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2014年2月11日 (火)

武士(おとこ)の紋章 (池波正太郎著 新潮社)

この本にも真田太平記にあった出来事などが書かれていましたが、内容が微妙に異なっていました。それでも、やはり面白いものでした。

『「如水というは、おそろしい奴じゃ。わしは今までに、何度も何度も、大小いくつかの戦いにのぞみ、その中には息も乱れ、作戦の立て方もわからなくなり、どうしてよいかと青息吐息をついたことも数えきれない。なれど、こうしたときに、あのちんばに相談をもちかけるとな、ちんばめ、たちどころに妙案を降し、即断決してあやまたず的に当てたものじゃ」 その心、剛捷にして、よく人に任ず。宏度深遠天下匹(たぐい)なし。ひとり世にあるといえども、もし取らんと(天下を)欲せば、すなわち之を得べし-と、秀吉は如水を評している。

福岡のみか、博多にも小さな隠居所をもうけ、わずかな侍臣と共にいったりきたりして茶の湯や歌道に興じたり、城下の子供達に菓子を与えたり、悠々と日を送った。老人が果たせなかった夢を追い続けて残念がるということもなく、昔の働きを自慢にして老後の身が鬱憤をはらすなどというみっともないまねはみじんもしなかった。

家来の直言を重んじ、媚びへつらうものは遠去け、孤弱をいつくしみ貧財をあわれみ、賢を親しみ、佞奸を疎んぜよ----と、こんこんと遺言をし、大往生をとげた。法名は円清竜光院。行年五十九歳であった。

薬湯によって恢復するつもりは毛頭ない。むろん恢復するようなわしの体ではないのじゃが、なれど、薬湯は、わしの心身のはたらきをさわやかにしてくれる。あと幾日・・・・わずかに残されたこのおだやかな毎日を、わしは、心さわやかに送って死にたい。なればこそ薬湯をのむ。いかぬかな」

おそるべき政治力によって着々と、来るべき日を待ちつつ力を温存している家康の老練きわまるやり口が、どうも肌に合わない。ここのところが、幸村と信之の相違点なのであろう。むろん戦術家としての活躍をほしいままにした幸村は愛すべき人物だが、一国の大名としての幅は、兄・信之に及ぶべくもない。

家来たちばかりか、世上にも、信之の名君ぶりは評判となって、いろいろ褒めたたえられたが、そんなうわさをきくと、信之は苦笑して、こういったものである。 「何をいうのか。大名たるものは名君で当たり前ではないか。大工が木を切り、百姓が鍬を握ることと同じに当たり前のことよ」

・・五百年ものむかし、戦国の武士として生きた人びとには戦争が人生であり、その心と肉体を駆使して行う戦闘の場は、いやでも彼らの[技能]と[修練]とを発揮せざるを得ぬ場所となったのである。

戦闘というものは退いているばかりでは用をなさぬ。出撃するからこそ退却にも意義が生ずるので、出ては引き、引いては出る。そこに自在の駆け引きがうまれることは、父と共に上田城へこもり、徳川の大軍を相手にしたとき、幸村はその効果を身をもって会得している。

このとき、真田隊にいた稲垣与衛門が後に語ったところによると、「・・・・大助殿は断じて城へは帰らぬといいつのり、父君の申しようをききいれなかったが、そのうちに、幸村公が大助殿の肩を抱くようにして何事かささやくと、ようやくにうなずき、何度も父君を振り返って見ながら、城内へ去った」そうである。

「けだものになりかけた間一髪、人間の立派さを取り戻したおぬしに、いささかながら御報謝する」 呆然と見上げる安兵衛の手をとって金包みを握らせ、「けだものと人間の境は紙一重じゃ。一度この世に生を受けたからには、いずれ死ぬ身じゃ。武士たるものは、けだものに成り下がって死にたくないの」 老武士は風采も立派だし、品格もあり、また毅然たる風貌の中にも暖かい心情が滲み出していて、安兵衛に対する態度にも慈愛に満ちている。

人間というものは、生まれたときから、”死”に向かって進みはじめる。この行程が人生というものである以上、世の中へ出て、自分の力で飯を食べている人間なら、苦しみのない者はない筈である。

力士の人柄と日常の生活というものが、その体と顔と、相撲ぶりに、ハッキリと現れるので(恐ろしい職業だな)と、しみじみ、島一は思うことがある。

「おまえにとてはな、この休場はいいことなんだ。どうして怪我をしたか、それをお前は身に沁みて考えるだろう。それがいいんだ。・・・

「今度の休場について、お前、いろいろと考えてみろよ。いいな。おれはな、この休場は、将来、きっと、お前の為になると確信している」 力強くいってやり、肩を軽く叩いてやってから、島一は部屋を辞去した。

「他の人と同じことをやってたんでは絶対に上へは昇れないよ。稽古の量と、自分の工夫と、日常生活のあらゆる面を、良い相撲をとるということに結びつけるんだ。辛いことだけど、力士になった以上、偉くならなくちゃ嘘だものな。強くなり出世しなくては、この社会へ入って理由が成り立たないわけだからな。これは誰の為でもない。自分の為なんだよ」

「・・・兄弟子というもんはな、稽古をつけるときばかりが兄弟子じゃないんだぜ、まだ人間が出来てない若い者の毎日の生活ってものにまで、責任を持って指導してやるのが本当なんだ。責めるなら自分を責めろ」

何時の世にも男が立派な仕事と幸福を得た蔭に、必ず女性の愛情がひそんでいる・・・』

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