フィンランド 豊かさのメソッド (堀内都喜子著 集英社)
新型コロナウィルスと共存する社会では、小国でありながら優れた教育システムを有するフィンランドの社会の在り方が参考になるかと思い、読んでみました。結果は、・・・やはり、参考となる部分と必ずしもそうではない部分がありました。当然のことですね。
『・・・いわばフィンランドは日本の隣の隣に位置していて、意外にも日本から一番近いヨーロッパの国なのである。昔、飛行機の旅行がそれほど普及していなかったころ・・フィンランドの首都ヘルシンキは、ヨーロッパ西側諸国の玄関口で、多くの日本人がフィンランドを経由してイギリスやドイツの国々に渡っていった。
・・・フィンランドの面積は日本から九州をとったくらいで、そこに約500万人の人々が暮らしている。それは北海道の総人口よりも少ない。・・国土の約70%は森林で、10%は湖である。湖の数は18万以上ともいわれており、どこに行っても森と湖があり、人々の生活に欠かせないものとなっている。
・・・フィンランドの公用語は二つ、フィンランド語とスウェーデン語である。ただ、実際にスウェーデン語を母語としている人はわずかに5%ほどで、普段、耳にするのは主にフィンランド語だ。・・どうしてフィンランド語はこんなにむずかしいのだろうか。それは、他の北欧の言語が英語やドイツ語に似ているのに対して、フィンランド語がまったく違う語族に属しているためである。
・・・住んでいて感じたのは、フィンランドには日本以上に「エンジニア」「研究者」が多く、技術力が高いということ。
・・・基本的に労働時間は7時間半。それ以外はあまり残業をしない。残業手当がほとんど出ないので、残業をする意味がないのだ。4時を過ぎるとサッサと家に帰って趣味に没頭したり、家族と時間を過ごしたりする。完全週休二日制なので、土日は基本的に仕事しない。・・なんといってもフィンランドのうらやましいところは、社会人でも夏休みを4週間以上とるのが当たり前ということである。・・法律で決められている権利であるからだ。・・じつはトータルで見ると、日本人もフィンランド人も有給休暇の日数はそれほどかわらない。ただ、日本人は小分けにしてとったり、消化せずにいる傾向があるのに対し、フィンランドではまとめてとるのが普通のため、やたらと休んでばかりいるように見える。・・多くの人が休みをとる7月は、はっきりいって仕事がストップしてします。ただ、それはもう仕方がないことで、フィンランド全体が「夏休み」と考えて備えをすればそれほど困ることもない。
・・・失業率の高さだ。フィンランド人にとっても外国人にとっても、この国で仕事を探すのは本当に大変である。失業率は日本よりかなり高く、2008年2月の失業率は6.4%。
・・・19世紀にスウェーデンがロシアに負けると、今度はロシアに支配されることになる。当初フィンランドは自治を認められたが、次第にロシア化が強行されたため、国民運動が高まり、人々はフィンランド語による教育、政治を要求した。後にこの運動はフィンランドを独立へと導くことになる。・・フィンランド人の中には「フィンランドが独立できたのは、日本が日露戦争でロシアを苦しめたおかげだ」なんて言う人が多い。
・・・その次にしたのは、フィンランドの他に国にはない強さと弱点を考えることだった。そしてたどり着いたのがIT産業である。すでにIT産業のよい基盤がフィンランドにはあったので、それをよりいっそう伸ばすために、投資を惜しみなくすることにした。
・・・現在、フィンランド経済の成長を支えるのが、高度な教育と、研究開発への投資である。これらは何も不況になってから始まったわけではなく、とくに20年ほど前から産業基盤を固め、多角化を目指しておこなわれてきたらしい。
・・・フィンランドは気持ちや感情といったソフト面よりも、じつに「効率のよさ」が優先されることである。どこの企業も機関も徹底的にITや機械を導入し労働力を抑え、効率の向上に努めている。
・・・無駄な労働力はいっさいない。レストランに行っても驚くほどウェイトレスの人数が少ない。人件費は一番高くつくので、無駄には人は雇わないのだそうだ。ただ、ここまで人が少ないと、ウェイトレスを呼んでもなかなかテーブルに来てくれなかったり、呼びたくてもウェイトレスがまったくつかまらない、といったことも時にはある。・・効率の良さといえば、フィンランドの企業や学校で行われる会議のスタイルにも同じことが言える。単刀直入に本題に入り、各自の考えや意見をストレートに述べて、その場で決定、解散となる。感情面や人間関係の構築といったことにはあまり時間が割かれないため、一見、冷たくも見えるが、効率はとてもいい。いかに少ない人数、そして少ない時間で効率よく物事を進めていけるか。こういった効率社会がフィンランドの競争力を支えている要因の一つだと思う。
・・・日本と同じで小学校は6年間、中学は3年。新学期は秋に始まる。ただ日本とは違い、型にはまっておらず、柔軟性がある。・・フィンランドの学校だが、日本との大きな違いの一つはクラスの規模である。一クラス平均25人ほどで、少し田舎に行けば複式学級が当たり前だ。・・またフィンランドの時間割には日本にはない科目もある。それは「宗教」だ。ただ、宗教といっても、これには「道徳」の意味も含まれている。・・この宗教のクラスは、教師にとっても生徒にとってもときには厄介な授業である。自分の宗教や宗派、考え方がなんであれ、教師は宗教の基本的知識を授業で教え、偏らず中立を保たなければならない。・・聞いてみると、ときには授業や教師に疑問を抱くケースもあり、授業への参加を免除する場合もあるという。
・・・フィンランドには部活動がない。日本の少年野球やサッカークラブのように、フィンランドではスポーツや趣味の活動は地域単位のもので、家に帰ってきてから夕方それぞれの活動に参加するのが普通だ。
・・・フィンランドの高校進学率というのは日本に比べると低い。というのも、孝行には、本当に勉強をしたくて、将来さらに進学したい人だけが通うところという意識があるためだ。そのため高校間では学力差が生じず、日本のような「進学校」「レベルの低い学校」といったレベル分けがない。
・・・フィンランドの学校には高校を除いて卒業式がない。・・フィンランドでは、高校入学に際して試験はないが、卒業するときには、全国共通の卒業試験が待っている。
・・・フィンランドの公立学校の標準授業時間数はOECDの調査国中、もっとも少ない。・・しかも、この国には塾はないし、家で家庭教師に勉強を見てもらう、なんてこともない。・・このフィンランドの「教師の質の高さ」は、どの教育研究者、教師たちに聞いてみても、必ず一番に返ってくる答えだ。・・知識だけではなく、教師にふさわしいかどうか、人間性を判断する適性検査がおこなわれ、それに受かった者だけが教職課程を受講できる。
・・・グループディスカッションはその内容よりも、それぞれがどのように議論に参加するのか、そしてどのように周りとの関係を築いていくのか、ということが審査対象だという。・・人の意見に耳を傾けることができるか、ものごとを柔軟に考えることができるか、さらに社交性、協調性、様々な教師としての資質がここで審査される。
・・・フィンランドでは、教師は伝統的に人気の高い職業だ。・・フィンランドに「教師は国民のろうそく、暗闇に明かりを照らし人々を導いていく」という言葉があるように、国民から尊敬されてきた職業なのだ。・・彼らが教職を目指すのは「恩師への憧れ」というよりも、それまでなんらかの形で「教える」経験をしてきており、その教えることの楽しみ、子どもたちへの愛、そして自分の知識を他の人にも伝えたいという願い、というのが大きい。
・・・ある教育大臣を務めた人がこう言っていた。「教育で大切なことは情報を与えることだけではない。自分で考える力、問題解決能力、想像力、理解力、適応力を養うことである」 フィンランドでは、詰め込み式の勉強ではだめだという考えがあり、できる限り自分たちが問題意識をもって勉強に取り組むように子供たちを教育している。
・・・教師の質の高さの次にフィンランドの教育のよさとしてあげられるのは、生徒間、学校間の学力差がないということだ。・・一クラスの人数は25人以下で、・・フィンランド人にとっては「25人は多い!」という。・・授業に遅れ気味の生徒は「特別授業」を受けることができる。これは普段の授業中、同じ教室、または他の教室でほぼマンツーマンで勉強をみてもらうというもの。
・・・フィンランドが他の国に比べ学力差が少ない要因の一つに、移民の数も多少影響している。他のヨーロッパの国には移民が多いが、フィンランドには少ない。その結果、言葉や文化の違いがないため、すべての生徒に均一の教育がしやすいのだ。
・・・フィンランドの女の子はとにかく本をたくさん読む。もともとフィンランド人は老若男女問わず読書好きで、図書館の利用率は世界一といわれる。
・・・どうしてこんなにフィンランド人は外国語が話せるのか。それはなんといっても教育だ。小学校2,3年生から第一外国語として多くが英語を学び、小学6年生ともなると、英語で簡単な日常会話ができるまでになっている。
・・・フィンランドでは、大学といわれるものに総合大学と高等職業専門学校がある。この高等職業専門学校は「ポリテクニック」とも呼ばれ、日本の専門学校に近い感じだ。入学試験はそれほどむずかしくなく、それぞれの学科は直接、職業に結びついたもの
・・・フィンランドでは高校卒業試験の結果の他に、これから専攻したい分野の専門知識が問われる。・・大学に入学する学生の平均年齢は23歳。日本だったら大学を卒業する年である。・・フィンランドでは徴兵制があるので、普通は高校を卒業すると男子は軍隊に行き、最低半年をそこで過ごす。フィンランドの大学生の平均年齢は25歳、けっこう年をとっている。・・大学の授業料はすべて無料なので、中には十年以上かけてゆっくり修士をとる人もいれば、効率よく勉強して三年で修士を取得する人もいる。
・・・こういった学生に対する援助は、「誰にでも教育の機会を与えよう、そしてわずか500万人しかいないこの国の人材を少しでも高めよう」という考え方からきているらしい。
・・・この一家をみていると、勉強や転職には年齢はあまり関係ないんだな、とつくづく感じさせられる。
・・・フィンランド人の勉強熱心な背景には、超がつくほどの学歴社会という現実がある。この学歴社会というのは日本とは少し意味合いが違い、出身校の名前や偏差値が重要だという訳ではなく、フィンランドではどこで何を勉強したかというのがとても重要視される。・・「そこで専門的な勉強をした」イコール「◇あり」としてみなされる、職場では即戦力を求められる
・・・不況を乗り越えるために国民の再教育を奨励し、小さな国ゆえに一人一人の能力が国の重要資産である、と位置づけた政策が今、義務教育、高等教育、成人教育で花を咲かせつつある。・・むしろのんびりした、おおらかな空気が漂っている。それは中学での選択が一生を決めてしまうということではなく、回り道をしても、迷いながらも、いくらでもやり直しがきく社会や環境あるおかげであろう。
・・・食品であれば17%の、他の商品やサービスでは22%の消費税がかかっている。・・高いのは消費税だけではない。所得税の税率もかなりのものである。むこうで仕事をしていたとき、たいした給料はもらっていなかったのに、税率は20%、少し給料が増えると30%、手元に残るお金はわずかであった。・・そのおかげで、私を含めすべての人が無料で教育を受けられたのだし、福祉制度も充実し、お金の心配をしなくても生活ができる。
・・・フィンランドの公共の医療機関は料金が安い。・・日本では「ひどくなる前に医者に診てもらったら」などとよく言うが、フィンランドではひどくなってからでないと医者の診てもらえない。もちろん、どうしてもすぐに診てもらいたいというときは、個人病院や私営の意思にかかることもできる。私営はやはりビジネスなので、症状はなんであれ、すぐに診てくれるが、そのぶん、値段は高い。多少保険は効くが、公共機関であればほぼ無料のところを一回の診察で何千円もとられてしまう。
・・・子供の頃から夫婦共働きの両親を見て育ってきたフィンランド人女性にとっては、働かずに家にいるということは何よりも苦痛で、自分という人間の価値がないように思えるのだという。・・お金の面で夫の給料だけでは生活していくのが難しいという現実もある。しかも、フィンランド人男性は、女性が働くことを当たり前と受け止めており、「俺が食わせてやる」とか「僕が一家の大黒柱」といった気負いは全くない。・・年代によっても少し違うが、フィンランド人男性は家事を良く手伝う。そうでもしないと奥さんに逃げられてしまうのだ。
・・・これだけ子育て支援が手厚く、女性が強く、経済的にも精神的にも自立しているフィンランドは、その反動なのか離婚が多い。・・そのぶん、結婚にとても慎重で、結婚の前に同棲をして様子を見るのは当たり前になっている。
・・・よほどの事情がない限り親との同居はしないし、親の方も同居したいとは思っていない。・・介護が必要になったらその道のプロがすればいいこと、たとえ親子であっても親には親の、子どもには子どもに人生があると、フィンランド人は驚くほど割り切って考えている。
・・・フィンランド語には日本ほど複雑な敬語のシステムがなく、驚くほどに誰とでもほぼ対等に話ができる。厳密にいえば敬語はあるのだが、最近あまり使われなくなってきているばかりか、立場が上の人たちも、敬語を相手に使われることを気持ちよく思わない人が多い。
・・・フィンランドで食事以上にこだわるものは何か。それは意外にコーヒーだ。一人当たりのコーヒー消費量世界一を誇る
・・・これだけ飲酒に関して厳しく、値段も安くないのに、フィンランドには酔っ払いがたくさんいる。けっして人に強要したり、一気飲みなどといった習慣はこちらにはないが、お酒を飲むとなる、皆、ただひたすら食事なしで飲み続ける。・・お酒が普段高いので、フィンランド人は「安い酒」「無料」という言葉にとても弱い。何かのパーティで飲み放題だったとしたら、もうひたすら飲み続ける。
・・・一年中、よっぽど寒い時以外が毎日、赤ちゃんは外でお昼寝をする。・・外の方が空気がきれいなためだという。
・・・国民の80%以上がキリスト教徒であるフィンランドでは、赤ちゃん誕生1~3か月後におこなわれる洗礼式で、はじめて赤ちゃんの名前が正式に発表される。したがって、フィンランドでは赤ちゃんが生まれても、1~3か月、名無しのことが多い。
・・・1907年、アメリカで野球を見学したフィンランド人、ピヒカラ氏が、フィンランドでも野球をと考え、試行錯誤の結果、ルールや試合様式を少し変えた「フィンランド式野球」をあみだした。
・・・フィンランド人はスウェーデンに対して妙な敵対心をもっている・・フィンランド人にとって、スウェーデンに勝つことは、優勝するよりも大切なことで、スウェーデンに負けることは何よりも耐え難い屈辱なのだ。
・・・フィンランド人はスウェーデン人に間違われることをとにかく嫌がる。・・外国で何か悪さをするときは「私はスウェーデン人」とうそをつく人もいるらしい。その隣のノルウェーには皆、好意を抱いているのに、スウェーデンにはあまりいいことを言わない。それは、皆、長い間スウェーデンに占領されたという歴史的なものからきている。また、隣の国ということで、競争心から来ている部分もある。
・・・友人の話によるとじつはフィンランドでカップルが別れる原因ナンバーワンは、このリフォームや家作りで、二番目が子づくりらしい。
・・・家の中だが、日本と意外な共通点がある。それは、靴を玄関で脱ぐことだ。
・・・畑を持つのと同じ感覚で、フィンランドでは森林を個人所有することができる。いい木を育てて、いずれ伐採し、木材会社に売ってお金にする。
・・・別荘の立地条件として大切なのが森と水、静けさと隣人がいないことである。したがって、普通は森の中の湖畔、または海辺に建っている。・・どんな別荘にも欠かせないのはサウナだ。・・いいことばかりではない。別荘に行って、初めにすべきは掃除である。・・フィンランドの家には浴槽がないことも多く、普段はシャワーですませることがほとんどだ。だが、その代わりに、どこの家にもサウナがある。最近ではアパートでも各戸にサウナがついていることが多く、ない場合は必ず共同のサウナがある。・・サウナはとても神聖な場所であり、昔は結婚式の前には花嫁はサウナに入って身を清めたし、田舎ではつい50年ほど前までは出産はサウナでおこなわれていた。
・・・弱く手を握る握手は失礼だとこちらでは思われている。
・・・損得や人間関係においても古い過去から遠い将来まで視野に入れている日本に比べ、今を大切にするフィンランド。日本では今は損をしてまでも、後々のためにお客様のための「サービス」を重視するが、フィンランドにはその感覚があまりない。
・・・日本に留学経験のあるフィンランドの友人も言っていたが、日本の学校や部活での「心を一つに」「団結心」といったことは、個人主義の強いフィンランドではあまりみられない。
・・・フィンランド人は、愛国心は強いが意外に自信がない。・・フィンランド人は長い歴史の間、常にスウェーデン、ロシアの支配下にあった。そのせいか愛国心が強いのだが、その反面「フィンランドは小国」という意識も強い。
・・・いくらフィンランドの教育システムが素晴らしくとも、そのシステムがそのまま日本でも通用する、というわけではないだろう。二つの国の規模、文化や社会制度はかなり違う。
・・・真面目だけれどがんばらないフィンランド人、じつはその少し肩の力の抜けたところが、またフィンランド人の良さでもある。』
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