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2011年5月

2011年5月29日 (日)

未来兵器の科学 ((財)防衛技術協会著 日刊工業新聞社)

中国が軍事力を背景に、何らかの恫喝をしてこないよう、わが国は絶えず軍事的優位性を保っていかなければなりません。その中で、軍事技術の発展は大きな考慮要素となるはずです。興味深い記述内容(概要)には次のようなものがありました。

『ステルス: レーダーを用いても航空機の反射面が、発信したレーダの方向に向いていない場合には、反射波がレーダに戻らないので、レーダでは捕捉できないことになる。このため、ステルス機は反射方向を入射方向にしない独特な形状となっている。しかし、新たなステルス破りの技術は、レーダの反射波を別な場所にあるレーダで受信して捕捉する方法。バイスタティック・レーダと呼ばれ、発信側と受信側のレーダを複数個展開して解析。

金属よりも強い炭素繊維などの複合材料も金属同様に良伝導体であり、金属同様の電波特性のため、ステルス性は期待できない。・・特に航空機はジェットエンジンに必要な大量の空気を取り込むための空気取り入れ口の奥に圧縮機があるために、ここからの反射電波が強い。

ミサイルは、胴体に操舵翼がついており、これが大きな反射断面積になっている。これをプラスティック化すれば、相当のステルス化になる。・・・発射段階で噴射ガスの温度を低下させ赤外線の放射を低減する技術として、燃焼ガスに液体窒素を噴射して燃焼ガス温度を低減。窒素ガスは高温度になっても、赤外線を放射しない特性がある。

レーザ: ヨウ素レーダは、電気のような外部からエネルギーの注入を必要としない。波長1.3ミクロンは他の高出力レーザより波長が短いので、遠くまで伝播してもビームの広がりが小さい。 車両搭載型戦術高エネルギーレーザでは、フッ化重水素レーザが用いられる。波長3.8ミクロンのレーザビームは大気の透過率が非常に良い。近距離の高速目標を対象としているので、ビームは目標の運動に合わせて照射報告をすばやく変更。

スクラムジェット極超音速ミサイル: 推進薬の搭載量が限られていることから、大気中の空気を取り入れて燃料を燃やし推進力を得られるエンジンが注目集める。従来、射程距離と飛翔スピードはトレードオフの関係。しかし、音速を超えるとエンジンの正面に衝撃波が発生して圧力が増すため、エンジンの空気圧縮は不要になる。そこで音速以上に加速できるならば圧縮機不要のジェットエンジンも可能になるはず。この理屈を実現したのが「ラムジェット」。しかし、ラムジェットもマッハ4くらいになると急激に性能が低下する特性あり。「スクラムジェット」では極超音速流れをエンジン内で超音速流れにしている。しかし、エンジン内の流れがマッハ3程度ではそのような空気に燃料を噴射して延焼させるための技術が課題になっている。完成すれば、絶対に逃げられない必殺兵器になる。

ラムジェット砲弾:将来の火砲システムで期待されるのは、火砲の小型軽量化と射程延伸。ロケットでは発射薬と同様の推進薬が装てんされており、火砲システムとして総合火薬エネルギーが増加したことにはならない。また、命中精度も下がるケースあり。・・・ラムジェット砲弾が注目される理由。

火薬:火薬にエネルギーが凝縮できるのは、構成している炭素原子、水素原子、酸素原子それに窒素原子の組み合わせ方による。・・・ナノ技術によってNO2分子をくっつけてやることで威力ある火薬兵器が登場してくることになる。・・・さらに期待される骨格原子としてホウ素原子がある。ホウ素は酸素原子によって参加されると炭素の2倍のエネルギーを発生することが理論的にわかっている。これによってTNTの2倍以上のエネルギーの発生が可能になる。ナノテクの進展によって実用化が期待できる。

バブルシールド:爆薬を内蔵した風船の発射筒を防護対象の周辺に複数配置し、検知された敵の徹甲弾、ロケット弾、ミサイル、砲弾などに対して射出し、爆風により偏向又は誤爆させようというもの。 自動車のエアバック技術の応用も利用される余地がある。

UGV(Unmanned Ground Vehicle):市街地のビル内での戦闘、野外における戦闘及び前線での地雷探知・処理などに極めて有効と考えられる。・・UGVは単独で使用しても戦闘に有効に働くが、ほかの機種の航空無人機や水中無人機と統合して協調的に運用すればより高度な任務を遂行できる。

反応装甲:2枚の鋼板の間に挟んだ爆薬が敵弾が命中した際の圧力で爆発して敵弾のエネルギーを減殺するのがその原理。・・絶縁体で分離された2以上の電極に電荷を帯電させておき、この間を敵弾が貫通すると何万アンペアもの高電流がながれ、メタルジェットが蒸発するといった装甲が開発されている。米国と英国が開発を続けているが、コストも大きな課題のひとつ。

将来兵士システム:センサシステム、先進ヘルメットシステム、ウェアラブル・コンピュータ及び通信システム、ヘルメット一体型ガスマスク、先進戦闘服システム(気温、気圧の変化への対処機能、カメレオンのようなアクティブ迷彩機能等)、生態情報モニタシステム、先進ボディアーマー、筋力増強システム、電力供給システム。このほか、マイクロエアビークル(MAV)、超小型地上ロボット。これらをネットワーク化。

対テロ戦等に有効な「ノンリーサル兵器」:スタンガン、電磁パルス弾(敵兵器の電子機器を破壊)、ミリ波利用兵器(波長3.16ミリ 95ギガヘルツ のミリ波を人間に照射すると、皮下0.3ミリにある痛点を刺激し、数秒で焼きつくような暑さを感じさせ、倦怠感等を生じさせる)、マインドコントロール技術(人間の脳波に近い電磁波を照射して心理や考え方に影響)

燃焼促進剤によるエンジンの破壊・・・炭化カルシウムと水を含む1ポンドの手りゅう弾でアセチレンガスを発生させ、これを車両エンジンの空気取り入れ口に吸入させると激しくノッキングでピストンロッドを破損。等

ペンタマラン:細長い主船体に右舷,左舷の両側にそれぞれ2つずつの副船体(アウトリガー)を取り付けたもの。最高速度は、40ノットを超えるといわれ、悪天候の場合でも安定した航行が可能といわれている。

人口鮫肌被覆:船に限らず、ほとんどの魚や鯨にも生物は付着しているが、鮫にだけは生物の付着は見られない。この被覆を船体の喫水線下にだけ適用すれば、費用も低く抑えられ、大きな効果が得られる。

レールガン:1920年にフランスで特許を取得されたレールガンは、2本の導電性レール間の弾体内に数メガアンペアもの大パルス電流を流し、電流と磁束によるローレンツ力で弾体を加速するもので、火薬エネルギーで達成できなかった高初速がえられるというもの。ミサイルと比較して弾丸は低価格で、発射に必要な燃料も1発あたり3ガロンと低コスト。

その他:水中で生じる音の原因が、ほとんど気泡によるもの。   2005年11月、北アフリカ、ソマリア沖にて、海賊船によって襲撃を受けた米国豪華客船が、長距離音響装置(LRAD)で海賊を撃退するという事件あり。LRADは本来接近する船舶に対し、警告を発する音響機材として開発されたが、暴徒鎮圧洋の音響ノンリーサル武器として軍のみならず民間でも使用されている。

UAV(無人機):難しいのはロボットとしてのインテリジェンス(知能)。間違いなく敵味方を識別し、適切なウェポン選択をしてリリースできるか、その成果の確認をどうできるかなどの一連の戦闘・攻撃行動が問われる。・・・垂直離着陸機には小型機では脚装置が不要で、身軽なティルシッター型が最適と考えられている。

成層圏飛行船:高度10kmくらいまでが対流圏。その上から50kmくらいまでが成層圏。成層圏は雲の上になるため年中晴天の安定した環境で、風も高度20km程度ではかなり穏やか。1機で半径200km~800kmのエリアを見通しでカバーできる。人工衛星と比して低出力で高速大容量の通信ができ、数センチ程度の高分解能で監視可能。高度20kmでは浮力が地上の14分の1しかない。このため、スーパー繊維により機体の軽量化が必要。また、太陽電池と再生型燃料電池からなるシステムで動力源の軽量化も可能となってきた。将来的にはマイクロ波などによる地上からのエネルギー伝送も考えられている。高度20kmにあると地上からもそう簡単には攻撃できない。』

2011年5月26日 (木)

新聞記事 石平氏 「China Watch 社会主義への市場経済の反乱」(産経新聞 23年5月26日)

本日の産経新聞の石平氏の文です。中国政府の統制が、矛盾に耐え切れなくなりつつあります。おそらく、時間の問題でしょう。日本は備えておかねばなりません。少なくとも、心の準備が必要です。

『中国の国家発展改革委員会は6日、家庭用品メーカーのユニリーバ(英蘭系)が「日用品の値上げは避けられない」と言いふらし、値上げ観測をあおったとして、同社に200万元(約2500万円)の罰金を科した。それに先立ち中国国内の原材料価格高騰の影響を受け、同社は洗剤、せっけんなどの主要製品を5~15%値上げする方針をいったん固めたが、当局からの「行政指導」を受けて断念した経緯がある。
 中国国内の原材料価格の高騰は明らかな事実だから、生産メーカーとして製品の値上げを考えるのはむしろ当たり前のことだし、企業たるものの当然の権利でもある。しかし中国ではそれは許されない。政府は今、インフレの抑制を急務としているから、この方針に沿って露骨な行政干渉が横行しているのである。

 実はこの数カ月間、人件費や物価が高騰して生産コストが上昇している中で、多くの内外企業がユニリーバと同様、値上げを予定していたが、当局によってことごとく封じ込められた。今の中国で、どこかの企業が値上げを言い出した途端、経営トップが直ちに官庁に呼び出されて「行政指導」を受けるのが日常的な光景となっている。この国の「市場経済」とは名ばかりのゴマカシなのである。

 が、ここまでくると、当局の理不尽な行政干渉に対して、一部の企業がついに反撃に出たのである。本紙の関連記事でも報じているように、中国の浙江省や湖南省などの一部地域で深刻な電力不足が発生しているが、実はそれはまさに、市場原理を無視した政府の行政干渉に対する電力会社の反抗の結果である。

 その経緯はこうである。発電の原料となる石炭の価格が暴騰して採算が合わなくなった電力企業は電力供給料金の値上げをしようとしたが、政府の行政命令によって止められ、その結果、電力企業が発電すればするほど赤字になるという現象が起きた。そこで多くの電力企業は、「設備の点検・修理」と称して発電機能の一部を停止させて赤字を減らそうとした。

 13日の「中国青年報」が報じたところによると、全国の各地では、半分以上の発電設備を「点検」に回す企業まで出ているという。まさに集団的反抗の広がりである。

 発電企業にしてみれば、このような非常措置に踏み切るのは市場の原理に沿った当然の自己防衛策である。しかしその結果、多くの地域で電力不足という深刻な事態が起きてしまい、中国経済と経済運営の責任者である当局の両方が苦しむことになっている。力ずくで市場原理をねじ伏せようとする政府のやり方は完全に裏目に出たのである。

 そして18日、政府はやむを得ず一部地域の電気料金の引き上げを認める方針を固めた、との新聞報道があった。もしそれが事実ならば、要するに中国の強大な独裁政府は、市場経済からの集団的反乱の前で敗退を余儀なくされた、ということになるのである。中国の現体制の下では、それはまた、「天変地異」を予感させるほどの画期的な出来事ではないか。

 今まで、中国の奇形的な「社会主義市場経済」は根本的な矛盾を内包しながらも何とかこの国の「繁栄」を支えてきたが、ここまでくると、それはいよいよボロを出して綻(ほころ)び始めている。何しろ、「社会主義=独裁的政治体制」に対する「市場経済」の反乱がすでに始まっているからである。今後、政府当局と市場との攻防がさまざまな場面で展開していくとも予想できるが、その「全面対決」の時はいつやってくるのか、まさにこれからの「見どころ」である。』

2011年5月22日 (日)

小部隊指揮官バイブル (柘植久慶著 PHP文庫)

リーダーシップと、軍事の専門的な知識を得ることができます。

『(小部隊の指揮官は)目の前の進捗とわずかな手元の情報でもって即断を下すのだ。

部下の能力を十二分に掌握しておかないと、どういった局面で誰の部隊を投入するか、判断を誤る。

自分が指揮をとる立場・・・いかなる場合にも部隊の中心近くに位置、決して動き回ったり、極端な地点に身をおいてはならない。

最前線の指揮官に求められること:戦闘に関する知識、同時にいかなる局面でも変わらぬ冷静さ・・全体の把握を心がける

追撃に移る場合:当初からおおよその限界を決めておくと良い

直観力を高めるトレーニング:①トランプの52枚のカードで次に何のマークがくるか当てる(4分の1の確立なので悪くない)②外出先では街角で次に出会うのが老若男女か想像する、③エレベーターが数台あると、どれが先に来るのか予想する

迷ったときは警戒の厳しい方をとる。妥協してしまう習慣をつけるのは良くない。

作戦行動をする地域の天候をきっちり把握しておく。これが一定期間把握できてくると、そこの周辺の天候がおよそ理解可能となる。

体力が低下し、気力が衰えると、思考能力にも多大な影響を及ぼす

外見が澄んでいても、水溜りのような場所の水は絶対に口にしてはならない。木の葉がしずんでいれば、タンニンで中毒症状を起こす。新鮮でない可能性が高い。

ジャングルや深い森林地帯では、光や音をかなりまで吸収する。逆に、市街地ではかなり増幅する。

指揮官は「こうした状況下だから」と妥協せず、行軍を続けるべき。

時間にばかり気をとられていると、敵の待ち伏せに気づかないこともある。

狙撃について、単発で発射されたら、まず位置を特定できないのが普通。

大休止であろうが、小休止であろうが、場所をきめたら、敵に攻撃されたときのシミュレーションをしておくこと

最前線においては、5分後、いや1分後に何が起きているのか全く予想できない。

判断の中心:いかに味方の損害を少なく、敵に多大の出血を強いるか。

最初に命令を下した時点と明らかに諸般の情勢が変化したなら、変更しないほうが問題

戦略的撤退を巧妙にやられたら、少し距離を隔てた相手はすっかり欺かれてしまう。

パターンを臨機応変に組み合わせていく。 切り替えは類似したものを選んではいけない。性格的に対極にあると考えられる戦法を思い切って使ってみる。

近代戦の誤射率:全戦死者の7分の1に達する。

ミスファイア:弾薬製造過程でのミスか、保存の失敗に帰する問題

水:ベトナムにおける米軍・・・1クォート(約1リットル)×4  15:00までなら全て満たすことを命じた。一度に飲む量を125mlにする訓練を日常しておくと、汗を減らす効果はある。

防衛線だからと完全に守勢一本やりではジリ貧となり、最後には押し込まれておしまいとなる。適宜反攻を企て、敵兵力を積極的に叩くことが重要。まず守り、次いで攻めるというのが戦争の鉄則

戦争においては、たとえ兵力差が1対10であっても流れを読めば、勝機を充分見出せる。

兵力の逐次投入について:戦術上では全く支障がない。指揮官の考え方次第。一度に投入してしまうよりも、むしろ1個小隊ずつのほうが効率的になることは経験上、成功の確率が高い。微調整ができる上に突発事態にも対応しやすい。

10~15分に一度、自分たちの進む方角をコンパスで確認、遭遇戦が始まった場合の位置関係を確かめた。

中隊とか小隊レベルの指揮官について、積極的な参加は控えるべき。

指揮官は、味方の火力不足と分かったら、このとき初めて銃撃戦に加わっても良い。ただし、集中しすぎてはならない。

加速のついた人間の肉体は、貫通銃創だと弾着の衝撃では、阻止できない。

戦闘中の指揮官は、常に複数の事柄へと目を注ぎ、決して視野狭窄に陥ることなく、同時に戦闘し続ける必要がある。そして、臨機応変の判断が要求される。

細心の注意を払いつつ行動する、慎重な戦士だけが運に恵まれることを条件に生き抜いていけた。

バディの間隔: 砂漠・原野の多いイスラエル  20m、ジャングル・山間部 10m以下 しかし、5m以下というのは避ける

追撃戦を容易にするのは、事前の下準備 追撃予定ルートをあらかじめ3本ほど、3方向に設けておき、パトロールの際などに慣らしておく

反撃は、敵が攻撃に疲れた直後に実施すると予想以上に大きな成果を生む

単調な戦法は練度の低い敵には通じるが、強い相手だとすぐに見抜かれ大惨敗する。戦法は複雑すぎると失敗を招くが、単純でも逆手に取られてしまう。

兵力の劣勢を隠すため、味方の戦死体をもう一度役立てることもある。スターリングラード戦では、双方が戦死体を積み上げて遮蔽物とした。しかし、カチンカチンに凍結していない限り、簡単に弾が抜けてしまう。 夏の温帯では、死体の腐乱はやい。12時間で腹が膨らんで、やがて破裂して病原菌を撒き散らす。

経験を積むと蹴った感じで、本当の死体かが分かる。死んでいると、軽く蹴ったくらいでは全く動かない。

斬るという攻撃手段はあくまで首筋とか血管の露出している部分に限定

ライフル銃による致命傷はあまりに少ない。最大の効果はM-18クレイモア方向性地雷であった。敵の進んでくる方向にV字に布陣するのが望ましい。道路を挟んで平衡に布陣してはならない。同士討ちにつながる。

戦場からの離脱は直線的なコースを決して選んではならず、直角的な動きも禁物

市街地への攻撃・・・戦車を伴わない小部隊は一歩間違えると自殺行為。歩兵単独の突入は偵察行動の範囲のみ許される。

仕掛け爆弾:一般的には爆発まで4秒かかる

どんな樹木の枝でも弾丸の弾道を変える。

アメリカのM-16ライフルは一種の精密機械だから毎日クリーニングする必要あり

山間部を含めたジャングル・・・日没時間と実際に暗くなる時間の違いに要注意

ジャングル・・・砂漠と似た点あり。日没後急激な気温低下

ジャングルでの大敵:毒蛇、毒虫、山蛭   毒蛇を防ぐ方法:タバコのニコチン利用

高温多湿の条件下・・・発汗著しい。ミネラル分を補給し、頭の働きを回復させる。

塩分、水分については、指揮官が指示してとらせるべき

笑いがなくなると、全軍が緊張状態に入ってしまう。さりげない一言で部下にゆとりを与える。

森林の内と外では、内が圧倒的に有利。端から5mは離す。奇襲効果発揮のためには、第一撃まで敵に見つかってはならない。

ファーストストライクでいかに多大の損害を敵に与えるかに注意集中して迎撃を計画すべき

携帯用対戦車用ロケット・・・動く標的だと200mが限度

戦車・・・主砲の真下、キャタピラーをねらう

装甲車両:7.62mmでは歯が立たないが、12.7mm弾で貫通する箇所ほとんど

乾燥地帯:3月以降に砂嵐。視界は全くさえぎられ、一晩で地形がまったく変わる。道路からすこし外れると、何が起こるか判然としない。各車両は必ず2枚急造滑走路用鉄板を供えるべき

砂漠では目標が近く見える。』

2011年5月21日 (土)

インテリジェンスと国際情勢分析 (太田文雄著 芙蓉書房出版)

少し旧い本ですが、書棚から引っ張り出して読み返してみました。今でも充分通用する内容です。著者は、元情報本部長です。

『国境を越えた脅威の評価には公開情報源をいかに統合していくかが大切。インテリジェンスの90%は公開情報から得られる。

OSINT:公開情報、SIGINT:電波情報、COMINT:通信情報、TELINT:テレメトリー情報、ELINT:レーダー情報、IMINT:画像情報、MASINT(Measurement and Signature Int.):計測情報、 ACINT(Acoustic Int.):音響情報、 GEOINT:空間地理情報

NGA:国家地理空間情報局、 INR:米国務省の情報調査局、 SS(Security Service):情報局保安部、 DPSD :国防保護・保全局

英国・・・独自の偵察衛星を打上げておらず、買って独自に解析している模様

カウンターインテリジェンス:すぐに捕まえずに泳がせる。次に誰に接触したか、全貌を明らかにして偽情報をつかませて逆に利用。 黒子に徹する。 これに対してFBIはスパイはすぐに捕まえて手柄を公表する。

旧ソ連のKGBの末裔は引き続きロシアのスパイとしてワシントンで暗躍している。

MICE:敵に情報を与える動機 Money(金)、Ideology(思想)、Compromise(妥協)、Ego(利己)

21世紀・・・コンピューターやインターネットに代表される『情報革命』の真っ只中。有志連合(コアリッション)対非国家主体又はならず者国家 が主流

新たな安全保障環境の特徴:プレイヤーの主体が抑止が困難な費国家主体が大きな要素を占め始めた、攻撃手段がサイバー攻撃のような非軍事分野への広がりを見せ、かつ兵器の精密化、破壊力の向上が顕著、攻撃対象が一般市民を巻き込むようになってきている、地域概念が国境を越えてグローバルな拡大を示してきている、極めて短時間で攻撃可能となり予測が困難

中東の安定、米軍の行動の自由は、同盟関係を持っているわが国にとっても国益

テロリストたちがどこで何をするか、情報が効果的な作戦をする上で決定的なファクター

21世紀の対テロ戦の目的・・・人命や安全といった人間の生存上基本的なことに帰着。むしろ軍隊の果たす役割は一部に過ぎない。

北朝鮮:特殊部隊 約10万人 朝鮮人民軍のものと朝鮮労働党のもの。特殊部隊が上陸した場合、日本単独で対応しなければならない

中国の国防費: 兵器装備生産・購入費→国家基本建設費に混入。研究・開発費→文教・科研費に混入、外国からの兵器購入→外貨基金に混入

中国の点穴戦:一部分に圧力をかけて敵を心理的・経済的にパニックに陥れ全体を麻痺状態に置く

劉華清が中国海軍トップになってからの戦略の転換  2010~2020年 第1列島線 (日本列島~台湾~フィリピン~南沙) へ、2020~2050年までにはそれを超えて第2列島線(小笠原列島~グアム)まで

中華人民共和国の過去の武力行使  ①朝鮮戦争、②第1次台湾海峡危機(1954~1955)、③第2次台湾海峡危機(1958から1979)、④中印戦争(1962)、⑤ベトナム支援戦争(1965~1973)、⑥中ソ国境武力衝突(1965)、⑦西沙群島海戦(1974)、⑧中越紛争(1979)

歴史問題は、ちょうど南北戦争の大義について米国の北部と南部の人間が長時間をかけて果てしない議論を重ねるようなもの

ロシアが冷戦時代のロシアのようにわが国の脅威になる可能性は、中期的に見ると低いと見られる。北海道の戦略的価値は冷戦時代に比べると相当低くなっている。

インターネットの普及→容易に大量破壊兵器(核兵器を除く)が製造可能に

サイバー攻撃の特性:①地理的、時間的制約なし、②匿名性、無痕跡性、③低コスト、低リスク』

2011年5月20日 (金)

産経新聞記事(岡本行夫氏の特別寄稿&トラウマ解消法)

今週の産経新聞の記事の中で特に心に残ったものを書き留めておきます。一つ目は、元外交官で外交評論家の岡本行夫氏の特別寄稿「政府は安易に権力行使をするな」と「トラウマから救う楽しいエクササイズ」という記事です。前者は依然にこのブログに書き留めた、李登輝氏の著作の、「政治とは直線的に進むのではなく、回り道と思える方策ををいかにうまく進めるか」という内容と重なるものです。後者もいろいろと心のあり方について参考になります。

『 東北の地には、今なお巨大な無の空間が広がる。温かい家庭も、賑(にぎ)わった商店も、大声の飛び交った魚市場も、もはや無い。家屋が、集落が、町全体が、海に流出した。三陸に、破壊され尽くした海岸線が続く。
 被災者はあらゆるものを失い、借金だけが残った。風の冷たさは緩んだが、間もなく冷房も風呂もない夏が来る。瓦礫(がれき)に混じって臭気もひどくなるだろう。季節ごとの厳しさを人工的に緩和する手立てが破壊されたまま、多くの高齢者が健康の危機に立たされる。

 福島には別の惨禍が襲い、8万の人々が生活を失った。希望的な「工程表」は出たが、住民の帰宅見通しは不透明だ。燃料溶融や大量の汚染水がある中で、原子炉の破損箇所の特定と修理は至難だ。祈る思いで現場の作業を見守るしかないが、長い時間がかかろう。1基だけの事故で、しかも冷却機能が無事だったスリーマイル島の場合でも、始末がつくまでに10年以上かかった。政府は東電を責めるだけでなく、当事者意識をもって戦後最大の危機に対応してもらいたい。全ては国の指導の下で行われてきたのだから。

 ≪「自分が決定」意識過剰≫

 ある自動車メーカーの社員たちは、震災発生2日後に支援物資を集めてトラックに積んだ。東北自動車道の通行許可を警察にもらいに行ったが不許可。それでも社長は「あきらめるな」と社員たちを督励し、トラックは許可が得られないまま、東北自動車道の料金所へ向かった。何が起こったか。理由を聞いた料金所の係員たちは、ゲートを開いてくれたのだ。「早くその物資を東北に届けてあげてください!」と。

 社員と係員の対応は胸を打つ。一方、政府はそのあと数日間、かたくなに東北自動車道に緊急車両以外の通行を認めなかった。ガソリン輸送のタンクローリーさえ通さず、パニックに陥った被災者は給油待ちの長い列をつくった。その時に東北自動車道を通った関係者の言。「道路は空っぽで、時折、緊急車両に会うだけでした」と。政府は、震災直後の決定的時期に、たいした考えもなく、東北への大動脈を閉鎖したのだ。

 このエピソードは多くの意味を持つ。要するに、今の政府は安直に命令を出しすぎるのだ。「自分たちが全てを決定する」という意識が過剰なのではないか。総理大臣も官房長官も、学生時代から反体制の側にいた。反体制の人々は「権力を奪取して正しく行使する」ことを目標とする。

 念願の権力を得て、一挙手一投足が注目され、ひと声で国が動くようになった。しかし、権力には責任が伴う。過去のどの年よりも緊急問題が山積しているというのに、国会は延長しないという。野党に追及の場を与えないためだろうが、国への責任はどうなるのか。

 ■遠い夢の前に近い現実を

 ≪思いつき政治の弊害≫

 今の政権は「政治主導」を言い募り、官僚の専門知識と経験を排し、小人数で思いつくままに国政を動かしてきていないか。福島原発の処理もそうだ。菅首相は、原発事故発生と同時に母校のOB名簿を繰(く)って原子力学者を身の回りに集め、今や14名もの内閣参与が任命されている。使用済み核燃料プールを冷却するために、先ず自衛隊のヘリから少量の水を散布し、次にデモ鎮圧用の警察放水車、次に自衛隊放水車、次に東京消防庁、次に産業用コンクリート注入車と、効果の少ない順番に、思いつきのように出動させ、冷却に数日の遅れを生じさせた。この間、使用済み核燃料が露出し、放射線が大量に外に出た。全てを自分自身でやろうとするからだ。

 思いつき政治で、既に普天間基地の移設は不可能になった。一方的にインド洋での海上自衛隊の給油活動を止め、代償としてアフガニスタンに4000億円の巨費を支出する羽目になった。実現可能性も検証せずに「2020年までの温室効果ガス25%削減」を発表するスタンドプレーもやった。

 そして、唐突な浜岡原発の停止。当事者である中部電力の意見も聞かずに先ず国民向けに記者会見する。その手法は人気とりである。決定理由は30年内に87%の確率でM8の地震が来るからと。確率だけで政策を作るのは無茶だ。ならば、今回のM9大地震発生の確率はどう予測されていたのか。確率論によって、原子炉を止めない津波対策の道は最初から排除された。そして総理大臣の「大地震確実宣言」で、世界の観光客は危険な日本を避けるようになる。権力を安易に使いすぎる。

 ≪自衛隊と米軍に感謝≫

 被災地の人々が無条件に感謝するのは自衛隊と米軍だ。被災地での彼らの貢献は圧倒的だ。その自衛隊を我々は不当に軽んじてきた。今世紀に入って新たな脅威に対し全ての主要国が国防予算を大幅に増額している。しかし日本の防衛予算だけは逆に減額されている。防衛予算の国民負担は、今や国内総生産(GDP)対比で世界の140位以下。国を守る自衛官は僅かに23万人で、警察官の数より少ない。先進国では珍しい。小泉改革までは郵政公務員が27万人もいた。その僅かな自衛隊員の中から10万人が被災地に派遣されているのだ。

 米国は、多数の兵員と艦船をもって、歴史的規模の支援をしてくれた。ドロだらけになって働く現場で、米軍兵士たちは「家族を助けるのと同じ気持ちです」と言った。

 民主党政権は、「日本は、今までややもすると米国に依存しすぎていた」(鳩山前総理の胡錦濤・中国主席などへの言明)と、中国へ傾斜した。しかし、誰が真の友人なのか。1万6千人の兵員を動員し、いまなお東北を助け続ける米国なのか。15人の援助隊を1週間派遣してきただけで、その後も日本へ偵察飛行を繰り返す中国なのか。

 無論、中国の援助チームにケチをつけてはいけない。感謝しよう。世界中の国が日本を助けてくれた。大震災は、日本が世界で一人ではないことを教えてくれた。それなのに、である。政府は復興財源として、ODA(政府開発援助)を1000億円以上減らすことを決めた。自民党の反対で削減幅は半分になったが、財源論議の前に先ずODA削減を宣明し、世界からの恩を仇で返そうという発想は改めてほしい。
 ≪被災地で異なる復興のかたち≫
 被災地の復旧は、日本の最優先事項だ。「復興構想会議」に期待が集まる。大学教授、建築家、脚本家、住職。錚々(そうそう)たる人々だ。立派な構想を示してくれるだろう。課題はスピードだ。遠い夢の前に、緊急に取り組むべき現実がある。

 阪神大震災では、神戸の113本の岸壁が壊滅した。指揮にあたった当時の第3港湾建設局長は、全てを2年間で修復してしまった。1カ月で復興計画を作り、資材や技術者が1カ所に集中しないように個々の岸壁修復の工法と進行時期を変え、夜を日につぐ突貫工事をやったのだ。現場の官僚たちに任されたから、このような離れ業ができた。

 復興の態様は、個々の被災地によって異なる。画一的な計画では律せない。「住宅地域は高台に」と言っても、背後には急な山しかなかったり、高台の莫大(ばくだい)なインフラ作りが実際的でない町もある。堤防再建にしても、より大きな築堤に適したところもあれば、「堤防は高潮だけを防げればいい。そのかわり津波に対して逃げ足の速い町を」と考えている町もある。個別事情への配慮が大事だ。隣の町と一緒の統合計画も有用かもしれない。全滅に近い陸前高田市は隣の大船渡市と、というふうに。会議の委員は何度も現地に足を運んでほしい。

 ≪漁業への緊急支援≫

 重要なのは産業の復旧、特に漁業だ。被災地は全て海岸沿いにあるから、町の経済の5割以上が水産関連のところも多い。それが壊滅した。なのに、支援はまだ始まらない。「まず中央で全体の復興計画を作ってから」という姿勢では間にあわない。第1次補正予算の執行に時間をかけないでほしい。南三陸町では、NGOながら1億5千万円もの資金を準備して、漁場の瓦礫(がれき)撤去などを既に始めた団体もある。大事なのはスピードだ。

 三陸には漁期がある。6月のカツオ、8月後半のサンマ、秋のサケ。漁期を逸すれば、収入は来年の秋まで無い。「早く計画を示してくれ」と、あちこちで悲痛な声があがっている。今は、まだ関係者に気概が残っている。だが、あてのない無収入状態が続けば、家族をかかえた30代、40代の漁師は絶望して海を去ってしまう。そうなれば、三陸沿岸の経済復興はできなくなる。

 行政は応急手当てを考えてほしい。三陸には、海にいて難をまぬかれた漁船も少なくないし、他県籍の漁船も入港して水揚げする。拠点漁港をいくつか決めて、応急修理してほしい。神戸岸壁を超スピードで修復した人々の知恵も借りたらいい。冷凍冷蔵施設は、民間の支援を得て臨時に冷凍コンテナを使えばいい。1本500万円出せば、凍結機能も付けられそうだ。早く男たちを海に送り出そう。決意をもって臨めば、6月中に一部の漁は再開できる。日本はこんなこともできない国家ではない。

 ≪素晴らしき日本人の能力≫

 日本人の資質は素晴らしい。国の指導者は頼りなくても、現場の人々の対応能力は高い。行動も早い。被災地で瓦礫撤去が確実に進行しているのは、作業が現場に任されているからだ。世界中のどこも真似(まね)のできないスピードで進んでいる。

 無数の感動的な人々がいる。福島原発の作業員、工場が損壊した民間企業、東北新幹線を49日で開通させた人たち、被災地の市長・町長、漁業関係者、商工業者。「役に立ててうれしいです」と顔を紅潮させる自衛隊員。すべてを失っても他人を思いやる被災者たち。そして、全国から集まった延べ二十数万人のボランティアたち。若い人々に脱帽したい。

 彼らは、寒い屋外のテントに泊まり、献身的に働いている。そうした人々が、日本をここまで押し上げてきた。

 日本の産業も現場が支える。いったん方向が定まれば、ものすごいパワーが発揮される。だから新しい目標を早く作ろう。例えば原発停止によって深刻になるエネルギー不足。火力発電増強や新エネルギー創出のほかに、電力を貯蔵してピーク需要に対応する技術が大切になる。「エネルギー貯蔵」は21世紀産業革命の大きなテーマだ。この分野で日本が世界を主導するのは不可能ではない。

 ≪日本に必要な開放化≫

 福島原発事故の直後、米国は原子炉冷却装置の提供を申し入れてきた。しかし、日本は断った。政府部内の会議では、「受け入れれば米国にデータを盗られてしまう」との意見が出たという。

 昨年8月、チリの銅鉱山で地下630メートルの坑道が落盤し、33人が閉じ込められた。チリは鉱山技術で世界のトップレベルにあるが、それでもピニェラ大統領は世界中に知恵と支援を求め、3つの国際救援チームが組成された。これらのチームが競うように作業し、最終的にアメリカ・チリ合同チームが鉱夫たちを救出したのである。

 われわれは他国の実力に謙虚でなければならない。原子力にしても、大きな技術はアメリカが先導している。日本は自力解決にこだわって、世界からの支援を受け入れるのが遅すぎた。開放系でない社会は落伍(らくご)する。

 冷戦が崩壊してから、世界では「多様性」を包摂できる国が伸びてきた。世界中の異なった思考方法、文化、得意技、知識を集めた国や企業が国際競争を勝ち抜いている。グローバル化・IT化時代には、多様な資質を「いいとこ取り」できるところが強いのだ。

 日本は、これまで高い平均値の同質民族国家であることを誇ってきた。いったんマニュアルが作られれば、その実行能力は世界一である。しかしマニュアルに書かれていない事態への対応能力は高くない。それを補うためにも、世界の才能と多様性を受け入れるべきなのだ。

 そして、今度こそ世界から称えられる国家になろう。大震災のあと新しい航海に出なければならない日本の大きな課題である。(特別寄稿)』

『トラウマから救う楽しいエクササイズ ヒステリーの反対は「リズム」

 東日本大震災の被災者の中には、当時の光景が脳裏によみがえる人も少なくない。こうした震災のトラウマ(心的外傷)から救うエクササイズを世界各地の被災者に伝えている「フォーチュネイト・ブレッシングス財団」(米コネティカット州)の代表らが来日した。財団が11日に東京都内のホテルで開催した「心のケア」のセミナーに参加した。

 ◆笑いと涙は近い

 「地震は心臓に影響を及ぼす。心拍数が不安定になり、ヒステリーを引き起こす。このヒステリーの反対を表す言葉は何か」

 財団代表のウィリアム・スピアーさん(62)が参加者約30人に、こう問いかけた。答えは「リズム」。スピアーさんは手拍子でリズムを刻んでみせた後、「日常の生活に戻るために子供のリズムを取り戻してほしい。宿題などの時間を定めて、その時間になったら10分間でもいいので取り組んでみて」と話した。

 スピアーさんが紹介したのは、子供の抑制された感情を表現させる「トラウマから救う10の楽しいエクササイズ」の一部だ。

 それによると、手拍子ゲームなどリズムのエクササイズ▽呼吸することで体を動かす▽関節を緩める▽笑って、叫んで、跳ねる▽体を緩ませたり、硬くしたりするなど両極端の動きを行う▽中心にいるリーダーに向かって怒りを表現する▽声を出して恐怖を表現する▽フラストレーション、いらだち、笑い、悲しみをまねさせる▽手をつないでグループを1つにする▽呼吸で終わる-という10のエクササイズがあるという。

 セミナーで、スピアーさんは「ヒーヒー」「ハッハッハ」という大笑いも披露。参加者たちを一緒に笑わせた後で、「子供たちの場合は笑いすぎて泣き始める。そうやって涙を出すのがエクササイズになる。笑いと涙は近い」と説明する。

 今回の来日では、仙台市青葉区の中高校などでも心のケアを実施。19日には東京都渋谷区の同区地域交流センター新橋で開催される子供支援団体「『絆』プロジェクト」の活動報告会に参加する予定だ。

 ◆体の緊張ほぐす

 このエクササイズについて、災害トラウマのケアで知られるイスラエル出身の臨床心理学者、ロニ・バーガーさん(58)は「肉体的な動きは、体の緊張をほぐすなどの目的がある。恐怖を取り除くときにも肉体的なエクササイズは有効だ」と指摘する。

 地震のような忘れられない出来事のショックは肉体的、精神的な機能を損なわせる。エクササイズでは、呼吸を整えるのも重要なポイントだ。バーガーさんは「トラウマを抱える人は非常に短い呼吸になる。そうなると涙をのみ込んでしまう」と指摘する。

 セミナーを活用し、被災者支援に取り組むボランティアの動きもある。参加した横浜市港北区の紙芝居師、中谷奈津子さん(32)は震災後、これまでに4回、宮城や福島の被災地を訪れ、子供たちに紙芝居を読み聞かせてきた。

 中谷さんは「被災地では子供たちから『紙芝居を読ませて』と頼まれることが多かったが、そうしていいのか迷っていた。セミナーを体験し、子供たちに笑いや悲しみなどの感情を表現してもらう機会になり得るので、今後は読んでもらおうと思った」と目を輝かせた。(竹中文)』

2011年5月15日 (日)

ドイツ参謀本部 その栄光と終焉 (渡部昇一著 クレスト社)

有名な本ですが、これまで読んだことがありませんで、図書館で借りました。世界の軍事組織に大きな影響を与えたドイツ参謀本部の歴史などとともに、現在のあらゆる組織の課題につながる事柄についても多く述べられています。

『地獄のような三十年戦争を経て、ヨーロッパの戦争は、一転してスポーツのようなものになったのであった。それは今日、「制限戦争」と言われるものであり、相手をおう殺(みなごろし)したり、徹底的に叩きのめすことはしないのである。それは宗教的熱狂の時代から醒めた「理性の時代」にふさわしく、戦争すらをも理性的に、また人道的にしようというのであった。

さて、両軍が見合って撃ち合いになると死傷率が大変である。この時代が最も高かったと言われる。・・・ひとたび戦場で両軍相まみえれば、勝ったにしろ負けたにしろ30%以上、50%内外の兵力を失うものと考えなければならなかった。

君主や将軍たちは、戦争を起こすが、戦闘を極度に恐れた・・・「極端に戦闘を怖れる好戦的な軍隊」というパラドックスが「制限戦争」時代の軍隊の実情であった。

大選挙侯の軍隊に、後のプロイセン=ドイツ陸軍の特徴になった点がいくつか認められる。その第一は、君主自らが将軍であり、・・「陣頭指揮」の型式である。第二は、その領内のプロテスタント教会は、国王の支配下にあって、臣下の「服従の義務」を徹底的に叩き込んだことである。・・第三は、ユンカーというエルベ川以東の北ドイツの小貴族たちが、常備軍の幹部将校団として確乎たる地歩を占めるようになったことである。

フリートリッヒ大王のプロイセン軍が30対1の(不利な)戦争をやりとおせた理由:①大選挙侯以来のブランデンブルク=プロイセンの国家体制の特色、つまり、国王が戦場における最高司令官、ユンカー階級は親子代々の将校団として定着し、服従の徳目徹底、②フリートリッヒ大王は、制限戦争のキーポイントは敵の補給路を絶つことにあることを誰よりも強く実感し、その戦略を考えた。簡単に言えば行軍速度を速める工夫をすればよい、ということでそれを実際にやった。③父王フリートリッヒ・ヴィルヘルム一世が残してくれた厳格な軍律と徹底した錬兵の伝統をさらに強化した、④大王の「工夫の才」

プロイセンの参謀本部は後でこそ有名になるけれども、フリートリッヒの頃までは、国王自身が戦場の最高指揮官であるために、組織としての参謀本部らしきものの形式はかえってオーストリアよりも遅れるのである。

徴兵制という打ち出の小槌を十分に使ったのがナポレオン・ボナパルトである。・・まず第一にこの大量の軍隊はまことに安上がりであった。・・革命軍の指揮官は兵隊の脱走を考えなくても良くなったので、補給のこともあまり考えなくてもすむようになった。・・食料を敵地から簡単に徴発するという思想は、よかれ悪しかれ新しいことであった。このため行軍の速度にブレーキをかけていた糧秣運輸とか、荷物運搬とか、貯蔵庫の配置ということがあまり問題でなくなった。「野営」が可能になったのである。・・それに革命軍には将兵の連帯感があった。

ナポレオンの軍隊の特徴は、フランス革命のもたらした軍事上の変化を徹底的に利用したことにある。兵士の愛国心、散兵線の利用、行軍速度、火砲の集中的利用などがそれであるが、特に重要なのは徴兵された無制限に大量の軍隊を「師団」編成にしたことである。・・師団編成というのは、まことに戦略革命であった・・・あらゆる種類の兵科をそのうちにもっていて、独自でも戦闘が可能となる一つのシステムである。

しかし、ナポレオンの成功の原因は、そのまま敗因につながる危険性のあるものであった。・・ナポレオン軍の強さは、ナポレオンのリーダーシップに拠っていた。・・ナポレオンの強さはフリートリッヒ大王の強さと同質のものであった。それは優れたリーダーシップによる強さであり、優れたリーダーが戦場を直接に掌握している範囲での強さである。その範囲を超えたときに、忽然としてナポレオンの限界が現れてきたのである・・

シャルルホルストは包括的な改革案を作成したが、その中心アイディアは「国民皆兵に基づく常備軍」であった。軍隊は国王の召使でなく、国家の召使であらねばならぬ、国王の「臣下」でなく、プロイセンの「市民」である、というのが全ての前提であった。そして陸軍参謀本部は、戦略・戦術担当部門と、組織担当部門と、予備軍担当部門と、武器・弾薬担当部門の4部門からなり、それにさらに地図部がつくという構想である。

シャルルホストの後を継いでプロイセン軍の参謀長になったのは彼の首席幕僚であったフォン・グナイゼナウである。・・グナイゼナウは、ナポレオンの主力を集中攻撃できる機会がくるまでは決戦は避け、敵が強く出ると見れば退き、隙があったら攻撃し、徹底的に消耗を強いるという根本方針を立てた。・・・14回の戦闘のうちナポレオンは実に11回勝っており、敗れたのはわずか3回である。・・・しかし戦場の勝利が必ずしも大局と結びつかないことは、シャルンホルスト=グナイゼナウ構想に組み込まれていたのである。プロイセン軍は敗戦が命取りにならないうちに巧みに退却するのである。外見では敗戦であるが、退却している方の指揮官と参謀長は敗戦だと思っていないことをナポレオンはどうも最後まで分からなかったように見える。

グロルマンが参謀本部を指導した方針は、徹底的なる知的要因、特に科学的知識の重視であった。これは別の言葉で言えばブルジョワ的教育理念なのであって、当然のこととして伝統的に封建的なプロイセン陸軍においては異質なものと受け取られ、多くの将校の反発を招いたのであった。・・・また、グロルマンは、参謀部将校に狭い階級意識がでることを予防するために、参謀部勤務と連帯勤務を定期的に交代せしめるようにした。つまり、今日で言うローテーション勤務を制度化したのであった。このことは、連帯勤務によって肉体を鍛えしめるとともに、参謀部が将来の軍のリーダーを作る機関であろうことを示すものでもある。・・・まず参謀部の最も本質的な仕事は、近隣諸国の軍隊に関する諸種のデータを蒐集し、あらゆる可能な軍事状況の発生を検討し、そのすべてに備えての動因・展開計画をたてることとされた。平時における準備の徹底的強調である。したがって、グロルマンの注意は道路網の整備に向けられた。・・・機関の上ではグロルマンは、1816年に参謀部を三つの戦争部隊担当班に分け、さらに戦史部門を作った。戦史の検討ということが参謀部の重要な仕事の一つとなり、これはとりもなおさず参謀将校の教育手段になった。

ジョミニの軍学を流れる特徴は、一口に言って18世紀への逆戻りということである。作戦のラインに注意を向け、図解を重んじ、戦術があたかも幾何学のような様相を呈しているのである。戦争を科学(サイエンス)として、あるいは技術(アート)として把握したため、ナポレオン戦争の解釈も、フランス革命、産業革命、武器革命、散兵線の出現などの複雑な要素に対する充分な洞察なしに行われることになった。・・・果たせるかなこの戦争の「技術」は、新しい戦争の「哲学」によって粉砕されることになるのである。 この「哲学」を編み出した人物が、クラウゼビッツなのであった。・・・ジョミニの本はただちに喝采を受けたインスタント・サクセスの本だったのに、クラウゼビッツのものは、プロイセン以外ではほとんど注目を惹かず一種の時限爆弾となってプロイセン参謀本部将校の頭脳の中に埋め込まれたのである。

(普墺戦争のころ)当時のヨーロッパの戦場において、元込め式の銃を持った軍はプロイセン軍のみであったことは、プロイセン参謀本部の平時の武器研究の勤勉さを示すとともに、他の国々の当局の怠慢を示すものである。

・・・参謀本部としては、この軍事的勝利を徹底的に利用してウィーン入城を主張した。しかし、ビスマルクは断乎として反対したのである。ビスマルクはさすがにモルトケ以上の視野を持っていた。彼の最終目的はドイツの統一であり、その次の障害はフランスである。どうしてもフランスとは一度戦わねばならぬ。そのときにオーストリアの好意的中立が絶対必要であるから、今は恩を売るときだと判断した。そのためには敵の首府に入城したり、領土を取ったり、償金を取ったりしてはいけない。無割譲・無賠償・即時講和がビスマルクの意見であったが、圧倒的に勝ったプロイセン側では国王はじめ全軍人がそれに反対で、ビスマルクを臆病者呼ばわりさえした。・・・この事件ぐらい勝った軍隊の危険さを示すものはない。ビスマルクの必死の努力でも止まらなかったのだ。幸いプロイセン王家における皇太子の発言力が加わったので、禍根を残さないで平和が成立したのである。

大局的戦略に不動の信念をもっていたモルトケは、戦術面においては逆に、現場の指揮官の自発性を徹底的に尊重した。彼は作戦計画の要綱に次のようなことを言っている。「開戦から戦争終結に至るまでの作戦計画をうんと細かく予定するのは大きな誤りと言うべきである。敵の主力と衝突が起こった瞬間から、その戦術的勝敗がその後の作戦の決定的要因となる。いろいろなことを計画してみても、戦機いかんではだいたい実施できかねることが多く、予期しない事件が続々出てくるのが常である。したがって形勢の変化を詳しく観察して、あらかじめ充分な時間の余裕をもってそれに対応する処置を考え、そのうえで断乎として決行するのが作戦指導の秘訣である。」と。モルトケは緻密な計画者であったが、戦争の実態を洞察して緻密倒れにならなかったのはさすがというべきであろう。・・・戦後に戦史家たちがこの第一戦部隊の独断専行を非難したときも、むしろモルトケは弁護にまわったのである。「事実、この戦闘は予期しないものであった。しかし、戦術上の勝利は、戦略上の計画を助けることが大なるを常とするから、我々はつねに勝利には感謝して、それを適当に利用すべきである。事実この戦闘によって敵の主力と接触できたのであって、その後の大本営の戦略決定は甚だしく容易になったのである。」と。この第一戦部隊は、芸のない正面攻撃をしたため、戦場の勝利は得たもののプロイセン軍の損害が大きく、追撃もできないような有様であった。国境近くでの包囲戦という自分の計画がフイになったにもかかわらず、モルトケはむしろそのような齟齬は戦場の常として責めず、むしろ局部的な勝利を祝福し、それを全戦局の勝利に結びつけるようにと作戦を展開していったのである。

モルトケの下でドイツ参謀本部はまことに輝かしい存在になったが、今から見れば翳りの徴候がないこともなかった。その第一は、まず組織の肥大化である。1857年、モルトケが参謀総長代行になったとき彼の指揮下にあった将校は64名であった。それが、普仏戦争が終わった1871年には135名に膨れ上がった。それから戦争もなかったのに、1888年、彼が参謀総長を辞任したときは239名になっていたのである。30年間に約3.7倍強の増加ということになる。しかも構成も複雑になってきた。・・・戦争がないのに、着実に戦争関係機関の人員の増えることに注目したイギリスの軍事史家パーキンソンは、いわゆる「パーキンソンの法則」を発見した。パーキンソンはイギリス海軍省を中心に調べたのであったが、おそらくドイツ参謀本部にもこの法則が当てはまるであろう。イギリスの海軍も最盛期にはスタッフ・ワークの人員は少なく、また植民地省もイギリスの植民地時代の最盛期には、バラック同様の建物だった。ところが、最盛期を過ぎた頃から建物は立派になり、人員の着実に増えてきているというのである。プロイセン参謀本部のレンガ造りの立派な建物が・・建てられたのは、普仏戦争の後間のない頃であった。そしてこの建物が建ち、人員が増え続けてから、実にドイツ軍は一度として戦争に勝ったことはないのである。

ドイツ参謀本部が世界の注目を集めるとともに、モルトケもスーパー・スターになった。これはまことに危険な徴候である。参謀本部や参謀総長は相手にマークされないのが一番良いのであるのに、「参謀の無名性」が失われ始めたのである。

1890年にビスマルクが退場して以来、ドイツからはこれぞという政治的指導者がでなかった。ドイツを国際的孤立から防ぐ外交家が出なかった。一方、軍のほうからは強力な参謀総長シュリーフェンがでたのである。・・・いまや、政治という大所高所から国を考えるべきリーダーがなく、スタッフである参謀本部にのに人材がいることになった。バランスは失われたのである。

ドイツの敗戦の原因はいろいろ考えられるが、軍事的視点からみるならば、リーダーシップの欠如の一語に尽きると思う。大モルトケはさすがに「戦争において確実なる要因は指揮官の戦意のみである。」といっていたが、リーダーの養成は国家的レベルにおいても軍団のレベルにおいても不十分であった。

ヒトラーは下層階級の出身で、第一次大戦のときも上等兵か伍長ぐらいで従軍した。そのため彼はプロの軍人、特に名家出身の秀才の多く集っている参謀本部には劣等感を持ち、それがまた裏返しに出て、参謀本部案にはことごとく反対したいという根強い欲求があったようである。

モルトケは和戦に関してはビスマルクに従ったが、戦闘に関しては、一切口を出させなかったのに、ヒトラーはいちいち戦闘に口を出し始めたのである。このおかげでダンケルクからイギリス軍は生き返れた。参謀本部に任せておけば、文字通りの殲滅戦になり、イギリス陸軍の実体はなくなるところだったのに。

・・・ヒトラーは無用に戦線を拡大した。これではもう超多面戦争である。プロイセン軍以来の伝統である参謀本部と戦闘軍との信頼の原則に換えて、ヒトラーは「部下不信」の原則で動き、細かい作戦にも自分の「天才」を誇示しようとするのだ。それで当時の参謀本部の中では、「ヒトラーはスターリンの回し者ではないか」という冗談に実感がこもるほど、彼の作戦に対する邪魔がひどかったという。

プロイセン=ドイツ参謀本部は、近代史の動向を左右するほどの意味を持つ組織上の社会的発明であった。しかし、それはビスマルクという強力なリーダーとモルトケという有能なスタッフの組み合わせのときだけ、目覚しい効果を示したにすぎない。その盛りの時には奇蹟を生むほどの力を示したのに、それは極めて短い期間しか続かなかったのである。強力な大組織におけるリーダーとスタッフのバランスの難しさを示して余すところがない。

スタッフの養成法のノウ・ハウをドイツ参謀本部は完成したが、リーダーは偶然の発生を待つだけだった。これがドイツの悲劇であった。そしてリーダーの養成法はスタッフの養成法とは違う原理に立つもののようである。』

2011年5月14日 (土)

文明の衝突 (サミュエル・ハンチントン著 鈴木主税訳 集英社)

10年以上前の著作ですが、いま読み返してみても、依然注意しておくべ内容と言えるでしょう。

『最も危険な文化の衝突は、文化と文明の断層線に沿って起こる。

冷戦後の世界において文明は、分裂を生み出す力であり、また統合を促す力でもある。

文明:中華、日本、ヒンドゥー、イスラム、西欧、ロシア正教会、ラテンアメリカ、(アフリカ)

19世紀にはアメリカは自らを欧州とは異なり、対峙していると定義していたが、20世紀になるとアメリカは自らを欧州を含む西欧とは異なる広範なまとまりの一部であるとし、実にそのリーダーだと自らを定義し・・・

西欧が世界の覇者となったのは、理念や価値観、あるいは宗教・・がすぐれていたからではなく、むしろ組織的な暴力の行使にすぐれていたから

非西欧社会は、・・自らの歴史と西欧の両方を動かし、形作る担い手になっていった

西欧から次々と生まれた政治理念が、文明の内部で衝突することはなくなり、かわって文明間の文化と宗教の衝突が起こり始めている

異文化間とのコミュニケーションに英語を使うことは諸民族の異なる文化的アイデンティティを維持し、それどころか強化するのに役立つ。人々はまさに、自分たち自身の文化を保存したいからこそ、他の文化圏の人々と英語を使って意思の疎通を図るのである

力が分散するにつれ、言語の混乱は広がっていくのである。

貿易や通信が密であっても平和、つまり共通の感情は生まれてこないという説は、社会科学の研究結果と一致している。・・・人は自分のアイデンティティを自分以外の人によって定義する。

近代化はそれらの文化を強くし、西欧の相対的な力を弱める。

西欧の衰退には、3つの特徴:①進行がゆっくりしていること、まだゆっくりした第1段階にあるが、いずれ劇的に加速する可能性あり、②衰退は直線的に起こるものではない、③力とは個人あるいは集団が他の個人あるいは集団の行動を変えさせる能力のこと

軍事的な安全保障は、世界的な力関係や超大国の行動ではなく、各地域内部での力関係、そして各文明圏の中で核となる国の行動によって決定される度合いが高まっている

ソフトパワー:一国が自国の文化やイデオロギーを喧伝することにより、自ら求めるものを他国も求めるように仕向ける力をさす。

ソフトパワーは、ハードパワーという基盤があって初めてパワーたり得る。

民主主義が西欧化を逆行させる結果となってしまっており、民主主義が価値観の多様化を促進するどころか、社会をより窮屈なものに変えてしまっている。

近代化によって誘発される宗教への渇望が、その地域の伝統的な宗教によって満たされない場合、人々は外国の宗教に精神的な満足を求めることになる。

イスラム復興の担い手の大部分は、近代化の動きに参加して、近代化の中から生まれた人々

原理主義運動の力は、非宗教的な民主化勢力や民主主義勢力の力と反比例する関係にある

イスラム復興運動が下火となるのは、人口増が鈍化する2010年代と2020年代である。

文明は最も大きな文化的枠組みである。

人間は敵意を抱く存在・・・自己を規定し、動機付けするために人は敵を必要とする。

日本はそのような宗教やイデオロギーを持たないために、他の社会にそれを伝えてその社会の人々と文化的な関係を築くことができない。

ロシアの歴史の教訓は、社会と経済の改革には、中央集権が欠かせないというもの

引き裂かれた国家のアイデンティティ再定義の成功要件:①エリート層の支持、②大衆の黙認、③受け入れ側の受け入れ

今後、危険な衝突が起こるとすれば、それは西欧の傲慢さ、イスラムの不寛容、そして中華文明固有の独断などが相互に作用して起ころう。

(ロシア、日本、インドは)西欧文明とイスラム、中華文明の間で「揺れ動く」文明

イスラム教徒は、イスラム教の教え、生活様式、宗教と政治は一体だと考える。

欧米のキリスト教徒は、宗教と政治は異なった領域だと考えている。

イスラム教徒から見れば、西欧の世俗主義、無宗教、そして不道徳は、それらを生み出した西欧キリスト教よりも邪悪なもの

イスラム教徒は、敵を「神を持たぬ西欧」と見ている

米と中の紛争の基礎にある問題は、東アジアにおける将来の力のバランスがどうあるべきかについての基本的な違い

バランサーとして考えられる唯一の可能性は、日本だが、そのためには日本の政策が根本的に変わる必要がある。・・急激に軍備を拡張し、核兵器を入手し、たのアジア諸国からの協力を積極的に取り付けることが必要

アメリカは強国になってから一度も2次的なバランサーになったことがない。そうなるには、微妙で、柔軟で、不明瞭で、ときには陰険な役割を担わなければならない。

アフガン戦争:イスラムの行動基準にのっとっての外国勢力に対して成功した初めての抵抗。この戦争がイスラム世界に与えた衝撃は、日本がロシアに勝ったときに東洋世界に与えた衝撃に劣らぬもの

湾岸戦争:端的に言えば、一般的な見解は、サダムが侵略したのは悪いが、介入した西欧はもっと悪いというもの

フォルト・ライン戦争:フォルトライン紛争とは、異なる文明圏の国家や集団の間で起こる共同社会間の紛争。・・・戦争とは、紛争が暴力化したもの・・・紛争は、領土の支配が原因となる場合の方が多い・・・戦争は、時間のかかる紛争である・・・戦争が頻発し、激しくて暴力的なのは異なる神を信じることが原因であることが多い

同族を裏切ることが平和の代償になる・・・フォルト・ライン戦争は下から浮かび上がってくるが、フォルト・ライン戦争の平和は上から降りてくる

著しい特徴は、キリスト教、多元性、個人主義、法の支配であって、これらがあったからこそ、西欧は近代化することができ、世界中に広がって、他の社会の羨望の的になったのである。西欧文明が貴重なのは、普遍的だからではなく、類がないから

西欧文明の保存要領: 政治、経済、軍事面での統合拡大、政策調整。 中欧の西欧国家側への組み込み。 ラテンアメリカの西欧化、緊密な同盟締結。 イスラム、中華の通常戦力、非通常戦力の発展抑制。 日本の中国との和解を遅らせる。 ロシアの中核国家としての立場、南側国境線の安全について正当性を認める。 他の文明に対して技術、軍事力の優位維持。 他文明の問題介入は危険と認識。

来るべき時代の異文明間の大規模な戦争を避けるには、中核国家は他の文明間の衝突に介入するのを慎む必要がある。

人間が共通してもっているものは、「共通の文化への傾倒よりも、むしろ共通の敵(もしくは悪)の自覚」である。

文化の共存に必須であるとして求められるのは、ほとんどの文明に共通な部分を追求することである。多文明的な世界にあって建設的な進路は、普遍主義を放棄して、多様性を受け入れ、共通性を追求することである。』

2011年5月10日 (火)

新聞記事から (産経新聞 正論 都留文科大学 新保祐司教授)

本日の産経新聞、正論で、都留文科大学の新保教授が古典を学ぶ重要性について書いておられました。なるほど、と思いましたので、書き留めておきます。

『・・・池田健太郎という、やや若くして亡くなったロシア文学者でドストエフスキーの『罪と罰』の翻訳者としても知られる人が昔、小林秀雄全集の月報に興味深いことを書いていた。小林がもう60歳を過ぎていた頃、30代の池田は小林の家を訪ねた。その時、小林は何と岩波文庫の翻訳で『罪と罰』を読んでいるところだったという。

 池田という良質な精神の持ち主は、この事実に驚いた、あるいは驚くことができた。池田はこう思ったのである。小林は長くドストエフスキーを読み、批評してきたし、『罪と罰』の内容など知り抜いている、その小林が、何度も読んだに違いない『罪と罰』の翻訳を改めて読めるということは、まだそのものの中に新しいものを発見できるからである、と。そして、ロシア文学者で『罪と罰』の翻訳者である自分はかえって『罪と罰』そのものを読まず、研究書ばかり気にしている、と反省し、古典を繰り返し読むことはかえって難しく、新しい解釈などに注意をひきつけられている研究者根性というものを自戒していた。

 事は文学研究に限ったことではない。現代人は情報と解釈の過剰の中に生きていて、逆に事の本質にぶつかることを避けている。本質は、ざらざらして厳しいからである。「様々なる」解釈の網の目から世界を眺めていた日本人は今回、世界そのものの過酷な事実とぶつかって立ちすくんでいる。

 今年、生誕150年の内村鑑三のことを、私は「心を正しい位置に置いた人」と書いたことがある。これは、小林秀雄と坂口安吾の有名な対談「伝統と反逆」の中に出てくる表現を使ったものである。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の主人公アリョーシャにふれているところで、安吾がドストエフスキーは学がない、無知ともいえる作家だったと言ったのに対して、小林は学のようなつまらぬものは無くて、意識して努力を重ね「心を正しい位置に置いた人」だと答えた。内村自身、札幌農学校を首席で卒業し、生涯で全40巻に及ぶ著作を遺(のこ)したにもかかわらず、自らには、学才はない、徳才すらないと言った。

 大震災を機に日本人は、精神的に大きく変わらなければならないということは、ほとんどの人が感じているに違いない。今日の日本人が、生きている「今」という時間は、歴史的な時間である。あるいは、歴史的な時間にしなければならない。その変化の根底には、本質論から離れた知識とか自分を安易に納得させる解釈を求めるのではなく、「心を正しい位置に置く」ことが必要なのではないか。

 そのためには、例えば古典を1冊、解説書とか現代語訳を捨て去り、原文を1年かけて読むこともいい。古典を謙虚に原書で読む行為そのものが、内容の理解や解釈などより、「心を正しい位置に置く」精神の土台を築くであろう。』

2011年5月 8日 (日)

戦後五十年目の総括 日本帝国海軍はなぜ敗れたか (吉田俊雄著 文藝春秋)

今回も旧海軍を題材に、先の大戦に敗れた原因を探った書です。残念ながら今も存在する日本の組織の弱点が顕著に表されているように思います。

『・・日本海軍によって作り上げられた海軍指揮官像は、・・・戦術、戦闘場面、いいかえれば明治38年に戦われた日本海海戦のように戦場に両軍の砲弾が雨飛する艦隊決戦の場面で、勇ましく陣頭に立つ指揮官としては、立派な指揮能力を発揮できる人材ぞろいであった。しかし、もっと守備範囲の広い、戦略、政略場面については、職責の範囲外のものとしてとくに関心を持たないように作られた。そのうち、いくらかのものが疑問を抱いたが、兵学校以来しつけられてきた横並び思考のせいで、ほとんどがそれ以上に出なかった。けっか、戦闘にはめっぽう強いが、作戦は意外にまずい。戦略、政略などの分野では無策に近い、と評されてもしかたがない指揮官も混じった。

そのうち、永野修身中将(当時)が兵学校好調として着任してから、教育方針の大改革がおこなわれた。生徒の教育に対する姿勢を、受身一辺倒でなく、自主性、積極性、創造性を強調する方向jへ転換させようとし、アメリカのダルトン・プランを採用した。・・この新教育方針による教育を受けた兵学校58期、59期、60期の3クラスには、今日になってみると他のクラスにはいない変わり者ができた。

開戦1年前から1年余り後のガナルカナル撤退直前まで、軍令部作戦課長として作戦指導のキーポストにいた富岡定俊大佐(当時)が、戦後約20年余りたち、「開戦と終戦」と題する著書の中で述べている。「太平洋戦争の戦力予測を、開戦2年以降見通せなかったことに対し、私は今でも深い悔いを抱き、この老骨に鞭打って、”未来予測"に取り組んでいる次第だ・・』この文書を見るたびにわたしはいつもショックを受ける。よくこのような見積もりで、「早期開戦をすべきだ。それも、今、立ち上がるべきだ」と永野軍令部総部長に意見具申ができたものである。

明治の戦争は、日露戦争でも日清戦争でも有限戦争であった。日本の軍事、外交努力よろしきを得て、二度とも日本の勝利で講話できた。同様にして、昭和の日米戦争も有限戦争であると官gなえた。軍令部作戦課の「超」エリートたちもみなそう考えた。

まず、戦争の様相を明治のそれと同じだと読み違えたこと。それが全ての原点であった。その誤判断の上に、次々と誤判断が積み重ねられていったから、真珠湾とマレー沖、つまり敵に迎え撃ってくる戦時がいない場合のほか、あとはもう、戦うたびに不意を衝かれ、浮き足立った状態におい込まれ、思いもよらぬ大損害を受けて敗れるほかなくなった。

三和義勇大佐(作戦参謀)のメモでは、山本の言葉としてこう書いている。「黒島君が作戦に打ち込んでいるのは、誰も良く知っている。黒島君は人の考え及ばぬところ、気づかぬところに着眼して、深刻に研究する。ときには奇想天外なところもある。しかも、それを直言して憚らぬ美点がある。こういう人がいなければ、天下の大事は、成し遂げられぬ。・・・」

なるほど真珠湾のときは黒島作戦は大成功を収めた。本当は不意を衝かれて何もできなかった敵のなかに、技量抜群で一騎当千のベテラン搭乗員たちが、名機を駆って敵の本陣に切り込んだのが実態だった。が、どうもその実態が見落とされていたらしい。すっかり感心した山本長官は、、「作戦は任せる」と黒島に白紙委任状を渡した。

(佐世保での友鶴沈没事故を受けて査問委員であった田中中将の追想)「・・・米内さんが、最初の第1歩のところで事態の重大な本質を過たずに受け止め、職を賭して徹底解決に推進されたことが、成功の最大要因だった。役人根性むき出しで、責任を回避し、ウヤムヤにしていたら、日本海軍は実際の戦場で大変なことになっていたろう」

海軍士官たちは、社会学、政治学、経済学には自発的に勉強したものでなければ知識は全くのゼロであった。そのころの風潮として、海軍部内では、社会、政治、経済について議論する人間は蛇蝎のように嫌われたものだ・・

海軍士官には、兵科、機関科、主計科、軍医科、技術科、法務科などがあるが、そのうち、兵学校と機関学校を卒業した士官を将校といった。

海軍の人事は、「適材適所」主義を貫くとの定評があった。どうもそれは少中尉から中佐までのことで、それ以上の階級になると、「そんな贅沢は言っておられぬ。周囲に与える面倒のもっとも少ない人物をもってこい。特殊な引っかかりのある者と病人は困るが」などとルーズになったのか。

軍令部作戦課長 富岡定俊大佐は、「海軍要務令」について、こんな評価を下している。「海軍は、陸軍の作戦要務令などを参考にして、「海軍要務令」をこしらえれたが、陸軍の普及的なのに比べて、はなはだ抽象的なものだった。航空作戦の比重がだんだん多くなってきたので、海軍要務令の中にも、それを盛り込もうとしたが、ついに終戦までものにならなかった。海軍では、術科の学習に追われていたから、海軍要務令も艦長一人が読むだけのものに終わってしまったようである。」 つまりは、太平洋戦争のときには、役に立たない、時代遅れのものになったので、・・・「積んドク書」になっていた、ということである。

木村昌福中将(日露戦後世代代表の明快軍指揮官)の言行のうち2年現役の市川主計少佐が書き留めていた(要旨)3点 「一、ただ無理やり突っ込むのは匹夫の勇である。孫子の教えのとおり、敵を知り己を知ってはじめて真の戦ができる。一、「危険なことは俺がやる」という、部下を思う至情と指揮官は常に先頭に立つという気迫と責任感が必要だ。一、重巡鈴谷艦長のとき、敵雷撃機の攻撃を受けた。航海長が右に左に変針しつつ魚雷をかわしていたが、ついに両舷から同時に攻撃された。さすがの航海長も判断に迷ったが、一瞬艦長の顔を見た。木村艦長、ためらわず、「直進」と命じた。幸い魚雷を回避することができたが、のちきむらは「あの時、直進すれば回避できるとは思っていなかったが、信頼している部下が迷ったときは、艦長として何らかの指示を与え、自分の立場責任を明確にすべきだと思った。」と術解した。

「数学者」と評されていた井上成美中将(のち大将)は、加藤大将とにた考え方をする頭脳明敏な逸材だったが、昭和海軍では、敵が多かった。新建鑑計画の予算を審議するための海軍省、軍令部首脳会議で、その予算があまりにお粗末と見た井上はこんな要旨の意見を述べた。・・「この計画を拝見し、かつ、ただいまのご説明を聞くに、失礼ながらあまりにも旧式で、これではまるで明治・大正時代の軍備計画である。説明によると、ただアメリカが戦艦をA隻もつから日本は十分の八A席必要だ。アメリカが空母をB隻持つから吾はぜひ空母十分の八B隻なければならない、といった考え方である。アメリカの軍備に追従して、各種の艦艇をその何割かにもっていくだけの、まことに月並みのものである。その間、いったんアメリカと戦争になったら、どんな戦をすることになるのか。その戦は何で勝つのか。それには何が、何ほど必要なのか、といったような説明もなければ、けいかくにもあらわされていない・・・。かようなずさんな計画に膨大な国費を費やしえるほど日本は金持ちではないし、かりにこの計画通りの軍備ができたとしても、こんなことでアメリカに勝てるものではない。同じ金を使うなら、もう少し気の利いた使い方をすべきだと思う。・・・」

海軍では、人の性格に対する着眼が足りなかった。言い換えれば、人をそれぞれ個性といった。独立した生活体と見るのではなく、艦艇兵器を操作する固体としてその性能、、耐久性をもっぱら重視しているだけだったのではないか。それは、一般の任務に就く普通のポストならばよいが、連合艦隊司令部とか海軍省軍務局、軍令部作戦課などの特に組織体の頭脳となる部分の人事は、念には念をいれた最善のものでなければならない。

海軍の伝統としての対米作戦は、明治の日露戦争から一貫した考え方で戦術中心。太平洋を西に向かって進撃してくる米主力艦隊を、わが連合艦隊をあげて西太平洋に迎え撃ち、艦隊決戦。昼夜を分かたぬ激闘をかさね、結果、米艦隊を東へ追い返す。追い返された米艦隊は、2、3年を再建にかけ、陣容を更めて太平洋を西進してくる。それを二度、三度繰り返し連合艦隊が出撃、米艦隊を撃破して追い返す。やがてそれに倦んだ米軍は「もう、やめようや」と言い出す。和議が成立、平和が来る。・・・まあ、こんなものだろうと考えた。甘い、というよりは、ずいぶん手前勝手だ。

軍令部や連合艦隊司令部は、ヨーロッパ戦線に学ばず、洞察もしなかった。しかし、米海軍は、すでにヨーロッパ戦線で独潜水艦対策に成功。レーダー、ソナー、ヘジホグ(小型爆雷)、無線電話などを活用した対潜水艦戦組織を開発していて、それを太平洋に持ってきた。日本海軍の知識経験とは、はじめから時代が違っていた。

アメリカは、航空攻撃の威力を目で見て、身にしみて知り、いち早く空母、飛行機の大増産、パイロットの大増員に乗り出した。一方、日本は、「飛行機もやるじゃないか。結構結構」とはいったが、緒戦の成功に大満足で、左団扇を使いながら自己チェックもせず、努力もせず、その個性が続くままミッドウェーの惨敗にも反応が鈍く、アメリカから一年遅れて、漸く空母、飛行機、パイロットの増産増員をはじめたほどであった。

真珠湾後、米国はそのときの米太平洋艦隊司令長官キメル大将を査問会にかけ、責任を追及した。これを日本のミッドウェーの場合と比べてみると考え方の違いが分かる。・・・黒島先任参謀がいう「本来ならば関係者を集めて研究会をやるべきだったが、これを行わなかったのは、突っつけば穴だらけであるし、みな十分反省していることでもあり、いまさら突っついて屍に鞭打つ必要がないと考えたからだったと、記憶する。」・・・そのような、責任追及などぎすぎすしたことは、みんなで心を合わせて避けるべきだということであったろう。とにかく、近代戦の姿とはずいぶんかけ離れた体質の組織であった。

サンゴ海海戦は史上初めて戦われた空母対空母の決戦だった。・・・戦術面で比較すると日本が勝ち、米軍が負けた。戦務の面では、しかし散々で、飛行機による索敵、偵察、報告の誤りが多すぎ、・・・空母の消火、損傷の応急修理の不備、不慣れなど未熟であった。

それもこれも日本海軍が、「攻撃一点張り主義」「攻撃重視、防御軽視主義」にこだわりすぎたつけである。

(1942年4月に開かれた第二段作戦図上演習の最後での山本長官の所信表明(要旨))「第二段作戦は、第一段作戦とぜんぜん異なる。今後の敵は、準備して備えている敵である。長期持久、守勢をとることは連合艦隊長官としてはできない。海軍は必ず一方に攻勢をとり、敵に手痛い攻撃を与える必要がある。敵の軍備力は吾の五乃至十倍である。これに対しては、次々に敵の痛いところに向かって猛烈な攻撃を加えねばならない。これがため、わが海軍軍備は一段の工夫を要する。従来の行きかたとはぜんぜん異ならなければならない。軍備は重点主義に徹底して、これだけは負けられぬという備えをなす必要がある。これが為にはわが海軍航空の威力が敵を圧倒することが絶対に必要である。共栄圏を護るのは、一に海軍力である。」・・山本長官が、アメリカの国力を直視し、どれほど「時の経過」、「時がたつ」ことに神経質になっていたかが痛いほどに見えてくる。

ミッドウェー作戦は、締切日が迫るのに妙案が浮かばないという切羽詰った状況でのピンチヒッターであった。しかも連合艦隊艦船の大部分を網羅する、空前のスケールに膨らんでいた。

太平洋戦争は、主兵が戦艦から飛行機に変わったので、少なくとも上級指揮官と参謀たちは頭のものさしを15.5ノットから30ノットに切り替えてもらいたかった。計算の尺度を変える。感覚をそれだけ鋭敏にする。行動、動作のテンポをそれだけ早くするのだ。これらを明治のままに放っておいたために、戦争中どれほどのマイナスを日本海軍は甘んじなければならなかったか。

どうも、日本海軍の指揮官たちは航空攻撃を「一発勝負」と誤解していた節がある。この誤解が先々、「特攻」と結びつき、かつそれに固執させたと考えているが、米軍は、もっと合理的で、「運」の良さ、悪さが紛れ込む不完全さをとらず、確実性を増やす方法を考え、そんな「一発勝負」性が飛び込まないよう、ガードを固めた。

ガダルカナル攻防戦が始まる昭和17年8月7日早朝より前、日本海軍は何を考え何に注意を集めていたのか。まず、戦略的な価値の誤判断。・・南太平洋方面は裏街道だ、米艦隊主力は裏街道には来ない。何かきたらそれは主力ではなく、小部隊に過ぎない、と思い込んだこと。もう一つ。敵が大規模攻勢を企てえるようになる時期は、昭和18年以降であろう。と大本営では判断し、それを絶対無謬と信じ込んだ。

戦いには、いつも相手がある。戦局も相手とのバランスの変化に応じて右に左に傾いていく。

米軍は、一度目は危うくあと一押しでつぶされそうな所まで追い詰められたとしても、二度目はちゃんと対抗策をとってくる。

事前事後のチェックを怠らず、危機管理と教訓による改善を励行し、失敗を繰り返さない。今から考えると、日本海軍には、これらの着想と努力が少なかったように思われる。

太平洋戦争のそもそもの失敗は、「時代状況の読み違えと適応ミス」に帰する。この読み違えと適応ミスは、海軍全ての事項、事態に当てはまる。教育、訓練から船尾、装備、開発など、軍令、軍政のすべてにわたった。・・・時代の変化に無関心すぎた、知らなさすぎた。そして、情報に関心がないから現実が見えず、現実が見えないから、現実からは離れて精神にたてこもった、ともいう。だから、危機管理が全く不十分。というより、そのような周到な気配りはないも同然。つまりは、物をみていても、実は全く見えていないに等しい。』

2011年5月 5日 (木)

知らないではすまない中国の大問題 (サーチナ総合研究所 著  アスキー新書)

「中国の不動産バブルは本当に崩壊するのか?」「なぜホンダ工場で過激なストライキが発生したのか?」等等、多くの興味深い質問事項が小表題となって記述が進められていますが、すべてに明確な回答が述べられているわけではありません。しかし、一部には明確な回答があり、そうでないものについても回答を導き出すヒントのような事項について記述されています。私の目から見ますと、かなり中国に対し甘い見方のような気がする記述が多いですが、初めて知ったことなどもあり参考にはなりました。とりあえず書き記しておきたい内容は次のとおりです。

『中国の「不動産バブル」を加熱させている投機マネーの中で当局が特に頭を痛めているのが、海外から流入する「熱銭(ホットマネー)」。この主な源泉は、海外在住の華僑。流入の理由は、急速な経済発展に便乗し資金を増やす狙い。人民元はいつか必ず切りあがるという期待がある。中国当局も人民元を切り上げれば、ホットマネーの流入を抑制できるだけでなく、インフレ抑制効果、国民の購買力拡大の効果もあることを十分に理解している。しかし、急激な人民元高は、輸出産業が大きなダメージを受ける可能性があることや、外国の圧力に屈したという国民による中国政府への批判や反発を避けるため、外国からの人民元気利上げ要求をかたくなに拒否している。また、日本のようにバブルを崩壊させることになり、ひいては中国共産党の政権担当能力を疑わせることになることを怖れている。

中国の場合、中華人民共和国憲法では、中国共産党を「中華人民共和国を指導する政党」と明記している。国(中国政府)よりも中国共産党のほうが上に位置する。もしも中国共産党が政権を失えば、中国という国自体が「別の国」になってしまうことになる。

8%以上の経済成長に科学的根拠があるかは定かではないが、「保八」という明確な目標を掲げ、それを達成することによって「中国共産党はきちんと仕事をしているぞ」というメッセージを国民に強くアピールできる。

過激なストが中国全土で繰り広げられた背景には、格差の問題がある。労働争議に参加している若者たちは、内陸部などの地方から出稼ぎに来ている「農民工」と呼ばれる人々。なかには1日12時間以上とか、1ヶ月休みなしという過酷な条件で働かされているものもいる。にもかかわらず月給はせいぜい1000~2000元(1万3千円~2万6千円)

中国の名目GDPに占める個人消費の割合は35%(2009年)で、米国の約70%、日本の約60%に比べて著しく低いため、これを高めていくことが大きな課題。

中国人には、「現状」と「目標地点」を見極めたうえで両者を「最短距離の直線で結びつける」傾向がある。「諸事情に気配り」しながら物事を進める日本人との違いに驚くことも少なくない。

中国のインターネット人口は、約3億人に達し、米国を抜いて世界一。家庭用パソコンがかなり普及しているだけでなく、携帯電話でインターネットを閲覧する人も一億人を超えている。また、街中のインターネットカフェなら一時間1~2元(約13~26円)で利用できるので多くの若者が入り浸り、チャット、オンラインゲーム、映画・ドラマ鑑賞で楽しんでいる。

若者のほとんどすべてといっていいほどはまっているのが、「QQ」というインスタントメッセンジャー(チャット)サービス。アクティブアカウント数は4億8940万件に及ぶ(2009年9月30日現在)。中国の若者たちは知り合った相手と「QQ」のアカウントナンバーを交換し合うのが一般的。

「下水油」とは、レストランの厨房や家庭の台所から流れて排水管に溜まった廃油をすくいだし、それを濾過して新品のように再生した食用油のこと。このほか、生ごみや残飯などから作られるものや、揚げ物などで限界まで使った油を再生したものも「下水油」と総称される。普通の人でも食事10回のうち1回はこの有害な油を使った料理を食べている可能性が高いことが、2010年3月17日、中国の主要メディアがいっせいに報じたことで分かった。下種油の年間販売量は200万から300万トンと推計される。廃油集めをする人の中には、毎月一万元(約13万円)以上稼ぐ人もいるといわれる。これは一般のホワイトカラーの2倍近い収入。

中国では手抜き工事などによる建物の倒壊や道路の陥没、橋の崩落といって事故が枚挙にいとまなし。2009年7月23日河北省石家荘市に建設中の、完成後には高さ186mになる予定のテレビ塔が、突然の強風によって地上約56mと約70mの2箇所でぽっきり折れるという事故発生(折れた時間帯の風は秒速約20~24m程度)。同年6月27日に上海市内でおきた事故は、完成間近の13階建てマンションが、根元からばったりと倒れた。』

2011年5月 4日 (水)

日米同盟崩壊  もう米軍は日本を中国から守らない (飯柴智亮著 集英社)

元米陸軍大尉が書いたものです。日本を外から、しかも軍人の目からみています。強い危機感が感じられます。

『軍で将校が教えられることの一つは、常に複数の「コース・オブ・アクション」を想定すること。そのなかには必ず「Most Dangerous Course of Action(最も危険な事態の動き)」と「Most Likely Course of Action(最も可能性の高い事態の動き)」を含める。

米軍は極めて合理的な軍隊。もし日本からの撤退が米国の国益にとって最善の策だと判断すれば、ためらうことなく実行する。形勢不利と見れば、いったん撤退して態勢を立て直すことは冷静な判断として評価される。

米国のシンクタンク、ストラトフォーは「影のCIA」と呼ばれるほど影響力があるが、彼らの2100年予測には、「日米同盟は2025年にはなくなっている」と記されている。・・この予測は当然、米国政府中枢スタッフの頭にも、米軍首脳の頭にもインプットされる。・・・自分が所属していた米陸軍の高官たちの中にも、「日米同盟はもう終わりだな・・・」と感じている人がたくさんいた。

米国の中でも、保守派を中心に日米安保というのは日本が利益を得ているばかりで、米国にとっては割の合わない不公平な取り決めだという意見が強まっている。

20世紀の100年を25年ごとに区切って振り返ると、激変していることが分かる。2025年に日米同盟がなくなっていてもまったく不思議ではなく、むしろ存続している理由を探す方が難しい。

日米安保条約第10条には、日米同盟はどちらかが1年前に通告すれば、一方的に日米安保条約を破棄できることが定められている。

冷戦時代の日本は、米国にとってチームに貢献する筋肉質のイチロー(の様な存在)だった。しかし、冷戦が終結し、旧西側諸国はばらばらになって各国それぞれの国益を追求している。日本は、極東にあって自国の国益を追求しながら、米国との利害で共有できるところは共有して、できない部分をきちんと調整しなければいけない。それなのに、そうした努力は全くせずにただずるずると日米安保条約に寄りかかっていれば大丈夫だと思い込んでいる。

国家戦略を語るにあっては国際政治では、「パワー」という言葉を良く使うが、それを決める基本公式が「DIME」。「Diplomacy(外交)」「Influence(文化)」「Military(軍事)」「Economy(経済)」。国際政治の世界では、このDIMEのうち3つを掌握していれば世界のスーパーパワーでいることができるとされている。

Mのハードパワーが伴わなければ外交はできず、国家戦略を動かすこともできない。

国家戦略の下にくるのが軍事戦略。米国は世界を6個のシアターに分け、巨大な軍事力をそれぞれの統合軍に振り分けている。

「作戦」とは「軍団以上の規模の部隊が、同一の軍事目標に向けてひとりの指揮官の司令下で起こす軍事行動」。軍団は、2個師団以上の兵力を有する軍隊で、通常数万から10万人規模。これを指揮できるのは最低でも中将以上の将軍に限られる。例外は、特殊作戦(司令官は大佐)

「戦術」は、「作戦内における旅団レベル以下の軍事行動」 さらに規模に応じて旅団レベル、大隊レベル、兵士個人レベルまで様々なレベルの戦術がある。

米国がF-22を日本に売却しなかった理由は二つ。一つは、機体そのものをもっていても本来の能力が発揮できないこと。軍事衛星、AWACS、地上レーダー、コンピューター・ネットワークなど全ての高度な軍事システムとリンクしている点に強さの秘密があるが、それを日本は理解していないこと。陸自のアパッチが悪しき前例。アパッチを導入している他国は独自のTOE(編制)を有し、米軍の猿まねなどしていないが、日本だけはそうしている。もう一つの理由は日本には軍事機密を守るシステムが確立されていないこと。F-22が日本に引き渡された場合、すべての軍事機密や中国やロシア側に筒抜けになってしまう懸念がぬぐえない。

日本は安全保障面で米国一辺倒。米国から日米安保条約の破棄を通告されれば自衛隊のほとんどの兵器は動かなくなってしまう。

米国とのパートナーシップを維持しながら国の実情に即した国防を実践している例として、カナダを参考にするのが一案。米国と密接に結びついているが、必ずしも米国一辺倒ではない。

米軍の演習では、実在の司令官の名前と性格、経歴まで頭に叩き込んで限りなく現実に近い状態で演習を進める。また、米軍情報部では観光客を装ったアジア系の情報将校(アンダーカバー)数人を台湾や中国に派遣し、隠密裏に現地視察も行った。

(それにひきかえ日本では、実在とは異なる想定で行おうとしていることを受け)これでは100%意味がない。架空戦記ゲームと変わらない。

コンピューターとアナログの両方ができないと実戦では役に立たない。

自衛隊は、アメリカ人にはとうてい真似できないような質の高い動きを示しながら、安全管理は徹底していて、見ていて危ないと思ったことはない。これだけ戦術レベルで優秀な動きができるのだから、米軍と一緒にやるときであっても、卑屈にならずもっと堂々と自信をもって当たった方が良い。

実戦経験のなさという弱点が顕著に現れているのが、「鬼軍曹」の不在。これがいないと部隊全体が引き締まらない。・・様々な部隊で異なる経験をしているので、多様性があり、教練の奥深さになっている。彼らの広範な経験から新兵たちはどんなことが起きても対処できる方法を学んでいく。

米軍は一度採用すると、なかなか新しい装備には切り替えない。その理由は、一旦採用したものについては実戦で不具合があれば、次々と改良を重ねていくから。大きな部分だけでなく、実に細かいパーツにまで及ぶ。アップデートするのはハードウェアだけではなく、ソフトウェア、訓練にも及ぶ。日本は世界に通用する「カイゼン」という言葉を生んだ国なのに装備にしても訓練にしても進歩が遅い。

自分が担当しているときにトラブルが起きなければ出世できるという役人精神は軍隊では通用しない。自衛隊の幹部は、8割がサラリーマン的、残り2割が侍のようだとの感覚をもった。

米軍Iは軍法会議があり、これが抑止力となって軍機が保たれている。自衛隊は一人一人の高い道徳観にゆだねられている部分が大きい。しかし、軍事機密の漏洩に関しては非常に問題がある。たとえば、イージス艦機密の漏洩事件では米軍で起きたら確実に軍法会議で終身刑。このことはF22の不買にも影響しているはず。

日本は民生品では高い技術を誇っているが、軍事の分野になるとハイテク機器については後進国。

米軍の作戦区分等 SASO(Stability and Suport Operations 復興安定支援作戦)、Enforcement Operations(法規執行任務)、

軍事行動で考慮すべき METT-TC(Mission 任務、Enemy 敵、Terrain and Weather 地形と天候、Troops and Support available 自軍と支援、Time available 時間制限、Civilians on the Battlefield 戦場にいる一般市民) 

米軍のコンピューター・ネットワーク 下からニパーネット(NIPRNEet)(部外秘だが機密ではない情報をやり取り、民間のインターネットに接続可)、シパーネット(SIPRNet)(機密以上の情報を扱うネットワーク、独立している)、JWICS(JOINT Worldwide Inteligence Communications System)(トップシークレットを扱うネットワーク、アクセスできる人も限られている)

英国はJOCS、カナダはTITAN、オーストラリアはDSN、ニュージーランドはSWANなどシパーネットに相当するシステムを持っており、米国とシェアしているが、日本にはこのようなシステムが整備されていない。

米国は中国のDIMEの面で、中国が嫌がることを次々とやりつつ、関係をよくする方向でも努力している。日本は米中の呉越同舟にのりあわせおろおろしている子犬のようである。

日本の首相にリーダーとして足りない資質は二つ。一つは陸海空自衛隊の最高指揮官としての自覚が足りないこと。もう一つは、平気で嘘をつくこと。

朝鮮半島有事でも、北朝鮮が単独であれば問題はない。なぜ断言できるかは、指揮所演習で繰り返しおこなったが、北朝鮮が可哀想なくらい一方的であった。しかし、中国軍が参戦してくると話ががらりと変わる。日本は非常に危険な状況になる。

イチローのような自衛隊になるために次を提言  ①空自・海自の戦力を今の2倍にする。単純に人数・兵器の数を2倍にするのではなく、新旧・質。練度まで含めた総合的な戦力。ただし、目安。

②日本には空母は不要。むしろ潜水艦を増やすべき、③陸自海兵隊の整備には必要性に疑問、むしろ機動力を向上させるべき、 ④戦車は縮小して存続する程度で可、⑤個人装備には向上の余地あり。武器輸出三原則を見直し、責任のある民主国家には武器を輸出できるようにすれば、コストも削減できる

イタリア憲法に倣い、①自衛隊を国防軍にする、②戦争はしないが、自国への侵略に対しては断固として戦う、③海外へは責任ある国際機関のもとに国際貢献のために出動する。を盛り込んだものに改正するべき

日本がとるべき道は、米国との同盟関係を維持しながら、少しずつ自立する力を蓄える、これしかない。 日米同盟の比率は、感覚的には自衛隊が5%、米軍が95%といったところ。

日本政治を研究する米国人教授の言葉「憲法9条ができた過程は仕方ないけれど、そのご日本は自分たちで自らの国を去勢してしまい現在に至っている。日本は民主主義国だけど、それは最低限の民主主義国だ」

(合同演習時に、米軍将兵をきれいな官舎に泊めてくれた事について)我々は軍隊であり、戦いを想定した演習に来ているのだから過酷な条件は当たり前。

2010年12月 統参本部議長マレン大将は、日米韓3国合同演習の必要性を強調。(筆者は)さらに台湾も入れたフルスペクトラムの演習が必要と認識。憲法9条を言い訳にして何もしないのは国益にかなうとは思えない。この呼びかけに答えないようではますます米国からの信頼を失う。』

2011年5月 3日 (火)

甲陽軍鑑 (佐藤正英 校訂/訳 ちくま学芸文庫)(その2)

甲陽軍鑑に関する記載の続編です。この書は、長篠の戦で武田勝頼が敗れた後、高坂昌信が書いたものといわれています。全20巻、59品に及ぶ長編ですが、本書では、口書から品第14までが収められています。それでも、いろいろと参考になることが書かれています。それらを引用または、要約して書きとめます。なお、一部に女性蔑視とも考えられる部分もありますが、そのまま書き記します。

『武士は、大身小身ともに学問をし、知識を得ることが肝要。ただし、どのような書物を選ぶにせよ、一冊多くとも二,三冊を読み、その道理に通達すれば足りる。多くの書物を読む必要はない。・・・たとえ国持ちの武将であっても、読む書物の数ばかり多く、書物の数より武功の数が少なくては、たいていの場合、人々は文弱な武将と評判するであろう。そこのところをよく考えなくてはならない。

小身の武士は、学問があり、漢詩・聯句の心得があってもそれを余り表に出してはならない。人々は誉めはしようが、・・・大抵の場合、見苦しい。

武士は、寝ても醒めても、また食事のときにも、主君への忠節・忠功を心にかけていなければならない。

一国を持つほどの国持ちの武将に対しては、たとえ敵方であれ、あんな大将とかろくでもない大将とか呼ぶことなくただ大将と呼ぶべきである。敵方の武将を口汚く誹るのは弱い武将のもとの臆病な武士の作法である。総じて、一国の主に対しては、敵・味方を問わず、会話のときも書状の中でも、敬語を用いるべきである。・・・敵方を誹るのは必ず合戦に弱い家中の作法である。

信玄公は初陣の備忘のために、(敵方の剛強の武将で、信玄の軍勢が討ち取った)源心を石地蔵に祀り、石地蔵はいまも大門峠に立ておかれている。刀は、源信所持の太刀として、弓番所に飾られてある。武士はただ剛強なだけでも勝ちはない。勝ちがなければすぐれた武士という名声は取れない。勝頼公は信玄公のなされおいたことを手本になさらず、ひたすら勝ちたがり、名声をとりたがったので、このたびの長篠の合戦でも勝利を失い、家老衆をみな討ち死にさせてしまった。

「幼少の者はものを習う僧や子守の者が非常に大切である。・・幼少の頃に身近に連れ添った人のようになるものだ。なかでもとくに声変わりの頃が善悪のの境である。このときによい人に添えばよい者になり、悪い人に添えば悪いものになる・・・」と信玄公は言われた。

ひとはもっぱら主君の崇敬によって、未熟な者も思慮深くなり、才能を発揮するようになる。・・・武士はどんなことをしているときも、家職であるところの合戦におけるはたらきに立ち戻って心構えを新たにし、身を預けた主君に忠功を尽くすことがもっとも大切である。・・・総じて武士はさまざまな芸能を習っても、合戦のはたらきの参考とし、軍勢の人数を算定し、敵方の動静を探索し、鑓を取っては名を挙げ、奮戦して誉められ、主君に忠功を尽くそうと心がけ、戦いのないときは座敷の上のどのような奉公をも過不足なくなしとげるのをすぐれた武士という。

(徳川家康の言)計略は敵味方ともに昔から合戦のつねであり、計略をうまく成し遂げられることは武士の最大の名誉とされる。計略にしてやられるのは、女人に似て表裏のある心根の武士であるからである。そうした武士は心のねじけているものとされ、武士の間では大いに嫌われる。

(毛利元就の言として)「日本国を領しようと図ってようやく中国をみな図ることができるのだ。中国をみな領しようと図ったのでは、どうして中国を領することができようか。」といわれた。13歳のときのことであったと聞いている。

古言に「金の善し悪しは火を用いて見分けられ、ひとの価値はその言葉によって見分けられる」とある。他人の善し悪しの批判からそのひとの器量の大きさが測れる。武士は、他人を誉めることもけなすことも大切である。九思して一言する言葉にあやまちがないのが真の武士であろう。世間ではもの静かに話すひとを思慮があるといい、早口に話すひとを思慮がないというが、これは旧い家柄で武士道が衰えた人々の批判である。この批判は、たとえば女人の思慮のようなもので、道理に合わない。早口で話そうが、ゆっくりと話そうが、そのひとの振る舞いと前後や首尾が合い、緩みのない武功があり、また一言一句に非難の余地がないものこそ思慮ある武士である。

馬場信春は次のように言う。「神変奇特を使うのもよいが、それはひとによってのことである。武士が合戦に勝つために兵法を習練して神変奇特を使うようになっても合戦に勝つためとはいわず、神変奇特の使い手とよばれ、神人や山伏と同じにみなされるだけ。・・総じて武士が武芸を習うとは、弓・鉄砲・騎馬・剣術の四つを修得することであって、十分稽古を積んで自分なりの工夫や思案が生まれるほどに励むことが肝要・・・(ただし、)どれほど上手になっても弟子をとることは無益なことである。

(信玄の言として)・・(八卦使いという)そういう嘘を言う不徳義な盗人僧に領国を持つ武将は対面しない。というのは、不徳義な僧は心根が卑しい・・・、不思議な術ももっていよう、・・・不思議な術を使うが本来なすべきわざとはかかわりがなく、何の役にも立たないので放下僧と呼ぶのだ。領国を持つ武将がそのような者と対面するのは思いもよらないことであると承知しておくがよい。

(信長の襲撃前に)比叡山において僧たちの仲の悪いことをみてとった高僧は延暦寺の滅亡を予感した。・・・長篠の合戦で負け、多くのすぐれた武将が討ち死にした。強攻策をといた長坂長閑、跡部勝資が何事もなく帰陣して、今もなお両人が強攻策一辺倒の意見を述べている以上、武田家の滅亡は疑いないであろう。これはひとえに長坂長閑、跡部勝資という二人の心のねじけた邪悪なもののしわざである。

己の領国を失い、己の家中を滅ぼす国持ちの武将に、四人の武将がある。第一に愚かなな武将、第二に利口過ぎる武将、第三に臆病な武将、第四に強すぎる武将

愚かな武将は、ただ愚鈍だというのではなく、おおかた剛勇な心を持ちわがままである。わがままだから、遊山・見物・月見・花見・和歌・連歌・漢詩・連句・・をわれを忘れて好み・・・時には弓・剣術・騎馬・鉄砲などの武芸を稽古するが、本性が愚かなので武芸を合戦のこととせず、単なる芸達者の芸に終わっていながら、自分は国持ちの武将であるとうぬぼれている。合戦のことを疎かにしながら自分のやることはなんでもすぐれていると思い込んでいる。 ・・・ 愚かな武将のもとでは百人の家臣のうち九十五,六人の作法はよくない。 ・・・ 思慮ある家臣は、主君や家老の為政や作法がよければ、たとえ自分に対するし待遇が悪くとも主君や家老の悪口をいわない。また自分を優遇してくれる主君や家老であっても、作法がよくないならば決してよくはいわない。といって悪口もいわない。

(山本勘助は駿河に九年いて、剣術により二,三度高名を得たが、人々は「新当流の剣術こそ正統である」といって、悪口をいうひとは多くても誉めるひとはなかったことをうけて)新当流でないからといって誹るのは見当違いである。・・勘助は真剣でも木剣でも数回の武功を立てている以上は達人である。どの流派であろうと達人を誉めるのは当然である。それがわからずに勘助を誹るのは今川家の運が尽きて正当な評価が行われなくなっていたからである。

利口過ぎる武将は、大体において挙動が粗雑で、すぐ天狗になるかと思うと意気消沈しやすい。すぐれた武士は大身・小身ともよいことがあっても驕ることなく、うまくいかなくてもそれほど意気消沈しない。思慮深く、剛勇な心の持ち主だからである。無思慮な者は分別がなく、心根が柔弱だから、大身、中身、小身ともにあやまちが多い。

総じてすぐれた武将は粗暴に見えても慈悲深い。利口過ぎる武将は口では立派そうなことをいっていても心底は無慈悲である。利口過ぎるとかならず自惚れがあり、何をしてもひとに非難を受けまいと思うから、古今の名武将や小身のすぐれた武士の言葉やふるまいを無視して、なにごとも自分の才覚で考え出そうとばかりする。

総じてひとは、大身、小身をとわず、運のよい人の真似をするべきでない。まず運の悪い人のやり方を、次に運のよい人のやりかたを考え、そのなかで危なげのないやりかたをもっぱら守っていくべきである。ことに二代目、三代目あるいは五代目、十代目の武将は一代で成り上がった武将の真似を十のうち九つはしてはならない。というのは、一代で成り上がった武将には天の厚い恵みがあるからである。・・・天の恵みは何代も続くものではない。

すぐれた武将のもとでは家臣は大身、小身ともに慇懃を心がける。たとえ粗暴にみえることがあっても真実なところがある。卑しいことをいうかにみえても品がある。芸事ができないように見えても武士としての嗜みは身につけている。・・・特に合戦でのはたらきについては常日頃怠ることなく、祖父・父・兄弟・親類をはじめ知人の中で名のある武士のもとに出入りして、注意深く雑談を聞き、心に留めておく。それゆえ、十五,六歳で一度も合戦に出たことがない者でさえ作法のよくない家中での名のある武士よりは思慮深く、武士としてのふるまい方をよくわきまえており、一言口にすることも首尾がととのい、筋道がたっているのである。

利口すぎる武将は、行儀が悪く、第一に女好きでそのことでもひとびとの恨みを買い、悪評を蒙る。・・・女好きなことはとがむべき道理はないし、女人に頼るのは非難さるべきことではない。というのは、立身出世に応じての武士の楽しみは女人であり、子孫の繁栄のためにもよい女人をえらぶことは必要だからである。ただ、道理に外れた女好きを行儀が悪いというのである。行儀の悪い武将は義理を知らず、無慈悲で、分別がないから、うわべを飾るために嘘をいう。

利口過ぎる武将は、分別がなく物事を深く思慮しないから、家臣の武功も知らず、無手柄もわからない。いらぬところに剛勇さを示し、古くからのからの家老を何のあやまちもないのに憎んだり、親不孝で父との仲も悪くなり、非業の死を遂げることになる・・

釈迦仏は、「みょう牛尾を愛するが如し」と説いている。これはみょう牛という尾に剣のある牛がいて、尾にある剣をなめると舌が切れて血が出る。血の味は甘酸っぱく、美味なので明け暮れ尾をなめているうちに舌が切れ、みょう牛は死ぬ。そのように当座面白いことを止めることができず、悪事であるにもかかわらず善悪をわきまえずに自分の利口さを先にたて、それに固執する武将を利口過ぎる武将というのである。

第三に臆病な武将は、気性が愚痴っぽく、女人に似ている。それゆえ、他人をそねみ、こびへつらい、意志が弱く、物事を深く吟味することがなく、分別がなく、無慈悲で、思いやりがないから、ひとを見る目を持たず、機敏さに欠け、融通が利かず、妙に常人と変わっている。

沈着な武将は、たびたびの合戦に勝ち、犯しがたい威厳を持つのでことさら重々しく見える。重々しい君子は、思慮深く、少しのあやまちもない。・・・・・邪欲がなく、私心をたてないから、善悪の吟味は、敵味方を問わず、ありのままに行い、一言でも首尾の食い違うことがないように心がけるから、家臣も、大身・小身ともにめったに過ちがない。思慮の足りない悪しき武将が沈着な名武将を真似ると、ことがむやみに長引く。愚鈍な武将の下では、家臣も、大身・小身ともに思慮がないのにあるふりをするから、全てのことながながしくなり、埒があかない。

武略にすぐれた家臣は、旧い家柄の家中でないといない。というのは、旧い家中では、大身・小身、上下ともに主君を尊崇しているからである。

武略は、戦場で戦う家臣が武功から考え出した知略であって、敵の強弱その他戦場での戦いに必要な全てをよく見聞きし、味方の失策が内容に図ることをいy。

武略がなくては戦いにくい敵に三つある。第一に、大敵。第二に味方の対象より敵方の対象に武功がなく、しかも大身であるときは武略が有効である。というのは、武功のあるものが武功のないものと戦って、五分五分の勝負であれば、それまでの武功が無になり、敵に名を成さしめる。まして負けては一大事である。その道理からいって武略を用いるべきである。第三に強敵。

たとえば、美しい顔立ちの女人が一人、中程度の女人が一人、醜い顔立ちの女人が一人あるとする。これ以外の女人は問題外である。中程度の女人は、自分より美しい女人の顔立ちについて、他の美人を引き合いに出して悪口をいう。これをそねむという。自分より醜い顔立ちの女人については、いいたい放題いいちらし、かさにかかって散々に悪口をいう。これを卑しめるという。・・ひとをそねみ、いやしめるというのは女人のすることであり、武士はひとを誹り(そしり)、貶す(けなす)。・・・剛勇な上の武士は、中の武士の武功を語らせて聞き、剛勇さが自分より劣っていれば、自分の身に引き当てて「それほどでもない武功を非常な武功であるかのようにいうのは、きっと主君かあるいは贔屓の者の前だったので大げさに語ったのだろう。それくらいの武功は大抵の者がしていることであり、評判ほどの武士ではあるまい。」という。これを誹るという。また、人並みの武士がひとより少し抽んでたはらたきをして、千人のうちに二、三人というほどのすぐれた武功であるかのように語るのを、上と中の武士が聞き、「あの程度の働きを大層な武功だと思っているのか。」といって笑う。これを貶すという。そえゆえ、剛勇のすぐれた武将のもとには、ひとを誹り、貶す武士はあっても、そねみ、卑しめる武士は一人もいない。・・剛勇な武士は、自分の身に引き当てて武士同士の寄り集まりのとき一言といえど双方が堪忍できないことがあれば、刀を抜く。つまらないことで主君の御用に立つこともないままに、妻子を路頭に迷わせるのは、死後の恥辱である、とことの前後をよく分別し、むやみにひとの悪口をいわず、道理のあることであれば、自分をふりかえり、相手のいうことももっともであると納得するので、剛勇な武将は物腰が慇懃で、総じてひとの怒りを招くことを自分の方からすることはない。

関東の武士に野馬の見分け方を尋ねたことがある。一歳で母馬から離れようとしない馬は良馬になる。母馬からはなれて草を食べる馬は一層良い馬になる。母馬についたり離れたりする馬は、その後荷を運ぶ馬になっても重い荷を運べず、遠路にも耐えられない駄馬である。・・馬でさえ、気の移りやすい馬は駄馬である。

親が子をかわいがるのは世間に珍しいことではない。しかし男親と女親とではかわいがり方が違う。幼児が病気なると男親は灸を据える。子は泣き、父を怖れてよりつかない。しかし後には灸が薬になる。母親は幼児が泣くのが可哀想で灸を据えない。だから子供は当座は母親にまとわりつく。しかし、後には病状が進んで目がつぶれたり、悪くすると死ぬことにもなる。女親は、そのときに後悔する。

失策を犯した武士は、この次こそはぜひにと心がけるから卑しめてはならない。失策のない武士はこの先も失策のないようにと心がけるからなおのこと卑しめてはならない。剛勇な武士はそう考えてひとを卑しめることなく、いつも自分に引き当てて考えるから、ひとが腹を立てるような振る舞いをせず、小者や中間に対しても慇懃なのである。

第四に、強すぎる武将は、気性が激しく、癇が強く、大体において弁舌もさわやかではっきりものをいい、智恵ははひとにまさり、なにごとにつけても柔弱さを嫌い、いつもは短気なこともなく、少しも騒々しさがなく、いかにももの静かで侮りがたい。・・・武将が強すぎると、大身・小身を問わず多くの家臣を非業の死に追いやることになる。すぐれた家臣を無理な合戦で失うのは、国持ちの武将にとって大きな損失である。

武将が強すぎるといつも勇み気負ってばかりいて、ついにはつまずき、失錯をまぬかれない。失錯があると戦いに負け、すぐれた武士の大部分が討ち死にしてしまう。すぐれた武士が討ち死にすると、猿武士ばかりが残って家中の作法が悪くなる。作法が悪くなると戦いに一層弱くなる。

信玄公のつねの智略は、千人立てこもっている城を一万人の軍勢で攻めようとする策と定められていた。「5千人では危うい」といわれていた・・・

(信玄の言)武士はひとの褒貶がないとより一層努めることを怠りがちである。それゆえ傍輩仲間の褒貶は武士の嗜みのもとであり、ひいては武田家の軍勢が強くなる道理であるから、わたしも内心では歓迎している。  』

2011年5月 2日 (月)

戦略の格言 戦略家のための40の格言 (コリン・グレイ著 奥山真司訳 芙蓉書房出版)

以前から読みたかった本をやっと入手し、早速読み始めています。まだ読了していませんが、書き記したいことばかりできりがありません。とりあえず、このブログには、40の格言のみを記しておきます。

『1 最も重要なのは戦争の「コンテクスト」である。

2 戦争は平和につながり、平和が戦争になることもある。

3 戦争をするよりも平和を形作る方が難しい。

4 戦争は効く! しかし意図しなかった結果や不測の事態は常に発生する。

5 平和と秩序は自律的なものではなく、誰かによって維持・管理されなければならない。

6 政治体だけではなく、社会や文化も戦争と平和の形を決定する。

7 理性は戦争の上に君臨しているが、激情と偶然はそれを支配しようと脅かす。

8 戦争には戦闘行為よりも多くのことが含まれている。

9 政策は確かに王様であるが、その王様は戦争の本質や性格については無知であることが多い。

10 戦争は常にギャンブルである。

11 戦略にかんする知識は致命的に重要だ。戦略研究の炎は灯し続けられなければならない。

12 戦略は、政策や戦術よりも難しい。

13 まずい戦略は致命的だが、同じことは政策や戦術にも言える。

14 もしトゥキディデス、孫子、そしてクラウゼビッツが語っていなければそれはおそらく語る価値のないものだ。

15 今日の「流行の戦略コンセプト」は明日になると陳腐化するのだが、それはいつかは再発見、再利用されて「新しい真理」として啓示される。

16 敵も決定権を持っている。

17 「時間」は、戦略の中でも最も容赦のない要素だ

18 「摩擦」は避けられないものだが、必ずしも致命的なものではない。

19 全ての戦略は「地勢戦略」だ-地理は根本的な基礎である。

20 戦略の全てが軍事に関することではない。

21 不可能なものは不可能だ。まだ解決法が見つかっていないのは「問題」そのものではなく、その状況を作っている「条件」のほうだ。

22 人間が最も重要である。

23 軍事力は政治における最後の手段だ。

24 軍隊の優秀さは、戦争における活躍によってのみ証明される。

25 軍事面での優秀さも戦略の成功を保証できるわけではない。

26 戦闘での勝利は戦略的・政治的な成功に必ずしもつながるわけではないが、戦略・政治面での敗北は確実に失敗につながる。

27 戦争で大切なのは火力だけではないし、敵は単なる標的のまとまりではない。

28 ロジスティクスは戦略的チャンスの裁決者である。

29 苦しいときはまたやってくる。

30 外には常に暴虐者や悪者、ならず者、そして愚か者がいるが、内にも害を及ぼしてくる奴らがいる。

31 超大型の脅威は必ず現れる。

32 慎重さというのは、国家運営と戦略における最高の美徳である。

33 戦争史では善意が罰せられる。

34 防衛費は確実なものであるが、そこから得られる安全保障上の利益は不確実で議論の余地が残るものだ。

35 軍備はコントロールできるかもしれないが、「軍備管理」はコントロールできない。

36 本当に重要なものは変化しない。近代史は「近代的」にあらず。

37 歴史は何かを証明するために乱用されることもあるが、それでも未来を見通すために我々に残された唯一のものだ。

38 未来は予見できるものではない。今日にとっての「明日」ほどすばやく過ぎ去るものはない。

39 サプライズは避けられないが、それが及ぼす影響は防げる。

40 悲劇は起こる。 』

2011年5月 1日 (日)

飛行機の操縦  機長はコックピットで何を考えているのか (坂井優基著 PHP新書)

すこし、マニアックかもしれませんが、航空機の操縦に関連し、興味深かったところを書き記します。

『高い高度を高速で飛ぶために最適な翼は、離陸や着陸のときに十分な揚力を作り出すことができない。・・一方、離着陸のときに十分な揚力を作り出せるような翼は高速の飛行に耐えられない。この2つの矛盾を埋めるために生み出されたのが「フラップ」という装置

ジェットエンジンが、普通の自動車のエンジンと一番大きく違うところは、往復運動部分をもたないこと。エンジンが回るのは全て回転運動だけ。このため無理なく回転数を上げられ、故障もずっと少なくなる。
ところが、吹き出す空気と飛行機の速度の差が大きいほど燃費が悪くなります。ターボジェットエンジンの燃費の悪さを解消するために作られたのがターボファンエンジン。ボーイング747では1対5以上。

現在のパイロットに一番求められているのは、判断力。今のオートパイロットはまだまだ不完全。
なぜ飛行機の操縦は難しいのか。…空気は前後、左右、上下に動く。パイロットはその動く空気の中を飛びながら、動かない滑走路に着陸しなければならない。そのためには、風の変化に合わせて機首を上げたり、下げたり、またエンジンのスラストを変え、飛行機が飛んでいる方向と、傾きを調整しなければならない。

管制に使っていよい言語は、英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語の5つ。…外国の飛行機がいくと英語で対応してくれるが、パイロットにとっては他の飛行機の指示がフランス語や中国語で行われるために周りの状況の把握がとても難しくなる。

飛ぶ場所のQNH(高度計規制値)を補正しながら飛ぶと、障害物との高さの差や飛行場からの高さは良くわかるが、違う空港の違ったQNH補正をした高度計で飛行機が飛んでいるとお互いの垂直間隔が少なくなってしまうことがある。そこである程度の以上の高さになると全ての飛行機が高度計補正値を29.92インチ又は1,013ヘクトパスカルにセットし、同じ値で飛ぶ。しかし、国によってどの高さで切り替えるかが異なる。

パイロットの仕事の中でも一番重要なのが、ディスパッチ段階。天候や航空情報などその日のフライトの要点をえ、飛行経路、高度、燃料の搭載量を決定。・・雲の一番上と一番下は、雲の中よりも揺れる。トロポポーズという対流圏と成層圏の境目もよく揺れる。・・気温が上がると空気の密度が低くなるために、機体に働く空気力が小さくなり、同じ大気速度を得るためには物理的に加速しないといけなくなる。また、ジェットエンジンも温度が上がると性能が低下する。
ヨーロッパでは同じ空気の塊が国から国へ異動。いろいろな微粒子をたくさん含んでいるので、それを核として霧も発生しやすく、高気圧に覆われた晴れた日ほど霧が出る可能性が高くなる。

(離陸準備で)特に重要なのがFMSと呼ばれるフライト用コンピューターへの入力。現代の旅客機はフライト用コンピューターに従ってフライトする。入力の大原則は、必ず一人が入力し、別の人間がそれをチェックすること。

プッシュバックで注意すべきことは、ブレーキペダルを絶対に踏まないことと、エンジンがかかった状態のままトーイングガーで前に引っ張らないこと。

ヨーロッパにおける青は静脈の色であり、本来危険を意味する。

誘導路の走行速度は、通常時速約50km。雨、雪など滑走路の条件が悪くなるほど遅い速度で走る。

空港周辺の管制圏の中では、200ノット(時速約370km)以下のスピードで飛ぶことが決められている。通常管制圏は、半径5マイル(約8km)、高度3000フィートまでだが、実際は空港ごとに異なる。

富士山のような形の単独峰に強い風が吹くと、非常に強い空気の渦ができる。富士山山頂の風速が50ノット(時速約90km)を超えると非常に危険。
パイロットにとって何よりも怖いのが、翼の上に積もった雪や翼に薄く張り付いた氷。翼の上に雪が積もると翼の断面の形が変わってしまい、…空気がスムーズに流れなくなってしまい、飛行機の浮く力がなくなってしまう。
防氷液は雪が降る強度によって有効時間がある。…ほとんどの旅客機は翼の上に黒く塗った部分がある…この黒く塗った部分の色の変化を機内から見て雪の積もり具合を確認する。

着陸する飛行機がILS(Instrument Landing System 計器着陸装置)アプローチを行っているときは、地上にいる航空機が滑走路に近づきすぎると、その航空機の機体にILSの電波が当たって電波をさえぎり、降下してくる飛行機が正しい降下経路を選べなくなる。これを防ぐため、離陸を待つ航空機は晴れた日よりも滑走路から遠いところで停止しなければならない。

逆転層:高度が上がるにつれ気温が急激に増加する層。地上付近の温度が低いときは、離陸直後に逆転層があることあり。このときはエンジン出力が急激に減少するので要注意

パイロットが嫌いなものは、積乱雲。…一般的には日中に発達するが、東南アジアでは昼間温められた海水の上の空気が夜間冷えることによってかえって夜間に発達する場合あり。また、海上では島の上に積乱雲がよくでき、レーダーで島と間違えて見落とすことあり。
アメリカ大陸にできる積乱雲は、中部の乾いた空気の塊にメキシコ湾からの大量に水蒸気を含んだ空気の塊が入ってくることでできるため、ものすごく巨大(直径200km近くある) 冬場の日本海にできる積乱雲の背はあまり高くないため、遠くから形を見分けにくい。

バードストライク(航空機が滑走路上で鳥に衝突した)の報告があった場合、ぶつかった後の鳥が滑走路上に残ってジェットエンジンに吸い込まれエンジンをこわさないよう、点検を行うが、所要時間は約15分

フレアー:着陸直前に段階的に降下率を小さくする操作。開始する高度は機種により異なる。

リバース:エンジンから吸い込んだ空気を前に送ってブレーキの補助とするもの。晴れて乾いた滑走路ではリバースの効果はそれほど大きくない。雪や氷などで覆われていることは効果あり。また、飛行機の速度が大きいほどよく効く。速度が著しく低下したところでこれをすると、エンジンの作動がおかしくなる。

滑走路の手前と置くには着陸の際にタイヤのゴムがこすりつけられている。定期的に機械で削り取るが全部とりきれない。このゴムがぬれるとかなり滑りやすく、着陸時にとまりにくい。

風の息:普通に定常的に吹いている風から急激に強くなる風のこと。

気象条件が悪いときにスムーズな着陸を狙うのは、上手なパイロットではない。…滑走路が雪や雨などで滑りやすい場合には、なるべく早くタイヤに大きな荷重をかけ、ブレーキが利きやすくなる(グランドモードにする)ようにする必要あり。マニュアルにも滑走路が滑りやすい状態のときは、意図的に「ドシンとつけろ」と書いてある。

ボーイング747のタイヤは一本300万円といわれている。』

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