新聞記事から (【土・日曜日に書く】大阪編集長・井口文彦 どうして晩節汚すのか 24.9.23産経新聞朝刊)
身内に警察官がいましたので、残念に思いますとともに、自分自身も気を付けて生きていきたいと思います。
『犯罪捜査を指揮した警察幹部が退官後に本を出版したり、テレビ出演して事件のニュースにコメントするケースが散見される。特に、殺人など凶悪犯を扱い、「最も激務」といわれる刑事部捜査1課の課長経験者ら幹部が目立つ。
彼らは部下の刑事に「保秘」を叩(たた)き込み、「マスコミとの接触」を厳禁した。掟(おきて)を破った者に対しては刑事生命を絶ち切った。
そんな強権をふるっていた上司が退職後、元幹部の肩書で捜査の内実を明かす。部下たち現職刑事には理解できない豹変(ひょうへん)である。
◆辞職強要
食品大手に勤めるQ氏は10年前まで刑事だった。関東の警察本部・捜査1課で強盗犯を追う巡査部長。上司から辞職を強要された。
当時、捜査情報が特定の報道機関に流れ、「誰かが流している」と問題化。疑われたのがQ氏だ。上司の捜査1課長は、OBが経営する興信所にQ氏の行動監視を依頼し、容疑を固めようとした。
興信所の回答は「報道機関との接触は確認できない」だった。だがこの調査で、ある女性との不倫関係が判明した。彼が漏洩(ろうえい)したと疑わない課長は「シロ」の調査結果を受けても見方を変えず、女性問題で辞めさせようとした。
「俺を保秘引き締めの見せしめにするつもりか」。Q氏は抵抗した。彼にとって女性問題は否定できない事実だが、報道との関係や情報漏洩は濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)である。
結局、情報流出はQ氏と無関係のところが原因と判明。冤罪(えんざい)と証明されるや、Q氏は「急にばからしくなり」、警察を辞めた。
警察は保秘に厳しい。情報漏れは凶悪犯の逃亡を誘発し、証拠隠滅を招き、捜査を行き詰まらせるからだ。組織の掟である。
◆豹変
捜査保秘を実現するには報道機関に対する情報管理が有効だ。勢い、幹部の指示は「マスコミに接触するな」と直截(ちょくせつ)的なものになる。刑事管理はどんどん“えげつなく”なってきた。「携帯の通話記録を取り寄せる」と脅すのは当たり前。情報漏れを防ぐため、被害者の遺体や現場写真を刑事に見せない幹部も存在する。犯人情報が詰まっている現場の状況を知らずに刑事は捜査するのだ。目隠しして走らされるのに等しい。
掟を破った刑事は異動で捜査部門から追われ、ひどい場合はQ氏のように辞職を迫られた。
恐怖政治ともいえる管理で刑事を服従させていた上司は退職するや、マスコミと接触しないどころか、豹変する。「元捜査1課長」の肩書をフルに使って世間の目を集め、門外不出を命じていた捜査情報を「あのとき、実は…」と本やテレビで暴露するのだ。
職場を追われたQ氏や、部下だった現職刑事たちに、こうしたふるまいがどう映るだろうか。
◆私心
名刑事といわれた警視庁捜査1課の故平塚八兵衛氏も退官後、テレビ出演してコメンテーターのようなことをした。が、この行動には明確な目的があった。
彼の退職は、府中の3億円事件捜査が時効成立まであと9カ月という時期。「風化を防ぎ、情報提供を視聴者に呼びかける」が出演理由だった。平塚氏にとってテレビ出演は形を変えた捜査継続であり、「公」的行為であった。
対して、最近のケースは軽薄な「私」のふるまいそのものだ。
警察ドラマの監修プロダクションに誘われた元幹部は後輩に電話し、「捜査は実際どんな感じだったのか、教えろ」。現職の後輩が抗議すると、「そう言うな。お前が退職したら俺がここに引っ張ってやるから」。現職たちにデータを出させ、実名で本を出した元課長は、OBと現職が集う懇親会の受付席に自著を積んで、出席者に買わせた。「1人2冊」と言いながら。絶句させられる。
幹部のメディア露出は警察広報の機能も持つ。が、「警察活動を国民に正しく理解してもらうため」というのなら、現在のように「私」がのさばるやり方をしていては理解はとうてい得られまい。
幹部OBたちは厳しく自分を律する人格者が多い。しかし、位の高い者ほど徳を求められるべきノブレス・オブリージュを解さない一部のふるまいが、今の組織に悪影響を及ぼしているように思えてならない。若手刑事が言う。
「『捜査の秘密は墓場まで持ってゆけ』と言っていた上司が、退職して逆のことをしているのを見ると、保秘の命令はホシをとるためのものではなく、所詮は自分の立場を守るため、保身のためだったのでは、と思えてきます」
年長者への敬意が希薄化する組織は弛緩(しかん)していく。捜査1課長までつとめあげたほどの人がなぜそんなことを分からないのか、どうしてそんな恥知らずなふるまいをするのか、心底残念に思う。』
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