警視庁情報官 トリックスター (濱嘉之著 講談社文庫)
濱氏の作品がやっと電子書籍化されましたので、さっそく読んでみました。いろいろ興味深い記述がありました。
『日本国の労働組合は弱体の一途を辿っている。それでも大手企業のそれは、政治色こそ薄れてきているものの、優秀な社員がまだまだ多く加入していた。しかも、労働組合は一企業のものだけでなく、業種ごとの産別組合というものがあり、たとえば自動車業界、電機業界、繊維業界、電力業界という基幹産業の産別組合はいまだにそれぞれの代表を国会議員として送り出す力を持っている。
かつての官僚出身議員は、事務次官や長官を経験した官僚のトップや、少なくとも局長クラスの実績を踏んだ転身者が多かった。しかし近年は、課長経験者すら少なく、省庁内の鼻つまみ者だった連中が「官僚出身」をステータスとして国政に転身するケースまであった。
今日、天下り批判が出ているが、この批判により、かつては省庁内で自然淘汰されていた悪しき官僚が、最後まで組織内に残ってしまう弊害が起きたことも事実だ。
・・には他の原理主義宗派同様に、情報部隊と非公然部隊が存在した。これまでこの情報部隊や非公然部隊が活動したと思われる事件は世界中で何件か報告されていたが、その実態はまったくつかめていなかった。特に日本では国会議員を始めとして政財官が教団に深く食い込まれていながら、その実態が明らかでなかったのは、警察の怠慢というよりも、宗教の恐怖というものを国民が体験していないところにあった。
キリスト教ではバチカンを始めとして幾つかの団体にそれがある。バチカンそのものはスイスの傭兵に守られているが、コンクラーベが常に映画の主題になるように、権力闘争は凄まじいからね。場チアKンと考えを異にするクリスチャンもそうだ。
日本警察が初めて宗教団体の違法行為とされた「イエスの方舟事件」で、摘発に失敗して以来、宗教は捜査のタブーだった時代が続いた。しかし、オウム捜査ではこれまでのうっぷんを全て晴らすかのような徹底した公安捜査が行われた。
内調の最大の弱点は捜査能力がないところだ。情報を集めるだけの組織は、その対処能力に欠ける。
日本の教育レベルは高いといわれるが、レベルが高いのは義務教育の中でも最低限の初等教育中盤までの話だ。それ以降のものとなると、むしろ後れをとっている部分も多い。つまり、日本の教育水準は決して高くないのだ。とくに、教育の前段にある基本的な人間教育をおろそかにしてきた弊害が、今日の若い親たちの社会常識の欠落という形で表れていると思っていた。それを思うと、黒田はふと厭世的な気分になるのだった。
黒田が部下にも日頃から言っている「幅広い常識と深い良識」があれば、僅かな糸口であっても、何らかの共通項を見出すキーワードを探ることができる。これを見逃すかキャッチするかは情報マンとしてのセンス次第だった。
須崎は一度目を瞑ると、そのまま顔を垂れた。黒田はその反応をじっと見つめていた。それは収賄の被疑者が覚悟を決める姿によく似ていた。こんな時は被疑者の一挙手一頭足を逃さずに見ておくものである。頭を上げ、目を開けて視線がぶつかった瞬間の眼光が強いほうが勝つのだ。
総監室は総務部と同じ本部庁舎の十一階だが、総監、副総監と東京都公安委員の部屋に続く廊下はガラス扉で仕切られており、その中は赤絨緞になっている。ガラス扉の内側に立っているSPの脇を通り抜け、二人は総監室に向かった。
黒田はさらに続ける。「中でも本部勤務員であれば、その者の卓上の電話を全て傍受する必要もある。架電先もね。それから家族を含む全ての携帯電話、コンピューターメール等もチェックしてもらいたい」その姿勢は徹底していた。「そこまでやるのですか?」「極左の連中はやっているよ。CIA並みにね」
MAPというのは警備部に所属する白バイ隊で、Motorcycle Area Patrolの略称である。
「完全に行確」というのは二十四時間体制で監視するものであり、自宅の電話はもちろん、本人が保有する携帯電話の発着信もリアルタイムで傍受するもので、最高レベルの行動確認を意味した。』
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