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2016年6月

2016年6月29日 (水)

大人もぞっとする 初版「グリム童話」 (由良弥生著 三笠書房)

少し懐かしく思いつつも、まったく違う結末に、生きることが難しかった時代の雰囲気と、価値観の変遷を感じます。

『こんなことは、昔は誰でもやってたのさ。特に飢饉のときにはね。お前らが生まれる前にも、この国では大きな飢饉があった。飢えた大人たちは、自分らの子供を交換し合って、夜中にこっそり煮て食べたものさ。そのおかげでこの国は滅びずに済んだんだ・・・。
・・実の母が子どもたちを森に捨てようと画策する初期の物語のほうが、より現実に即しているのではないでしょうか。そもそも、ヘンデルとグレーテルが森へ捨てられたのはどうしてか。それは飢饉のためです。かつて、飢饉は、私たち現代人が想像する以上に、人々の心を凍らせる災害でした。一家そろって飢え死にするぐらいなら、食い扶持を減らしたほうがいい。それも、働きのない者から始末数rのが常套手段でした。日本でも、間引き、姥捨て、子捨て伝説は、枚挙に暇がありません。
・・ヨーロッパ中世は、キリスト教道徳が人々の生活すべてを規制する世界でした。社会生活は教会を中心に形成され、教育から性道徳まで、教会の意向を無視して成立するものはありませんでした。性道徳においては、上流階級では、かなりおおらかといってもいいほどの性的放埓が大目に見られた半面、庶民生活は厳しい戒律に縛られていました。
・・別に、何かがほしいというわけではなかった。だが、死ぬときすら、親父は自分のことを顧みてはくれなかったのだという思いが、きりきりと青年の心を苛んだ。・・まるで、今までは遠い存在だった父親を取り戻そうとするかのように、青年は、ベッドの脇にぺたりと座り込むと、父親の冷たい手を取って、自分の頬に押し付けた。
・・猫は袋の上から野兎の首のありかを探る。「かわいそうな野兎ちゃん。世間の掟を、何もご存じないね。」そう歌うようにつぶやくと、猫はうっすらと微笑みを浮かべながら一思いにその手をひねった。「ギャ・・・・・・」野兎の断末魔を満足げに聞き届けた猫は、しなやかなしぐさで、次の野兎へと手を滑らせた。
・・古来フランスでは、猫は邪悪の象徴であり、性的魅力でもって男性を惑わす女性の象徴でもありました。・・魔法使いが最後に姿を変えるネズミは、猫を女性の性的魅力と解した場合、男子の性的魅力の象徴として並び称されます。
・・「聖書にも「鞭を加えざる者は、その子を憎むなり」と記されている。息子を真に愛しているなら、鞭で打ってやらねばならない。それがあの子のためなのだ。」
・・「親に背き、神に背いた生き方をしたこの子が救われるためには、お前たち両親が子供に鞭をもって、正しい道に導くしかないのじゃ。それには、その腹を痛め、この子を産んだ母の力が必要なのだ。子供がかわいいのなら、やるのだ。」
・・「自分の両親を打つ者の手は、死後、土の中からでてくる」という古くからの伝承は、実はドイツ固有のものではなく、スイス、オランダ、フランス、スペインなど、広くヨーロッパ各地にあったといわれています。墓から伸びた手が切断されて協会などに保存されているという言い伝えすらあるそうです。
・・親の愛に基づく厳しいしつけによってこそ子供は正しい道に導かれる、という考え方が、こ物語のテーマなのです。
・・グリム物語の「シンデレラ(灰かぶり)」が怖いとされるのは、継母や義理の姉たちにいじめられながらも必死で耐えていた、あれほど健気に見えたシンデレラ(灰かぶり)が最後に見せる冷酷さでしょう。・・邪眼を持つものは、その視線一つで相手に災いを与えることができると言います。「灰かぶり」では、老婆とはおよそかけはなれた若い末娘が、この邪眼の持ち主として登場しています。
・・中世のころには、貴族も庶民も、眠るときはみんな裸になる習慣があったと言いますから、キリスト教においてタブーとされる近親相姦も起こりやすい環境ではあったようです。
・・「赤ずきん」の話は、幼い女の子の話のように描かれがちですが、実は思春期前後の揺れ動く少女の話と捉えることもできるのです。
・・しかし、理不尽とはいえ、青空の下で誓ったことなので、姫は誰にも自分と侍女のことを語ることができなかった。
・・血が霊力を持つという信仰は、バビロニアやアッシリアといった太古の昔から脈々と伝わってきています。血は「生命の川」ともいわれ、魂とすら同一視されました。・・「3」という数にも意味があります。バビロニアでは、「誕生、生命、死」の象徴であり、ユダヤ教では「3」という数字自体が、完全無碍と久遠の叡智を表すとされました。こうした信仰から「3」という数は神聖な数とされ、呪術などでも霊験あらたかな数として重視されたのです。
・・ヨーロッパには「秘密をストーブに話す」とか、「ストーブに何かを頼む」という慣用句があります。つまり、人に言えないようなことはストーブに話してしまおう、という考え方があるのです。
「ヘンゼルとグレーテル」に見られるように、昔の森は人々にとって恐ろしい場所でした。昼なお薄暗い森には、盗賊や狼、そして魔女が住んでいると思われていました。そのため、森への子捨ては、子殺しに匹敵するものだったのです。
・・魔女になってしまう危険性は、告発する側とされる側、両方にありました。それに、魔女は醜い老婆だけではなく、グリム童話でも、「白雪姫」のお妃のように、美貌の女性として描かれることもあります。』

2016年6月25日 (土)

語学で身を立てる (猪浦道夫著 集英社新書)

アマゾンの書評には必ずしも良いことばかり書いてあった訳ではありませんが、著者は様々な語学を学んでおられるようで、私にとってはいろいろと参考になりました。

『夢を実現するためには、なによりも「強い意志」が必要であること、その強い意志に支えられた集中力が必要であることを話します。
・・文藝翻訳家として仕事をしていくことは、作家の世界で芥川賞や直木賞をとって小説家として名を馳せるというのと同じくらい難しいことです。志としては立派ですが、初めからそうした仕事をじっさいにしようと思うのは無謀な考えです。・・文藝翻訳におけるデビューがこのように難しいのに対して、産業翻訳は、実力さえあれば、そしてそれなりの努力を怠らず、誠実に仕事をこなしている限り、生計を立てることは難しくないとあえていいます。・・もし翻訳者(とりあえずここでは和訳の訳者と考えます)として合格しなかったら、次の三つの理由が考えられます。 ① 語学の素質(センス)に問題がある ② 産業翻訳家としてやっていくのに必要な雑学知識が不足している ③ 日本語の文章表現力が不足している
・・この試験(通訳案内業試験)で最も難しいのは一時の筆記試験です。ここで90%近くがふるい落とされます。辞書なしで90点取れるぐらいでないと、受かる見込みはありません。特に豊富な語彙量と正確な作文力が要求されます。
・・技術関係の通訳をマラソンにたとえると、商談通訳は短距離走に該当します。実際に仕事をするのは一、二時間の場合が多いのですが、事前の予備学習とその場での集中力を要求されます。
・・(芸能・スポーツ関係の通訳)この分野は、一般に収入は、あまりよくないようです。私も二十数年前にそういう仕事を紹介されたことがあります。例えば外国人野球選手の通訳が、その典型的な仕事です。
・・規模の面で中くらいの語学学校は、たいていどこも経営難です。
・・技術的には、教師を目指す人は最低でも次のような勉強をしていく必要があると思います。・・言語学(特に形態論、統辞論、意味論)の基礎的な知識、・音声学の知識と発音の改善、・自分が教える言語で書かれた日本語の入門書を読む、・主要な教科書の研究とさまざまな学習プログラムを自在にアレンジできる力
・・語学力だけでなく、その国の事物に関する知識が深ければ深いほど、よい翻訳が可能になるということです。・・私の経験から言うと、文学部出身の人の翻訳は、比較的文章に癖があって、しばしば意外な思い込みによる間違いを犯していることが多く、優れた産業翻訳家はむしろ法学部や理工学部出身の人に多いように思われます。
・・通訳の場合、意外に思えるかもしれませんが、翻訳家とは方向性の異なる能力が要求されます。・・クライアントの発言を要領よく整理して、できる限り近似した内容を迅速に伝える能力を要求されますから、頭の回転が速くなければなりません。語学能力としては、日常会話で使われるこなれた言い回しを自由に使いこなせることも必要ですが、それ以上にフォーマルな場で通用する外国語を使えないと一流の通訳とは言えません。
・・よい語学教師とはどのような人物か、・・このようなことを考えるのに避けて通れないのが、学習者がどのようなタイプで、何を望んでいて、その人に自分が持っているどのような練習方法を採用あるいは応用するのかということをどの程度考えられるか、という点です。
・・情報収集を兼ねて翻訳学校で翻訳が一通り学べる講座をとってみて、講師に実力を判定してもらうとよいでしょう。そこで、太鼓判を押されれば、営業活動を始めるだけです。自分が確実に実力不足だと感じる人は、当然のことながら、実力を磨くのが先決です。
・・語学だけでなく、日本の地理、歴史、政治、経済などあらゆることに関心をもって、日頃から広く教養を磨いておくことが必要です。また、少なくとも自分の先行する言語を使用している国々の常識を身に着けておくことも重要です。
・・語彙に関しては努力すれば増やすことができるとして、問題は作文力でした。作文力は独学ではなかなか向上させることが難しいのです。作文がきちんとできる人は、解釈においても、読み誤りが少ないので、そのまま精進していけば、必ず一次試験をクリアできます。少なくともその素地を十分に持っていると考えられます。
・・潜在的には、外国語を教える優れた日本人教師にはかなりの需要があるのです。
・・私の経験では、高校時代から英語がとても得意だったり、帰国子女で日本語もよくできたりという人は別として、語学力を生かす仕事で成功した人はどこかである時期、一心不乱に努力した時期があるものです。ですから、まずは志を高く持って、一年間でもいいですから禁欲的な気持ちになって徹底的に自分を追い込んで語学の勉強に励んでみてください。
・・主婦の場合、最も心しなければならないのはハングリー精神の欠如です。
・・私の経験では、熟年者が翻訳の仕事を目指す場合、気を付けるべきことがいくつかあります。一つは、道楽半分にやらないこと。・・もう一つは、時代の流れに対応できていること。例えば、パソコンとインターネットを操れることは、翻訳業界では必須条件です。
・・プロとしての語学力とはなにかと一言でいうと、二つの言語間の翻訳能力です。・・通訳をやとう側からすれば、カッコよく話すのは二次的な問題で、それよりその会社の扱っている商品の知識や、外国の法律や商習慣などをよく心得ていて、場合によっては適切にアドバイスをはさみながら、会話の腰を折らないように要領よく口頭翻訳してくれる人にこそ、価値があるのです。
・・翻訳家を目指そうという人に、意外と(あるいは意外ではないのかもしれませんが)基礎的な文法知識が不十分な人が多いということです。ここで私が言う文法とは、日本語にない類の文法をもきちんと使いこなす力です。言い換えればその言語の文章を、とりあえずネイティブスピーカーに理解してもらえるレベルの言葉に置き換えるのに必要な知識を、情報検索の能力と定義できます。
・・これから投資すべきなのは、まずパソコンとインターネットを操るのに必要な機器です。・・次に必要なのが辞典類です。
・・語学力を武器に仕事をするということは、広い意味で外国文化を日本に導入することです。ですから、双方の国の人々にとって常識的なことは知ったうえで臨まないと、良い仕事はできません。・・こうした常識を培う一つの効果的な方法は、新聞、雑誌などの他に、学習している言語の国の小学生が使っている教科書、参考書のようなものを読んでみることです。特に、社会と理科の本はおもしろいうえ、よく役立ちます。
・・微妙な表現上の視点の違い、というものを面白く観察し、そのパターンを自分の頭の中の辞書にインプットしていくことが、語学センスの洗練に結びつくのだと思います。
・・訳読法は一字一句を自国の言葉に置き換えていくメソッドで・・手っ取り早く外国語の文献を読めるようになりたいという学習目的の人には、最善の方法だと思っています。・・ただこのメソッドで学習する場合、語学教師の質によってその成果が大きく左右されます。・・大手企業の海外赴任者向けの語学研修プログラムを担当した時には、この方法で文法体系を理解してもらってから会話の演習を導入して大きな成果を出せたと自負しています。
・・私が考える理想的な外国語学習プログラムを紹介しましょう。・・ステップ1 文法体系の把握・・ステップ2 平易な現代文の精読・・実力が中途半端な人にとって、速読は百害あって一利なしです。精読のスピードがおそろしく速くなって、結果として速読になるのが最良だと思います。特に翻訳家を目指す人には、中途半端な速読は有害です。ステップ3 作文(和文外国語訳)演習 ・・基礎的な文章200題くらいを作文できるか試してみましょう。この学習プロセスを通じて、文法知識のウィークポイントをカバーするのです。・・ステップ4 会話練習(独習)・・会話例は最低100回ぐらいは聞きまくってください。ただし、集中して聞く必要はありません。・・BGMと考えてください。・・ステップ5 外国人との会話練習
・・正しい読解は、文構造の分析が第一歩です。・・フランス語、スペイン語のラテン語系言語を習得した人でも、英語しか学習したことのない人に比べると無意識に分を分析して読んでいる傾向が強いと言えます。
・・話す力の背景にあるのは実は作文能力です。・・話す能力をアップさせたいと思うならば、基本的には平易な作文をたくさん練習することが有効な方法です。・・日常よく使う慣用表現、つなぎ言葉、あいづちなどは気合を入れて丸暗記してしまう必要があります。
・・特に英語学習者には、ヒヤリング能力を向上させるには音声学を習って、まず自分自身が正しい発音ができるように訓練することを強く勧めます。注意してほしいのは、ネイティブの教師の場合、発音は「やってみせる」ことはできても、「教える」ことはできないということです。
・・しかし同時に当然その業界については、常に最先端のニュースを仕入れて、勉強していなければなりません。私の考えでは、翻訳と通訳の二刀流は、実際にはよほどの実力がないと難しいので、自分の向いているほうをメインにして、どちらか一方はサブにすべきだと思います。
・・あらゆる分野で、ドイツ語の実務翻訳能力のある人は、仕事に困らないと思います。
・・中国語の翻訳市場は広がる一方です。
・・研修や語学教師の需要は、残念ながらあまり多くないと思います。一工夫しないと、韓国・朝鮮語の語学力のみを商品にしてプロとしてやっていくというのはやや難しいかもしれません。
・・オランダ語と北欧三カ国語は、ドイツ語と英語の良くできる人が、用意周到に取り掛かれば、比較的習得しやすい言語
・・英語検定(実用英語技能検定)は1級取得者でも実務翻訳の能力に関しては、試験をやってみないとわかりません。しかし、印象的には、三人のうち二人は合格ラインに達しているようです。準一級の人は、難易度の高い通訳は無理ですが、翻訳家としてはよいセンスをしていて将来伸びそうな人を(3,4人に一人ぐらいのわりあいではありますが)、発掘できる印象です。・・TOEFL、TOEICの点数については、通訳を希望する人の場合にはおおいに参考にします。TOEFLの場合はおよそ550点以上、TOEICの場合は830点以上あたりで第1回戦クリアと考えています。しかし、実際は通訳スタッフに試験をしてもらわないと、さまざまな維持での適性はわかりません。いわば受験資格をもっている、ととる程度です。とはいえ、ともかくTOEICで900点以上を得点した人は、さすがに語彙、ヒアリング能力がずば抜けており、少なくとも語学能力的には、通訳としてやっていくのに確かな土台をもっている、と考えているでしょう。ただし、実務翻訳の能力をはかるという角度からは、いずれの試験もほとんど参考になりません。
・・気持ちよく仕事ができる人を一人でも多く開拓する必要があるということです。ですから、会社を離れて個人営業者として翻訳、通訳などをやっていこうという人の場合、人付き合いのうまさというのは大きな武器になります。・・人付き合いのうまさというのは、最終的には誠実であることです。
・・語学力があるのに仕事を失っていく人は次のような人です。・納期を守らない人 ・手抜きをする人(訳抜けがあったり、現行の処理が不親切であったりする) ・自分の実力に対して謙虚でない人
・・企業としてその業界に参入するときには、市場規模を考慮したり、参入にあたって障壁はないか、あるならどんなものかを十分検討する必要があります。・・ビジネスに見えは禁物です。見栄や虚栄心と本当の意味でのプライドとは似て非なるものです。
・・現代では「浅く広く」型のビジネスは主流ではありません。それはかつての大量生産型のビジネスの時代が終わり、個性豊かな商品が少量求められる時代になったからにほかなりません。
・・1996年からインターネットを導入し、徐々に会社をバーチャル化しています。「3Sのないグローバル・カンパニー」をというのが私の目指す会社です。三つのSとは、スペース(事務所空間)、スタッフ(雇用社員)、宣伝費の三つです。インターネットはそれを可能にしつつあります。
・・非常に苦労人だったのでしょう、英語を始めてからの勉強法がすごいのです。一日13時間勉強した・・まったくゼロからスタートして一年半でまず英検1級に合格、その一年後ガイド試験合格、そのまた一年後に商業英語検定1級(当時)をとって三冠王に輝いたころには、すでにガイドとして働き始めていました。彼が並大抵の勉強をしてきていないことは明らかでした。・・そのライフスタイルは徹底していました。月曜日から金曜日までは、どんなことがあっても友人の飲み会などの誘いには一切乗らず、家に帰って勉強三昧、ところが週末は一転してまったく勉強せず、リラックスして遊びほうけるのです。
・・こうした経験から導き出せる一つの法則が、「一般に、日本でやった机上の学習のレベルに比例して会話も上達する」というものです。
・・インターネットのすさまじい普及で、翻訳の仕事に関する限り、地方どころか外国に住んでいても、あまりハンディにならない時代が来ました。仮に地方に住んでいることに何らかの不利を感じている人は逆の発想で、地方に住んでいる利点を生かした「営業方法」なり、別の工夫なりをいろいろと考えてみてはどうでしょう。
・・同時通訳のような独特のスキルを要するものは別として、専門学校へ行かなければ語学のプロになれないということはありません。専門学校もなかなかいいところは少ないのです。・・私が考える良い教師とは、「自分で分かっていることとわかっていないことを分析できていて、それを自覚している先生」、「話が面白い(興味深い)と感じられる先生」、「自分が分からないことをわからないと答え、知らないことは知らないと言える先生」です。私が技術を盗ませてもらった優れた教師には、一様にそうした共通点がありました。
・・日本人学習者にとって、中国語の場合は漢字、韓国語の場合は語順の点で欧米人より有利
・・語学力の維持だけが目的だったら、毎年二か月ぐらいなどといったふうに小刻みに(留学)に行くほうが効果的でしょう。
・・私の経験では、多少の不景気には関係なく、一定の実力があって、プロとして自覚のある翻訳家や通訳は、仕事がないということは基本的にありません。ここでいう「プロとしての自覚がある」とは、納期を守るとか、わからないことは極力調べてみるなどの、語学力以外のことで、ともかくも仕事に対して誠実で、気配りのある態度のことです。また、どんな企業でも、個人営業種でも、営業活動をせずに仕事が空から降ってくるわけではありません。・・地方の人でも、翻訳であればインターネットの発達によってハンディはないといえます。知人で地方にUターンして毎日魚釣りをしながら悠々自適に暮らしている人がいます。
・・企業などで語学を使い続けてきた熟年層は、特にその専門分野において非常にすぐれた「ベテラン語学専門化」になる可能性があります。このような人で、語学スペシャリストを目指す人に考えてもらいたいのは、まず自分の語学力が「現場主義」の「無手勝流」にすぎないかどうかを正当に自己判断する必要があるということです。・・まずは原典に帰って一度アカデミックな裏付けをしっかりとることを強く勧めます。
・・現代は語学教育業界も十年一昔であり、どんどん新しい理論や優れた辞書が世に出されています。このような新しい情報に常にアンテナを張って、自分の中にどんどん取り入れていくフレクシベリティ必要です。
・・他の要素を考えず効率のことだけを考えていえば「1カ国語集中が良い」と言えます。』

2016年6月20日 (月)

脳を最高に生かせる人の朝時間 (茂木健一郎著 株式会社すばる舎)

いくつか参考になることがありました。

『人間の身体は何もしないで放っておくと、体内時計がいつの間にか約25時間の周期で刻まれることがわかっています。つまり、約1時間の”ズレ”が知らず知らずのうちに生じているのです。
・・人間の脳は、何かに没頭しているとき、リラックスしているなかで驚異的な集中力を発揮しているときなどは、ストレスや疲労を感じることが比較的少ないと言われています。いわゆる脳が「フロー状態」になっているときです。フロー状態とは、アメリカの心理学者であるミハイ・チクセントミハイが提唱している概念で、まるで時間が止まっているような感覚に陥ったり、実際は何時間も経過しているのに一瞬の出来事のように感じたりして、我を忘れて完全に”集中モード”に入っている精神状態を指します。
・・私たちは「緊張している状態=集中している状態」と勘違いしがちですが、そうではありません。限りなく集中していてもリラックスしていることはあり得ます。
・・何か新しいことや今まで未達成で終わっていたことに挑戦するならば、脳が元気でリラックスした朝時間に行うべきです。朝のリラックスした脳のフロー状態の感覚をぜひとも忘れないように心がけてください。「脳が最高に喜んでいる状態=フロー状態」なので、脳は会館の再現を得たいと望んでいるからです。
・・脳の行動回路を強化する活動には、人生で初めてのことが最高のトレーニングになります。それがたとえ難しく、険しい活動であっても、それでも求め続け、挑戦することこそが日々の人生において前進ができ、生きがいにつながっていくのです。
・・居心地の良い「ホーム」ばかりで活動していると、脳の活動パターンも”マンネリ化”します。脳にも決して好ましいことではありません。
・・脳科学的な話をすれば、人間の行動の9割とコントロールしているのが”脳の司令塔”といわれる「前頭前野」で、運動によって鍛えることができます。前頭前野は、主に情報処理や判断をつかさどっており、強化することで仕事や勉強においても集中力や判断力などの能力を高める効果が得られます。
・・夜になると脳の中は未整理な記憶でいっぱいになってしまい、このような状態では脳の活動がフレキシブルにならないのです。
・・人間の脳は、新しいものを好む「ネオフィリア」という性質を持っています。地上で人間のみが進化と繁栄を遂げることができたのは、この性質を私たち人間が持ち得ていたからだと言っても過言ではありません。ネオフィリアは、常の新しいものを好む脳の性質ですが、裏を返せば、脳にとって「退屈」なことこそが最大の敵だと言えます。
・・今、あなたが置かれている立場や環境、仕事やプライベートで付き合っている人、さらにはこの先に待っている人生を左右するかもしれない選択などは、あなたの脳がどれだけプラスのイメージを描けるかによって、幸せの度合いも大きく変わってきます。
・・物事をポジティブに評価するためには、時間的なゆとり、脳の健康状態、外部環境なども無視できません。脳が前向きにとらえようとしても、時間に追いまくられ、脳が疲れ切っている状態では難しい。
・・脳が適度に気を抜いてくれるからこそ、心と身体のバランスが上手に保たれ、リラックスできるのです。そこで、怠け者の脳に毎朝刺激を与え、やる気を促し、ポジティブな方向に向かせる必要があります。その方策の一つが、自己の願望を「視覚化」「聴覚化」することです。
 
・・結果よりも大切なのは行動した事実です。行動したこと自体をポジティブに観上がることで、挑戦する意欲を持続させることが可能になります。
・・アインシュタイン。彼は、「あなたの強みは何か?」という問いに対して、このように答えたそうです。「私の強みは、好奇心である」と。一つの問題を様々な角度からとらえていく。一つの買いが出たとしても、それだけで満足はせず、新たな課題を導き出し、さらに高次元な世界を探求していく-----。アインシュタインは、まさに好奇心の赴くままに”知”の広大な海を泳ぎ続けた巨人でした。
・・彼らは何事においても、誰もができることを、毎日ひたすら継続した結果、素晴らしい地位や名誉を手にしました。その一つが早起きであり、脳が絶好調の時間帯である朝のゴールデンタイムを上手く活用し続けたことで得た成果だと言えます。
・・確かに、アルコールを接種をすることで寝つきは良くなります。ですが、これは脳の神経の緊張を緩和する作用があるだけで、睡眠の質そのものは落ちてしまうことがわかっています。むしろ、寝酒の習慣を続けていくうちに、睡眠促進効果が下がってきて、同じ効果を得ようとアルコール摂取量がどんどん増えてしまう危険性も否めません。
・・こうした不安や恐怖、ストレスに対峙するとノルアドレナリンが分泌されて、覚醒や痛みの要請を行う働きがあります。
・・最初から高いハードルを設ける弊害は、脳が過度なストレスを感じてしまうことです。「やっぱり続かなかった」「自分にはできないかった」と、自分を責めてストレスをためることはバカらしい。そう思いませんか。できる範囲からで構わない。ある程度習慣化してから徐々にハードルを上げ、脳への負荷を掛けていけばよし、このように前向きに考えてください。
・・私たちの脳には、「デフォルト・ネットワーク」と呼ばれる神経回路があります。特定の目的を持たない行動、簡潔に言えば、ボーッとすることでこの神経回路を起動し、脳のメンテナンスを行う仕組みを持っています。・・デフォルト・ネットワークを鍛えるのお勧めなのが「禅」です。
・・偶然の幸運にめぐり逢う能力---これが「セレンディビティ」と呼ばれるもの。・・偶然の出来事や出会いを「必然」に変えるには、以下の心掛けが求められます。そのは、「行動」「気づき」「受容」の三つです。・・本業に割り振った時間は業務に集中し、さらなる改善点は仕事のクオリティを上げるために全力を尽くす。そして、あえて残りの2割は本業から離れ、リラックスした状態で興味のあることに取り組む----。それがデフォルト・ネットワークを起動させたり、セレンディビティにつながって、新たな発見の源になるわけです。
・・楽曲によって全員が同じ反応を示すわけではないのです。むしろ、脳がリラックスしたり、刺激されたりする音楽は、その人が好きな音楽だと言えます。脳が情報量が多いほど活性化する仕組みになっています
・・自分の過去や現状を素直に受け入れ、オープンにすることは、脳にとってもプラスの刺激です。
・・朝一番に、感謝の気持ちを表現する---これは、自分の現状を素直に受け入れ、感情をオープンにするうえでとても効果があります。
・・私は「朝時間は何か新しいこと、今までできなかったことを成し遂げるために最適な時間だ」と述べてきました。その理由は、朝時間は誰にも邪魔されず、自分をペースで目の前のテーマに楽しみながら打ち込める時間帯だからです。
・・朝から時間に対するコスト感覚をもって、前向きに生きています。自分の掲げる目標や能力の限界にひたすら挑戦し、それを達成して乗り越えた時に得られる快感を感じながら人生を謳歌しているのです。
・・たとえ仕事の時間を削ってでも、心身にゆとりの時間を与えることで、仕事のクオリティは格段にアップします。結果、大きな成果も得られるのでしょう。
・・移動時間や通勤時間、休み時間などの隙間時間を有効活用して、強制的に集中力を鍛えるトレーニングをしてください。・・人間の脳は、どこまで行っても終わりがない「オープン・エンド」---。どんなに短い時間であろうと、何かを集中的に取り組み、それを日々積み重ねることで大きな成果を生み出すことが可能なのです。
・・ポイントは、「今の自分にとって達成できるかどうか少し難しいかも・・・・」くらいの目標がベストです。あとは達成に向けて全力投球するのみ。タイムプレッシャーを設定することで得られるメリットは多々あります。まず、どれくらいで自分が目の前のテーマができるのかを把握する「メタ認知」の能力が発達することです。・・何事にも集中して取り組めるようになり、脳を一瞬でフロー状態に導くことも可能になるのです。
・・日本人の働き方は、短時間あたりの労働密度や仕事の効率が一貫して低いのが特徴です。また、「定時」とされる5時や6時に仕事を終えて家に帰るなり、人と交流するといったワークスタイルも確立されていません。日本において、夜遅くまで残業することが”美徳”と考える風習があるのです。』

2016年6月15日 (水)

雑誌記事から (「民共共闘で消滅する民進党」 屋山太郎氏 「VOICE 平成28年7月号」)

近い将来への備忘録です。

『イタリアのケースではっきりしたのは、共産党が民主集中制を外すと、いずれはタダの政党になってしまうことだ。イタリアの政党事情について、日本共産党にも専門家がいる。志位委員長は、政権をとるつもりなら党名を「変えたらどうか」としばしばいわれてきた。志位氏がつねに「変えない」と答えてきたのは、変えればいずれ”赤の他人”に党を乗っ取られるとわかっているからなのだろう。
・・かつて前原代表は党の三原則の一つとして「連合から若干の距離を置く」と宣言して、大反発を招いた。以来、民主党内では、連合批判はタブー視されている。連合は選挙のたびにひも付き候補を立て、今回は12人。・・今の姿では民進党は永久に連合に隷属することになる。共産党も、”共産党系組合”を抱えているが、組合に党が振り回されることはない。
・・自民党の中にも公明党と付き合って「防衛は大丈夫なのか」という声が多いが、公明批判はタブーなのである。』

2016年6月11日 (土)

入門 犯罪心理学 (原田隆之著 筑摩eブックス)

いかに自分が古い情報しか持っておらず、先入観にとらわれていたかを知りました。

『犯罪心理学とは、犯罪行動に対する科学的な理解を深め、その科学的知識を犯罪の抑止に役立てることを目的とした応用科学である。
・・ありふれた事件のほうがむしろ、人間性やわれわれの中に潜む「悪」についての真実を語ってくれる・・
・・東京拘置所は我が国最大の刑事施設であり、われわれ心理職は、そこで年間のべ5000人を超える犯罪者と面接をする。これほど数多くの犯罪者と濃密に関われる職場はほかにないだろう。
・・犯罪心理学は単に犯罪者とその処遇に携わる者だけのものではなく、犯罪のない社会を願いながら社会に暮らす市民一人ひとりもその受益者である・・
・・死刑というのは、死ぬことが刑であるので、死刑確定者は懲役刑を執行する場所である刑務所ではなく、通常は拘置所に収容される。したがって、刑場も拘置所に設置されている。
・・世界の犯罪データを見ると、どの国にも犯罪を繰り返すものが一定数存在することがわかっている。それは国によってばらつきがあるが、およそ人口の数パーセントである。そして、驚いたことに、この少数の者が、なんと世の中の全犯罪の6割以上に関与しているのだ。
・・アメリカの犯罪学者モフィットは、犯罪者を二つのタイプに分けた。一つは「青年期限定型」犯罪者である。これは、思春期から青年期にかけての不安定な時期に窃盗などの比較的軽微な非行を行う人々のことである。・・これに対し、ごく一部の者、先ほどの人口の数パーセントと述べたが、これらの者は違う道筋をたどる。彼らは、およそ生涯にわたって犯罪を繰り返す。モフィットはこのような人々を「生涯継続型」犯罪者と呼んだ。生涯継続型犯罪者の特徴は、発達のごく初期から様々な問題行動や非行が見られることである。
・・母親が妊娠中に飲酒、喫煙、果ては違法薬物使用などをしていた場合、胎児の脳はそれらの「毒物」によってダメージを受けてしまう。実際、任務の飲酒や喫煙は、生まれてくる子供の非行リスクを高めることが分かっている。
・・理解できない事件に際して、われわれは言いようのない不安を抱く。だからといって、単純でありきたりの説明で分かったような気になり、一時の安心を得ても、それは何の解決にもならない。
・・精神障害者の犯罪は、決して多いわけではない。幻覚妄想に駆られて人を殺したという事件が起きると、新聞やテレビでセンセーショナルに報じられ、われわれは不安を抱く。しかし、「精神障害が犯罪の原因である」というのは、「神話」だと先に述べたとおり、精神障害者が犯罪に至るのは例外的だと言ってよい。
・・覚せい剤で逮捕されるものの数が一向に減少しないこと、再犯率が高いことを考えれば、薬物犯罪に対しても刑罰だけで対処するには限界があり、依存症治療が必要なことは明らかである。・・覚せい剤によって一度に大量のドーパミンが分泌されると、一時的に多幸感を得ることができるが、その後ドーパミンの枯渇が生じ、著しい疲労感、意欲減退、不安などに襲われる。これがいわゆる禁断症状(離脱症状)である。・・先進国の中で、薬物使用によって刑務所に入る国は日本くらいのものである。なぜなら、ほとんどの国では、刑罰よりも治療が優先されるからである。
・・殺人の件数は、2004年から一貫して減少傾向にあり、2013年は983件である。・・日本の殺人事件を詳細に分析した河合幹雄は、殺人事件のほとんどが家族や友人の間で起きていることを指摘している。最も多いのは、親が子を殺す場合で、全体の34.9%、これだけで全体の3分の1を超えている。そのほか友人知人に殺されたケースが18.9%、配偶者に殺されたケースが11.0%である。面識のない相手に殺されたケースは、11.1%で全体の一割に過ぎない。・・国連薬物・犯罪事務所の「殺人に関する国際研究」(2013年)によれば、人口10万人当たりの殺人発生率は、日本が0.3であるのに対し、世界で最も殺人発生率が高い中米のホンジュラスは90.4であり、・・先進国では、アメリカ4.7、ドイツ0.8、フランス1.0、オーストラリア1.1などとなっている。アジアでは、中国1.0、韓国0.9、タイ5.0、フィリピン8.8などである。こうして諸外国と比較してみると、日本の0.3という数値は世界で一番低い。
・・痴漢というのは、このように女性の羞恥心や恐怖心に付け込んだ犯罪であるが、実は世界中でこんなに痴漢事件が発生しているのは日本くらいのものであり、まさに日本特有の犯罪だと言ってよい。その最大の理由は、満員電車である。・・このような物理的な理由だけではない。西洋と比較して、日本の女性がおとなしく、被害にあっても声を上げにくいことや、男性の攻撃性が比較的低いことなども理由として挙げられるかもしれない。欧米諸国では、性犯罪と言えば、強姦などの暴力的性犯罪や小児性愛などが多い。
・・刑務所に入所する者のうち、最も多い事件はやはり窃盗で約35%、次いで覚せい剤25%、詐欺8%の順である。特に上位二つは、事件数の多さに加え、再犯が多いことも関係している。
・・フロイト理論は依然として我が国では大人気であるものの、そのほとんどは、現代の心理学では過去の遺物となりつつある。それは、それらがきわめて思弁的で、科学的な心理学の検証には耐えることができないからである。
・・犯罪社会学的理論の影響は、現代でも非常に大きい。現代社会のわれわれは、知らず知らずのうちにこれらの理論の影響を受け、何か犯罪が起きると半ば自動的に「社会のひずみ」などと言って、社会問題化してとらえようとする。とりわけ、マスコミにはこのような傾向が顕著である。
・・ロールシャッハテストは性格診断には役に立たないということが、1970年代以降多くの研究で実証されており、それを支持するデータが次々と蓄積されているからだ。しかし、日本の大学や大学院では、ロールシャッハテストをはじめとする多くの間違った理論や技法が、いまだに教科書に記載され続けており、気の毒なことに学生はそれを教え込まれている。私はこのような状況を指して、常々「日本の臨床心理学はガラパゴス」であるといっている。それは、大昔の者が延々と生き続けていることに加え、箱庭療法や様々な種類の描画テストなど、世界には類を見ない奇妙な理論や技法が独自の「進化」を遂げて、我が物顔で跋扈しているかである。
・・スポーツにおいて何よりも大事なものは「根性」であった。今、こんなことを言っているスポーツ指導者はいないだろう。それはなぜか。時代が変わったからだろうか。もちろん、それもあるかもしれないが、何よりデータの積み重ねによって、これらの指導が医学的に間違っていたことが分かったからである。このように、EBMがわれわれに投げかけたことは、人間はどんな専門家であっても、人間である以上間違いを犯すというシンプルな事実である。そして、長い間の思い込みや習慣によって正しいと信じ込まれていたことが、最近になって修正を迫られているのである。つまり、謙虚に科学的なデータを集積し、得られた証拠を判断のよりどころにすることが大切なのである。
・・同じ状況にあっても、犯罪行動に至るかどうかは、反社会的な「ブラックボックス」を持っているかにかかっている。そのような「ブラックボックス」を有していないものは、無施錠の窓を見ても、「空き巣のチャンスだ」とは思わず、「不用心だな」と思って通り過ぎるだろう。嫌いな相手に嫌味を言われても、聞き流すか、せいぜい口げんかになってお終いで、坊領沙汰にはならないだろう。「ブラックボックス」の違いによってアウトプットとしての行動も違ってくるわけである。
・・認知が非常に歪んでいるものが世の中には一定数いるのだ。そうした者は、物事をなんでも被害的に受け取ったり、他愛のない他者の行動を深読みしたり、とにかく通常では考えられないとらえ方をする。そして、彼が激昂しやすかったり、他者を傷つけることに抵抗感を抱かないパーソナリティの持ち主であったりした場合、犯罪が発生してしまう。
・・残念ながら、過去に犯罪を行ったことがある人は、まったく犯罪とは無縁であった人よりも、将来犯罪を行う傾向が大きい。このようなことを言うと、偏見を助長するからやめろという批判を受けそうであるが、科学的な研究の結果、これは厳然たる事実である。
・・パーソナリティの概念で重要な点は、それは比較的安定した持続的なものだということである。
・・情緒的な特性として重要なのが、共感性欠如である。・・最初に私は、「殺人をするような人間は、われわれとはどこか違う」と述べたが、その顕著なものの一つが、この共感性の欠如である。我々人間が当たり前のように有している感情が、著しく欠如しているのである。したがって、反省しろと言われても、反省できない。そのような「能力」が欠如しているからだ。罪悪感の欠如と言い換えてもいいだろう。
・・思考面での特性を見てみよう。最初に挙げられるのは、自己中心性である。これは共感性とも関連するが、「他人のことなどどうでもよい。自分のことだけが一番大事」と考える思考スタイルである。
・・DSM-5には、パーソナリティ障害という疾患群がある。文字通り、パーソナリティの障害、つまり、著しく偏ったパーソナリティのことを指し、その偏りゆえに生活上大きな苦痛や問題を引き起こしているようなものをいう。・・三つのカテゴリーがあり、それぞれA群(奇異型)、B群(劇場型)、C群(不安型)と名付けられている。中でも犯罪と関連が大きいのはB群である。
・・専門的な意味でのサイコパスとは、漠然と異常犯罪者を指すような概念ではなく、明確な定義がある。・・第一は、対人関係に関する特性で、軽薄さ、病的に嘘をつく傾向、無責任さ、性的放縦さ、短期的な婚姻関係などを含む。第二は、情緒面に関する特性で、残酷さ、共感性欠如、感情の浅薄さなどが含まれる。第三は、ライフスタイルに関するもので、現実的かつ長期的目標の欠如、衝動性、刺激希求性など。そして第四は、反社会性に関するもので、少年時の非行、反社会的行動の多様さなどである。・・サイコパスに共通するのは、通常の人間が有している正常な生理学的反応が、生得的に欠如しているという点である。われわれは恐怖を感じると、心拍が高まり、血圧が上昇する。消化器系の動きは抑制され、食欲もなくなる。しかし、サイコパスにはこのような生理学的反応が見られない。・・ここで注意すべきは、サイコパスのすべてが連続殺人鬼や猟奇的殺人者ではないということである。サイコパスほどの社会にも一定数存在し、その数は人口の1%ほどと考えられている。日本ではも少し割合が低いが、それでも、数十万人はいる計算になる。・・大半のサイコパスは、殺人者までは行わない。その代わり、繰り返し暴力沙汰を起こしたり、交通規範を無視したり、人を騙したりしている。映画や小説に描かれるサイコパスだけがサイコパスなのではない。また、「成功したサイコパス」と呼ばれる一群の人々も存在する。・・具体的に言うと、成功した経営者、芸能人、芸術家、学者、医師、軍人、スポーツ選手などにはこのタイプが少なくないと言われている。
・・事件報道で、容疑者の写真が提示されるとき、事件当時の写真ではなく、何年も前の学生の頃の写真であったり、時には卒業アルバムの写真であることが多い。これは、彼らの余暇活動や対人関係の乏しさを物語っていると言えるだろう。つまり、最近撮影された写真が存在しないのである。
・・テストステロンとは男性ホルモンのことであり、攻撃性と関連がある。男性のほうが女性より攻撃的であるのは、テストステロンの影響である。また、セロトニンとは情緒や行動の統制に関連する神経伝達物質である。セロトニンが欠乏すると、情緒や行動のコントロールが難しくなる。・・例えば、社会階級が低く、未婚で、不安定な雇用状態にある者ほど、テストステロンの血中濃度の高さが粗暴犯罪に結びつきやすく、そのリスクはそうでない男性の二倍である。
・・親の身なりや言動などから、「この親は虐待をしているに違いない」と思い込んだとする。すると、子どもが鎖でつながれた絵を描いたとすると、そこに「虐待のサイン」を見つけ、「この犬は自分自身で、鎖につながれたように抑圧された自分の心を表しているのだ」と解釈する。その結果、アメリカでは虐待をしてもいない親が冤罪に巻き込まれたケースが多発した。中には親が訴えても裁判に発展し、心理学者が敗訴したというケースも少なくない。
・・LSI(Level of Service Inventory)は現在、世界中で買う調査れ、多くの研究も蓄積されている。
・・70年代には50万人に満たなかったアメリカの刑務所人口は、80年代以降激増し、現在は250万人に迫るほどになっている。・・世界の刑務所人口の総数が約980万人であるので、何とその4分の一をアメリカが占めている計算になる。ちなみに、日本の刑務所人口は、約6万3000人である。(2013年末)
・・リプセイのメタアナリシスでわかったことを簡単にまとめると、以下のようになる。1 処罰は再犯リスクを抑制しない ・・2 治療は確実に再犯率を低下させる ・・3 治療の種類によって効果が異なる
・・とりあえずカウンセリングでも心理療法でも、とにかく何かやればよいのではなく、きちんと科学的な原則に従って働きかけを行わねばならないということが明確に示されている。・・リスク原則とは、「相手のリスクの大きさに応じて治療の強度を変える」ということである。リスクが大きいものには、長時間にわたって密度の高い治療を行うべきであるし、反対にリスクが小さいものには短期間、最低限度の治療でよい。
・・個別的な反応性を考慮した治療法が、動機づけ面接法である。これは、意欲を高めるための方法であると述べたが、どんな人間にも「変わりたい」「変わりたくない」という矛盾した二つの気持ちがあるという考え方に立脚している。・・動機づけ面接法では、まず相手を一人の人間として尊重し、論争、対決、説教などは一切せず、たとえどんなに小さい声であっても、相手の中の「変わりたい」という気持ちを汲み取り、それを支えて強めていく。
・・セラピストは常に権威であること  ・・人間としては、クライエントとセラピストは対等であるが、立場は違う。セラピストは心理学の専門家であり、犯罪からどのようにして立ち直るか、何をすればよいのかを熟知しているべき「権威」でなければならない。・・権威たることと、尊大な態度をとることは全く違う。相手に対等に接することと、権威であることは、矛盾することではない。また、権威であるためには、セラピストは常に自己研さんに励み、その知識や経験を積み上げることが必要であることは言うまでもない。
・・などと肯定するのは、受容ではない。それは単なる迎合である。望ましい応答は、「あなたはそう思ったかもしれませんが、いくら腹が立っても暴力はいけません」「相手がどんな格好をしていようとも、触っていいわけではありません」ときっぱりと述べ、「犯罪を許容しない」という態度を示すことである。しかし、これは温かい受容的関係あっての上のことで、それなければ単なる説教でしかない。いつもは暖かく受容してくれるセラピストが、間違ったことは間違っているというからこそ意義がある。
・・厳しい処罰を課したとしても、再犯抑制にはならず、かえって再犯率を高めてしまうことがはっきりしている。とはいえ、確かに、罰を罪に見合ったものにする罪罰均衡の見地からは、罰があまりに軽すぎる場合、つり合いがとれるようにするため、罰を引き上げることは正義であろうし、それを否定するものではない。難しいのは、「何を目的とするか」で見方が変わってくることである。例えば、再犯防止を目的とするのならば、厳罰化よりも治療などのヒューマン・サービスの充実を選択するべきであるし、応報を目的とするならば、厳罰化という選択になる。もちろん、これらは必ずしも排他的なものではないので、双方を求めていく選択もある。
・・「薬物をやめよう」という医師は、脳の中の理性的な部分である前頭葉に存在する。一方、薬物依存になった脳は、中脳辺縁系というもっと脳の奥にあるいわば本能に近い部分である。・・コーピングとは対処という意味である。つまり、引き金に上手に対処していくことで、脳にスイッチが入らないようにする。・・暇で仕方がない時、人間はろくなことを考えないものだ。・・回避できない引き金に対し、これまでは薬物使用で対処していたのを、今度はよりポジティブで適応的な対処に変えることである。・・犯罪にかかわる人々は、暇な時間に何もすることがない人々が非常に多い。
・・「思考抑制のリバウンド効果」と呼ばれる現象で、何かの思考を抑えようとする努力が、しばしば、逆効果になることを示している。・・渇望サーフィンとは、渇望を抑え込むのではなく、ゆっくりと呼吸をしながら逆に渇望に焦点を当てて注目しようとする方法である。そして、あたかも波が寄せては返すような「渇望の波」に身をゆだねて、それを乗り越えてサーフィンをしている自分の姿をイメージする。このとき「サーフボード」として用いるのは、自分の呼吸である。つまり、呼吸をサーフボードにして渇望の波に乗っかるのである。それをしばらく繰り返すと、渇望は次第に弱くなり、消えていくことが確認されている。
・・つまり、彼らもやめられるものなら薬物をやめたかったのである。しかし、これまでは「意志が弱い」「心がけが悪い」などと周囲からは責められる一方であったし、自分でも情けない気持ちや無力感にさいなまれていたのだ。
・・実は性犯罪者の再犯率はさほど高いものではない。実際、犯罪白書も性犯罪の同種再犯が約5%であることを指摘し、「他の犯罪に比べて相当低い」と述べている。しかし、彼らの中には、何度も同じ犯罪繰り返すものがいることもまた確かである。
・・人間というものは、目立ったいくつかの事柄や、すぐに思いつくような事柄を関連付けて因果関係を想定しやすいという事実である。これを「関連性の錯誤」という。そして、統計的現象といった目立たない事柄、ちょっとやそっとでは思いつかないような事項は、それが真の原因であっても無視されてしまう。・・関連性の錯誤は誤った犯罪理解だけでなく、誤った犯罪対策にもつながってしまう危険をはらんでいる。
・・欧米やアジアの一部の国では、軍隊式の身体鍛錬、いわゆる「ブートキャンプ」方式の厳しい訓練を受刑者や非行少年に行わせる矯正プログラムがある。しかし、科学的研究によってこれらのプログラムには再犯抑制効果がないことがはっきりしている。
・・これまでの対策を謙虚に見直し、それらに確固とした科学的根拠があるのかどうかを点検したうえで、エビデンスに基づいた意思決定、政策決定をしていく必要がある。こうしたことは、犯罪の現場で働く専門家たちだけに求められる態度なのではなく、政治家やマスメディア、そして一般の国民一人ひとりにも必要な態度である。なぜなら、犯罪対策は、国民すべての生活にとって重要な事柄だからであり、裁判員裁判の時代、司法への国民の主体的な参加が求められるからである。』

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