中国人の正体 中華思想から暴く中国の真の姿! (石平著 宝島社)
よく新聞のコラムを書き記させてもらっている石平氏の新著です。読んでみて大変驚くとともに、「眼からうろこが落ちる」気がしました。中国人と付き合う際に大変参考になると思います。
『結局、中国人にとって相手との約束や契約を守るべきかどうかは常に自分の基準で判断して決めている。つまり、自身が「守るべきだ」と判断すればきちんと約束を守り、逆に「守らなくてもいい」と判断すれば、平気で破る。中国人がときには約束を守り、ときには守らないという一見矛盾した行動をとるのは、こうした考えがあるからにほかならない。
中国人が「約束を守るべきかどうか」を判断する基準はまさに「利」なのである。「利がある」と判断すれば、中国人もきちんと約束や契約を守るが、逆に「利がない」と判断してしまえば、平気で約束や契約を破るのである。
・・・「マナー」についても同じことが言える。別にいつもマナーを守らないわけでもない。彼らはただ、そのつど、自分たちにとって「有利か不利か」の判断で、マナーを守るか守らないかを決めているのだ。
中国人はみんなが自己中心的で、自分の判断で勝手にルールを破り、好き勝手な方向に進んでいるので、個々はものすごいパワーを持っている。・・・その代わりに、みんなが勝手に行動するから、組織全体、社会全体としては、メチャクチャニなってしまう。つまり「個々の中国人は賢い」が、「中国社会全体は狂っている」のである。
もちろん、中国人にも共同体意識はある。しかし、それは極めて限定されていて、せいぜい家族の中だけだ。中国人にとって、家族の外と家族の中は別世界で行動原理もまったく異なる。
もともと、マナーを守らない人は昔から多かったが、最近の特徴として、中国人は「開き直る」ようになったことだ。
「利」さえあれば、ほかのことは一切後回しにする。実は、その背後には、中国人独特の「宗教」も関係している。・・・中国人オリジナルの宗教は、道教である。・・道教だけは民族宗教として未だに残存している。・・・道教の神はすべて、本質的に俗物的なものだ。賄賂をとり汚職もし、権力争いもする。もちろんおいしいものも食べる。欲張りな存在だ。・・・道教が求めるものは、欲望の抑制ではなく、むしろ欲望の満足だ。具体的には次の3つの欲望がある。「福」-子孫の繁栄、家系の繁栄を意味する。 「禄」-政治的ポストに就くこと、高官になることを意味する。 「寿」-不老不死を意味する。 本来の宗教と違って、道教が追求するのは、現世利益でしかない。・・・日本の神道は道教と似ているとされるが、神道には清清しさがある。道教にはそれはない。神道が清水の世界であれば、道教は豚骨スープのような濁った世界だ。
もはや中国人はただの個人主義ではなく、行き過ぎた実利主義・利己主義だと言わざるを得ない。ただ、そういう利己主義者ばかりの社会だから、実は中国社会は生きていてしんどい。みんな、「賢さ」の比べっこをしているから、息を抜く暇がないのだ。
たとえば「人に信用される」というのは、世界中の社会で重要な価値観のひとつだが、中国人にとってはお金が得られるのであれば意味がある。お金がついてこないなら、「人に信用される」ことは意味がない。いいかえると、中国人は「人に好かれたい」という欲求を持っていない。「別にお前に愛されなくてもいいよ。お金さえくれればいい」というのが本音だ。
中国人に、人生とは何かと問えば、「お金」という明確な答えを出すだろう。お金を手に入れるために効率よく利益を最大化する。そのために、利用できるものはすべて利用する。邪魔なものはすべて捨てる。そういう非常に単純ですっきりした世界を生きている。
日本でなら非難されるべき「ずる賢い」言動が、中国では逆に「賢い」と称賛される。というのも中国人の間では、日常会話の中で「あいつからこれだけ騙し取った」ということが、自慢話として語られる。「騙し取る」というのは、「賢い」ことなのだ。日本人でも他人から騙し取る人間はいるが、さすがに自慢話にはならない。私が日本に来たばかりのとき、日本人が「ずる賢い」という言葉を使うのを見て、「なんで日本人はわざわざ『ずる』という言葉をつけるのか」と違和感を感じたものだった。
日本と中国では、「恥」という同じ言葉でも、解釈が違う。日本では尊く重要な言葉だが、中国では「バカ」としか映らない。
中国人の道徳倫理の欠如について、ある象徴的な事件がある。2006年11月、南京市内のバス停留所で倒れていた老女を彭宇さんという若者が助けた。すると、驚くことに老女は、「私を押し倒したのはお前だ。責任を取れ!」と言い出して、助けてくれた彭さんを相手に訴訟を起こした。人助けをしたのに、逆に損害賠償を請求されてしまったのである。この事件は中国では有名で、事件以来、中国では老人が倒れていてもみんな知らんふりをするようになってしまった。
「公平なルールを決め、社会全体に利益がいきわたるようにする」というのが日本人や欧米人の考え方だが、中国人は「強い者が誰か一人だけ利益を独占すればいい」と考える。しかも、「自分こそがその利益を独占できる一人なのだ。」と思い込む。一方で、「おれがルールを守っても、他人が守らないのだから、ルールを守れば損をする。」という感覚もある。他人への信頼がないので、ルールを守らずに「おれが、おれが」となっていくのである。
マナーを守らないという事態について、中国人たちはそれを悪いこととすら思わなくなっている。それどころかマナーを守る人たちをバカにするようになっている。
中国の家庭では、親も嘘をつくことは当たり前と考えており、「嘘をついてはいけません」と教えることは少ない。
中国人の本質であるミーイズムは、会社組織でも発揮される。中国人には、「自分が勤めている会社を大きくしたい」という発想がない。基本的には、「自分で事業を起こしたい」というタイプが多い。彼らにとって、サラリーマンなどの「宮仕え」はあくまでも通過点だ。100%自分のものにならない会社のために、尽くそうなどという気は起きない。・・・だから、中国人は転職が多い。優秀な人材ほどよく転職する。・・・2010年の中国政府の調査によると、09年に就職した中国の大学生のうち、半年以内に離職した人の比率は38%にものぼっている。産経新聞田村秀男氏のレポートによれば、工場が林立する深圳市では、中国人従業員の離職率が140%にもなるという。
我欲の強い中国では、夫婦関係がすぐに破綻するため、離婚数が急上昇している。中国の大手ポータルサイト「sohu.com」が行った調査によれば、、中国は離婚率が40%の時代を迎えつつある。北京では、すでに離婚率は39%となっている。
国家としても、中国は生命を尊重しない。中国の死刑数は世界一だ。アムネスティ・インターナショナルの調査によると、10年の死刑執行数では、中国が数千人と群を抜いている。中国以外の世界の死刑執行数を合計しても、500人強にしかならないから、中国の死刑執行数は異常といえるだろう。
会社への帰属意識、連帯感というのも日本人は強い。中国人にはそのような共同体意識があまりない。とにかく、家族以外はみんな他人である。他人だから、騙すか騙されるかの関係にしかならない。自分を騙すかもしれない相手の生命など尊重しなくても当然ということになる。
仏教がある程度、人の欲望を抑制する装置として機能した時代が中国にもないことはなかった。しかし、そんな時代は何百年も前の話である。現在では、中国仏教は完全に崩壊している。・・・曹洞宗の開祖である道元も修行した由緒ある禅寺、天童寺でも・・・肉を平気で食べ、お金次第で勤めもサボれる。こんなものは、もはや修行でもなんでもない。中国の仏教は、由緒あるお寺であっても、完全に崩壊している。
もともと信仰心の希薄な中国人だが、それを加速させたのが共産革命だった。中国共産党は宗教を「アヘン」とみなし、有害なものとして弾圧した。また、「封建的残滓」として伝統を否定する中国共産党は、徹底的に文化を破壊した。・・・象徴的なのが、お墓の破壊である。中国人の祖先信仰と伝統文化を破壊するため、お墓がターゲットにされたのだ。周恩来は共産革命後に首相に就任した後、自分が共産主義者であることを示すために、わざと人前で自分の先祖のお墓を破壊した。・・・基本的に中国人は、人間は死んだら終わりで、お墓は単なる石ころ程度に思っている。魂の存在を認めていない。・・現在の中国人は、身内が死んでもほとんどお墓を建てない。お墓参りもしない。父母、祖父母といった記憶に残っている故人を死後に弔うこともあるが、それも宗教色のない施設で行われる。・・・周恩来などは、一応、知識人らしい面構えをしているが、中国共産党自体は、基本的には昔の社会からのはみ出し者、ならず者たちの集団だ。伝統破壊や殺人を当たり前とする考えは、ならず者たちの文化でもある。それを、彼らが政権をとったあとに、中国全土に普及させた。また、お互いを監視して、密告しあうシステムも作り出した。そのことで中国におきた現象がもう一つある。それは深刻な人間不信だ。現代中国人が道徳倫理を失った背景には、相互監視による人間不信という重い問題も横たわっている。・・・文化大革命などを通して中国人は人間性を捨てた。人間は、人間性をもっているから迷いが生じる。その人間性を失ったとき、中国人は迷いを知らない究極的な存在になってしまった。彼らはいつも楽天的でお気楽で、お金だけを追及する。そして、「貧乏は悪」という単純な世界で生きている。
中国人にとって、人生で考え得る最高の境地の一つが「大勢の愛人を囲って贅沢三昧をする」ということだ。その意味で、愛人を抱える汚職高官は、一般の中国人から非難されると同時に、羨望のまなざしでも見られている。
中国では模倣品メーカーは犯罪組織どころか、人民にとってヒーローですらある。彼らは「人民に買えないような値段をつける海外の正規メーカーに立ち向かい、類似商品を安価にに提供してくれるすばらしい企業」と、敬意を持って見られているのだ。・・・中国人だって「自分の知的財産権」ならちゃんと守ろうとする。それを守ることが自分にとって有利になるからだ。しかし、「他人の知的財産権」を守ろうとすれば、自分の利益最大化の障壁となるため、そこを守る気はさらさらない。
中国では、今でも「土地は国有」というのが大原則である。・・・土地はあくまでも「農作物の収穫や家賃といった形で利益を生み出す道具」であり、土地に対する執着は、その一点においてのみなのだ。土地を収用される中国人が抗議運動をするのも、・・立ち退きに対する補償額が安いので、抗議しているのだ。ここでも重要なのはお金、というわけである。
中国人というのは思い切った決断ができる民族である。「自分にとって有利か不利か」だけを考えて、簡単に他人を切り捨てることができる。「相手にどれくらい迷惑をかけるか」「相手がどれくらい努力してくれたか」「今になってキャンセルしたら相手は困るんじゃないか」と配慮する感覚はない。
他人の利益や事情を慮らない中国人は、ある意味、自然環境に対しても同じ態度で臨む。そのため、乱開発が進み、自然環境が破壊され続けているのだ。中国科学院生態環境研究センターによれば、中国では、全耕地面積の5分の1が重金属に汚染されているという。・・・5000年前には、黄土高原は80%が森林という豊かな大地だった。また、その頃の黄河は決して黄色の河ではなかった。きれいな水だったのである。では、そこからどのようにして黄土高原の森林は破壊されていったのだろうか。その歴史は、紀元前の秦の時代にまで遡る。・・・現代の中国でさまざまな環境破壊が行われているのは、単に近代化が進んだというだけではなく、中国の歴史において何千年と続けられてきた環境破壊行為の延長線上に起きた現象なのだ。・・日本人は自然が守られていることに価値を見出すが、中国人は自然が開発され、人間の欲望が満たされることに価値を見出してきたのである。
中国は、国家レベルでも、基本的に個人と同じ行動原理で動いている。「利益最大化の原則」に従い、法律やルールを恣意的に運用・適用する。・・政治において最大化されるべき利益とは、権力である。そこで、中国政府は権力を守るためなら、どんなものでも犠牲にする。そして、自分たちの権力維持に役立つのであれば、他国の制度でも思想でも何でも利用する。
マスコミも中国では権力のしもべでしかなく、完全に権力にとっての道具に成り下がっている。典型的なのが「人民日報」だ。「人民日報は日付以外すべてウソ」という冗談は中国でもよく言われている。・・・中国で現在最も読まれていいる新聞は、中国最大の国営通信社である新華社が編集・発行する「参考消息」という国際ニュースの専門紙だ。・・04年度で263万部。・・もともと「参考消息」は、外電や海外紙の翻訳記事を「参考資料」として提供したことが始まりだった。それがいつの間にか正規の「テキスト」よりも多く読まれるようになった。言い換えれば、それだけ中国人は中国国内メディアを信用していない。少しでも真実の報道に近づこうと、外国メディアへの需要が高まっているのである。
四川大地震が発生した08年5月12日。本来なら、被災地の救援についての話し合いが真っ先に行われるべきである。ところが驚くべきことに、共産党がまず最初に開いたのは、「宣伝会議」であった。宣伝会議では「救援活動を通じて党の宣伝を行う」ということが第一義として話し合われた。共産党と人民解放軍がいかに中国人民にとってありがたい存在かということを知らしめるために、人民の救援よりも先に宣伝方法がまず検討される。これが、中国共産党という権力の本質なのである。
8という数字は、中国では「金儲け」を意味する。日本では、「中国では8はおめでたい数字」と解説がされるが、実際にはもっと露骨で金儲けを意味する数字なのである。
中国は「社会主義市場経済」を標榜している。この言葉自体が、文字通り矛盾した意味を併せ持っている。これはつまり、社会主義は共産党の権力を守るための制度であり、市場経済は中国人の欲望を満足させるための制度ということだ。
中国では現在、3度目の移民ブームが起きている。過去にも70年代末、90年代初頭に移民ブームが起きたが、今回の移民ブームはそれまでのもと性質が違っている。過去の移民ブームが「貧しい中国から豊かな海外へ」であったのに対し、現在はエリートや富裕層の「海外脱出」だ。・・別に政治的自由や人権を求めているわけではない。中国のエリートはもはや政治的権利には関心がなく、それよりも経済的権利を求めて海外に脱出しているのである。・・海外であれば、個人の財産権がきちんと保証される。・・中国のエリートにとって、母国は金儲けの場でしかない。金儲けがある程度済めば、海外に移住するのは当然と考えている。・・中国人は基本的に個人主義であり、自分の利益のためならば、最後は生まれ育った国も捨てる。国が邪魔になれば、国さえも排除されるのである。・・共産党は、海外脱出するこうした中国のエリートに対しては一見矛盾した対応をとっている。・・苦々しく思っている一方で、本気で取り締まるわけでもない。なぜなら、海外脱出を禁止した結果、国内にとどまったエリートが、不満を募らせて反乱をおこすことは望んでいないからである。
中華思想を分かりやすくいえば、「常に自分たち中国人が気持ちよくいたい」「ちやほやされたい」ということである。・・中華思想もまた、「自分の利益がすべてであり、自分が世界の中心」という「利益最大化の原則」と相通じるものがあり、現代中国の自己中心主義の原点なのである。
中国はすべてを自分たちの利益のための道具としか思っていない。だから・・「甘い言葉」をもし中国が口にしたとしても、その言葉を鵜呑みにすることは厳禁だ。鵜呑みにすれば、中国に利用されるだけである。
日中間における歴史認識問題も、中国にとっては外交カードでしかない。・・中国側は歴史の真実を解明するつもりもなければ、歴史認識問題を「解決」するつもりもない。学術的なコンセンサスから逸脱した歴史認識を外交カードにして日本にタカることしか考えていない。・・日中合同で歴史を研究することは、まったく無意味なのだ。歴史認識問題で最大のトピックである南京大虐殺は、外交カードであるだけでなく、もう一つの隠された意味を持っている。それは共産党自身の殺人を覆い隠すという目的だ。・・・「30万人」という数字が、共産党が日常的に行ってきた数千人単位、数万人単位の虐殺を小さく見せるのに最低限効果的な数字と考えているからなのだろう。架空の数字をでっち上げてでも、みずからの権力維持のために利用するのが共産党のやり方なのである。
中国ビジネスに欠かせない主な”華人”の特徴
○台湾人:気質は中国人ながらも、親日家。戦後、台湾に移住した外省人は日中双方への理解がある。ビジネスなどで中国人と付き合う場合、もっとも仲介役に適しているといえる。
○香港人:イギリス統治下にあったため、欧米的な感覚を持つ。国際的な一般常識も通じ、ビジネス上の信頼関係は築きやすい。だが、彼らは中国本土の人には苦手意識がある。
○老華僑:改革開放以前に海外に拠点を持ち、日本なら大正時代に移住した華僑のこと。共産党時代を経験していないために道徳倫理もあり、拠点先の国民性を併せ持つ。
○新華僑:70年代後半以降の改革開放後に海外へ拠点を移した華僑のこと。海外にいながら、中国とのつながりも強く人脈もある。だが「利」で動く中国人気質は強い。
中国は共産党政権になってから、人種的にもがらりと変わってしまったようなところがある。戦前と戦後、もっと言えば共産革命前と後とで、中国人という人種はまったく別の存在になってしまったといえる。
中国では「相手が正直に話すわけがない」という前提で、ビジネスも人間関係も行われているということを、日本人はよく理解しなければならない。
中国人とうまく付き合うには、相手には道徳倫理など人の行動を抑制してしまうものが存在しないということを前提にして対処する必要がある。もし中国人とスムーズに取引したければ、自身も道徳倫理を捨てなければいけないかもしれない。・・中国人と付き合っていて疲れることは多いが、簡単明瞭な「利」という基準で付き合えば、何も難しいことはない。逆に、そのような単純な思考回路をもつことができれば、日本人は中国人のバイタリティを対等に渡り合うことができるだろう。
中国人にとって。、「神の定めたルール」に気を使う西洋人や良心や美徳を大切にする日本人の行動などは、単なるバカに映っている。・・これは個人レベルの話ではなく、彼らの作り上げた政治も同じである。・・・中国人と付き合う際は、日本人も善意や良心といったものを捨て、中国人に対抗するしかない。「毒をもって毒を制する」という中国の言葉があるように、彼らの「毒」である行動原理で接するのが、一番の得策ではないだろうか。』
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