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2014年4月 4日 (金)

空飛ぶタイヤ (上)(下) (池井戸潤著 講談社)

書評にあったとおり、とても素晴らしい作品でした。ただ一つ残念だったのは、モデルとなった事件の結末が、小説とは異なり不幸なものであったことでした。

『かつて大企業にいた時、何に腹が立ったかといえば、そのうちのひとつは間違いなく人事だったはずなのに。くだらない奴が出世して、本当に実力のある人間たちが莫迦を見る世界。一体全体、上司も人事部もどこに目をつけているのだろうと、秘かな怒りはいつだって自分の腹の中で燃えていたはずだ。それがどうだ。いまや自分のアホな人事部並みときた。

「どんな組織だって、誰かがいわなきゃ動かない。みんなが、”自分ひとり頑張ったところで”って諦めてるから動かないだけよ。もし、そんなことがあるのなら、あなたがそれをいうべきなんじゃないの」

ビジネスの世界において、業績見通しや計画の達成は、手形の決済と同じである。きっちり果たしていくのが重要だ。しかも、一般投資家など、利害関係者が多い上場企業では当然、約束の確行を求められる。

・・益田の調子はひたすら軽い。卑屈なほど下手に出る人間というのを信用する気にならず、・・・

「そんなもん後回しです、先代は、とにかくスジを通さない奴は許さない主義ですから。そっちが優先。頑固でしたよね」

「親はいつまでもいきていない。困ったときに頼れるのは友達だぞ。だから友達はたくさん作れ。そして大事にしろ」が寿郎の口癖だった。

「情けねえなあ、俺は。こんなことでじくじくしちまってさ。だが、もうこれで泣き言はやめた」 赤松は、そう心に誓った。 「いつか風向きが変わるときが来ますって。それまで歯を食いしばってやれることは全てやるいまはそれしかない。違いますか?」

いま、世の中の会社の在り方は確実に変わってきている。自社に都合の悪いことは、隠蔽するのではなく、むしろ明らかにしていくことでしか顧客の信頼をつなぎとめることはできないのだ。

寒冷地の自動車が大容量のバッテリーを積んでいるように、銀行という職場環境に適応している井崎もまた毛の生えた心臓と図太い神経の持ち主だった。

会社とはそんなものではない。会社とは利益追求を第一義とする集団であり、タテマエでは世の中のルールを順守する姿をみせても、本音の部分でそんなことを」していてもたちまち利益は手の中からすり抜けてしまう厳しい組織だ。

会社を経営している者にとって、もっとも神経をすり減らす仕事はなんといっても資金繰りだ。

会社組織は、地位によって見え方がまるで違う。同じ職場にあって課長と係長でさえ、違う世界を見ている。会社には、目には見えない地図があるのだ。昇格がもたらすものは当たらな地図に他ならない。

赤松は気づいた。自分があまりにもスクープ記事を当てにしすぎていたことに、いつのまにか、自分で解決することをあきらめ、何もかもそれが解決してくれるだろうと期待していたことに。

待ってな、いまに悔しさを晴らしてやるからな。柚木妙子の面影を追うように、高幡は殺風景な警察署内に視線を漂わす。ふと今朝、訪ねてきた赤松の顔がそれに重なった。そのとき口にできなかった言葉をいま高幡は小さな声でようやく告げた。「ちくしょう。悔しいが、あんたのおかげだ」

いわゆる団塊の世代である巻田は、ご多分に漏れず学生運動で”挫折”した過去を持ちながらいったん体制に組み込まれるや、それに馴れきって牙を抜かれ、飼い慣らされた企業戦士だ。

「こんなことをして、もし何も出なかったら、神奈川県警はとんだ赤っ恥だよ。君。その覚悟はできてるんだろうね」 当たり前だ、この野郎。その傲慢な顔に向かって高幡はいってやりたかった。この捜索に賭けているのは警察のプライドなんかじゃない。刑事の魂だ。お前らが賭けているのはせいぜい金と出世だろうが。そんなもんに負けるかよ。何も出なけりゃ刑事を辞める--そうとまで思いつめ、この朝を迎えたのだ。

赤松は言葉を無くして、柚木を見つめた。 「闘わないんですか、あの会社と」 「絶対に許せません。許すこともないでしょう」 柚木はいつか見せたのと同じ、頑なな表情を浮かべた。 「ですが、私たちにとって何が一番大切なのか考えたんです。過去は変えられない。だったら未来を変えていくしかない。私はもうこれ以上、あのホープ自動車といおう会社に人生をかき回されたくありません。これ以上戦うと、妙子との楽しい思い出まで歪んでしまうような気がする。私には他にするべきことがあると思うんです。この子のために、妻もきっとそうして欲しいというでしょう」 』

銀行という組織にいると、季節の移ろいを感じることもなくただ月日だけが過ぎていく。殺伐とした生活の中で、時として出会う季節感溢れる瞬間。それが、井崎には嬉しかった。

薄くなった額を見下ろした赤松の胸に浮かんだのは、この男もまたサラリーマンだなという思いだった。会社の都合と個人の都合を使い分け、体よく、つつがなく、定年まで勤め上げようというサラリーマンだ。

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