真田騒動 -恩田木工- (池波正太郎著 新潮社)
真田家に関する小話集でした。真田太平記で書かれた内容とは少し異なる部分もありましたが、興味深いものばかりでした。
『おもい迷って行動へ踏み出す前と、踏み出した後とでは人間の精神の変化にはかり知れないものが出てくるものだし、決心すると同時に強い自信がわきあがったのは、過去に見てきた執政の座というものに対する経験と乱れた藩治への内面の苦悩とが、一つの力となって木工の勇気を奮いたたせた。
「ですが、御家老のように私心を捨て去り、他人のことを、国の事を専一に考えるということが私などから見て、まことに、御立派なことだと・・・・・」 「いや、味気ないことだよ。だがな、主米。これを我慢し通せば、執政という仕事も、かなり生きがいのある面白いものになってくることはたしかなのだよ。他人のことのために私心を捨てるということはな、いまのおれにとっては、一つの快楽だといってよかろう」 木工は嬉しそうに笑った。
木工は、かるく馬の首を叩き、濠に沿って歩ませながら、主米を見返り、明るく生き生きとした笑顔になり、「おれ達の一生が、おれ達の後につづく人々の一生を幸福(しあわせ)にもするし、不幸にもする。主米、はたらこうな」
[留守居役]というのは、江戸屋敷に勤務する藩士が世襲で務める外交官・・・・というよりも、大名の家にとっての外務大臣に匹敵する役目だといってよい。絶えず、幕府や他の大名の動きに目を配り、いろいろと秘密情報をあつめたり、他の大名家や幕臣たちとの交際などっも一手に引き受けねばならない。
「あのように、来る日も来る日も、にこやかな笑いを絶やさぬ男というものは、わしの眼から見れば油断ならぬ男であった・・・・わしはの、市兵衛。血みどろの権謀術数の海を泳ぎ抜いて、しかも生き残った大名じゃからの」
「治世するもののつとめはなあ、治助。領民家来の幸福を願うこと、これ一つよりないのじゃ。そのために、おのれが進んで背負う苦痛を忍ぶことの出来ぬものは、人の上に立つことを止(や)めねばならぬ・・・」
「・・・良き治政とは、名君があり、そして名臣がなくては成り立たぬものなのじゃ、そのどちらが欠けても駄目なものよ」
・・木工は、環境に押し流され過去と未来との間に立つ自分を忘れきってしまう人間というものの不思議さが、つくづく恐ろしくなることがあったものだ。』
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