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2016年10月

2016年10月28日 (金)

真田幸村 真田三代伝 上 (竹本友重著 逍遥堂)

真田3代の歴史を簡潔に、わかりやすく書いてあると思います。

『・・修験者たちは、関所の通行自由を保証していたため、各地の情報を集めさせるのに適しており、滋野一族は彼らに加持祈祷をさせながら、諸国を巡らせた。このやり方は、後年に幸隆が作り上げる諜報部隊の原型となる。
・・・従来、室町期の守護というものは、ほとんどの場合、民政などに目を向けることなどなく、搾取のみを行う存在であったのだが、下剋上を経て伊豆一国の領主となった早雲は、真心を込めて民政を行う風変わりな人物であった。
・・・「武田に与しよう」と、幸隆は決意した。これは思い切った発想であった。何せ武田といえば滋野一族を打ち砕いた張本人なのである。実質的に、それをおこなったのは晴信の父・信虎であったとはいえ、滋野一族の武田に対する感情は穏やかであろうはずがなく、・・
「・・・わずかの間にこれほど時勢が動いている中で、旧体制の権力の幻影にすがりつき、時勢の流れに逆らっていては、彼らのような小勢力は瞬く間に滅んでしまいます」と、幸隆は訴えた。
・・・業正は幸隆の才能に目をかけ、将来のためには衰えた勢力の中で燻っているより、有望な武田に仕えるほうが良いと進めてくれるのだ。さらにそのうえで、自身がいる限りは上野の地は渡さないと武門も意地をも見せているのである。
・・・この男の非凡さは、失敗が許されない局面でありながら、焦ることなく数か月もの時間をかけて工作を続けたところにある。・・その間の彼の忍耐は相当なものであっただろうが、流寓の生活を耐え忍んでいた精神の強さが彼を支えた。
・・・軍事において大軍を速やかに移動させることは、兵力を集中させ敵の虚を衝くためには欠かせないものであり、かつては秦の始皇帝も道幅の広い軍用道路を設けている。
・・・のちに源五郎は、甲斐の名家であり、信玄の母系・大井氏の氏族である武藤家の養子となり、「武藤喜兵衛」と名乗る。
・・・(戦功者ほど慎重で、時に臆病であることを恐れぬものよ)
・・・出陣の前、幸隆は昌幸に「戦場では何が起こるか分からぬ。己の功名よりも身を挺してお館様を守れ」と声をかけた。
・・・上杉軍は合戦の際、一人に三食分を用意させておく軍律があり、火を焚く必要がなかったため察知されることはなかったといわれる。
・・・「奇策というものは種が知れてしまえば多大な危険が付きまとう。・・」
・・・武田信繁の戦死は痛かった。彼は人望が厚く、武田の副将として兄を支え続けた人物で、昌幸も尊敬していた。次男(幸村)に「信繁」と名付けたのはその影響ともいわれる。ただ、俯瞰的視野でみれば、武田としては、信濃の勢力圏を維持することができたため、戦略的勝利を得たともいえる。このことは、信玄という人物の本質を表している。彼は、局地的勝利よりも、軍事・外交・政治の総合面を駆使し、大局的勝利を得ることに重きを置く人物であった。
・・・一説によれば、この「六文銭(六連銭)」の家紋は、幸隆が武田に臣従した時期改めたものだといわれているが、元々は滋野氏が用いていた紋である。
・・・信長は自身が力をつけるまで、信玄が輝虎といった戦上手に対して、徹底して下手に出ることで摩擦を避けようとしていたようで、桶狭間の戦いのような博打を繰り返そうとせず、富国強兵政策による軍備の充実と外交・政略を駆使し、敵に勝てるだけの準備ができるまでは合戦を回避しようとしたところに、信長という人物の凄みを感じることができる。
・・・彼の妻は今川義元の娘であり、氏真は義兄弟にあたるため、武田の外交方針が今川・北条から織田・徳川ラインへと移行していくことに、「それでは信義に背きましょう」と憤りを見せたのだ。当時、後世のような信義という概念は未だ育ち切っていなかったが、おそらくこれは教養のある妻から得た宋学の影響であっただろう。
・・・「お館様の葉柄の神髄は、外交や駆け引きを駆使して敵戦力を分散させ、逆に味方敵を有利な地形に集中させ、各個撃破するところにある」
・・・後年、鬼神のような采配で徳川軍を二度も寡兵で破ったこの男の軍才は、日夜信玄という巨人に接してその思考法に触れ続け、心胆を練り上げた結果育まれたものであったのかもしれない。
・・・信長は目先の局地的勝利を得て、用意周到に準備を整えたうえでの大局的勝利を目指していたのだ。逆に、勝頼の立場上、失敗することは権力基盤が崩れることに直結するため、常に全ての合戦に勝利しようとするところがあった。このあたりの余裕の差が、今後の両者の明暗を分けることになる。
・・・信玄には必勝の信念と大胆な着想とともに、慎重かつ緻密な思考力があった。敵を侮らず徹底して情報を集め、外交・内政の準備を尽くして勝てる見込みが整ったときに初めて軍を動かした。だからこそ武田軍は連勝を重ね、諸国から恐れられる存在になったのである。
・・・戦いにおいて、戦略面での失態を戦術で補うことは難しく、昌幸は勝頼の姿をみて、改めて采配を預かる者の責任を学び取った。
・・・かつて長篠城が大軍を勝手に持ちこたえたのは、天嶮の要害であるだけでなく、結束が固かったからだ。
・・・ただ、昌幸という男の凄みは、こうした事態に陥っても冷静沈着に戦局を読み取り、己を俯瞰的視野で眺めることができるところにある。
・・・一方、物静かな幸村は、道中言葉を発することもない。年少期の彼には活発さがあったが、年を経るに従い口数が少なくなっている。後年、兄・信幸はこの弟について、「物ごと柔和忍辱にして強からず、言動少々にして怒り腹立つことなかりし」と、温和な人柄を評している。
・・・内側から湧き上がる情動をひたすら抑えながら、いつか訪れるであろうその時に備え、思考を練り上げていく作業を続けることで、彼の作戦能力と心胆は鍛えられていったのだろう。
・・・三成という人物は、卓越した行政能力を以て秀吉に重用される能吏であったが、反面その潔癖で傲慢な性格が災いし、諸将から嫌悪される存在であった。だが彼は、自身が信頼した相手に対しては、誠実な態度で接するところがあり、彼の右腕として奮戦することになる島左近(清興)や直江兼続らがそうであった。
・・・昌幸が何か問えば、即座に本質を衝いた口にする。(これは普段心胆を練っておらねばこうはいかぬ)
・・・昌幸がそれでも西側についたのは、太閤秀吉や秀頼への義理ではない。一つには領地のことがあった。
・・・西軍に裏切りが相次ぐ中、大谷隊は一人も戦線から離脱することなく、吉継の指揮の下奮戦した。このあたりに、吉継の人望と統率力が表れているといえるだろう。』

2016年10月23日 (日)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (橘玲著 新潮新書)

知人から、「決して新聞広告されないが、とても面白い本がある」と紹介されて、読みました。事実から目をそらしてはならないという著者の考え方には大いに賛同します。

『・・世界は本来、残酷で理不尽なものだ。その理由を、今ではたった一行で説明できる。人は幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない。
・・・どれほど努力しても逆上がりのできない子供はいるし、訓練によって音痴が矯正できないこともある。それと同じように、どんなに頑張っても勉強できない子供もいる。だが現在の学校教育はそのような子供の存在を認めないから、不登校や学級崩壊などの現象が多発するのは当たり前なのだ。
・・・決断は、願望ではなく正しい知識に基づいてなされるべきだ。
・・・犯罪心理学でサイコパスに分類されるような子供の場合、その遺伝率は81%で、環境の影響は2割弱しかなかった。しかもその環境は、子育てではなく、友達関係のような「非共有環境」の影響とされた。この結果が正しいとすれば、子供の極端な異常行動に対して親ができることはほとんどない。
・・・言語性知能は、家庭環境の影響を強く受けるものの、それを除けば、一般知能の8割、論理的推論能力の7割が遺伝で説明できるなど、認知能力における遺伝の影響はきわめて大きいのだ。
・・・ジェンセンは知能を記憶力(レベル1)と概念理解(レベル2)に分け、レベル1の知能は全ての人種に共有されているが、レベル2の知能は白人とアジア系が、黒人やメキシコ系(ヒスパニック)に比べて統計的に優位に高いことを示した。
・・・(IQが同じであれば、黒人は白人の2倍以上、知的職業に従事できる)。また、1989年時点の平均的アメリカ人の年収は、白人の約2万7000ドルに対し、黒人が約2万ドルだが、(黒人の収入は白人の4分の3)、IQ100の白人と黒人を比べればともに約2万5000ドルで経済格差は消失する。・・同じIQで見れば、黒人は白人と平等か、むしろ優遇されている。黒人が差別されているように見えるのは、白人に比べて知能の低い層が大きいからだ。・・現在では、人種間で知能の差があることはさまざまな研究で疑いのない事実とされている。議論が分かれるのは、それが遺伝的なものかどうか、ということだ。
・・・スポーツや音楽を語るときに肌の色で「黒人」という人種にひとまとめにすることが問題とされることはない。それに対して知能の格差は差別に直結し、政治的な問題となって激しい論争を生む。なぜなら私たちが暮らす「知識社会」が、ヒトのさまざまな能力の中で知的能力(言語運用能力と論理数学的能力)に特殊な価値を与えているからだ。
・・・問うべきは、「アシュケナージ系ユダヤ人だけがなぜ高い知能を持つようになったのか」だとコクランとハーペンディングはいう。彼らのIQは平均して112~115くらいで、ヨーロッパの平均(100)より1標準偏差近く高いのだ。(平均的な偏差値を50とすると、アシュケナージ系は偏差値60に相当する。)
・・・イヌは哺乳類のなかでもっとも多様性に富むが、もともとはオオカミをヒトが飼いならし、18世紀以降の品種改良によってわずか数百年でセントバーナードからチワワまで様々な犬種が作りだされた。ある特殊な条件の下では、こうした極端な淘汰が起こりうる。
・・・DNA分析では、今日のアシュケナージ系ユダヤ人は祖先である中東人の遺伝子をいまだに50%ちかく保有している。これは過去2000年間における混血率が一世代あたり1%未満であったことを示しており、ここまで同族婚が極端だと有利な遺伝的変異は散逸することなく集団内に蓄積される。・・アシュケナージ系の高い知能は、ヨーロッパにおける厳しいユダヤ人差別から生まれたのだ。
・・・「幸福のホルモン」と呼ばれるセロトニンは、脳内の濃度が高いと楽天的になり、レベルが下がると神経質で不安を感じやすくなるとされる。このセロトニンを運搬するトランスポーター遺伝子には、伝達能力が高いL型と伝達能力が低いS型があり、その組み合わせで、LL型、SL型、SS型の3つが決まる。この分布は大きな地域差があり、日本人の場合、約7割がSS型で、LL型は2%と世界で最も少ない。これが日本人にうつ病や自殺が多い遺伝的な理由だとされている。
・・・「ベルカーブ」はベストセラーになったものの、マレーは「白人と黒人の知能の差を暴いた」と評価されることが不満だった。なぜなら彼らはそこで、アメリカ社会を分断するのは人種ではなく、もっと別のものだと述べていたのだから。
・・・マレーは、これが新上流階級がスーパーZIPに集住する理由だという。彼らの趣味嗜好は一般のアメリカ人とまったく異なっているので、一緒にいても話が合わない。「自分に似た人」と結婚したり、隣人になったほうがずっと楽しいのだ。・・新上流階級は、政治的信条の同じ労働者階級よりも、政治的信条の異なる新上流階級と隣同士になることを好む。政治を抜きにするならば、彼らの趣味やライフスタイルはほとんど同じなのだ。・・戦前はもちろん戦後も1960年代くらいまで、アメリカの大富豪は庶民とたいして変わらなかった。・・金持ちは(召使に囲まれて暮らすような)庶民と異なるスタイルを身につけただけで、異なる文化コンテンツを持っていたわけではなかった。しかし、1980年代以降、とりわけ21世紀になって、アメリカ社会に大きな変化が訪れた。それが富の二極化で、新上流階級はいまや庶民とはまったく異なる文化を生きている。2011年にウォール街を占拠した若者たちはこれを、「強欲な1%と貧しい99%」と表現した。・・庶民(労働者階級)の間で確かにコミュニティは崩壊したが、新上流階級のなかでは伝統的な価値観がまだ健在だというのだ。・・アメリカが分断された格差社会になったのは事実だが、美徳は”善良”な99%ではなく”強欲”な1%のなかにかろうじて残されているのだ。なぜなら彼らは、その極めて高い所得を使って、親たちが彼らに望んだ「古き良きアメリカの理想の家族」を忠実に演じることができるのだから。
・・・多くの最貧困女子を取材した鈴木は、そこには「3つの障害」があるという。それは精神障害、発達障害、知的障害だ。これは現代社会の最大のタブーのひとつで、それを真正面から指摘したことは高く評価されるべきだろう。・・現在、日本社会の最貧困層の生態系に大きな変化が起きている。少子高齢化と価値観の多様化(若い男性の草食化)によって、風俗の市場が大きく縮小してしまったのだ。同時に、女性の側に「身体を売る」ことへの抵抗がなくなって、風俗嬢希望者が激増した。需要が減って供給が増えたのだから、当然、価格は下落する。これが「セックスのデフレ化」・・
・・・現代の生物学や心理学が、身体的特徴だけでなく、こころや感情も進化の産物だとみなすようになった・・犯罪には、あらゆる時代、あらゆる社会で顕著に観察される遺伝的・生物学的基盤がある。それは性差で、女に比べて男の方がはるかに暴力的・攻撃的なのは明らかだ。
・・・一夫多妻の社会では、女性は地位の高い高齢の男に独占されている。それに挑戦し、戦いを挑む蛮勇を持った個体だけが、後世に遺伝子を伝えることができた。そう考えれば、若い男性の犯罪率や事故率がきわめて高く、歳をとるにつれて「まるくなっていく」のが進化の必然であることが分かる。
・・・アフリカや南米などの、文明社会と接触のなかった狩猟採集民族でも、赤ん坊殺しは広く行われているのだ。伝統的社会において赤ん坊が殺されるのは、以下の三つの状況の時だ。①赤ん坊が父親の本当の子供ではない場合。・・②赤ん坊の質に問題がある場合。・・③子育てに適した条件がない場合。・・子殺しはヒトだけでなく、チンパンジーなど霊長類でも行われている。
・・・女性がオルガスムを得るとオキシトシンと言う性ホルモンが分泌され、これによって子宮が収縮し、スポイトのようにより多くの精子を吸い上げる。レイプではこの効果がないため、妊娠しにくいのではないかという。レイプされた女性は、当然のことながら大きな精神的ショックを受けるが、これも進化論的な適応の可能性がある。
・・・攻撃的で支配的なウサギは、おとなしく従属的な個体に比べて安静時心拍数が低い。
・・・心拍数の低い子供は刺激を求めて反社会的な行動に走ることが多い。覚醒度の低さが生理的に不快で、覚せい剤のような麻薬に手を染めるのかもしれない。だがもしその子供が知能や才能に恵まれていれば、社会的・経済的にとてつもない成功を手にするかもしれない。
・・・ストレスに対する皮膚コンダクタンス反応では、「愚かなサイコパス」は理論が予想する通り、発汗のない低い値しか示さなかった(良心を学習する能力がなかった)。だが「賢いサイコパス」は正常対照群と同様に、ストレスによって発汗率が上昇した。すなわち彼らは、ふつうのひとと同じ自律神経系の素早い反応を持っていた。次にレインは、計画、注意、認知の柔軟性など「実行機能」を測定してみた。これは企業経営者として成功するために必須の能力で、「愚かなサイコパス」は正常対照群に比べてこの能力が著しく劣っていた。だが、「賢いサイコパス」は、「愚かなサイコパス」はもちろん、一般のひとを上回る高い実行能力を持っていたのだ。・・「賢いサイコパス」には養子に出されたり、孤児院などの施設で育てられたケースが多かったこと。実の両親との結びつきが弱かったために、親密な社会関係を形成する機会を逃したと考えられる。そしてもうひとつの明確な要因が、心拍数の低さだ。・・ここでのべたことは全て仮説の域を出ず、研究も緒に就いたばかりだ。
・・・犯罪と心拍数の関係で分かるように、脳は家庭や学校のような外的な環境よりもむしろ体内の生理的な刺激から強い影響を受ける。覚醒度の低いこどもは無意識のうちにより強い刺激を求め、それが犯罪を誘発するのだ。
・・・アメリカでは、環境中の鉛レベルは1950年代から70年代にかけて上昇し、70年代後半から80年代前半に規制強化によって大きく改善した。その鉛レベルの推移と、23年後の犯罪発生率との間にはきわめて強い相関関係がある。母親の胎内で鉛に暴露した胎児や、鉛で汚染された母乳で育てられた乳児は成人して犯罪者になる可能性が高いのだ。・・それよりも問題が大きいのは妊婦の喫煙と飲酒だ。
・・・無表情の写真からも内面をある程度知ることができることだ。被験者になにを手掛かりにしたのか訊くと、「健康的な外見」「こざっぱりした外見」とのこたえが返ってきた。髪形やファッションは性格を反映するのだ。自然体の写真では推測の制度が上がると同時に、無表情の写真で判別できなかった性格も見分けられた。「外向性」「親しみやすさ」「自尊心」などで手掛かりになったのは、圧倒的に笑顔だ。(それ以外ではリラックスした姿勢や活力など)。興味深いのは、写真からでは判別できないものもあったことだ。それは「誠実さ」「穏やかさ」「政治的見解」だ。
・・・知性は会話を聞かなくても、外見から推測できることがわかった。研究者は知性を表す手がかりとして、視線と美しい顔立ちを挙げている。話しているときに相手の目を見る人は、知的な印象を与えるばかりか、実際に知能が高い。「美しい顔立ち」というのはいわゆる美男美女のことではなく、”美しさのレベルが半分以下の顔”の場合とされているから、「端正な顔立ち」とか、「整った顔立ち」というほうが正確かも知れない。
・・・学生たちはプレゼンテーションの違いだけで、セシに対して「熱意と知識を有し、他者の見解に寛容で、親近感があり、より整然としている」という印象を抱いたのだ。この研究結果をみれば、教師はみなプレゼンテーション技術を学ぶべきだということになる。・・だがセシの実験は、プレゼンテーションが万能ではないことも示している。学期末のテストの成績を比較すると、秋学期と春学期で両者に差はなかった。”熱意あふれるセシ教授”に教えられた学生は満足したかもしれないが、それは「多くのことを学んだ」と感じただけだったのだ。
・・わたしたちは、面長の顔と幅の広い顔を見せられた時、後者を攻撃的と判断する。そしてこの直感は、男性に関してはかなり正確だとわかっている。(女性については、面長と幅広で攻撃性に差はない)。なぜこのようなことが起こるのだろうか。研究者は、男性の顔の幅はテストステロンの濃度に関係しているのではないかと考えている。テストステロンは代表的な男性ホルモンで、この数値が高いほど競争を好み、野心的・冒険的で、攻撃的な正確なる(当然、性欲にも強く関係している)。・・広く知られているのは、人差し指と薬指の比率で、女性はその長さがほぼ同じだが、男性では薬指が長いことが多い。人差し指と薬指の長さのちがいは、テストステロン値が高いほど大きくなる。・・テストステロンの濃度が高い男性ほど顔の幅が広くなり、攻撃的な性格が強くなるのだ。---誤解のないように言っておくとこれはあくまで「平均的な男性」のことで、幅広な顔の男性がすべて暴力的だというわけではない。
・・・童顔の人は男でも女でも、純真で、素直で、か弱く、温かく、正直な印象を与える。だが、童顔だからといって生きていくのに有利だとは限らない。
・・・ハマーメッシュは、美しさの基準は時代や文化によって異なるものの、そこにはある種の普遍性があるという。あらゆる社会に共通する美の基準は顔の対称性と肌の滑らかさで、女性の体型で重要なのはウエストのくびれだ。これを進化論的に説明すると、顔の対称性が崩れていたり、肌に湿疹や炎症ができているのは感染症の兆候で、ウエストのふくらんだ女性は人sンの可能性がある。いずれも子孫を残すのに障害となるから、進化の過程の中で健康な異性や妊娠していない女性を選好するプログラムが脳に組み込まれたのだ。
・・・雇用主は男性と女性の求職者の外見を同じ基準で判断するわけではない。・・男性の外見のどこを気にするのだろうか。それは美醜ではなく暴力性だろう。・・人相の悪い若者がすべて犯罪者だということではない。そればかりか、若者が法を犯すかどうかは容姿とほとんど関係しないというデータもある。だがこれには例外があって、「きわめて醜い」とされた一部の若者は、強盗や窃盗、暴行に手を染める可能性がとても高いのだ。
・・・低収益の会社のCEOを見た時よりも、高収益の会社のCEOの顔を見た時の方が、被験者の脳の左側にある偏桃体の動きが著しく活発になることが分かった。偏桃体は感情(喜怒哀楽などの情動)に関係している。高収益の会社のCEOの顔には、ひとの感情を揺り動かすものがあるのだ。・・顔の長さに対して幅の広いCEOのほうが会社の収益が高いことが分かった。
・・・私たちは、容姿で給与や昇進を決めるのは企業や経営者による差別だと考える。これは間違いではないが、企業がこうした差別をする理由は、営業職や接客業において、美形の従業員のほうが明らかに収益性が高いからだ。市場原理によって彼らは正当な報酬を得ているだけなのだ。なぜこのようなことが起きるかと言うと、それはもちろん消費者が美形の相手から商品を買ったり、サービスを受けることを好むからだ。私たちは「美貌格差」を批判するが、その差別を生み出しているのも私たちなのだ。
・・・女の赤ちゃんは女性の顔を見ようとする。女の子は生まれつき人間の顔に興味を持ち、男の子は生得的に動くものに興味を持つのだ。・・網膜と視神経の構造的な違いによって、色の使い方や描き方、描く対象の好みが分かれる・・男性の脳は機能が細分化されていて、言語を使う際に右能をほとんど利用しないが、女性の脳では機能が広範囲に分布しており、言語のために脳の両方の半球を使っているのだ。こうした脳の機能的な違いは、興味や関心、知能や感情などさまざまな面に影響を及ぼす。
・・・「男はモノを相手にした仕事を、女はひととかかわる仕事を好む」というキブツの大規模な社会実験の結果は、男女の志向のちがいが、(男性中心主義的な)環境ではなく、脳の遺伝的・生理的な差から生じることを示している。男らしさや女らしさは進化が生み出した脳のプログラムなのだ。
・・・イギリスの2万5000人の女性公務員を対象にした調査によれば、90年代前半以降、女性の仕事に対する満足度が下がっているが、男性の満足度はほぼ変わっていない。女性が男性と異なる職業選択をしていた時には、女性は男性より幸福度が高かった。だが男女同権で女性の社会進出が進んだことによって、人生の満足度も同じレベルまで下がってしまったのだ。・・最新の遺伝学や脳科学の知見は、男と女では生まれつき「幸福の優先順位」が異なることを示唆している。男性は競争に勝つことに満足を感じるが、女性の場合、家庭と切り離されると人生の満足度が大きく下がってしまうのだ。
・・・人間には、「幼年時代を共有した異性には性的関心を抱かない」という本性が埋め込まれているのだ。
・・・低学歴の女性は人種にかかわらずきわめて不利な状況に置かれている。その結果、母子家庭が増えたり、独身で低所得のまま老年を迎える女性が増えると経済格差はますます広がり、社会は不安定化するだろう。これはとても難しい問題だが、経済学的には、こうした状況を大きく改善する方法が一つだけあるとアドシェイドはいう。それは一夫多妻制の導入だ。・・一夫多妻は女性の人権を蹂躙する前近代的な許しがたい制度だとされているが、「勝ち組」の男性が多くの女性を獲得することで損をするのは、「負け組」の男性で、女性の厚生は全体として向上するはずなのだ。もっともこの「改革案」が実現する可能性はほとんどないだろうが。
・・・一般には、自分と異なるタイプの遺伝子のほうが感染症などに強い子供が生まれるから、メスは集団内のオスよりも「よそもの」に強く惹かれるようになる。
・・・わたしはどのように「わたし」になるのか。---これは深遠な問いだが、原理的には、その答えは一行で書ける。わたしは、遺伝と環境によって「わたし」になった。
・・・論理的推論能力や一般知能(IQ)において共有環境の寄与度はゼロだ。音楽、芸術、数学、スポーツ、知識などの才能でも、やはり共有環境の寄与度はゼロ。家庭環境が子供の認知能力に影響を与えるのは、子供が親の言葉を真似る言語性知能だけだ。こうした結果は学習だけでなく、性格でも同じだ。パーソナリティ(人格)を新奇性追求、損害回避、報酬依存、固執、自己志向、協調、自己超越に分類して遺伝と環境の影響を調べると遺伝率は35~50%で、残りはすべて非共有環境で説明できる。すなわち共有環境の寄与度はやはりゼロだ。
・・・私たちの社会がどうしても認めることのできない、「残酷すぎる事実」が隠されている。それは、子供の人格や能力・才能の形成に子育てはほとんど関係ない、ということだ---だからこそ、別々に育っても一卵性双生児は瓜二つなのだし、双生児研究において共有環境の寄与度がほとんど見いだせないのだ。
・・・子供の個性や能力は、子育て(家庭環境)ではなく、子供の遺伝子と非共有環境の相互作用によってつくられていく。そしてこの過程に、親はほとんだお影響を与えることができない。
・・・子供集団のルールが家庭でのしつけと衝突した場合、子供が親の言うことをきくことはぜったいにない。どんな親もこのことは苦い経験として知っているだろうが、ハリスによってはじめてその理由が明らかになった。子供が親に反抗するのは、そうしなければ、仲間外れにされ、「死んで」しまうからなのだ。・・ハリスは、「親が影響力を行使できる分野は友達関係のなかで、興味の対象外になっているものだけだ」と考えた。
・・・最初はわずかな遺伝的適性の差しかないとしても、友達関係の中でそのちがいが増幅され、ちょっとした偶然で子どもの人生の経路は大きく分かれていくのだ。・・ハリスによれば、子供は自分のキャラ(役割)を子供集団の中で選択する。
・・・ヒトのオスが遠い祖先から受け継いだ遺伝的プログラムは、世界を内(俺たち)と外(やつら)に分け、仲間同士の結束を高め、奴らを殺して縄張りを奪うことなのだ。
・・・ハリスの集団社会化論によれば、家庭環境よりも子供の人生に大きな影響を与えるのは学校だ。・・仲間が不在のまま育ったサルは、明らかに異常行動が目立った。同様に英才教育を受けた神童も、幼少期に友達関係から切り離されたことで自己をうまく形成することができず、大人になると社会に適応できなくなり、せっかくの高い知能を活かすことなく凡庸な人生を終えてしまうのだ。・・「親が無力だ」というのは間違いだ。なぜなら、親が与える環境(友達関係)が子供の人生に決定的な影響を及ぼすのだから。・・親の一番の役割は、子供の持っている才能の芽を摘まないような環境を与えることだとハリスは言う。
・・・「常識」とは逆に、近年の若者の犯罪の減少が顕著で、世代別でもっとも犯罪者が増えているのは高齢者だ。じつはこれは世界的な傾向で、・・
・・・私は、不愉快なものにこそ語るべき価値があると考えている。きれいごとをいうひとは、いくらでもいるのだから。』

2016年10月22日 (土)

飛田で生きる 遊郭経営10年、現在、スカウトマンの告白 (杉坂圭介著 徳間書店)

飛田新地には行ったことはありませんが、何度か話に聞いたことはありました。未だに存在している理由の一端を知ることができました。

『なぜ私は、店を知人に譲ったのか。10年やってくたびれた、というのが一番の理由です。
・・・新地というのは、居住地や商業地として新しく拓かれた土地のことだけど、その地の繁栄策として遊郭などが多く建てられたので、遊郭や遊里の多い場所を指す言葉にもなっている・・
・・・飛田は合法なんですか?」「そうや。基本的には、”料亭”でお客と女の子がお茶とお菓子を飲食していたら、偶然にもたちまち”恋愛関係”に陥ってしまっただけなんやから」
・・・重要なのは、女の子の話をまず聞き、自分の話をさせ、自らこの世界に飛び込んでくるように仕向けること。
・・・何の前触れもなく店から姿を消すことを”飛ぶ”と言います・・
・・・お金を貯めた女の子は当然辞めていく。しかしお店としては極力女の子は確保しておきたい。そこで日銭を支払い、お金を使わせようとしているのです。
・・・飛田初経験の女の子の3分の1は、1か月はおろか、一日で辞めてしまいます。
・・・実際は8割から9割が自分の派手な生活が原因で自ら飛田に来ることを選んだ女の子たちです。むかしは地方の農家の娘が家の食い扶持を減らすために遊郭に売られるということがよくあったと聞きますが、いまではそうした家庭の事情で飛田にくる子はまれになっています。
・・・その子は高級ソープランドで働いていたのですが、1か月の稼ぎがソープ時代と飛田に来てからとで同じだっと言います。同じ稼ぎだったら時間が短くて多彩なサービスをしなくて済む飛田の方が楽なのだそうです。
・・・1回目を一見(いちげん)さん、2回目を裏壁(うらかべ)さんと言います。
・・・ごくまれにこうした不幸な訳ありの女の子がいますが、彼女たちをその不幸から救ってあげているのもまた飛田なのです。きれいごとかもしれませんが、早期に人生をやり直す手段にもなっています。一方どれだけ美人でも稼げない子は稼げません。稼げることの一番の違いは意識の低さです。
・・・飛田で働く子の4人に1人はホストクラブにはまっているといってもいいでしょう。・・なぜ女の子はホストにはまるのか。「お姫様扱いしてくれるから、はまるんやろう」そう思っている人お多いと思いますが、じつはそれは逆。「お前は、そんなんでいいのか」と女の子の生き方を正すようなことをホストは言うのです。言われた子は、怒っているのは私のことを心底心配してくれているから、と勝手に解釈してますますはまっていく。
・・・女の子というのは、自分が優位に立てることがあったら絶対に喋ります。とにかく差をつけたがる。それで自分が優位に立ったと思ったら、優位性を見せつけるために今度は誰彼構わず喧嘩を吹っ掛ける。
・・・飛田で客をとり続けた結果、心のバランスを崩し、精神科に通う女の子は少なくありません。』

2016年10月10日 (月)

男の禅語 (平井正修著 三笠書房)

何度か取り上げている、全生庵住職の著作です。禅宗は、本来の釈尊の教えよりも、中国の思想の影響が強いように、私は感じていますが、それはそうとしても生きる上での教訓が多くあると考えています。

『我々、禅僧は、この肚をくくることを「あきらめる」と言うことがあります。これは何も断念する、投げやりになるということではなく、「明らかにする」という意味です。
・・・その瞬間、瞬間に自分がしていることに、なりきれば「無」になれるのです。
・・・言葉に重みがある人、ない人。たとえ同じことを言ったとしても、相手への伝わり方は全く異なってきます。その違いは何か。端的に言うなら、本人に迷いがあるかないかです。
・・・大切なのは、物事にどう向き合ったのか、ということ。逃げ腰だったり、手抜きをしたりせず、きちんと正面から向き合った経験があれば、その人の血肉となっていきます。そうした経験を積んだ人間は、おのずと自分を信じることができるようになるのです。
・・・禅に「雲門の関」という公案があります。夏期90日間の修行(夏安居や夏行ともいう)が終わって禅僧翠厳令参が、「私は説くべきことでない悟りのことを、いろいろな人に説いてきた。仏罰が当たって眉毛が抜け落ちたのではないだろうか。どうです、残っていますか」と尋ねたところ、保福従展禅師は、「盗みごとをしたから落ち着かないんだろう」と言い、長慶慧稜禅師は、「眉毛は抜け落ちるどころか、大いに生えている」と応じた。そして、最後に雲門禅師は一言、「関(かん)」と言った。この雲門の「ここは通さぬ」という言葉は三人の前に立ちふさがり、その後、この公案の真理を体得するため多くの僧が苦しい修行を積み重ねることになったそうです。
・・・「遺教経」の中には「八大人覚(はちだいにんがく)」と言われる、修行者が守らなければならない八つの徳目があり、「知足」はその一つ。ちなみに八大人覚は次の通りです。・少欲(欲を少なくする)」・知足(足ることを知る)・寂静(寂静を願う)・精進(精進する)・守正念(正道を念ずる)・修禅定(しゅぜんじょう 心を乱さない)・修智慧(しゅちえ 智慧を修める)・不戯論(ふけろん 無益な論争はしない)
・・・そんな名称や肩書は一時のもの、あなたの外形、表面に過ぎないはずです。あなたそのものではない。名前ですら、ただの刷り込みです。
・・・一つのことにわき目もふらず没頭しているとき、人は一心であり無心になれるのです。坐禅をするなら坐禅にお経を読むときはお経を読むことに一心=無心になる。
・・・何かあったら、目の前のことに没頭して一心になってみる。あんなにあなたを煩わせていた苦しみが、ふと消えていることに気づくでしょう。
・・・「無為」は「何もしない」という意味ではありません。ありのままを重んじ、あえて余計なことをしないということです。
・・・(山岡鉄舟)先生はさめざめと応じました。「お前にはすでに罰が当たっているのに、それがわからないか」「なんですか?」「せっかく人間に生まれていながら、犬猫と同じマネをして。わざわざ自分で自分を貶めているのがわからんか」
・・・達磨大師は答えました。「無功徳(何の功徳もありません)」「私はこれだけ尽力してきたのに、どうして功徳がないのでしょう」そう問い返した武帝に大師は答えます。「あれもした、これもしたと自負したり、恩に着せたり、褒められることを期待しているのでは、なんにもならないのです」
・・・「自分がしたことは、やっただけで終わり」となるのなら、余分な負担がなくなり、常に心を軽くして生きられるに違いありません。
・・・「『主人公」をしっかりとつかまえなさい」と言うのです。つらい、苦しいという気持ちが出てくるより前の、本当の自分自身をしっかりとつかまえなさい、と。
・・・究極のところ、本当の自分自身とは何かを突き詰めて考えると、これまでもふれたように「無」に行き着きます。いったん何もない「無」であるところの主人公を体得すると、本来はない苦しみと離別できるのです。
・・・山岡鉄舟先生は、「公案とは、石鹸のようなものだ」と言いました。汚れている手や心を公案と言う石鹸で洗い、最後は手をすすぎ、石鹸をきれいに洗い流さないといけない。何にも執着を持たず、一切をきれいさっぱりと捨て去ること、無一物に徹すること。しかしそれは至難の業です。
・・・鏡はただ、目の前にあるものを映すだけ。汚いものを映したからといって鏡自体が汚くなるわけではないし、きれいなものを映したからといって鏡がきれいになるわけではありません。私たちの心も、本来、あるがままを映しています。映ったものだけを見てみれば、それが現実だと気づくことができるのに、私たちは勝手に妄想して不安や不満、悩みを作り出しているのです。
・・・世の中には、「わからないなら、わからないでいい」というものがあるのです。この「喫茶去」の公案にしても、ただ「お茶を飲んでいきなさいよ」というだけ。そのまま受け取ればいいのです。・・お茶を飲むということは、一つの釜でわかしたお湯を、みなで分かち合う「和合」の精神を表しています。・・自立はしないといけない。でも、人間は一人では生きていけないのですから、「喫茶去」は、人と人とのふれあいの温かさを伝える言葉に思えます。
・・・何か迷ったときは、まず一回、瞬間ではいいから、自分自身の足元をピシッと見る。そうすれば、今何が足りていなくて、ゴールまでに何をすればよいのかが見えてくるはずです。
・・・この公案にはどう答えたらよいのでしょうか。一番簡単なのは、パーンと戸を開ける。戸を開けるだけでなく、自分が外に行ってぬれて帰ってくる。我が身で感じたものが現実の世界ですから、雨を実際に感じるのも一つの答えでしょう。
・・・「吹毛剣(すいもうけん)」とは、吹きかけた毛がスパッと切れるほどの切れ味を持った、人間の煩悩や妄想をも断ち切る伝説の剣です。そんなすごい剣でも磨かなかったら、切れ味が悪くなります。心も常に磨いていないと、刀と同じようにさびついていくのです。・・他人はあなたの心を磨いてはくれません。自分の心は自分でしか研げませんから、切れ味を失わないようにしたいものです。
・・・仏の心や悟りの境地は言葉では表現することができないので、お釈迦さまは花をつまんで差し出すという方法で伝えられたのです。それを見た魔訶迦葉尊者が微笑み、微笑んだということは、お釈迦様の心と一体になったということ。・・言葉や文字ですべてを伝えることはできません。物事の本質は「心」と「心」でつないでいくしかないのです。
・・・「不思善不思悪(善も思わず、悪も思わない)、すなわち善悪の一念も生じない時、汝(慧明)の本来の面目はいかなるものか」
・・・「これが正しい」と思うことは、その瞬間に「間違っているもの」を作りだすことになってしまう。そべてはそれぞれに差があって、それぞれの姿のままでいいのです。
・・・平和とは、争いのない状態です。争いという目に見えるものがないのが平和。ということは、争いがあるから平和がどういう状態なのかが感じられるのでしょう。目には見えなくても平和があるのです。大切なものはいつだって目に見えません。差別と平等、体と命、争いと平和のように互いに交わり合いながら存在しているのです。
・・・「和敬」は、みなで同じ空間を分かち合い、一緒にやっていくためには、お互いを尊敬し尊重し合う心がなければいけない、という意味です。・・「清寂」の「清」は、清らかできれいなさまを言います。人はいきなり澄んで清らかな心にはなれないので、ここで「寂」が必要になります。いったん、心を落ち着けてみる。すると、自分の心に渦巻いている好き嫌いや損得は、海に例えるなら、表面上のさざ波のようなものだと気づくのです。・・お互いに敬い合いながら、競い合っていくことは、どんな世界においても大切。健やかな人間関係をはぐくみ、何かを成し遂げるために、「和敬清寂」はふと立ち止まって自分の心を見直すことを教えてくれる言葉なのです。
・・・女性同士は、会話が割合とスムーズに進むそうですが、どうも男性同士はなかなかそれが難しいというのです。無意識のうちに相手の値踏みをしてしまう。
・・・禅語の「無位真人」は、あなたの地位や立場をなくして、何ものにもとらわれない姿が真実の人間性なのですよ、という意味です。・・地位や立場は当然、いつかはなくなります。だから、「もともとは何もない」「何もないのが本来の自分なんだ」ということを知っておかなければなりません。
・・・私たちは都合の悪いことは、つい隠そうとする傾向があります。しかし、隠してしまうと、それは弱点になってしまう。逆に、「さあ、どこを見られてもいいですよ」とすべてされけ出せたら、これほど強い状態はありません。・・すべてをあらわにすることで、よい意味で自制心が働いているのです。・・隠すところがない、弱みが一つもないのが、つまり一番強いということなのです。
・・・「直心是道場(まっすぐな心そのものが道場なのです)」・・場所というものは借り物であり、心の中に道場があると言ったのです。・・どこにいても、何をしていても、自分の心がけ次第で、徳を積むことはできる。逆にいい加減にやれば、徳を失することになるのです。・・それは、「直心」、まっすぐな正しい素直な心、乱れることのない心です。この直心で臨めばすべては修行になり、成長するためのステップになるのです。
・・・たとえ目の前にある現実が悲しい日、苦しい日でも、あるいは楽しい日、喜ばしい日でも、すべてが「日々是好日」なのです。この言葉の意味は、よく「いい日」「うまくいった日」とおもわれていますが、本来は「一瞬一瞬を積み重ねてきたその日」ということです。・・また、どんな日であれ、誰かの「好日」になっているのです。・・業務や課題に対して真摯に努力して、精一杯取り組んだのであれば、たとえうまくいかなくても、その経験は間違いなく自分の身になっています。
・・・禅では「びょうどうしん」と読みます。・・「平常心是れ道(日常の心がそのまま道です)」・・「知は是れ妄覚、不知は是れ無記(平常心を知っていると言えば妄想になる。知らないと言えば愚かなことだ)」と返しました。「平常心」自分自身の体験からつかみ取っていくべきで、「これが平常心ですよ」とは言えない。
・・・「あんたたちは、私にできないような修行を私の代わりにしてくれているから」と言葉をかけてくださいました。その瞬間に私は、「なんでじぶんだけが・・・・」という狭い気持ちで修行していたことが恥ずかしくなりました。・・自分のしている坐禅も、自分のためだけでない。こうして人のためにもなるのだと、ようやく気付くことができたのです。・・今あなたがやるべき一つのことは、世の中のすべてにつながっていきます。だからこそ、一所懸命に向き合わなければならないのです。
・・・つらくなるたびにちょっと逃げているうちは、いつまでも慣れません。たとえ苦しくても、一回度胸を決めて、やるべき「道」を選んだ方が、結局は近道になるのです。
・・・曹源一滴水はそもそもは、一滴の水が落ちてさまざまに枝分かれし、禅が栄えていったことを意味しています。・・普通に生きていたらなんと思わないことでも、朝から晩まで細かく気を配る。手を洗う、顔を洗う、皿を洗う、掃除をする、洗濯をする。どれも心配りをしていけば修行になります。・・抜きんでる人というのは、目標を持ち、目の前の業務の一つ一つに真剣に向き合って来た人です。「自分はどんな立場にいるのか」「組織のために何をすればいいのか」「どうすれば目標を達成できるのか」など、きちんと考えながらどんな作業でもおろそかにしないから、成果と信頼が得られます。
・・・とかく人からの評価は気になるものです。それが励みになるうちはいいのですが、あまり気にしすぎると本来の自分を見失ってしまいます。・・人は何かの基準にあてはめたくなるものです。しかし、評価を取り払ったところにこそ、本来の自分がいる。人間性とは評価しきれない部分なのです。
・・・「明暦歴露堂堂」---はっきりと、目の前にあるものにすべてが表れている、という意味の禅語です。坐禅は何も語らず坐っているだけですが、当然、坐っている姿勢にその人の気力、やる気、体力などが表れてきます。ただ坐っているだけでからこそ、逆に隠しようがないのです。・・一番隠ししていない例が自然界です。草木も花も、何も隠していません。・・だから私たちは、自然を見て気づかされることが多いのです。・・ミスをしたら隠すのではなく、非を認めて次にどうするか。人間関係では何を大切にするのか。たったそれだけで、堂々とした生き方という姿に表れてきます。
・・・「百尺竿頭進一歩(ひゃくしゃくかんとうしんいっぽ)」という禅語があります。「すごく高い竿の上、いわゆる悟りの極致から、もう一歩進まなくてはいけません」という意味です。
・・・「そのままでいい」ことを表した禅語が、「不風流処也風流」です。「風流でないところが、かえってまた風流であり、妙味がある。」つまり、「それはそのままで、実は風流なんだよ」という意味です。
・・・「随処作主立処皆真」(いつでも主体性を失わず、「主人公」を自覚して精一杯生きていけば、その場その場で真実を把握することができる)・・いかなる状況であろうと、主体的に一所懸命に励めば、あなたがそこにいる意義が見えてきます。
・・・「天上天下唯我独尊」・・自分自身の存在がこの世の中で一番尊い、つまりは全ての存在が尊い、という意味です。・・みんな生まれながらに尊いのだ、ということをよく示している言葉なのです。
・・・「坐水月道場」---さざ波が立っている心を落ち着け、月がきれいに映る、透き通った水のような心にしていく重要性を説いたものです。・・”無心”という心持になれば、どこでも道場になります。逆に、”無心”でなければ、たとえ修行道場で坐禅していたとしても、坐禅をしていたとは言えないのです。』

2016年10月 2日 (日)

兵学入門 -兵学研究序説- (西浦進著 田中書店)

大変古い本ですが、図書館で見つけました。たいへん示唆に富んだものでした。

「「・・・フランス人はフランスの軍事崩壊は、国内の政治的弱さから起こったものと考えている」事実1940年マジノ線の崩壊というものも、軍事的な欠陥も多々ありましたが、政治的原因によって失敗したということが多分にうかがえるのであります。マジノ線は、白・独国境に延長するか、白・仏国境に延長するか、すなわちベルギーに対する問題点を未決定のままで戦いに挑んでしまったわけでありました。

・・「結局これに対処するには、一つのやり方、一定の型だけを教え込むだけでは駄目である。将校なかんずく高級将校や高等司令部以上の幕僚になる将校に対して、戦理というものをよく会得させなければいけない。・・」
・・当時その国民も兵士も非常に勇敢出合った。しかるに政治と軍事との一貫性の欠乏ということと、戦理の把握ということにおいて、将帥の識能と着意や努力が欠けておった。これが普仏戦争におけるフランスの大きな敗戦の原因になった訳であります。
・・フォッシュは「戦争の生きた要素、要するに精神的要素というものを抜かした、単に将棋の駒を列べるというような戦術教育、戦略教育というものはだめである。また単なる個人の経験からのみ来た議論もだめである。要するに系統的な深刻な戦史の研究をしなければだめである」とこういうことをいいました。
・・要するに、国境線と国防線とを混同したこと、これがフランスの戦略思想を誤らしめた有力な原因で、こういう状態で第二次世界大戦に移って、ああいう初期の失敗を招いたわけであります。
・・クラウゼビッツがいっておりますが、「今までいろいろの出来事に引きずられ、知らぬ内に欲張り過ぎる。ことに攻勢をとっている方は、精神力が勝っているからその精神力に支えられて、自分の力が無くなっているにもかかわらず、なお停止するということは苦しくなる。このため依然、前進を続けることが、かえって容易であると思いやすくなる。これはちょうど、重い荷物を引いて坂道を登る馬車馬と同じで、ときどきとどまって力をつけ、もう一辺引き上げればよいのだが、とどまる方が苦しいと思ってどんどん前へ行く。その内に息が絶えて参ってしまうものだ」
・・要するに来るべき戦いの本質というものを考えて、これに応じた戦法を考察し、しかもこれを部下に強要しうる。これが一つの戦勝の大きな原因になるわけであります。
・・ちょうど第一次大戦に、フランス軍は非常にたくさんの大砲兵を持っていた。これを思い切って捨てきれなかったことが、第二次大戦におけるフランスの失敗の一原因となった。
・・リデル・ハートは「軍人は新しいものはなんでも取り入れたがるが、古いものは捨て切らない。これが軍人の欠点である」ということをいっております。
・・この目標を転換したことによって、イギリスの戦闘機隊はやっと息を吹き返して、それがドイツの爆撃がとうとう失敗に終る一つの大きな転機を作った訳であります。この爆撃目標一つの変更ということが、あとから考えてみると世界の大きな歴史を変えるだけの原因を作っている訳であります。お互いにこういう問題を考えてみますと、上級指揮官なり、幕僚なりの決心ということがいかに重大であるかということが分かってくるのであります。単にその時の感じとか、思い付きとかでやると大変な問題になる。そのとっさの決心というものは、平時からの深刻な研究の結果として出てくるのでなければならないと思います。
・・できるだけいろいろの研究をして、軍事的のどういう徴候が起こってくるかということを、できるだけ努力をして判断をしなければいけない。それと同時にわからないものはわからないとして置かなければいけない。神のまねをするものは、真先に処罰される。
・・戦理の研究においては、古くても新しくても違いはない。学校で習ったことを直ぐにそのまま、使おうとする教育をしてはだめである。
・・指揮官の第一の任務は指揮をすることである。すなわち決心をし、かつその決心の実行を確認することである。正しい決心をするためには判断が必要である。しかして敵の反抗、友軍の不同意、政治家との確執、部下の疑惑を克服してこれを実行するためには、まず堅確な意志が必要である。・・指揮官の第一の特性は、他をして己の欲するところに従わしめならばやまぬ「説得力」「強制力」「垂範」を打って一丸とした総合力にほかならぬ・・これなくしては指導者とはなりえないのである。しかし、正確な判断力を持たないで、上記の特性を多分に持てば持つほど、それは危険であり、むしろ破壊をもたらすであろう。われわれの期待する高級指揮官は、第二の特性として意志の堅確と判断の正確とを高度に必要とするのである。
・・意志が堅固で、判断が正確なものは、指揮官たりうべく、これに思考の柔軟性が加われば指揮官として成功したもので、多分これは名指揮官といえるだろう。しかしその階級があがるに従い、戦場における名指揮官たるよりも、まず彼自身偉大な人間であることが必要になってくる。なんとなれば、意志、判断、思考などは、将帥の高潔な質的の品性にその根源を置くものであるからである。円満率直な誠心を有することが大切である。しかもその要素の最大のものは、精神的勇気である。それは職責の重大さに耐えるとともに、その職を賭することも畏れぬものでなければならぬ。世評を恐れてはいけない。これらを超越してさらに率直純真でなければならない。生涯を通じて将帥は誠実でなければならない。
・・「諸君が、この学校の門をくぐるときに見た標札、それには「War College」と記してある。その戦争と学校という言葉は結びつくものかどうか。すなわち、戦争というものは学びうるものか、また教えられるものか」 これこそ、兵学についての、疑問の根本をついたものである。そしてフォッシュは「戦争は、学びうるし、また学ばねばならないものである」と結論し、それは「戦史の深刻な研究によってはじめて可能である」と説いていた。
・・軍事科学と軍事教義とをはっきり区別しなければならないと言われている。それは一方で科学的な方法により、情勢の変化に応じて適正に行動し、さらには新しく正しい教義を立案し、また世界の新しい趨勢に遅れないための頭脳の養成をすることが必要である。そして他方現在の政治によって決められた現在の国軍の教義に基づく教育というものも必要である。これを両方区別して行わなければならないということである。これがはっきりしてなかったことが、我が国における従来の兵学教育の欠点であって・・
・・歴史上の具体的な形態に即しての、一般性と個別性とを媒介する概念を設定する試みが行われなければならないことになる。このような試みとしてしばしば用いられるものに「類型」という概念がある。
・・クラウゼビッツは、理論の樹立、さらには、今日以後の用兵の準拠となるためには、困難のあることは認めている。しかし、それは次の二つのことによって、打開されるものとしている。第一に下級部隊の戦闘においては、精神的作用が大いに作用するといっても、当面の物質的武器が相触れるにとどまり、物質的なことが、主要な地位を占め、その作用し考慮すべき現象範囲も限定される。極論すれば、戦術的理論は、比較的立てやすく、また純縄となりやすい。しかし、戦略的特質を帯びた部隊や舞台が大きくなるに従い、理論の困難性は増大するというのである。第二にクラウゼビッツは、「理論は必ずしも積極的な協議、即ち行動に対する指令である必要はない」という所論である。
・・兵学の理論は、未来の指揮官の知能を養うものであるというよりは、むしろ未来の指揮官の自修独学を指導するものである。
・・モルトケ将軍門下の逸材として、ドイツ兵学界に名を成し、また実戦でも令名を馳せたヴェルデ・ドユ・ヴェルノワ将軍が、1866年ナホドの戦場の縦隊指揮官として初陣の感想は、彼の「帥兵術」に記されているが、その後しばしば引用されてきた。かれは、戦場で初めて敵と相まみえ、眼前に現出した諸種の困難に当面して、どうすればよいかと、過去の範例や戦訓を、自分の記憶の中にもとめたが、何のうるところもない。「戦史も、原則も事に当たっては、何の役に立つものではない。結局これはどうすればよいのか」 彼の胸に浮かんだのは、(いったいこの問題の本質は何か)ということであった。本情況に対処するために、自分自身の能力から発した方策や決断こそが、指揮官である彼に要求されるものであった。こうして彼は、それ以来遅滞なく、機敏にして適切な指揮を遂行して、立派な戦績をおさめることができた。1866年のオーストリア軍は、1859年の戦役の実戦の経験を持っていた。プロシア軍は、1815年から以後、実戦の経験をもっていなかった。ところが、前者は戦争を理解していなかった。一方プロシア前衛の指揮官は、陸軍大学校を出たばかりの新参ではあったが、戦場で極めて的確な指揮を行い。活気があふれていた。このようなことは、当時まで一般的に歴戦の老巧者だけが、よくなしうるものと考えられていた。・・理論の知得である兵学と、この能力を発揮する兵術との溝は、広くかつ深いものである。これを埋めうるものは、理論と戦史とを材料とする、練磨の反復だけであり、このことはどれほど強調しても足りないことである。・・兵術能力には、右の兵学理論と戦史による練磨の他に、クラウゼビッツも述べているように、その人、生来の脂質が大いに影響するものである。・・さらに指揮官の兵術能力を大きく左右するものは、クラウゼビッツも指摘しているように、その人生経験による練磨の深さである。
・・国家、国軍の死活を賭けた戦争の戦略は、最も卓越した戦略家に任せなければならない。最も卓越した戦略家というものは、単に軍人を職業としているという人ではない。棋士やプロ野球人などの努力鍛錬には、まことに敬服すべきものがあり、勝負の世界は実に厳しいものである。ところで、軍人、とりわけ専門の軍人こそは、生死の境に立って、国運を賭する戦場に登場する、最も端的な勝負師である。したがって、その修練は、ある資格やある段階にだけ達しさえすれば、それでよいというような、生ぬるいものであってはならない。
・・これらの「類型」はさきにあげた「理論」とともに、戦史観察の基準、ものさし、作出のためにだけ役立つものである。「理論」「類型」を行動のための指令とするのは大きな誤りである。・・ドクトリンの決定は、次の戦争のためのこれより上の段階における兵学の検討を、一応封止する結果を招きやすい。用兵当局として、最も慎重を期すべき事柄である。
・・変動が目まぐるしい今日の情勢で、将来戦の様相を予見することは、いっそう困難になってきている。「この時代における高級指揮官、高級幕僚の陶冶には、一定のドクトリンの普及徹底よりも、むしろ自ら判断し、自ら対処する自由な精神の持ち主、適応性ある将帥、幕僚の養成に力を用いるべきである。このため最も有効な手段は、過去の戦史の研究理解にある。・・」フランンス陸軍の長老エリー将軍がこのように説いているのも、前記の趣旨によるものである。
・・フランス陸軍の長老ブーシェリー将軍は、次のように述べている。「第2次大戦(1940年)におけるフランスの配線は、将軍たちの技術的な理解の不足がその原因ではない。むしろ彼らは技術には通じていた。彼らは、戦争の本質を理解せず、適応性を持っていなかった。結局彼らは兵学を理解していなかったのである。・・・・」
・・部下将兵の真情に通じ、統率の機微を解するということは、兵術能力の中の重要な一要素である。専門の兵器技術者、工学者である必要はないが、練達の人生経験家であることは欠くことのできない要件である。』

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