黒田如水 (吉川英治著 青空文庫)
今月の更新が今回だけになってしまいました。失礼しました。
今回は無料で入手した吉川英治氏の黒田如水です。NHKの大河ドラマとは少し内容が異なる部分もありますが、吉川氏の美学のようなものが読み取れ興味深かったです。
『・・彼は自嘲を抱いていた。人間、日ごろはいつでも死を覚悟しているつもりでも、さてその場にのぞんでは、この生理的な恐怖の襲いには、どうにも剋てないものであると。
(我慢も戦略。もし兵法とすれば我慢のできぬこともない。)
「官兵衛を捨てるのみじゃ。なぜといえば官兵衛は、主命をおびて、伊丹城におもむき、村重が卑劣なる奸計に陥ちて幽囚されたもの。正邪な歴歴、天下の衆目、誰か彼を曲として憎まぬものあろうや。もし、わが子官兵衛が獄中に殺されるるとも、それ君命に殉ずるは武士の本分。宗円とてなに悔もうぞ。・・それを恋々小情の迷いにとらわれ、いまもしわが姫路の一党が、信長公と結べる一たんの盟いを破棄し、義に背き信を捨て去らんか、たとえふたたび官兵衛がこれへ生きて還ろうとも、われらの上に武門の名もなし誇りもなしじゃ。ただ辱を負うて武人の中に禄を拾うて生くるに過ぎず、人と生まれさむらいの道に立ち、何の生きがいやあるべき。・・・・迷うまでもないことよ。官兵衛は見殺しにせい、きっぱり思い捨てて策をたてい」隠居宗円はそういって、すぐ奥へもどってしまった。あとに粛たる大勢が涙をすすり合うのも聞こえぬ振りして。
「日を待てばよい。ご命令に敏速ならざる罪は、ひとえに秀吉の功のいたらざるものと、後のお叱りを覚悟しておけば・・・」彼は彼ひとりの胸にそのことを伏せていた。
彼の職業がら、今どきの若い武士たちの気性はよくわかっている。恋をしようと、一個のよい鎧具足を註文しようと、彼等のあいだには常に、夢び間にも「明日は知れないいのち」という人生観があった。しかもその明日知れないいのちをいかによく居を生きようかとする気持ちもつよかった。
彼は官兵衛のぼうぼうたるひげやこけ落ちた頬に悲しむのではなく、その心中に哭かされるのであった。武門の信義を守りとおすことの並々ならぬものを同じ武門の将として骨髄から思い知るのだった。
「所詮、この病身は、不治のものと、医師も匙を投げておるようです。しかし、百年生きても遭い難き名主にお会いし、ただ長寿だけしても得難い良友を持ち、更には、またなき時世に生を得てすでに36歳まで生きたのですから、天にたいして不足を思う筋合もありませぬ。
此人アルトキハ陣中自ラ重キヲナシ、将卒モミナ何トナクヤスンジケリ。---とまで、三軍に仰がれていた重治だった。
・・最期のいさぎよい一人の女性がまた評判となった。その女性も、当日、七つ松の辻で斬られたうちの一人であるが、車から引きずり降ろされても悪びれず、経帷子のうえに色よき小袖を着、いざ、処刑となると、「しばらくお待ちください」と、声もすずしく辺りを制し、帯を締め直し、髪の根高々と掲げ、いと神妙に、「よろしゅうございまする」と、合図して、男も及ばぬ尋常な最後をとげたというのであった。
「厳父。よい女房。忠義な家臣。それを一にした家風でござる。住居を移すといえども家風はなくなりませぬ。父宗円や妻子をおく所は、べつに小構え一ついただけばそれで結構にぞんじまする」』
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