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2017年4月 5日 (水)

ブッダが教えた本当のやさしさ (アルボムッレ・スマナサーラ長老著 日本テーラワーダ仏教協会)

これまでにもこの著者の本は読んできましたが、少し違う視点からの記述もありました。

『・・・やさしいか、やさしくないかは、「相手が私の好む態度をとったかどうか」で、決まるのです。
・・・結局、世間のやさしさは、エゴなのです。自分に都合がよければやさしくて、都合が悪ければやさしくない、そういうことです。それだけのことなのに、私たちは、「やさしいから、良い」「やさしくないから、悪い」と信じて疑ったことがありません。
・・・生命は外から命を注いでもらわないと、死んでしまうのです。・・人間には、いろんな「刺激」が必要なのです。眼から耳から鼻から舌から身体から入ってくる刺激が必要なのです。その刺激は、他の生命からもらわないとうまくいきません。・・やさしさは、私たちの命を支えるために必要な刺激なのです。「自分に心地よい刺激を与えてくれる人」は、とてもやさしい。・・「やさしさ」という刺激は、私たちの「命」なのです。
・・・「生命は成り立っている」のです。無数の生命の協力によって、今ここにいる自分という生命が成り立っているのです。他の生命もまた、他の生命によって成り立っているのです。自分は、独立して存在しているのではありません。生命のネットワークのなかの一項目です。一つの中継点です。生命のネットワークの一員である一個の生命は、他の生命と正しい関係を維持しなければなりません。そこで成り立つ相互的な関係が「正しいやさしさ」であり、「生命の法則」でもあるのです。
・・・「やさしくいる」ということは、そんなに難しいことではないのです。我を張らず、余計なことを考えないで、自然の流れに沿って生きていれば、その人はやさしいのです。・・それぞれが自分の仕事をすればよい、それだけの話なのです。そこに「欲しい」という欲が割り込むと、ネットワークがダメージを受けます。・・本当のやさしさは、エゴの無い「生命」という次元なので、必要以上を求めません。「欲しい」というところまではいかないのです。
・・・因果法則をわきまえた立場で言うべきは、「威張るものではないよ」「エゴ、自我を捨てなさい」ということです。これは生命のネットワークの成り立ちを正しく理解した言葉です。
・・・固定的に「これはこの人がすべき仕事だ」ということは、ありません。どうやって能率、効率をよくするのかを考えて、そのときに上手にできる人がさっと動くだけでよいのです。それはいつでも、ものすごく自然に出てきます。・・仏教が言いたいのは、「生命の法則を理解して、自然に生きなさい。よけいなことを考えるなよ」ということです。これだけで人間が救われる道を示しているのです。・・「仕事はあるけど、疲れたから休んじゃえ」というならエゴです。「疲れて上手に仕事ができなくて、このまま続けても迷惑がかかるから休もう」というなら、自分中心でないから自然です。
・・・「やさしさ」というのは、ごく自然に生きることです。自己中心にものを考えないことです。「自我がない」ということが、「やさしい」ということなのです。・・私たちも時と場合に応じて、母親になったり、父親になったり、子供になったり、社員になったり、お詫び係になったりと、いろいろな仮の役割を果たさなければなりません。そのときは正しくその役割を果たせばよいのです。・・エゴを捨てて、ネットワークで自然に出てくる義務を果たすなら、ネットワークはあなたに必要なものをぜんぶ用意してくれます。満たされた生きていられます。
・・・生命のネットワークでは、生命を殺してはいけない。いじめてはいけない、侮辱してはいけないのです。自分を含めたあらゆる生命がネットワークの部品なのだから、当然のことです。
・・・こちらのエゴがないと、エゴでなぐられてもなんともないのです。・・ただ、エゴのない人に対しているときはエゴが発病しないので、安らぎを感じて穏やかに気持ちよく接するのです。・・エゴのない人に対しては、世界の態度が好意的だということです。・・テロリストには、「君が私を侮辱しても、私は君を侮辱しませんよ」というのが正しいやり方なのです。
・・・すべての生命に友情を広げることが、正しいやさしさの第一段階なのです。・・「一切生命が友情を期待するのは当たり前だ」と思うようになったら、メッターの心は間性です。やさしさの第一段階は完成です。・・友情の次に見えてくるのが、「抜苦(悲)カルナー」なのです。
・・・「困ったな」という人がいたら、助けてあげるのは当たり前です。それはネットワークの仕事です。カルナーが身につくと、生命のことをより深く理解できるようになります。
・・・ムディター(喜)は、幸福な人々を見て「ああ、とてもよかった」と思う気持ちです。他人の喜びを自分の喜びのように持ってくるのです。すごく心が広くなっていて、無数にいる他人の成功を我がことのように喜べるのです。
・・・一切の生命を平等な気持ちで見て、「不幸な生命もいて、幸福な生命もいて、不幸でも幸福でもない生命もいて、それぞれが自分の生き方で頑張っているのだ」と、平等な心をつくるのです。その心が「捨 ウペッカー」です。・・「愛」というのは使ってはいけない単語です。そうではなくて慈(メッター)・悲(カルナー)・喜(ムディター)・捨(ウペッカー)という四つの感情が正しいのです。この感情が、生命に対する基本的な法則の実践になります。これが本来のやさしさ、自然に素直に生きるために育てるべきやさしさなのです。』

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