甲陽軍鑑 (佐藤正英 校訂/訳 ちくま学芸文庫) (その1)
甲陽軍鑑は、兵法の書として有名ですが、歴史書、処世に関する教えについても書かれていました。まず、品第二にある、武田信繁が嫡子に残した教え九十九箇条を書き記して起きます。この書の他の特記事項については、別途書き記します。
『主君に対し、未来永劫にわたって、謀反を起こそうとする心を抱いてはならない。
合戦場において少しでも卑怯未練なふるまいをしてはならない。 「呉氏」に「生きようとあがけば死し、死を不可避であると受け止めれば生を得る」とある。
油断することなく、つねに行儀を慎め。
武勇に心がけよ。
どんなときも嘘をついてはならない。 ...ただし、武略のときは状況に従うべきである。
父母に対し少しでも不幸な行いがあってはならない。
兄弟に対し少しでも疎略があってはならない。
自己の力量を超えていることは、一言も口にしてはならない。
諸人に対して少しでも無作法をしてはならない。
弓術、馬術に励め。
学問を怠けるな。
歌道を嗜め。
もろもろの儀礼を怠りなく実修せよ。
風雅、芸能に深入りしてはならない。
ものを尋ねた対手に疎略に応対してはならない。
何事にも堪忍の二字を心に留めておけ。
大事、小事を問わず、主君の命令に背いてはならない。
主君に向かって知行地や米銭を望んではならない。 「春秋左氏伝」に「武功なくして賞を受けるのは不義の富であり、禍の基となる」とある。
愚痴をこぼしたり、とりとめのないおしゃべりはやめよ。
家中の郎従に対し、慈悲をもって対せ。
家来が病気になったとき、たとえ手間隙がかかろうともよくよく指図を与えよ。
忠節な家来を忘れてはならない。 「三略」に「善悪の働きを同じに扱えば、功ある臣はやる気をなくす」とある。
他者を中傷する者を許容してはならない。ただし、内密に事情を聞き届け、事実を確かめることは道理に叶っている。
諫言に逆らってはならない。
家来の者が、心構えはあるものの思うようにならず困窮しているならば、とりあえず米銭を与えよ。
私の用事で主君の屋敷の裏御門に出入りするな。
友人にうちとけられなくても仁を心がけよ。
毎日の伺候を怠るな。
深く知り合った親密な仲であっても、人前でみだりに取り留めのない雑談をしてはならない。
座禅に心がけよ。 古言に「座禅に秘訣はない。死が身近に迫っていることを思え」とある。
なんどきでも帰宅の際は前もって使者を遣わせ。万一留守の者の行儀に油断があるならば叱責せざるを得ないであろう。些細なことを問い糺していては際限がない。
主君がどのように理不尽な扱いをしようとも不服不満を口にしてはならない。
召し使う者の処罰について、小さな悪事のうちに叱責せよ。大きな悪事を犯すようになれば主人の身の破滅をもたらすことになる。
褒美について。大事・小事を問わず直ちに褒めそやし、物品を与えよ。
自国・他国の情勢や動向をめぐっては、ことの善悪にかかわらず、力を尽くして、こと細やかに情報を入手せよ。
農民に対し、定められた夫役以外の、道理に反する役務を課してはならない。
他の家中の者に対し、自らの家中の悪事を決して語ってはならない。
人を召し使うに当たっては、当人の才能・能力に応じて用事をいいつけよ。 「帝範」に「すぐれた大工は材木を捨てず、すぐれた大将は過信を捨てない」とある。
武具を怠りなく準備し、整えておけ。
出陣にあたっては、一日たりとも大将に遅れないこと。
馬は心して手入れしておけ。
敵勢に相対したとき、備えが固まっていないところを攻めよ。
合戦のとき、敵勢を深追いしてはならない。
勝ち戦になったときは、手綱を引かず、そのまま一気に馬を駆けさせよ。ただし、敵方の同勢が崩れていない時は、備えを立て直せ。
戦いが近づいたときは、士卒を手荒く扱え。士卒は憤りを敵にぶつけて奮戦するからである。
敵方が多勢であるとか、備えなどがよろしいようであるなどと、人前で語ってはならない。
諸卒は敵方に対し、悪口をいってはならない。 「三略」に「蜂をつついて怒らせれば、竜のように激しく突き進んでくる」とある。
たとえ懇意な親類や家来であっても、柔弱な様子を見せてはならない。
好むところをあまりに心のままになしてはならない。
敵陣に対して不意打ちをかけるときは本道を避け、脇道を選んで仕掛けよ。
たいていのことは、ひとからたずねられたとき、知らないと応答するのが無難であろう。
家来の者が一度誤りを犯しても、事情を問い糺し、その後心を改めるならば、それに従って宥恕せよ。
父は心がけが悪く成敗したとしても、その子がとりわけ忠節に励み秀でているならば、怒りを忘れよ。
軍勢の数を整えるときは、和議すべき敵か、撃破すべき敵か、征服すべき敵かの別を考慮することが肝要である。
なにごとについても争ってはならない。
食べ物がよそから贈られたときは、眼前に伺候している人々に少しずつ分けよ。
すべてのことに功績がなければ、立身は難しい。
たとえ自分にどれほど道理があっても貴人に対して理屈をたてにとっていいはってはならない。
自分の過ちについてさからってはならない。今後過ちを犯さないようにつとめることが肝要である。
心中深く思い定めていたことであっても、どうしようもない意見にぶつかったならば、その意見に従え。
貴賎を問わず、年老いたものを侮ってはならない。
合戦場にでるときは夜中に食事をし、陣屋を発つときから直ちに敵と遭遇する態勢で出立し、帰陣するまで少しも油断してはならない。
行儀の悪いひとと近づきになってはならない。
他人に対してあまりに疑心を抱いてはならない。
他人の過ちをあれこれとあげつらってはならない。
嫉妬は非難されるべきことであり、堅く禁ずる。
口先がうまく、ねじけた心根をもつな。
主君に召しだされたとき、少しも遅参してはならない。
武略をはじめ内密にされていることをむやみに口外してはならない。
夫役に従うものに情けの言葉をかけよ。
神や仏を信じよ。
味方が負け戦になったときは、いっそう奮戦せよ。
酒乱の者に取り合ってはならない。
ひとをえこひいきしたり、不公平に扱ってはならない。
よく斬れる刀を用いて、決して鈍刀を帯びてはならない。
宿泊するときや宿の外を歩くときは、前後左右に気を配り、油断してはならない。
ひとの命を奪うことは決してあってはならない。
隠遁したならば子の力をかりてはならない。
鷹狩にあまり熱中してはならない。時間を費やし、奉公を怠る因となるからである。
見物のとき、夢中になって自他の別を失い、油断してはならない。
下人に対し、寒暑風雨の際に、憐れみをかけよ。
千人で敵の正面に向かうより、百人で側面から攻めるがよい。
自分が戦場で戦ったさまを世間話として語ってはならない。
剣法の極意や秘伝については、あまり知らなくても知っているかのように振舞ってもよい場合が多い。
下々の者の批判にはよく耳を傾け、たとえどれほど腹が立っても怒りをおさえて、内密に修養を重ねよ。
主君が帰陣するとき、少しも先に帰ってはならない。
総じてどれほどねんごろにしていただいても、奥方のところへたびたび出入りしてはならない。
多くの人のいる前で、食べ物や売り買いの世間話をするな。
たとえ親しい友人であっても用事を頼むことはよく考えてせよ。
ことをもくろみ、仲間をつくってはならない。
たとえ心を許した交わりであっても、みだらな色欲に関わる世間話をするな。もし話しかけられたならば、目立たないようにその座を離れよ。
多くのひとびとのいる前でむやみに他人の悪口をいうな。
書を心がけよ。
内外の費用は、一部は自分の所有地から、また一部は知行地から支出せよ。すべてを知行地に依存するならば必ず足らなくなる事態に陥るであろう。
たとえ敵方が多勢であっても備えが薄かったならば攻めよ。少勢であっても備えが厚いならばよく考えよ。
敵方を欺く合戦でないならば、異様な姿かたちでふるまい、行動すべきでない。
何事にも油断してはならない。
何事にも気力をなくし怠ってはならない。』
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