人は、なぜ 他人を許せないのか? (中野信子著 アスコム)
この著者の前著でも感じましたが、表題に関係することが直接的には書かれていない感じが強く、特に本著の第2章などは不要であると考えます。そういう感じでかなり「水で薄められている」内容のような気がして、価格ほどの価値があるとは思いませんでしたが、それでも脳科学的に関して役に立つことも多くありました。
『人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といった、分かりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許さないようになるのです。・・正義中毒が脳に備わっている仕組みである以上、誰しもが陥ってしまう可能性があるのです。・・正義中毒の状態になると、自分と異なるものをすべて悪と考えてしまうのです。・・許せない自分を理解し、人をより許せるようになるためには、脳の仕組みを知っておくことが有用なのは確かです。
・・・SNSは、正義中毒の人にとって、なかなか手軽で、魅力的なツールなのでしょう。
・・・1984年、ニュージーランド・オタゴ大学のジェームズ・フリンが提唱したところでは、人類は20世紀以降、知能指数(IQ)を年々向上させていると云われています。・・1年に0.3ポイントずつ上昇していくというのです。これは「フリン効果」と呼ばれています。
・・・多様性を狭めた集団は、短期的には生産性を向上させ、出生率も上昇して成功を収めるのですが、進化の歴史の上では滅亡に向かいます。言い換えれば、種としての健全な繁栄のためには、多少コストと感じたとしても、ある程度の多様性を担保しておかねばならないということです。
・・・人間は大脳を発達させてしまったばかりに、・・大脳新皮質と呼ばれる、思考を司る部分が増設されていきました。・・人間は、生き延びて種として繁栄していくことと引き換えに、生きている意味をわざわざ考えなければいけない、というやっかいな宿命も背負ってしまったわけです。知性があるからこそ愚かさがあり、愚かさのない知性は存在し得ないという裏表の関係があると言っても良いでしょう。
・・・日本人は摩擦を恐れるあまり自分の主張を控え、集団の輪を乱すことを極力回避する傾向の強い人たちだと感じます。これをあえて自省的に弱点として考える視点で見れば、日本は「優秀な愚か者」の国ということになるでしょう。・・集団のルールを守り、前例を踏襲し、集団の上位にいる人の教えや命令に忠実に従う、従順な人が重用される傾向は否めません。
・・・社会学には「一般的信頼」という尺度があります。簡単に言えば、「見ず知らずの人に対してどれだけ親切にできるか」という尺度なのですが、社会心理学者の山岸俊男氏の研究によれば、実はこの値、日本では低いのです。つまり、よそ者は信用しない、ということです。そして、意外にも北欧の値が高くなっています。
・・・アイヒマン実験の結果は、一定の状況におかれた場合、結局のところ多くの人が集団の意思を優先させるし、それが集団内では「賢明だ」と考えられてしまうということを示しているのです。
・・・いったん立ち止まって自らの行動を見直し、自らのことを制御するという一連の流れはすべて、前頭前野が担っているわけです。・・前頭前野がよく発達している(つまり脳科学的にいう、知能の高い)人は、指示や命令を与えられても、「すぐにとりかかれない」「学歴の割に動きが鈍い」「理屈ばかりこねる」などと評価されてしまうことがありそうです。
・・・結論を述べてしまえば、そもそも人間の脳は誰かと対立することが自然であり、対立するようにできています。
・・・人は、本来は自分の所属している集団以外を受け入れられず、攻撃するようにできています。そのために重要な役割を果たしている神経伝達物質の一つが、ドーパミンです。・・自分たちの正義の基準にそぐわない人を、正義を壊す「悪人」として叩く行為に、快楽が生まれるようになっているのです。
・・・自分が見慣れていないグループの人間は、みんな同じに見えてしまうのが、外集団同質性バイアスです。見慣れていない人たちに対しては、その人の外見的な特徴にまず注目してしまうため、人格や感情の動きに注意が向かなくなる、という現象が起きます。
・・・人間は誰でも、どんなに気を付けていても、集団を形成している仲間をその他の人より良いと感じる内集団バイアスを持つものです。
・・・脳科学的に見て、こうした「正義のためにある種、身を挺して戦う」ということの効用は大きく、脳内の報酬系を活性化させる行為だと言えます。・・宗教が内部で分裂、分派していくときも、同じような流れとなることが多いようです。
・・・私たちがネットで新しい知識を得た、新しいニュースを知った、と思っていても、実はそれはフィルターにかけられた情報ばかりで、自分の世界は非常に限定的であるかもしれないということを、意識する必要があるでしょう。
・・・どのような相手に対しても共感的に振舞い、人間として尊重し、認めていくという機能はとても高度なもので、前頭葉の眼窩前頭皮質という領域で行われています。ここは25~30歳くらいにならないと成熟せず、さらに、しっかり発達させるためには、相応の刺激(教育)も必要になります。また、重要な部分なのに、アルコール摂取や寝不足といった理由で簡単に機能が低下してしまいます。しかも、その機能が得られるまでには人生の3分の1近い長い時間がかかるのに、衰えてしまうのは早いのです。・・老人が相手に有無を言わせず、自分の論理だけを信じて、直情径行的に行動してしまうのは、前頭葉の背外側前頭前野が衰えているからかもしれません。
・・・脳科学的に見ると、理性と直感が対立すると、ほとんどの場合、理性が負けるようになっています。
・・・脳科学では、前頭前野が決定したことに認知的に従うことをトップダウンと呼びます。・・しかし、トップダウン的思考を行ったとき、実は後から振り返ると、意外に賢い選択がなされていなかった、ということも多いのです。・・前頭前野で・・自分のあるべき姿を設定して・・本能、つまりボトムアップからの欲求をそれこそ365日、起きている間中、抑制していなければならなくなります。・・他にやらなければならないことはたくさんあるのに気が回らなくなります。すると次第に面倒になり、あるいはあまり面白みのなさ、つらさに嫌気がさし
・・・実際は、人間が人間であり続けるため、脳は前頭前野に従い過ぎないように、つまり「賢くなり過ぎない」ように設計されていると考えざるを得ないような作りなのです。
・・・人間の能力の一部に過ぎない記憶力をことさら重要視する現代の教育や受験制度は、せっかく最適化されてきたはずの人類の生存戦略をかえってゆがめてしまっている可能性があるのではないかと思います。
・・・脳の機能の一部です。他者を攻撃することによって、脳も何らかのネガティブフィードバック(ここでは、怒りや攻撃性を誘発するホルモンの分泌を抑制すること)を受けることがあるのです。
・・・正義中毒を抑制してくれる機能を持つ脳の前頭葉は加齢とともに委縮していく傾向にある
・・・昔を懐かしむ行為は脳の前頭前野が老化しているサインかも知れず、正義中毒と根が同じかもしれないからです。脳は、過去の記憶を都合よく書き換えるようにできています。辛かった経験や日常的な要素は削ぎ落され、良いことだけを都合よく組み合わせます。・・老化によって前頭前野の働きが衰えると、どうしても新しいものを受け入れにくくなっていく
・・・実は、自分の前頭前野がどのくらい発達あるいは衰退しているのかは、MRI(核磁気共鳴画像法)検査で前頭前野の皮質の厚みを測ることである程度推測することができます。前頭前野の厚みには個人差があり、さらに成熟に至るまでには長い時間が必要です。その間に個人差がついていき、ピークから衰退するときも同じように差がついていきます。その背景には当然、生得的な要素もあるのですが、現在わかっているエビデンスに基づくと、実はかなり環境要因が大きいのです。
・・・俗に「若気の至り」と呼ばれる事象の背景を脳科学的に考察すれば、まだ前頭前野が完成しきっていないために、抑制が聴かなかったり、危険をうまく予測できずに蛮勇を振るったりするのではないかということが言えるでしょう。・・脳科学的な言い方で言うと前頭前野が成熟していないことで相手への共感や抑制が不足し、適切な判断ができないためだ、と言えるのです。・・ピークを迎える30歳前後からは、この厚さをどうキープしていくかが大切であると言えるでしょう。
・・・人間の脳は、自らの構造を観察し、フィードバックを得て自らを変えていく機能を持っています。つまり、脳自体が自分の働きを一つ上の層から俯瞰することができ、「自分にはこういう傾向があるから、今後はこうしよう」という具合に修正できるのです。これは生存戦略上、大きなアドバンテージで、私たちはこの働きの高い人を「頭が良い」と形容するようです。
・・・日常的に合理的思考、客観的思考ができるようなクセをつけておく、あるいはそうせざるを得ない状況に身を置いておくと、前頭前野は鍛えられ、衰えを抑制することが期待できる可能性があります。前頭前野の働きが保たれていると、前頭前野の重要な機能である「メタ認知」を使うことができます。メタ認知とは、自分自身を客観的に認知する能力のことです。
・・・慣れている物事とは少し違う物事を撰ぶようにしてみましょう。・・「日常とは異なる行動」が前頭前野の活動を促します。そうすることで、今まで気づかなかったような、新しい視点からの発見の喜びも得られるでしょう。
・・・特にお勧めしたい方法は、あえて不安定な、あるいは過酷な環境に身を置いてみることです。・・新しい環境に身を置けば、メタ認知の力は上がります。・・また、近年注目されているマインドフルネスにも同様の効果があります。マインドフルネスを実践することで、自分の思考や行動を認識し直すことができ、それをしっかり意識し、観察することが、メタ認知につながるからです。
・・・本を読むことで私たちは、異なる環境に身を置くのと同じような体験を手軽に、疑似的に味わうことができます。最も効果的なのは、普段の自分なら「絶対に読まない本」「関心のない本」を手にとってみることです。
・・・安易にカテゴライズしたり、別の事象に結び付けて納得したりすれば、面倒なことを考えずにすんで楽かもしれませんが、その分だけ前頭前野を働かせるせっかくのチャンスを失っていることにもなります。
自分の頭で考えるということは、前頭前野を働かせる、ということとほとんど同じと考えてよいのですが、そのためには、他の領域にそれほどリソースを割かなくて済んでいる状態、つまり、脳に余裕がある状態を保つ必要があります。・・自分の頭で考えることにリソースを振る向ける余裕がない自分の状況を少し見直してみた方がよさそうです。
・・・食事や生活習慣の改善は、前頭前野の働きを良くするのに非常に大切です。・・前頭前野の働きをできるだけキープするためには、オメガ3脂肪酸(不飽和脂肪酸)の積極的な摂取が欠かせません。なぜなら、オメガ3脂肪酸は、前に述べた髄鞘化(ミエリン化)の際、神経細胞に巻き付く髄鞘(ミエリン)の材料になるからです。・・オメガから数えて3番目に不飽和が存在する脂肪酸なので、「オメガ3脂肪酸」と総称しているわけです。
・・・睡眠不足は、一時的なものにせよ習慣的なものにせよ、脳にとって良いものではありません。・・睡眠が不足するとスパイン(神経細胞においてシナプス結合をつくる基点となる棘突起)が肥大してしまってシナプスができにくくなったりするからです。また、長期増強(シナプスにおける信号の伝達効率が持続的に向上すること)も起きにくくなります。つまり、新しい学習をしにくくなると考えられるのです。・・睡眠不足を補うためには、わずかな時間でも休息を取ったり、昼寝をしたりすることが重要だということがわかっています。
・・・眠気は、睡眠ホルモンであるメラトニンによって起こります。・・歳を取ると速やかにメラトニンを分解できるようになるため、若い頃よりも眠りにくくなったと感じるのです。加齢によって眠りにくくなってきたと感じたなら、メラトニンの元であるセロトニンの量を増やす方法を考えるのも一つの手です。・・セロトニンの量を増やすには、出来るだけ日光を浴びることが大切です。
・・・メタ認知の能力は、一度身についてしまえば、その後はよほど衝撃的に、人生を左右するような事件にでも遭遇しない限り、突然大きく変化することはありません。』