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2022年5月16日 (月)

防衛事務次官 冷や汗日記 失敗だらけの役人人生 (黒江哲郎著 朝日新書)

官庁の事務次官まで務めた方の著作です。個人的にも存じていますが、本当に腰が低いのですが、信念をもった聡明な方だと感じていました。本著作にも、ご本人の人柄があちこちに感じられました。失敗を含む自分の経験を後世に役立ててほしいという思いも感じました。

『・・・部隊指揮官のレベルではなく総理や防衛庁長官が自衛隊の行動についてどうやって意思決定するのか、という点こそが課長の問題意識なのではないかと思い当たった

・・・どんな仕事にもストレスはつきものですので、上司の言動で過剰なストレスを上乗せするべきではありません。その意味で、やってはいけないことの典型がパワハラ・セクハラです。・・組織を管理する立場の者は十二分に注意を払わなければなりません。

・・・畠山先輩は持ち前の飾らない気さくな性格と率直な物言い、そして何よりも仕事に対する真剣な姿勢から、すぐに防衛庁に溶け込み、内局職員のみならず各幕の自衛官の信頼をも得るに至りました。「自分は大蔵省からきて防衛に関する知識が乏しいので、自分の発言に素直に従われるとかえって不安になる。反論してくれる方が有難いので、どんどん議論してくれ」というのが口癖でした。その言葉通りにブレーンストーミングを奨励し、自ら積極的に発言するだけでなく、課長も部員も、時にはもっと若い係員の意見も分け隔てなく扱ってくれました。

・・・揺れる車内でわざわざ小皿に醤油を注いで出そうとした時点でアウトでした。これから表敬や国会審議に臨まれなければならない大臣の服を自らのうっかりミスで汚してしまったということで、当時まだ30代だった私はパニックを起こしかけました。・・衛藤大臣は全く動ぜずに何事もなかったかのようにそのまま表敬に臨まれ、国会へ戻られました。

・・・大臣から沖縄県議会のある議員へ電話をつなぐよう指示されました。当時携帯電話はさほど普及しておらず、総理公邸の固定電話で沖縄県議会へかけようとしたのですが、ボタンが多く複雑でなかなかうまくいきません。四苦八苦していると、なんと見かねた村山富市総理ご自身が懇切丁寧に電話のかけ方を教えてくださったのです。総理が気さくな方で本当に助かりましたが、日本国内閣総理大臣に電話のかけ方を直接教えてもらった秘書官はそういないのではないかと思います。

・・・総理がつかつかとやってこられたかと思うと、まっすぐに私を指さし、委員会室に残っていた人たちが一瞬静まり返るほどのものすごい剣幕で「秘書官、そういう情報はすぐに大臣に上げなきゃダメだ!」と怒鳴ってから立ち去って行かれたのでした。・・今は貴重な経験だったと笑って振り返ることができますが、大臣の目の前で総理に怒鳴りあげられたのは心理的に結構大きなダメージがありました。

・・・英国民は今も大英帝国的な意識を持ち続けており、国際社会のリーダーとして世界平和に責任を負うのは当然だと考えていることに気づきました。

・・・この時には、生意気な言い方ですが、「こういう場面で他人の助けを期待してはいけないのだ」と悟りました。

・・・「君、こんなわかりにくい説明じゃ国民には全く理解できないよ」と小泉総理ご自身からたしなめられたこともありました。政治家である総理や大臣の答弁は、使い手の立場に立って考え抜いて作るべきであり、事務方の常識に漫然と従って書いてはならないということを痛感させられた出来事でした。

・・・古川貞二郎内閣官房副長官(事務担当)は、かねがね「官邸内には五つの山がある」とおっしゃっていました。五つというのは総理、官房長官、衆・参の政務の官房副長官、それに事務の官房副長官です。事務の副長官以外は全て政治家ということもあり、必ずしも総理を頂点とする一つの山とはなりません。それぞれの山が違う意向を持っている場合には、官邸としての合意形成に大いに苦労することとなります。

・・・こういうイデオロギー的な課題には、国民意識を踏まえた政治判断を下してもらう必要があります。そのために役人がすべきことは、大義を信じ、情熱をもって政治家に訴えることです。

・・・行事は計画通りに進むのが当然だと思われており、問題なく終了しても誰も褒めてはくれません。他方、何か不手際があると、迷惑をかけた相手方からばかりでなく省内幹部からも叱責されることになります。相手方とのトラブルが長引いてしまっても、もちろん誰も助けてはくれません。行事の運営はなかなか「割に合わない」仕事なのです。

・・・最後の受診で鍼治療を受けてその劇的な効果に驚かされました。鍼を打たれて15分ほどベッドにうつぶせになっていただけで、最後まで腰に残っていた鈍痛が嘘のように消えてしまったのです。東洋医学の効果を実感し、心から感謝しました。

・・・「防衛庁関係者が私一人しかいないのだから、自衛隊関連の質問には全て私が答えるものと期待されているのだ」というごく当然のことに気づかされました。もちろん、間違ったことを答えてはいけませんが、自信がなければ「正確な資料を持ち合わせていないので間違っていたら後刻改めて訂正します」と留保をつければよいだけのことです。それ以来、部外の会議に出席する時には、自分の所掌外の質問であったとしてもできる限り答えようと努力するようになりました。

・・・ポジティブ・コミュニケーションの中で、相手に不快感を出ださせないための代表的な技が「Dことばのタブー」です。・・「ですから」と「だからですね」という言葉を使うたびに、確実に会議の雰囲気が冷えていくのです。・・「Dことば」とは対照的に、サ行の言葉には相手の気分を上向かせる効果があります。・・「さ」=「さすがですね」、「し」=「知りませんでした」、「す」=「凄いですね」、「せ」はやや苦しいのですが、「センスありますね」、そして「そ」=「そうなんですか」

・・・井上局長は日頃から現場に赴いて自分の目で見て考えるというスタイルを大事にされており、・・自らレンタカーを運転して米軍基地エリアを見て回ったという逸話の持ち主でした。・・ここぞという時には、臆せずにリアリティに基づいた直球で押す正攻法が効果的です。

・・・当時上司だった江間清二官房長(のちに事務次官)が、「記者との接触を怖がる必要はない。マスコミと付き合う際に大事な点は、記者が知りたいことを隠すのではなく、知りたいことを正しく伝えることだ」と教えてくれたのです。・・要するに、味方を増やしたいと思ったら自分たちの考え方を正確に理解してもらうことが第一歩であり、かつ最も効果的だということです。・・記者と良好な関係をつくり、政策を丁寧に説明して正しく理解してもらい、内容を正確に報じてもらうよう心掛ける必要があります。

・・・人と人との付き合いには日本人も外国人もなく、本音を語り誠実に対応していれば相互理解は深まるということを実感した

・・・事柄の重大性を考えれば、詳細は後日改めて報告することとしていも、第一報だけは大臣・総理の耳に入れておくべきだった、というのがポイントでした。

・・・昔「ミスター防衛省」と言われた西廣時間が国会答弁に臨む姿勢について語っていたのを思い出しました。彼は、「特にテレビ入りの委員会は、視聴者の印象が大事なんだ。下を向いて答弁資料を読み上げてばかりいたら、答えが正しかったとしても議論には負けているようにしか見えない。そうならないため、気合負けしないように質問者の顔をクァッとにらみつけて、絶対負けないという気持ちで答えるんだ」と言っていたのです。

・・・平和安全法制は各界から厳しい批判を浴びましたが、「存立危機事態」のような極限状態において国が生き延びていくためには、必要なことは何でもやらないといけません。防衛行政に携わってきた者としては、この法制により法的基盤が整い、極限状態に対応するための政策の選択肢が広がったことを率直に喜ばしく感じるのと同時に、強い緊張感で身が引き締まるのも感じました。・・今後はこれまで以上に我が国を取り巻く安全保障環境に気を配り、緊張感をもって対応しなければならなくなったのです。防衛省・自衛隊の真価が問われる段階に入ったということだと思います。

・・・私の言いたい「3K職場」とはこれとは違います。その「3K」とは、「企画する(考える)」「形にする(紙にする)」「(関係者の)共感を得る」という三つのKのことです。

・・・上司としてお仕えしていた古川貞二郎内閣官房副長官(事務担当)から「いずれ幹部になろうとする者は、自ら責任を負う覚悟を決めておかなければならない」と言われました。・・古川副長官は、「若いうちから自分よりも2階級上の上司が何を考えてどう判断するのかをよく見ておくことが役に立つ。2階級上の上司は、君には見えないものが見えるし、手に入らない情報にも触れられるから、君とは異なる見地から判断することが出来る。それをよく観察して、自分がそのポストに就くための準備をしておくといいうことだ」とおっしゃいました。普段から意識を高く持って準備しておけば、自然に覚悟も身につくということだと思います。

・・・私の調整相手はみな10年以上年次が上の先任や班長で、しかも多くは「余計な仕事はしない」という強固な意志と理屈で武装していました。こういう人たちに資料作成や議員説明をお願いし引き受けてもらうのは非常に骨が折れました。さらに、文書課の先任部員を務めた時には、答弁作成の割り振りで揉めた時(通称「割り揉め」)に関係者を集めて引導を渡すという嫌な役回りも経験しました。こうした業務を通じて、仕事から逃げようとする姿勢がみっともないだけでなく、本人にとっても組織にとっても有害だということがよくわかりました。

・・・若い人たちに喧嘩を奨励するつもりはありません。しかし、冷静に考えてどうしてもおかしいと思ったら、相手が先輩でも正々堂々と(敬語で)反論すればよいと思います。独りよがりではいけませんが、正当な反論はプロフェッショナリズムの表れでもあります。

・・・職業人たるものは、同僚や部下、家族に対して思いやりをもって接しなければなりません。同僚や部下への思いやりは職場の雰囲気を明るくし、職員の士気を向上させます。・・乱暴な指導が横行している職場はピリピリして雰囲気が暗く、職員は疲れ切っていました。逆に、雰囲気の明るい職場は風通しが良く、職員の士気も高くてよい仕事をしていました。実は、そうした対照的な職場の差は、ほんの些細なことなのです。上司が職員に対してほんの少し思いやりを示し、言葉にして口に出すだけで、雰囲気は大きく変わります。

・・・私の郷里・山形県出身の詩人、吉野弘さんが作った「祝婚歌」という素敵な詩を朗読してくださったのを聞いて、私は思わず膝を打ちました感銘を受けったのは、詩の中の次の一節でした。 正しいことをいうときは 少しひかえめにする方がいい 正しいことをいうときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい 

・・・伝える相手や状況によっては追い込む方が効果的な場合もありますが、私の経験からすると、たいていの人は展望を感じさせる前向きな言い方をされる方がやる気も元気も出るのではないかと感じます。

・・・中学や高校の同窓生との交流は、殊の外大切にしていました。定期的に開かれる同窓会や恩師を囲む会、有志による郷土名物の「芋煮会」などは、災害対応や行事対応で参加できないこともありましたが、顔を出せば必ず心がリフレッシュされる貴重な機会でした。忙しい時期は、職場の人間関係に閉じ込められて誘致な気分になりがちです。そんな時こそ職場から離れた交友関係が大切だと感じます。

・・・問題を過小評価した上に冷静さを失って判断を誤り、自ら問題を大きくした結果、大臣をはじめ多数の関係者に多大なご迷惑をおかけした・・あえて一言で総括すれば「謙虚さを欠いていた」ことがこの失敗の最大の原因だったように思います。

・・・しかし、父が私の防衛庁入庁に強く反対したのです。‥父は「お前が自分自身の命を懸ける自衛官になろうというのなら百歩譲って理解するが、文官になって他人を戦争に送り込むような仕事をするのは絶対に許さない」と言い出しました。・・辞職した後、当時防衛大学校長を務めておられた國分良成先生から「もう一度人生を送れるとしたらどんな職業を選ぶか」と問われました。その時は即答できませんでしたが、考え抜いた末にたどり着いた結論は「やはり防衛省の役人を選ぶ」でした。』

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