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2019年5月20日 (月)

99%の日本人がわかっていない 国債の真実 (高橋洋一著 あさ出版)

財務省にとっては、国益よりも省益が大事であることがよくわかる書籍でした。また、経済についてもいろいろと知ることができました。

『・・・同じ「借金」でも、個人の借金は、ないほうがいい。借金があるのなら、なるべく早く返した方がいい。当たり前だ。しかし、政府の借金はそうではない。むしろ政府の借金は「あったほうがいい」といっても過言ではないのだ。

・・・世の中には「無借金経営」だと胸を張る企業もあるようだが、先祖代々の莫大な資産でもなければ、自己資金だけで企業などできない。だから、たいていの企業は銀行から金を借りる。起業したあとも、ずっと金を借りるのが普通だ。・・要はお金が多くやりとりされ、経済が活性化する。

・・・「政府の借金」を「個人の借金」と混同して「悪」とすれば、本質を大きく見誤ることになる。

・・・「国債は借金だからダメ」というのは、「緊縮財政になって景気が悪くなってもいい」、あるいは「増税されてもいい」といっているのと同じなのだ。

・・・政府は「誰」から借金するのか。基本的には銀行や信用金庫、証券会社など民間の金融機関である。

・・・国債は多数の金融機関によって行われるが、入札は一度きりで、その入札額によって買えるかどうかが決定する。

・・・日銀が直接政府から国債を買うことも、なくはない。これがいわゆる日銀引き受けである。マスコミでは禁じ手と識者が語るが、毎年行われている。しかし限定的である。では日銀が何をするかというと、民間金融機関が持っている国債を時価で買うのである。・・この売買は、日銀が金融緩和政策の一環として行い、いわゆる「買いオペレーション」「量的緩和」と呼ばれる。・・日銀が民間金融機関から国債を買うと、その「代金」は民間金融機関が日銀に持っている「日銀当座預金」に振り込まれる。・・民間金融機関は、お金を「利子収入を生むお金」に変えるために、企業などに積極的に貸そうとする。すると金利が下がる。

・・・物価は「モノの量」と「お金の量」のバランスで決まる。

・・・日銀には政策の独立性があるが、政府がとる大きな方針に従って金融政策を行う。また、国民が使う通貨を発行したり、国債の入札や発行にかかる手続きをしたりなど、政府の財務処理の「事務方」としての役割もある。

・・・日銀からすれば、国債を買い通貨を発行することで利子収入ができる。そのため、日銀が得る国債の利子収入を「通貨発行益」と呼ぶ。国債の利子収入は、通貨を発行することで生じる利益と言えるからだ。日銀はその通貨発行益を丸々国に納める。これを「国庫納付金」と呼ぶ。政府から見れば、これは税収以外の収入だから「税外収入」と呼ぶ。・・利子収入をもたらす国債は、日銀にとっては「資産」である。一方、日銀が発行する通貨(日銀券)は、日銀にとっては「負債」だ。

・・・日銀券は、今も日銀が発行する「債務証書」のようなものなのだ。だから、日銀券は日銀の「負債」として計上されるのである。・・日銀券には本来利子はつかない。

・・・為替が決まるメカニズムは何かというと、「2つの通貨の交換比率」だ。つまり、通貨の「量」の比率で決まるのである。

・・・経済学には「合成の誤謬」という言葉がある。簡単に言えば、個人レベルで見れば正しいことでも、同じことをみんながやったら困る、という話だ。

・・・例えば、経営難に陥った会社があるとする。負債が何百億にも膨れ上がっていると、そこにばかり目が行き批判しがちだが、本当の問題は「莫大な借金があること」そのものではない。「借金を返せるだけの資産がなかったこと」だ。つまり、借金に見合うだけの資産がある限り、じつはどれほど借金が積み重なってもかまわないといっても過言ではない。

・・・国債は政府の借金だが、同時に金融市場になくてはならない「商品」でもあるのだ。金融市場では、国債以外にも株や社債といった金融商品が取引されているが、基本は「国債と何か」という取引だ。つまり、国債と株、国債と社債を交換するという取引が基本である。

・・・国債は、金融市場において「お金」、あるいはかつての「コメ」のような役割を果たしている。これが「政府の借金・国際」のもう一つの顔だ。とにかく、すぐに他の商品と交換できる、非常に使い勝手のいい金融商品なのである。

・・・お金はお金として持っている限り、利益を生まない。でも、国債は国の借金であり、利子が付く。金融市場は、利払いのやり取りを通じて経済を動かしているといえる。・・国債がなくなっては、金融機関は商売ができない。

・・・金融資本主義が発展している他の国の金融市場でも、国債を介した取引が一番多い。国債の発行額は国によって違うが、国債が無くては金融市場が成り立たないという点では変わらない。唯一、先進国の中で、あまり国債を発行していない国はドイツだ。

・・・(日本の)国債の金利は低いまま取引されている。言い換えれば、これは民間金融機関が国債をまだまだ欲しがっているということだ。つまり、国債は「発行されすぎ」ではないのである。

・・・「政府から日銀への国債の利子が支払われるが、それは納付金として戻ってくるから、財政上の負担にはならない」・・借金の利払いも返済も、政府に「支払い義務がない」のではなく、「支払い義務はあるが、財政負担にはならない」

・・・建設国債も特例国債(赤字国債)も、その年の予算のうち、税収で賄いきれない分を補うために発行される、という点において、何も違いはないと考えていい。・・金融市場の現場では、建設国債と赤字国債は同じ国債として扱われており、区別されていない。・・建設国債と赤字国債を区分しているのは、政府の予算の中だけである。それも、先進国で予算において国債を建設国債と赤字国債とに区別しているのは、基本的に日本だけだ。

・・・外国人保有率とデフォルトとの間には、何の相関もない

・・・実は増税すると財務省の予算権限が増えて、各省に対して恩が売れて

はては各省所管の法人への役人の天下り先の確保につながる・・こうした思惑があるからこそ、財務省は「いつだってスキあらば増税したい人たち」なのである。

・・・個人の国債購入を仲介しても、銀行や証券会社には何のうまみもない。だから、銀行は、国債は自分たちで保有しておきたい。

・・・国債の金利は基本的にインフレ率に比例する。単純にいえば、インフレになれば金利は上がる。すると国債の相場価格は下がる。

・・・国債暴落は財務破綻とセットで起こる。「日本という国が倒産しそうだ」となれば当然、日本の国債は叩き売られ価格はまさに暴落する。

・・・市場ほど明確に、世の中の実相を映し出すものはない。都合のいいことも悪いことも、すべて明らかにしてしまう。そういう意味では非常ともいえるが、うがった見方や忖度など働く余地もない、正直な世界なのである。

・・・政府と中央銀行のバランスシートを合体させたものを、「統合政府バランスシート」と呼ぶ。するとどうなったか。・・資産が負債を上回ることが見て取れるだろう。・・それで、財政再建はとっくにできてしまっているのだ。

・・・国の場合も全く同じで、大事なのがグロスではなくネット、つまり負債の総額ではなく、負債と資産の差引額だ。・・たしかに政府の債務残高1000兆円はGDPの2倍だ。ただ一方で、政府には豊富な金融資産がある。さらに政府の「子会社」である日銀の負債と資産を合体させれば、政府の負債は相殺されてしまう。・・だからやっぱり日本に財政問題はない。

・・・一国の財務状態を「統合政府バランスシート」で考えるのは、海外では当たり前なのである。

・・・日銀と政府は、子会社と親会社であるかのように一体である。そして資産と負債は背中合わせである。したがって、日銀の「資産」である国債の「評価損」は、政府の「負債」である国債の「評価益」になるため、政府と日銀のバランスシートを合算すれば問題ない。サマーズ氏もバーナンキ氏も、こういうことが言いたかったのだ。彼らにとっては常識中の常識だった

・・・日本政府の資産の大半は、金融資産だ。そのため、海外では「日本政府は、売ろうと思えば売れる資産が沢山あるのに、ぜんぜん売ろうとしないのだから、財政破綻するはずがない」と見られている。「売ろうとしない」のは、もちろん日本に財政問題がないからだが、実は「売りたくない」という事情もある。・・日本政府の金融資産は、実は天下り先への出資金、貸付金が非常に多いのだ。

・・・日銀は国債の利子収入を国庫納付金として政府に納めている・・これが政府にとっては「税外収入」となる。さらに政府の資産は・・金融資産が多くを占めているからその利子収入も政府に入る。じつはこの二つの利子収入で、国債の利払いはまかなえてしまうのだ。

・・・国債は民間金融機関としても「買い続けたい金融商品」だから、余計に問題ないと言える。なぜなら、既に説明したように、民間金融機関はお金をお金のままでは持っておきたくないからだ。国債の利子収入はわずかだが、かといって、買うのが民間企業の株や社債ばかりではこころもとない。破たんリスクという意味では、民間企業より国の方が、はるかに信用できる。

・・・個人レベルで考えれば「借金を重ねるのは悪いこと」となるが、国レベルでは、借金を返すために借金をするのは当然だし、何も悪いことはないのだ。

・・・「日銀引受」・・借換債の一部を日銀に買ってもらうのだ。これは、財政法によって原則的に禁じられている。・・インフレになりすぎる危険があるからだ。そのため多くの識者が禁じ手としているのだが、私が大蔵省にいたころにも行われていたし、今も行われている。原則は原則であり、必要なら行っていいものなのだ。

・・・政府は、民間金融機関から新たにお金を借りるか、日銀からお金を借りるかで、国債の償還に充てればいいのである。しかも、日銀保有分の国債は、スティグリッツ氏のいうように国債発行残高と「総裁」されるので、この部分はまったく財政問題を生じさせないのだ。

・・・個人の真面目さ、道徳心につけこむのは、財務省のもっとも得意とするところなのだ。・・つねにミクロではなく、マクロで考えるクセをつければ、どういう政策なら経済が上向くかも、自分の頭でわかるようになる。マクロ経済学では、とかく個人レベルの道徳心は邪魔になる。

・・・今のような超低金利の世の中では、日銀の金融政策の効果は、限定的にならざるを得ない。・・国が国債を増発し、政府需要を高めるという財政政策と、日銀が民間金融機関から国債を買うという金融政策の「合わせ技」が必要なのだ。政府はせっせと国債を発行し、日銀はせっせと民間金融機関から国債を買えばいいのである。・・財政政策では、この両方を秤にかけて、より社会貢献度が高い選択肢をとっていくべきなのである。

・・・倹約するか、借金をするか、どちらがいいかは、そのときどきの経済の状況による。

・・・前に、現在の国債発行残高はGDPの200%くらいといった。しかし、そのうち半分ほどは日銀が保有しており、金融市場に出ているのは、GDPの50~60%程度だ、これでは実は足りないくらいなのだ。

・・・銀行は、個々人から預金を集めて、それを貸し出すことで利ザヤを稼ぐ。しかし、預金のすべてを貸し出しに回すことはできない。・・銀行は預金の引き出しに備えて、いつでも換金できる資産を持っておく必要がある。・・ただし、お金をお金のままでもっていても利子は生まれない。そこで少しでも収益性を高めるために国債を持つことが多いのだ。そのうえ、国債は金融取引にも欠かせないから、銀行はつねに大量の国債をもっておきたい。

・・・国債を毛嫌いすると、「財源が必要なら増税すべし」というロジックに簡単にはまってしまう。・・東北の人たちを助けたい、そのための増税なのだから、甘んじて受け入れるべき、という空気が日本中を覆っていた。しかしこれは、個人の道徳や良心につけこむという、財務省お得意の手段といわざるをえない。なぜなら、本当に災害復興を目指すなら、国債を発行するのが、もっとも効果的だからだ。災害時に増税するほどバカな話はないのである。・・災害時に税制をいじるなら、むしろ経済を活性化させるために減税するのが普通だ。

・・・なぜ日本だけが公的なB/Cが飛びぬけて大きいかと言えば、単純である。他の先進国に比べて、日本は高等教育における公的負担が圧倒的に少ないからだ。国を挙げた高等教育の推進で、日本は大きく後れをとっているともいえる。・・じつは「基礎研究と教育の財源は国債」と、財務省では言い伝えられてきた。財務法では認められていないが、財務省内では長くこのような考え方が受け継がれてきたのだ。・・基礎研究や教育は、実際に成果が出るまでに時間がかかる。このように、長期的、なおかつ大規模で広範囲に行う必要のある投資は、役所が主導すべきだ。ではその財源はどうするか。将来に大きく花開き、見返りがあると考えれば、教育への財源は税金ではなく国債が適切だ、というわけである。

・・・生産的な目的で発行される国債であれば将来的に自然と返済されていくから、発行額が増えても国の信用は傷つかない(財務負担にならない)というわけで、教育国債の考え方にも相通じるものがある。

・・・教育を無償化するのはいいだろう。しかしその財源は、消費税でもなく、保険でもない。やはり国債がもっとも適切なのである。

・・・財務省は、要するに「政府の負債が大きいから増税が必要」と言いたいだけなのである。これが、見解や考え方の相違などではなく、彼らが天下り先を確保するために、ひたすら自分たちの権限を保ち、さらに増やしたいがゆえである

・・・国債を償還するための基金とは、「減債基金」という。・・減債基金に毎年繰り入れるのは、国債残高の1.6%と決められている。なぜ1.6%かというと、60分の1、つまり、60年で償還するという「60年ルール」があるからだ。・・しかし先進国では「減債基金」は今や存在していない。「減債基金」が存在しないので、もちろん「60年償還ルール」もない。そして、「減債基金」がなくても先進国ではまったく困っていない。日本だけが例外としてあるのだが、その理由は国際償還のためでなく、・・予算のカサ増しのために他ならない。・・実際には、「債務償還費」と「利払い費等」を合わせた23.6兆円のうち、およそ10兆円は、計上する必要すらないのだ。

・・・補正予算まで見越して、財源を確保するために、財務省は最初に成立する本予算の時点で「歳出」を多く見積もる。それが、「国債費」の「利払い費等」や「債務償還費」に化けているのだ。・・補正予算が成立したときに国債を増発すればいいのに、前もって余計に国債を発行することで、余計な利払いが生じているのである。

・・・国債の金利は、じつは「最低でも0.05%」と決められている。』

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