« The Intelligence Trap なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか(デビッド・ロブソン著 土方奈美訳 日本経済新聞出版) | トップページ | 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (鈴木忠平著 文藝春秋) »

2021年9月11日 (土)

勝負強い人間になる52か条 (桜井章一著 知的生き方文庫)

この方の著作については、かなり昔にアップしたことがあります。

昔風に言えば、「ばくち打ち」ということになるのでしょうが、真剣勝負を勝ち抜いてきた人の人生観、勝負観には心底納得させらることがありました。

『・・・「・・勘を鍛える方法って何かあるんですか」そう聞かれることがよくある。結論から言えば、その方法はある。感性を鍛えればいいのである。

・・・勝負の判断力を養うのか。それは、瞬時に考えることだ。そして、瞬時に判断するためには、ムダな思考をどんどん削ぎ落さなければいけない。そのためには、考える時間を短縮させる訓練が必要だ。・・大切なのは適度に考えて、適度に考えることをやめることだ。それは「踏ん切りをつける」とは「割り切る」ということとは違う。「感じる」ということだ。

・・・耳をすませば冷静になれる。そうなれば、目ではなくて耳で相手や戦況を見つめられるようになる。・・静かなところで耳を澄ませていると、心がおちついて小さな音でもきれいに聞き取れる。これが心が済んだ状態だ。

・・・相手の顔色を読み取ろうとするよりも、耳で聞くほうがはっきりとわかるのだ。

・・・勝負の世界で「勝つ」とか「強い」とか「運がある」というのはどういうことかと言えば、変化に強いことである。・・勝負は「時・変化・相互作用」という3つの要素で成り立っている。この3つを適切にうまくかみ合わせた者が運をつかみ、勝負に勝つ。

・・・勝負に弱い人というのは固定観念が強い人だ。

・・・本当の「ゆっくり」というのは、スピードを出して“スピードが消えた状態”のことだ。ただノロノロしているのとは違う。

・・・強い人間とは、決して準備を怠らず、成し遂げ、後始末をおろそかにしない。つまり、「間に合う」ということだ。

・・・しかし、型にこだわると変化に弱くなってしまう。

・・・流れに乗るために大事なことは何か。それはまず、自然体であることだ。・・人間にとっての自然体とは、素直であることだ。

・・・いわゆる「グッドタイミング」というのは、みんなが考えているよりも、もっともっと瞬間的なことだ。その瞬間に間に合わなければ、流れに乗ることはできない。勝負はほんの一瞬に決まるのだ。

・・・敵に「どうぞ」と言えることが、本当の余裕なのだ。そういう時は相手のことがよく見えるし、全体の流れもよく見える。自分がやるべきことの的も外さない。だから勝つことができる。この「余裕」というのは、決して相手をナメるのとは違う。

・・・言うなれば、「火事場の馬鹿力」だ。修羅場というのは、そういう力を引き出してくれる場所でもあるのだ。

・・・欲のために当てるのは、自分の中に不純な要素w一つつくってしまう。つまり、弱くなる要素をつくってしまうことになるのだ。

・・・強さというものは、日常のそういうことの積み重ねの中から起きたことなのである。その積み重ねとは、素直、正直、勇気、変化、自然といったものだ。そして、その中のひとつが運であり勘であるわけ

・・・問題は、自分が悪い状態に陥った時に、それをいかに修正して勝つか。総力を、私は「修正力」と呼んでいる。

・・・文明の発達とともに、人間は生きるための力を失った。その結果、世の中はおかしな方向へいってしまった。・・方向感覚を取り戻すことが「修正力をつよくする」ことなのだ。

・・・初心者は知識も情報も何もないおかげで、シンプルに考えているから勝てるのだ。だんだんキャリアを重ねて、勝つということと負けるということとの理屈が少しずつわかるようになると、今度は簡単に勝てなくなってくる。それは難しさを覚えてしまって、複雑に考えるようになってしまうからだ。

・・・当然ながら、ビギナーズラックは長続きしない。ビギナーでなくなってしまうと、「複雑に考える」という壁に当たる。そこを乗り越えてまたシンプルに考えることができるようになってくると今度は強くなる。・・もし、どんなに学んでも童心を失わなければ、これは強い。

・・・お互いが一生懸命にやっているときは状態がいいほうが勝つ。・・油断とか気を抜いた状態から逆転劇が起こるのだ。勝負というのは、実は調子がいい時に負けがくるものだ。・・「最後まで油断するな」というのは正しいが、十分な言葉ではない。「最後まで」ではなくて「終わっても」なのだ。・・勝負には「始まり」は何度もあるが、「終わり」はない。特に「勝ち」には終わりがない。それに気づけば逆転されることはなくなる。そして、逆転のできる人間になれるのだ。

・・・麻雀に限らず、あらゆることはこういう相互関係で成り立っている。だから、「こういうときは、こう戦う」とパターン化して戦術を覚えてしまうことは危険なのだ。場は常に変化しているし、相手も自分も変化している。そういう中で、自分が覚えたことだけにこだわったり、自分の戦法だけにこだわったりしていたら、変化についていけない。

・・・私にとっての大一番とは、金額の大小ではなく、むしろ対戦相手によるものだった。

・・・私の場合、自分が調子が悪い時ほど勝負が楽しくなる。「これはツキがないなあ」と感じた時ほど、なぜかパワーがあふれてくる。勝負師とは、そうでなければいけないのである。・・勝負師は調子が悪くなるということを前提に勝負しなければいけないのだ。「不調こそ、わが実力なり」私はいつでもそう思っている。悪い時のほうが自分の本当の力であり、本当の姿だと思っている。

・・・大リーグ1年目の松井秀喜が・・思わずイチローにこうこぼしたという。「動く球に苦労しています」それを聞いて、先輩のイチローは言った。「そういう経験がしたくてアメリカにきたんだろ」

・・・がんばってガマンしているうちは、ガマンということに囚われている。それは本当のガマンではない。

・・・人間の都合なんて、自然界から見れば些細なことだ。私たちはその中で、都合がいいことも悪いことも、どちらも当たり前のこととして受け入れていけばいいのである。

・・・勘を鍛えようと思うならば、自らの「感じる力」を強くしなければいけない。

・・・集中というのは、じっと一点を見つめることではない。集中とは、全体の真ん中に自分の身(あるいは目)を置いて、全体を見通せるようにすることだ。

・・・私の「集中」のイメージは、「波紋」である。池に小石を投げ入れると、石を中心にして波紋ができる。その中心に自分の身(目)を置いて全体を見通し、それが無限に広がる感覚。それが「集中」である。

・・・情報を生かすためには、自分の実体験をもとに情報を判断sする能力をつけておくことが必要なのだ。

・・・100をすべて勝とうとすると、そのすぐ後ろには負けが待ち受けている。「80、勝てばいい」という気持ちでいれば、余裕が生まれ、勝ち続けることができるのだ。・・「100%」とか「絶頂」の向こうには、必ず不調がある。・・しかし、80%を保っていれば、向こうに落ちてしまうことがない。20%の幅があるからだ。・・20%のゆとりがなくて、「100%、がんばるぞ」と肩に力が入ると、緊張感が高くなりすぎてしまう。また、「俺は100%だ」と思っていると、相手や物事をナメる感覚が出てしまう。

・・・プレッシャーも緊張感も、それを無理に消そうとか捨てようなどとせず、そのまま素直に受け入れて、一体感を保つ。・・そういう一体感を持つために大事なのは、「楽しい」という感覚だ。楽しくなければ、そこには違和感が生じるだけで一体感など持てない。

・・・勝負の流れを的確に読み取ることは大切だが、それはややもすると「あきらめの速さ」につながる。これは「ベテラン」と呼ばれる人が陥りやすい傾向でもある。

・・・ねばり強さとは、言い換えれば、耐える力を持つということだ。どんなに劣勢であっても耐えていれば逆転のチャンスも訪れる。途中であきらめてしまってはそのチャンスも来ない。

・・・闘志はあるけれど能力が低い人間と、能力はあるのに闘志はあまりない人間がいるとしたら、最終的に伸びるのは闘志がある人間のほうだというのが私の実感だ。・・闘志はないがそこそこ何でも器用にこなす、という人間に技術を教え込んでも、それは二流三流で終わってしまう。闘志がある人間であれば、最初はヘタクソでセンスもないと思っていても、あるとき、飛躍的に伸びるということがよくある。そういう人間は一流になる可能性を持っている。

・・・実はこの社会も計算以上に大事なことがあり、それが勝ち負けや様々なことに大きな影響を与えている。

・・・日常生活にあることの中で、損にも特にもならないことを当てていくのがいいのだ。それを楽しんでやってみる。・・使わないことによって退化しているだけだから、しょっちゅう使っているうちに、その力が戻ってくるのだ。そうすると徐々に当たるようになってくる。

・・・今の日本に、今の会社や組織に、存在感を示せるリーダーがいるのか。そこが、この国の大きな問題点の一つとなっている。

・・・誰だって最初から強い人はいない。「自分より強い相手に、なんとかして今、勝ちたい」というのは短絡的だ。

・・・勝負というのは「勝ちたい」と思った瞬間に汚れが入ってしまう。だから私は「勝ち」よりも「強くなる」ということを大切にしろと言い続けている。・・汚い手を使ってでも勝ちたいという人がこの世には多い。そして、実際にそういう汚い人たちがこの社会で勝者になっている。そういう薄汚い価値観の中で勝ちたいというのなら、悪を学び、ずる賢くなればいい。そうすればいくらでも勝てる。悪が勝者となるのは病んだ社会なのだ。

・・・汚い手を使って勝っていたことを後悔する時が必ず来る。なぜなら、ズルをする人間というのは、間違いなく弱い人間だ。その弱さをズルして勝つことでごまかしていても、絶対に強い人間にはなれない。自分の中に正しいものが何もなくて、ただ弱さだけ残っていることを思い知ったとき、人は自分を恥じるだろう。

・・・ただし、勝負の世界にいるときは、イカサマとは何かを知っておく必要がある。勝負の世界にイカサマが存在する以上、「そんなの、俺は知らない」と甘えたことを言っていてはいられないのだ。イカサマというのは裏側の社会だ。表で生きていくためには、裏側で何が起こっているのかを知ったうえで、自分がまっとうに生きていけばいいのである。

・・・決断するといいうのは、自分の目で見極めること、自分の目で選ぶことだ。そういう目をふだんから養っていなければ決断などできない。どんなちいさなことでもいい。日頃から自分で決断して前に進む。そういうことの積み重ねが決断力を養うのだ。決断力をつけるためには、日ごろの心構えが大切だ。それは、人間としてごく基本的なことばかりだ。・正直になる ・素直な心を持つ ・勇気を持つ ・物事に正しくまっすぐに向き合う

・・・「俺はこういう人間になりたい」とか「私はこれを成し遂げたい」と思ったときに、それを実現するためにもっとも大切なことのひとつは、思ったことはできる限りすぐ実行することだ。

・・・勝負の世界に生きて、強くなり、勝ち続けるためには、心と体を一体化させなければいけない。そのことに気づいたとき、私はこう思ったのだ。「心と行動を一致させなければ、本当には強くなれない。しかし、それでは人殺しもしなければいけないことになる。だったら、悪い心を持たなければいいじゃないか」 人を恨んだり憎んだりすれば、人に悪いことをしなければいけなくなる。けれども、そういう気持ちをもたなければ、悪いことをせずに心と体を一体化することができる。

・・・「漫才は言葉でやろうとしても面白くならない。頭の中に絵がなければいけないんですよ。漫才のストーリーを言葉でなぞっているだけでは面白くならない。そのストーリーの具体的な映像を頭でイメージすれば、話がどんどん面白くなるんです」

・・・いくら才能がある人でも、いつもいつも右肩上がりで順調に成功を続けるのは不可能だ。どんなに才能があっても、当然、壁にぶち当たったり、方向性を間違ってしまったりすることがある。そういうときに修正力を持っていれば、次の段階に進むこともできるし、成長することもできる。

・・・本質的な不変の部分と絶えず変化している部分を、自分の中で整理できているかどうかだ。

・・・それはお金だけではない。いわゆる恩とか義理とか、有形無形のさまざまなものを人から借りれば借りるほど、人間は弱くなっていく。借りることの根底には「楽をしたい」という心理があるが、それでは当然強くなることなどできないのだ。

・・・麻雀の世界においてもっともいい麻雀というのは、4人の間に相互の信頼関係が生じているときだ。

・・・誰でも今の自分が持っているものには2種類ある。それは「自分自身が選んだもの」と「誰かにもらったもの」の2つだ。その2つのうちで、大事にしなければいけないのは、「自分で選んだもの」だ。

・・・自立というのは、私の言葉で言えば「準備・実行・後始末」がきちんとできていて、悪いことに抵抗を感じることだ。そうすれば、自分には余裕があるから、余裕がなくて困っている人のことに目がいくはずだ。・・強い人というのは、自分が好調だろうが不調だろうが、他人のことが見えているし、他人に手を差し伸べることができる。

・・・自信をもって臨めるような準備ができたうえで、自信を持つのは結構なことだが、その準備もないのに、景気づけのように自信を持っているとしたら、それは過信でしかない。

・・・勝負においては、自信よりもずっと大切なことがある。それは、「不安をなくす」ということだ。不安がなければ、その人が勝負に臨む心の状態は良い。

・・・根性のない人間は、根がない草花と同じでまったくダメだと私は思っている。・・男には根性が必要だ。根性がないヤツは強くもなれないし、優しい人間にもなれない。・・根性は・・他人に見せつけるようなものではない。自分が強い人間であるために、自分の中にしっかりと根を生やすように根性を持っていればいいのだ。・・根性を人に見せようとするから「ダサい」というような言葉が出てくる。・・根性がダサいのではなく、根性を花のように人に見せることがダサいのだ。

・・・運がいい人、ツキがある人というのは、いつもニコニコしている。運が悪い人、ツキがない人というのは、いつもムスッとしている。

・・・人はどうすればハッピーになれるか―――。この、素朴で根源的な問いに対する私の答えはこうだ。それは、不安を減らすこと。・・自分の不安とは何か。自分はいったい何に不安を感じているのか、すべての解決の糸口はそこになると言っても過言ではない。

・・・お金は間に合う程度あれば、それでいい。間に合っているのに「もっと、もっと」と思うから心がなくなる。

・・・日本人が本当に日本を変えたいと思うなら、花で政治や選挙を左右するのをやめて、実と葉を求めなければいけない。花のある教育や行政ではなく、実と葉のある教育や行政を作ろうとしなければいけないのだ。

・・・強くなるためには「心」が大事だということ。大自然に学び、大自然に力を授かるということ。それがヒクソンの強さの源泉だった。・・彼らは実と葉の中で生きている。日本と比べれば貧しいが、はっきりとした生活観があり、そこで育んだ命は一つ一つが生き生きとしている。

・・・肉体的には不調でも、自然の中で心身を洗われて帰ってきているから感性は鋭くなっている。

・・・オヤジ不在の世の中―――。指導者不在の社会―――。それこそがこの世の病の原因であり、日本人が立ち往生している原因だと私は思っている。だからこそ私は、少なくともオヤジでありたい。』

« The Intelligence Trap なぜ、賢い人ほど愚かな決断を下すのか(デビッド・ロブソン著 土方奈美訳 日本経済新聞出版) | トップページ | 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (鈴木忠平著 文藝春秋) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。