私本太平記 13 黒白帖 (吉川英治著 青空文庫)
ついに読了しました。この巻はこれまでの物に比べると物語の進みがあっさりして、急速でしたが、それでも心に残るものでした。
『日本の分裂症時代、”南北朝”とよばれる畸形な国家へ突入していった年を、この春とすれば、以後、その大患はじつに、57年間もつづいたのである。
一国の和が困難なように、小さい”家”にすら、人間の集合するところ複雑な何かをみな心の襞にもっていた。
「じたい、禅家では、怨霊などというものは、嬰児の熱病ほどにも見ておらん。愚昧迷妄な沙汰とわらっておる。ゆえに怨霊鎮めの寺院の建立なら、怨霊信仰を大事にしおる天台や真言の祈祷宗教家のもとへいってお頼みあるがよろしい」と、今朝もひどくニベのない国師なのだった。
ふしぎな宇宙の識別というしかない。不壊(ふえ)の権力とみえる物も、時の怒涛の一波のあとには、あとかたもなくなり、反古に貼られた一法師の徒然な筆でも、残るいのちのある物は、いつの世までも持ちささえてゆく。
葬儀は、衣笠山の等持院でいとなまれた。勅使の差遣、五山の僧列、兵仗の堵列、すべて、葬式の供華や香煙のさかんだったことはいうまでもない。尊氏は、54歳であった。
「・・・源平、鎌倉、北条と長い世々を経てここまで来たこの国の政治、経済、宗教、地方の事情、庶民の生業、武家のありかた、朝廷のお考え---までをふくんだ歴史の行きづまりというものが、どうしてもいちど火を噴いて、社会(よのなか)の容(かたち)をあらためなければ、にっちもさっちも動きがとれない、そして次の新しい世代も迎えることができない、いわば国の進歩に伴う苦悶が何よりな因(もと)かと思われまする。」
問「なるほど、そんな浮浪もいるにはいますな。けれど戦争の元凶はは、やはり権力の中に住む人間どもにありとしか思われぬ」 答「・・・・・・・権力。そうです。権力欲とは何なのか。摩訶不思議な魅力をもって人間どもを操り世を動かす恐ろしいものに相違ございません」
答「長い時の流れからみれば、わたくしどもが見た半生の巷など一瞬の間に過ぎませぬ。大地とはそれ自体、刻々と易(かわ)ってゆく生き物ですから、易るなといっても易らずにおりません。そして易ってゆく地上には、時にしがたって時代の使命を担った新しい人物が出現してくる」 問「そして次の時代を耕すというわけですか」 答「そうです。・・・」
答「いや誉めはしません。ただ宇宙は人間それぞれの性をよく公平に”時の役割”に使っていると言いたいのです。彼が道楽に創めた立花(生け花)、闘茶(茶道)なども、やがて観世清次どのの舞能のごとく、案外、ゆくすえ世の文化に大きな開花を見せるやも知れません。なべて人に役立つものは亡びない。けれどどんな英傑の夢も武力の業はあとかたもなくなる。ですから、もののふとは、憐れなのです。とくに尊氏さまのご一生などは、無残極まるものでしかない」 』
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