« 新聞記事から(【正論】ボルトを驚かせた日本の底力)(28年9月5日 産経新聞朝刊) | トップページ | 男の禅語 (平井正修著 三笠書房) »

2016年10月 2日 (日)

兵学入門 -兵学研究序説- (西浦進著 田中書店)

大変古い本ですが、図書館で見つけました。たいへん示唆に富んだものでした。

 

「「・・・フランス人はフランスの軍事崩壊は、国内の政治的弱さから起こったものと考えている」事実1940年マジノ線の崩壊というものも、軍事的な欠陥も多々ありましたが、政治的原因によって失敗したということが多分にうかがえるのであります。マジノ線は、白・独国境に延長するか、白・仏国境に延長するか、すなわちベルギーに対する問題点を未決定のままで戦いに挑んでしまったわけでありました。

 

 

・・「結局これに対処するには、一つのやり方、一定の型だけを教え込むだけでは駄目である。将校なかんずく高級将校や高等司令部以上の幕僚になる将校に対して、戦理というものをよく会得させなければいけない。・・」

 

 

・・当時その国民も兵士も非常に勇敢であった。しかるに政治と軍事との一貫性の欠乏ということと、戦理の把握ということにおいて、将帥の識能と着意や努力が欠けておった。これが普仏戦争におけるフランスの大きな敗戦の原因になった訳であります。

 

 

・・フォッシュは「戦争の生きた要素、要するに精神的要素というものを抜かした、単に将棋の駒を列べるというような戦術教育、戦略教育というものはだめである。また単なる個人の経験からのみ来た議論もだめである。要するに系統的な深刻な戦史の研究をしなければだめである」とこういうことをいいました。

 

 

・・要するに、国境線と国防線とを混同したこと、これがフランスの戦略思想を誤らしめた有力な原因で、こういう状態で第二次世界大戦に移って、ああいう初期の失敗を招いたわけであります。

 

 

・・クラウゼビッツがいっておりますが、「今までいろいろの出来事に引きずられ、知らぬ内に欲張り過ぎる。ことに攻勢をとっている方は、精神力が勝っているからその精神力に支えられて、自分の力が無くなっているにもかかわらず、なお停止するということは苦しくなる。このため依然、前進を続けることが、かえって容易であると思いやすくなる。これはちょうど、重い荷物を引いて坂道を登る馬車馬と同じで、ときどきとどまって力をつけ、もう一辺引き上げればよいのだが、とどまる方が苦しいと思ってどんどん前へ行く。その内に息が絶えて参ってしまうものだ」

 

 

・・要するに来るべき戦いの本質というものを考えて、これに応じた戦法を考察し、しかもこれを部下に強要しうる。これが一つの戦勝の大きな原因になるわけであります。

 

 

・・ちょうど第一次大戦に、フランス軍は非常にたくさんの大砲兵を持っていた。これを思い切って捨てきれなかったことが、第二次大戦におけるフランスの失敗の一原因となった。

 

 

・・リデル・ハートは「軍人は新しいものはなんでも取り入れたがるが、古いものは捨て切らない。これが軍人の欠点である」ということをいっております。

 

 

・・この目標を転換したことによって、イギリスの戦闘機隊はやっと息を吹き返して、それがドイツの爆撃がとうとう失敗に終る一つの大きな転機を作った訳であります。この爆撃目標一つの変更ということが、あとから考えてみると世界の大きな歴史を変えるだけの原因を作っている訳であります。お互いにこういう問題を考えてみますと、上級指揮官なり、幕僚なりの決心ということがいかに重大であるかということが分かってくるのであります。単にその時の感じとか、思い付きとかでやると大変な問題になる。そのとっさの決心というものは、平時からの深刻な研究の結果として出てくるのでなければならないと思います。

 

 

 

・・できるだけいろいろの研究をして、軍事的のどういう徴候が起こってくるかということを、できるだけ努力をして判断をしなければいけない。それと同時にわからないものはわからないとして置かなければいけない。神のまねをするものは、真先に処罰される。

 

 

・・戦理の研究においては、古くても新しくても違いはない。学校で習ったことを直ぐにそのまま、使おうとする教育をしてはだめである。

 

 

・・指揮官の第一の任務は指揮をすることである。すなわち決心をし、かつその決心の実行を確認することである。正しい決心をするためには判断が必要である。しかして敵の反抗、友軍の不同意、政治家との確執、部下の疑惑を克服してこれを実行するためには、まず堅確な意志が必要である。・・指揮官の第一の特性は、他をして己の欲するところに従わしめならばやまぬ「説得力」「強制力」「垂範」を打って一丸とした総合力にほかならぬ・・これなくしては指導者とはなりえないのである。しかし、正確な判断力を持たないで、上記の特性を多分に持てば持つほど、それは危険であり、むしろ破壊をもたらすであろう。われわれの期待する高級指揮官は、第二の特性として意志の堅確と判断の正確とを高度に必要とするのである。

 

 

・・意志が堅固で、判断が正確なものは、指揮官たりうべく、これに思考の柔軟性が加われば指揮官として成功したもので、多分これは名指揮官といえるだろう。しかしその階級があがるに従い、戦場における名指揮官たるよりも、まず彼自身偉大な人間であることが必要になってくる。なんとなれば、意志、判断、思考などは、将帥の高潔な質的の品性にその根源を置くものであるからである。円満率直な誠心を有することが大切である。しかもその要素の最大のものは、精神的勇気である。それは職責の重大さに耐えるとともに、その職を賭することも畏れぬものでなければならぬ。世評を恐れてはいけない。これらを超越してさらに率直純真でなければならない。生涯を通じて将帥は誠実でなければならない。

 

 

・・「諸君が、この学校の門をくぐるときに見た標札、それには「War College」と記してある。その戦争と学校という言葉は結びつくものかどうか。すなわち、戦争というものは学びうるものか、また教えられるものか」 これこそ、兵学についての、疑問の根本をついたものである。そしてフォッシュは「戦争は、学びうるし、また学ばねばならないものである」と結論し、それは「戦史の深刻な研究によってはじめて可能である」と説いていた。

 

 

・・軍事科学と軍事教義とをはっきり区別しなければならないと言われている。それは一方で科学的な方法により、情勢の変化に応じて適正に行動し、さらには新しく正しい教義を立案し、また世界の新しい趨勢に遅れないための頭脳の養成をすることが必要である。そして他方現在の政治によって決められた現在の国軍の教義に基づく教育というものも必要である。これを両方区別して行わなければならないということである。これがはっきりしてなかったことが、我が国における従来の兵学教育の欠点であって・・

 

 

・・歴史上の具体的な形態に即しての、一般性と個別性とを媒介する概念を設定する試みが行われなければならないことになる。このような試みとしてしばしば用いられるものに「類型」という概念がある。

 

 

・・クラウゼビッツは、理論の樹立、さらには、今日以後の用兵の準拠となるためには、困難のあることは認めている。しかし、それは次の二つのことによって、打開されるものとしている。第一に下級部隊の戦闘においては、精神的作用が大いに作用するといっても、当面の物質的武器が相触れるにとどまり、物質的なことが、主要な地位を占め、その作用し考慮すべき現象範囲も限定される。極論すれば、戦術的理論は、比較的立てやすく、また純縄となりやすい。しかし、戦略的特質を帯びた部隊や舞台が大きくなるに従い、理論の困難性は増大するというのである。第二にクラウゼビッツは、「理論は必ずしも積極的な協議、即ち行動に対する指令である必要はない」という所論である。

 

 

・・兵学の理論は、未来の指揮官の知能を養うものであるというよりは、むしろ未来の指揮官の自修独学を指導するものである。

 

 

・・モルトケ将軍門下の逸材として、ドイツ兵学界に名を成し、また実戦でも令名を馳せたヴェルデ・ドユ・ヴェルノワ将軍が、1866年ナホドの戦場の縦隊指揮官として初陣の感想は、彼の「帥兵術」に記されているが、その後しばしば引用されてきた。かれは、戦場で初めて敵と相まみえ、眼前に現出した諸種の困難に当面して、どうすればよいかと、過去の範例や戦訓を、自分の記憶の中にもとめたが、何のうるところもない。「戦史も、原則も事に当たっては、何の役に立つものではない。結局これはどうすればよいのか」 彼の胸に浮かんだのは、(いったいこの問題の本質は何か)ということであった。本情況に対処するために、自分自身の能力から発した方策や決断こそが、指揮官である彼に要求されるものであった。こうして彼は、それ以来遅滞なく、機敏にして適切な指揮を遂行して、立派な戦績をおさめることができた。1866年のオーストリア軍は、1859年の戦役の実戦の経験を持っていた。プロシア軍は、1815年から以後、実戦の経験をもっていなかった。ところが、前者は戦争を理解していなかった。一方プロシア前衛の指揮官は、陸軍大学校を出たばかりの新参ではあったが、戦場で極めて的確な指揮を行い。活気があふれていた。このようなことは、当時まで一般的に歴戦の老巧者だけが、よくなしうるものと考えられていた。・・理論の知得である兵学と、この能力を発揮する兵術との溝は、広くかつ深いものである。これを埋めうるものは、理論と戦史とを材料とする、練磨の反復だけであり、このことはどれほど強調しても足りないことである。・・兵術能力には、右の兵学理論と戦史による練磨の他に、クラウゼビッツも述べているように、その人、生来の資質が大いに影響するものである。・・さらに指揮官の兵術能力を大きく左右するものは、クラウゼビッツも指摘しているように、その人生経験による練磨の深さである。

 

 

・・国家、国軍の死活を賭けた戦争の戦略は、最も卓越した戦略家に任せなければならない。最も卓越した戦略家というものは、単に軍人を職業としているという人ではない。棋士やプロ野球人などの努力鍛錬には、まことに敬服すべきものがあり、勝負の世界は実に厳しいものである。ところで、軍人、とりわけ専門の軍人こそは、生死の境に立って、国運を賭する戦場に登場する、最も端的な勝負師である。したがって、その修練は、ある資格やある段階にだけ達しさえすれば、それでよいというような、生ぬるいものであってはならない。

 

 

・・これらの「類型」はさきにあげた「理論」とともに、戦史観察の基準、ものさし、作出のためにだけ役立つものである。「理論」「類型」を行動のための指令とするのは大きな誤りである。・・ドクトリンの決定は、次の戦争のためのこれより上の段階における兵学の検討を、一応封止する結果を招きやすい。用兵当局として、最も慎重を期すべき事柄である。

 

 

・・変動が目まぐるしい今日の情勢で、将来戦の様相を予見することは、いっそう困難になってきている。「この時代における高級指揮官、高級幕僚の陶冶には、一定のドクトリンの普及徹底よりも、むしろ自ら判断し、自ら対処する自由な精神の持ち主、適応性ある将帥、幕僚の養成に力を用いるべきである。このため最も有効な手段は、過去の戦史の研究理解にある。・・」フランンス陸軍の長老エリー将軍がこのように説いているのも、前記の趣旨によるものである。

 

 

・・フランス陸軍の長老ブーシェリー将軍は、次のように述べている。「第2次大戦(1940年)におけるフランスの敗戦は、将軍たちの技術的な理解の不足がその原因ではない。むしろ彼らは技術には通じていた。彼らは、戦争の本質を理解せず、適応性を持っていなかった。結局彼らは兵学を理解していなかったのである。・・・・」

 

 

・・部下将兵の真情に通じ、統率の機微を解するということは、兵術能力の中の重要な一要素である。専門の兵器技術者、工学者である必要はないが、練達の人生経験家であることは欠くことのできない要件である。』

 

 

« 新聞記事から(【正論】ボルトを驚かせた日本の底力)(28年9月5日 産経新聞朝刊) | トップページ | 男の禅語 (平井正修著 三笠書房) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 兵学入門 -兵学研究序説- (西浦進著 田中書店):

« 新聞記事から(【正論】ボルトを驚かせた日本の底力)(28年9月5日 産経新聞朝刊) | トップページ | 男の禅語 (平井正修著 三笠書房) »