今や泥沼化しているシリア内戦の初期の頃のルポです。内戦の戦場の様子がよく記されています。諸外国を巻き込む内戦の現場となった国の悲惨さをつくづく感じます。同情するなどと軽々しいことは言えません。しかし国際社会に期待などできません。このような状態に陥らないよう自ら努力していくしかないのだと強く思いました。
『・・・シリア国内に目を転じれば、勢力争いに明け暮れる様々な集団が絶えず戦火を交えている。その戦火を鎮めるどころか、ガソリンを注いでいるのが、ロシアによるシリアへの軍事介入だった。2015年9月30日から開始されたロシアの空爆はイスラム国だけでなく、反体制派組織にも向けられた。2015年初頭から劣勢を強いられていたアサド政権はロシアの参戦により再び力を蓄えつつある。
・・・シリアではジャーナリストはテロリストと同様に要注意人物として指定されているのである。
・・・大半の一般市民はシリアの政治には口を出さない。中央政府への不平不満は封殺され、友人、親族、家族に至るまで徹底的な言論統制が敷かれていた。壁に耳あり障子に目ありである
・・・「アサド政権の些細な悪口、たとえそれが冗談だったとしても、秘密警察の耳に入れば、刑務所にぶちこまれるんだ。誰が秘密警察かもわからないから、友人の間でさえ互いに疑いの目を向けていた。それが革命前のシリアだよ」私は信じられない思いで彼の話を聞いていた。「反政府デモが今、シリアのあちこちで起きてるけど、僕にとっては本当に信じられない光景だ。ただ秘密警察の締め付けは革命前より厳しい。捕まったら命さえ奪われかねない。デモの参加者は命がけでアサド政権に立ち向かっている」・・アサド大統領はイスラム教徒ではあるが、シーア派ら分派したアラウィー派に属している。そのためシリアでは12%ほどのアラウィー派が76%近くを占めるスンニ派を押しのけて、優遇されているという側面が強い。
・・・「たった一言、大統領を批判するだけで、3か月から4か月は監禁される。拷問され命を落とす者も少なくない。仮にうまく逃げられても、人物が特定されれば、ある日突然、逮捕されて、刑務所に送られる」隣にいた白髪交じりの初老の男性が私に話しかけてきた。
・・・ドゥーマの住人が中国人を嫌悪するには理由がある。以前から中国人の評判が悪かったわけでは決してない。しかし、民衆が立ち上がり、アサド大統領の退陣を迫ると、中国は真っ先にアサド政権に与した。それを明確に示したのが、2011年10月4日の国連安全保障理事会の席上である。
・・・市街戦の怖さは戦闘地域と非戦闘地域との境界線が入り乱れていることにある。不用意に外に出れば、双方から狙われる可能性が高い。
・・・彼に限らずここで暮らす住民の大半が国際社会への憤りをあらわにする。経済制裁により一年前と比べて物価は約二倍に跳ね上がった。・・アサド政権への経済制裁も火の粉をかぶるのは国民だった。
・・・ある日、突然、一発の銃弾で命を奪われる人々が発生する。彼らの多くは一般市民であり、正当な理由もなく撃たれる。ただ撃たれて殺されているだけである。理由があるとすれば、ドゥーマで暮らしている人間は全てテロリストとしてみなされる。女性だろうと子供だろうと関係ない。外国人の私も例外ではない。
・・・「この200mは緩衝地帯だ。どちらかが10mでも前進すれば、即座に銃撃戦になる。これはドゥーマに設けられた規則だよ。別に不思議なことじゃない」運転手は当たり前のように説明した。12日の停戦以降、この規則は両者によって守られている。しかし、強制力があるわけでもなく、破られるのは時間の問題だった。4月24日、政府軍による大規模な攻撃が開始された。緩衝地帯を犯したのは政府軍だった。
・・・とにかく国連がアサドの軍隊をドゥーマに誘導したことは確かだ」彼の話を聞いて、にわかには信じられなかった。しかし、同じような話は彼以外からも多く聞かれた。監視団は何もすることなく市内を駆け抜けていった。その直後に政府軍が突入してきた。ドゥーマの人々がなぜ国際社会に不信感を抱いているのか、その理由を今になって私は深く理解した。
・・・ドゥーマには政府軍からの離反兵が自由シリア軍として戦闘に従事している。その中の幾人かは異口同音にシャッビーハの残虐性を指摘した。「兵士の中には民衆に銃口を向けるのを躊躇う者もいる。シャッビーハはそんな彼らに銃を突き付けて『さっさと撃て。撃たなきゃ、お前が死ぬことになる』と脅すんだ。実際に撃たれた者もいる」
・・・「医師は政府軍にとって格好の標的だ。なぜなら我々は、市民はもちろん戦闘員の手当ても行っているからだ。医師だけじゃない、看護師も薬剤師も、そしてこの病院すらも攻撃の対象にされている」
・・・彼に限らず、自由シリア軍の多くがクルド人に対して好意を持っていない。クルド人はアサド側と協力して我々を叩き潰そうとしている。そう言って、敵意をむき出しにする者もいる。
・・・自由シリア軍とヌスラ戦線は共闘関係にあった。現時点での目的がアサド政権の打倒にあることで互いに共感しあっているのである。しかし、アブ・オバイダが語るような「デモクラシー」と真っ向から対立するのがヌスラ戦線だった。彼らが最終的な目標に掲げているのがシャリーア(イスラム法)に基づいた統治形態をシリアで実現することにある。
・・・政権側の人間は反体制派にとっては動物か道具か、そのどちらかである。
・・・ファーティハは殉教者旅団の活躍には一定の評価を下しながらも、モラルの低下に憤っていた。ハーレムで戦っている殉教者旅団にはよそ者も多数含まれている。主に略奪をしている人物はよそ者と言われている人物だと彼は言った。
・・・ハーレムの住民の一部は殉教者旅団の横暴に不満を抱えていた。ファーティハはその一例にすぎない。政府軍が撤退した都市や町で略奪が行われ、自由シリア軍の名を借りて銃をちらつかせて住民から金品を巻き上げているという噂も耳にする。
・・・アラウィー派はアルコール類に関して寛容だし、髪を覆い隠すヒジャブを着用しない。・・アラウィー派の他には、中流階級、上流階級がアサド大統領の支持基盤である。彼らの一部はビジネスを手掛けており、民衆蜂起により経済が落ち込んだ現状に不満を抱いていた。そして経済停滞の引き金となった反政府デモに怒りの矛先を向けている。
・・・自由シリア軍の名を借りた盗人だよ。そんな連中がアレッポにはウヨウヨしてる。・・当初は自由シリア軍を歓迎していた市民も半年ほどが経過すると、政府軍の無差別な攻撃に絶望するようになる。自由シリア軍が支配した町や村は激しい空爆にさらされる。そのことを恐れる住民は自由シリア軍を疎ましく感じるようになっていた。
・・・シリアでは何が正しくて、何が間違っているかの判断が難しい。
・・・アレッポのスークは世界遺産にも登録されている。しかし、現在は政府軍と自由シリア軍が熾烈な戦闘を繰り広げていた。スークは破壊され、古代遺跡のように風化していた。「こんな町になるんだったら、革命なんて起きなければ良かったと思うよ。たくさん人が死んで、盗人ばかりが増える。でも今さら後戻りはできない」彼はハンドルを握りながらしんみりと語った。
・・・自由シリア軍は町からの撤退を決断した。彼らが立ち去れば政府軍からの攻撃が止むだろうという算段が自由シリア軍にはあった。しかし、その考えは甘かった。包囲網を打ち破った政府軍約3000人が撤退を拒否した一部の自由シリア軍と共に町に残る住民を一網打尽に殺害した。
・・・タルトゥース県の虐殺には宗派間の抗争が凄惨な結果を招いた。・・立て続けに起きた虐殺事件は海外のメディアでも大きく報道された。しかし、国際社会の反応は冷淡だった。アメリカに拠点を置く人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが詳細な報告書を作成しているが、虐殺の実行犯は野放しにされたままだった。
・・・シリアでは反体制派は一枚岩ではない。無数の組織が乱立しており、互いに共闘したり、仲たがいしたり、統合や分裂を繰り返している。
・・・死が間近に存在すれば、生は強い輝きを放つ。その光に私は吸い寄せられた。人間として生きた証を残したい。そして、誰かに見てほしいと思うのは当然のことかもしれない。
・・・シリアとトルコを結ぶ正規の国境は開放されている。しかし、通過できるのは有効期限が切れていないパスポートを所持している者だけが対象である。
・・・一部の特権階級が私服を肥やすのはシリアだけに限らない。アラブの春が吹き荒れた要因は様々あるが、その一つが賃金に関する国民の不満だった。
・・・アサド政権のパイロットは操縦が下手くそだ。だから俺たちに落とすはずの爆弾が味方の陣地に堕ちるのさ。だから爆弾は落とさない
・・・特殊なドラム缶に火薬や石油類を詰め込んだだけの簡素な作りだが、ヘリコプターから投下される樽爆弾は辺り一帯を瓦礫の山と化す。鋭利な金属片も含まれており、着弾した途端に爆風によって金属片は無数の刃物に姿を変える。一発の樽爆弾で6階建てのマンションが倒壊するほどの威力があり、飛び散る金属片で周囲は八つ裂きにされる。
・・・ある男性はこんな言葉を口にした。「反体制派の戦闘員はアレッポを破壊するだけ破壊して、仕事が終われば自分の村に帰る。アサドから俺たちを守るなんて偉そうなことを言っているが、やっていることは破壊行為と同じだ。市民を殺さないだけマシだが、我々のことを何も考えていない」
・・・彼に限らず全てのシリア人が生まれ故郷に深い愛着を抱いている。
・・・残忍な手法は多くの人々に嫌悪感を抱かせる一方で、一部のイスラム教徒には超大国アメリカに屈しない姿勢が好感を呼ぶことになる。
・・・事実は少し異なる。共存というより互いに干渉しないという了解の下で暮らしているという方が正解なのである。仮に双方どちらかが相手の支配地域を侵せば敵としてみなされる。しかしアサド憎し一辺倒で結束している反体制派にとってはアサド政権と妥協しているクルド人のそうした姿勢が許せなった。・・ISはクルド人と戦火を交えていた自由シリア軍とヌスラ戦線を駆逐し始めた。それはクルド人を手助けするためでなく、クルド人地域を支配するための下準備に過ぎなかった。・・宗教的にISとクルド人は水と油の関係にある。厳格なイスラム法の適用を目的としているISとってはクルド人をイスラム教徒として認めるわけにはいかない。女性が戦闘員として加わり、頭を覆い隠すヒジャブも着用しない。喫煙もするし、踊り歌う。クルド人の中には無神論者も多数存在する。
・・・ISが世界のイスラム教徒を魅了するように、クルド社会は民族、自由、解放を求める世界の活動家を奮い立たせた。・・大敵であるISに果敢に挑むクルド人の勇姿は巨大な政府に立ち向かう民衆による革命を連想させる。
・・・1960年代、クルド人の人口増加を懸念したシリア政府は一部のクルド人を近隣諸国からの密入国、不法滞在と断定し、シリア国籍をはく奪した。約12万のクルド人が「外国人」、もしくは戸籍から抹消され、現在ではその数は約28万人に達する。
・・・国家の建設を掲げるクルド人は、トルコ政府にとって自国の領土を脅かす存在として映る。ISを利用して、YPGを叩き潰そうと考えても不思議ではない。なにより多くのクルド人がISが国境を通過しているのを目撃しているのである。エルドアンとダーイッシュは盟友さ、そう揶揄する声を私は至る所で耳にした。アサド大統領に敵対するエルドアン大統領を称賛するまではいかないまでも、多くのシリア人は好意的に見ている。それがクルド人にとっては悪役の対象でしかない。・・2015年7月20日、トルコの南部の町スルチの文化センターでISの犯行と思われる自爆テロが発生し、30人以上の死者を出した。これがきっかけとなり、トルコはISへの締め付けを強化した。
・・・何千人というISの遺体はそれぞれ一塊にして穴を掘って埋めたと彼は説明した。・・死人に口なし。ISの遺体は何も語らなかった。ミイラ化した遺体、乱雑に埋められた遺体、アメリカの空爆で灰になった遺体、私は朽ち果てるだけのISの遺体を前にして、どこか切ない気持ちが胸の内に込み上げてきた。
・・・シリア情勢は複雑怪奇な様相を呈している。誰が味方で、誰が敵なのか。アサド政権、イスラム国(IS)、反体制派、クルド人、それぞれが互いに反目している。
・・・2015年11月13日、フランスの首都パリではイスラム国の犯行により130人以上の市民が無差別に殺戮された。同月24日にはロシアの戦闘爆撃機がトルコの戦闘機により撃墜された。領空侵犯と主張するトルコ政府にロシアは事実無根だと反論している。』