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2011年9月25日 (日)

心の操縦法 真実のリーダーとマインドオペレーション (苫米地英人著 PHP文庫)

以前に、この人の別の著作について書き記しました。ネットで調べると彼の言っていることは賛否両論あるようです。しかし、私にとっては非常に気になる存在でもあり、今回はこの書を読んでみました。

『本書でいうリーダーとは、人の上に立ち、自主的に仕事を動かし、新しい人を作っていく人。・・優秀なリーダーかどうかは、情報空間(抽象的な空間)をいかに高い視点から俯瞰できるかにかかっている。

リーダーとなってゆくためには、決定権に応じた広さの情報空間にアクセスできる能力を身に着けなければならない。別の言い方をすれば、情報空間において高い視点を持って、情報空間を俯瞰できるようにならなければならない。

視点を上げるということは、より多くの情報を持っているということではない。・・視点を高くすると、情報量は減る。しかし、潜在的な情報量は増える。・・さまざまな状況に対処できるようになる。別の言い方をすれば、リーダーは現場よりももっている情報は少ない。現場にしか分からない情報がある。けれども、高い視点を持っていればどんな現場にも対処できる、ということ。現場の人が経験したことのない、新たな事態への対処すら、できる。

視点を高くすることを、カント以降の分析哲学では、「抽象度を上げる」という。・・抽象度を低くして、つまり情報量を増やしてゆくと、具体的な「これそのもの」というものになる。せかいのどんな「これそのもの」を二つ選んでもその両方の情報を持つ存在、つまり概念の下限とはなにか。例えば”イヌ”であり、さらに”ネコ”である存在。これは”矛盾”です。概念の世界の下限、つまり抽象殿低いほうの端は矛盾なのです。・・・逆に抽象度の高いほうには端がない。・・つまり上限はないと西洋哲学では考えている。・・世界の森羅万象すべてを包摂するような概念、それはない、というのが西洋的な存在論の世界です。しかし、私は有ると思う。それが”空(くう)”。空というのは仏陀が解いたものでナーガールジュナという古代インドのお坊さんが空について「中論」というものを書いたりした。

もちろん知識は必要。けれども、知識にとらわれてはいけない。知識に捉われると、そのやり方は、自分の会社の、自分の部の、その一部の仕事にしか適用できなくなる。そういう仕事をする人はそれでかまわない。むしろ必要。リーダーは違う。リーダーは、課全体に通用するやり方、さらに昇進すれば部全体に通用するやり方、さらに社全体に通用するやり方で仕事ができなければならない。

必要な知識とは・認識するために必要な知識、ということになる。知識がなければ認識ができない。・・・リーダーは、高い視点から俯瞰することによって、書く上位今日を認識する必要がある。認識する範囲を広くするために高い視点が必要。けれども、認識自体は知識がなければできない。

組織の上位に立つリーダーは、このような現場の運用能力そのものを身につける必要はない。高い視点を持つことのほうが重要。例えば、アメリカのMBA方式では、現場のことを全部経験させるというようなことはしない。組織に入ったとたんに、最初から社長級か準社長級のような仕事をさせるのです。・・MBA方式が必ずしもいいかどうかは別問題としても、効率等いう面で考えると優れているというしかありません。全部署を経験させようとすれば、一生使っても足りないくらいキリがありません。

各部署を経験させるエリート教育も確かにわかります。しかし、その弊害もここに現れています。本当に大組織化されていって、本当に問題が本質的なものになったときには、現場の知識の寄せ集めでは本質的な解決方法が出てきません。低い視点に縛られてしまって、局部的な場面でしか通用しない解決法しか発想できません。それは真のリーダーではないのです。

運用をするのは、テクノクラート(高度な専門的知識を持つ管理者)です。朝から晩まで、日々同じ仕事をしている人に、その仕事では誰もかないません。けれども、世界は日々動いているのですから、明日もまた、その仕事が通用するのかどうかはわかりません。だから、テクノクラートばかりではいけないのです。

日本では、有名大学を卒業したり、MBAを取ったりした人々が大企業に入ってゆきます。なぜなのでしょうか。視点を上げられていない結果だとしか思えません。日本という国が地盤沈下し、沈没しかけているのも、視点が上げられずに新しい状況に対処できていない結果です。私は、この国が地盤沈下していることを、はっきりと認識しています。大半の経営者や政治家は、地盤沈下していることを認識していません。認識していないから、怖くもないし、痛くもないのでしょう。それが一番の問題でしょう。

高い視点を持っているからこそ、問題を認識することができ、本質的な解決ができる。・・それには二つの方法がある。一つはサーモスタット式の方式。「この与えられた世界の中で、最も適用したやり方を発見しようという方法。答えを見つけ出すのはものすごく大変なことだけれども、答えはこの世界の中にあるに違いない、という発想。・・・もう一つは自由意志による発想。・・この世界にはあらかじめないはずのものを、どこからか発想する。それはいわば、”神を超える”ということ。神が作った世界の外側から発想するだから。・・今までに集められている知識の外側の知識を手に入れる。不思議なことだが、人類はそういう能力を授かっている。・・ビジネスマンも、科学者や芸術家と同じように、3年や5年に一度でいいから、「俺のおかげで世界のビジネスは変わったぜ!」と思う瞬間がなければいけない。そのためには、やはり、思いっきり高い視点を持つこと。

”発明”は自然法則に則ったもの。今までに知られている自然法則に則って、つまりその自然法則の世界の”なか”で、他の人がまだ考え付かない何かの組み合わせの技術を誰よりも先に発見するもの。・・でもそれは組み合わせにしか過ぎない。そうではなく、ビジネスマンも他の誰もが何億年かかっても考え付かない発想ができなければいけない。つまり自然世界の最適な組み合わせを超越した発想ができなければならない。これが”自由意志発想法”であり、”異次元発想法”とも呼べるもの。

人間の脳は、使い方ではなく、特殊な状態に置くことによって、他の誰もが何億年かかっても考え付かないような発想を可能とする、ものすごく強烈な能力を発揮する状態になることができる。実は「超能力」は誰の脳にもある。そのためには・・「常にものすごく視点を上げた思考をする努力をする」ということ。そして、視点が上がったときの脳の状態を覚えておく。

ゲシュタルトができると、それまで意味を成さなかった部分が、全体の中で意味をもって現れてくる。・・視点を上げるということも、ゲシュタルトを作るということ。・・人間が概念を使って考えたり、言葉にしているのはゲシュタルト能力を使っているということ。どういうわけか進化の過程でこの能力を手に入れている。

イヌやネコもゲシュタルト能力を持っている。・・しかし、概念を素材として、さらに視点の高いゲシュタルトを作ることができるほど進化しているかどうかは疑わしい。人間だと、概念を利用して、またさらに高い視点の概念を生み出すことができる。言語がまさにそう。

ゲシュタルト能力の基本的な使い方は、パターン認識。ゲシュタルトができていると、一瞬で認識することができる。・・さらにゲシュタルト能力が進化すると、時間的な空間を超えることができるようになる。

問題を解決するには、その問題が起こっているよりも高い視点で考えなければならない。・・それは言い換えれば「理論化している」ということでもある。・・それらの理論化された解決法を実際に運用するには、・・運用のレベルにまで視点を下げる必要がある。・・重要なのは、視点を上げるときに煩悩を切り離すこと。これは人として重要なこと。・・会社に貢献すれば給料を上げますよ」というような”人参ぶら下げ式”が多いが、それでは社員が自分のことを考えるようになってしまう。すると、意識決定の視点が下がってしまう。視野が狭くなって意思決定を誤る可能性が高くなる。だからこそ煩悩を捨てなければならない。・・よい経営者・リーダーになるためには、思いっきり煩悩を切り離さなくてはいけない。

私はいつも、「”脳と心”は一単語です。そのように考えてください」といっている。・・脳と心は同じもの。

”エクセレンシープログラム”・・これは有能な兵士を作るプログラム。目の前にえさをぶら下げてインセンティブを上げるもの。・・これは100万人のソルジャーにいいが、リーダー育成にはよくないプログラム。・・組織の上位の人々が命令し、下位の人々はただひたすらそれに従って行動する、という組織は効率がよくない。理想は、「全員がリーダーとなれる組織」・・アメリカの軍隊も、・・どの人間でもいつでもリーダーになれるような訓練がなされている。それは、・・タスクごとに担当がきまっている。役割分担。・・全員が視点を上げて、リーダーになればよいというわけ。タスクごとにそれを担当するリーダーがいて、その人がそのタスクに関する全情報をもっており、その人がすべての判断を行えばよい。ほかのメンバーは、その人が命じるままに、ソルジャーとなって動くだけ。ソルジャー同士の情報交換はしなくても、リーダーの命ずるままに行動すればよいようにする。・・効率のよい組織では、タスクによって、リーダーになったり部下になったりする。・・これを実現するためには、今までソルジャーであった人も、一人ひとり全員がゲシュタルト能力を高めなければならない。

ゲシュタルト能力を研ぎ澄ませば、情報空間を新体制をもって感じることができる。つまり、臨場感を感じられる。臨場感があるからこそ、・・情報空間を操作することができる。・・・視点を上げれば上げるほど、情報空間の操作はしやすくなる。そして、相手に操作されにくくなる。

相手の情報空間のなかに人参をぶら下げる方法は、ブライミング、・・「これおいしいですよ」「これすごいですよ」「儲かりますよ」・・というのを相手の情報空間の中に書いてあげればよい。きほんは、「相手の臨場感と自分の臨場感が同調するまで自分の視点を下げて、その臨場感を共有して、その共有された臨場感の空間に書き込んでやる」ということ。そうすれば、相手は従わざるを得なくなる。・・重要なのは、相手と「臨場感を共有する」ということ。理想は、相手の臨場感に入るのではなく、自分の臨場感の世界に相手を引きずりこむこと。それが操作できるということ。・・・相手が見ているに違いないものを言葉にし、相手が感じているに違いないものを言葉にし、相手が聞いているに違いないものを言葉にするだけでいい。・・簡単にできることが利点だが、欠点は、相手に気づかれること、それだけに簡単に否定されてしまうということ。

人間は本来思考空間が超並列的なのに、論理的に思考することによって、ステップ・バイ・ステップで考えてしまう。それをやめて同時にいくつものことを考えるようにすることが重要。・・無意識化された瞬間に、超並列に一気に代わる。

霊は実在しない。・・それは物理的に実在しないということで、存在しないということではない。どこにあるかといえば、心の中にある。そういう意味ではある。存在する。・・気の場合には、出している人と、それを受ける人との両方の心の中に存在している。だから効く。

欧米では過去に誰かがやったことをやっても博士号が取れない。過去に同じテーマを扱って人がいると博士論文として認められない。・・日本では、過去にどういう研究がなされていて、それといかに関係があるのか、その延長線上に見ることで評価される。アメリカでは延長線上では最初からだめ。一度も誰もやったことのないテーマを探さなければならない。

仏教には”因縁”という言葉がある。・・因も縁も、実は直接的な因果。違いは抽象度の高さ。因のほうが抽象度が低く、縁のほうが抽象度が高い。縁は間接的にみえて、実は高い抽象度で直接的。

無意識というのは、心の、今、気がついていない部分。意識というのは、心の、今、気がついている部分。・・あなたの無意識は常に働いている。

私たちの心は、今、自分が臨場感を持っている世界の支配者に対して好意をもつようにできている。そしてその好意の強さは、臨場感の強さに比例する。

時間は未来から過去に流れれている。・・現在が、時間がたって過去になる。・・現在の結果が過去。・・未来の結果が現在。・・過去は、現在や未来の体験により変わる。それは・・どんどん経験をつむことにより、それにあわせて過去の出来事の意味合いがどんどん変わっていくことと理解してもよい。・・・過去は記憶の中にしかないということであり、そして、その過去は、現在、未来の行為でどんどん変わっていくということ。・・・過去、現在の結果としての最適解ではなく、未来の因果から指し寮の選択をできるのが真実のリーダー。過去、現在の因果ではなく、未来の縁で真に自由な選択をするのが真実のリーダー』

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