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2013年11月22日 (金)

竜馬がゆく (五) (司馬遼太郎著 文春ウェブ文庫)

『当時、水戸藩と云えば党派の複雑な藩で、天狗党のように極端な勤王攘夷派がいるかと思えば、極端な佐幕派もおり、その中間派もあり、たがいに仇敵のように憎み合っている。それだけに各派の情報もはいりやすい。

吉田稔麿は、亡き吉田松陰がもっともその人柄、才質を愛した高弟で高杉晋作、久坂玄瑞とともに松陰門下の三才といわれている人物である。年二十四.

「松陰先生の門下生ではたれが傑出していたか」ときくと、品川翁は言下に「吉田稔麿だ」といった。「いまいきておれば据え置きの総理大臣だろう。次が杉山松助でこれは大蔵大臣、久坂玄瑞は万能に通じ、高杉晋作は奇知に長け、佐世八十郎(前原一誠)には勇気がある。このほか、入江九一、寺島忠三郎。結局この七人が傑出している」

稔麿は、どう斬りぬけたか池田屋をとびだし、路上の会津兵を阿修羅のように追い散らしつつ長州藩邸に帰り、「杉山、援軍を頼む」と、ひと声どなり、ふたたび駆け出して池田屋の現場にもどったときは、新撰組の人数が数倍にふえていた。・・稔麿は、斬られては戦い、駆けては斬られつつ死に物狂いに狂いまわったが、ついに新選組沖田総司の一刀で絶命した。

池田屋の変報が、瀬戸内海の舟便によって長州にもたらされたのは、数日後であった。長州藩は、激怒した。もはや自重論は影をひそめ、来島又兵衛流の武力陳情論が、勢いをしめ、いそぎ京にむかって軍勢を進発させることになった。幕末騒乱の引金がひかれた。ひいたのは、新撰組であるといっていい。

若者が、酒宴をする。一座の中央に、天井からひもを垂らして、鉄砲を水平にぶらさげておく。銃口は、各自の胸にあたっている。やがて宴たけなわになると、鉄砲の火縄に火をつけ、ぐるぐるまわす。火縄が燃え、やがて火皿にうつると、ぐわぁん、と銃は轟発して、自動的に弾がとびだすようになっている。たれに当たるかもわからない。それでも平然と酒を飲み、うろたえる者をいやしむという試胆会であった。

元来、戦国このかた、薩摩人には捕虜を優遇する風習があり、その風習によるものかもしれないが、ひとつには、この藩人の外交能力から出たものといっていい。

実のところ、毛利氏は関ヶ原では一発の弾もうっていないのである。しかもその支族の吉川広家が東軍に内応しているから、所領没収は苛酷であった。ところが毛利氏は昨日までの同僚であった徳川氏に発砲陳謝し、かろうじて所領を四分の一に減らされ、城を広島から日本海岸の萩へうつされるという悪条件のもとで家名は残された。この拙劣さ、平身低頭一点張りの外交のわざわいであろう。

竜馬は、にやにや笑った。「人間、不人気ではなにも出来ませんな。いかに正義を行おうと、ことごとく悪意にとられ、ついにはみずから事を捨てざるをえなくなります」

氏(竜馬)いわく、「われはじめて西郷を見る。その人物、茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る」と。知言なり、と勝は大いに感嘆し、「評するも人、評せらるるも人」と、その日記に書きとめた。

小松は竜馬と同じ天保6年の生まれである。・・西郷は藩外交の上でこの小松を補佐している、というかっこうだった。西郷という男も、家老小松帯刀という理解者がいなければ、その仕事の半分もやれなかったであろう。

余談だが、小松は維新後多病でほとんど活動できぬままに明治三年七月、年三十六で死んでいる。

幕府はこのとき、すかさず長州を処分し、その領土を奪うか、国替えでもしてしまえばことが済んだのだ、と福地源一郎は云うのである。幕府は、この絶好の機会をのがしてしまった。なぜのがしたか。強力な宰相がいなかったからである。

西郷という人は、武力こそ外交を好転させる無言の力だという思想の信奉者で、これは終生かわらなかった。余談の余談になるが、晩年にこういっている。「世でおいをユッサ(戦さ)好きじゃというちょるが、誰がユッサを好くものか。ユッサは人を殺し、金を使うもので、めったにユッサばしてはならんもんでごあす。しかし機会が来ればユッサもせねばなりもはンど。欧米の文明も、ユッサをしてできたもんでごあす」

日本人の家系の集約的中心は天皇家で、これに次ぐ神聖血族は公卿であるとされてきた。』

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