私本太平記11 筑紫帖 (吉川英治著 青空文庫)
『「だがの、憎しみ合いは、生きている間でたくさんだろ。死者とは業を終わったひとのことだ。ほとけさまだ。そのなにもないきれいな相(すがた)を見るがよい」
古い俗間のことばに、菊池千本槍 という伝えがある。それまでの日本には鉾はあったが、槍はなかった。槍は九州の菊池党がつかい出したのがはじまりであるというのである。ほんとか嘘かは定かでない。
元々、九州九ヵ国の諸豪は相譲らぬ対立を持していたし、またとくに、少弐、大友の二氏は、菊池党とはまったく違う時勢観と利害の上にも立っていた。
「やれ、義兄のあだ、子のかたき、親の怨みのと申し合っていたら、弓矢の本道などは見失われてしまうだろう。それのみか、復讐ははてなきまたの復讐を生んでゆく。永劫、修羅の殺し合いを演じてゆくほか世に何を残す?・・・。ばかな。われら弓矢の家の使命とはそんなものでない。・・・・ときによりあえない犠牲を身内にみるもぜひなく、英時どのなど、真におきのどくなお人ではあった。とはいえ、しょせん幕府と共に末路をいさぎよくなさるほかないお立場でもあり、それがそのお人の弓矢の大道であるならさぞ御本望であったろう。---尊氏はそう思う。そう思うて今日の御邂逅に、地下へ一言、ご挨拶を申したまでだ。恨みの何のと、そんな小義にとらわれて、愚痴なお手向けをしたわけではない」 いくさは復讐でない。復讐のため戦はしない。尊氏の弓矢はもっと大きな抱負と使命にある。そんなケチな・・・・と彼は笑う。言い終わって笑ったのである。
これをみても、宮方全般の陣営には、朝廷への忠誠の声やら反尊氏の意気はあっても、司令一本の統御に欠けていた点があったのは否みがたい。』
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