極めて参考になる書でした。
『第一の「逃れられない現実」とは、13億人のための意思決定が、たった7人の意向で決まるということであり、さらにはそれが、次第にたった1人の手にゆだねられつつあるということである。
・・全イスラム教国のおよそ15%の人々は、自分たちの宗派に改宗させるための宗教闘争に熱心であることが示されている。ところがいまや共産主義のイデオロギーは死滅し、13億人の中に狂信主義者は圧倒的少数で、むしろ豊かな才能を持った人材もでてきており、単に富だけでなく、人道的な徳を求める人々も次第に増えてきている。
・・その国がいかにおとなしくしていようと、あるメカニズム、つまり「戦略の論理(ロジック)」というものが発動するようになる。つまり規模が大きくなり経済的に豊かになり、軍備を拡張するようになると、何も発言しなくても、他国がその状況に刺激されて周囲で動き始め、その台頭する国に対して懸念を抱くようになる。
・・ある国が台頭する場合、大きく分けて二つのことが起こる。一つは「バランシング(balancing)」である。これは自国のリソースを使って軍備を増強する動きである。もう一つは外国との同盟関係を増強することによって抑えこもうとする動きだ。前者を「内的バランシング」、後者を「外敵バランシング」と呼ぶ学者もいる。とにかく台頭する国に対して、通常は大きくわけてこの二つのパターンの動きが発生する。
・・(中国の)第一の錯誤は、経済力と国力の関係を見誤ったことだ。
・・ここで覚えておくべきなのは、経済力と国力の間には「先行(leads)」が存在するということだ。経済力が弱体化しているのに影響量は強いという例が、歴史上にいくつも発見できるのである。
・・ある国の大統領が他国の領土に対する信仰を自軍に指示できるというのは、「大国」(great power)」である証拠だ。これこそ公式な「大国」の定義に当てはまる。
・・近代史を見ていくと、おそらく経済力の「先行(リーズ)」と、国力の「遅れ」の間には、50年から100年の差があるように見える。
・・第2の錯誤は、2008年に米国経済が急降下して、その状態が2009年まで続いたために、中国のリーダーたちが経済学入門コースの学生のような間違いを犯してしまったことだ。その間違いを端的にいえば、「線的な予測」ということになる。・・「線的な予測」には二つの特徴がある。第一の特徴は、その結末を簡単に予測しやすいということだ。100が1005になり、その次に110になるというように。第二の特徴は、それが人間社会にこれまで決して存在したことがないということだ。ローマ帝国が誕生して以来、人間社会の経済活動では、全く同じ状況が5年から7年続くということはなかったのである。
・・北京周辺の人間たちは、胡錦濤は中国のパワーを十分に行使していないという見方をするようになったのである。そしてこれをきっかけとして、中国は、突然、古文書や資料などにあたって、領土や領海の面で強硬な主張を始めることになった。
・・最後の「第3の錯誤」は、他国との「二国間関係」を持つことができると思い込んでしまったことだ。・・もちろん中国が弱小国であったなら、このような二国間関係を持つこともできる。・・ところが中国が強力になり始めた瞬間に、そうした他国との関係は単なる「二国間」にはならなくなるのだ。
・・要するに、中国が大きくなればなるほど、それに対抗しようとする同盟も大きくなるのだ。
・・これは現在のスリランカが、まるでインド全域の領有権を主張するようなものだ。その場合、スリランカは根拠として、こう主張するだろう。「双方ともイギリスに支配されていた」と。そして、イギリスが去った今、「インドを支配する権利はスリランカにあるのだ」と。そのくらい現在の中国の尖閣や沖縄に対する主張は荒唐無稽なものだ。
・・「戦略」というものを理解しない者は、まず最初の一手を繰り出して、そして次の手、そしてその次の手を繰り出していけば、それが最終的に勝利につながると考えがちだ。ところが実際には、自分が一手を繰り出すと、それに対してあらゆる反応が周囲から起きてくる。相手も動くし、状況も変わり、中立の立場に委託にも動くし、同盟国も動く。そこにはダイナミックな相互作用があるのだ。
・・「ロシアは戦略を除いてすべてダメだが、中国は戦略以外はすべてうまい」」というのは私の持論だ・・
・・彼らはここで「チャイナ2.0」をやめて、新たに「チャイナ3.0」を始めたのだが、これはいうなれば「選択的攻撃」とでも呼べるものだ。なぜかというと、彼らは抵抗のないところには攻撃的に出て、抵抗があれば止めるという行動に出たからである。・・彼ら(フィリピン)はアメリカを忌み嫌っており、だからこそ中国に非常に親近感をもっていて、元来は、フィリピン全土に中国の影響力を発揮してもらいたいと期待している。・・中国は南シナ海へと進出し、小島を占領するという愚かな戦略をとることによって、かえってフィリピン群島全体への影響力を獲得するチャンスを逃してしまったのだ。
・・中国のような巨大国家は、内政に問題が山積して、外政の満足に集中できない。同じような社会発展レベルにある周辺の小国と比べて世界情勢に継続的に注意を払えなくなるのだ。
・・ロシアが尖閣諸島の領有権を主張していたとしよう。ロシアはまず最初にやるのは、島の補強であろう。しかも中国が南シナ海でやっているような目立つようなやり方はさけ、しかも実際にははるかに強力な補強を行うはずだ。・・中国の場合には、尖閣について大騒ぎをする割には何も起こさない。つまり、軍事面では自体が動かないといううことであり、中国はただ騒ぐだけなのだ。これはロシアと中国の大きな違いだ。「ロシアは戦略を除いてすべてダメで、中国は戦略以外はすべてうまい」」という私の格言も、このことを言い表している。大国というのは、ある要求をする前に、それが成功するかどうかを見極めるものだ。そしてロシアがそうであるように、いったん要求を表明すれば、そこから動きを止めることはない。成功するまで行動し続けるからだ。ところがここで見られる中国の例は、その逆だ。
・・糖の反腐敗運動の次に起こっているのは、人民解放軍との戦いである。・・軍の内部で反腐敗闘争と粛清を開始したという意味で習近平は非常に大胆である。だが同時に、これはきわめて危険な行為だ。
・・このままいけば、汚職で共産党自体が崩壊してしまう、という危機感だ。だからこそ、この極めて勇気ある政治家は極端とも呼べる方策をとっているのだが、これはまるで超高層ビルの間で綱渡りを披露しているようなものだ。・・彼はこの機会を利用して人民解放軍の30万人削減を発表したのだが、その背景には、国防費のほうが、経済成長よりも速いスピードで増加しているという事情もある。経済が鈍化して成長率が6%ほどまでに低下しているのに、国防費は10%の伸びなのだ。
・・ここで重要なのは、世界に大きな影響を及ぼすほどの巨大な間違いは、それなりに高い水準の社会やテクノロジーをもった国家でないと犯しようがない、ということだ。巨大な間違いを犯すには、そもそもそれだけの能力や資源が必要だということである。
・・ではなぜ日本は間違ったのか。真珠湾攻撃という間違いの根本原因は、日本の軍部が「現実には存在しないアメリカ」を「発明」したことにある。「彼らが発明したアメリカ」というのは、「真珠湾にある軍艦を失っても何も反応せず、日本に見向きもしない。そしてその間に日本はオランダ領インドネシアを攻撃して石油を確保できる」というありえない想定の存在であった。
・・実はアメリカも、これとまったく同じような間違った決断を2003年に行っている。・・小規模の兵力で十分と判断してしまったのは、戦争を推進するものたちが、「民主主義を待ち望んでいるイラク人」という存在を「発明」したからだ。彼らの頭の中では、サダム・フセインという存在さえ取り除けば、民主主義を待ち望んでいる国民によってイラクの民主化が進み、幸せが訪れるはずだった。サダム・フセインこそイラクの諸悪の根源であり、彼さえ排除すれば素晴らしき民主的なイラクが誕生するというわけだ。・・イラクでは誰も民主主義などに興味を持っていなかったのだ。クルド人も、独裁者的なリーダーの下での独立しか考えていなかったし、シーア派の人々も、やはり独善的なリーダーの下でまとまるしか考えていなかった。
ではなぜ、優秀な人材があふれているアメリカ、日本、中国のような大国で、特に国策を誤るような事態が起きてしまうのか?それは冷静な考えが最も必要とされる瞬間に、突然の感情の激流、つまり「疾風怒濤(Sturm und Drang)に人々が襲われてしまうからだ。
・・日本の侵攻といった「百年国恥」の積年の怨みとフラストレーションを晴らす時が来たと感じたのである。そして、それを晴らすのに必要だったのが、パワーの誇示であった。だからこそ、彼らは胡錦濤を批判し始めたのである。もちろん中国の人々も、「胡錦濤が経済政策や安全保障で失敗した」とはいなかった。だからこそ、代わりに「胡錦濤は中国が本来持っているパワーを十分に行使していない」と批判し始めたのである。彼らは「中国が世界政治の舞台に登場して剣を抜いて振りかざせば、みんなが逃げて隠れると本気で思い込んだのである。
・・中国の最大の弱点は、この国の歴史の長さ、規模の大きさ、そしてその複雑性から生じる、慢性的な「内向き」の成功になる。この性向は治癒が不可能なほど根深いものだ。・・「チャイナ3.0」は、大きく分けて二つの要素から成り立っている。第1の要素は、反撃してきた側への攻撃をやめることである。ベトナムと日本との関係がその典型である。第2の要素は、ヘンリー・キッシンジャーから贈ってもらった「馬」に乗って、それを乗り回すというものだ。この「馬」とは、習近平が使い続けている「新型大国関係」という言葉である。これを別の言葉で表現すると「G2]になる。
・・アメリカ国民は、ソ連や中国のような国との「G2」を、どのような状況の下でも受け入れない。自国を独裁国家と同じにされることを嫌うからだ。これがイギリスとの「G2」であったら、書いては民主主義国家なので受け入れるかもしれないし、フランスでも大丈夫であろう。ところがソ連や中国との「G2」だけは絶対に無理なのである。・・「G2」ができると、双方が抱える同盟国のパワーがカウントされなくなるからだ。アメリカには多数の同盟国があるが、中国には(以前はミャンマーもそうだったが)パキスタンやカンボジア、それ北朝鮮くらいしかいない。よってアメリカの同盟国は、中国が民主制の超大国になっても「G2」に反対するだろう。アメリカにとっても「G2」は好ましくない。カードをたった一枚に限定することになるからだ。「G2」によって「40か国以上の同盟国」というカードを無効化してしまうのである。
・・つまり人間の歴史が犯罪と愚行の歴史であるのは、人間の頭脳の冷静な働きが発揮される期間が、それだけ短いからだ。
・・実際のところ、アメリカ政府はキッシンジャーの「G2」論に反対し、それを破棄したからである。なぜアメリカが「G2」をそもそも体質的に受け容れることができないから・・アメリカの活動のエッセンスは三つある。第1に、アメリカが存在することだ。第2に、アメリカが静かな国ではなく、「騒がしい国である」ということだ。第3に、この「騒がしいアメリカ」は、世界中の国々を不安定化させるシグナルを無意識に送り続けているということだ。
・・私がここで強調したいのは、2015年末の現時点で、アメリカには、一緒になって中国共産党を破壊しつつあるパートナーがいるということだ。そして習近平こそ、そのパートナーなのだ。・・つまり、彼らは、汚職によって多くのカネを得る一方で、経済発展の重要な担い手となりながら、共産党に忠誠を誓ってきた人々だ。そのカネを習近平は取り上げようとしている。・・そもそもミハイル・ゴルバチョフの狙いは、ソ連そのものを改革するところにあった。しかし結局、ソ連全体を崩壊させてしまった。そして習近平も同じ道を歩んでいる。習近平は中国共産党を改革しようとしているのだが、その向かう先には、党の崩壊が待ち受けているからだ。なぜ崩壊するのか?反腐敗運動が、党を動かす「エンジン」そのものを取り除いてしまう運動でもあるからだ。
・・しかし彼が持っていないものがただ一つある。彼に真実を伝えてくれる人材だ。誰も彼に真実を伝えていなのである。・・正確な情報をフィードバックするシステムが存在しないのである。・・アジアの国々がアメリカに求めているのは「善人」でいることではなく、「強者」としてのアメリカだ。彼らは、中国に対抗できる「強いアメリカ」を求めているのである。したがって、アメリカの強さを批判する中国のプロパガンダは、実質的にアメリカを助けることにもなるのだ。そのことを中国はあまり自覚できていない。・・ヒットラーが最後まで政権を握ることができたのは、正しい情報のフィードバック・システムがあったからだ。ところがソ連にはそのフィードバック・システムがなかった。・・中国政府内で外交部があまりに軽視されているという問題もある。また、インテリジェンス機関の人間も、正確な情報を伝えていなかった。彼らは「金(かね)がものをいう」という理屈を、そのまま支持するような情報しか伝えていないのだ。「ミャンマーは貧乏な国でわれわれの資金を必要としているが故に、われわれにはぜった逆らえない」と。
・・米韓同盟は先細りしつつある。なぜなら韓国はゆっくりだが確実に、アメリカの影響圏から中国の影響圏に入りつつあるからだ。しかも韓国自身、自分たちが独立することにさほど魅力を感じていない。彼らは米国に対する現在の依存状態を、中国のそれへと取り換えたいだけなのだ。彼らは中国の「天下」に入り込みたいと熱望している、世界で唯一の国なのである。彼らは独立を恐れている。
・・小国にふさわしいのは、イギリスの首相が訪米した時にもわかるように、ひたすら要求を主張していく態度だ。要求ばかりを並べた、イスラエルのビンヤミン・ネタミヤフ首相のオバマ大統領に対する態度からもわかる。これが小国が生き残るためのルールなのである。
・・日本の謝罪問題についても一言言っておきたい。日本は韓国に対して既に十分すぎるほど謝罪したし、これからも謝罪し続けなければならないだろうが、それらは結局、無駄である。なぜなら韓国がそもそも憎んでいるのは日本人ではなく、日本の統治に抵抗せずに従った、自分たちの祖父たちだからだ。・・ヨーロッパにも似たような例がある。オランダだ。ナチスドイツが侵攻して来た時、レジスタンスはあったが、オランダはほとんど抵抗せずに従った。にもかかわらず、戦後の1960年代まで、ドイツのことを激しく嫌っていた。・・ところがその反対に、ユーゴスラビアのダルマチア地方(現在のクロアチア)では、ナチスドイツとの激しい戦闘が行われ、双方に多数の死者が出たのだが、戦後の民宿には、「ドイツ人は無料」という看板が出ていた。それほどドイツ人の観光客を歓迎していたのである。
・・おおよそ英国の対外政策は30年ごと、ドイツの対外政策は50年ごと、ソ連の対外政策は30年ごと、プーチンの対外政策は20年ごとに変わっているのに対し、中国の対外政策は15年間で3度も変わったのだ。これがまさに「不安定」であるということだ。・・独裁者は毎月政策を変えることができる。それでいて、独裁者が死んだら、誰がそのあとを継ぐのかわからない。だからこそ私は、このような中国の特異な性質を見据えた、より現実的な政策をとることを日本に進言したい。現在の中国が抱えているリスクにきちんと向き合うべきなのだ。
・・まさに僻地という奥地の住民にも、アメリカの情報だけは行き届いていたのである。ただし彼らがまったく知らされていなかったことが一つある。自国の経済情勢についてだ。「アメリカに行って少し働けば、自分たちもアウディのような大きな高級車が即座に買える」と彼らは勘違いしていた。・・僻地の中国の国民たちが共通して知っていたのは、アメリカ人は自分たちでリーダーを選べるということだ。
・・プーチン大統領は、世界中から「独裁的な人間だ」というイメージを持たれている。たしかに彼を「独裁者だ」ということも可能だろう。ところが彼は、単なる独裁者ではない。国民の支持を獲得するための努力を徹底しているからだ。
・・中国がシベリアの資源を獲得してしまうと、自己完結型の圧倒的な支配勢力となってしまう。シベリアを当てにできない中国は、船を使って天然資源を輸入する必要があるため、海外に依存した状態となる。この場合、必ず「アメリカの海」を通過しなければならない。・・中国は空母を20隻建造しようとも、「制海」は不可能だろう。なぜなら彼らがどこにいようとも、すべての港にはアメリカ軍が存在して、その奥に陸地にはアメリカの航空機が駐留し、アメリカの友好国や同盟国に囲まれることになるからだ。・・ところがロシアを吸収できれば、中国はその弱点を克服できる。・・誰が日本の対外政策を担当しようとも、その人物はロシアとアメリカとの間のデリケートなバランスをうまく管理するしかない。
・・中国の強大化によってもたらされるのは、中国が日本を支配する事態である前に、ロシアが仲間を変えるという事態だ。この時点でロシアには他に選択肢はない。日本及び日米同盟と、歩調を合わせるほかないのだ。・・短期的には、今日の日本政府の日常業務の中で、アメリカとの連携は最優先事項だ。そういう中で同時に長期的な視点も見据えながらロシアとの関係も構築していくのは骨の折れる作業だが、日本にとって極めて重要なのは明らかだ。
・・「チャイナ2.0」は日本にとって大きな挑戦であった。これが、日本の領土の保全に対する挑戦でありながら、日本は国家安全保障面でアメリから独立していないからだ。だからこそ、中国からのあらゆる圧力は、アメリカ側にそのまま受け渡される形となった。いわば、アメリカへの「バックパッシング」つまり「責任転嫁」である。ここで、日米関係に厄介な問題が生じることになった。「中国の脅威から積極的に守ってくれ」という日本からのアメリカに対する要請が、微妙な問題を生じさせるからだ。・・率直に言って、アメリカは、現状では日本の島も防衛までは面倒を見切れないのである。
・・もっとも致命的なのは、日本が実際の行動を始める前に、アメリカに頼って相談するというパターンだ。もちろん日本政府がアメリカに事実を伝えるのは重要だが、相談してはならない。それでは「日本がアメリカに助けを求めている」という形になってしまうからだ。・・自国の小さな島すら自分で守れないこと、日本がこのような「独立的」な機能をもたないことが、むしろ日米同盟を悪化させる方向に向かわせるからだ。・・アメリカ側は「・・島嶼奪還のような能力までは期待されても困る」と。これは日本が自分で担うべき責任の範囲なのである。・・ここで肝に銘じておくべきなのは、「ああ、危機が発生してしまった。まずアメリカや国連に相談しよう」などと言っていたら、島はもう戻ってこないということだ。ウクライナがそのようにしてクリミア半島を失ったことは記憶に新しい。・・私がここで提案する「チャイナ4.0」が中国にとって究極の最適な戦略であるということだ。と同時に、現在の中国にはおそらく実行不可能ということだ。そもそもこれを中国に提案すれば、反発を受けるのは間違いない。彼らには想像もつかないアイディアだからだ。「チャイナ4.0」が中国にとって最適な政策となるには、習近平が対外政策において次の二つを実行する必要がある。一つは、例の「9段線」、もしくは「牛の舌」の形で知られる地図をひっこめること。つまり南シナ海の領有権の主張を放棄することだ。
・・一般に外国についての理解度は、国の大きさに反比例する。基本的に国の規模が大きくなれば、外国についての理解度も落ちるのだ。さらに中国の場合にはそこに「天下」という世界観、「冊封体制」というメンタリティーが付け加わる。そのため彼らはますます外国を理解できなくなるのだ。
・・ロシアの国家としての歴史的な経験は、次のようなものである。ロシアは世界最大の国土を持ち、ソ連崩壊でかなりの国土を失いつつも、相変わらず世界最大の国である。・・彼らは多数の民族を支配下に置いており、しかもその支配は効果的で最小限度の暴力で統治されている。つまり彼らは、「成功した帝国」であり、それを自らの力で獲得した。ではどのように獲得したのかといえば、彼らの奇妙な習慣、つまり「戦争すると必ず勝つ」という習慣によってである。たとえばドイツ人は・・戦争では必ず負ける。ドイツは戦争に負け、ロシアは戦争に勝つ。それが歴史の教訓だ。・・ただその彼らも日本だけは打ち負かすことができなかった。・・ここでも実は、「戦略の逆説的論理」が大きくものを言っているのである。「大国は小国に勝てない」のであり、当時のロシアは大国で、日本はまだ小国であった。ロシアもこの原則から逃れることはできなかったのである。・・日本は世界中からサポートを受けたのだが、それは日本が小国だったからである。・・ロシアの「戦略文化」というのは、帝国主義的な性格をもっており、プーチンが国民に対して発するメッセージに明確に示されている。「我々はフランスのようにエレガントになれない。イタリア人のように食事を楽しめない。アメリカ人のようにリッチになれない。それでも我々のロシアは「帝国」なのだ。私は「帝国」の大統領であり、その領土を失うような失敗はしない。そして、これにロシアも同意している。
・・戦略文化が弱いのは、それなりの理由がある。中国の場合、その原因は(A)内的なコンセンサスの欠如と(B)外的な理解の欠如にある。
・・ドイツは、外国とどのように付き合ったらいいのか、本質的にわかっていないのだ。彼らは友好国を作ろうとして敵国を作ってしまうのである。自分が助けた国からも嫌われる振る舞いをしてしまうところにドイツの「戦略文化」の一端が表れている。
・・「シーパワー」の上にはもう一つの上位概念がある。それが「海洋パワー」だ。これは、「シーパワー」だけで決まるものではない。自国以外の国との関係性から生まれるものだ。代表的な海洋国家であるイギリスの圧倒劇な影響力は、狭義の軍事力だけでなく、友好国との軍事的、外交的、経済的、文化的な関係などに基づくもので、これらが組み合わさって「海洋パワー」という総合力を形作っているのだ。・・中国は海軍力を増強して、「シーパワー」を手に入れたが、代わりに「海洋パワー」を失ったのである。・・今日には例外もある。港を必要とせず、世界中に航行できる原子力潜水艦は「シーパワー」をそのまま「海洋パワー」に直結できる存在だと言えるだろう。
・・戦略の逆説的論理からわかるのは、小国を倒せるのは中規模の国家であるということだ。大国は小国を倒せない。・・中規模の国家が小国を攻撃する場合には、勝利できる可能性がある。中規模国家を恐れる国はそもそも少ないので、周囲がそれに対抗しようとはしないからだ。
・・では具体的に日本はどう対処すればよいのか。最も効果的な対処法は、「封じ込め」である。「封じ込め」とは、極めて受動的な政策である。意図的な計画は持たないままに、ひたすら「反応する」ことに主眼を置く政策だ。・・外務省も、中国を尖閣から追い出すための独自の計画をもたなければならない。中国が占拠したばあを想定して、アメリカ、インドネシア、ベトナムそしてEUなどへの外交的対応策を予め用意しておくのだ。たとえば中国からの貨物を行政的手段で止める方策なども有効であろう。
・・現在の中国のような国家に対処するには、いわゆる「標準作戦手順」(SOP)のようのものが必要だ。これはあらかじめ合意・準備された行動計画のことである。慎重で相談しながらの忍耐強い対応は、相手もそれができる政府でなければ逆効果なのである。・・現在の日本は、アメリカと同盟を組みながら中国に対峙しているが、ここで決定的に重要なのは、日本側からは何もしかけるべきではないということだ。つまり逆説的だが、日本は戦略を持つべきではないし、大きな計画を作るべきではないし、対応はすべて「反応的」のものにすべきなのである。
・・私(訳者)も個人的に経験したことがあるが、アメリカは移民の国であり、そうであるがゆえに人種的、文化的なバックグランドを(とりわけ公式の場で)表明することは、あまり歓迎されない。・・「人種差別主義者」というレッテルは、アメリカでは、とりわけ知識人にとって、ほぼ「死」に値する。・・さらに文化の違いを論じることを過度にタブー視する風潮が重なるとなればこれがアメリカの他国についての理解を妨げる要因になっているのかもしれない。
・・確かに「孫子」は「兵は詭道なり」として、互いの騙し合いを基本としていて、中国もそのような政治文化を持っているのだが、ルトワックによれば、これは中国の漢族同士の場合にしか通用しないという。・・中国のように自国の文化圏の中だけで通用する自分たちに都合のよい孫子像を崇め奉っているだけでは、百害あって一利なしと批判している。孫子自身は、優れた戦略家であったとしても、総体的に「中国は戦略が下手である」とルトワックは見ている。』