嶽神伝 孤猿(上) (長谷川卓著 講談社文庫)
前作からの続きでした。山の者たちの生き方がまさに生き生きと描かれています。
『・・・「しかし、鶴喰は扱いが難しく、気が向いた時にしか働かぬと聞いたことがございます」 「得てして、出来る者とはそのようなものだな」
・・・山の形や、白い縞模様が入っていて、滝を思わせる石や、観音様に似た石があるだろう?」 「あるかもしれん」 「そうした形の面白い石を、水石と言うのだ」
・・・出掛けても日を置かずに戻る短い渡りを、≪山彦≫とか≪山彦渡り≫と言った。
・・・「お前はいつか、小頭か、それ以上の役に就き、巣雲を率いてゆかねばならん。それは、取りも直さず、≪集い≫の中心として働くということだ。何事があろうと、山の者に関わることは、細大漏らさず心に留め置かねばならん。忘れた、は二度と許されぬぞ」
・・・この時代、食事は、一日二回、辰の中刻(午前8時)と羊の中刻(午後2時)に摂るのが普通であったが、山の者は酉の中刻(午後6時)頃に、三食目を採っていた。それだけ身体を動かしていたのだが、三食を賄えるだけの食糧を山から得られたことにもよる。ちなみに、世間が皆三食になるのは、元禄(1688年から1704年)の頃である。
・・・山の者は木を削って作った槍を木槍、山刀と杖で作った槍を手槍と言った。
・・・「命を助けた者は、見守らねばならぬ、などがございます。これは、命を助けた者が真っ当に生きてゆくか見守ることです」月草が言った。「もしその者が、誤った生き方をした時は、何とするのだ?」「言うても聞かぬ時は、助けた責がございます。矯めねばなりません」
・・・「そうか。ひとには、世話をしたくなる奴とならぬ奴がいる。世話をしたくなる奴は、どこか真っ直ぐなところがある奴だ。二ツの背子、お前はこれからたくさんのひとに世話になると思う。心は汚すなよ」
・・・「使うか。気持ちがいいぞ」亦兵衛が無坂と二ツに柳の小枝を差し出した。「先の方を噛んでいると、口がすっきりするのだ」 ぐずぐずになったら切り落とせば、明日また使える。何も口にできない時には、実によいぞ。咽喉の渇きも抑えられるしな。
・・・「後で、気にするな。深く考えなかった儂の所為だ。嫌な思いをさせて済まなんだ、言ってくださったので、何とか堪えられた・・・・・」
・・・年を重ねたからと言って、たくさんのものを見ている訳ではございません。たくさんのことに触れ、たくさんのひとに会い、見聞を広められるのが大切と心得ます。
・・・「後の者の楽しみを作るのは、今の者の楽しみでございますので」』
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