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2011年10月10日 (月)

西郷隆盛 (池波正太郎著 角川文庫)

私が尊敬する、西郷隆盛の生涯が二百数十ページでコンパクトに記されたものです。今の日本の政治家、官僚らが心すべきことが書かれていると思います。これからも何度も読み返したいと思います。

『・・西郷の人格形成に大きな役割を持つ人物が現れる。すなわち、西郷の上役である郡奉行の迫田太次右衛門利済(さこだたじえもんとしなり)だ。・・「役人が贅を尽くし驕慢になったとき、その国はかならず滅びる」これが奉行の持論である・・「そりゃな、わしだって金もほしいし、名誉もほしいのだよ、人間だからな」と、迫田奉行が西郷にいったことがある。「ほしいけれども、国のために、また、みずから正しくありたいと思うがために耐えているのだ。耐えるためには果しがないおのれが欲念を、まずおのれがはねつけてしまわねばならぬ。他人がわしのすることを奇行呼ばわりする一々がそれなのだ。西郷、欲にはきりがないものじゃし、欲を満たすこともまた貧することと同様に人の心身をさいなむものごわすよ。」西郷、この率直無頼の奉行さまに心服し、感化をうけることただならぬものがあったし、この上役の下ではたらけたことは、西郷にとって幸福であった。

海外との交易を許さぬ国であったのだから、国家経済の基盤は〔米〕のみで、米がとれなければたちまち飢饉となるし、支配階級の武家社会は〔生産〕とむすびつかぬばかりか、早くから財政危機に苦しんでおり、天保年間の大飢饉を契機としたかのように諸国大名の家にも藩政改革事件が頻発し始めてきていた。

島津斉彬の言葉に、次のようなのがある。
一、人身の和は政治の要諦である。
一、民が富めば君主が富むの言は、国主たる人の一日も忘れてはならぬことである。
一、君主たるものは、愛憎の念を抱いてはならぬ。
その中に、
一、天下の政治一変せざれば外国との交際をしてはならぬ。
とある。つまり、現在のような政治・経済の混乱があって、さらに外国列強へ対抗しうる戦力も防備力もない日本がその進入を許せば、たちまちに狭隘な国土は外国列強の餌食となってしまうであろう。もっとも大切なことは、上も下も心を一つにして国政がおこなわれる体制にもってゆかねばならぬ、ということだ。

西郷は、こういっている。
「万民の上に位する者は己をつつしみ、品行を正しくし、驕奢(おごり)をいましめ、節倹につとめ、職務に勤労して人民の標準となり、下民、その勤労を気の毒に思うようにならでは、政令はおこなわれがたし」・・「しかるに、」と、西郷はなげく。「しかるに、草創のはじめに立ちながら、家屋を飾り、衣服をおごり、美妾をたくわえ、蓄財をはかりなば、維新の功業はとげられまじきなり。今となりては、戊辰義戦も、ひとえに私を営みたる姿になりゆき、天下に対し、戦死者に対し、面目なきぞ」

桐野(利秋)は得意満面、本郷・湯島の旧高田藩邸をわが屋敷として鼻下にひげをたくわえ肩で風を切っているのを見た西郷が苦々しげに、「利秋どん、その、ひげな、きりなはれ。とんあはれ。」と、いう。「なぜごわす?」「それが、新政府で威張っとる者の看板ごわしょ。新政府の人ら、猫も杓子もみなひげ面になっとんなはる。見っともない」

・・篠原国幹に、西郷隆盛が、「大久保らは、なぜに、わしが使節として朝鮮へおもむくことを開戦にむすびつけてしまうのであろ。おかしな人たちごわすな・・・あの人らは、むかしからそうなのじゃ。世の中のことは黒と白の二色しかないと思うちょる。気の早いことごわす。黒と白の間にある色な忘れちょる。赤もありゃ黄もある、あの空のように青に澄み切った色もあるのじゃ。わしの信念は、戦争するせぬにかかわらず、いまのうちに朝鮮と国交をととのえておくことが、日本の将来にとって、もっとも大切なことじゃ、というのでごわす。機を逸してはならぬ。のちのち、もっとひどい目にあわねばなるまい。」といった。

西郷は、みずから筆をとって、私学校の〔精神〕をしたためた。
一、道同じく、義協う(かなう)をもって暗に集合す。すなわち、ますます其理を研究し、義においては一身をかえりみず、かならず践行(せんこう)すべし。
一、王を尊び、民を憫れむ(あわれむ)は学問の本旨たり。すなわち此の理をきわめ、王事民義においては一意難に当り、かならず一同の義を立つべし。

大久保の政治生活は清廉そのもので、西郷以外の明治大官のうち、こうした政治家は大久保のみであったといわれるほどだ。大久保が死んだとき、家には、わずか三百円の金が残っていたにすぎない。西郷従道いわく、「人間ちゅうものな、平常は正しいことをいうちょっても、いったん怒ると常軌を逸し、言語動作もみだれがちになるものじゃが、大久保公は、いかな場合にのぞんでもみだれることなく、御自身が怒れば怒るほど、ますます条理が正しくなる人でごわした。」

和田越えの戦闘で、桐野や辺見十郎太なぞがひきいる薩軍の猛烈果敢な突撃を必死に持ちこたえている政府軍兵士の奮戦振りを、西郷は山の上から見ていて、「徴募兵もなかなかのものじゃ。これで日本の軍隊も大丈夫」と、つぶやいたそうだ。

「開国の道は早く立ちたることなれども、外国の盛大をうらやみ、財力をかえりみずみだりに事を急に起こしなば、ついに本体も疲らせ、立ち行くことができなくなるであろう」という西郷隆盛のことばが、そのまま現代日本にあてはまる・・

高崎正風は、大久保利通について、こう語っている。「大久保は、古の大宰相の器量をそなえ、清廉の人であった。死去の後、その財産をしらべたところ、負債数千円あり、それがいずれも世にいう富豪巨商という人たちから借りたのではなく、知己朋友の間にかぎられていた。大久保は、実に大権力と大勢力をもっていたにもかかわらず、その処世はこの通りで、残したものは数千の負債のみ。自分は諸葛孔明よりも偉かったと思う。」』

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