夜消える (藤沢周平著 文春ウェブ文庫)
町人ものは、やはり私には切なく、暗く感じられ、あまり好きになれません。しかし、目を背けてはならないものも感じます。
『かつては自分の女房だった女の後姿が遠ざかり、橋をわたる人にまぎれるのを、菊蔵はしばらく橋袂から見送った。苦しいような気分に胸をしめつけられていた。-さびしい背中をしてやがる。と思った。
おみつの言うとおり、もとの鞘におさまることは無理かも知らなかったが、のぞみがないわけでもなかった。さがしあてて裏口に呼び出したときに、おみつが一瞬見せた嬉しそうな表情を菊蔵は思い出している。その表情におみつの孤独が見えていたと思う。
首尾よく年季を勤め上げれば、友吉にも身を固める日が来て、やがては一人前の商人になる日も開けるだろう。そういうことを考えると、なみは胸の中がほのぼのと明るくなるのを感じた。自分にはついに射さなかった日が、弟の上に射しかけるのを見たかった。
―三十四か。三十四の女が、たった一人残されちゃったねと思った。人っ子一人見えないさびしげな道に、ぽつんと立っている自分の姿が見えた。その姿はこっちに背をむけて方途に迷っているようでもある。』
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