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2019年12月14日 (土)

嶽神伝 無坂(上) (長谷川卓著 講談社文庫)

一気に読みました。前の作品とはやや異なる趣のものでした。

『・・・山中で猿に襲われたら、土に潜るか、水に身を沈めるかしか、助かる道はない。しくじれば、死あるのみである。・・土を掘ればにおいが立ち、大気が騒ぐ。

・・・「この時、熊は右の前脚しか使いません。左の前脚は戦いには使いません」「必ずか」頼重が訊いた。「はい。手前の父の頃も、祖父の頃も、その前もずっとそうでした。」「どうしてなのじゃ」小夜姫が訊いた。「そういう生き物であるとしか、わかりません」

・・・病を得たり、足を怪我するなどして渡りに耐えられなくなった者の中には、長の許しを得て集落を出、里に居付いて暮らす者がいた。これを≪居付き≫、あるいは集落によっては≪五木≫と言った。

・・・里者は山の者を一段低く見ている

・・・木や草の群生を覚えるのは、人が食べられる草や薬になる草と、牛に害になる草や木の在処を知っておくためである。例えば馬酔木の葉を牛や馬が食べると酔ったようになり、ひどい時は死ぬこともある。しかし、馬酔木の葉を煎じた汁は疥癬によく効く。

・・・「百姓衆には領主様がいるが、我らにはおらん。それを妬んでか、野山を勝手に駆ける猿と同じだと見下すことで、何とか心を抑えているのだろうよ」

・・・重い荷を担ぎ急坂を上るには、蹄が割れている牛の方が踏ん張りが利き、また牛ならば飼い葉を用意しなくとも、道端の草をはみながら歩き、どこでも横になり寝ることが出来たために、大量の荷を担ぎ、幾つもの峠を越えて、何日も掛けて街道をぐるりと回るとなると、牛が使われたのである。

・・・自分が青地の立場になった時も、同じように耳許で言われるのだろう。それが遠い先なのか、それとも間近のことなのか、分からなかったが、もしあの時猿の群れが自分に気付いていたら、黒い影に取り付かれていたら、盗賊に殺されていたらと考えると、俺は幸運であったに過ぎないのだ、と思わずにはいられなかった。

・・・気持ちのいい走りだった。誰に合わせるのでもない、己の呼気に合わせ、足を出す。それが、ひとり行のよさだった。

・・・これと約束した木に、どちらに向かって渡ったか、彫って知らせる。それが木印だった。

・・・遠いところの声が、何かの拍子に近くで聞こえることがある。あれか。山では、よくあることだった。

・・・「国が弱いと、泣くのは民百姓でございます。国は、強くなければなりません」弥左衛門が、拳で目許を拭うと、怒ったように言った。

・・・長い冬の備えに入る。一番大事なことは、食糧と薪の備えである。

・・・次の代に渡すために、自分たちがやれることはきちんとやる。それが、先に生まれ、先に死んでゆく者の務めでもあった。

・・・日高の顔付きが居付きの者になりきっていた。上原城や桑原城の出来事が、居付きとしての己を目覚めさせたのだろう。

・・・「俺たち山の者には、破ってはならないふたつの定めがある。ひとつは、命を助けた者は、見守らねばならぬ。もう一つは、山で難儀をしている者は助けなければならぬ、だ」二つ目は、正確な言い方ではなかった。死にかけている者は、命が尽きるまで看取らねばならぬ、が本当のところだった。』

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