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2021年2月 1日 (月)

風魔(下) 宮本昌孝著 祥伝社文庫

強い主人公で、どこかに安心感を持って読み進められました。そして、爽やかな読後感を得ることができました。

『・・・「もはや徳川に尽くすほか、われらの生き残る道はないのだ」 「生き残る・・・・・」小太郎の表情が悲しそうなものになる。「おぬしらがこれからやることは、生き残ることじゃない。死に時、死に場所をみずから選ぶ。それだけだ」 丹兵衛にとって、躰の中心に杭を打ち込まれたような衝撃であった。鎌切組が敬ってもいない徳川の走狗となり、屈辱にも耐え続けるのは、生き残ることばかりに汲々とするからである。おのれの死に時、死に場所を知る人間は、決して他者に縛られぬ。

・・・「・・・あんさんみたいに推し測りがたい人間がおるから、世の中は面白いのやないか。わいのあるじやったお人も、誰も考えつかんようなことばっかりやらはったから、農民から天下人にのしあがれたのや」

・・・上様という尊称は、もともと天皇・皇族を対象としたらしいが、室町時代以降は、将軍に対しても、諸侯の臣下から主君に対しても用いられるようになった。

・・・「日本国中の人集りてかけたる」北条氏の遺臣で、江戸で商人となった三浦浄心が「見聞集」にそう記した日本橋である。命名の由来は、浄心の記した通りとも、或いは後世の他書によれば、「旭日東海を出るを、親しく見るゆゑ」ともいわれ、諸説あって判然とせぬ。ただ、この橋が、二百六十余年の徳川政権の象徴であったという事実は、歴史の示すところである。架橋後、周辺地域は、日本の政庁たる江戸の城下町の中心として殷賑をきわめ、また街道整備に伴い、日本橋は諸国の里程の基準ともなった。

・・・小太郎は眩しいほど真っ直ぐな男である。それは忍びとしては危うい性格であり、だからこそ丹兵衛らは、小太郎を棟梁として仰ぐ風魔衆を見限った。逆に、小太郎を信じてついていったのは、そういう真っ直ぐさに心をうたれた者ばかりであり、それゆえにいまの風魔衆の結束は強固なのである。

・・・戦争時の起源も、推古天皇の御代にまで遡らねばならぬ。檜前浜成・竹成兄弟が隅田川で漁をしていると、網に一寸八分の観音様の仏像がひっかかった。これを、あるじの土師真中知が自邸に祀ったのが、その起こりという。家康の江戸開府より千年近く前のことである。ちなみに、現在に至っても続く有名な浅草三社祭の三社とは、檜前兄弟と土師真中知を指す。

・・・怖いのは面従腹背である。箱根の住人はまさしくそれであろう。箱根はいまだ風魔の土地。そのことに、又右衛門はもっと早く気付くべきであった。

・・・いくさは天の時、地の利、人の和という。最も大事なるは人の和とされるが、この三つがすべて揃えば無敵である。

・・・本人は関知しないが、人の心に清爽の風を吹きつける。小太郎とはそういう男と知っていた新左衛門は、だからこそ、東西の暗闘の中で、小太郎には汚れた仕事を強要しなかった。

・・・「対手(あいて)をよく見る」なんのことはない教えだが、一刀流も新陰流も、そこから闘いが始まるのであった。よく見てどうするかは、一刀流と新陰流とでは対極にある。一刀流には、二の太刀はない。・・新陰流は、対手の動きに応じて、技も身も心も千変万化、自在に転化する。新陰流の要諦「転(まろぼし)」とは、これである。

・・・「結句、予は働きづめで死ぬのか」溜息をついた家康だが、正信は同情のかけらもみせぬ。「歴史に燦然と名を遺す創業の英傑というのは皆、それが運命(さだめ)にござる」

・・・当時の東国は、先進的な西国に比して、政治・経済・文化すべてに立ち遅れ、人心も旧態依然というところを濃厚に残す。そこに幕府を開いた徳川は、新時代の到来を、形としてはっきり示す必要がある。

・・・「武士だからとて、勝つことだけが至上ではない。時には、負けを認める勇気も必要じゃ」

・・・もはや姫袋は必要ない。氏姫も小太郎も、それぞれの道を生きてゆくのだ。木は南天である。熟した赤い実が、雪をかぶった姿は、美しく気品に盈ちている。枝が揺れて、その実が幾つも姫袋の中に落ちた。

・・・まことに、人の思いというものは、誰が何としても止められぬ。だからこそ、人の世は度し難くも面白いのだ。

・・・風の起るところを、しなと、という。しなとの風は、一切の罪や穢れを吹き払う。』

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