2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

書籍・雑誌

2017年11月 5日 (日)

忍者はすごかった 忍術書81の謎を解く (山田雄司著 幻冬舎新書)

忍者そのものというよりも、一流の忍者になるために必要なことが書かれており、当然それは他の世界でも一流になるために役立つものでした。

『・・・忍びは「乱波(らっぱ)」「透波(すっぱ)」「草」「奪口(だっこう)」「かまり」など、地方によりさまざまな名前で呼ばれていました。「忍者」という呼び名は、昭和30年代に小説などを通じて定着した新しいものです。
・・・忍びの本は「正心」である。忍びの末は陰謀やだますことである。それゆえに心が正しくコントロールできないときは、臨機応変の計略を遂行することができないのである。・・いわゆる正心とは仁義忠信を守ることにある。仁義忠信を守らなければ、強く勇猛なことをなすことができないばかりか、変に応じて謀略をめぐらすこともできないのである。
・・・武勇の心掛け方については、「血気の勇を捨て去り、『義理の勇』を心掛けよ」と述べています。同じ武勇といっても義理の勇がなければ君子の勇ではなく、血気の勇で、一時の怒りによって剛強を働かせることができても、次第に怒りが薄くなるにしたがって、ずっと剛強の働きを心底に保つことはできないとしています。さらに義理の勇とは、やむを得ず起こす勇であり、この勇はいつまでも冷めることなく、ことに私心がないためにまず己の欲心に克ち、前後を思案して、なおかつ必死ならば即ち生ずということを心の守りとして働く
・・・実際には、人と仲良くなって情報を聞き出す陽忍の方が多かったようです。
・・・まずそのことを言わず、それとなく他のことより語りてそびけば、向こうよりも思わずいうものなり。
・・・忍びは、人に追われて逃げることを恥と思ってはいけない、刀・脇差・諸道具を捨てて帰ることも多いので、名前や印が付いている道具を持ってはならない。ただ敵を知ることが肝要だと思い、自分の命を軽んじて忠義を果たすように
・・・利口(方便)というものは、聞いているときはおもしろいけれども変化するものである。道理は大きく広く、かつ慎ましやかで明白なものだ。利口はこれに劣るものであり、受けが良い内容のため、人はこれを喜び聞く。
・・・常にアンテナを高く張っておけば、周囲には多くのヒントが隠れています。自分と同じような人だけでなく、さまざまな人々と関係することにより世界が広がり、多種多様な知識が得られ、生きていく上での大きな糧となります。
・・・旅にて愛情を用いれば、相手は自分のことをよく思うものである。良く思えば取り入れいやすい。・・旅では日ごろ隠していた自分の本心が現れるものです。そうしたときに温かい対応をされると、心の中にスッと入ってきます。そうすれば、その相手とは固い信頼関係を結ぶことができるようになり、そこからさまざまな情報を得ることができます。
・・・会話する場合は、「聞き上手」であるべきで、自分の言いたいことは少し心の中にとどめておいて、相手が心中に思っていることを引き出す会話術が必要となります。
・・・「敵になる」という教えがあるが、これは敵の立場になって敵の心を察することである。・・あるいは「敵の心を取る」という教えは、こちらがこのようにしかけたときは敵はこのようにする、こちらがこのように語ったならば相手はこのように話すというように、敵の心になって考えるということである。・・「敵に離れる」という教えもある。これは「我は我、敵は敵」と考え、その利は異なっているとみて、敵の立場になることなくして、ついには必ず勝つということは上手のなせるわざである。通常と敵と離れては益がないとされている。
・・・必ず逃げ道を作っておいて、絶妙なバランスで厳しくすることと寛容にすることの両方を用い、良好な関係を築いていく必要があります。
・・・「追従軽薄」を取捨すること。人に対して自分の気に合わない場合でもへつらい、自分が好きでないことも好きなように振舞うことは、人に気に入られるためである。・・このようなことは士たるものは一切しないことであるけれども、用いることがある。これを用いなければ、気儘気随者ということで人との交わりは難しい。ただのちょっとだけでも用いないと心に決めていたのでは害がある。時により場により人により合わせる必要がある。
・・・自分から声をかけることによって先を制することができ、自分のペースで事を運ぶことができるようになります。
・・・人に理のあることを言わせて、なるほど道理ですねと感心して見せれば、相手は必ず先にいい気分になって、自慢をするようになるものである。そのときに相手が秘密にしていることの兆しが、注意していれば見つかるものである。それを取り出して、たたみかけて質問していくと、相手はそこから逃れることができずに必ず弱くなるのである。
・・・自ら慎んで抑えなければならないのは、「利口」「利発」である。内に蓄えておけば、自分が賢いということを外に示したいときにいつ何時でも自由に出すことができる。であるから、知識を蓄えておくことが肝要である。
・・・常に酒、色、欲の三つを堅く慎み、これにふけって楽しんではいけない。酒、色、欲の三つはもとより自分の本心を奪ってしまう敵である。・・忍びは禁欲的である必要がありますが、逆に相手を術中に陥れるためには、好きなものを渡したりして心を奪うという方法があります。
・・・何でも心に望み欲することは皆欲である。これを忍ぶことは難しい。ことに忍び・間者はこれをよく忍ばなければ大いに害がある。
・・・相手の懐の中に入るために、酒、淫乱、博打などを利用し、相手の油断を誘います。しかし忍びたる者、それによって自分自身を失ってはなりません。・・こうしたものに心を奪われていたのでは、冷静沈着な行動を必要とする忍者は命を落とすことにつながります。しかし、逆にこのような手段を利用することによって人を油断させて自分の思い通りに利用するようにするのです。
・・・総じて人の衰亡は、皆欲心によるものである。・・取り入ろうとおもうのなら、まずその人の大欲小欲無欲のものは何かを判断して取り入るのである。
・・・酒の席では、酔った勢いで普段は言えないことも言えるようになるし、聞く側も酒の席だからと容赦してくれます。ゆえに、それを利用して言いたいことを言うのもよいと書かれています。しかし、これは相手や内容次第のところもあるので、状況判断が必要です。
・・・人を知って自分を知られないようにするのが、忍びの者の中でも巧者である。
・・・何事も思いの外のことには心を取られ、落ち着かないものである。忍び、間者はこのようなことで人の心を縛ることがある。・・言葉によって相手を縛ることもできます。相手から想像だにしていないことを言われると、そのことが頭から離れず呪縛されることになります。
・・・修行というと、滝に打たれたり絶食したりということを思い浮かべますが、忍者にとっての修行は総合的能力を高めることにあります。・・どのようなことが起きてもすぐに対応できるように、日ごろからそれに備えておく必要があります。それが修行なのです。・・忍びにとっては、これから修行するぞ、と思って特別な修行をするのではなく、日々の生活すべてが修行であり、それがすべて自らの命運にかかわってくると心得て、毎日を過ごす必要があるのです。
・・・心は水や鏡のようである。水と鏡の本体は本来不動で清明なものであるけれども、外物の塵芥泥土のたぐいに汚される。あるいは風や人が外から動かすときは、本来の清明不動を失って、万物が対しても映ることはない。本心も同様に清明不動であり、向かう者の善悪邪正、是非の情、その他すべてが、水や鏡が物を映すように、明らかに現れないということはない。しかし、六塵を六根に引き入れたなら、必ず心が濁って清明でなくなり、さまざまな状況に応じてよく物が映るようなことはなくなってしまう。
・・・忍術の三病は、一に恐怖、二に敵を軽んず、三に思案過ごす。この三つを去りて、電光のごとく入る事速やかなり。
・・・武士はあやぶみなきぞよかるべし まへうたがひはおくびょうのわざ (武士たる者、危険だと思わない方が良い。事を起こす前から心配に思うのは臆病のなすわざである)
・・・剛勇か臆病かは話す内容にて知ることができる。「一日戦いについて話をすれば、三日間心が強くなる」といって、常に武勇を好む話をする者は心が強い者である。・・己の落ち度を指摘されても顔色を変えない者は、心が強い者である。怯える者はその逆である。
・・・何事も順調にいっているときは勇敢に見えても、順調な時期を過ぎたときにそのような態度を保っていることはできないため、本来の性格が表れてきます。
・・・人は平常時には自分の心を制御できますが、非常時には制御できずに本心が見えてくるので、そこから性格を読み取ることができると述べられています。他の個所では、一緒に旅をすればその人の性格がわかるとされていますが、これも、大変な局面の際に人の持っている本来の性格が表れるということです。
・・・「相見」とは、何事でも人の見たこと、人の言ったことを、自らもそれを見て、その人の言うところと自分が見たところを引き合わせて、虚実の分量を量ることである。
・・・人を外見やその人の職業などで判断してはいけないという教えです。さまざまな人の意見を聞くことが重要です。人の重要性はその外見ではなく、内面であるということを示しています。
・・・忍びは平常心を保っていなければならない。それは、いつ何時であっても忍ぶ心が大事だということである。
・・・水の中で足をバタバタさせていても水上では物静かな水鳥のように、心の内はどれほど忙しくても、表面上は心うららかにすべきである。世の人はさまざまに騒いでいても、忍びの道を守る人物が誠を大事にする様子は、あたかも聖人とも悟道者ともいうべきであろう。
・・・撰む事。忍びの者の性質に、大業をよくする者あり。小業を得し者あり。その生得を撰みわけて遣う事。總司の肝要なり。不得手なる事をなさしむべからず。
・・・要の大事。伊賀伝に曰く、十本の扇の骨も要一本にてしまりつかわれるなり。間人数千百人もこれをつかう総大将一人による事なり。
・・・江戸時代末期の風流を描いた牧墨僊「写真学筆」には、武士が手裏剣打ちをしている場面が描かれています。江戸時代には、武士の嗜みとして手裏剣術が行われており、手裏剣は忍者のものという認識が作られていくのは昭和になってからのことのようです。
・・・忍の一字。この一字至て大事也。字の心は刃の下に心を書。心は胸也。胸に白刃を当て物を問ひ、決断に逢ふ心也。
・・・味方の中に敵の忍びが交っていないかどうか見つけ出す「立ちすぐり・居すぐり」という方法があり、これは決めておいた合言葉を言って、人々が同時にさっと座り、さっと立って、紛れ込んだ敵を選び出すための方法でした。これによって見つけ出されて殺された例もあります。
・・・それ忍の本は正心なり。忍の末は陰謀・佯計(ようけい)なり。これゆえにその心正しく治まらざる時は、臨機応変の計を運らすことならざるものなり。
・・・この道を業とする者は、一戦の折から主君の為に大忠節を尽くし、大功を立てんとのみ欲して、主君の安否、国の存亡、我一人の重任と心得るべし。
・・・皆が考えつくような方法では、対策がとられていて忍び込むことはできません。そのため発想を転換させ、相手が考えないような方法を駆使することによって意表を突き、初めて忍び込むことができるのです。・・状況は常に異なっているので、その場に合った方法を即座に判断し、臨機応変に対応を変化させていく必要があります。
・・・忍びの術は奥深いもので、一朝一夕で身につけられるものではありません。心の修練を欠かさず、継続的な努力が必要です。また、事を行うに当たってはちょうどよい時期というものがあるので、それを逃してはいけません。
・・・聖ばかりで侫がなければ事は成り立たず、直であって曲がなければ、人の偽りを信じて害を被ってしまう。俗に言う「阿呆律儀」である。聖直侫曲の四つを合わせて、人により用いるのである。
・・・人の真偽を黙識して人に欺からるるべからざる事。
・・・此の道を業とせん者は最も顔色をやさしく和らかにして、心底尤も義と理を正しくすべき事。・・恐い顔をしていたのでは誰も寄り付きません。常に柔和な顔をして人に安心感を与えることによって打ち解けるようになり、さまざまな情報も得ることができるようになります。逆に、穏やかな顔をしている人を信用してだまされることもあるので、気を付けなければなりません。』

2017年11月 4日 (土)

50代から本気で遊べば人生は愉しくなる (片岡鶴太郎著 SB新書)

短い著作でしたが、著者のこれまでの人生とその時々の思いが分かりやすくまとめられており、参考になることも多くありました。

『・・・新しいことにチャレンジすることはエネルギーが要りますし、ときには悩んだり苦しんだりすることもあります。でも、その先には大いなる”ギフト(贈り物)”が待っています。その贈り物とは”魂の歓喜”です。・・まずは自分の心に「私の魂は何をすれば歓喜するのか」と問いかけてシード(種)の存在に気づくことです。そして、やりたいことのシードを見つけたら、毎日コツコツと水やりをしていくことです。すると、やがて芽吹き、魂の歓喜がもたらされるようになります。
・・・芸事の世界でも、型を真似ることから始めるのが上達の第一歩となります。それは「守破離」という師弟関係の基本を説く言葉にもあります。まずは師匠の型をとことん真似ます(守)。真似るのが上達したら「自分としてはこうしたい」と工夫しながら磨きをかけ、師匠の型を破る段階に発展します(破)。さらにはその型から離れ、自分の独自性を発揮する境地に達するのです(離)。
・・・私は何かを会得していくには、「反復練習」しかないと思っています。これはどんな仕事、どんなものごとでも同じ。「匠」と呼ばれるような達人でも、最初からうまくできたわけではなかったはずです。
・・・自分の心の中にある芥子粒のようなシードの存在は、心を澄ませておかないとなかなか気づくことができません。
・・・ヨーガの教えには8つの「部門」があるということでした。・・1~7は並行して毎日行う実践となります。7の瞑想法で8を繰り返し経験することで、徐々に8が定着し、いつの日か人はゴールである悟りに達します。必要なことは毎日の継続的実践です。1 禁戒は、暴力や嘘をつくなど反社会的行為を律するための実践(社会行動) 2 勧戒は、浄化、知足など毎日行うべき自己精進のための実践(自己実践) 3 坐法は、長時間の瞑想のための正しい姿勢をとるために行う肉体を柔軟にする実践(肉体の強さと柔軟性) 4 呼吸法は、心を静める瞑想のために深く静かな呼吸を維持できるように養う呼吸法の実践(肉体の活力) 5 制感法は、外界から心の内面に意識を向ける実践(五感制御) 6 集中法は、心の内面に意識を保ち続ける実践(精神統一) 7 瞑想法は、心のもっとも静かな真我へと意識を至らすための精神的実践(潜在意識) 8 三昧は、心の動きが最小限の状態である真我(本当の事故)の状態(瞑想で心の源に達した状態)
・・・ブッダのような蓮華坐(足を交叉させて反対側の太ももの上に置く瞑想の姿勢)は、普通の人だと1分もキープすることはできません。これを20分から30分維持して瞑想するということは、相当なインナーマッスルが必要になります。ヨーガのポーズは、それを鍛えるための動きなのです。
・・・人間は放っておくと口呼吸になります。鼻呼吸で酸素を脳に送り込んでクリアにするというのが、古代インドヨーガで5000年前から行われてきた呼吸法です。こちらも瞑想に至る前に欠かせないものです。
・・・型通りのジャブの練習と、相手と対峙したときのジャブはまったく違います。実際にボクサーと対峙して、どうやって闘ったらいいのか考えながら稽古していかないと、本物のジャブにはなりません。それと一緒で、何を表現するでもなく戦を描いても意味がない。線を鍛えていくには、描きたいものを必死になって一発一発描いて鍛え上げていくしかありません。
・・・好きなものがあるというのは、本当に強い。そして、何かを会得するためには反復練習するしかない。このときの経験は今でも私の人生の核になっています。
・・・「縄跳びをうまく跳ぶにはどうしたらいいんですか?」そうトレーナーに尋ねると、「いやー、鶴太郎さん、コツはないんですよ。ひたすら跳ぶしかないんです。跳んでいるうちに何かが見えてきますから」そんなふうに教えられました。それで黙々と跳んでいると、1週間、2週間と経つうちに、バツンバツンと足に当たっていたロープがだんだん当たらなくなってきます。「何かが見えてくるってこういうことか」と思っているうちに1か月も経つと、すっかりリズミカルに跳べるようになっていたのです。
・・・最後に私の大好きな言葉を記します。 汝の立つところ深く掘れ、そこに必ず泉あり』

2017年10月28日 (土)

頭が突然鋭くなる瞑想法 ブッダが悟りを開いた人類最高の英知 (アルボムッレ・スマナサーラ長老著 日本テーラワーダ仏教協会)

たびたび掲載している著者の本です。また新たに知ること、意を強くするところがたくさんありました。

『・・・ブッダは、「知識と知恵を集めれば幸福になりますよ」と言われました。「私たちからぜったいに離れない財産は知識と知恵である」という言葉もあります。私たちが死ぬとき、来世に持っていくことができるものが二つだけあります。一つは自分の行為、「人間としてどのように生きた来たか」という自分の生き方からもたらされるエネルギーです。自分の善行と悪行の結果によるエネルギーを、私たちは来世に持っていきます。もう一つは知恵と、そして知識の一部です。生きている間に、人生や生き方の心理を何か理解したならば、その理解は来世に持っていけるのです。・・私は、「知識とは、概念の積み重ねである」と定義をします。・・概念を覚えるだけの人は、ものはたくさん知っているのだけれども、せっかくのその知識が役に立ちません。知識がありすぎて整理ができないと、頭の中で混乱してしまいます。・・少ないことでもきちんと知って、それを自分のためや社会のために上手に使えることこそ、ほうとうに評価できるのです。・・そういう歩く図書館とか、歩く百科事典のような人がいます。とくに昔は多かったようです。そういう人々は知識を伝えるためには役に立ったかもしれませんが、本当の仏教の師ということはできません。ですから知識だけの先生はよくないと言って、仏教ではそういう人たちを厳しく批判しています。・・「たくさんの知識がなくてもいい。少しの知識でも、それを実行しなさい。知識を実行する人こそ真の知識人ですよ」とブッダは言われています。
・・・概念には、論理的概念と経験的概念の二種類があります。
・・・言葉とはなんでしょうか。考えてみると、言葉というものも経験からつくられたものなのです。何かを経験して、それを言い表す方法、手段として名前をつける、それを言葉と言っています。
・・・何かを言われた瞬間に「ほんとうにそうか、そうではないか」とサッと自分で経験してみる。その経験が大切なのです。
・・・本を読むときも、なるべく自分の経験になるように読むコツがあります。どうするかというと、自分で書いた本を読んでいるつもりで読むのです。
・・・できるだけのことを考えながら本を読む方法です。完全に本の内容に集中している状態で、同時にあれこれ、それについて考えるのです。・・常に動きたがる頭の働きを逆に利用するのです。読みながら、他のことではなく、本の内容について考え突くままに分析したり、理屈をつけたりしながら読むのです。・・考えるときは、肯定する立場と否定する立場の両方から考えてみます。・・そのように読むと、読むスピードは遅いかもしれませんが、内容についてはとてもよく理解できます。
・・・経験的知識は、後の詳しく述べる知恵につながる知識なのです。経験の伴わない論理だけの知識は、私たちが生きていく上であまり関係ない知識です。私たちは生きることで精一杯なのだから、経験的な知識を得るだけでいいと思うのです。
・・・仏教では「自分のためになる勉強、人のためになる勉強は、いくらでもしてください。そうでないものは、やめなさい」と言っています。私たち僧侶は、星占いや手相など、占いの勉強は禁じられています。なぜなら、人々の吉凶禍福を占ったところで、なんの役にも立たないからです。
・・・同じ教育を受けて同じ知識を詰め込んでも、ある人は役に立つし、ある人はまったく役に立たない。その違いは、知恵の働きがあるかないかによって決まるのです。
・・・世の中が思う通りにいかないことは当たり前のことなのです。
・・・知識の世界では、自分の分野をどう成立させるかということしか考えません。そういう世界で私たちは生きています。ですから、仏教の立場からみれば真の法に則って生活している人は誰もいません。真の法というのは、普遍的な法則のことです。人は皆そういう法を侵して生きてるのです。・・ブッダは、人々の幸福、生命の幸福のためにならない知識や論理は捨てなさいと言われています。・・仏教では論理と倫理は表裏の関係にあります。倫理のない論理は捨てなさいという立場なのです。また、論理のない倫理も認めません。
・・・仏教では、「知識は生き方によって完成されるのだ」と言います。知識の完成は道徳にあって、道徳の完成は知識にあるのだというのです。人間の生き方として、その二つをきり話して考えることはできません。
・・・人々の幸福のために生きることを人生の目的にしてほしいのです。どんな人間でも、たとえ子供でも、「自分はみんなのために生きているんだ、みんなに何かいいことをしなくてはいけないのだ。それが自分の仕事だ」と考えるべきなのです。
・・・知識は使えなければ何の意味もありません。何かのために生かされてこそ、知識の意味があるのです。
・・・知恵と道徳はどういう関係かと言いますと、道徳を守らずいい加減な生活をしていると、精神的に乱れます。そうすると、確実に知恵が働かなくなるのです。ですから、知恵のためにも道徳は必要です。
・・・付き合いで、さすがゴッホですねぇとかなんとか適当に言っていればいいのです。でも、心の中ではしっかりと自分自身の判断で評価をする。そういうことをしていると、抜群な知識人、知恵の人になれます。そしてストレスもありません。自分で判断することはとても気持ちがいいのです。知恵が生まれるとストレスなどぜんぶ消えてしまいます。
・・・知恵のためには次の三つが必要です。まず自分に元々ある知識。次に社会から入る情報。それに自分でああだこうだと考えた自分だけの考え。その三つを自分の中に並べておくと、パッと何かが浮かぶのです。それが知恵なのです。
・・・私たちは自分のできる範囲でパターンにはめられないように生きなければなりません。
・・・精神的な問題の場合は、原因を探っていったらきりがないのです。・・会社でヒステリーを起こしてキィキィと言っている人がいれば、何かちょっと他のことを頼めばいいのです。・・ものごとの配列というか、なぜこういう状態になったのかということを見て、それに答えを出してその状態を抑えるというのは、知恵による問題の解決です。
・・・人は皆余計なことを考えすぎます。社会というのは理屈で割り切れる世界ではないのです。そこに理屈でいろいろと考えてしまう。ですから、何か問題が起こったときに知恵が現れるためには、なぜこういうことが起きたか、どうすればこういう現象が消えるかと冷静に見て、すぐにその場を収める知恵を働かせるのです。
・・・子供は自分のことをほんとうに心配してくれる人に対しては、きちんと反応するのだということです。自分のことを本当に考えてくれる人のことは裏切ってはいけないということを、本能で知っているのです。
・・・問題の解決法は、その場の状況を理解して判断することから生まれてくる。そして言うべき時にすばやく必要なことを言わなければならないのです。
・・・知恵を働かせるための考え方として、物事には両面があるということを知らなければなりません。どういう論理やどういう考え方にも、その逆の面、逆の立場があるのです。姓があれば、そこには必ず負の面があります。
・・・たいがいの宗教では、永遠の命を約束しています。それが人間の希望なのです。人は死にたくないのです。でも、確実に人は死にます。
・・・なんでもやることが遅いというのは、無駄が多いということと同意語だということを理解してください。・・無駄のない行動をするというのは、どういうことでしょう。一つには、待つべきところではしっかりと落ち着いて待つ。待ってはいけないところでは、瞬時にしてやる、ということでしょう。
・・・この世の中には早いも遅いもないのだ、ということです。あるのは、一つ一つのものにはそれなりに時間の特性があるのだというだけのことです。その品もの、その現象、その仕事なりに時間の特性があって、我々はその時間に我々の方から合わせていかなければならない、ということなのです。
・・・子どもには子どものスピードに合った勉強の方法があるし、大人には大人のやり方がある。・・私が皆さんにスローモーションということを勧めるのは、そのなかにものごとにはすべからく時間の特性があり、その法則を理解しなければ、頭も回転し始めないし、活性化もできない、ということなのです。・・スローでやるためには、そこに途轍もない知恵が必要になるのです。知恵を使わないことには、ものごとはスローにはできません。それと、余計なことを考えてもできません。余計なことを考えると、すぐ早くなってしまいます。余計なことは何も考えずに、集中してやらないとスローにはならないのです。
・・・知恵の世界というのは、何が起きても焦らない世界なのです。焦るということ自体、無知である証明なのです。
・・・私に言わせれば、、プロという人は物事の順番を知っている人のことなのです。その道のプロという人は、その道の順番を知っている人。・・順番を知る人に焦りはありません。無駄もしないし、失敗もしません。ところが、順番を理解していない人は、とにかく失敗ばかりするし、やることなすことに無駄が出る。
・・・人間というものは、小さいときほどこの観察力が旺盛で、貪欲です。それだけ、なんでも見る見るうちに知識となり、知恵がついていきます。ところが大人になると、その観察力が衰えてきて、ボケてしまうのです。・・ブッダは、「一生、観察する仕事だけは忘れてはならない」と諭します。見る、聞く、この観察だけは、決して忘れるな、と言うのです。・・人間は、この観察能力がないと死ぬまで不幸で苦しいのです。・・観察することによって、ものの時間と順番というものが分かってくる。ですから、ものの時間と順番を理解した人、つまり観察能力の秀れている人というのは、仕事をしてもそれこそだれよりも早いのです。ただ焦っても仕事は早くはできません。・・スローモーションにやるというのは、決してのんびりやれということではありません。それは理屈の世界ではなく、知恵の世界なのです。スローモーションというのは、訓練なのです。
・・・電車やクルマのベテランの運転手は、なぜ失敗するのでしょうか。それは、傲慢さが出るからです。つまり観察することを忘れてしまうのです。プロと言われる人が、もっとも重要に考えてやってきた”観察”を忘れてしまう。慣れたもんだよ、こんなこと見なくてもできますよ、と傲慢な気持ちが出てそこで失敗してしまう。
・・・集中力というのは、興味なのです。
・・・仏教の専門用語に一境性(いっきょうせい)という言葉がありますが、これは集中していく度合いのいちばん深い状態を言います。こういう状態まで集中していくと、これまで見えなかったものの本質が見えてくる。
・・・病気をしても結構おもしろく過ごせるのです。何せはじめての体験ですから、いろいろ刺激があって観察できるでしょう。
・・・焦ってものごとを早くやろうとすることは、理性ある鋭い頭を持った人々には絶対の禁止事項です。これらはすべて無知につながってしまうことです。
・・・計画というものは、まずだいたいにおいてそのとおりに運ばないものです。ほんとうに計画どおりに行くというのは、ものの順番と時間の特性がわかったときだけです。・・観察能力が身についてくると先読みの能力なども自然についてきます。先見性がある人というのは、観察力の旺盛な人、確かな人であることはよくおわかりでしょう。
・・・ライバル意識をエネルギーにして仕事をしています。あれはよくありません。よくないし危険です。ライバル意識を燃やすというのは、怒りで自分を燃やしていることなのです。この燃やしているエネルギーはたいへんな消費量で、まさに浪費といっていいのです。・・ライバルのことなどきれいさっぱり忘れてしまうことです。相手がどんなにスピードを早くして仕事をこなそうと、どんなにヒット商品を生み出そうと、自分には関係ない。・・自分の仕事を淡々とやればいいのです。・・ブッダの教えはこうです。いい仕事というのは、そのライバルにさえも手を貸してあげて、助けてあげる。ライバルが自分よりいい仕事をやったのなら、自分のことのように喜んであげる。ライバルが苦しんでいるのを見たら、「何か手伝うことはありませんか」などと言って、慰めてあげる。前の章でも述べましたが、こういう態度でいると、自分ももちろん、ライバルだった相手のほうも心のなかにやさしい感情が芽生えて、二人のあいだには慈しみという最高の波動が生まれるのです。
ヴィバッサナー瞑想法は、ほんとうに大切なものは何垢ということを考え直す方法、ものごとを新しい角度で観る方法です。・・世界をありのままに観る必要があります。それをどうやって身につけるかという実践法が、ヴィバッサナー瞑想法です。・・サマタとは落ち着くということで、サマタ瞑想法とは精神的に落ち着くための瞑想法、落ち着いた静かな心をつくる瞑想法です。日本の禅やインドのヨガなどがとくに有名なサマタの瞑想法ということになります。仏教にもいろいろなサマタ瞑想法があります。一つ有名なのは、念仏です。きれいな声できちんと決まったやり方で念仏を唱えると、心が落ち着いてとても気持ちがよくなります。・・心が落ち着くと脳にα(アルファ)波という脳波が出るのです。β(ベータ)波が出ているときはいろいろ余計なことを考えているのです。α波が出ているときは心がリラックスして落ちついていますが、このα波を出すためには集中力が必要です。・・でも落ち着くということは、我々の最終的な目的ではありません。落ち着いた心で何をするかということが最も重要なテーマです。
・・・気づくというのは、具体的にはただ単に自分のすべての動作や感覚や心の動きを確認していくことです。
・・・歩きながら何かを考えている、それは今あなたが妄想の世界にいるということなのです。この、妄想の世界をさまようことこそ人間のもっとも困った現象で、脳細胞の弛緩した状態を作り出し、不安や心配、苦しみや悩みを生み出す元を作っているのです。この妄想世界から脱出して、今この瞬間に生きている自分に気づく、ということがほんとうの幸福になるためのもっとも確実な近道である、というブッダの教え
・・・私たちは、その時その時の状態や諸条件によって、好き勝手に客体を認識して判断して理解しているのです。ということは、私たちは自分勝手な認識に基づく誤った判断によって、自分の人格を変化させたり、生き方を決めたりしているのではないでしょうか。自分に気づいてラベリングをすること(サティの実践)は、いきなりというか、突然その人間の生き方のプロセスをカットするのです。つまり判断しないでありのままを観るということをさせるのです。
・・・私たちはさまざまなことで、悩んだり苦しんだりしています。・・それらすべての思いや考えは私たちの判断に基づいています。・・問題や悩みを解決するために、私たちはまず認識とはどういうものなのかをはっきりと知らなければならないのです。知るためには、観察することが必要です。・・音だ、見える、聞こえる、歩いている、感じる、触っている、考えている、などと気づきながら生活していると、心の中にさまざまな感情の波が生まれなくなってしまいます。そうすると、心の中に刺激はなくなってしまいますが、その代わりに生きる苦しみも消えてしまいます。その苦しみがないという状態が悦びなのです。悦びというのは特別なことではなくて、ただ苦しみがないということなのです。その静かな落ち着いた状態に悦びを感じ始めると、心のなかに感情の波が生まれてこなくなって、意識のレベルがかなり落ち着いてきます。・・心を落ち着けていると、存在願望のエネルギーはどんどん薄れていき、最後には完全に消えてしまいます。それが、実は解脱なのです。永遠に生きたい、死んでも死にたくない、という存在願望のエネルギーが消えること、それが悟りをひらくということなのです。それによって人間は、初めて輪廻転生を乗り越えることができるのです。輪廻からの脱出、つまり悟りの境地というものは、私たち俗人の認識レベルとはまったく違う出世間の認識レベルです。ですから、それを理解しりと言われても、私たちには無理な話なのです。・・しかし、存在欲のエネルギーが消えていくと、その代わりに知恵が現れてきます。その知恵によって私たちは、すべての存在は苦であること、無常であること、むなしいこと、実体がないこと、私たちはただ幻覚の中で苦しんでいることを、はっきりと理解します。それはすべて、この気づきの瞑想(サティの実践)によってのみ得られるのです。
・・・頭に判断させることを止めさせて頭を忙しくするために、自分がその時にしている動作を頭の中できちんと言葉にするのです。・・世間話や余計なことを考えるのではなく、頭をリラックスさせてください。頭を休ませてあげてください。我々の頭は一分も休んではいません。いつでも、欲で、苦しみで、燃えているのです。・・心が治るとすごく活発になって、どんどん知恵の方に心が行くのです。
・・・掃除や洗濯のときに、つまらないことをかんがえたりせずに、ただやるべきことに集中できる方法です。それはどうするかと言いますと、たとえば、拭き掃除をするときには「吹きます、拭きます、拭きます」と拭いている自分に気づく。拭いている行為の一挙手一投足の動きだけを認識していく。
・・・スランプというものは時間を掛ければいつかは直りますけれども、実はすぐに直す方法があるのです。それはどうするかというと、先ほどお話しした瞑想法を使うのです。つまり、自分の状態にいち早く気づいてしまえばいいのです。
・・・今この瞬間、自分に起こっているできこと現象を客観的に観察するという癖をつけるといいかもしれません。
・・・考えの中に入らずに、考えていること自体を客観的に見て、「考えている、考えている、考えている」と三回確認してから、「戻りまーす、膨らみ、膨らみ、縮み、縮み、・・」と戻ります。・・この瞑想はほんとうに自己が観察できる瞑想です。自分の今までわからなかった自分自身の性格や自分の心の中身がもう片っ端からでてきます。自分が見えてくるのです。
・・・瞑想をして、し終わったら、いきなりすぐに立ったりしてはいけません。この瞑想をしていると、自分では気が付かないのですが、心がすごく深いところに行っています。ですから、いきなり立ったりしてはいけない。瞑想を終えるときには、「瞑想を終わります」ときちんと頭の中で言います。・・瞑想を終えるときには、きちんと正しく落ち着いて終了してください。・・もし落ち着いて終わることをしないと、瞑想で得た段階は続かなくなってしまうことになるからです。さらにその後の瞑想がとてもやりにくくなってしまうので、気を付けてください。
・・・瞑想をすると、人は必ず妄想に悩まされます。・・私たちは妄想の中に生きている・・今の瞬間はぜったいにもう二度と戻ってこないのです。それなのに、今ここに座っていても心はもうこの場所にいないでのです。・・私たちの幸福を壊す私たちの最大の敵、私たちを悩み苦しませて不幸にする張本人は、だれでもない自分自身の妄想なのです。自分の妄想こそ、私たちが闘って、打ち勝つべき最大で最強の敵なのです。「今の自分に気づく」というヴィバッサナー瞑想法は、私たちの最大の敵である妄想と闘うための、もっとも効果的で優れた方法なのです。
・・・妄想をなくすというのは本当はかなりたいへんなことなのです。・・問題は、妄想が出たときにどうするかということなのです。それこそが大切なポイントなのです。妄想が出るたびに、「妄想、妄想、妄想」と確認して呼吸の観察にもどればいいのです。そこがいちばん大事なポイントです。
・・・妄想は、意識からも出ますけど、ほとんどは無意識のところから出てくるのです。深いところからいきなり出てきて、それについてフッと考えさせてしまう。ですから、私たちは自分の妄想を確認していくことによって、自分自身の無意識を観察しているのです。自分の無意識の観察をするということは、ほんとうの自分を知るということです。
・・・瞑想をずっとづつけると妄想をしない自分の心が現れます。無意識が落ち着いたら妄想は出なくなります。その心はとても静かで、平和で、荒波も渦巻きもない海の底のような平安な心です。
・・・結論を言いますと、妄想は抑えられません。私たちにできるのは妄想に気づくことだけです。そして妄想に気づけば気づくほど、ほんとうの自分が見えてきます。そして自分の性格の悪い部分が直されて立派な人格が形成されていきます。ですから妄想を怖がらないことです。』

2017年9月30日 (土)

雑誌記事から(Hanada 2017年11月号)

田原総一朗氏が阿比留瑠比氏と対談していますが、阿比留氏の圧勝という感があります。田原氏のいい加減ぶりが際立っていました。まったくジャーナリストとは呼べない思考ぶりです。インターネットがない時代の日本だったからこそ活躍できたのでしょう。いまだに声だけ大きいが考えの浅い、彼の「老害」ぶりを表すやり取りを残しておきます。

『・・・田原 もし加計になったのならば、官僚たちに「加計にするならちゃんとした理屈を作れ!」というべきだった。
阿比留 それこそ介入になるじゃないですか。
・・・阿比留 国民から見ればそうかもしれませんが、しかし、あの文書が「怪文書」なのは変わりありません。
田原 何で?
阿比留 正式な行政文書だったら行政印があって、誰と誰が閲覧をして、行政にどう反映されたか、ちゃんと記録している。しかし、あれは誰が書いたかも不明のメモ書きです。
田原 じゃあなんで文科相は、文書があったとみとめたの?
阿比留 それは実際に存在していたからでしょう。存在していたからといって、それはメモ書きであって行政文書ではありません。
田原 菅だってそのあとで、「現在はその(怪文書だという)認識ではない」と撤回したよ。そこには「総理が言った」と書いてあった。
阿比留 違います。「総理のご意向」です。
・・・田原 偏っていないよ。テレビでも新聞でも、視聴者や読者が安倍さんを疑っているからこそ、前川を登場させたりしている。だからみんな見る。逆にテレビや新聞が押し付けたって、おかしいと思えばみんな見ないし、読まない。「Hanada」では批判していたけど、「文藝春秋」に前川の手記が載ったのも、その方が売れるからでしょ。
阿比留 国民が求めていることと正しいこととは違います。国民が疑っているのなら何を疑っているか、その疑念が間違っているなら真実はこうなんだと情報をちゃんと伝えて、国民に判断してもらうのが報道の役割でしょう。
・・・阿比留 ・・・田原さんはそう思っているかもしれませんが、他の多くのメディアは違う。フェイクニュースですよ。
田原 それがウケるからでしょ。
阿比留 田原さんは、「ウケるからいいんだ」と全肯定するんですか。読者のウケを考えるという部分がマスコミにあるのは事実ですが、ウケるから何でもいいわけではない。
・・・阿比留 総理の言い方、やり方にまずい部分があったというのはわかります。判断ミスかもしれません。しかし、「国民が疑っているんだから、報道が偏向するのも仕方ない」というのは違います。
田原 報道は国民の求めに応じるものだよ。
阿比留 とんでもない。田原さんの言葉とは思えません。それでは困る。記者の仕事はステレオタイプの打破であって、それに乗っかることではありません。
・・・阿比留 朝日なんか、繰り返し「疑念が晴れない」とか「疑念が残る」とか、そういう表現ばかりです。疑念を持たれること自体が問題だとする向きもあるけど、疑念なんて持とうと思えば、誰でも、いつでも持てます。報道だったら疑念だけでなく、その証拠も書かなければおかしいはずです。
田原 安倍さんが疑念を晴らす努力をしなくては。
阿比留 なかったことを証明するのはそれこそ”悪魔の証明”で、不可能です。総理はこれまで何度も証明しているけど、全く聞く耳を持たないじゃないですか。
・・・田原 あれは高市氏の発言がおかしかったからだよ。彼女は「テレビが政治的に公平性を欠いた発言をすれば、電波停止もありうる」と言っていたが、ああいう暴言があると、新聞社やテレビ局の幹部は自己規制する。だから僕らは断固抗議するんだ。
阿比留 それはおかしい。そもそも高市氏は質問されたから答えただけだし、法律に書かれていることを言ったまでです。それに民主党政権の時、平岡秀夫副総務相も同じ答弁をしています。もし高市発言で怒るのなら、平岡発言の時に怒るべきではないですか。
田原 民主党政権なんて、政権と思っていなかったからね(笑)。
阿比留 それは答えになっていませんよ。Aが言ったら問題にするけどBが言っても問題視しない。そんな二重基準はよくない。
・・・田原 新聞にもテレビにも、特に若い世代は関心を持たなくなっている。それはネットのせいだ。僕は新聞は十年経たないうちに”マスメディア”から単なる”メディア”になると思っている。テレビの経営もガタガタになってしまうだろう。
阿比留 ネットで誰もが検証できる時代に、どちらか一方だけの言い分だけを載せて他は載せないなんて通用しないし、それによって信頼もなくなる。これはメディアの自殺ですよ。

2017年9月20日 (水)

終わらない歌 (宮下奈都著 実業之日本社)

前回掲載したものの続編です。全編から、数年後の登場人物たちの姿を、やはり、さわやかに描写しています。そして、私も好きなブルーハーツ、ハイロウズの歌を題材に物語が進められています。

『・・・いろんなことがわかってしまったような場所で、評価から離れて歌うのは勇気のいることだ。そして、評価を忘れて友達とつきあうのも骨の折れることだと思う。
・・・「親元にいたらわからないことってあるのよ」 母はいった。「人生って案外短いんだから。今勉強しないでいつするの」 笑って送り出してくれたけど、口調はいつになく強かった。
・・・年をとって円熟味が増したと評価される演奏家もたしかに多い。でも、同じくらい多くの演奏家は年と共に情熱をなくし、勢いをなくしていくように思えた。
・・・今夜も千夏は洗いざらしの白いシャツにだだのジーンズで、どきっとするほどかっこよかった。かっこいいはおかしいかもしれない。小柄で、決して美人の部類ではなく、お化粧っ気もなく、かといって人より前に飛び出していくタイプでもなく、それなのにどうしてこんなにいきいきして見えるのだろう。
・・・もしかしたら私はまだエースとして投げ続けていたかもしれない。だけど、それが何だろう。いつかは必ずエースではいられなくなる日が来る。早いか遅いか、たかだか何年かの差しかないのなら、大して変わりはなかった。
・・・「トロンボーンという楽器がオーケストラの主役にはなりにくいからといって、僕が僕の人生の主役でないわけではない」 静かな声だった。まるでほんとうの雨みたいに、その台詞は私の身体に染み込んできた。
・・・私はずっと、これがあれば、ではなく、これがなければ、と思ってきた。・・でもそれももう決着をつけたほうがいいのだと思う。・・ただそれだけのことだと思おう。そうでなければ、私はこれからも、ないものにとらわれて生きていくことになってしまう。
・・・父や母や弟がそれぞれの世界にいることが、私にはむしろ救いだ。私が世界から転がり落ちても、彼らは彼らの世界に生きている。「普通に生きていく上でどん欲には見えない人たちです。でも、実は。 「ものすごくどん欲なんです」 彼らは彼らの世界でものすごくどん欲に生きている。・・私がたったひとつの役のために大騒ぎするのとは違い、彼らは静かに淡々と静かに淡々と彼らの道を究めている。
・・・一番だったらここには来なかった。ここで歌うことはなかった。夢にも希望にも肯定的なイメージしか持たなかっただろう。一番の人には見えない景色を、私は見る。
・・・歌があり、それに応える魂がある。歌に呼応して生まれるもうひとつの歌。歌に震える心。その心に動かされる歌。終わらない。続いていく。歌も、私たちも。
・・・小説を書くには、文学的な教養だけでなく、一人前の大人としての人生観・世界観が必要だ。・・若いうちはなかなか客観的な視点が持てない。自分の作品のダメな部分に気づけない。』

2017年9月 9日 (土)

朝鮮半島はなぜいつも地獄が繰り返されるのか  中国人ですら韓民族に関わりたくない本当の理由 (石平著 徳間書店)

元中国人で現在は日本に帰化した石平氏の著作です。中国人の視点から朝鮮半島の歴史が記述されており、初めて知ることも多く、参考になるところが多くありました。

『・・・他国と結んだ条約や規約についても、あとから難癖をつけて破棄しようとするのが韓国のやり方なのである。
・・・要するに、韓国は日米中のいずれからも不信の目で見られているのである。そしてその原因は、韓国のコウモリ外交にある。いくら「バランサー」を自任していても、実力が伴わないため、結局は「お追従外交」にしかならないのだ。・・朝鮮半島の歴史を振り返れば、自国の内紛に中華王朝を引き込み、その結果、中華王朝の属国にされてしまうということが繰り返されてきた。一方で、属国としての悲しい定めを打ち消すために、「自ら進んで中華の属国となったが、いまや宗主国よりも自分たちの方が得が高い。本当の中華は自分たちの方だ」とうぬぼれるようになった。・・朝鮮半島は国内のゴタゴタを常に他国へ振り向けるからタチが悪いのだ。・・朝鮮半島の歴史を知れば知るほど、はっきり言えば韓民族には「かかわらない」ことが一番だという思いが強くなってくる。日韓併合についても、朝鮮半島に近代化をもたらし、人口を2倍にしたにもかかわらず、韓国は「史上最悪の植民地支配」などと批判している。本書でもふれているが、近代化を拒みつづけてきたのは朝鮮人自身であったのだ。
・・・「史記」によれば、この箕氏朝鮮は殷王朝の28代王である文丁(ぶんてい)の子供である箕氏が、殷を滅ぼした周の武王によって朝鮮に封じられ、殷の遺民を率いて建国したとされている。つまり、もし実在したとしても、中国人がつくった国なのだ。現代において、朝鮮史で確実に立証できているのは衛氏朝鮮である。だがこれも、中国人がつくった国であり、建国は紀元前195年ごろと推定されている。
・・・そもそも「朝鮮」という名称は、明の洪武帝(朱元璋)に「朝鮮」と「和寧」の2つの候補から選んでもらったものである。洪武帝は「朝鮮」の称こそ美しく、古くからの由来があるといって「朝鮮」を選んだ。この「朝鮮」とは「箕氏朝鮮」を指していた。
・・・漢人の明が滅びたなら、儒教の正当性を守るのは朝鮮しかない。朝鮮こそが真の中華だと自尊するまでになったのである。要するに朝鮮人たちは、独自のアイデンティティではなく、あくまで中国の聖人に連なっていることを誇りとしたのである。そして実際に、最初に彼らの国を建国したのは外国人だったという事実があった。・・朝鮮半島が中国の属国から脱したのは、1894~95年の日清戦争で日本が勝利したことによる。日本は清に対して朝鮮を独立国として認めさせたのだ。・・韓国には建国記念日にあたる日がない。・・建国記念日をいつにするかで、現在もなお揉めつづけている。。
・・・よく日本では「韓国と交渉してもすぐにゴールポストをずらされる」と言われるが、議論の基底となる国家観が韓国人自身でまとまっていないため、その時の感情によっていうことが異なるという事態になるのではないだろうか。
・・・中華王朝と宗主国・属国の関係になることは、「冊封」と呼ばれる。属国(冊封国)は宗主国から王や候に任命してもらうと同時に、毎年朝貢することや中華王朝の暦を使用することなどが義務付けられた。
・・・日本の武士が文武両道だったのに比べて、朝鮮半島では文人ばかりが出世して武人は蔑ろにされた。そのため、高麗朝以降の朝鮮軍は他国との戦いが起こると、ほとんど連戦連敗という有様だった。・・科挙試験は、儒教古典をいかに精読し、理解しているかということに重点が置かれた。そのため法学や数学、医学などの実学は身分の低い者の学問として軽視され、儒学は高官の子弟だけに独占されていた。このような実学軽視も李氏朝鮮まで続き、朝鮮の近代化を遅らせる原因となった。・・科挙制度は隋王朝(581~618年)が発明した官僚選抜制度で、ペーパーテストを中心とした試験によって官僚を選抜する制度である。587年に初代皇帝文帝(楊堅)によって創設され、清王朝(1616~1912年)末期の1905年まで、科挙制度は約1300年の長きにわたって中国の官僚選抜制度の骨格となった。
・・・南宋王朝(1127~1279年)になると儒教を再整理して体系化した朱子学が、徐々に御用学問としての地位を確立していった。・・明とそれに続く清の時代では、この「四書五経」を十分に理解しているかどうかが、優秀な人材を官僚に選ぶ決め手になったのである。「絶対的主権者としての皇帝」「皇帝の手足となって土地と人民を支配する官僚」「官僚を選抜する科挙制度」という「3点セット」は、まさに中国独特の政治システムの基本である。
・・・朱子学では儒教の「三綱五倫」(臣の君に対する忠、子の親に対する孝、妻の夫に対する烈の三綱と、孝行、忠誠、夫婦の役割、長幼の序、友への信義の五輪)を絶対とし、儒教だけが尊く、仏教など他の教義はすべて邪道だとする極めて排他性の強い教義である。そのため、李氏朝鮮では「崇儒斥仏」(儒教を敬い、仏教を廃する)が行われ、高麗朝まで多くあった寺院は次々と破壊されていった。
・・・1446年に第4代国王の世宗が、ハングル(訓民正音)という独自の文字を創出したが、中華の漢字を尊んでいた両班(官僚)からは大反対が起こった。・・このような両班階級の反対により、ハングルは婦女子の文字として蔑視されて、ほとんど普及しなかった。ハングルが普及するのは、日韓併合後の日本の教育により漢字ハングル混じり文が使用されるようになってからである。両班階級は、難解な漢字を使用することで、大多数の非識字層の上に立ち、特権階級としての地位を守り続けてきたのである。このため、日韓併合時の朝鮮半島の識字率は6%前後だったと見られている。
・・・戦後の韓国では一転して漢字が廃止され、ハングル表記だけに統治された。しかし、それまで多用していた漢字用語をハングルで表記されたことで、同音異義語が増えて、意味があやふやになってしまったという。中国の属国時代、あるいは日本統治時代を否定するあまり、かえって退化してしまうという現象は、戦後の韓国ではよくみられることである。
・・・李氏朝鮮の儒者たちは、むしろ中華文明の伝統は夷狄の清によって地に堕ちたため、中華の正統は朝鮮だけになったと考えるようになり、朝鮮は清以上に、自国以外のすべての世界を夷狄視するようになった。自分たちこそが世界一だとうぬぼれたわけである。いわば「負けているのに精神的には勝った」と自ら思い込んだわけだが、それは中国の文豪・魯迅が批判した阿Q精神(精神的勝利法)にそっくりでもある。
・・・朝鮮半島が一躍、近代国家になったのは、日韓併合時代(1910~45年)である。現在の韓国人は決して認めようとはしないが、前述のハングル普及も日本統治時代であり、また、人口も李氏朝鮮末期に比べて2倍に増えている。朝鮮半島で道路や上下水道、鉄道などが整備され、人口30万人前後だったソウルは100万人の近代的な大都市に変貌した(1944年の時点で105万人)。
・・・朝鮮半島の歴史を見ると、つねに他力本願であると同時に頑迷固陋であり、内紛をくりかえしては外国を巻き込み、争いを拡大させるということの連続だったとつくづく思い知らされる。
・・・徳川将軍家の場合には、一族の間で権力争いによる殺し合いなどはほとんどなかったが、李朝では王家の親子や兄弟、親族の間で凄惨極まりない殺戮が続いた。
・・・李氏朝鮮には安定した社会をつくるために必要な継続性がなく、政治とは党派を組んで相手を蹴落とすことであり、自分だけが栄えればいいと考えるようになったため、法が軽んじられ、官僚たちは不正蓄財や賄賂に走り、民衆は搾取と収奪の対象でしかなかったと断じている。
・・・朝鮮人の最初の王朝である高句麗からして、内紛と売国的行為によって滅んだのである。囲碁、朝鮮半島には統一新羅、高麗、李氏朝鮮と続くが、いずれも内紛で滅んでいる。・・朝鮮半島の内紛の特徴は、つねに外国勢力を巻き込んでいくことである。・・朝鮮半島での内ゲバは、どんな手段を使っても徹底的に相手を潰すことを目指し、そのためには外国軍の先導役まで務めるのだ。
・・・百済の復興運動に巻き込まれ、利用され、挙句の果てに貧乏くじを引かされたのは日本だったのだ。余談だか、鬼室福信の子孫は、大敗した日本軍とともに日本に渡った。滋賀県に鬼室神社という神社があるが、これはそのときに来日した鬼室福信の一族を祀ったものだという半士だ。
・・・1231年にモンゴルが高麗に来襲してきた。高麗は抗戦してモンゴルを撤退させたが、同時に王朝の首都である開京(現在の開城)を放棄して、江華島という現在のソウル近くの島に都を移し、崔氏は私兵団である三別抄を率いてモンゴル軍に徹底抗戦した。以後、5回にわたるモンゴル軍の攻撃を撃退せしめている。
・・・文官と武官の内ゲバ、武官同士の内ゲバ、王と武官の内ゲバが繰り返され、最後には外国勢力に泣きついて政敵を倒すというのが、高麗時代前半の出来事であった。
・・・第25代国王の忠烈王に即位以降、高麗の王太子は必ず人質としてモンゴル、大元帝国に行かなくてはならなくなった。そして、元朝でモンゴル族の皇族の娘を妃にもらうことが義務付けられた。・・王室についても祖や宗といった呼称は禁じられ、「○○王」とするように定められた。・・大元帝国に対する属国ぶりは徹底しており、高麗では女性を朝貢品として献上することが通例となった。こうした貢ぎ物としての女性は「貢女(コンニョ)」と呼ばれ、高麗朝では数千人が送られたとされている。貢女は美しい処女でなくてはならない。全国から貢女を集めるために高麗政府は結婚都監を置いて国中の結婚を禁止し、さらに寡婦処女推考別監という役所を開設して選別作業を行った。・・この貢女は李氏朝鮮時代まで続き、元帝国以降の歴代中華帝国に女性を献上し続けた。
・・・このような残虐行為を行ったのはモンゴル人だけでなく、多数の高麗人も含まれていたことはいうまでもない。もともと朝鮮人が事大する国のお先棒を担ぐことはよくあった。例えば、李氏朝鮮は明に対して忠誠を誓っていたものの、その後、清に攻められて降伏した後は、清のお先棒を担いで、かつての宗主国である明の遺臣の掃討作戦を徹底的に敢行している。そうした民族性は、近代でもよく見られた。ベトナム戦争では、韓国はアメリカの要請で派兵したが、そのときの韓国軍の残虐さは有名で、村民虐殺はもちろん、現地のベトナム人女性を次々と強姦したため、韓国人の血を引く子供がおおく生まれた。
・・・このときの日本遠征は確かにモンゴルが主導したものだった。だが、2回目の「弘安の役」(1281年)は、高麗王が進言し、主導したものである。
・・・朝鮮半島が、常に大陸における各勢力の消長に左右されてきたことはいうまでもない。中華の主宰者が誰になるかによって、運命は大きく変わる。・・1950年からの朝鮮戦争で中国が介入してきたときには、延安派が力をもった。だが、53年に休戦協定が締結されて中国軍が朝鮮半島から撤退すると、満州派の金日成は延安派を粛清した。これにより中朝関係は悪化するが、朝鮮戦争で中国軍を率いていた延安派支持の彭徳懐が失脚し、満州派とつながりのある林彪が国防部長になったことで、61年には中朝友好協力相互援助条約が結ばれることになった。
・・・李氏朝鮮でも儒教が国教となり、明との正式な冊封関係が成立(1401年)した太宗の時代からは崇儒斥仏が加速した。仏教の力を弱めるために寺院の特権がはく奪された。全土に一万以上あったとされる寺院は次々と破壊され、太宗の時代には88寺院に、世宗の時代には36寺院にまで激減したとされる(「朝鮮王朝実録」)。
・・・両班は朝鮮を「小中華」と称し、大中華である中華帝国の正統な後継国家を自任していた。そのため中華王朝によく使える国として、李氏朝鮮は「東方儀礼の国」を自称していた。
・・・ハングルが広まるのは、李氏朝鮮末期から日韓併合時にかけてである。福沢諭吉やその弟子である井上角五郎による初のハングル使用の新聞発行、あるいは日本統治時代の漢字ハングル混じり文の教育によって、飛躍的に普及したのである。李氏朝鮮は、宗主国以上に儒教に心酔したため、中国同様に近代化がおおいに遅れた。儒教は周の時代の礼を理想とする尚古主義祖先崇拝による家族主義により、進取の気性にかけ、排他的性格があるからだ。
・・・朝鮮史において、歴代の朝鮮王朝が外国軍を打ち負かしたという事例は少なく、むしろ連戦連敗であった。とくに儒教国化していくなかで武臣よりも文臣の地位が高まったことや、党争の激化と混乱に加えて、両班の賄賂政治の横行により民衆からの搾取がひどく、政府軍に対する支援が得られなかったことなどが挙げられている。
・・・西人派は大北派を粛清し、それまでの明と後金との等距離外交を改め、崇明斥金へと転換したのだが、これが悲劇を生む。清による朝鮮半島侵略と、その後の朝鮮の属国化である。またもや党争が国際情勢の判断を誤らせ、現在にも続く韓国人のルサンチマンの元凶をもたらすことになるのだ。
・・・清は、朝鮮が清に反抗した罪とホンタイジの徳を忘れないようにと、1639年に大清皇帝功徳碑を建立させた。この碑は現在もソウルにあるが、「恥辱碑」と呼ばれている。なお、前述した壬辰・丁酉倭乱と、この丁卯・丙子胡乱により、朝鮮民族は外国からの襲来に非常におびえるようになったようだ。王朝内で党争ばかりして国を疲弊させてばかりいるため、自分たちだけでは外国軍に勝てないことを自覚していたのだろう。・・オランダ人のニコラース・ウィットセンは、1690年当時までの朝鮮の情報を集成し、「朝鮮国記-「北及び東ラルタリア誌」-」(生田滋訳、平凡社)を著したが、次のように述べている。「コレー人(編集部注・コリア人=朝鮮人)はタルタル人と日本人をひどく恐れている。というのは彼らはたいへん意気地がないからで、そのため戦争がおこなわれようとする時には、その戦争の数日前に数百人の人々が恐怖心から縊死することが見られる」・・仁祖は清に三跪九叩頭を強いられたという。韓国人にとっては屈辱この上ない王であると同時に、自らの息子と孫を殺したということで、韓国では非常に評判が悪い。
・・・大院君は夷狄相手に国を開いた日本をさげすんでおり、「禽獣と化した日本人と交わる朝鮮人は死刑に処する」という布告まで出している。こうした朝鮮側の非礼に日本の朝野は沸き立ち、征韓論が噴出した。
・・・清の力によって権力を取り戻した閔氏一派は、次第に日本よりも清に頼り、事大の姿勢を強めていくようになる。このように自らの権力維持のために、その時々で頼る外国を変えるというのは、朝鮮半島ではよくみられるものである。
・・・ソウルには「独立門」というものが建っている。多くの韓国人は、日韓併合後に日本から独立したことを記念して建設されたものだと思っているが、それは違う。日清戦争に日本が勝利し、下関条約第一条で朝鮮独立が認められたことを祝して、1897年に完成したものだ。・・この独立門が建てられる以前、そこには「迎恩門」があった。これは歴代の朝鮮の王が、中華王朝の皇帝の使者を迎えるための施設であった。中華王朝の使者が来るときは国王自らが迎恩門にでむいて、使者に対して九叩頭の礼を行っていた。いわば中華王朝の属国であることの証でもあったのだ。この迎恩門が日清戦争後に取り壊され、そのかわりに独立門が建てられたというわけだ。
・・・どんなに改革をやろうとしても、政争の果てに潰されるか、あるいは自ら潰すということが、朝鮮では延々と行われてきたのである。・・ロシアが朝鮮半島に対する影響力を強めていくにつれて、日本は、日清戦争以前と同じような厳しい状況に追い込まれた。日本の朝鮮における権益が奪われると同時に、ロシアの朝鮮半島への勢力拡大による南下が、日本の国防上の最大の脅威となったのだ。
・・・一進会の基本理念は、日本と連携してロシアを含めた西洋列強と対抗し、朝鮮民族の生存と自立を守っていくというものであった。会員数は公称100万人であったが、呉善花氏によれば、最盛期の会員数は、「20万から20数万はあったのではないか」と推測されている。・・1909年2月、宋ビョンジョンは、当時首相であった桂太郎に、「合邦論」を提出して、日本と朝鮮との「合邦」、すなわち両国の合併を提言した(長田彰文氏の前掲書)。「日韓合邦」を最初に言い出したのは、むしろ朝鮮からだったのだ。・・こうした動きが大きな推進力となり、1910年8月には日韓併合条約が締結されることになる。日本との併合を決めた韓国の閣議で、学部大臣(文部大臣)の李ヨンシク以外の全閣僚が賛成したことから見ても、日本側の一方的な強制ではなかったのである。
・・日韓併合により朝鮮半島は日本の一部となったが、朝鮮の本格的な近代化はそのときから始まった。・・イギリス人の女性旅行家イザベラ・バードは、1894年から97年にかけて4度にわたって朝鮮半島を旅したが、それを記録した著書でソウルと次のように評している。「穢きこと臭きこと世界一の都は京城乎。(中略)市街の中心を西より東に流るふ下水道は市中の汚水を夜に昼に絶えず城外に排泄して居る。其の為に下水道の泥は真っ黒に幾世も昔からの濁水に染められ悪臭を空中に放散して旅人を悩まして居る。」「北京を見るまでわたしはソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、・・」「衣服は、白衣ということになっているが、しかし、ちゃんとした清潔さを保っているのはとても労力のいることなので、たいていの場合、濃厚な垢のため色変わりしている。不潔ということは朝鮮人の大きな欠陥で、富裕な者でもしばしば虫がついて破れたままの服を着用している」
・・・朝鮮半島はまたたくうちに近代化し、食糧事情から衛生環境までが飛躍的に向上したため、朝鮮半島の人口は、併合時の1313万人から1944年には2512万人へと約2倍にも増えたのである。1929年、カーネギー財団から朝鮮に派遣されたアメリカ人記者は、「日本は併合以来19年間にして、数百年停頓状態にあった朝鮮と、近代文明国とのあいだに渡橋を架けてやった」と証言している。
・・・元中国人の私からしても、朝鮮人はかなり尊大な民族であり、しかも歴史のねつ造も中国人にまして得意である。
・・・この大韓民国臨時政府には、後に韓国の初代大統領となる李承晩や、呂ウニョン、金九などがいたものの、朝鮮人らしく、つねに内ゲバを続けており、どの国からも政府として認証されなかった。・・臨時政府の主席を務めた金九は、かつて日本人を殺害し、金品を奪ったことのある犯罪者でもあった。
・・・普通に考えれば、日本の敗戦後、アメリカとソ連が朝鮮半島に進駐して支配し、その後、北朝鮮と大韓民国に分かれてそれぞれ独立したのであるから、その日が建国記念日となるというのが一般的だろう。実際、北朝鮮の建国記念日(国慶節)は、朝鮮人民共和国政府が樹立された1948年9月9日である。同じ論法でいえば、大韓民国政府が樹立された1948年8月15日が韓国の建国記念日となるはずである。だが、韓国国内ではこの8月15日を建国記念日にすることについては拒否感が強い。・・韓国の憲法に、現在の韓国は大韓民国臨時政府を前身として成立したことが書かれている・・このことから国定教科書で「1948年建国」としてことは、憲法違反だという反対派の意見もある。・・1919年建国では、国際的に承認されて行われた日韓併合という歴史もなかったことになってしまう。「韓国は日本の強制的侵略下にあっただけで、正統な政府が別にあった」ということになると、日本の敗戦後に3年間も朝鮮半島を統治したアメリカは、侵略国ということになる。だが、アメリカはあくまでも敗戦国・日本の一部としての朝鮮半島の南側を統治したに過ぎない。このように韓国は、抗日を続けたという大韓民国臨時政府から正統性を引き継いだことにしてしまったため、現在もなお建国記念日が作れないでいるのである。
・・・そもそも朝鮮半島は、日本の敗戦後から分裂・騒乱続きであった。現在の南北分断を日本のせいにする韓国人もいるが、それは事実ではない。ポツダム宣言の受諾を事前に知っていた朝鮮総督府は、独立運動家として民衆から人気のあった左翼民族主義者の呂運亨を1945年8月15日に朝鮮総督府へ呼び、治安維持と日本人の生命財産を保証するよう協力を求めた。呂運亨は政治犯の釈放や独立運動への不干渉などを条件に受諾し、その日のうちに朝鮮建国準備委員会を結成した。だから、日本は敗戦後すぐに半島全体の統治権を韓民族自身の手に返している。朝鮮半島が分断されることになったのは、米ソが朝鮮半島に侵入してきたことから始まる。・・やがてアメリカ軍がソウルに進駐してきて、軍政庁が置かれ、管理・統治が始まった。すると、もともと朝鮮建国準備委員会に批判的だった保守派の重鎮・宋鎮禹が、大韓民国臨時政府こそが正当な政府であり、朝鮮人民共和国も朝鮮建国準備委員会も偽物だと主張した。・・このように、せっかく朝鮮人民共和国を設立したのに、朝鮮人による内部抗争、しかも外国勢力を利用するといういつのパターンで崩壊してしまったのだ。そして、行政権もすべてアメリカに握られることになった。南北分断の歴史は、米ソによる分断支配よりも、ある意味ではこうした内紛が原因であった。
・・・1946年3月20日~5月8日まで、第一次米ソ共同委員会がソウルで開かれた。米ソ両国とも朝鮮民主臨時政府の樹立を優先課題としながらも、ソ連は臨時政府から李承晩・金九などの右派勢力を排除するよう主張、これに対してアメリカは逆に、左派勢力による臨時政府支配を阻止する立場をとり、会議はまったく進展しなかった。そのため、米ソ共同委員会は5月8日に無期限休会状態に入った。国土分断の悲劇はそこから始まったのである。もちろん、左右対立の激化に危惧を抱き、左右合作運動を展開する者もいた。それが呂運亨である。先述したように、呂運亨は当初、右派と左派が統合した朝鮮人民共和国を設立したように、穏健な中道左派でもあった。だが、呂運亨は1947年7月に右翼テロ組織の青年に暗殺されてしまう。
・・・金日成も李承晩も、単独政権樹立後に、あらゆる手を使って相手を倒し、南北統一を成し遂げようと考えていたわけだ。しかし本来、祖国統一を理想とするなら、最初からモスクワ協定が提唱した民主臨時政府に参加するのが通常の思考だろうが、両者ともまず単独政権樹立を唱えたのは、自分が権力者になることが重要だったからだ。そして、両社とも政権樹立後に相手を潰すことを目指していたわけであるから、その後に朝鮮戦争が起こることは必然だった。
・・・1947年5月21日から米ソ共同委員会は第二次会合を始めたが、もはや会議をする意味はなく、・・8月12日をもって完全に決裂した。そこから、南北の単独政府樹立の動きは一気に進んだ。アメリカはこれによって信託統治の合意を反故にし、朝鮮半島の戦後処理を国連に委ねた。国連は朝鮮全体での総選挙の実施を決めたものの、北側がこれを拒否したため、南だけの単独国政選挙が1948年5月10日に行われることが決定した。これに対して北では1948年2月、北朝鮮労働党指導下の朝鮮人民軍が創設された。自前の軍隊を持つ政権はもはや政府というしかない。北の金日成政権はこれで完全に国家としての形を整えた。
・・・北朝鮮、韓国の建国は、どう考えても左派と右派の分裂を抗争の結果であり、抗日はいっさい関係がない。だから、韓国で建国年を1919年とすることは、まったく史実に反しているのである。
・・・1948年4月3日、単独選挙反対とアメリカ軍の即時撤退を主張する共産主義者と住民が済州島で武装蜂起し、島内の警察や右翼団体の要人宅を襲った。これに端を発する島民と韓国政府側との衝突、虐殺事件は「済州島4.3事件」と呼ばれている。
・・・反乱軍の占領地域では警察や右派に対する人民裁判が行われ、多くの人々が粛清された。麗水だけでも1200人が殺害されたという。・・韓国政府は、済州島に対して過酷な焦土化作戦を展開した。敵性地域の村は焼かれ、子供から老人、妊婦にいたるまで皆殺しにされた。当然ながら、そのなかには武装勢力と関係のない島民も含まれていた。・・後の調査では、この済州島4.3事件による犠牲は2万5000~3万人と推定されているが、当時の済州島の人口は28万人だったから、約1割が殺害されたことになる。
・・・日本の植民地時代に作りあげられた産業基盤の大半が北朝鮮に残されていたことも、金日成の「祖国統一」にむけての戦争準備には都合が良かった。
・・・李承晩大統領をはじめ、国民を守るはずの韓国軍は我先にと逃げ、敵の追撃を逃れるために漢江にかかる橋を避難民ごと爆破したため(漢江人道橋爆破事件)、逃げ遅れた大量の市民は北朝鮮の攻撃の犠牲となった。・・2015年6月に韓国テレビKBSが報じたところによると、李承晩政権は開戦2日後には早くも日本政府に対して日本での亡命政権の設置を打診していたことが発覚したという(「産経WEST」2015年9月19日付)・・韓国軍は配送時、多くの非戦闘員を虐殺していった。・・敗走する韓国軍は、各地の刑務所に収監されていた政治犯はもちろん、保導連盟員や左派経験者、あるいは危険分子と見なされた者たちなどはほぼ全域で虐殺した(保導連盟事件)。大田刑務所では政治犯1800人が集団虐殺されている。その被害者集は明らかではないが、少なくとも20万人、あるいは120万人という説もある。
・・・アメリカ軍の目的はあくまで38度線の回復であり、その目的のために、それ以北の軍需品の集積地は破壊してもかまわないが、38度線を越えて本格的な軍事侵攻をしてはならない、という方針を示していた。また、国連安保理の決議にも「当該地域の国際平和と安全の回復」と書かれており、国連軍もアメリカ同様、開戦以前の原状回復を目的にしていたことになる。(神谷不二「朝鮮半島-米中対決の原形」中公文庫)。だが、朝鮮戦争の勃発前から筋金入りの「北進統一論者」であった李承晩は、この機に乗じて38度線を越えて北へ攻め込むことを主張した。・・1950年10月1日、韓国軍が率先して38度線を越えたことにより、アメリカ軍も国連軍もこれにつきあわざるを得なくなった。・・作戦指揮権はマッカーサーにあったが、李承晩は大統領の権威を笠に着て、恫喝に近いやり方で韓国軍の中枢部に圧力をかけ、無理やり38度線突破に協力させたのである。・・本来なら開戦から3か月後の1950年9月に終了するはずだった朝鮮半島は、1953年7月の休戦協定まで、3年間にもわたる悲惨な戦争へと発展してしまった。・・朝鮮半島での犠牲者は戦闘員と民間人を含めて600万人ともいわれるが、そのたいはんが1950年10月1日の韓国軍の38度線越えからの戦闘による犠牲者である。
・・・1952年8月、最初の大統領直接選挙が行われ、李承晩が第2代大統領に当選したのである。この一連の権力闘争は、「釜山政治波動」と呼ばれているが、官製デモと議員逮捕により自分の野望を達成させるという、李承晩のなりふり構わぬ権力欲ぶりがよくわかるだろう。しかもこれは朝鮮戦争中のことなのである。
・・・李承晩政権が潰れると、国会は内閣責任制改憲を実現させ、「第2共和国」が成立した。新憲法では大統領の権限が大幅に縮小されて、国務総理が国家の実質的指導者とされた。
・・・1965年の日韓国交正常化により、日本からの経済協力として有償、無償、民間借款あわせて8億ドルという、当時の韓国の国家予算の2.3倍もの資金提供がなされ、さらにベトナム戦争に31万人以上の兵力を派遣したことで、アメリカから経済協力の増額を受けて、「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を成し遂げた。
・・・これを「光州事件」というが、韓国政府が確認した犠牲者は民間人168人、軍人・警察27人、負傷者4782人、行方不明者406人に達している。その後も失業者やホームレスといった社会的弱者、あるいは犯罪者や学戦運動家、労働運動家など約4万人を一斉に逮捕させ、軍で過酷な訓練と強制労働を課した。とくに強制労働では暴行などで52人の死者を出し、3000人近くの後遺症や精神障害が残るなど、韓国社会に大きな傷跡を残した。
・・・盧武鉉は不正資金疑惑で野党から弾劾訴追されて一時的に大統領職を停止され(2004年)、2008年の退任後は親族や側近が贈賄で相次いで逮捕、ついに司直の手が自身に及ぶと自宅裏山の崖から投身自殺した(2009年5月23日)。・・韓国の歴代政権にはつねに民衆虐殺や収賄がつきまとっている。それは、これまで朝鮮史で見てきたように、朝鮮民族には公の意識が薄く、権力欲、金銭欲、独占欲といった我欲の強さが国民性として根づいているからではないだろうか。だから韓国での公のために大同団結できず、つねに私欲によって分裂と争いが絶えないのである。
・・・福澤諭吉は喝破していた。「脱亜論」において、中国と朝鮮が儒教を遵奉して、近代化を拒否していることを指摘し、西洋人が中国や朝鮮の悪癖を見て、日本もまた同じだとみられてしまうことは「日本国の一大不幸」だと論じ、中国・朝鮮を隣国だからといって特別視せず、西洋人が彼らに接するのと同じように接すべきだと説いた。近年の朝鮮半島の混乱ぶりを見るにつけ、福澤はまさに慧眼であったといえよう。とくに、元中国人の筆者としては、日本の韓国及び中国に対する姿勢は甘すぎると思わざるを得ない。』

2017年9月 1日 (金)

腸が嫌がる食べ物、喜ぶ食べ物 40歳を過ぎたら知りたい、病気にならない食習慣 (松生恒夫著 SBクリエイティブ)

今回も健康ものです。私も年をとり、腸の重要性を痛感しています。

『・・・腸管を動かして、腸によい働きをする成分を私は、「腸管作動性物質」と命名しました。これを毎日の食事に摂り入れれば、あなたの腸の調子はきっとよくなるはずです。
・・・日本人はマグネシウムの摂取量が不足しているので、意識的に摂ることが重要です。・・オリゴ糖には、胃で消化されずに大腸まで到達し、善玉菌を増殖させる作用があるので、腸の調子を整えるのに非常に有効です。・・ビタミンCには腸の蠕動運動を活発にする働きがあります・・乳酸菌の中でも特に注目したいのが、「植物性乳酸菌」で、漬物や味噌、しょうゆ、酒などの発酵食品に多く生育します。・・メントールが腸の平滑筋を弛緩させてお腹のガスの排出をよくしてくれるのです。ペパーミント・ティにオリゴ糖を入れて飲むと、さらによい効果をもたらします。
・・・腸管機能が正常な人と、低下している人では、同じものを食べても、排泄状況が違ってくることがある・・腸の健康を考えるなら、まず小腸と大腸の働きを正しく知ることが重要です。
・・・小腸と大腸の働きは、次の四つに大きく分類できます。 ① 消化(小腸) ② 吸収(小腸、大腸の一部) ③ 排泄 (大腸) ④ 免疫 (主に小腸、大腸の一部)
・・・排泄には、食物の栄養分と水分を吸収した後の「食物残渣の排泄」と、食物の中に含有されている有害成分や体内で生まれる「老廃物の排泄」の二つの働きがあります。大腸には有害物質が集まり、ときには相互作用を起こしながら、有害物質以外に有毒ガスや活性酸素などが溜まっていくことになります。これらを便とともに体外に排泄するのが大腸なのです。
・・・この腸の免疫力に影響を与えるのが腸内に存在する腸内細菌です。・・一般に問題になるのは、大腸内の腸内細菌です。・・腸が元気で健康ならば、善玉菌20%、悪玉菌10%、日和見菌70%という割合ですが、便秘などで腸内環境が悪化すると、悪玉菌が増加してバランスが悪化し、結果的に免疫力が低下してしまう可能性があるのです。
・・・ストレスと腸の関係は、最近では「脳腸相関」という考え方で説明されることが多くなりました。ストレスが脳神経を腸神経叢の両方に作用して、小腸や大腸の運動を過剰にしたり不足させたり、消化管の知覚過敏を引き起こしたりするというように、脳と腸の間に相関関係があることがわかったきたのです。
・・・欧米食の過剰摂取は腸内環境を悪化させ、潰瘍性大腸炎などの厄介な腸の病気を発症させるリスクを高めることが推測されるのです。
・・・これは腸にとって非常に良い働きをするビフィズス菌という腸内細菌が、赤ちゃんの長にとても多く生息しているためです。・・腸内細菌は人間が摂取した食事の栄養分をもとに生活しており、発酵して増殖し、さまざまな代謝物を生産するのですが、偏った食事やストレス、疲労、運動不足、抗生物質の薬の服用など、さまざまな理由で悪玉菌の数は増えます。その結果、便秘などの症状を引き起こすのです。・・腸内細菌は食物繊維の一部を短鎖脂肪酸という脂肪酸の一種に変えて、身体にエネルギーを供給するほか、侵入した病原菌や有害菌の増殖を防ぎ、感染から身体を守る強力な働きがあります。ところが、腸内環境が悪化するとこうした防御能力が低下するため、さまざまな病気に罹りやすくなります。・・母乳にはビフィズス菌の増殖を促す因子(これをビフィズス因子という)が含まれている・・赤ちゃんの腸がビフィズス菌で守られているのは、離乳食が始まる前までです。離乳食が始まると、一時は腸内細菌の95%以上を誇っていたビフィズス菌の占有率は20%程度まで下がり、ビフィズス菌の種類も別のものに変わっていきます。
・・・正しくは「腸の機能が低下したために老廃物が排泄しづらくなり、その結果、悪玉菌が増加する」のです。・・同年代の人でも、善玉菌が非常に多い人もいれば少ない人もいます。その差は何に起因するかというと、食事や健康状態、生活環境などの違いによります。
・・・リンパ球は白血球に孫座して血液の流れに乗っているのですが、人体の期間分布でみると、なんど60%以上が腸管に存在しています。これを腸特有のリンパ組織という意味で、「腸管リンパ組織(GALT)と呼んでいます。その容積は、腸の25%にも及びます。ここに集結したリンパ球などの免疫細胞が、外界から侵入する異物や病原菌を効率よく排除し、私たちが病気にならないための強力なバリアとなっているのです。・・この働きの中心となっているのが小腸にある「バイエル板」というリンパ節です。バイエル板の入り口には、M細胞という組織があり、口から侵入した異物や病原菌は食道と胃を経て小腸に達すると、まずこのM細胞が免疫機能を発揮して動き出します。
・・・大腸がん患者のグループでは、赤身肉の摂取量が明らかに多いことがわかりました。さらに直腸がんについては、赤身肉に加えて乳製品の摂りすぎもリスクになる可能性が指摘されました。・・赤身肉がガンのリスクになる理由としては、次の三つのことが言われています。第一に、肉には脂質、なかでもコレステロール値を上げる飽和脂肪酸が多いため、多く摂ると肥満などのメタボリックシンドロームなどを引き起こす点です。・・第二に、赤身肉には多く含まれる鉄分の問題です。鉄分と脂質が組み合わせることで、活性酸素を産出する鉄イオンのフェトン反応を起こしやすくなると言われています。・・赤味肉以外で鉄分を多く含み、なるべく避けたい食品には、レバー、アサリ、ハマグリなどの貝類が挙げられます。腸の健康を考えるなら、赤身肉の摂取はなるべく控えるのが賢明です。私は1週間に1~2回程度、少量ずつ摂るくらいがよいのではないかと考えていますが、アメリカの研究では、1日に80g以下とされています。・・活性酸素による発がんをブロックするには、まず過剰な鉄分摂取を抑えることが第一なのです。小松菜やホウレンソウのような葉野菜にも鉄分が入っていますが、鉄分の種類が違うので問題ありません。
・・・トランス脂肪酸は、大豆油やコーン油などの植物油に、水素添加という加工を施す「ショートニング」を行うときにできます。・・ショートニングで産出されたトランス脂肪酸は、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)を増加させ、HDLコレステロール(善玉コレステロール)を低下させてしまう働きがあるのです。
・・・大腸がんはとりわけ食事と関わり合いが深いがんです。様々な研究から大腸がんの原因となる食事としては、脂肪の摂りすぎが問題となることはほぼ確実なようです。・・一次胆汁酸は小腸の上部で脂肪の消化にかかわった後、65~90%は小腸の末端で吸収され、その残りが大腸にいきます。そこである種の酵素によって「二次胆汁酸」という物質になり、この後大腸で再吸収されます。この二次胆汁酸が、発がんを促すのです。少し前のアメリカ人の食生活は、総カロリー数の約40%が脂肪で占められているような状態でした。
・・・動物性脂肪だけでなく、リノール酸などのn-6系脂肪酸も摂りすぎないようにし、魚などをたくさん食べてn-3系脂肪酸をできるだけ多く摂るようにしましょう。
・・・アルコールは腸だけでなく、口腔がんや舌がん、咽頭がん、食道がんのリスクも高めます。・・お酒の1日当たりの適量は、一般的には日本酒で1合、ビールなら大ジョッキ1杯、ワインならグラス2杯、ウイスキーならダブル1杯程度とされています。また飲むときには、焼酎のお湯割りなど、温かい飲み物に変えるのも良いでしょう。
・・・慢性的な便秘症やストレスなどで腸の働きが鈍っている人が玄米食を摂ると、腹部膨満感(お腹の張り)などの症状が悪化するケースが少なくないのです。
・・・豆乳などと比較してみると、ヨーグルトや牛乳は、100g中に含まれる飽和脂肪酸やコレステロールの含有量が格段に多いのです。・・ヨーグルトに含まれる動物性乳酸菌は、その多くが胃や腸の消化液で死滅してしまいます。乳酸菌の効果に着目するなら、腸まで生きたまま届く乳酸菌を含むヨーグルトを選ぶか、日ごろから漬物などの植物性乳酸菌を含む食材を多く摂るよう心掛けたほうがいいのです。・・腸の健康を考えるなら、モッツァレラチーズ、カッテージチーズなど脂肪の少ないナチュラルチーズがよいでしょう。
・・・グルタミンとグルタミン酸は違う成分です。主に生魚や生肉、発芽大麦、生卵などに多く含まれています。ただし熱が加わると変性してしまうので注意が必要です。・・グルタミンは体内で合成されますが、普段から食事などで少し多めに摂ることを心がけ、不足しないようにしたいものです。
・・・n-3系脂肪酸には、EPAやDHAの他に、エゴマ油、アマニ油に多く含有されるαーリノレン酸があります。これらは、体の機能に欠かせないものでありながら体内で必要量を作ることができないため、食物から摂取しなければならない必須脂肪酸です。
・・・2000年10月に発表されたアメリカ心臓病学会が発表した「心臓の血管病にならないための新しいガイドライン」では、1週間に2回以上食べることがすすめられています。
・・・植物性乳酸菌は、酸やアルカリ、温度変化に次要、過酷な環境条件でも生き続けることができるので、生きたまま腸に届きやすいのです。・・植物性乳酸菌を多く含む代表的な食材は、ぬか漬け、しば漬け、野沢菜漬け、味噌、甘酒、キムチ、ザーサイ、ザワークラウト、サワーブレッド(ライ麦酵母パン)などです。
・・・現在、ハーブには消化推進、鎮痛、殺菌、そして強い抗酸化作用などの効果があることが分かっています。
・・・ペパーミントの和名はハッカ(薄荷)。漢方の世界では、古くから健胃剤として用いられてきました。・・メントールは、ペパーミントの葉と花に含まれる揮発性の油の中にあり、健胃効果だけはなく、腸にもいいことが知られています。・・ペパーミントは食用だけでなく、アロマオイル(ミントオイル)を使った温湿布にしても、腸の不調を緩和する効果があります。これは、漢方では温罨法(おんあんぽう)といいますが、日本でも以前は外科手術後の腸管で発生する麻痺性イレウス(腸管の内容物が溜まって流れなくなる障害)のケアに使用していました。
・・・(ショウガの)ジンゲロールが血管を拡張して血液循環をよくし血行を促進する作用のほか、新陳代謝を上げて老廃物が体外に出やすくしたり、痙攣を抑制したり、胃酸の分泌を活発にし、消化機能を高めます。
・・・特に優れた作用としては体を温める働きがあります。シナモンの主成分である桂皮アルデヒドには、血流を増加させたり、末梢の血管を拡張させる作用があるためと考えられています。
・・・なぜ腸管作動性物質が重要かというと、身体活動が不活発だと腸管運動が低下し、便秘になって老廃物が体内に蓄積され、大腸がんのリスクが高まるにもかかわらず、現代人は運動不足のため、身体活動の量が少ないからです。そこで身体活動を多くするのはもちろんのこと、その不足を補う腸管運動を積極的にするような素材=腸管作動性物質を摂ることが大腸がん予防につながる可能性があるのです。・・まずヨーロッパで古くから便秘に有効とされてきたオリーブオイル・・オリーブオイルには、ほかにもオレイン酸によるLDLコレステロール(悪玉コレステロール)値を低下させる作用や、HDLコレステロール(善玉コレステロール)値を維持もしくは上昇させる作用などが認められ、動脈硬化にも有用とされています。
・・・腸管作動性物質として、もう一つおすすめしたのがバナナです。・・日本人の一日に必要な栄養成分で不足しているものにマグネシウム(1日必要量300~320mg)、食物繊維(1日必要量20g)などがありますが、バナナはまさにこれらを捕捉するのに有用な果物なのです。・・バナナを摂ることで排便の状況が良くなるだけでなく、皮膚の水分、油分、弾力などが有意に改善し、皮膚が「若返った」ことが判明したのです。・・バナナの効果を十分に引き出すお勧めの食べ方があります。スライスしたバナナ(8等分ぐらい)にエキストラバージンオリーブオイルを大さじ1杯かけてください。
・・・(リンゴに含まれる)アップルぺプチンを投与すると、胆汁酸の腸肝循環の割合が増加し、逆に便の中への排泄量が減少して、便中の一次胆汁酸濃度が減少することで、大腸がんの発生が抑制されると考えられています。
・・・豆類は比較的火の通りが悪く調理がしにくい、消化しにくいといった問題があります
・・・納豆は納豆菌を含む発酵食品の代表です。食物戦も豊富で、腸内の善玉菌を増加させ、結果的に免疫力を高め、腸内環境を整えてくれます。また、ビタミンB群、ビタミンE、イソフラボン、ナットウキナーゼなどなどの有効成分も含有していますが、意外に知られていないのは、水溶性食物繊維が豊富な点です。
・・・日本人の食生活が欧米化したこと、コンビニ食やファストフードで食事をすます人が増えたことなどが影響して、マグネシウムはカルシウムとともに、必要摂取量を満たさない、不足ミネラルになってしまいました。・・マグネシウムは・・過剰に摂ると腎臓に障害を起こす危険性もあることを覚えておいてください。
・・・アブラナ科の野菜には抗酸化力があるファイトケミカルが豊富で、ガン予防に効果があると言われています。
・・・アボカドは野菜と勘違いされやすいのですが、果実に分類されます。森のバターと言われるほど脂質が豊富で、その脂質のうち約70%をオリーブオイルにも豊富に含有されているオレイン酸が占めています。
・・・アーモンドなどのナッツ類を日ごろから食べていると、大腸がんや心臓血管系の疾患の危険を低下させることが疫学的調査で分かっています。
・・・目覚めのコップ一杯の冷たい水は、実に気持ちの良いものです。これは就寝中に消失した水分を補給するために大切であるだけでなく、腸の健康のためにも有益です。
・・・大麦は、世界の穀物全体で、コメ、小麦、トウモロコシに次いで4番目に多く生産されています。日本では昔からおなじみの穀類で、明治時代の一般庶民は、挽割りめし(米4~6に対して大麦6~4の割合)として摂取していました。昭和40年ころまでの日本では、大麦摂取量は米に次ぐ主食の地位にあったのですが、その後減少しました。・・最近の報告によれあ、大麦に含まれる水溶性食物繊維が、大腸内に存在する善玉菌の栄養源となって善玉菌が増殖し、腸内環境が整えられ、病気や廊下の原因となる悪玉菌の増加を抑制する効果指摘されています。・・大麦に含まれるβグルカンには、血中コレステロール値を低下させたり、血糖値の上昇抑制、血圧降下などの作用があり、・・
・・・タマネギは腸内の善玉菌として有名なビフィズス菌の栄養になるオリゴ糖も含有しています。・・ニンニクの持つパワーとタマネギのパワーは、よく似ています。タマネギはニンニクほど胃に対する刺激が強くないので、ニンニクよりも継続的に、毎日かなりの量を食べられるのが利点です。
・・・低炭水化物ダイエットは、腸の健康を守るという意味では、おすすめできません。なぜなら、低炭水化物ダイエットをすると食物繊維の摂取量が不足し、便秘を招いてしまうからです。
・・・朝は1日のうち、腸の蠕動運動が最も活発になる時間帯で、朝食を契機に起こる蠕動運動は「大蠕動」と呼ばれるほど強いのです。・・胃・結腸反射や大蠕動が最も起こりやすいのは朝食後であり、朝の排便は、前日に溜まった便を排泄するという意味でとても理想的です。毎朝コンスタントに便が排出されれば、体内に老廃物が貯留しないため、全身の新陳代謝にもよいのです。このように、朝食は体の栄養補給のためではなく、健康な排便のために欠かせないものです。
・・・食物繊維には大きく分類して、「水溶性食物繊維」と「不溶性食物繊維」がありますが、両者のバランスが重要なのです。・・摂取する水溶性食物繊維と不溶性食物繊維の割合は、1対2を目安にしてください。・・水溶性食物繊維の一種であるβグルカン(大麦、発芽大麦、キノコなどに含有されている)などには、血中コレステロール値を低下させたり、免疫機能などを改善させたりすることが明らかになってきました。
・・・最近の研究では、ストレスが脳の情動に関係するネットワークを活性化することがわかってきました。大脳辺縁系を中心とした比較的古い脳の部分にあるこのシステムが作動すると、2千本の神経線維束を伝わって、腸の神経系に影響を及ぼすと考えられています。さらにストレスの怖いところは、その影響が全身に及ぶという点です。便秘や下痢だけでなく、胃・十二指腸潰瘍や慢性胃炎、過敏性腸症候群、摂取障害や空気嚥下症などが、ストレスによってもたらされていることは明らかです。
・・・男性の場合、40代くらいまでは便秘に悩む人の数はとても少なく、65歳くらいからぐんと増えてきます。そして75歳以上になると、便秘の男女の数はほとんど同じになります。・・なぜ高齢になると便秘になりやすくなるのかというと、大きな理由の一つが、加齢によっておこる大腸の機能低下です。・・大腸の壁の弾力性は年とともに悪くなります。専門家の研究報告では、結腸、直腸とも腸管壁の強さは、10代においても最も強く、加齢とともに弱くなることが指摘されています。
・・・オリーブオイル、魚、穀物(パスタ、パン)、野菜を中心とする地中海型食生活がダイエット食であれば、メタボリックシンドローム予防にも有用であり、さらには大腸がん予防にも有用ということになるのです。・・理想を言えば、従来日本人が摂ってきた和食(家庭食)にオリーブオイルを加えた「地中海型和食」がこれからの日本人の健康を守ってくれると考えられるのです。
・・・腹部の手術を受けたことをきっかけに、頑固な便秘に悩まされることは珍しくありません。この場合の原因ははっきりしており、手術の合併症、後遺症ともいえる「腸管の癒着」によるものです。・・手術でお腹を開けたときに臓器が空気にさらされると、隣り合った臓器を臓器、あるいは腸管と臓器がくっついてしまうものです。・・いったん癒着した腸は手術治すことができないので、基本的には腸を動かす食事をきちんと摂り、下剤をうまく活用することで、(ただし、副作用が少ない下剤を必要量だけ使います)、排便がスムーズになるように心がけることが重要となります。』

2017年8月 5日 (土)

最高のパフォーマンスを発揮する! 疲れない身体を作るコンディショニング法 (山崎みゆき著 スターティアラボ)

健康ものです。気軽に読め、かつ、いくつかの発見がありました。

『・・・何もしなくても健康で元気な身体でいることができるのは、20代までです。
・・・私たちの身体は、37兆2000億個の細胞から成り立っています。もちろん脳も細胞からできていますので、細胞が変われば脳が変わり、脳が変われば思考が変わります。思考が変われば行動が変わります。行動が変われば今まで自分を取り囲んでいた環境が変わります。私たちの細胞は今この時から、約半年ですべてが入れ替わると言われています。半年後は違う自分になっていることが可能なのです。
・・・きちんとした見た目、清潔感のある見た目、血色がよく笑顔な表情はまわりに安心を与えます。
・・・飲食店、コンビニの利用で陥りやすい栄養失調が、「炭水化物過多」「タンパク質不足」「ビタミン、ミネラルの欠乏」「質の悪い油の摂取」です。
・・・そのタンパク質も一つ一つの細胞の集まりです。その細胞は、細胞膜という膜で覆われていて、その膜を通して細胞は血管から栄養を受け取っています。その膜が何からできているのかというと、油なのです。良い油を摂れば、一つ一つの細胞が良い細胞になり、膜が柔らかいため栄養の交換もスムーズです。しかし、ここで悪い油で膜を作ってしまうと膜が固くなってしまうため、血管からの栄養の交換がうまくいかず、栄養失調な細胞になってしまいます。
・・・私たちの身体を構成しているもので一番多いのは水分です。その次に何が多いのかというとタンパク質です。残りは何かというと、皆さんは健康診断などで体脂肪率を測りますよね。あれは身体の何%が脂肪ですよということなのです。皆さんはいくつくらいでしょうか?男性ですと、14~20%くらい、女性ですと20%~25%の方が適度だと言われています。
・・・糖質は、適量を食べれば身体のエネルギーの材料になる大切な栄養素です。しかし、食べ過ぎると余った二つの余計なものに変わってしまいます。まず一つ目の余分なものは脂肪です。そしてもう一つ、何になるのかというと【疲労物質】となって身体に蓄積されてしまいます。
・・・代謝のサイクルで大切なのが血液です。血液が細胞に酸素や栄養を届けてくれることで、エネルギーサイクルがきちんと回ります。・・そのエネルギーの元になるが糖質と脂質です。
・・・少なくとも一日に最低でも100gの糖質を摂らないと思考が低下し、考える能力が低下してしまいます。糖質100gというと、これはごはん茶碗2杯分くらいの量になります。
・・・タンパク質という言葉はギリシャ語で、「第一のもの」という語源からできた言葉。そのくらい大切な栄養素です。そして、身体のもっとも大切な部分の構成の大半を占める栄養素です。それは「脳」です。私たちの脳の約4割は、タンパク質でできています。良質なタンパク質を食べないと、まず身体以前に脳が働いてくれません。
・・・糖質がエネルギーに変わるためには、「ビタミンB1」が必要です。・・糖は適度な量を摂り、そしてビタミンBでしっかりエネルギーに変える。これが大切なことなのです。・・脂質を代謝してエネルギーに変えるためには、「ビタミンB2」が必要になってきます。皮膚や髪などの成長を促すので、若々しい外見を保つにも欠かせないビタミン!
・・・健康な身体になるには食べること、このようにビタミンB群を含む動物性のタンパク質の食品を食べることがとても大切なのです。・・健康維持のためには動物性のものからしか摂取できないビタミンBあります。それは、ビタミンB12というものです。・・ビタミンB12はエネルギーを作り出す代謝にかかわるのはもちろんのこと、血液の中で酸素を運ぶ大切な役割のある赤血球を合成してくれます。食べ過ぎは良くはありませんが、動物性のタンパク質もある程度摂らないと不健康な身体になってしまいます。
・・・ミトコンドリアの数が多ければ多いほどエネルギー生産が高い・・このミトコンドリアがどこの細胞に多く存在しているのかというと、「筋肉」の細胞の多く存在しているのです。ですから、筋肉組織が増えればミトコンドリアも増え、エネルギーを多く作り出せる身体になります。
・・・私たちの脳は4割がタンパク質でしたが、残りの6割が何でできているのかというと、実は脂質でできているのです。・・特に気を付けて頂きたいのが、トランス脂肪酸と呼ばれる加工された油。これは、マーガリン、ショートニング、パン、ケーキなど多くの加工品に含まれ、食品が酸化しにくいように食品の加工の過程で発生する有害物質です。アレルギーの原因になったり、身体を傷つける活性酸素を発生させるので、できるだけ避けて方が良い食品です。・・不飽和脂肪酸は善玉コレステロールを増やしてくれる効果があり、健康には必要な油であると最近はブームになってきていますね。これは、サンマ、サバ、アジなどの青魚の油です。植物性ですとエゴマ油やアマニ油などがあります。
・・・脳の神経間の連絡を取り合う役割のある神経伝達物質「セロトニン」。この物質は腸内で約90%作られており、これが無いと脳の情報伝達が上手くいかなくなってしまうため、仕事の効率が上がるには重要なホルモンです。また、セロトニンは幸福ホルモンや満腹ホルモンとも呼ばれているため、私たちの精神状態や食欲に大きくかかわっています。
・・・一日にどのくらい必要かというと、男性は約60g、女性は約50g必要だと言われています。(自分の体重からKを抜いたg)
・・・手軽に食べてもタンパク質補給ができるのが、卵の魅力
・・・この活性酸素を除去するパワーのことを抗酸化力といいます。抗酸化力が高い方は、身体の中にビタミンA・C・Eがたくさん蓄えられている方です。では、何を食べればよいのかというと、トマト、ニンジン、ホウレンソウ、ブロッコリー、小松菜などの色の濃い緑黄色野菜と言われる野菜です。中でも抗酸化力が高くて一番のおすすめはブロッコリーです。
・・・朝はできるだけタンパク質が補給できる卵や、繊維分の多い納豆や豆腐、野菜を食べ、お昼や夜ご飯の際は、まず初めに野菜や繊維分を食べてください。
・・・お酒を飲んだ後におすすめなのがカテキンです。カテキンは緑茶、カカオ、リンゴに多く含まれていて、お酒によって生まれた活性酸素を除去してくれる抗酸化食材でもあります。また、アルコールや油ものから胃の粘膜を守ってくれる役割もあります。
・・・古くなって油、加工されたトランス脂肪酸のような油は、悪い細胞を作りだして身体を傷つけてしまいます。・・良い油を摂るというのは難しいので、まずは外食では【揚げものを食べない】ことをお勧めします。
・・・生の青魚には「良い油」が沢山含まれています。DHAやEPAといった油は、質の良い細胞やホルモンを作ってくれたり、血中のコレステロール値を下げてくれたり、血流を促してくれたりする優れた食材です。ただ、この油は熱に弱いので、できるだけ生で食べることをお勧めします。さらに魚介類には、亜鉛が多く含まれているためタンパク質の合成や、遺伝子情報物質DNAの合成をサポートしてくれます。
・・・オリゴ糖というと甘いイメージですが、野菜に多く含まれています。ゴボウ、白ネギ・玉ネギはオリゴ糖と食物繊維がどちらも豊富に含まれているのでお勧めです。・・大豆は良質なタンパク質源でありながら、オリゴ糖まで摂ることができる優れた食材です
・・・コンビニ弁当や外食で心配なのが保存料、着色料などの添加物です。
・・・理想は一日の中でご飯はお茶碗2杯分(他に甘いものなど間食をするかしないかでも変わってきます)、タンパク質は毎食手のひら一枚分で動物性と植物性両方を摂る、繊維とビタミン群が摂れる野菜はなるべく食べることです。
・・・ぴんぴんころり、つまり老衰で亡くなる方がどのくらいの割合かご存知でしょうか?死亡原因のたった4%の割合だと言われています。』

2017年8月 4日 (金)

飛田の子 遊郭の街に働く女たちの人生 (杉坂圭介 徳間書店)

前に掲載した「飛田に生きる」の続編です。私自身いい年をしていますが、これまで知らない面を教えてもらいました。

『・・・私も危険覚悟で客を装い、飛田で働けそうな子をほかの風俗店やキャバクラから引き抜くしかありません。・・引き抜きがばれた場合、強請(ゆす)られたり、拉致されたり、大変な目に遭うからです。
・・・女の子の心が揺れ動き始めたらあとは押さずに引きの姿勢で待った方がスカウトの成功率が上がります。・・あとの判断は当人に任せることが重要です。警察に「スカウトで入った」と言わせない、思わせないのが、飛田で生きてための必須テクニックなのです。
・・・彼女たちは冷静に自分のポジションを認識しています。これは女性特有の納涼といってもいいかもしれません。少なくとも私の見てきた飛田の女の子たちの大多数は、自分を過大評価することはありませんでした。
・・・何事もなかったようにふるまっていましたが、心のどこかに暗い気持ちを抱えているとお客さんには伝わるものです。
・・・飛田の売れっ子の寿命の一年と言われています。絶頂期間が三か月から半年近くあって、残りは浮いたり沈んだり。そして一年たったら普通の「飛田の子」に戻る。
・・・幸せをつかむためには、飛田と決別しなければならないのです。この世界、入るのは簡単ですから出るのは難しい。短期集中で稼げる魅力はいつまでも女の子たちのなかに残り続け、ふとしたきっかけで「飛田」という選択肢がよみがえってくるのです。』

2017年8月 1日 (火)

儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇 (ケント・ギルバート著 講談社)

儒教についてある程度は知っているつもりでしたが、米国人の著者の論に教わるところはたくさんありました。

『・・・アメリカという土地で暮らしていると、私だけでなく多くのアメリカ人の目には、日本と「特亜三国」のあいだには、大きな違いがないように映ります。

・・・最近の外交問題を見ても、「特亜三国」の非常識ぶりは際立っていますが、その源泉は儒教に由来するというのが本書の主張です。「儒教の呪い」に支配されたままなのが、「特亜三国」、つまり中国、韓国、北朝鮮なのです。
・・・この儒教文化こそ、中国大陸を支配する王朝が次々に生まれては消えた長い歴史の中で、そこに住む人民を、そして周辺の国々を苦しめてきた、元凶の一つと言っても過言ではないのです。なぜなら儒教こそが、いまなお漢民族のエリート層を中心に根強く残っている「中華思想」と、密接につながっているからです。中華思想では、中国の皇帝こそが世界の中心であり、そこから離れた地域は未開の地そ、そして、そこに住む人々は禽獣にも等しいと考えます。中心に近ければ近いほど先進的で優れており、遠ければ遠いほど未開で野蛮なのだと、何の根拠もなく無条件に決めつけているのです。・・中華思想の下では、世界のすべては中国皇帝の所有物であるとも感がえます。
・・・「私」や「一族」の利益のためなら、法律を犯すこともよしとする風潮へと変化していったのです。今日、中国が世界の中でも特異な価値観を持ち、国際社会からの孤立を深めているのも、この価値観が大きな要因となっているわけです。つまり彼らが、国際法という公のルールを守ることよりも、「自国だけの利益」を、いや、実際には共産党幹部や軍の将軍が、「自分とその一族の利益だけ」を守ることの方が重要だと考えているからです。
・・・中華思想に基づく自らの主張が、たとえ史実や世界の常識に反していても、決して自らの過ちは認めないのが中国人。「中華民族(=漢民族)は店名を受けた地球の支配者なのだから、どこで何をしても許される」と本気で考えています。つまり、彼らの頭の中には、「過ち」という概念自体が存在しないのです。
・・・彼らは、息をするように嘘をつきますが、そこには罪悪感は微塵もありません。「騙す方より騙される方が悪い」と考えているからです。また、「公」よりも「私」を優先するので、国家への忠誠心もありません。・・大和総研が発表したデータによると、2008年に中国全体で受け渡された賄賂の合計は116兆円近くにも上るとのこと・・・・・・なんと中国のGDP(国内総生産。あくまで公式発表の数値)の30%を占めたのです。
・・・中国中央テレビ局(CCTV)は、「習近平国家主席はトランプ氏と電話会談を行って祝意を伝えた」と報じたのです。トランプ氏側は公式に「その事実はない」と主張しています。これは明らかに、中国政府が大国としての面子を保つ目的で、国内向けにうそを報じたのでしょう。トランプ氏としては、「中国人は嘘つきだ」という現実を目の当たりにしたところから米中外交をスタートできたので、とても幸運だったかもしれません。中国の長い歴史は、そのほとんどが戦乱の時代でした。戦乱の時代に勝ち抜き、生き残るためには、謀略やプロパガンダは許される---そういう風土が育ったのです。
・・・中国人の一つの特性に、「現生され楽しめればいい」という価値観があります。これはさらに拡大して、将来のことはどうなるかわからないから、いまさえ、この瞬間さえよければ問題ないという考え方になり、さらに自己中心主義にもつながっていきます。
・・・中国共産党は、蒋介石が率いた国民党との「国共内戦」には、確かに勝利しました。しかし、共産党が「抗日戦争」に勝利したという話は歴史的事実に反するため、彼らの主張はいつも虚偽に満ち溢れています。
・・・韓国問題に詳しい評論家の室谷克実氏の表現を借りれば、韓国人は「優れた属国DNA」を持っているそうです。つまり、「虎の威を借る狐」の役をやらせたら、韓国の右に出るものはいないということです。
・・・日本がポツダム宣言を受諾して第二次世界大戦を終結したのは1945年です。では、中華人民共和国の建国は?繰り返しになりますが、1949年です。正式に国家同士で交戦したのは、大日本帝国と中華民国(国民党政府)であって、中華人民共和国(共産党政府)ではありません。中華人民共和国などという国は、戦時中には存在しなかったのです。だから「戦勝国」にはなれません。
・・・現代の人民解放軍の兵士は、いまや「一人っ子政策」の第二世代の若者なので、両親や両方の祖父母(計六人)から「お前は唯一の跡継ぎなのだから絶対に死ぬな」といわれて軍人になるそうです。もし本当の戦争になったとしたら、人民解放軍の脱走率はかなり高いものになるかもしれません・・そして、本島に救いようがないのが韓国です。戦時中の朝鮮民族は日本の統治下にあって、全員が日本国籍を有し、大和民族とともに日本の勝利のために戦ったにもかかわらず、日本が戦争に負けるとあっさり裏切ったうえに戦勝国ヅラ・・・・。しかも韓国内では、「韓国は日本に独立戦争を挑み独立を勝ち取ったというのが共通認識なのだそうです。信じがたいことに、これは韓国の歴史教科書にも書かれていることなので、ほとんどの韓国人が信じているようです。少なくともこの地球の歴史にはまったく存在しない事実ですから、きっと韓国人は異次元の世界から迷い込んだ民族なのでしょう。・・実際には、志願兵の入隊試験に落ちて絶望し、自殺した若者も出るくらい、帝国軍人になることは当時の朝鮮男性の憧れでした。・・戦後、李承晩政権がサンフランシスコ平和条約に戦勝国として参加させてもらえるよう連合国に求めましたが、当然、この要望は却下されました。「韓国は戦勝国ではない」という歴史的事実は、ここで確定しています。
・・・かつて宮澤喜一総理や河野洋平官房長官が、ろくに事実関係を確認せずに謝罪したのは大失態です。
・・・アメリカでは、韓国の告げ口外交は、明白に外交儀礼に反する行為という見方をしていました。・・世界の常識からみれば異常な告げ口外交行も、朝鮮民族のあいだでは、古くからみられる行動パターンなのだそうです。
・・・セウォル号が沈没し、多くの若者が犠牲となった悲劇のあと、韓国を訪れたローマ法王フランシスコ卿は、「韓国がこのセウォル号の悲劇を道徳的(倫理的)、霊的(精神的)に生まれ変わるための機会としてとらえることを望む」と発言しています。ローマ法王は、このセウォル号事件を単なる一人の船長の犯罪というレベルではなく、韓国人すべてに根づいた病巣の表れだと見抜いているのです。
・・・天皇陛下訪英時のブレア首相は、「忘れはしないが、そうした感情が日英関係を損なうのはよくない」との見解を述べ、未来志向の日英関係を強調しています。いつまで経っても「謝罪しろ、補償しろ」など、根拠のないことで騒ぎ立てる品性の劣る国々とは違い、イギリスは紳士の国であり、騎士道精神の国であると思います。
・・・モンゴル人が建国した元が日本に侵攻した「元寇」には、属国である高麗軍、すなわち韓国人の先祖が加わっていました。そして彼らは、対馬の住民を大量虐殺しています。それからまだ1000年経過していませんが、韓国がこの件に関して公式に謝罪したことがあるでしょうか。
・・・利他の精神---自分よりもまず他人のことを考えるという日本人の美徳そのものが、ノーベル賞を数多く受賞している最大の要因だと、アメリカ人の私には思えるのです。そしてこの利他の精神は、自己中心主義の中国人や韓国人には、まったく存在していません。常に自分自身と身内の利益しか考えていないのです。
・・・嫉妬心や執着心は誰にでも多少はあるものです。しかしその病的なレベルについていえば、韓国人が世界一だと思います。韓国人が持つ異常な競争心、嫉妬心は、同じ韓国人にも向けられるといいます。これは儒学の流れを汲む朱子学の影響が強いようです。朱子学は物事を「正」と「邪」に明確に分けるので、上下のランク付けで負けてしまった方は「邪」ということになり、精神的にとても耐えられないのだそうです。韓国が大変な競争社会で、受験や出世競争がとても厳しい原因も、儒教思想に根差したいるというわけです。
・・・反日活動を激化させる中国人や韓国人は、特に歴史問題においては、「歴史を直視しろ」「歴史を改竄するな」と声高に叫びます。しかし歴史を改竄してきたのは、むしろ中国や韓国の方です。
・・・sの前方後円墳は、日本のそれよりも新しい時代に造られた墳墓であることがわかってきました。しかも、どうやら埋葬されていたのは倭人(日本人)・・そこで韓国側調査隊は、日本側に発表を待ってくれと頼んだそうです。そして、「朝鮮の豪族に仕えていた日本人家臣の墓」という発表を一方的にやってしまった。果たして家臣が前方後円墳まで造ってもらえるのかどうか、素人でも疑問がわくところですが、その後、調査はどこまで進んだのかは不明ですが、古墳は元通りに埋め戻されてしまいました。その前方後円墳がどういう意味合いのものかは明確には分かりません。ただ、韓国側にとって都合が悪くなると、とにかく隠ぺいしよう、見なかったことにしようという、明確な意思があることは分かります。・・日韓双方の研究者の意見が対立したとき、日本人研究者が、「資料をご覧になってください」と発言すると、韓国側研究者は興奮して立ち上がり、「韓国に対する愛情はないのかーっ!」と怒鳴ったのだそうです。
・・・日本大使襲撃で名を上げた犯人の政治団体に、資金援助をする団体がいくつか現れたこと問題です。これでは韓国は、テロ支援国家と呼ばれても仕方がありません。
・・・中国で生き残った儒教からは、「仁・義・礼・智・信」といった道徳的な思想が抜け落ちてしまいました。これには、もはら偽善的な意味しか残っていない。そのため中国では、皇帝を筆頭とする支配者層から見た場合、庶民は単に管理する対象でしかありませんでした。朝鮮に至っては、両班制度から見てもわかるように、庶民とは搾取する対象でしかありません。一方、日本では「信・義・礼・智・信」といった儒教の精神を引き継ぎ、道徳心を大事にしてきました。江戸時代以降の武士道は、支配者層であった武士が自らを律する道徳規範として成立しましたが、庶民はそんな武士を尊敬し、あこがれも抱いていたので、やがて日本人全体の精神として、生活の中に浸透していったのです。
・・・「孝」を重んじる儒教の呪いがかかった中国や韓国では、身内や親族を大事にするあまり、「公」の心が希薄になりました。政治家や起業家が親族ばかりを重用したがるのは、この「公」に対する意識が希薄だからでしょう。
・・・韓国(朝鮮半島)は中国文化の経由地に過ぎず、日本が韓国文化の影響を受けた形跡が薄いのですが、韓国人はそうは思っていないようです。彼らにとっては、自分たちの民族が満足できる「物語」のほうが重要であって、歴史的事実は二の次ですから
・・・相手が、「漢字はわれわれが教えてやったのだ」などと優越意識も露わに臨んできたら、冷静に反論すればいい。それだけの話です。日本人は昔から、世界中から輸入したものに独自の改良を加えてオリジナルを上回るものへと進化させることが得意な民族です。禅やラーメンなども発祥は中国かもしれませんが、いまでは世界中の人々が「日本のもの」だと考えています。劣化コピーではなく、オリジナルを完全に凌駕しているのですから、卑下すべきことは何もありません。・・「こちらが譲歩すれば相手も譲歩してくれる」---これは「和」を尊ぶ日本人の特徴的な思考回路です。日本人同士であればこの思考は確かにうまく機能しますし、人間関係も円滑になります。しかし、国際交渉、とりあけ外交は、この思考が通用しないと、しかと肝に銘じるべきです。
・・・武士道の日本の価値観では、相手の弱点を突くことはあまり褒められたものではありません。ただしこの価値観は、やはり国際舞台では通用しない。「郷に入れば郷に従え」を肝に銘じるべきです。
・・・黙っていたら「黙認」、すなわち「黙って認めた」ことになるからです。ただし、彼らと同じように感情的にはならず、そして卑怯な手段も使うことなく、冷静かつ紳士的に行うことです。
・・・スイス政府は冷戦時代に「民間防衛」(邦訳:原書房)という冊子を作成し、各家庭に配布しました。そこには「武力を使わない情報戦」という手順が書かれています。第一段階 工作員を政府中枢に送り込む  第二段階 宣伝工作-メディアを掌握し、大衆の意識を操作する  第三段階 教育現場に入り込み、国民の「国家意識」を破壊する  第四段階 抵抗意識を徐々に破壊し、「平和」や「人類愛」をプロパガンダに利用する  第五段階 テレビなど宣伝メディアを利用し、「自分で考える力」を国民から奪っていく  第六段階ターゲット国の民衆が無抵抗で腑抜けになったとき、大量植民で国を乗っ取る
・・・「改正の拒否を前提とした法律は、無効である」という近代法の精神があります。
・・・「平和を願う憲法」です。ところでこの憲法、誰に対して平和を願っていますか?かつてはソ連、現状であれば中国と北朝鮮です。どちらも自国民の人権はおろか、人命ですら尊重しない国々です。どうして外国である日本や日本人のことを尊重してくれると思えるのでしょうか。何の根拠もない楽観主義には驚かされます。』

より以前の記事一覧