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2016年5月 9日 (月)

人斬り半次郎 賊将篇 (池波正太郎 角川書店)

明治政府の苦労と欠陥の一端を知ることができました。また、人の上に立つ者の「器」というものを強く感じました。

『この時代に、聖者のような純白な心で世の平和を願い続けていたのは、あるいは、孝明天皇と将軍・家茂の二人だけであったかも知れない。
・・なるほど、いつの時代にも、革命前夜の闘争には血が流れる。これは古今を問わず、東洋西洋の区別なしに、そうなのだ。そうして、革命の後には、腕力で働いたものにかわって頭脳で働いたものが中央へ押し出される。
・・幕府方も、これには一言もなく、翌年から朝廷の経費を増やしたという。このうらみは、天皇よりも公卿たちがわすれていない。井伊大老のころまでは、幕府も朝廷もなめてかかっていたことは事実である。・・「このたびの、幕府へ対する長州や薩摩のうらみというものは、二百何十年もの間、くすぶりつづけておるのじゃ」と、西郷はいう。「ことに、長州藩のうらみは、すさまじいものじゃ」・・幕末となってから長州の勤王志士たちは、他の志士たちに比べてもっとも多く、幕府の弾圧を受けて死んでいる。「うらみ」はさらに燃え上がり続けた。
・・西郷の遺訓の一つに、次のようなのがある。 一 万民の上に位する者、おのれを慎み、品行を正しくし、驕奢(おごり)をいましめ、節倹をつとめ、職事に勤労して、人民の標準となり、下民、その勤労を気の毒に思うようならでは、政令は行われがたし。
・・お秀は、かたわらのランプを指し、「こないな便利なものはでけても、人のすることに変わりないものや」
・・桐野どん。談判をひらくちゅうのは戦争などせぬためにやるのじゃ。下らぬことを言いふらしてもろては、西郷な、困りもす」桐野が取り付く島もないほどに不機嫌であった。
・・官位は政治家にとって必要なものであるから、それだけでよい。月給なぞは、一汁一菜の飯と身にまとう軍服さえかなうことができれば、それで充分である・・・・と、西郷は、いつも思う。・・新時代というものは、その新時代が内蔵するエネルギーによって、動かされる。人は、そのあとからついていくのである。
・・ここまで手をつくした上で、なおも、わが言をいれずして無礼をはたらき、もしも、わが全権使節を害することでもあれば、公然、その罪を万国に問うて、これを討てばよいと思もす」
・・「西郷、ボタンが外れておる」天皇は、西郷の下半身を指されて、「妙なものが見える。気を付けよ」と言われた。さすがに、この時の西郷は、真っ赤になった。ズボンのボタンが全部外れていて、下帯からはみ出した巨大な一物の一部が見えたというのだ。諸官一同、思わず吹き出してしまったらしい。宮中における御前会議も、明治初年のころは、こうした雰囲気があったのである。
・・台湾は、清国に属している。だが、台湾には土着の蛮人がいて、これが台湾へ入った日本人に危害を加えること、しばしばであった。「我が国は、すみやかに台湾の罪を問わんと思うが、なれど蛮人住居の地と貴国が統治せる地域とは相接しており、万一、いささかなりとも、貴国との摩擦がおきては困る。何とかしていただきたい」との言葉に、「朝鮮も、台湾の蛮族も、すべてわが清国とは関係のないものである」と、清国政府は相談に応じない。
・・全国士族の一割ほどが新政府へ「仕官」できただけだ。他の九割は、農民になったり不慣れな商売をはじめたり、散々な目にあっていたし、ことに旧幕臣たちは、よほどにうまく立ち回らぬ限り惨憺たるもので、旧旗本の娘たちが、廓に売られたり、夜の町で男の袖をひいたりすることは、もう当然のことで・・
・・権力というものは自然に備わってゆくもので、無理につくりあげるものではない。むかしの大名や武士の権力をうばいとっても、それにかわった新政府の権力が不自然なものとなってしまっては、維新の革命なぞ、してもしなくても同じことである。これが、西郷の信念だ。・・西郷は理想家であり、詩人であり、そうして教育家であったといえよう。むろん軍人でもない。
・・「機を逸しては、どうにもならぬ。今こそ正々堂々、朝鮮へ対して談判ができる時なのじゃ。世界の誰の目が見ても、我が国が談判を仕掛け、朝鮮の暴慢をいましてめてやることが正当であること、こりゃいうまでもない」
・・諸方における農民一揆も激化するばかりである。これは、いずれも「徴兵反対」とか「学校設立反対」のスローガンをかかげているが、そのことによって、農民層に負担がかかることが、彼らの不安を呼び、怒りをよんだわけだ。
・・官軍は---政府は、ここまで薩軍の出方を考究し、万全の手を打っている。しかるに、薩摩軍はどうか---。本拠の鹿児島を空にし、ろくに兵糧も武器もそなえず、しかも九州から東京までの長道中を歩いて進もうというのだ。これは、「西郷先生さえ出馬すれば、敵の反抗など大したことではない」 どの敵も、みんな、進むについてわが軍に合流するであろうという、桐野利秋の甘い考え方に支配された薩軍であったからだ。
・・「雨はふるふる人馬はぬれる。越すに越されぬ田原坂」とうたわれた俗謡の文句そのままの風景が、眼前に展開されてきた。越すに越されぬ・・・・とは、官軍の進撃を指したものだ。
・・明治新政府は藩閥と化し、その勢力のあらそいのみにくさは、すぐ先年までこれが共に倒幕のため命をかけてはたらいた同志たちのなすべきことがあろうか・・・・これが、西郷の嘆きであり、怒りである。』

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