« 砕かれた鍵 (逢坂剛著 集英社e文庫) | トップページ | 私本太平記 2 婆娑羅帖 (吉川英治著 青空文庫) »

2014年7月 7日 (月)

戦略的思考とは何か (岡崎久彦著 中公新書)

読売新聞に著者の回顧文が連載されていましたので、ざっと読んでみました。

『外征を不徳とする中国の思想が確立するのは、じつは、日本が統一国家として歴史に登場する隋唐の頃からなのですが、この思想が確立する主たる原因は漢民族の抵抗にあったといっても言い過ぎではありません。

一般的に弱者同盟というものは力の上であまりプラスにならないうえに、強者を「しゃらくさい真似をする」と言って怒らせて、危険が増大する恐れがあります。

私はつくづく明治の人は真剣だったと思います。小村意見書にしろ伊藤意見書にしろ、指導者自ら政策を書き下ろし、指導者が集って議論をするのですから密度の高い政策ができます。いまでは大臣はおろか局長でもこんなことはしません。

そして、米国については、伊藤は、「余が甚だ懸念に堪えぬのは、米国は世論の勢力が強大であるから、一度世論が動くと、政府当局者がいかに衷心から日本に同情を寄せていても、やむを得ず世論に適合する政策をとるに至ることである」と指摘しています。

・・ある会合で、日本は憲法解釈上集団自衛権は行使できない、という話をしたところが、ヨーロッパの主要国大使までつとめてことがあり、現在は一流大学で教授をしている人が、「日本はそんなに縁の薄い仲間なのか」といって怒り出したことがありました。米国のインテリの中で日本の特殊な事情が分かっている人は、日本に専門的に関与したことのあるごく少数の人で、それ以外は、他の先進民主主義国と日本は同じだと思って判断するのですから、日本がいくら特殊事情を説明しても、こういう反応が国民的反応になってしまう可能性があることだけは将来の見通しの一部に入れておく必要がありましょう。

・・文革前の中国という国はアジア・アフリカの憧憬の的でした。自力で抗日戦争を戦い抜いて中国本土を統一し、そのうえに朝鮮戦争では世界最強の米軍を相手に互角に戦ったという実績を背景にしていたのですから、アジア・アフリカの有色人種は、共産党だけでなく、各種の民族解放運動に至るまで無条件の尊敬を払っていました。それが文革によって失望から幻滅、さらには軽蔑と嘲笑に変わっていったこと・・

戦後の日本には戦略論というものは存在しません。あるのはアメリカの戦略論の翻訳・紹介だけでした。戦後の日本の思潮の中における軍事問題アレルギーもその一つでしょうが、その最大の理由は必要がなかったからでしょう。戦後長い間アメリカが圧倒的に強かったので、アメリカとの同盟さえしっかりしていれば日本の安全を脅かすものはありえず、日米安保条約を結ぶということで国家戦略論が完結しえたからです。

正しい国家戦略を見出すこと、これは今後の日本の国民的課題でありましょう。それはつまるところ、指導者と国民が、世界の情勢を曇りのない眼で見つめ、国家目的の中に非現実的な感情や理念を導入することを極力抑制し、日本国民の長期的な安全と繁栄を確保するのが政策の重要な目的であることを決して見失わず、つねに常識的で、危なっかしくない判断をすることによって生まれます。』

« 砕かれた鍵 (逢坂剛著 集英社e文庫) | トップページ | 私本太平記 2 婆娑羅帖 (吉川英治著 青空文庫) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 戦略的思考とは何か (岡崎久彦著 中公新書):

« 砕かれた鍵 (逢坂剛著 集英社e文庫) | トップページ | 私本太平記 2 婆娑羅帖 (吉川英治著 青空文庫) »