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2018年12月

2018年12月 1日 (土)

人を襲うクマ 遭遇事例とその生態 (羽根田治著 山と渓谷社)

これまでは、ヒグマは恐ろしいが、ツキノワグマはそれほど恐くないかと思っていました。本書を読んで大きな誤解であることを認識しました。

『・・・ヒグマにとって山林は箱庭、俊足のシカでさえよく襲われます。人間ではとても太刀打ちできないことを事件は教えています。ことに背を向けることは、人間の降伏を意味するばかりか、背中には目がないので睨まれることもなく、ヒグマにとっては好都合なのです。更に、ヒグマは満腹になっても消化が早く、生理的にも、私欲的にも餓鬼さながらにむさぼり食う習性があります。この点、満腹したライオンなどが必要以上に殺戮をしないのとは天地の差があります。
・・・クマは、風向きによっては2キロ四方の匂いがわかるんですね。
・・・クマでも体重60~70キロの小さいヤツは木登りが上手だね。あんまりでかいヤツは木登りはうまくない。100キロを超すヤツは苦手だよね。
・・・動物はね、木の枝をポキって折る音をえらい嫌う。だから俺も山に行くときには、なるべく枯れた枝なんかを踏まないようにそーっと行く。・・クマはゆっくり行動しているときはアシッコ(足型)をつけないんですよ。足の裏が平らででかいから、ぐっと踏み込まないんだね。逃げるときや雪が降った時は別だけど。そういう意味じゃ大したもんだ。賢いよ。
・・・ツキノワグマっていうのは肉を食っても肥えられないんだって。ヒグマとは違って。肉と柿があれば、どっちかっていうと柿を食うらしい。だけど肉を食っても不思議ではないよね。サルだってリスだって肉を食うんだから。
・・・冬眠ていうけど、あれは仮眠ていった方がいいかな。体力を消耗させないために、静かにしているだけなんですよ。穴の中で手の脂を舐めながらもぞもぞしているし、意識もしっかりしているし。雌は種をもって穴に入って冬眠中に子供を産むんだけど、子供を持ったクマほど不思議と浅いところに寝る。深いところに入っているのはみんな雄。それこそ雪がかかるようなところで冬眠しています。
・・・クマが子どもを産むのは3年に1回で、子どもがいると発情しないんですよ。それで雄グマが子グマを殺しちゃったりすることもあるらしいね。だから雌グマは雄グマも警戒するんですよ。そういう時期には、母グマはえらい敏感になっています。周りはすべててきだからね。
・・・クマは女性の声、子どもの声のよう高い音には近寄ってくるということを人間は勉強した方がいい。悲鳴のような音、赤ちゃんの泣き声のような音っていうのはダメなんですよ。・・年寄り、子ども、女性は餌なんですよ。・・山に入る以上、自分が野生動物になる。それを忘れないことだな。自分も野生動物になって目を光らせる。それが大事だと思うよ。クマは鈴の音よりも金属音を嫌がる。・・あとは光るもの。だから山に入る時は、光を反射させるような服を着るといい。

・・・なんらかの原因で驚いたクマが逃避行動として大黒岳の斜面を駆け下ったものの、たまたま車が往来する道路に飛び出し、パニック状態になってしまった・・極度の興奮状態に陥ったのだろう。・・精神的によけいに追いつめられ、・・人たちや逃げ惑う人たちに次々と襲い掛かったというわけだ。

・・・いくつかの偶発的な不幸が重なってクマが追いつめられ、この事故が起きたことは間違になさそうだが、人間の側に「乗鞍岳周辺はクマの行動圏である」という認識が低かったことも、被害が拡大した一因であることも否定できない。

・・・被害者が出ておらず、ふつうの状態でクマがいたときには、自ら静かに遠ざかること。観光客や登山者がいる場合は、静かに退避させるだけにとどめること。決してクマに向かっていくものではない。それがこの事故から得た教訓だと、小笠原はいう。

・・・宝くじの一等に当たるよりは、クマに遭遇する確率の方が全然高いらしいです

・・・クマの爪は鋭く尖っていて、ちょっと突かれただけでも皮膚に穴があいて血が出ました。

・・・いくら応急手当の知識と技術があっても、片手では処置のしようがありません。単独行でケガをしたときの応急手当の方法を考案する必要があることは、強く感じました

・・・鈴をつけていたとしても、攻撃を避けられたかどうかはわかりません。ただ、鈴を持つのは最低限の対応策。・・襲ってきたクマは確実に自分の急所を狙って攻撃してきた。また、人間を襲ってうまく逃げおおせたクマは、「人間は恐れるに足らず」と学習するかもしれない。クマは雑食であって草食ではない。味をしめれば、人間だって餌にする可能性もある。

・・・どんな装備を整えたとしても、遭わないのがいちばんです。もう二度と遭いたくはありません。そもそも私は人間のほうが悪いと思っています。人間がクマのテリトリーに入って行って、クマも食べるものを採ってきているわけですから。人間がクマの畑に不法侵入して野菜を盗んでいるようなものです。

・・・なすがままだったら、とんでもないことになっていたでしょう。一歩間違えれば、死んでいたかもしれません。抵抗するのは大事なことだと思いましたね。

・・・「昔の山には自然林があって、しかも薪や堆肥をとるために人が定期的に入っていて整備されていました。でも現代の山は、昔のような落葉広葉樹林ではなく、スギやヒノキの人工林ばかりなので、クマの餌が決定的に不足していると思います。クマの餌が十分に確保できる。そういう環境があればほんとうはベストなんでしょうけどね」

・・・現在世界には、8種類のクマ類(パンダ、マレーグマ、ナマケグマ、メガネグマ(アンデスグマ)、アメリカクロクマ、アジアクロクマ(ツキノワグマ)、ヒグマ(グリズリー)、ホッキョクグマ)が生息し、そのうちの2種を日本に見ることができる。すなわち、北海道にヒグマが、本州と四国にツキノワグマが分布している。

・・・クマ類は食肉類としての消化器官しか備えていないため、シカやニホンカモシカなど反芻獣のような体内細菌を利用した繊維質の消化はできない。

・・・冬眠は、冬季の低温への適応ではなく、飢餓への適応と解釈されている。すなわち、植物質食物の多くが期待できない冬季には、探餌活動に費やすエネルギーと、その結果得られるエネルギーの収支をバランスにかけ、動かずにやり過ごすことを選択した種といえる。

・・子別れの時期は、ヒグマではおよそ2.5歳、一方ツキノワグマではおよそ1.5歳とやや早い。・・野生下での寿命についてはよくわかっていない。断片的な情報からは、ヒグマ、ツキノワグマ両類ともに、平均的に20歳前後と想像される。

・・・ヒグマ、ツキノワグマともに縄張りは持たないため、狭い範囲に多数のクマが一時的に集まることもある。

・・・ヒグマではオス成獣で200キロ程度、メス成獣で100キロ程度であるが、これまでにオスで400キロ、メスで200キロを超える個体も記録されている。ツキノワグマでは、オス成獣で60~100キロ程度、メス成獣で40~60キロ程度である。ツキノワグマのメスは体重30キロ程度でも十分に成熟した個体であることがある。

・・・クマ類による平均人身事故数を試しに算出すると、ヒグマは約2.7人/年、ツキノワグマは85.0人/年となる。

・・・人身事故に遭っている人の年齢層では、ヒグマによる場合もツキノワグマによる場合も、50歳代から70歳代の中高年が大きな割合を占めている。これは、クマ類の生息環境とその周辺で作業やレジャーに関わる母集団の年齢層がそもそも高いということがあるだろう。・・被害者の行動人数では、やはり単独、あるいは二人で行動していた場合の事故遭遇率が高い傾向が示されており、これはヒグマ、ツキノワグマともに類似する。大人数の集団にクマが襲いかかることは、そのクマが何らかの理由によってパニックに陥っていない限り、まず起こることではないだろう。負傷の程度については、ヒグマとツキノワグマでは様相が異なる。ヒグマの場合には、被害に遭った人の30%以上が死亡している。一方、ツキノワグマの場合の死亡事例はせいぜい数%と低い。ただし、ツキノワグマの場合でも、ある程度の割合で重症事例に至っている点は覚えておくべきである。

・・・クマの痕跡などに十分な注意を払うことが一つの方法になる。糞、木の枝の折り跡、樹皮に付けられた爪痕などである。こうした痕跡がフレッシュな状態で集中的に発見される場合には、その場から引き返す勇気を持つことも大事である。特に、枯葉や土がかけられたシカなどの動物遺体を見つけた場合は、決して近づいてはいけない。クマが自分の占有食物として、近くで見張っている可能性が大きい。とても危険な状況といえる。

・・・クマに遭ってしまったときの定法は、クマを刺激しないように相対したまま、できるだけ落ち着いて後方にゆっくり下がって距離を取り、その場から遠ざかるというものである。・・それでもクマが突進してきたとしても、まだチャンスはある。私のこれまでの経験でも、クマの突進は威嚇(ブラフ)であることがある。目前まで迫った後にきびすを返したり、あるいは左右に方向を急転換したりして逃走していくことがある。ただし、威嚇と本気の攻撃の見極めはとても難しいことも述べておく。このタイミングで、クマが本当の攻撃を仕掛けて来たときの対応は二つに分かれる。ひとつは、防御姿勢、つまり手を首の後ろに組んで頸部を守り、その両肘で顔の側面をカバーして、地面に腹ばいになるというものである。通常、クマの防御的攻撃はあまり長い時間続かないはずなので、その短い時間を、急所を守りながら耐える。トウガラシ成分であるカプサイシンを含んだペッパースプレーを持参していれば、防御姿勢を取る前に試してみる価値はある。・・クマを十分に引き付けたうえで、口、鼻、目などの粘膜にめがけて噴射をする必要がある。したがって、使用については事前の練習が必要になるほか、度胸も求められる。・・いまひとつの方法が、迫るクマと闘うという選択肢である。鉈などの得物をぜひ携行すべしとの意見もある。実際、このような方法で生還された方も多いようなので、否定はできない選択肢となる。・・ただし、これまでの人身事故事例では、被害者は顔面に重篤なケガを負っている例が多い。クマは、人を攻撃する際には、顔面を狙うことが多いためである。

・・・すでに九州からはツキノワグマは姿を消した気配が濃厚であり、四国も待ったなしの絶滅危惧状態にある。』

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