とんび (重松清著 角川e文庫)
この作品をもとにしたドラマがよい評判だったので、原作を読んでみました。ドラマはほんの少ししか見ていませんが、原作とはかなり異なっているようでした。原作は、登場人物が広島弁を話しますが、小学生時代の3年間を広島で過ごした自分にとってはとても懐かしく感じられました。また、息子の気持ちと、息子を持つ父親の気持ちがよく描かれていて、良い作品だと思いました。
『おしゃべりをするのは車がいちばんだ、と思う。並んで座って、同じ景色を見ながら話す、というのがいい。
「アキラ、これがお父ちゃんの温もりじゃ。お父ちゃんが抱いてくれたら、体の前のほうは温うなる。ほんでも、背中は寒い。そうじゃろ?」 アキラは、うん、うん、とヤスさんの胸に頬をこすりつけるようにうなずいた。 「お母ちゃんがおったら、背中のほうから抱いてくれる。そうしたら、背中も寒うない。お父ちゃんもお母ちゃんもおる子は、そげんして体も心も温めてもろうとる。ほいでも、アキラ、おまえにはお母ちゃんはおらん。背中はずうっと寒いままじゃ。お父ちゃんがどげん一所懸命抱いてくれても、背中までは抱ききれん。その寒さを背負うということが、アキラにとっての生きるということなんじゃ」・・・「アキラ、おまえはお母ちゃんがおらん。ほいでも、背中が寒うてかなわんときは、こげんして、みんなで温めてやる。おまえが風をひかんように、みんなで、背中を温めちゃる。ずうっと、ずうとお、そうしちゃるよ。・・」
「ヤス、海に雪はつもっとるか」 「はあ?」 「ええけん、よう見てみい。海に降った雪、積もっとるか」 積もるわけがない。空から降ってくる雪は、海に吸い込まれるように消えていく。 「おまえは海になれ」 和尚は言った。 静かな声だったが、一喝する声よりも耳のずっと奥深くまで届いた。 「ええか、ヤス、おまえは海になるんじゃ。海にならんといけん」 「・・・・ようわからんよ、和尚さん」 「雪は悲しみじゃ。悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。地面にはどんどん悲しいことが積もっていく。色も真っ白に変わる。雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。おまえは地面になったらいけん。海じゃ。なんぼ雪が降っても、それを黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」
母方の身内のひいき目半分にしても、実際、写真で見る母親は自分と目元が瓜二つだったし、父親と向き合ってみると、あらためて母親似の顔だとだと思う。それでも、手のひらは-間違いなく、父親から受け継いだ。大きな、分厚い手のひらを、父親がくれた。その手で、美佐子さんを抱きしめ、アキラを育てあげてきた。ヤスさんは床に膝をついて、父親の手を握った。考えてそうしたのではなく、心が勝手に揺れ動き、体が勝手に動いた。』
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