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2019年12月29日 (日)

嶽神列伝 逆渡り (長谷川卓著 講談社文庫)

このシリーズの続きものですが、主人公がこれまでのわき役だった「月草」に代わっています。しかし、これまでの作品同様に、今にも通じる戦国時代のさまざまな事象、事柄が記されています。

『・・・離れたところでは大声を上げず、指で意図を告げる。山の者の遣り方だった。

・・・姫飯(ひめいい)は釜で炊いた柔らかな飯のことで、甑で蒸し炊いだ飯を強飯(こわめし)と言った。

・・・一人か二人の行(こう)ならば、引き回しだけで十分だったが、陣中は泥棒の巣である。他の者らとは隔絶しておく必要があった。

・・・何事はなくとも、陣中での飯は手早く済ませなければならない。

・・・陣中の朝は早い。丑の刻(午前二時)には一番貝が、寅の刻(午前四時)には二番貝が鳴り、行軍ともなれば寅の刻には出立する。

・・・盗人や溢れ者上がりの足軽には、端から敵も味方もない。金を持っているか、いないか、だ。だから、御領主様にしてみれば、危なっかしくて、とても傷の手当などには出せない、という訳だ。・・「では、盗みのために加わっていると?」楡が、辺りを見回した。 「順番を付けるなら、一番目を白い飯を腹一杯食うことだろうな。腹が満たされると、欲が出てくる。金か、金目のものを盗む。これが二番目だ。三番目は、勝ち戦に乗じて、敵の領地の女子供を攫い、連れ帰ることだ」

・・・「・・≪戦働き≫に出る度に、人は変わる。見てはいけないものを見るからだ。だが、二人とも、目を背けるな。」

・・・「石でやられた跡だ。武田が強いのは、騎馬ではない。石を投げる技があるからだ」・・「殺し合いの後始末をするのは、人ではない。蛆と、鼠と、山犬だ」 月草が言った。墓穴を掘り、埋めている暇もなければ、手も足りなかった。死体は打ち捨てるしかない。

・・・危難を招くことでもあったが、身体や着衣に染み付いた死臭を洗い落とすには灰で洗うしかなかった。

・・・生きるために渡るのに対し、仲間との再会を期さず、死に向かって一人で渡ることを、山の者は≪逆渡り≫と言った。

・・・「里を治めたとて、天下を取ったことにはならぬ、か」 「里よりも山の方が、深く、広いですから」

・・・小枝を折り、火床にくべた。炎が巻き付いている。小枝は赤い棒になり、崩れて落ちた。また小枝をくべた。野鼠が梟にでも襲われたのだろう。鋭い泣き声が聞こえた。この静けさの中でも、命の遣り取りは行われているのだ。

・・・道具探しを切り上げた月草は、薪作りに掛かった。春までに燃やす薪の量は、小屋一杯分は要る。伐り出し、軒下に積み上げておかなければならない。それが、雪囲いにもなり、熱を外に逃さぬ壁にもなるのだ。

・・・山が水を吸い過ぎているのだ。渋紙があろうと、濡れた落ち葉を敷いては眠れない。身体を芯から冷やしてしまう。乾くのを待たなければならなかった。

・・・出立を、春先にやり過ごした後にしたのも、山の者としての知恵だった。今頃なら、熊と出くわしても、向こうが避けてくれるものだ。

・・・戸を押した。雪に埋もれた時の用心のために、戸は必ず内側に押し上げる形になっている。

・・・二十年ならば、俺はまだ八十前だ。無理な数字にも思えたが、彼らが来るまで、ここで墓守として生きよう。そのためにも薬草を採り、米と塩を欠かさぬようにし、薬湯を飲んで、身体をいたわらねばならない。』 

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