、軽い気持ちで打っていた」ことになる
・・・囲碁で必要なのは、学業的な能力ではないのです。求められているのは、ある局面を見て「あ、以前に似た局面があったな」とか「こういう形の時は、ここが急所であることが多い」などと察知する能力---応用力とか適応力であり、刺激的な表現をすれば「嗅覚」と言ってもいいかもしれません。
・・・定石とはあくまでもマニュアルであり、それ以上でも以下でもありません。使い方次第で、薬にも毒にもなってしまうからです。・・「部分的な打ち方のマニュアル」に過ぎないのです。・・「定石通りの手を打つ」ことよりも「その定石が全局にマッチしているかどうか」という判断のほうが重要となってくるのです。・・簡単な定石でいいので、その一手ごとの意味を考えるようにしてみてください。
・・・負けた事実はもう消すことができないので、同じ失敗をしないよう、自分がさらに成長するしかありません。今より少しでも上に行きたい---この探求心があれば、いつまでも挫折しているわけにはいかないのです。
・・・今の中国・韓国の若い棋士の実戦量たるや、それは凄まじいものです。尋常ではない実戦の数をこなし、そのなかから自分で何かを得たり覚えたりして、強くなっていくスタイルなのです。
・・・90年代前半までは「日本のナンバーワン=世界のナンバーワン」で間違いありませんでした。しかし90年代後半にその座がやや怪しくなってきて、2000年代になるとついに韓国がナンバーワンに。そして10年代になる頃から中国も肉薄してきて、現在は「中国と韓国の2強」という情勢です。日本は残念ながら3番手と言わざるを得ません。・・日本には聖徳太子の時代に、仏教とともに伝来したことは確かなようです。その日本の囲碁が飛躍的な進歩を遂げたのが江戸時代でした。徳川幕府が囲碁(と将棋)を保護し、家元を作ったことで、技術的な研究が大いに進んだのです。・・日本碁界全体が油断したという一面はあるのでしょう。しかし、それ以上に「駐豪と韓国が国を挙げて強い棋士を育成し、日本に追いつき追い越した」と見るべきでしょう。・・僕が対戦していて特に感じるのは、読みであったり計算であったりと言った「答えの出る分野」での正確さが際立っているという点です。
・・・江戸時代に家元が作られてからたゆまぬ精進を続けてきた日本の囲碁は、そんなにヤワなものではないという思いもあります。日本の囲碁には独自の良さがあり、それを前面に押し出し精進していけば、再び中韓を抜き返すことも不可能ではないと考えているのです。では、その「日本の囲碁の良さ」とは何か?それはやっぱり「碁は自分一人の力で精進していくもの」という日本の伝統的な考え方ではないでしょうか。・・中国・韓国棋士の最大の強みは、安定した中盤から終盤の力です。この力は卓越した読みと計算の納涼によって支えられており、脳が素早く働く若さが原動力です。瞬発力と言ってもいいでしょう。だからこそスポーツ選手と同様、瞬発力に陰りが見え始めてくる30台になると、衰えてきてしまうのです。・・日本の棋士はこのように活躍の期間が長いのかと言えば、これは若いころに「自分で自分の碁を創り上げてきた」からでしょう。
・・・朴さんに限らず世界の超一流は、相手がひとたび守りに入ったら、徹底してそこに付け込んできて、最後には逆転を果たしてしまいます。
・・・僕が、若手のどこを見ているのかというと、公式戦でも練習碁でも、実際に対局していて「大事なところに石が来るかどうか」です。僕が「ここに打たれたら嫌だな」と思っていた所に打ってくるかどうかということですが、今は粗削りで結果が伴っていなくても「急所、急所!」に石がくる子は、やがて必ず頭角を現してきます。
・・・最後には結局「自分は囲碁というゲームを通して、井山雄太という人間を表現しているのだ」という考えに行き着くのです。・・羽生さんの真の偉大さは、七冠達成自体にあるのではなく、その後二〇年以上にわたって、今なおトップの座にあり続けているという事実にあると思っています。』

2017年5月 3日 (水)

101年目の高校野球 「いまどき世代」の力を引き出す監督たち (大利実著 インプレス)

若者を指導していくためのヒントを得ようと読んでみましたが、たくさん収穫できました。

『・・・日誌をつけ、本と新聞を読むことも義務付けていました。ただ、春先はいいですけど、1年間継続してとなるとなかなか難しい。
・・・掃除したり、物をそろえたりすることは、心のすさみ除去につながります。
・・・面白いもので、字が書けない選手というのは、本をあまり読まない選手です。読書が好きな選手は書けます。なので、ファイターズでは読書を取り入れているんです。寮生は毎朝一日10分、読書の時間があります。本を読む習慣をつけてほしいので、同じ場所に集まって読んでいます。・・新人には本を読む習慣をつけてほしいので、はじめの一か月は同じ場所に集まって読む。そこからは、部屋で読んでもいいとしています。
・・・(読書感想文のようなレポート)それはありません。ただ、半年に一回大きな面談があります。野球の面では遠藤良平GM補佐が、教育面では私が担当し、半期の振り返りを行っています。そのときにどんな本を読んできたのかを必ず聞くので、読んでいない選手は答えられないことになります。
・・・大谷はプレーヤーとして一流ですが、考え方も一流です。自分でやると決めたことを、必ず実行できる。どんなに忙しかったとしても、やることをしっかりとやる。タイムマネジメントのうまさを感じます。まわりが何をしていようとも、流されることはありません。
・・・ファイターズでは、「何のために」を重視しています。・・何のためにその目標を立てたのか。
・・・人としての本質的なものは変わっていないと思います。・・ただ、環境が変わっているのは事実。簡単に言えば、環境の変化によって、ハングリーな子供たちが減ってきている。・・恵まれていることや、環境を与えられていることに、いかに気づけるかです。そこに気づくことができないと、ワンランク上には行けないように感じます。---身に付けるためにはどんな取り組みをしていますか。 それは、常日頃から言い続けるしかないと思っています。
・・・個を生かして、その個をまとめるのが上に立つ人の役割だと思います。
・・・結局、自分を高めていくのは誰かと言えば、指導者ではなく、最後は自分自身です。つまりは、自分自身に対していかに厳しくできるか。そういう選手になってほしいですね。・・選手が自分で考えて、自分でやり遂げることの方が大変ですから、自分自身をしっかりと見つめる。この環境を作るのが、指導者の仕事だと思います。
・・・拓大の選手は仲がいい。それは悪いことではないんですけど、グランドでもっと厳しいことを言い合ってほしい。ダメなことはダメと言えなければ、勝てません。
・・・いまどき世代という意味では、大人の言うことを聞こうとしない生徒が増えているように感じます。話を聞いているようで聞いていない。ハイハイと言ってその場をやり過ごそうとしている。
・・・生活がだらしなくなったり、おろそかになったりすると、どこか自信をもってプレーができない自分がいました。正しい生活を送ることによって気持ちの部分で強くなれる。・・森監督に、「いまどき世代に一番伝えたいことは何ですか」と尋ねると、「自己責任」と「仲間意識」というキーワードが挙がった。
・・・森監督の考えでは、上に立つ人間には三つの責任があるという。①自分を高める力 ②部下を育てる力 ③全体を向上させる力
・・・「何かを言われたときにすぐに反応を返せない生徒が多い。これまで修羅場をくぐってきていないせいか、フリーズしてしまう。「間違ってもいいから反応を示せ!」と言っても、立ち止まってしまう。時間が過ぎることによって、自然に解決することを待っている生徒が多くいるのです。・・修羅場の時にこそ、求められるのは自己表現。時間による解決は根本の解決にはつながっていない。
・・・「ぼくはバッティングピッチャーもやりますよ。なぜ一緒にやるのかと言えば、あの子たちが大人になったときに『一番に動く大人になれよ』と伝えたいからです。口であれやこれやと支持するのではなく、大人が先に動いて背中で示していく。うまい下手ではなくて、姿勢で見せる。
・・・「高松商には古くから続く伝統があります。伝統を守ることも大事ですが、人として間違ていることはやめなければいけない。・・厳しい上限関係がなくても、人間はしっかりと成長していく。今の時代は、もっと別の方法で心を育てることを考えなければいけないと思います。
・・・「いまどきの子たちは自分が一番。自分中心に物事を考えがちです。これは親も一緒。だから、自分自身を客観的にみられるようなシチュエーションを作ったり、声掛けしたりするようにしています」
・・・「いまどき世代のいいところを挙げるとしたら、周りにあまり影響されずに、自分のパフォーマンスを発揮できるところです。大舞台になっても動じない。
・・・今は違う。情報があふれています。先生がすべて正しい。先生がなんでもわかっている。「俺の言うことを聞け!」という時代はとっくに過ぎ去ったと思っています。いま、必要な指導者は昔のようなカリスマ指導者ではなく、スーパーサラリーマン。人事もやるし、総務もやるし、なんでもできるサラリーマンです。・・選択することになれている。これは指導者としてはやりやすい。
・・・チームにひずみが生まれるのは、うまいやつがいい加減なことをした時です。エースと4番が練習をしない。そうなると、周りの選手は「お前らだけでやれよ」となるわけです。ひずみを生まないためには、レギュラーはほかの選手よりはるかに練習をしなければいけない。
・・・今、僕が気に入っている言葉が「じつに面白い!」ガリレオですね。何か自分に問題が降りかかったときに、「じつに面白い!」と言っている。そう思えば悩まないし、その壁が大きければ大きいほど、面白さが倍増します。・・学校もいろいろ大変で、育英劇場があるんですよ。それを面白いと思わないとやっていけません。
・・・「大事なことは、どんな状況でも最善を尽くすること。それができたら、人生は生きていける。特に、苦しい時にどれだけ最善を尽くせるか。いまどきの子は、うまくいかなかったときや失敗したときに表情や態度に出ることが多い。それは自分中心に物事を考えているから。
・・・「人生は一度きり。妥協して、適当に生きている人間と、目標に本気で向かって苦しんでしんどい経験をしてきた人間とでは、違う人生になる。生きている土俵が違う。人間は何のために生きているかと言えば、自分自身を高めるために生きていると思っています。
・・・「人にやさしくしなさい」とよく言っています。それができるようになるには、自分に厳しく生きなければいけない。人のためにと思っていれば、最終的には自分を律することにもつながると思うのです」
・・・「監督を胴上げしたいと思わせたらダメだなと思っています。監督は、選手同士のきずなを強くするためにいるのであって、真ん中にいてはいけないのです。選手の周りにいて、見守っているのが理想だと感じています」
・・・日本の指導論を考えると、手取り足取り教えたり、大声で指示を出していないと教えていないと思われやすい。でも、それは違う。監督は監督としての仕事があると思うのです。
・・・「そんな態度じゃダメだろう!」と怒るのではなく、「お前はふてくされていないと思っていても、周りからはそういうふうに見えるよ。そうやって怒られたことないか?そこを直していかないと、また高校と同じように見られるんじゃないの?」というような言い方をするようにしています。
・・・「叩かれて強くなる」という時代はもう終わりました。叩かれても強くはならない。では、何で木々示唆を植え付けるかと言えば、今は無視だと思うのです。人を育てる言葉で「非難・称賛・無視」がありますが、まったくその通りだと思います。無視されることが、何より辛く、冷たい。
・・・キャプテンがどれだけチームのために動いているか。それがわかれば、チームの力も見えてきます。
・・・10あるうちの10まで追い込めたのが昔のやり方。それによって、能力が高くない選手も力をつけることができ、いわゆる「中間層」が厚い時代でした。しかし、今は中間層が少ない。一部のトップアスリートは世界でも活躍していますが、鍛でることで育ってきた中間層の人数が減っているように感じます。
・・・自らやらない選手に対しては、何か精神的な痛みが必要になることもあるでしょう。過去には試合に使わなかったり、寮を出したりしたこともありました。
・・・勝負どころでは、我慢できる人間のほうが強い。そして、この我慢は若い時にしか身につかないと思うです。
・・・「使わない筋肉は滅びていく」の言葉のとおり、精神的な面も使わなければ退化していきます。つまりは、我慢しようとする機会がなければ我慢する力は弱くなっていく。
・・・食の好き嫌いがない選手は、人の好き嫌いもなく、いろいろな人間と付き合うことができる。でも好き嫌いがあると、人との付き合いも選ぶようになるのです。
・・・何かの本に「いい本とは何か?」を書いた文が載っていた。「読み始める前と読み終えた後で、目の前の景色や世界が変わっていること」と書いてあったと記憶している。』

2017年4月21日 (金)

最貧困女子 (鈴木大介 幻冬舎新書)

自分の知らない世界について、かなり知ることができました。悲しいものでしたが、事実を知っておかなければならないと思いました。

『・・・僕なりの考察では、人は低所得に加えて「三つの無縁」「三つの障害」から貧困に陥ると考えている。三つの無縁とは、「家族の無縁・地域の無縁・制度の無縁」だ。・・三つの障害については、「精神障害・発達障害・知的障害」と考える。・・これらの障害は「三つの無縁」の原因ともなっている。
・・・頑張ると言っていた翌日に頑張れなくなるのが貧困だ。
・・・「地元を捨てたら負け」「上京したら負け」という感覚もある。永崎さんが強調するのは、上京による「婚期逃し」のリスクだ。・・せっかく上京しても、余計貧乏になったみたいな子も多いし、特に女の場合、上京したら100%婚期逃しますよね。
・・・永崎さんのような層が拡大すればするほど、同じ所得層にあるにもかかわらず貧困状態にある小島さんのようなじょせは、無理解と批判のターゲットになってしまうのだ。「同じ月収10万円で、きちんとやれている人がいるのに、やれない人間には努力や工夫が足りないのではないか」・・年越し派遣村などを率いた湯浅誠さんが「貧困と貧乏は違う」と発言していたことがある。貧乏とは、単に低所得であること。低所得であっても、家族や地域との関係性が良好で、助け合いつつワイワイとやっていれば、決して不幸せではない。一方で貧困とは、低所得は当然のこととして、家族・地域・友人などあらゆる人間関係を失い、もう一歩も踏み出せないほど精神的に困窮している状態。貧乏で幸せな人間はいても、貧困で幸せな人はいない。貧乏と貧困は別物である。そんな言葉だったと思う。
・・・彼女らは女性の集団が苦手で、実際、女性集団から排除されがちなパーソナリティだたのだ。当然女友達も少なく、子供の頃から地域や学校生活の中で孤立してきたエピソードをもつ者が多かった。第4の共通点は、非常に強い恋愛依存体質だ。
・・・「出会い系のシングルマザーたち」の中で、僕は彼女らの陥っている状態を「隠れ破綻」と表現した。彼女らはすでに経済的にも精神的にも破綻してしまっているのだが、わずかばかりの金を出会い系サイトを介した売春で稼ぐことで、必死のその破たんを隠している状態にあった。・・結果的に彼女たちは自らの手で自らの窮状や苦しみを覆い隠し、不可視にしてしまっていたのだ。
・・・「夕食を作る美味しそうな匂いのする住宅街を一人ぼっちで歩いて、寂しくてつらかった」こんな昭和の漫画や映画みたいなエピソードは、ぼくの取材してきた虐待歴のある少年少女らに共通するいわゆる「あるある」体験だ。
・・・「大人」は頼れない。「大人」は何もしてくれない。この感情が実は、その後の人生をも左右するものになってしまう。
・・・彼女らが共有するのは、貧しさよりも「寂しさ」ということだった。ひとり親世帯がこれほどまでに増え、共稼ぎ世帯が当たり前となった昨今では、「家に帰ったも誰もいないし、食事の用意ができていない」という状況は、もはや一般的なものとなってきた。子供たちにとって、寂しさはもう当たり前のものだ。
・・・少女本人はどんな学童保育だったらよかったのかを聞くと、回答は明快だった。「小学校終わるじゃん?そうしたら放課後に友達と遊んで、それで夕方が夜になって腹が減ったら学童に行って食事して、ゲームしたりテレビ見たりして、その後にでも親が迎えに来てくれればよかったと思う。あと親が切れてる(虐待する)とき、夜遅くとかでも行ったら入れてくれて、泊めてくれるんだったら最高だった。実際(小学)3年の時とか、親に家から追い出されて、学童行ったのね。閉まってるでしょ?開いていたら良かったって、いまでも思う。」
・・・彼女たちもまた貧困状態から脱出できているとは言えない。それどころか、一度は抜けたはずの売春ワークに再び舞い戻ってきてしまう事例があまりにも多いのだ。その理由が、彼女らの異様に高い「恋愛自爆率」だ。彼女らは恋愛に救いを求め、恋愛でつまずき、恋愛でひとたび抜け出した貧困の中に舞い戻る。
・・・いわゆる「試し行動」。少女からすれば、初めて我がままを言える相手に出会えたので、我がままを爆発させたい!という感情もあるが、それ以上に裏切られ続けてきた人生の中で「この人は本当に自分を救える人なのか、偽善じゃないのか、どこまで私のわがままに耐えられるのか」という気持ちもある。・・語りつくされた感のある「試し行動」だが、彼女たちのそれは猛烈に安っぽく、衝動的で、面倒くさい。・・理解者を加害者に変えるほど、彼女らの抱えた痛みは大きく、長引く。
・・・これも書くことは躊躇われるが、僕が取材してきた子供時代に虐待や育児放棄などを経験してきたセックスワーカーのもつ傾向のひとつに「二股恋愛」「浮気恋愛」があった。もちろんすべてがそうではないし、愛した男一筋一直線な取材対象者もいたが、一般と比較してその傾向は顕著だったように思う。』

2017年4月15日 (土)

米中戦争 そのとき日本は (渡部悦和著 講談社現代新書)

たいへん参考になるところの多い書でした。

『・・・「トゥキュディデスの罠」・・これは古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスが唱えた、「新たな覇権国の台頭と、対する既存の覇権国の懸念や対抗心が戦争を不可避にする」という仮説である。

・・・「距離の過酷さ(The Tyranny of Distance)」とは、「作戦地域までの距離」が作戦にいかに大きな影響を与えるかを表現した言葉で、もともとは「オーストラリアの歴史や独自性は、欧州からの地理的遠さと密接な関係がある」という、ジェフリー・ブレイニーの著書”The Tyranny of Distance)で使われた言葉だ。
・・・多くの専門家は「脅威=能力×意思」という公式で表現する。この場合の意思とは「他国を侵略する意思」だ。だが、私はこの公式は不正確だと思う。より正確には、「脅威=能力×意思+距離」、つまり、対象国の間の距離を変数として挿入すべきだと考えるからだ。
・・・現在はエア・シー・バトルの名称がJAM-GC(国際公共財への接近及び機動のための統合構想)に変更され、引き続き統合参謀本部第7部で検討されている。
・・・アジア太平洋正面におけるミサイル分野では中国軍が優位にある。中国軍はミサイル及び航空機によるアウト・レンジ戦法(敵の射程外から火力を発揮しこれを撃破する戦法)を採用し、米軍ほかの兵器の射程外から火力を発揮しようとしているのだ。中国軍は現段階においては、戦力に勝る米軍と本格的な戦争をしようとは考えていない。しかし、中国は現時点において米国以外の国(日本など)に対する短期限定作戦を想定しているし、近い将来において米軍と戦力が拮抗すれば、米軍に対する短期限定作戦も想定する---これが私の見解である。
・・・軍隊の作戦領域(ドメイン)が拡大している。従来は陸、海、空の三つのドメインが基本であったが、技術の進歩によって「宇宙」「サイバー空間」という新しい二つのドメインが加わった。米軍は、これら5つのドメインンのうち、「複数にまたがる=クロス・ドメイン作戦」(CDO)の相乗効果を重視している。・・米軍は各ドメインの作戦を統合することでの相乗効果を強調している。陸上戦力は、もはや陸での作戦のみを考えていては失格で、海・空・宇宙・サイバー空間での作戦をいかに活用し、相乗効果を発揮するかを考えなければならない。海・空の戦力も同様である。・・クロス・ドメイン作戦に次いで重要な作戦が「ハイブリッド戦」である。・・本書では正規軍と非正規軍(民兵、反政府グループなど)の混用、物理的破壊手段(軍事力)と非物理的破壊手段(謀略、情報操作などを活用した情報戦)の混用など、ハイブリッドな手段を活用した作戦をハイブリッド戦と定義する。
・・・いまやウクライナは、ロシアにとって最先端の技術や新たな戦い方を試すための実験場と化している。そこではサイバー戦、電子戦、情報戦、正規戦や非正規戦がミックスされたハイブリッド戦が続けられている。
・・・「超限戦」は、中国人民解放軍の喬良・王湘穂という二人の大佐が1999年に発表した概念・・文字通り、「限界を超えた戦争」であり、あらゆる制約や境界(作戦空間、軍事と非軍事、正規と非正規、国際法、倫理など)を超越し、あらゆる手段を駆使する、まさに「制約のない戦争」である。・・倫理や法の支配さえも無視するきわめて厄介な戦争観である。
・・・キル・チェインとは、ほぼリアルタイムで目標を発見、捕捉、追跡、ターゲティング(目標指示)、交戦(射撃)、射撃の効果を判定する---という一連のプロセスを指す。
・・・中国軍は、改めて米軍との実力の差を認識し、その差を埋めるべく翌年から大幅な国防費の増大に乗り出したのである。そのため、1996年から2015年の間に、中国の国防費は620%の大幅な上昇を遂げた。軍事力の整備に際し重視したが、「情報化」と「非接触戦争」だ。
・・・中国の潜水艦は、米軍が保有する音響監視システム(SOSUS)などの、広域にわたる潜水艦探知網によってその位置を常に監視されているが、逆に中国海軍はSOSUSのような水中センサーをごく一部しか整備していない。
・・・米国防省の年次報告書は、「中国の『後発制人』は建前に過ぎず、中国は朝鮮戦争において先制攻撃を行ったし、インド・ソ連・ベトナムとの国境紛争においても先制攻撃を行ってきた」と指摘している。
・・・「中国の軍事戦略」は、重大な4つの領域として海、宇宙、サイバー空間、核戦力を列挙している。
・・・戦略サイバー戦は、政府及び非政府システムなど、軍事的なシステムではない戦略的なシステムを攻撃することで、敵政府の戦闘を継続する意思や能力に影響を与えようとするものである。・・有事においてサイバー戦と電子戦は密接不可分な関係にあり、戦時においてはサイバー・電子戦として一体的に実施される。中国軍の電子戦能力は米軍に比較して劣っているが、サイバー・電子戦の重要性を認識している。
・・・SC-19以外では、高高度の衛星、例えば米国の全地球測位システム(GPS)を破壊する能力をもつDN-2を保有し、米国のみならず我が国にとっても脅威となっている。
・・・高周波兵器を開発中であり、5~10年後には実戦配備が可能となると予測する。高周波兵器とは文字通り高周波によって人工衛星の電子部品をオーバーヒート、またはショートさせることで損壊・破壊する兵器である。
・・・WU-14は、弾道ミサイルの弾頭(通常弾頭のみならず核弾頭も搭載可能)として発射されたのち、準宇宙をマッハ10で滑空し、目標に近づくと相手のミサイル防衛手段が対処できない。特異な軌道をして目標に到達し、これを破壊する能力を持つ。・・WU-14が使える兵器として配備されれば、日本と米国が採用するSM-3ミサイルや、PAC2/3ミサイルを駆使したBMD(弾道ミサイル防衛)では対処できず、その能力をさらに向上させる必要がある。
・・・実際の前方展開戦略においては、米国は同盟国や友好国とのネットワークを築くことで戦力投射能力の不利を補っている。とくに同盟国である日本、オーストラリア、韓国、フィリピン、タイの存在は大きい。
・・・米国の重要な目標は、中国の迅速な勝利を拒否することである。
・・・その論文な中で彼は、第一列島線を構成する国々(日本、台湾、フィリピン、インドネシア)とベトナム、シンガポールなどの国々の自国防衛を連接することで成立する「列島防衛」を提言しており・・・
・・・トーマス氏によれば、日米は戦争勃発の前後、役割を分担することになる。日本が担うのはPOSOW(準軍事組織による、戦争には至らない作戦)や「忍び寄る侵略」なる、日本的に言えば「グレーゾーン事態」に対処しつつ、南西諸島における対中国A2/ADを実施することである。・・日米が共同で行わなければならないこともある。「基地など重要施設の強靭性強化」と「ネットワーク戦」の実施だ。
・・・中国軍に対する作戦目標をどこに設定するかは、何をもって戦争終結とするかを決めることにもつながるため、極めて重要となる。この点に関してトーマス氏は、「撃破すべき第一の目標は中国海軍(つまり中国海軍の主要艦艇)」で、「第二が空軍(の航空機)」と断言していた。中国の海軍力に打撃を与えれば、中国本土への打撃を行う必要性が低下し、戦争のエスカレーションの抑制につながるからだという。
・・・CSBAの予測では、高出力レーザー兵器は5年以内、高出力マイクロ波兵器は5~10年で実戦配備可能であるという。電磁レールガンも10年以内で実戦配備可能になると思われる。
・・・ASBの成功を、技術面・兵器面でサポートする戦略に「相殺戦略(Offset Strategy)がある。これは「自陣営が優位な技術分野をさらに質的に発展させることで、ライバル国(中国やロシアなど)の量的優位性を相殺(オフセット)しようとする戦略」であり、要は相手の量に対して質で勝負しようというものである。・・「国防イノベーション構想(DII)」と密接な関係がある。・・米国が長期にわたって維持すべき五つの技術的優越分野として、「無人機作戦」「長距離航空作戦」「ステルス航空作戦」「水中作戦」「複合システム・エンジニアリングと統合」が想定されている。
・・・レールガン全体の開発は、今後10年以内には完成し、実戦配備されたことになると予想されている。・・第一段階の目標である32メガ・ジュールの砲口エネルギーを達成したという。このエネルギーだと弾体の射程は160㎞となる。第2段階では、1分間に10発の発射速度を達成し、発射に伴い発生する熱を管理する技術の開発を目指すという。・・レールガンと、指向性エネルギー兵器である固体レーダー(SSL:Solid State Laser)兵器である旨、説明してくれた。実戦配備の時期はSSLとHPMが5年以内、レールガンが5年から10年とCSBAでは見積もっている。・・一発当たりのコストの比較では、レールガンが3万5000ドル(ミサイルのコストの20~60分の1)、化学レーザーが1000ドル、SSLとHPMにいたってはわずか10ドルである。
・・・中国の特殊作戦部隊が空(空挺作戦、ヘリボーン作戦)や海から侵入し、破壊活動や重要目標の奪取に従事しつつ、ミサイルや航空機の火力発揮を容易にするためのセンサーの役割を果たすことになろう。この人間センサーの活用は、米軍もイラク戦争などで多用した基本的戦術である。
・・・我が国における宇宙とサイバードメインでの作戦能力の向上が急務である。
・・・中国は常套作戦としてのPOSOWを遂行し、米国の決定的な介入を避けながら、目的を達成しようと考える。準軍事組織による作戦の特徴は、①軍事組織である中国軍の直接攻撃はないが、中国軍は準軍事組織の背後に存在し、いつでも加勢できる状態にある。②非軍事組織または準軍事組織が作戦を実行する。
・・・中国は、あらかじめ潜入させている工作員などを活用し、紛争開始前後に沖縄をはじめとして日本のいたるところで破壊活動を実施、日本は混とんとした状況にある。
・・・機雷は大量生鮮が比較的簡単で、高価な艦艇よりはるかに安価である。対潜戦と同じく、中国海軍は対機雷戦にも弱く、この弱点を衝くべきである。
・・・戦争を抑止するためには日本が強い存在であることが大前提となる。戦争の抑止は力の均衡が必須の条件である。
・・・習近平主席の軍改革の目的は「戦って勝つ」軍隊の創設だった。戦う相手は日本であり、勝つ相手も日本である。戦って勝つためには手段を選ばない超限戦を実行する。超限戦では国際法も民主主義国家も論理も無視する。こういう手ごわい相手が中国であることをまず認識すべきである。
・・・この専守防衛というキャッチフレーズのために、国際的なスタンダードの安全保障論議がいかに阻害されてたことか。集団的自衛権の議論、他国に脅威を与えない自衛力という議論、長距離攻撃能力(策源地攻撃能力)に関する議論、宇宙の軍事利用に関する議論など、枚挙にいとまがない。例えば、「他国に脅威を与えない自衛力」にこだわれば抑止戦略は成立しない。
・・・国防省の事業からスピンオフした技術が米国の強さを支えている。例えば、インターネット、航空宇宙技術、人工知能(AI)、自動運転車、無人機システムなど枚挙にいとまがない。国防産業が米国経済の主柱であり成長産業である。・・最近の技術は軍民共用のデュアル技術が多くなり、単純に軍事アレルギーを引きずっていては世界の技術の発展から取り残されてしまう。
・・・グローバルに展開する武器を連接し、リアルタイム情報に基づいて迅速かつ効率的に火力打撃を実施するためには、強靭なC4ISRが不可欠である。
・・・・「米中戦争は、両国の経済を傷つけるが、中国経済が被る損害は破滅的で長く続き、その損害は、1年間続く戦争の場合、GDPの25%から35%の減少になる。一方、米国のGDPは5%から10%の減少になる。長期かつ厳しい戦争は、中国経済を弱体化し、苦労して手にいれた経済発展を停止させ、広範囲な苦難と混乱を引き起こす」』

2017年4月 5日 (水)

ブッダが教えた本当のやさしさ (アルボムッレ・スマナサーラ長老著 日本テーラワーダ仏教協会)

これまでにもこの著者の本は読んできましたが、少し違う視点からの記述もありました。

『・・・やさしいか、やさしくないかは、「相手が私の好む態度をとったかどうか」で、決まるのです。
・・・結局、世間のやさしさは、エゴなのです。自分に都合がよければやさしくて、都合が悪ければやさしくない、そういうことです。それだけのことなのに、私たちは、「やさしいから、良い」「やさしくないから、悪い」と信じて疑ったことがありません。
・・・生命は外から命を注いでもらわないと、死んでしまうのです。・・人間には、いろんな「刺激」が必要なのです。眼から耳から鼻から舌から身体から入ってくる刺激が必要なのです。その刺激は、他の生命からもらわないとうまくいきません。・・やさしさは、私たちの命を支えるために必要な刺激なのです。「自分に心地よい刺激を与えてくれる人」は、とてもやさしい。・・「やさしさ」という刺激は、私たちの「命」なのです。
・・・「生命は成り立っている」のです。無数の生命の協力によって、今ここにいる自分という生命が成り立っているのです。他の生命もまた、他の生命によって成り立っているのです。自分は、独立して存在しているのではありません。生命のネットワークのなかの一項目です。一つの中継点です。生命のネットワークの一員である一個の生命は、他の生命と正しい関係を維持しなければなりません。そこで成り立つ相互的な関係が「正しいやさしさ」であり、「生命の法則」でもあるのです。
・・・「やさしくいる」ということは、そんなに難しいことではないのです。我を張らず、余計なことを考えないで、自然の流れに沿って生きていれば、その人はやさしいのです。・・それぞれが自分の仕事をすればよい、それだけの話なのです。そこに「欲しい」という欲が割り込むと、ネットワークがダメージを受けます。・・本当のやさしさは、エゴの無い「生命」という次元なので、必要以上を求めません。「欲しい」というところまではいかないのです。
・・・因果法則をわきまえた立場で言うべきは、「威張るものではないよ」「エゴ、自我を捨てなさい」ということです。これは生命のネットワークの成り立ちを正しく理解した言葉です。
・・・固定的に「これはこの人がすべき仕事だ」ということは、ありません。どうやって能率、効率をよくするのかを考えて、そのときに上手にできる人がさっと動くだけでよいのです。それはいつでも、ものすごく自然に出てきます。・・仏教が言いたいのは、「生命の法則を理解して、自然に生きなさい。よけいなことを考えるなよ」ということです。これだけで人間が救われる道を示しているのです。・・「仕事はあるけど、疲れたから休んじゃえ」というならエゴです。「疲れて上手に仕事ができなくて、このまま続けても迷惑がかかるから休もう」というなら、自分中心でないから自然です。
・・・「やさしさ」というのは、ごく自然に生きることです。自己中心にものを考えないことです。「自我がない」ということが、「やさしい」ということなのです。・・私たちも時と場合に応じて、母親になったり、父親になったり、子供になったり、社員になったり、お詫び係になったりと、いろいろな仮の役割を果たさなければなりません。そのときは正しくその役割を果たせばよいのです。・・エゴを捨てて、ネットワークで自然に出てくる義務を果たすなら、ネットワークはあなたに必要なものをぜんぶ用意してくれます。満たされた生きていられます。
・・・生命のネットワークでは、生命を殺してはいけない。いじめてはいけない、侮辱してはいけないのです。自分を含めたあらゆる生命がネットワークの部品なのだから、当然のことです。
・・・こちらのエゴがないと、エゴでなぐられてもなんともないのです。・・ただ、エゴのない人に対しているときはエゴが発病しないので、安らぎを感じて穏やかに気持ちよく接するのです。・・エゴのない人に対しては、世界の態度が好意的だということです。・・テロリストには、「君が私を侮辱しても、私は君を侮辱しませんよ」というのが正しいやり方なのです。
・・・すべての生命に友情を広げることが、正しいやさしさの第一段階なのです。・・「一切生命が友情を期待するのは当たり前だ」と思うようになったら、メッターの心は間性です。やさしさの第一段階は完成です。・・友情の次に見えてくるのが、「抜苦(悲)カルナー」なのです。
・・・「困ったな」という人がいたら、助けてあげるのは当たり前です。それはネットワークの仕事です。カルナーが身につくと、生命のことをより深く理解できるようになります。
・・・ムディター(喜)は、幸福な人々を見て「ああ、とてもよかった」と思う気持ちです。他人の喜びを自分の喜びのように持ってくるのです。すごく心が広くなっていて、無数にいる他人の成功を我がことのように喜べるのです。
・・・一切の生命を平等な気持ちで見て、「不幸な生命もいて、幸福な生命もいて、不幸でも幸福でもない生命もいて、それぞれが自分の生き方で頑張っているのだ」と、平等な心をつくるのです。その心が「捨 ウペッカー」です。・・「愛」というのは使ってはいけない単語です。そうではなくて慈(メッター)・悲(カルナー)・喜(ムディター)・捨(ウペッカー)という四つの感情が正しいのです。この感情が、生命に対する基本的な法則の実践になります。これが本来のやさしさ、自然に素直に生きるために育てるべきやさしさなのです。』

2017年3月31日 (金)

人の心を一瞬でつかむ方法 (ジョン・ネフィンジャー、マシュー・コフート著 あさ出版)

たいへん参考になることが多く書かれていました。

『・・・人が第三者に評価されるときは常に二つの観点---「強さ」と「温かさ」からはかられています。
・・・この場合の「強さ」とは、個人の能力の高さや物事を成し遂げる意思の固さを指します。強さを感じさせる人物は、人々の尊敬を集めます。また「温かさ」とは、この人にもっと近づきたい、と相手に思わせる優しさや親近感のことを言います。温かい人物の周りには自然に人tが集まってきます。
・・・「強さ」は二つの基本要素---世界を動かす「能力」と「意志の力」---から成り立っています。・・意志の力は、筋肉と同様に鍛えることができます。しかし、その反面、国司によって消耗もします。
・・・人に温かさを感じさせる感情は、主に「共感」、「親しみ」、「愛」の三つです。
・・・「類は友を呼ぶ」ということわざの通り、この現象は非常に根深いものがあり、研究によれば、母親は自分と容姿が一番よく似た娘を可愛がる傾向があるそうです。「似ていること」は本質的に人と人を結びつける働きを持っているのです。
・・・強さをもたらすホルモンであるテストステロンは、温かさを生み出すホルモンであるオキシトシンの分泌を阻害する働きがあることが判明しているのです。強さと温かさのバランスが取るのが難しいのは、私たちの体内でこの二つのホルモンが戦っているからなのです。
・・・女性がこうした反発を買わずに異議を唱えるには、どうすればいいのでしょうか。怒りを爆発させるのではなく、冷静に不同意を示し、感情をコントロールできていることをはっきりとアピールすればよいのです。
・・・「強さ」が「献身性」と結びついている場合には、「強い女性」も認められるのです。部下に命令や注意を与える際には、自分はあくまで集団の利益のために「強さ」を発揮しているのだということをアピールしましょう。そうすれば、強さと同時に「温かさ」を演出することができます。
・・・確かに、年齢には二つの側面があります。人は年とともに経験を重ね、賢くなっていきますが、ある時点に境にして衰え始めるのも事実です。・・見た目の年齢に個人差がある理由の一つは、人々の生活習慣です。
・・・顔だちを作り上げているのは遺伝子のみとは限りません。その人の性格によっても、顔つきは変わってきます。ジョージ・オーウェルはこう言っています。「50歳になると、誰でもその人格にふさわしい顔になる」
・・・人々が認める「美男美女」とは、いわゆる「平均顔」、つまりあらゆる人々の顔を混ぜ合わせた顔だちの人物のことです。平均的な鼻、頬、目、口をもった、まさしく「平均的な顔立ち」の人こそが、実は美しい人物とされるというのです。
・・・魅力的な男性の顔を作り出すには、実は女性と同様に「平均顔」の造作の一部を微調整して、「女らしく」すればいいのです。・・とはいえ、男性の顔に対する人々の好みは、女性の場合ほど一様ではありません。たいてい、彼らは女性ほど容姿を品定めされるわけではなく、その魅力を左右するのは、彼らの性格のほうだとされています。重要なのは、女性的な顔立ちは「温かさ」を感じさせ、男性的な顔立ちは「強さ」を感じさせること、そして最も称賛を集めるのは、その両方の要素を持った顔だということです。
・・・研究によれば、ベビーフェイスの人は「温かみはあるが、強さにかける」とみなされる傾向があるそうです。その結果、彼らの人生はまわりの人々の反応によって大きく左右される可能性があります。
・・・人物評価の決め手となるのは、あなたの行動、とりわけ他人との接し方なのです。
・・・メラビアン教授によれば、私たちが判断に用いるシグナルの内訳は、視覚情報(表情やジェスチャー)が55%、聴覚情報(声の調子)が38%であり、言語情報(発話内容)が占める割合はわずか7%に過ぎないそうです。・・私たちは視覚的な生き物であり、目から入ってきた情報を最優先する傾向があるのです。言語メッセージは視覚メッセージに常に後れをとっています。つまり、人々の印象を左右するのは、具体的に何を言ったりやったりしたかではなく、表情や身のこなしといった視覚シグナルによって何を伝えたかなのです。
・・・ハイパワー組はローパワー組に比べて(バイタリティを示す)テストステロン値がはるかに高く、(ストレス度を示す)コルチゾール値がはるかに低かったのです。ローパワー組の心が不安に揺れていたのに対して、ハイパワー組の心は自身に満ち溢れていたということになります。これらはすべて、ほんの数分間「正しい姿勢」を保ち続けたことによってもたらされたのです。・・「性格が姿勢を作り出す」だけでなく、その逆の現象、つまり「姿勢が性格を作り出す」現象が起こります。
・・・ジェスチャーを使って強さをアピールする際に最も大切なのは、むやみに手を振り回すのではなく、意図をもって、さりげなく優雅に体を動かすことです。こうした動きからは落ち着きが伝わってきます。・・ある研究グループによれば、自分自身の頭や顔、手に触る動作は「強さに欠けるジェスチャー」とみなされるのだそうです。この種の仕草は不安感の表われであり、弱弱しさを感じさせます。とりわけマイナスイメージを与えるのが、片方の手の甲をもう一方の手で撫でるといった「自分を慰めているような仕草」です。つまり、こうした動作は自身の無さを象徴しているのです。・・MIT、ノースイースタン大学、コーネル大学の各研究者たちは「信頼性を損なう四つのジェスチャー」を特定することに成功しました。そのジェスチャーとは、「腰が引けた姿勢をとる」「腕を組む」「自分の手をなでたり、つかんだりする」「自分の顔や腹などに触れる」の四つでした。
・・・エクソンらは、(怒り、悲しみ、恐れ、驚きといった)基本的な感情を表す表情は世界共通であることを発見しました。
・・・この「目をやや細めた表情」こそ、まさに「強さを感じさせる顔」であると言えます。
・・・「温かさ」を生み出す方法として「笑顔」に勝るものはありません。・・笑顔は「ハロー効果」をもたらします。つまり、微笑みを浮かべている人は有能で好感のもてる人物だと判断されやすいのです。・・私たちは微笑みかけてくる人物に対して好感を抱く傾向があるのです。・・真の笑顔は「口元」と「目元」の二つの部分によって生み出されているからです。本物の笑顔は「大頬骨筋」と「眼輪筋」(目の周りの筋肉)の両方を使っています。笑顔を浮かべたときの「目の輝き」は、実は目の周りの筋肉を収縮させ、「目を細める」ことによって作り出されているのです。
・・・「模倣」とは、相手と似た話し方をすることによって共感を生み出す手段であると言えます。これは「温かさ」を演出するうえで非常に効果的なテクニックです。
・・・特に仕事の場においてつなぎ言葉を使いまくる人々は「強さ」に欠けた印象を与えてしまいます。職種によって許容度の違いはあるにせよ、つなぎ言葉の乱用は若さ、未熟さ、くだけた雰囲気、野暮ったさなどを示唆します。
・・・一般に、衣服はそのフォーマル度が高ければ高いほど、「強さ」を感じさせます。フォーマルな服を着ている人は、より知的で洗練度が高く、尊敬に値するという印象を与えます。
・・・人を説得できるかどうかは、二つの要素---「技術(強さ)」と「信頼性(温かさ)」によって決まるのだそうです。
・・・話し上手な人は、まず「温かさ」をアピールすることから始めます。つまり、相手に共感を示すことによって、聴衆の心をつかもうとするのです。聴衆の関心を引き付けることができれば、それは「強さ」を発揮することにもつながります。そのとき話し手は人々の心を完全に支配し、彼らの感情を揺さぶったり、行動に駆り立てたりするチャンスを手に入れるのです。
・・・芝居の役を演じるように、適切なメッセンジャーの心境になりきることがあげられます。理想のトーンをもつ人物をうまく思い描くことができればできるほど、そうしたトーンで話すことが楽になります。
・・・すべての言葉が人々を感動させるわけではありませんが、魂に響く言葉によって聴衆の心情を一変させることは可能です。こうした行為は、その人の「強さ」の証明に他なりません。そして、言葉を通じて聴衆と感情を分かち合うことができたとき、それは「温かさ」の証明にもなるのです。
・・・私たちが最初にやるべき仕事は、文字通りこの輪の中に入ることです。というのも、こうした輪は、単に価値観の枠組みを示すだけでなく、声が届く、範囲を表しているからです。・・聞き手が本当に求めているのは、あなたが「自分と同じ目線に立った人間」であるという確信です。つまり、「輪」の中に入るには、聞き手に対して深い「共感」を示し、相手の感情を肯定してやればいいということになります。・・冒頭の「温かさ」のアピールが強力であればあるほど、私たちの言葉はより大きな説得力を持つようになるからです。論理的な主張を展開することによりも、温かみを発揮し、相手の好感を勝ち取ることのほうが、聞き手の支持を取り付けるうえでより大事なのです。・・相手が敵意に満ちている場合は、感情そのものを共有するのではなく、そうした敵意の底にある「フラストレーション」のほうに理解を示すようにしましょう。・・次にすべきは、自分と聞き手の双方が納得するような言葉を使って、自分の気持ちを表現することです。
・・・第一声で聞き手に「イエス、その通り!」と思わせることができれば、いわゆる「イエスの勢い」(いったん「イエス」を口にし始めると、次から次へと「イエス」という答えが出てくること)が生まれます。
・・・相手に多少とも耳を傾けてもらうためには、まず自分が彼らの思っているような人間でないことを証明しなければなりません。そのために、第一声で相手と共通の世界観をもっていることをアピールすれば、彼らの意表を突くことができます。
・・・議論が口論に発展してしまった場合にも、同じことが起きます。それはもはや論理による説得ではなく、単なる口げんかにすぎません。いったんこうなると、口論に付き物の独特の精神状態がもたらされます。誰も論理的な正しさなど気に留めなくなり、「敵か味方か」ということだけだクローズアップされてしまうのです。したがって、意見を異にする相手を説得する場合、口論に走ることは、すなわち敗北を意味することになります。・・絶えず互いに共通点を指摘し、相手への共感を示すように心がけるべきです。・・口論を避けることこそが、議論に勝つためのカギだからです。
・・・「強さ」と「温かさ」を同時におのずと発揮できるレトリック形式が二つあります。それは「物語」と「ユーモア」です。・・物語や寓話を使えば、メッセージを理解したり、回想したり、広めたりするのが簡単になるということです。・・私たちの脳に生まれつきストーリーテリングの機能が備わっていることは、大量の研究結果によって実証されています。・・物語という形式には、私たちの批判精神を和らげ、警戒心を解く働きがあります。
・・・ありのままの姿をとらえたスナップ写真やビデオを見つけ出し、自分の姿が他人の目にどう映っているのかを確かめるようにしてください。・・注目すべきは第一印象です。その人物から伝わってくるのは「強さ」でしょうか?それとも「弱さ」でしょうか?「温かい人」でしょうか?それとも「冷たい人」でしょうか?
・・・「強さ」と「温かさ」の根幹は繋がっています。「強さ」は「温かさ」を発揮することを可能にします。「強さ」があるからこそ、「温かさ」を発揮するだけのゆとりが生まれるのです。また、「温かさ」はまた私たちの傷を癒し、「強さ」を発揮するために必要な心の拠り所を与えてくれます。
・・・注意しておかなければならないのは、「強さ」や「温かさ」は、本質的に良いものでもなければ悪いものでもないということです。すべては、それを発揮する人間の意図次第です。』

2017年3月26日 (日)

群れない生き方 (桜井章一著 ソフトバンク文庫)

真剣勝負をしてきた人の話ですので、生きていくうえで、肝に銘じておきたいこと、ちょっとしたヒントなどが多く書かれていました。
『・・・自然界で群れを成す生き物にとって、群れから離れるということは”死”を意味するのだ。・・打算的な関係は決して長続きはしない。利害関係が崩れれば、その”群れ”は散り散りとなり、結局が一人ひとりがポツンと取り残されることになる。
・・・結局、仲間意識というものは、共感、共鳴から生まれるのであって、そういうものがなければ、いくら新しい情報をつかんでいようが、単なる独りよがりの、孤独の世界に入り込んでしまうことになる。
・・・勝ったからといって無傷なわけではない。負けた人には負けたなり、勝った人にも勝ったなりの痛みがあるのだ。・・ある頃から、自分が続けてきた戦いに違和感を覚えるようになった。勝利の後に感じていた「強敵を倒す喜び」は徐々に小さくなっていき、それよりも「敗者の孤独と悲しみ」に目が向くようになっていった。勝利を重ねれば重ねるほど「俺は何をやっているんだろう?」という気持ちが強くなった。
・・・自分から素直という匂いを発散していけば、自分も気持ちいいし、その匂いを嗅ぎつけていい仲間も集まってくる。当然、意味もなく群れることもなくなるだろう。裏表があるように、人にはひねくれている部分もあれば、素直な部分もある。そのひねくれている部分を取り外し、できるだけ素直な自分を表現していけば、少なくとも今よりずっと楽に生きていけるはずである。
・・・「他人に迷惑をかけるな」と言う人は、「生きることは、必ず何かに迷惑をかける」ということが解っていない。この世で生きている限り、人は誰かに必ず迷惑をかけている。・・大事なのは「自分はこれくらい迷惑をかけている」という加減を知っておくことである。・・「自分は熱くなりすぎていないか?冷たくなりすぎていないか?」と自分自身の”迷惑湯加減”を知り、それを調整していく。そのバランスが肝心なのだ。
・・・一体となるときの喜びは私ももちろん知っている。でも、個としてバラバラになることにも意味がある。全体を意識しすぎると、”個”の感覚が薄れ、現代人特有の”群れ”から外れる怖さだけが心を支配するようになる。・・一体感だけでもダメだし、”個”だけでもダメなのだ。
・・・子供と心理的な繋がりを持ちたいのであれば、そこに成長や進歩など求めるべきではない。大事なのは結果ではなく、”過程”なのだ。
・・・一匹狼はまわりから見ると勝手気ままに生きているように見えるかもしれない。だが、一匹狼として戦っていくにはすべての責任を自分で背負わなければならない。一匹狼として生きるには「何が起こっても自分の責任である」という覚悟が求められるのだ。
・・・私はそんな人が助けを求めてきたら、先述したように自力で這い出すための「きっかけ」という名のロープを投げてやる。もちろん、その種類は言葉だったり、態度だったり千差万別だ。ただ、あきらめずに根気よく投げ続ける。ロープを投げてもその人を引き上げるようなことはしない。泥沼から這い出せるかどうかは本人の力にかかっている。救世主などこの世にはいない。結局のところ、自分を救えるのは自分だけなのだ。
・・・一人一人に個性があるから、そこに「違い」が生まれる。違いがあればそこに文句や不満、怒りなどもでてくるだろう。でも、だからこそ人間関係は楽しい。私は”違いは面白さである”と解釈している。
・・・私が考える勝負どころは自分が劣勢にある時、ギリギリまで追い詰められた土壇場の時である。・・「自分がよくわからない」と言っている人は、土壇場を経験してみればいい。そうすれば本当の自分がどういうものなのか、よくわかるだろう。
・・・私の切り替え方は極めて単純である。私は自分の中に悪い感情を感じたら、それとは真逆の事をするようにしている。・・そうすることで悪い感情を打ち消すことはできなくても、その瞬間は忘れることができるし、それを続けることで悪い感情は徐々に薄まっていく。・・思いやりのないことをされたら、いつも以上に他人に思いやりを持って接するし、辛いこと、悲しいことがあったらまわりを明るくしようと努める。
・・・何か嫌なことをされても「自分にもそういう部分があるんじゃないか?」と常に自問自答を繰り返すことで人は成長していくのだ。・・結局のところ、自分以外の人間を変えることなど誰にもできやしない。であるならば、自分が変わっていくしかない。「なぜ自分だけ責められるのか?」その原因を探し、自分を改良していくのだ。
・・・時の流れは万人に共通ではない。だからこそ、その時間の感じ方、使い方が肝心になっていくる。・・私は道場生たちに「”準備・実行・後始末”をしっかり行うことですべてが回転し、間に合うようになっていく。それが人生の歩みにもつながっていくんだよ」と常日頃話している。・・日ごろ、作業があ遅れがちな人は「これは嫌だな」と思うことからさっさと片づけていく癖をつければいいのだ。嫌なものを先延ばしにするから、嫌なものは嫌なものとしていつまでのそこに存在することになり、「嫌だな」という思いも増幅していく。
・・・その場をしっかりと仕切れるリーダーさえいれば、いじりを笑いや楽しさに変えていくことができるし、攻撃された方もした方も最後に一緒になって笑うことすらできるのだ。
・・・粋な大人たちからは「やるときはやる」「自分は二の次」「すべての責任は自分にある」という覚悟が滲み出ていた。かつて粋な大人たちから感じた覚悟を、今の時代を生きる大人たちからはあまり感じない。粋な人が減ってしまったのは、自分本位でしか物事を考えない人が増えた結果なのかもしれない。
・・・人の心に温かい血を巡らせることができるのは、人と人とのふれあいだけである。そこに、孤独にならずに済む”群れない生き方”のヒントが隠されている。』

2017年3月20日 (月)

新・沖縄ノート 誰も語れなかった沖縄の真実 (恵隆之介著 WAC)

沖縄の歴史や実態について沖縄出身者でなければわからないことが多く書かれており、目から鱗が落ちたような気がします。

『・・・東日本大震災発生から4日後の3月15日、中国「東方日報」は、震災に同情するどころか、かえって尖閣諸島占領を主張した記事を掲載している。「魚釣島(尖閣諸島の中国呼称)を奪還するには、コストとリスクを最小限にしなければならない。日本が強い時には手出しができない。日本が弱っても手を出せないならば、魚釣島はいつ奪還できるのか、日本が大災害で混乱しているこの機会が絶好のチャンスである」と述べている。

・・・仲井真は知事選1期の選挙の際には、自らが中国帰化人「蔡家」の出身であることを選挙リーフレットに誇示している。沖縄では、琉球王国時代に沖縄に移住してきた中国帰化人子孫を一段高く評価する因習がある。
・・・沖縄県には161の島がある。有人島はそのうち61か所。残りの百か所近くは警察官もいない。
・・・第二次世界大戦勃発まで、沖縄には軍事基地は存在せず、県経済は農業、とくに零細なサトウキビ生産による黒糖製造業に集中していた。ところが、台風と旱魃が交互に繰り返す自然環境で、生産は限界に達していたのである。そこで県民は農業を諦め、いまのフィリピンのように移民、出稼ぎへと旅立った。結果、県経済は、県外からの送金によって赤字を補てんしていたのである。
・・・「基地は危険」とよく喧伝されているが、人口動態を見れば、基地が存在する市町村の人口伸び率は、基地が存在しない市町村を上回っていることが解る。
・・・代替基地建設予定地キャンプ・シュワブの住民の意見はどうであろうか。ここは13の行政区からなるが、反対しているのは、現在、4行政区の区長のみである。キャンプ・シュワブと住民の交流は、家族のように親密である。
・・・稲嶺も仲井真知事と似ていて、選挙戦の際、自らの出自が中国帰化人「毛家」の子孫でることを誇っており、中国への配慮を示していた。
・・・沖縄では、米軍軍人が起こす事件事故は針小棒大に報道されるが、米軍軍人が県民に臓器提供しようが、人命救助しようが一切、報道されないのである。
・・・沖縄贖罪意識の虚構について説明すると、「在日米軍基地の78%が4沖縄に集中する。」これは正確には、24.5%である。ものすごい誇張である。分母に佐世保、横田、岩国、横須賀等の自衛隊との共有の在日米軍基地は含まれていない。要するに、78%とは米軍専用施設の事をいうのである。・・在日米軍基地というのであれば、正確には24.5%の数字を使用すべきである。・・たしかに地上戦はあった。私の親戚も多くが戦没したが、北方領土でもかなりの戦闘が行われており、ソ連兵による邦人女性への暴行等は米軍の比ではない。なにより、北方領土には旧島民は帰還できないのである。
・・・「ジュゴンを守れ!」と主張しているが、辺野古では30年以上、漁師をしている住民に調査したが、実物をみたという方は皆無。さらに名護市民はイルカを食っているのである。「ヒュート料理」と言われ、名護市の名物になっている。反対派は、同じ哺乳類のイルカは食べておきながら、ジュゴンは守れという、実にでたらめな話である。最後に、「琉球王国は日本に滅ぼされた」という言葉がある。・・琉球王は農民を搾取するばかりで、治山治水のかけらも実施していなかったのである。
・・・軍備というのは本来、敵対国の装備、戦略を斟酌しながら国家が対抗軍備や基地展開を検討実施していくのが常識である。我が国政府は基地反対勢力の顔色を伺いながら、その配備計画の許しを得ようとする。
・・・地元紙二紙は(1995年)9月以降、県民による婦女暴行事件を一切、紙面に掲載せず、海兵隊兵士による少女暴行事件にのみ焦点を当てた。
・・・近年、琉球王国を題材にした映画が国内で人気を博しているが、その実態は、中国の間接支配を受けた共産主義国家であった。人民は王恐怖政治下で、苛斂誅求を極めていたのである。嘉永6年(1853)、沖縄に寄港したペリー提督が「メキシコの労働者を省けば、これほどまでに不幸な生活をしている人民は世界に見たことがない」と述べている。・・本土では江戸時代、すでに農民にはかなりの自由が認められており、識字率も男子50%、女子25%で世界最高の文化を誇っていた。・・ところが琉球ではこれと対照的に農民は一切、文字が読めず、自らの名前も書けない状態にあった。・・王府は農民に自生する蘇鉄の実を主食として食べさせ、献納作物としてサトウキビを生産させた。さらに、鎖国下の日本で、薩摩藩を介してこれを大阪市場で独占半場した。それの利益で本土の文物を購入し、中国皇帝に朝貢した。結果、十倍近い返礼で王族一門は奢侈な生活を営んでいたのである。
・・・沖縄の歴史が明瞭になってくるのは12世紀ころからである。源為朝が沖縄本島南部に居住する豪族の娘と設けた舜天が王となり、沖縄を統一したと言われている(第一尚氏)。余談になるが、沖縄の旧家の長男の名前に「朝」の字が多いのは、この為朝にあやかりたいという願望が込められているのだ。1372年、舜天の子孫の察度王が明の光武帝に入貢したことが中国の記録に残されている。
・・・現在、那覇市内に久米と呼ばれる地域がある。ここは14世紀以来、中国人の居留地域になっていた。久米はいまでこそ那覇と陸続きになっているが、18世紀ころまでは浮島と呼ばれ、久米はその入り江にあったのだ。・・寛永21年(1644)、明国が滅び清国が成立したとき、満州族の支配を忌避して明人、すなわち漢民族の36姓の部族がこの島へ移民してきた。現知事仲井真弘多、前知事稲嶺恵一はいずれもこの36姓の子孫である。久米は、亡命者から琉球の監視役まで中国人の疎開地をなしていたといえよう。・・ここでは19世紀になっても中国語が話されており、日清戦争の終了まで沖縄をことごとく中国圏内にとどめようと画策していた。そして、現在も約3000人の県民が中国子孫を自認しており、約10億円の共有預金と会館を運営し、なお団結は固い。
・・現代史において、沖縄県がひたすら隠している史実がある。戦前、沖縄で猛威をふるったハンセン病と県民による患者への迫害、差別の歴史である。人道を甚だしく逸脱したこの行為は、際限なく拡大していったが、県民独自では解決、打開の目途を全く立てられなかった。・・沖縄の習慣は戦後まで、体臭は感染症にり患すると医師の診察を受けず、ユタ(巫女)の呪術にすがった。このため病気は悪化し、瞬く間に伝染していった。沖縄では、ハンセン病は天刑病または遺伝病とされ、罹患すると一族郎党から放逐されたのみか、たとえ死亡しても祟りがあるとして、一族の墓にも入れなかった。
・・・この年の10月、政治犯の釈放が行われ、出獄した徳田球一が間もなく、日本共産党書記長に就任した。これと前後して「沖縄人連盟」が都内で結成され、「朝鮮人連盟との連帯」を呼号し、警察署を襲うなどの暴力破壊活動に加担した。当時は「共産党に非ずんば人に非ず」という時流で、日本共産党の主導するこの組織に、いわゆるポツダムマルキストが合流し、最盛時には沖縄人連盟は7万人の会員を擁するまでに至った。連盟の会長に推された伊波普猷は、①沖縄独立、②地割制の復活を主張した。
・・・昭和43年以降、尖閣諸島に国民党軍人がたびたび上陸し、青天白日旗を掲揚する事件を起こしている。45年、米国民政府は尖閣諸島に「不法上陸厳重取り締まり」の警告板を設置した。また蒋介石は、昭和47年の沖縄復帰後も県内識者に書簡を送り、「独立」を勧めていたののである。昭和33年11月、沖縄では国府の支援の下に大宜見朝徳、蔡璋(日本名、喜友名嗣正)らを中心とする琉球国民党が結成されており、台湾との連携の下に沖縄独立を画策する。
・・・米軍基地建設の際、国際入札には日本のゼネコンの参加が認められた。大林組などの大手ゼネコンは、米国企業と競いながら続々落札した。工事代金はドルで支払われるため、わあg国の外貨獲得に大いに寄与することとなった。ちなみに昭和30年、日本のドル収入は年間で米国から4億6千万ドル、次いで沖縄より5千万ドルとなっている。・・米軍は、基地機能を円滑に維持するための人材確保に当たる。軍従業員の給与を琉球政府公務員の給与の3倍から5倍の水準に設定した。このため、昭和25年委は公務員から農民に至るまで、約1万4千人が米軍従業員募集の窓口に殺到している。そして、米軍従業員の数はピークで4万1千人を数え、基地から放出される400億円以上の防衛額収入は沖縄経済を一挙に繫栄させた。
・・・沖縄の統治は、我が国が71年かけてできなかった開発振興を、わずか27年で成就したことになる。沖縄戦とそれに続く米軍統治は、まさにスクラップ・アンド・ビルドだったといえよう。戦前沖縄社会の発展を阻害した地割制の掟、集落単位の排他的閉鎖社会の概念は、米軍による強制移動の結果、消滅した。・・昭和31年6月、芦田均自民党外務委員長は、この米軍統治を評価して、「沖縄住民はかつて麻袋をまとい、裸足で歩いていたが、いまでは洋服と靴の生活に直り、村に舗装道路ができ、小学校も立派になったのは、アメリカの力だ」と発言、「米国のおかげで沖縄住民の生活は向上した。日本の統治ではこうはいかなかっただろう」とも発言している。
・・・中国共産党は、すでに昭和28年発行の教科書「現代中国簡史」に、沖縄、台湾を自国領と明記している。
・・・諜報工作がお家芸の中国共産党は、近隣諸国に共産革命を仕掛けるが、いずれも失敗する。昭和40年9月30日、インドネシア(1949年にオランダから独立)で中国の支援する共産クーデターが発生するが、親米派スハルト少将率いるインドネシア陸軍に鎮圧された。また、昭和41年7月にはインドで同様の工作がなされたが、これも失敗していた。中国共産主義の南進政策とこれを阻止せんとする米国は、東南アジア全域で対決していたのである。
・・・平成22年3月30日、オタワで開催されたG8会談で岡田克也外務大臣(当時)が、核廃絶をコミットメントにいれるように主張し、会談が紛糾した。先進国から見れば、「米国の核の傘に守られながら、核廃絶を主張する日本外交は異常」と解されている。
・・・沖縄県民の特性は、理念闘争に終始して物事の本質を見失う欠点がある。なにより、演繹的思考に乏しい。
・・・沖縄県民が最も恐れるのは、高率補助の削減や沖縄関連特例法案の廃止である。
・・・虚無感にかられた私は、祖父に、沖縄は日本領かそれとも米国領か、それとも独立するのかと尋ね、「日本に帰属しなければ国語の勉強など不要ではないのか」と発言したことがある。祖父は偉大だった。「日本は確かに米国と戦争して負けた。しかし日本人は勇敢で優秀だった。いずれ国力を回復してこの沖縄住民を迎えにくるであろう。貴君らはその時のために日本人としての矜持を一時も失うな、国語を重点的に勉強せよ」と諭された。私が今日あるのはこの言葉のおかげである。』

2017年3月 5日 (日)

医学で合格る勉強法 (長井敏弘著 すばる舎)

勉強法ものですが、新たに知ることも多く記述されていました。

『現代の医学では、心や精神というのは、脳の神経細胞の働きによって生じている一種のエネルギーだ、という意見が優勢です。
・・・心や精神は確かに脳内で作られているけれども、脳内だけにとどまらず、エネルギーとして他人にまで影響を与える存在であると私は考えています。
・・・勉強に対するやる気を高める一つの方法が考えられます。それは、自分の取り組んでいる勉強法が、効果的なものなのだと強く信じ込むことです。自分がいま取り組んでいる勉強法が、成果に直結するものだと強く信じ込めば、それによって実際に脳内ホルモンが分泌され、結果として勉強意欲が高まることが期待できます。
・・・目標を自分の現在の実力より少し高いくらいに設定することです。目標を自分の現在の実力より少し高めに設定すると、「もう少し頑張ったらできるかも!」と威容を掻き立てられます。
・・・試験直前の1か月間と最初のころの6か月間には同じ価値があります。・・常に実力より少し上の目標を設定すれば、やる気も掻き立てられるし、油断も防げる!
・・・いつも「なぜ?」と思うようにすれば、勉強はつらくなくなるのです。
・・・激しい競争をしているとき、人間の脳内ではアドレナリンという闘争ホルモンが分泌されています。その後、脳内でこのアドレナリンが変化して、やる気の脳内ホルモンであるドーパミンが生成されます。・・なお、競争して勝とうが負けようが、アドレナリンが変化してドーパミンを生成しているので、脳内にやる気のホルモンが充満しており、勉強意欲が高まるのは変わりません。・・ライバルの存在はお互いの能力を高めあい、精神的にも強くさせます。・・一番よくないのは、一人で部屋にこもって勉強することです。
・・・夢は人に生きるエネルギーを与えます。・・そんな強制収容所にあって、彼はどんな人が生き残るのかを分析しました。最後まで生き残ったのは、体力のあった人でもなく、ナチスに媚びた人でもなく、収容所を生きて出られた後の「夢」を持っていた人たちでした。人間を希望を失って夢をあきらめたとき、「生のエネルギー」が急速に失われます。しかし、希望を失わずに夢をあきらめなければ、夢はずっと人間にエネルギーを与え続けてくれます。
・・・いまだに多くの人が行っている「書いて覚える」暗記法は、脳の記憶の仕組みを考えるととても非効率的な方法です。・・残念ながら、手に知識を刻み込むことはできないのです。・・人間の脳は情報を神経シナプスの興奮・抑制のパターンとして記憶します。
・・・感覚神経を使えば使うほど、よりリアルに記憶として印象に残るので、理論的には実際に体験しながら暗記をするのがもっとも効率がよくなるでしょう。
・・・すべての情報をつなげることなので、論理的なイメージを想定する必要はありません。また、普通のありふれたイメージを想定すると印象に残りにくいので、普通ではありえないような予想を超えた想定外で強烈なイメージを想定して、連想していくことがポイントです。
・・・右脳で覚えたほうが、記憶は強く固定される。テキストを丸ごと画像的に覚えこめば、試験にテキストを持ち込める!?
・・・暗記をしようとする際には、できるだけ自室を飛び出し、外に出て日常とは違う環境の中で暗記するように心がけましょう。
・・・記憶は睡眠中に整理され、より強く固定化されるという基本的な脳の働きを理解していれば、十分な睡眠をとらずに勉強することの愚かさがすぐにわかるでしょう。・・睡眠中、脳はその日にあった出来事をビデオの早回しのように再生し、大切なことを記憶として残していきます。この際、記憶の残片が夢として現れるという説があります。・・寝る少し前にその日の学習内容を復習し、朝起きてもう一度復習する。これが、本番の試験まで記憶を脳にとどめておくには一番いい方法なのです。
・・・普段から覚えるだけでなく、覚えた知識をアウトプットする練習もしておかなければならないのです。
・・・何か、反復学習を楽しくこなせるような、いい方法が必要でしょう。そこで私が提案しているのが、「実践的反復学習法」です。これは、「基礎を身に付けてから実践に移す」のではなく、「実践を通して基礎を身に付ける」手法です。たとえば、英単語を覚えた後に英文を読むのではなく、英文を読みながら必要な英単語を覚える。
・・・何も見ないで試験形式で解くのではなく、そばに参考書や問題を解くための資料を置いて、これらを調べながら解いていきます。その際、基本事項や重要事項をチェックすると同時に、しっかりと内容を覚えるように意識しなくてはなりません。・・難しい入学試験問題や資格試験をいきなり解こうと思っても、なかなか解けるものではありません。この問題を解決するには、過去の試験で何度も出題されている頻出問題や典型問題の解答パターンを、短時間で解けるように反復学習して覚えてしまい、いつでも取り出せるようにすればいいのです。
・・・一通りすべての頻出・典型問題をやり終えるまで、かなりの時間を要したことと思いますが、この時点では残念ながらまだ力はついていません。自分ができない問題を発見しただけです。2回目からが本当の勉強です。1回目でB,Cとしるしをつけた問題に再トライします。Aと印をつけた問題は、もうできたのだから解く必要はありません。・・あくまで反復学習であり、じっくりと考える思考の訓練ではないので、ある程度考えてみてわからなければ、すぐに解答を見てもかまいません。
・・・脳の神経回路がコンピュータの電気回路と決定的に違っているのは、脳では複数の神経細胞から伸びた神経線維の先が途切れており、繋がっていない点です。その接合部を「シナプス」と呼びます。このシナプスと呼ばれる部分では、神経細胞から送られてきた電気刺激により、化学物質(神経伝達物質)がシナプスの間隙に放出され、次の神経細胞にあるレセプター(受け皿のようなもの)にその化学物質が結合し、情報がつたわっていきます。これら一連の情報のやりとりが「思考」ということになります。・・筋肉を鍛えれば鍛えるほど、筋繊維が肥大して増殖し、筋肉が太くなるのと同様、脳のシナプスの数も思考により増殖することがわかっています。
・・・応用問題や実践的な問題にはこれといった解答パターンがない。じっくりと考える経験を重ね、思考力を鍛えよう!
・・・議論やディベートでは、脳の神経回路をフル活用するだけでなく、自分だけでは気づかなかった他人の視点からの意見・情報も脳に取り入れられます。すると、シナプスの校風と抑制は活性化され、脳内の神経ネットワークのさらなる増殖につながります。ひとりで勉強する場合にはありえないくらい、効率的な思考力アップをもたらしてくれるのです。・・認知症にならないための一番の予防策は「人と話すこと」なのです。
・・・「思考付け週間」には注意点もあります。それは、この方法は試験本番の最低でも数か月前には終わらしておくべきであって、試験の直前には決して行ってはならない、ということです。
・・・欧米の授業では生徒同士の議論、あるいはディベートが重視されており、教師が話すのは授業時間の3割程度であるケースが一般的です。・・教師は課題を出して、授業の進行役をするだけの存在であり、授業の主役は生徒・学生たちなのです。
・・・「本を読む」が10%、「映像を視聴する」が20%、「実演を視聴する」が30%と続きます。実際、コンサートでも映像よりはライブのほうが印象に残ります。さらに、グループ討論をする」が50%、「自ら体験する」が75%。そして、「ほかの人に教える」が90%と、もっとも学習定着率が高くなっています。
・・・勉強も同じで、ある教科をますたーするには全体をさらりと流し、その後、各部分を順にものにしていくべきなのです。
・・・テキストあるいは問題集をマスターするとは、結局のところ、わかるところを見つけて削除していく、ということです。
・・・頭を使う勉強と体を使う運動を交互に行うことが、より効率的に集中力を維持するポイントです。・・勉強と勉強の間に、少しベッドで横になるとか、音楽を聴くなどといった静的なものを挟むのはやめたほうがいいでしょう。その間に脳が本格的なリラックス状態に入ってしまい、再び勉強をする気力がわいてこなくなってしまうからです。また、パソコンでネット情報を見たり、ゲームなどの娯楽を始めてしまうと、逆に集中しすぎてしまし、脳を休めることができません。・・長時間、集中力を保つには、何か体を動かす行為を、勉強と勉強の間に挟むのがベストでしょう。
・・・勉強に集中するためには、ダラダラ勉強するのではなく、次から次へと間髪入れず、水が流れるがごとくに脳をフル回転すればいいのです。
・・・プレパフォーマンス・ルーティンは、スポーツ医学に基づいた、集中力を高めてパフォーマンスを向上させるための科学的な方法なのです。・・ルーティンをすると、緊張感が減って心が平穏な状態になるのではなく、ルーティンによって緊張感がより強くなり、いい意味で張り詰めた状態になっているのです。
・・・ある禅寺の住職が言いました。「悩んでいる人に、座禅により何も考えないようにさせることは難しいが、寺の庭掃除をさせることは簡単だ」と。頭の中の雑念を自分の力でなくすことは難しいが、寺の落ち葉を掃除しているうちにそれに夢中になって、気づいたら無心に掃除していた、ということなのです。
・・・「元気を出せば何とかなる!」とうのは、「内→外」の発想であり、意識して元気を出せるものではありません。むしろ、「外→内」の発想によって、「何かをすることで元気を出す」ことのほうがずっと簡単なのです。
・・・一週間に一日は休息日を設けてください。ただし、まったく勉強しない日があってはなりません。休息日といえ、三時間程度は脳を刺激する必要があります。
・・・うつ病になる原因で一番多いのが、「誰にも自分のつらさを話さない」ことです。
・・・仕事が休みになる休日には勉強時間が8時間を超えても全く問題ありません。時間の許す限り勉強に集中してください。催眠時間が足りないとき、休日にまとめて「寝だめ」するのと同じように、休日に不足分をまとめて「勉強だめ」するのです。
・・・もし一日中勉強できる時間があったとしても、1時間半~2時間をメドに一度休憩を入れてください。7時間連続で勉強する場合と、30分の休みを挟んで2時間の勉強を3回、計6時間する場合を比べると、後者のほうがはるかに効果的であることがわかっています。
・・・いわば勉強のためのドーピング剤のような役割をするオレキシン。この脳内ホルモンは、いったいどうすれば分泌されるのでしょうか?これまでの研究では、主に次の3つの状況で分泌されることがわかっています。①毎朝、同じ時間に目覚めたとき ②気持ちが高ぶって興奮したとき ③空腹になったとき ・・食後に眠くなる理由は、満腹になることでオレキシンの分泌が減少し、覚醒中枢が抑制されて、睡眠中枢が優位になっているためなのです。
・・・実は運動することで、脳で「セロトニン」というホルモンが分泌され、これが脳の疲れ、すなわち精神疲労をとるのです。
・・・成長ホルモン分泌の三番目の方法は、間食を控えることです。満腹になり、血糖値が低くなると、脳の唯一の栄養源であるブドウ糖が欠乏するので、低血糖を解消しようと成長ホルモンが多く分泌されるのです。
・・・赤ちゃんが眠りかけたときに手足がジワーっと温かくなってくるのは、毛細血管が拡張して体内の熱を外に出しているためで、睡眠中は体温を下げ、脳のオーバーヒートを防いでいるのです。
・・・授業中や仕事中、そして電車内などで起こる「居眠り」は、脳まで休むノンレム睡眠です。居眠りは、実は深い眠りだったんですね。
・・・普段から次にあげる5つのことをすれば、遺伝的に免疫力が弱い人でも、もともと免疫力が強い人以上に、免疫力を高くすることも可能となるのだそうです。・・まずはダラダラと食べる間食をやめ、朝・昼・夕の三食それぞれをある程度おなかが空いた空腹状態で食べるというメリハリのある食生活がベストなのです。・・さらには、1週間~1か月に1回程度、24時間のプチ断食を試してみると、免疫力をぐっと高めることができます。・・私の場合は月に一日だけ固形の食べ物は口にせず、飲み物だけで済ませる方法をとっています。・・免疫力は朝にもっとも高くなり、夜になると低下します。・・そこでおすすめしたいのが、朝起きたらすぐに風呂に入って、体を温めることです。免疫力が一日のうちで一番高くなっている朝に体を温めることで、免疫力がさらにアップすることが期待できるからです。・・毎朝、こうした働きのあるヨーグルトを飲む、あるいは食べる、これも免疫力を高める方法の一つでしょう。・・運動は免疫力を高め、精神疲労を回復し、意欲や集中力も高めます。・・何事もプラス思考すること。実は、これが免疫力を高めるのに最も効果があるそうです。
・・・朝に起床してからおよそ16時間後に睡眠物質が出てきて眠くなる
・・・3年目は考え方を180度変え、「自分に鞭打つのではなく、勉強を通して己を磨こう。たとえ不合格でも、人間的にはかなり成長するのだ。よし、勉強を楽しもう!」というプラス思考で勉強生活を送ったのです。』

2017年3月 1日 (水)

忍者の掟 (川上仁一著 角川新書)

初めて知ることも多く、いろいろと参考になりました。

『・・・印を結んでからストレスを負荷したときの脳波と、印を結ばずにストレスを負荷したときの脳波を調べ、比較した。結果は、印を結んだ時のほうが明らかにストレス耐性が高いということが示された。また、印を結ぶと初めの十分間ほどは集中力とリラックスの度合いが高まることが、脳波から分かった。
・・・伊賀流と甲賀流は二大忍術流派といわれ、両派は敵対関係にあったと思う人が多いのだが、実際には協力関係にあったことが多かったと考えられる。
・・・忍術とは、四季があり複雑な地形をした日本の国土や、人と自然を一体と考える日本独特の風土や文化・心性のなかで、長い時間をかけて醸成されてきたものである。武術のイメージが先行しがちだが、もっと広く、諜報、謀略、奇襲を行うための軍用技術だ。・・忍術はあくまでも日本の古典的な軍事手段として認識すべき・・
・・・なにごとにもじっと耐え忍び、心は鉄壁で動揺せず、内には残忍の意味合いを秘めながら、争いを避け、人々と和合していく心こそが、忍びの根本なのである。
・・・互いに腹の内を探り、談合をするなど、最小の力で相手を制する方法がとられ、できるだけ戦いを避けようとした。そのためには相手の弱点を探る情報収集、相手の戦力を低下させる調略・攪乱活動などが重要な意味を持つ。相手の状況を探って自己と力量を比較し、弱点を突くのが効果的な手段であり、お互いの人的、物質的な損失も少なくてすむからだ。
・・・「伊乱記」(天正伊賀の乱の戦記)には、伊賀の人々の日常生活の伝承が記されている。それによると、天正の中頃まで、人々は午前4時ころに起床して正午までは家業に精を出し、午後から日暮れまでは武芸、兵法の稽古をし、特に忍術の鍛錬を行っていたようだ。
・・・忍術装束の一つだと思われている覆面や黒足袋はじつは、当時の野良仕事の作業着だったのだ。
・・・忍術の道具にはふさわしくなく、合戦などで手裏剣が使われたことは、100%とまでは言わないまでも、まずありえない。もしあったとしたら記録にでてくるはずだが、そうした信頼のおける忍者の記録は今のところ見つかっていないのである。
・・・陰徳や謙譲は日本特有の美徳だ。忍者の精神は、その最たるものなのである。古来、「伊賀の忍者は石になる」とも言われた。また、忍術には「隠形之術」という敵から隠れる術があり、目立たぬよう身を隠し、叩かれても蹴られても突かれても微動だにしない。なにごとにもじっと耐え忍ぶ。忍者を象徴する技と称されるゆえんだ。「万川集海」には、恐れ、侮り、考えすぎは忍者の三病だとかかれている。恐れは臆病者が、侮りは慢心者が、考えすぎは頭の良い者が陥りやすいという。
・・・忍術の基本原理は、武術や兵法と同様に、「機を捉まえて間隙を衝く」ところにある。瞬時の判断と行動が肝要だ。武術ではこれを間合い、気合、拍子を表現する。
・・・人間は感情の生き物なので、相手の「七情(喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲)」や「五欲(食・色・物・風流・名誉)」を熟知しなければならない。五欲のうちの風流欲とは趣味のこと・・
・・・私は先代からそういうときには、あえて否定するなと言われた。「自分で『できる』というと嘘つきになるから、否定も肯定もせず、知らん顔してぼやかしておけ。そうすると、できるということで話は広まっていく。虚実転換之法の一つだ。」
・・・楊枝隠れ、扇子隠れ・・・つまようじや扇子を飛ばし、相手が気を取られているすきに姿を隠す。些細な事でも工夫して相手の注意を惹けば数寄を作り出せるという教訓的な意味合いもある。
・・・クレ染や藍染めは布が真っ黒に染まらず、夜に紛れて見えにくいのも都合がよかった。夜でも月や星があれば、真っ黒な衣装は光の加減でかえって目立ってしまうのだ。
・・・忍者修行は、心身の健全な発達を妨げないように、成長の段階に応じて徐々に厳しくなるよう工夫されている。また、誰もが学ぶのではなく、適性を選んで指導される。・・四〇歳を過ぎていくと衰えるため、能力を維持するのは至難なことである。老いは若い頃より始まるから、摂生して贅沢をしてはならない」 なお、丹波では忍者が担う役割も年齢に応じて異なっていたとされるが、伊賀、甲賀ではあまり意識されていなかったようである。
・・・心の鍛錬としては呼吸法が大事だ。呼吸により体内に気を充実させ、頑強な体力気力を養うことができる。・・正座し、吸う息を線香の煙のように細細と鼻より腹中に収め、いったん止めて、その気を全身に巡らせるよう意識する。吐くときも同様にして息を鼻より徐々に吐き出す。これを、音を出さないよう静かに行うのだ。
・・・神遊観は、特に寝る前に練習する。実際には動かないまま、布団から起き上がって戸を開け、一歩二歩三歩と外へ出ていき、最初は家の近くを歩いて戻ってくることをイメージする。徐々に距離を伸ばして遠いところまで行き、その間に見るものをイメージし、戻ってくる。
・・・単純な腹式呼吸よりもこの二重息吹をするほうが、臍下丹田(へその下一寸半のところ)に力がみなぎってくることを自覚するのが早くなる。二重息吹は鍛錬なので、修行の時しか行わない。
・・・伊賀流では、闇夜に目を慣らすために目の周りに墨や竜脳(清涼剤の一種)を塗った。目の周りを墨で黒くすると、すぐ目の周りの白っぽい皮膚反射がなくなり、目がよく利くとされ、竜脳は眠気覚ましの効果もあるとされた。
・・・韮や野蒜や葱など臭いの強い植物は、腹痛によく効く。私も、ちょっと下痢したくらいなら、韮や野蒜を食べればすぐに治った。
・・・けがを防ぐために躊躇せず飛び降り、着地では地面を転がり着地点を増やして衝撃を吸収するか、両手両足をついて着地の衝撃を分散させる。現代のスタントマンもやっていることだ。
・・・大道芸人は警戒されないので、忍者は奇法妙術を大勢の人前でやって興味を惹き、それで人心を誘導した。
・・・石田先生から、「体重は60キロを超えないように」と教えられた。体重が増えると動きが遅くなるし、必要以上に体が大きくなると、高所から飛び降りた時のダメージも大きくなるからだ。・・忍者の世界では、ハト麦をとると筋肉が閉まり、忍びの活動に駅があるといわれる。ハト麦は蛋白質、カルシウム、鉄分、ビタミンB群など栄養が豊富で、昔から滋養強壮に効果があるとされた。
・・・忍者の世界では「一器万用」が大事とされる。一つの技や道具を万に用いることで、「そのために日頃から本を読み、いろいろなことを学べ」と言われる。忍者というのは、「何でも屋」の部分も持つスペシャリストなのである。
・・・柔道や剣道を一つ習うだけでもたいへんなのに、こんなにたくさんの武術ができるようになるのかと、今の人は思うだろう。しかし、昔の武術は総合武術で共通の理屈の中に成り立っていたから、いくつかの武術の型を習得すれば、他の武術も比較的容易に会得できるようになるのだ。
・・・ふつう、川や池の中に隠れるときは、「水草を頭に載せて潜り、鼻だけ出していろ」と教えられる。これを「狐隠れ」という。狐は体臭が強いので、臭いを消すため水中に逃げる習性があるらしく、そこからついた名だ。私の経験では竹筒より狐隠れのほうが断然効果的だ。
・・・江戸時代前期に編まれた「軍法侍用集」には、荒唐無稽なものはなにもなく、夜討や松明など単純なものしか書かれていない。それが本当の忍術だと私は思う。
・・・「動物の肉はなるべく摂るな。肉食すると血が濁り、感覚が鈍る」と、私は石田先生から教えられた。
・・・忍術は、生存のための総合的な生活術であり、渡来人や帰化人のもたらした兵法のそまざまな技術、知識なども吸収しながら、日本独自の風土や心性、文化のなかで培われていった。単なる武術や戦略だけでなく、生存のための知識や実践の技術が、鍛錬により一体化し、職能として体系化された古典的軍用技術が忍術なのである。
・・・日本人はむやみに争わず、常に相手の心情を測りながら事に当たり、戦う際は効率よく、相互の損失を少なくしていく特質がある。
・・・大宝律令(701年)の軍防令では、この内容を詳細に想定している。それによると、烽火(のろし)は四十里ごとに置き、昼夜を分かたず様子を伺い、外敵の多寡により烽火の程度を区分。烽火の材料や作製法、定員まで事細かく規定している。・・のちには狼の糞を混ぜると煙がよくたつため、「狼煙」と書くようになり、火薬が伝来すると、より効率的に煙を上げる各種の狼煙が工夫された。
・・・役小角は、古代よりの山岳信仰を中心に据え、雑蜜(密教)と融合した、道教の要素を含む日本独自の神仏不二の宗教、修験道を開いた。修験道は、山岳修行を旨とし、国内の霊山や里を跋渉する修験者(山伏)は呪術を行い、医療知識、観天望気(空の状況を観察し、天気を予測すること)の術、武術などを身に付け、相互の情報網も構築していた。
・・・【忍術心がけの条々】 ・武士の役のこと多しと云へども、忍の役は万人の上の闕目、(かけめ)油断を見付て気を付け、誤りの無きように心を附ける役なり。 ・昼、人中を通り歩行候とも、我が心を帯したへ下し、気を強く張り、他の右の拳に目を付け通るべき事。
・夜は窃盗強盗類、火事類不慮の事あるべしと、不断心がけるべきこと。 ・平人と違い候上は、天下静まって国に居り候とも、明朝にもふと旅立ち、他国へ行くべしと心得て、万事旅用意絶やす間敷きこと。 ・金銀類路銭と心得、不断の着物、家の道具以下も、成程粗相に致し、明日にも軍陣と申すときは、上に一重羽織、大小と草鞋、股引、上帯、下帯、死場の晴れ道具を用意仕り、嗜み申すべき事。
・・・一揆とは、契約を取り交わして統一行動をとる地域連合体の事である。
・・・楠木氏や南朝方は吉野を本拠とし、吉野や熊野の山伏を味方にして戦った。奈良から伊賀、甲賀を経て連なる修験の道を通じて情報を伝達しながら、独自の戦法や戦略も研鑽されて、編まれていったことだろう。・・南北朝の戦いを記す「太平記」は、1300年代に成立したとされる軍記だ。初めて「忍び」の語が用いられたのは、まさにこの書で忍びの行動も載っている。
・・・「淡海温故録」などによれば、甲賀、伊賀の忍びが有名になったのは、長享元年(1487)年に起きた鈎の陣からだという。鈎の陣は、足利幕府が、荘園や幕臣領を横領する近江守護佐々木六角氏をを誅伐する戦いだったが、佐々木側に味方した甲賀、伊賀の武士が神妙奇異の働きをし、国中の者がそれを見聞したため、一躍其の名が高まったとされる。
・・・伊賀、甲賀では、当時の忍びの諸家に伝わった技術を集大成し、万の川の水が海に集まるようにと「万川集海」と名付けて整理された。「万川集海」には、それまでの術ぎが「忍びの者の百科事典」ともいえるほど驚くべき規模で網羅されている。
忍び働きをする際には、敵地に潜入する前に、「視・観・察」で相手の全体像を把握し、状況を判断していた。視は部分的に細やかに分析すること。観は、全貌を大局的に判断すること。察は、現れた現象の深層を探ることだ。
忍びの調略術は、本質的な人間の心の弱さを突いて攻撃し、情報を主とした大切なものを奪い取る術だ。
・・・相手に信頼させながら自分の心を読まれにくくする。・・・相手の眉間の辺りを見る。相手は真剣に目を見られているように思って信頼してくれるが、こちらは目を見ているわけではなく、目の辺りを見ているので、心を読まれにくくなる。
・・・二星之目付は、相手と戦うときに、二つの目(二星)で相手の肩か手を見ることだ。よく、武術では相手の目を見ることが肝心と言われれるが、目を見ると相手にこちらの動きを読まれる可能性があるし、足元をけられそうになっても気づきにくいので、相手の手や肩に目をつけておくのがよい。これが二星之目付で、武術の極意書にも書かれている。
・・・地震の時の対処・・・忍者の心得の一つに「外を歩くときは建物の際を歩け」がある。建物から少し離れて歩くより、すぐ際を歩くほうが敵に囲まれにくく、上から物を落とされた時にも有効だからだ。
・・・火や煙への対処・・・身を低くして伏せ、濡らした布で口を覆うのが昔からの基本だ。
・・・火を起こすときに一番重要なのは火口(ほくち)だ。火打石で打ち出した火を移し取るもので、昔はそれにフーフー息を吹きかけてから行燈などに火をつけていた。火口がないと、薪などに火はつけられない。忍者は火口を前々から準備し、打竹などに入れて欠かさず持ち歩き、それを火種にしていた。火口としては麻の黒焼きがよく、そこに硝石を混ぜておくと、なおよい。
・・・雨合羽の代わりにポリ袋を地面に置いておけば、表面に水滴が溜まってくる。水の無いところではわずかな水滴があるだけでもありがたい。
・・・町中で馬が暴れているところに卜伝がやってきたので、人々は卜伝がどうするかと思いみていたところ、避けて遠回りしていったという話もある。名人はそうやって用心し、危険な場所には近づかない、という心得を示す話だ。
・・・手足の指を動かす・・・忍者修行では、敵を捉まえたり、塀によじ登ったりするための鍛錬として行う。
・・・質素倹約の健康生活法・・・贅沢をせず、満腹になるまで飲み食いしない。飽食の時代には難しいかもしれないが、これを日常生活で意識するだけで健康増進ができると私は思っている。・・必要最小限のもので済ませる生活を普段から癖にしておこう。さらに、健康に支障がない程度の断食を経験しておけば、数日間何も食べられなくなったしても、心に余裕が持てるはずだ。』

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