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2013年7月20日 (土)

竜馬がゆく(一) (司馬遼太郎著 文春ウェブ文庫)

高校生時代に好きだった司馬遼太郎氏の著作がついに電子図書化されました。氏の著作を今は訳あって好きではありませんが、竜馬がゆくは別です。最初に読んだ氏の作品でこれをもとに幕末に関する彼の著作を読むようになりました。竜馬がゆくは繰り返し読みましたが、今は実家にあり十年以上読んでいません。本当になつかしみながら読み進めています。

『竜馬が十五歳のころ、当時若侍の間ではやっていた座禅を軽視し、---座るより歩けばよいではないか。とひそかに考えた。禅寺に行って、半刻、一刻の座禅をするよりも、むしろそのつもりになって歩けばよい、いつ、頭上から岩石が降ってきても、平然と死ねる工夫をしながら、ひたすらにそのつもりで歩く。岩石を避けず、受け止めず、頭上に来れば平然と迎え、無に帰することが出来る工夫である。

深山で、あるキコリが斧をふるって大木を伐っていたとき、いつの間に来たのか、サトリという異獣がそれを見ている。「何者ぞ」ときくと、「サトリというけものに候」という。あまりの珍しさにキコリはふと生け捕ってやろうと思ったとき、サトリは赤い口をあけて笑い、「そのほう、いまわしを生け捕ろうと思ったであろう」と言いあてた。キコリはおどろき、このけもの容易に生け捕れぬ、斧でうち殺してやろうと心中たくらむと、すかさずサトリは、「そのほう、斧でわしをうち殺そうと思うたであろう」といった。キコリは、バカバカしくなり、(思うことをこうも言いあてられては詮もない。相手にならずに木を伐っていよう)と斧をとりなおすと、「そのほう、いま、もはや致し方なし、木を伐っていようと思うたであろう」とあざわらったが、キコリはもはや相手にならずどんどん木を伐っていた。そのうち、はずみで斧の頭が柄から抜け、斧は無心に飛んで、異獣の頭にあたった。頭は無残にくだけ、異獣は二言も発せずに死んだという。金術でいう無想剣の極意はそこにある。この寓話は、おそらく創作上手の禅僧が作った話だろうが、神田お玉ケ池の千葉周作はこの話が好きで、門弟に目録や皆伝を与えるときは、かならず、「剣には、心妙剣と無想剣とがある」といった。周作はいう。「心妙剣とはなにか」別名を実妙剣といい、自分が相手に加えようとする狙いがことごとくはずれぬ達人のことで、剣もここまでゆけば巧者というべきである。しかしこの剣も、サトリの異獣のようにそれ以上の使い手が来れば敗れてしまう。無想剣とは「斧の頭」なのだ。斧の頭には、心がない。ただひたすらに無念無想でうごく。異獣サトリは心妙剣というべきであり、無想剣は斧の頭なのだ。剣の最高の境地であり、ここまで達すれば百戦百勝が可能である、と千葉周作はいうのである。

「しかしこわいぞ」 「なにがだ」 「田舎は、だ。おそらく、長州でも薩摩の若侍でもそうだろう。粗野だが、異骨相なもんんだ。ところが久しぶりで江戸へ帰ってみると、町でみる人の群れは国難どこを吹く風かというようにのんびりしちょる。江戸っ子が田舎者にしてやられるときがくるかもしれん」

位は桃井、技は千葉、力は斎藤といわれる。それぞれ当時の剣壇を三分する勢力であったが、それぞれの名門の塾頭を、のちの維新の立役者が占めたのは奇妙な偶然といっていい。

・・後年、勝海舟とならんで幕閣の俊才だった大久保一翁は---なんといっても坂本は土佐随一の英雄だ、一言にしていえば、大西郷を抜け目なくしたような男だ、といっている。すくなくとも西郷よりは抜け目のない印象だったのだろう。

三百諸藩のなかで、家風に古士道の規律があり武侠忠烈なのは会津と薩摩が第一といわれている。(数年後、会津藩主松平容保が、会津兵を率いて京都守護職に任じたとき、それまで京都で佐幕派の暗殺に跳梁していた過激浪士たちは、会津が来る、といううわさだけで戦慄したはなしが残っている。・・

関羽ひげの老将が、にわかに日ノ丸の軍扇をひらいて、全軍斬りこみを命じた。まっさきに山を駆け下ったのは、この老将とそれの前後する一人の美少年である。それが、後年の森要蔵と、竜馬に挨拶した四歳の坊やであった。親子は官軍の真直中に斬りこむと、まるで舞踊のように美しい建議を見せたという。父が危うくなると、少年が駆けより、少年が危うくなると、父が救った。形影相寄り、相たすけつつ戦うすがたに、官軍の指揮官板垣退助は、しばらく射撃をやめさせたぐらいだったといわれる。』

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