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2021年11月23日 (火)

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (鈴木忠平著 文藝春秋)

ドラゴンズは、私のひいきのチームのライバル関係にありましたので、落合監督は好きではありませんでした。はっきり言って嫌いな監督でした。しかし、気になる存在ではありました。この本を読んでも好きにはなれませんでした。落合監督は、選手を育てることや采配を振るうことでは、一流または超一流だったと思いますが、やはり対人力については、大きな弱点があると思います。そしてそれが、いまだに私が落合監督を好きになれない理由だとわかりました。

『・・・これが今のお前の実力だよ。通用しないだろ?これが最後なんだよ。つまりは、そういうことだ。落合さんはそう伝えるために、俺を開幕戦に投げさせるのではないだろうか・・・・。・・川崎はある種の踏ん切りをつけることができていた。絶望や希望を超越して、ただ投げる。久しぶりにそんな気持ちになれていた。

・・・戦力外通告―――本来は球団幹部の仕事だが、それを落合は自らやった。淡々として、冷徹で、それでいて情に満ちた通告だった。・・就任したとき、一人のクビも切らなかった落合は一年をかけて、戦力となる人間とそうでない人間を見極めたのだ。・・後日その不可解な人事について球団関係者が声をひそめた。「落合さんはこの一年、どこから情報が漏れているのか、それを内定していたらしいんだ。切られたコーチやスタッフは、先発投手のことにしろ、怪我人のことにしろ、内部情報を外部にリークしていると判断された人たちらしい・・・・」・・ある時は不良債権と呼ばれていた元沢村賞投手に死に場所を用意し、優しい嘘を口にする。しかし、ある時には、チームスタッフすら信用せず、隠密裏にリトマス紙にかけ、疑いのある者を容赦なく切り捨てる。一体、どれが本当の落合さんなんだろう・・・・・。

・・・そのうちに一年が過ぎて、また「来年こそレギュラーですね」と問われる。いつか、いつか、と何となく自分の順番が来るのを待っているうちに十年近くが経っていた。

・・・一年目のシーズンが終わってから、落合はこのように内部の人間でさえ寄せ付けない雰囲気を纏うようになった。仲良しごっこは終わりだとでも言うように、誰に対しても距離を置くようになった。

・・・「ここから毎日バッターを見ててみな。同じ場所から、同じ人間を見るんだ。それを毎日続けてはじめて、昨日と今日、そのバッターがどう違うのか、わかるはずだ。そうしたら、俺に話なんか訊かなくても記事が書けるじゃねえか」

・・・「俺はひとりで来る奴には喋るよ」・・「俺が何か言ったら、叩かれるんだ。まあ言わなくても同じだけどな。どっちにしても叩かれるなら、何も言わないほうがいいだろ?」落合は理解されることへの諦めを漂わせていた。・・「別に嫌われたっていいさ。俺のことを何か言う奴がいたとしても、俺はそいつのことを知らないんだ」言葉の悲しさとは裏腹に、さも愉快そうにそう笑うと、窓の外へ視線をうつした。

・・・試合後、高代は言った。「もし痛いと言えば、監督はすぐに休ませてくれたはずだ。その代わり、お前は二軍に行かされていただろう。レギュラーっていうのはな、他の選手にチャンスを与えてはいけないんだ。与えれば奪われる。それがこの世界だ。それが嫌ならどんなに痛くたって試合に出続けるしかない。監督はそのことを誰よりも知っているんだ」

・・・誰もが落合の言葉や視線に感情を揺らし、あの立浪でさえ怒りをあらわにするなかで、福留からはまるでそれが感じられなかった。交わることのない二つの個。落合と福留の関係はそのように見えた。・・「この世界、好きとか嫌いを持ち込んだら、損するだけだよ」車窓から差し込んでくる光に目を細めながら、福留は続けた。「前にも言ったことがあっただろ?俺は野球と人間的なものは区別すると決めたんだよ」

・・・記者たちは業務上、一年間のほとんどをチームとともに行動する。そのため、多くの場合は担当チームを贔屓するような感情が生まれるのだが、落合の中日についてはその逆であった。記者たちが肩入れするというより、むしろ

敗れれば胸をなで下ろし、勝てば白けるような雰囲気があった。ほとんどの人間は落合が笑う顔を見たくないようだった。

・・・「選手にあれだけのことをやらせてきて、どうあっても優勝させなければいけなかったんです・・・・・」優勝インタビューのお立ち台で、落合は瞼を濡らしたまま、そう言った。

・・・「選手が訊いてくるまでは教えるな」「選手と食事には行くな」「絶対に選手を殴るな」落合はかつての自分がそうだったように、自立したプロフェッショナルを求めていた。・・落合は年々、選手やコーチとの境界線を鮮明にしていった。勝てば勝つほど繋がりを断ち、信用するものを減らしているように見えた。

・・・かつてはスラッガーとして名を馳せた谷繁だが、年齢と幾多の勝利を重ねるうちに、自らの打撃よりもチームの勝敗だけに目を向けるようになっていた。勝たなければ捕手は評価されないと、割り切っていた。落合の下で戦う人間は、次第にそうなっていくのかもしれない。

・・・「でもな、負けてわかったよ。それまでどれだけ尽くしてきた選手でも、ある意味で切り捨てる非情さが必要だったんだ」深夜の駐車場に、落合の言葉が響いた。・・私の前にいる落合は限りなく人間だった。最初から冷徹なマシンのように決断したわけではなかった。血の通っている限り、どうしようもなく引きずってしまうものを断ち切れず、もがいた末にそれを捨て去り、ようやく非情という答えに辿り着いた。「監督っていうのはな、選手もスタッフもその家族も、全員が乗っている船を目指す港に到着させなけりゃならないんだ。誰か一人のために、その船を沈めるわけにはいかないんだ。そう言えばわかるだろう?」落合はそこまで言うと、また力のない笑みに戻った。

・・・一歩ドームを出れば、無数の非難が待っているだろう。落合の手に残されたのは、ただ勝ったという事実だけだった。闇の中にひとり去っていく落合は、果てたように空虚で、パサパサに乾いていて、そして、美しかった。

・・・稲尾は、剛腕のイメージで知られていた。だが、その裏には繊細な情を持ち合わせていた。当時は打者の顔面付近に投げて威嚇するブラッシュボールが当たり前の時代だったが、稲尾はそれをしなかった。降板する時には次の投手のためにマウンドを丁寧にならしてからベンチへ下がった。

・・・落合から放たれる言葉にはいつも、船の引き波のように漂っているものがあった。それは世の中に対する諦めであり、孤独だった。近くにいる者ほど、なぜあらゆるものに背を向けるのか、なぜ折り合いをつけられないのか、という静かな溜息を重ねてきたのだろう。

・・・中田は落合とスカウトとの間に乖離があったことを口にした。球団内の溝を外部に晒すことになるのはわかっていたが、それでも黙っていることはできなかった。ずっと抱えてきた感情が限界まで膨らみ、叫びになった。

・・・ただ投げているだけのピッチャーは長生きできねえぞ―――。指揮官の視線を追っていると、あの言葉の意味が迫ってきた。

・・・「あれを見てみろ。あんなことをしていたら、打てるわけがないというのがよくわかるだろ?でも、今のあいつらにそれを言ったところで理解できないんだ。物事には言えばわかる段階と、言ってもわからない段階があるんだ」・・落合が求めていたのは若さが持つ勢いや可能性という曖昧なものではなく、確かな理と揺るぎない個であった。そして落合の世界に踏み入って感じたのは、その理というのはほとんどの場合、常識の反対側にあるということだった。

・・・この人は完全に、選手を駒としてみている。荒れる谷繁を見ながら、和田は監督としての落合の本質に触れたような気がした。・・どれだけ勝利に貢献してきたかではなく、いま目の前のゲームに必要なピースであるかどうか。それだけを落合は見ていた。それが勝てる理由であり、同時に和田を畏れさせているものの正体だった。

・・・杯を重ねてみて井手は驚いた。反逆者のイメージが強かった落合の口から語られる野球論はだれよりも論理的だった。基本技術から守備陣形などの戦術まで、指導者をしのぐほどの知識を持っていた。

・・・孤立したとき、逆風の中で戦うとき、落合という男はなんと強いのだろう。

・・・落合はそもそも言葉や感情を持ちなかった。日本人と外国人という線すら引かなかった。能面の指揮官と選手をつないでいるのは、プロとしての契約のみだった。それが奇妙な落ち着きをチームにもたらしていた。

・・・そんな荒木に落合は言い放った。「心は技術で補える。心が弱いのは、技術が足りないからだ」落合が求めたのは日によって浮き沈みする感情的なプレーではなく、闘志や気迫という曖昧なものでもなく、いつどんな状況でも揺るがない技術だった。心を理由に、その追求から逃げることを許さなかった。』

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