« ナオミとカナコ (奥田英朗著 幻冬舎文庫) | トップページ | 正しい「未来予測」のための武器になる数学アタマの作り方 (高橋洋一著 マガジンハウス) »

2019年10月27日 (日)

劣化するオッサン社会の処方箋 なぜ一流は三流に牛耳られるのか (山口周著 光文社新書)

私自身は、この書の中で批判されるオッサンですが、著者の指摘は概ね正しいと思います。謙虚に受け止めて精進していきます。

『現在の「劣化したオッサン」たちは、同じ年代をバブル景気の社会システム元宗、つまり「会社や社会が示すシステムに乗っかってさえいれば、豊かで幸福な人生が送れる」という幻想の中で過ごしてきたのです。これは人格形成に決定的な影響を与えたと思います。

・・・メグ・ジェイは、・・20代は「Defining Decade」、つまり「人生を決定づける10年間だ」と指摘しています。

・・・1950年代から70年代までの「教養世代」は、「大きなモノガタリへの反抗」という側面が強かった。

・・・経営というものは「アート」と「サイエンス」と「クラフト」の三つが混然一体となったもの

・・・少数の二流の人間は、多数の三流の人間からの称賛を浴びながら、実際のところは誰が本当の一流なのかを知っているので、地位が上がれば上がるほどに自分のメッキが剥がれ、誰が本当の一流なのかが露呈することを恐れるようになります。したがって、二流の人間が社会的な権力を手に入れると、周辺にいる一流の人間を抹殺しようとします。

・・・組織が一旦このような状況にまで劣化すると、一流の人材を呼び込み、重役に登用するという自浄作用はまったく働かなくなるため、組織の劣化は不可逆的に進行し、世代が代わるごとにリーダーのクオリティは劣化していきます。これが現在の日本の多くの組織で起きていることでしょう。

・・・会社を創業した天才や才人たちが引退すれば、よほど意識的になって天災や才人を人選に担ぎ出さなければ、その組織の人材クオリティの平均は際限なく凡人の水準に近づいていくことになります。

・・・組織内における「経験の質」は、その組織を率いるリーダーのクオリティに大きく左右されることになります。

・・・大自然の法則として熱的破壊という不可逆で一方的な進行過程があるのだとすれば、私たちが生み出した様々なシステムや組織についても、また同じ法則が働いていると考えることができます。それはつまり、シンプルで凝縮されたものが、複雑で希薄なものに変化し、やがては乱雑になっていくという宿命です。人間の体が動的平衡(変化しながら平衡を保っている状態)によって成り立っているように、企業組織もまた、エントロピーの増大に抗うことでそのバイタリティを維持しています。

・・・人は適当の時期に去り行くのも、また一つの意義ある社会奉仕でなければならぬ。(石橋湛山「死もまた社会奉仕」)

・・・社会で実験を握っている権力者に圧力をかけるとき、そのやり方には大きく「オピニオン」と「エグジット」の二つがあります。オピニオンというのは、おかしいと思うことについておかしいと意見をするということであり、エグジットというのは、権力者の影響下から脱出する、ということです。・・劣化したオッサンのもとで納得できない理不尽な仕事を押し付けられている立場にある人であれば、まずオピニオンとエグジットという武器を意識してほしい。

・・・劣化したオッサンは、なにも一朝一夕にでき上るわけではありません。ワクワクする仕事を追求することなく、システムから与えられる理不尽さに対して何年、何十年ものあいだ妥協に妥協を重ねてきた結果として、生み出されているのが劣化したオッサンなのです。

・・・結局のところ、汎用性の高いスキルや知識などの「人的資本」と、信用や評判といった「社会資本」を厚くすることで、自分の「モビリティ」を高めるしかありません。この「モビリティ」というのは、今後、柔軟で強かなキャリアを歩んでいくための最重要キーワードだと思います。

・・・老人が支配するのは奴に力があるからではなく、こちらがおとなしくして忍従しているからだ。(ウィリアム・シェイクスピア「リア王」)

・・・なぜ、多くの人はオピニオンやエグジットという、大きな武器を活用できないのでしょうか。大きく二つの理由があると思います。一つ目が「美意識の欠如」です。自分なりの美意識、つまり審美眼、道徳観、世界観、歴史観を持っている人は、明確な「許容できる、できない」という一線を持っているものです。・・理由の二つ目として指摘しなければならないのが「モビリティの低さ」です。・・「モビリティが高い」ということは、場所によって自分の正味現在価値が変わらないということであり、「モビリティが低い」ということは、スキルや知識の文脈依存度が高く、場所によって大きく自分の正味現在価値が変わってしまうということです。

・・・日本企業に長くいると、この「人的資本」と「社会資本」が会社の内側に閉じて形成されることになるため、まったくモビリティが高まらないという問題があります。

・・・「ライフ・シフト」の共著者である経済学者のアンドリュー・スコットは、100歳まで生きる時代になると、引退後の貯えを作るために、ほとんどの人が80歳まで働かなければならなくなる、と指摘しています。

・・・本来は「仕込みの時期、」として重要なセカンドステージが、極めて熾烈な「生き残り競争」のステージになってしまう、という問題があります。・・セカンドステージでは、いろいろな体験にチャレンジし、自分はなにが得意なのか、なにをしているときにワクワクするのかを理解し、いわば「自分の取説」をちゃんとまとめる余裕もできる。しかし、四十代の後半でゲームの決着がついてしまうということになれば、「様々なことにトライして失敗する」だの「様々な分野の知識を吸収する」だのとは言っていられず、とにかく目の前にいる上司から与えられた仕事を、その仕事の社会的意義や道徳的な是非など問うことなく、しゃかりきになって奴隷のようにこなすしかないでしょう。これが結局のところ教養も道徳観もない「劣化したオッサン」を生み出している要因

・・・社外でも通用する人的資本と社会資本を形成するためには、会社の外の人と一緒にいろんな仕事をするというのが一番良い

・・・四十代の後半で、「あなたはこの会社ではこれ以上の昇進は望めませんよ」と言われても、その時点でとれるキャリアオプションはほとんどありません。・・その人の労働市場における価値は、人的資本と社会資本の厚みによって決まるわけですが、多くの人は会社の内部にこれらの資本を蓄積するため、資本が人質となってロックインされてしまうからです。・・雇用者と被雇用者の間で極端なオプションバリューの非対称性が生まれてしまうことになります。

・・・一方でよく「厳しい、厳しい」と言われる外資系企業について考えてみると、そのとおり、確かに短期的には厳しい側面もあるかもしれませんが、・・キャリアの若い段階で仕事の向き・不向きがはっきりするわけですから、結果的には自分のオプションバリューが増えるわけです。

・・・組織が大きくなればなるほど「あなたはここまで」と言われてホゾをかむことになる確率も高まる

・・・おそらく近い将来にやってくる「人生100年時代」では、四十代後半というのは、いまだ折り返し点にもいたっていないキャリアの前半戦に過ぎない

・・・「ライフ・シフト」の共著者である経済学者のアンドリュー・スコットは、100歳まで生きる時代になると、引退後の貯えを作るために、ほとんどの人が80歳まで働かなければならなくなる、と指摘しています。

・・・現場の若手から「上司が昔ながらのやり方にこだわっていて変革がまったく進まない」という嘆きを、よく聞きます。・・単純に「経験の蓄積=判断力の向上」とは言えない・・環境がどんどん変化する中で発生する未曽有の問題に対して、より根源的な人間性や道徳といった立脚点に根差して、その人らしい正しい判断をしていくには、なによりも「教養」が必要になります。・・しかし、・・現在の五十代~六十代の中高年代世代は、「教養世代」と「実学世代」のはざまのエアポケットで二十代~三十代を過ごしてしまっており、この点については甚だ心もとないというしかありません。

・・・ある個別の項目だけを取り上げれば、年齢が上昇するにつれて高まる項目もあるのですが、逆もまた然りで、年齢とともに下がる能力もある。つまり、得意なことが変わっていくというだけで、全般に能力が高まるというわけでもないのです。

・・・年長者は尊重されなければならない、という考えは、私たちの「信仰」なのです。この信仰が依拠しているのは「儒教」という宗教です。・・年長者に向かって反論する際に私たちが感じる心理的な抵抗の度合いには、民族間で差があるということがわかっています。

・・・権力格差の違いは職場における上司・部下の関係性のあり方に大きく作用することになります。・・日本のスコアは相対的に上位に位置しています。

・・・「部下が上司に反論しやすい度合い」と「イノベーションが起こりやすい度合い」とのあいだには、なんらかの関係がある、という仮説を導くことができます。

・・・そもそも画期的なアイデアを生み出す人は若い人が多い・・パラダイムシフトを主導するのは多くの場合「非常に年齢が若い人」か「その分野に入って日の浅い人」である・・発言権を持たない人たちのアイデアと、大きな発言権はあるけれどアイデアを生み出せないという権力者を、どのようにつなげていくのか?ということを考えなければなりません。

・・・組織は「成長」という喜ばしい成果の結果として、「古く、大きく」なる・・人員は増加し、組織の階層は増え、アイデアを生み出す若い人と資源配分の意思決定をする経営者との物理的・心理的距離は広がることになります。・・大きな会社というのは、極めてイノベーションを起こしにくい特徴を持っている

・・・全般的に上位(値が大きい)にあるのはカトリックの国が多く、次に儒教・仏教国が並び、ランキングの下位(値が小さい)にはプロテスタントの国々が並んでいる。・・私たちが年長者や権力者に対してどのようにふるまうべきかという行動様式=エトスが、依拠している宗教によって認定されている

・・・クーゼスとポズナーは、すべてのリーダーシップの礎となるのは、リーダーとフォロワーのあいだに形成される「トラスト」であると言っています。・・このトラストという言葉は、直訳すれば「信用」ということになりますが、むしろ「人望」と訳した方が適切なように思います。

・・・マックス・ヴェーバーは著書「職業としての政治」の中で、人が人を支配する際の根拠として、カリスマ的支配(本人の資質)、伝統的支配(従来からの慣習)、合法的支配(システムによる権限規定)の三つを挙げていますが、これらの根拠は、現在世界中で進行している「権力の終焉」というプロセスの中で、どんどん脆弱になっています。

・・・原始時代から情報革命までの長い間、組織やコミュニティにとって、年長者というのは一種の「データベース」だったということです。・・ところが二十世紀の後半以降、この価値を大きく毀損する三つの変化が発生します。一つ目は「社会変化のスピード」です。・・向き合う問題が年長者にとっても若者にとっても新しい問題なのであれば、問題解決の能力はむしろ若者の方が優れている・・「大胆な直感」や「緻密な分析・論理」は、全般に年齢の若い人の方が得意だということがわかっています。・・流動性知能のピークは20歳前後にあり、加齢とともに大きく減衰していくことになります。一方の結晶性知能は成人後も高まり続け、60歳前後でピークを迎えることになります。・・二つ目として「情報の普遍化」・・過去の様々な情報を記憶している年長者の脳は、ランダムアクセスを可能にする貴重なデータベースであった・・「ごく稀にしか発生しない大きな問題」についての経験は、長く生きている人に蓄積されることになります。・・しかし、現在は「情報の普遍化」がものすごい勢いで進んでいる社会です。・・三つ目の理由として挙げたいのが、「寿命の増進」です。・・長生きする人がずっと多くなると、個人個人の持っている経験や知識の重要性は相対的に目減りすることになります。・・「年長者ほど能力も見識も高い」という前提は、おそらく今後は成立しえない。

・・・グリーンリーフは・・それまで米国で優勢だった「支配的リーダーシップ」が機能しない時代がやってくることを指摘し、権力に頼らない「支援的なリーダーシップ」としてサーバントリーダーシップという概念を提唱しました。

・・・安定した職業につきながら知的に怠惰な生活に堕することなく学び続け、学んできた結晶としての「叡智」を後半生になって広めることに捧げつくした。これが理想的なサードステージの過ごし方でしょう。

・・・オッサンたちがどれだけサーバントリーダーシップを発揮できるかは、イニシアチブを取って自ら動き出す若手・中堅がどれくらいでてくるかにかかっている・・サーバントリーダーシップのエッセンスを「支援」です。・・「イニシアチブを取って動こうとする若手・中堅」の存在を前提としたモデル

・・・リーダーシップというのは「個人の属性」ではありません。・・リーダーシップというのは「関係性」に関する概念・・リーダーシップのありようが変化するためには、リーダーとフォロワーの両方がともに変わる必要があります。・・サーバントリーダーシップを発揮するためには、別に高度な知性やスキルは必要ありません。わかりやすくいえば、フトコロさえ深ければ、サーバントリーダーは「バカでも構わない」のです。

・・・年長者の知的パフォーマンスの劣化を防止するアプローチが、実は一つだけあります。それは「劣化しない結晶性知能を身につける」という考え方です。・・より深い思考を促すような本質的な問いかけを行うための「教養」が必要ということ・・10年も経てば劣化してしまうような「旬の短い知識」ではなく、何十年というあいだにわたって効果を発揮するような知識を入力すべきだということです。

・・・壊れるものと壊れないものでは、古さと余命について逆の関係が成り立ちます。すなわち、壊れるものは、一日経つごとに余命が短くなる。壊れないものについては、一日経つごとに余命が長くなる。・・「壊れるもの」は時間を経過するごとに老いていきますが、「壊れないもの」は時間を経過するごとに若返っていく

・・・タレブは、・・知識や情報は「新しければ新しいほど効用の期待値は小さい」と言っています。

・・・私たちの成長は「新しい経験の密度」によって、大きく左右されることになります。・・同じ仕事を30年続けているという人は「30年の経験がある」と主張したがるかもしれませんが、脳神経科学の文脈で「経験」という言葉を厳密に用いれば、実際には「1年の経験から学び、あとは同じことを29年繰り返した」と言うべきです。・・いろんな仕事をいろんな人たちと、いろんなやり方でやったという「経験の多様性」が、良質な体験をもたらし、学習を駆動することになるのです。

・・・チクセントミハイによれば、これらの類まれな業績を残した人々は、高齢になっても創造性を維持し続けているという際立った特徴を持っています。・・彼らは常に「人生のアジェンダ」を明確に設定し、それをクリアするために日々学習を続けていたわけです。

・・・マイケル・ロンバルドとロバート・アイチンガーは・・「70:20:10の公式」を提唱しました。・・個人の能力開発の70%は、実際の生活経験や職業上の経験、仕事上の課題と問題解決によって発生します。・・「直接学習」と呼ばれています。次の20%は、職場や学校などで、模範となる人物(ロールモデル)から直に受ける薫陶(対人的学習)や、観察と模倣から起こります。・・「関節学習」と言われています。そして残りの10%が、読者の皆さんが「能力開発」と聞いて最初に思い浮かべるであろう、学校や研修などのフォーマルなトレーニングです。

・・・人材が育成できていないということは、「よい業務経験」を積ませてあげられていない、ということです。・・有為な人材が多数生まれるというのはつまり、年長者が担うような重要な職責を若い人が担うことで、はじめて人材は育成されるということを示唆しています。・・良いリーダーは、良い業務体験によって作られ、その良いリーダーがまた良い業務体験を人に与えてリーダーを育成する。つまりリーダーというのは一度生まれると拡大再生産される傾向があるということです。・・しかしここから先が難しい。よほど意識的になって若い頃から大きな職責を与えてあげないと、第三世代はなかなか育成できません。

・・・大きな懸念が一点浮かび上がってきます。それは、若年層の中で「本を読まない人」があまりにも多いという事実です。・・概ね4割から5割の二十代・三十代が、一月に一冊も本を読んでいません。

・・・時間という武器を自分の資本にしていくためには、良質なインプットを継続的に続けていくことが必要でしょう。・・私たちの時間を意味あるものに変えていく、権力と戦う武器に変えていくためには、学び続けなければならない。私たちはそういう時代を生きているのです。

・・・4ステージとはすなわち、春に当たるファーストステージの0~25歳までは基礎学力を身につける時期、夏に当たるセカンドステージの25~50歳までは、いろんなことにトライして経験を積むとともに、自分は何が得意で、何が不得意なのかを理解する時期、そして秋に当たるサードステージの50~75歳では、それまで培ってきたものから世の中に対して実りを返していく時期、そして冬に当たるフォースステージの75~100歳で余生を過ごす、というモデルでした。これまでの3ステージモデルと比較して、4ステージモデルの特徴は、いわゆる「人生のピーク」が、かなり後半側にシフトするという点です。・・必然的に「仕込みの時間」が長くなることを意味し、したがってここでしっかりと土壌を耕し、種をまけた人と、そうでなかった人との間で、大きな差が開くことになります。・・残された時間を何に使っていくのかを明確にするという「覚悟」の問題でもあります。

・・・クライバーンは、この直後から利益至上主義者の興行主に、まさに猿回しの猿のように全世界を引きずり回され、じっくりと時間をかけて音楽性を深めることができなかったために、ピアニストとしては結局、大成しませんでした。・・しかし、ポリーニは敢えてそれをせず、まったく経済的報酬の伴わない活動に、二十代を費やしたのです。彼は自らがいまだ勉強不足であり、このまま多忙な演奏活動に入っては、自分の音楽家としての泉が枯れてしまうだろうということを、よくわかっていたのです。

・・・「ストレスがかかっていない状態であれば、それはチャレンジではない」・・多くの人はそのまま「コントロール」「リラックス」「退屈」を経由して「無気力」に至ってしまうというのがチクセントミハイの指摘でした。これを防ぐためには、一定の期間で仕事をリセットすることが重要になってきます。

・・・失敗のダメージが小さいセカンドステージでたくさんチャレンジし、自分なりの「失敗のマニュアル」を作ってしまうことで、サードステージにおいて大胆なチャレンジができる、つまり「自分はどこでもやっていける」という自信の形成につながるのです。

・・・組織の人材クオリティが、世代交代を経るごとにエントロピー増大の影響を受けて三流の平均値に収れんするということは、長く続いている大企業であればあるほど、リーダーシップのクオリティが劣化している確率が高いということです。』

« ナオミとカナコ (奥田英朗著 幻冬舎文庫) | トップページ | 正しい「未来予測」のための武器になる数学アタマの作り方 (高橋洋一著 マガジンハウス) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ナオミとカナコ (奥田英朗著 幻冬舎文庫) | トップページ | 正しい「未来予測」のための武器になる数学アタマの作り方 (高橋洋一著 マガジンハウス) »