2018年2月11日 (日)

野村のイチロー論 (野村克也著 幻冬舎)

イチロー選手が超一流なことは認めていましたが、何となく好きにはなれず、しかし自分でその理由を説明することはできませんでした。本著で野村元監督は、イチロー選手の素晴らしさを様々な面から説明してくれていますが、同時に私が好きになれなかった理由も明確に説明してくれた気がします。

『・・「グリップを残す」こと、それだけをイチローが注意しているように、ワンポイントでいいのである。バッティングにおいて気を付けるべきことは・・・・。あれこれ気にするより、もっとも大切な一点を決め、そこをきちんとチェックしてさえいれば、あとはおのずと理想的な形になっていくものなのだ。
・・・野球をやったことのある人なら、「ボールをよく見ろ」と必ず言われたはずだ。けれども、じつはプロのバッターというものはふだん、ボールを「見る」という意識はほとんど持たずに打席に入っている。実際にそこに「見えて」いるわけだし、漠然と「見ている」だけで、長年の感覚をもとにバットを振る。それが普通だ。しかし、そこに「見る」という意志を入れてボールに対すると、結果はずいぶん変わってくるのである。「見える」と「見る」はまったく違うのだ。スランプになったとき、私はそのことに気がついた。
・・・イチローは、「僕の中では全く違う」と反論し、こう続けた。「つまらせてヒットにする技術がある」すなわち、わざとつまらせて打球のスピードを殺し、野手がキャッチするまでの時間を稼いてヒットにするというのだ。こわはほんとうに信じられない。そういう発想すら私にはない。
・・・彼の発言を聞いてしばしば思うのは、イチローは凡人を煙に巻くような話をすることで、格好をつけているのではないかということだ。
・・・「ショートゴロはいいけど、セカンドゴロはダメ」イチローはそれをひとつのバロメーターにしているらしい。身体の動き出しが遅くなると、それを取り戻そうとバットが早く出てしまい、手前でさばいてしまう。その結果がボテボテのセカンドゴロになるというわけである。
・・・よく言うのだが、「小事に気付く」「小事を大切にする」ことは、一流選手に共通する条件である。・・小さなことに気付くことができるかどうかで、結果はずいぶんと違ってくるのである。2004年にメジャーのシーズン最多安打記録を更新したときだったと思う。いみじくもイチローは述べていた。「小さなことを大切にしていかないと、頂点には立てない」
・・・彼はフォームにはこだわっていないのだろう。イチロー自身はこう語っている。「毎年気持ちは変わりますし、身体も微妙に変わります。いいフォームが何年経ってもいいとは思いません。その時々の自分に合うフォームが必ずあるはずです」
・・・ここでも注目すべきことは、40歳を越えたイチローが、いまだ成長しようという意志を持ち続け、そのため努力や試行錯誤を厭わないことである。そして、「変わる」ことを恐れないということである。ある程度の実績を残した選手というものは、変化を好まない。・・不惑を越えてなお進歩するために変わり続けるところに、イチローのすばらしさの一端があると私は思っている。
・・・イチローも言っている。「丈夫さ=強さとか大きさ、硬さだと思いがちだけど、僕は全く正反対の考え方。丈夫さ=柔らかさ。そしてバランス」私も同感だ。・・・聞くところでは、イチローはオリックス時代、ウェイトトレーニングで身体が大きくなったものの、パフォーマンスが落ちたことがあったらしい。そこで関節の可動域を広げ、筋肉を柔らかく保つ調整法に変えたそうだ。
・・・メジャーのキャンプは日本のそれに較べると期間も時間も短いし、当然、練習量もはるかに少ない(言い換えれば、身体づくりはキャンプがはじまるまで各自でやってこいということであり、進歩や上達は試合を通じて身に付くものだというのがメジャー流の考え方である)。イチローにはそこが物足りなかったらしい。そこでイチローは、アメリカでも日本で行っていたハードな練習を続けた。すると、その姿を見たほかの選手も次第に彼を見習うようになり、チームの首脳陣もイチロー流トレーニングを全体練習に取り入れた。
・・・イチローはプレーする際も、ケガをしないように気を配っているのがわかる。たとえばスライディング。イチローは頭から絶対に滑り込まない。必ず身体の横で滑り込んでいる。・・頭から突っ込まないのは、守備においても同様だ。・・ケガをしにくい身体づくりと、ケガを未然に防ぐプレー。イチローがめったに休むことがなく、40歳を過ぎてもそれほど衰えを感じさせないのは、このふたつを実践しているからなのである。
・・・馬場敏史という、オリックスからヤクルトにやってきた選手がいた。彼に聞いた話では、イチローは朝から晩まで雨天練習場でバッティング練習をしていたそうだ。・・イチローは天才でありながら練習の虫なのである。努力を怠らない。そこがすごい。長嶋と同じく、”努力の天才”でもあるわけだ。だからこそ、誰もまねのできないあのバッティングを生み出すことができた。これだけは間違いないと私は思っている。
・・・イチローはドラフト4位指名でオリックスに入団した。全選手中、44番目の指名である。ヤクルトだけでなく、オリックスも含めた12球団のスカウトはみな、この逸材に対してその程度の評価しかしていなかったわけだ。・・いずれにせよ三輪田のおかげでイチローはプロ入りすることができたわけである。イチローはいまも三輪田の墓参りを欠かさないそうだ。
・・・スカウトは選手の目利きのプロである。いやしくもプロであるなら、イチローの素質をひと目見ただけで見抜けなくてはならない。
・・・バッターでもピッチャーでも私は、「それではダメだから、こう変えろ」といきなりフォームをいじったことは一度もない。「まずはそれでやってみろ」私ならそう言う。1,2年、そのフォームでやってダメだったら変えればいいだけの話だ。それなら本人も納得できる。・・ただし、そういうときでも決して頭ごなしに命令はしない。「こういうやり方もあるが、試してみてはどうだ?」という言い方をする。選手を伸ばすのに必要なのは、「こうやれ」と自分のやり方を押し付けることではなく、足りない部分に気付かせてやることであり、「それならこういうやり方があるぞ」と提案してやることなのである。
・・・すべての指導者は選手と対峙する際、「こうでなければならない」という固定観念と、「これではうまくいくはずがない」という先入観を排して臨まなければならない。それは、選手のいわば生殺与奪権を握っている監督やコーチの義務なのである。
・・・困った時こそ、原理原則に返る。---私はいつもそうしている。
・・・おそらく仰木は「ファンサービス」と考えたのであろう。だが、それは断じて違う。ほんとうのファンサービスとは一流選手同士の真剣勝負を見せることにほかならない。仰木自身、現役時代はオールスターにほとんど出たことがないから、そういうことがわかっていないのだ。
・・・私の知る限り、外野手で守備練習を一生懸命やっていたのは、山内一弘さんくらいしかいない。山内さんはレフトを守っていたが、試合前のフリーバッティングのとき、打球をいつも追いかけていた。決して足は速くなかったし、肩も強くなかったが、どの球場でも定位置から何歩行けばフェンスだとか、この場所にワンバウンドで投げればストライクでキャッチャーや内野手に返球できるなどということがすべて頭に入っていたそうだ。練習のときから全部チェックしていたのである。
・・・私が日米野球に出場したころのメジャーリーガーたちも、たとえばウィリー・メイズがそうだったように、パワーだけに頼ることはなかった。俊敏さとち密さをあわせもっていた。だからこそ、私は憧れ、尊敬した。しかし、バットやボールなどの用具の進化、科学的トレーニングの進歩もあって、メジャーリーガーたちは次第にパワーを競い合うようになり、細やかさやち密さといって要素はホームランの華やかさの陰に隠れ、失われていった。ファンからも顧みられなくなった。
・・・たとえばジーターはこう語った。「連中(日本人選手)の長所が、そのままわれわれの弱点なんだ。彼らは細かいプレーを本当に丁寧にこなしている。走者を進めたり、タイミングよくバントしたり、エンドランをうまく使う。本当にいいチームは、そうやって試合に勝つんだ。ああいう試合では、ホームランばかりに頼ってはいけないのさ」
・・・しかし、私にいわせれば、それは打たれた責任を転嫁するに等しい。打たれたら全責任を負うのがキャッチャーである。みんなで決めたことだから、たとえ打たれる可能性が高くてもスライダーを投げさせる。そうすれば、たとえ打たれてもなるほど誰も責任をとらなくていいかもしれない。しかし、それが許されるのはアマチュアである。たとえ自分が悪者になっても、もっとも成功する確率の高い作戦を選ばなければならない。それがプロである。少なくとも私はそう思ってやってきた。
・・・たしかにプロである以上、常に結果を求められるのは当然である。しかし、結果の裏側にあるものは何か。プロセスである。いい結果は、正しいプロセスを経てこそもたらされる。逆に言えば、どんなにいい結果がでたとしても正しいプロセスを踏んだものでなければ、所詮は偶然の産物にすぎない。ほんとうに身についたわけではないのだから、長続きはしない。だから私は選手たちに言い続けてきたのである。「プロフェッショナルのプロはプロセスのプロ」
・・・自分では「納得した」と思ったことでも、第三者の目で客観的に見れば、「妥協した」と映ることが多い。たんなる甘え、自己満足といっていい。低いレベルで「納得」していては、それ以上努力しようとしなくなり、政庁も止まるのは確実だ。私が思うに、評価とは自分が下すものではなく、他人が下すものである。そして、他人の評価のほうがたいがいは正しい。そのことを頭に入れておかないと、評価されていないと感じたとき、「自分はこんなに頑張っているのだから、それを認めない周囲がおかしい」と思いかねない。自分が納得するのではなく、他人を納得させる生き方を目指すべきだと私は思うのだが・・・・・。
・・・「打たなきゃいけない」と思うとプレッシャーになるが、「打ちたい」と思えば楽しみになる。・・「楽しむというのは、決して笑顔で野球をやることではなくて、充実感を持ってやることだと解釈してやってきました」とイチローは言った。
・・・満足してしまえば、「これくらいやればいい」と妥協してしまいかねない。それが「これ以上は無理だ」という自己限定につながり、満足→妥協→自己限定という負のスパイラルに陥ってしまう。そうなれば、それ以上成長しようがないのは当然。「満足はプロには禁句」なのである。
・・・およそプロの世界に入ってくるような選手であれば、能力にそれほどの差はない。であれば、結果を出す選手と出せない選手の差がどこにあるかといえば、自分の長所に気付いているか、もしくはそれを活かす術をわかっているかどうかが非常に大きいのである。必ずしも「自分がしたいこと=自分に合っていること」とは限らないし、自分では長所と思っていることが他人から見ればそうでないことは珍しくないのだ。
・・・「失敗と書いて、成長と読む」私はよく言う。・・たしかに失敗を振り返るのは気分がいいものではない。だが、失敗を遠ざける者は、成功をも遠ざける。失敗を受け入れ、原因をつきとめ、そこからどれだけ学ぶことができるかによって、その人の人生はずいぶん違ってくると私は思う。
・・・「初心を忘れないことっていうのは大事ですが、初心でプレーしてはいけないのです。成長した自分がそこにいて、その気持ちでプレーしなければいけません」・・「いつまでも初心でいては、成長していないともいえる」イチローはそうも語っている。
・・・その(藤山)寛美さんが話していた。「野村さん、『人気』って、どう書きます?『人の気』って書くでしょう。だから難しいんですよ。人の気をつかみ、動かすということは大変なことなんです」おそらく落合は人の気をつかみ、動かすことができなかったのだ。プロ野球は人気商売。ロッテという不人気チームにいたことも影響しているかもしれないが、落合は人の気をつかみ、動かすための努力が足りなかったように思う。
・・・ふつう、あれほどのレベルの選手であれば、練習では適当に艇を抜いたり、休んだりしても不思議はないし、誰も文句は言わない。けれどもこの二人(ON)は、周りが「そんなにやらなくてもいいのに・・・・」と感じるくらい真剣に取り組み、オープン戦であっても試合を欠場することはめったになかった。巨人から南海にやってきた相羽欣厚という選手がこういったのを私はいまだに忘れられない。「ONは練習でも一切手を抜かず、目一杯やる。だからわれわれもうかうかしていられない。彼ら以上にやらなければならないと思った」
・・・私がイチローを認めなったもっとも大きな理由は、ひとことでいえば、こういうことだ。「『イチローを見習え』と、ほかの選手に言うことができないから---」中心選手というものは、”チームの鑑”すなわち手本でなければならないというのが私の考え方だ。・・イチローの野球に対する姿勢について文句はない。その点では十分にチームの鑑たりえる。ならば、どうして「イチローを見習え」と言えないのか---。「勝負とかけ離れたところでプレーしていた」それが理由だ。・・そのプレーが、その努力が、自分の記録を伸ばすためだけに向けられていた---私にはそう見えたのだ。「チームより自分優先」つまりはそういことである。「チームのために」という意識がイチローには欠如していた。そこがONとイチローの大きな差であり、私がイチローの実力と努力を十二分に認めながらも、手放しで称賛できなかった理由だったのである。
・・・私はよく言うのだが、「自分がヒットを打つことがチームに貢献することになる」という考え方と、「チームに貢献するためにヒットを打つ」という考え方は、似ているようで違う。前者は「チームより自分」。後者は「自分よりチーム優先」である。野球が団体競技である以上、すべての選手は後者を目指さなければならない。
・・・イチローは三振が少ないが、フォアボールも少ない。記録を見ると、それなりの数に上るが、一番という打順を考えれば、もっと多くてもおかしくない。・・好きなコース、打てるボールが来たら、どんな状況であってバットを出すからだ。
・・・「自分が打てなくてもチームが勝ってうれしいなんてありえない。そういうことを言うのはアマチュアでしょう」そういったこともある。「自分がヒットを打てれば、チームはどうなってもいい---」極端にいえば、それがイチローの考え方なのだ。
・・・こういう話をいたるところで聞いた。「イチローはマリナーズのチームメイトから信頼されず、浮いていた」・・アメリカ人は「個人主義」だという。だが、だからといってチームより個人が優先されるかといえば、そんなことは、こと野球に関しては絶対にない。・・私は目を疑った。なんと、ボイヤーが送りバントをしたのである。これにはさすがの私も驚いた。四番で、しかも4年連続24本塁打を放ち、その年はナ・リーグの打点王を獲得したボイヤーがランナーを進めるためにバントをしたのである。が、同時に大いに感銘を受けた。「やっぱり、メジャーリーグもチームの勝利最優先なんだな・・・・」
・・・だが、「中心選手が個人優先主義だからチームが弱い」という言い方もできないわけではない。中心選手が自己中心的だと、おのずとほかの選手もチームの勝利よりも自分の記録を優先するようになる。だから低迷するというわけである。
・・・イチローは肝心なことを忘れている。記者たちの向こうにはファンがいるのである。ファンはイチローと直接話すことはできない。報道は、ファンがイチローの言動を知ることができる唯一と言っていい機会なのである。記者たちは、イチローとファンをつなぐ接点なのだ。そのことに思いが及べば、記者たちにいい加減な態度をとっていいわけがないではないか。
・・・私は各社のデスククラスの人間に「もっとマシなのよこせ」と文句を言った。すると、デスクは一様に答えた。「若手を育てるには、ノムさんに預けるのが一番いいんですよ。なんとか育ててやってください」だから、「記者たちに何を言ってもわからない」と言って取材を拒否する落合にもいった。「わからないなら教えてやれ。わかるように、懇切丁寧に教えてやれよ。記者を育てるのも監督の仕事のひとつなんだから」
・・・プロ野球選手は、最初にどの球団に入ったか、どういう監督のもとで育ったかということが、その後の野球人生に大きな影響を及ぼすものだ。仕えた監督によって、野球に対する考え方、取り組み方がずいぶん変わってくるし、さらにいえば人生観も違ってくる。
・・・監督が人間教育をせず、先輩も自分中心であれば、おのずとそうなっていく。私が経験したなかでは阪神がその典型だったし、近鉄にもそういう雰囲気があった。
・・・あとで聞いたところでは、イチローはこうした自分勝手な行動をとることがしばしばあったらしい。どうやら監督の仰木彰が特別扱いを許していたようだ。移動が別なら、ホテルも別ということもあったと聞いた。川上監督がONであってもいっさい特別扱いせず、叱るべき時はきちんと叱ったのとは対照的である。
・・・清原が事件を起こすようになってしまったのには、最初に入団した西武にも責任があると私は思っている。私は監督だった森祇晶にも直接いったことがあるが、森が「プロとは何か」「野球とは」「人間とは」という教育をしっかりしなかったことが影響しているはずだ。・・仰木もそうだ。彼は”野武士集団”と呼ばれた西鉄ライオンズの出身、グラウンドで結果を出しさえすれば私生活は問われない球団で育った。極端にいえば、「重要なのは個人の力で、チームプレーなんてくそくらえ」というチームに高卒で入った。だから、自分が指導者になってもそういうやり方を踏襲した。
・・・ヤンキースといえば、メジャーリーグでも屈指の名門である。・・その強さの秘密は、キャプテンを務めていたデレク・ジーターの以下のような発言に象徴されている。「ヤンキースは常勝が義務。自分が活躍しても、チームが勝たなければ意味はない。チームが勝つためにできることをする」』

2018年2月 8日 (木)

軍人が政治家になってはいけない本当の理由 政軍関係を考える (廣中雅之著 文春新書)

航空自衛隊の元将官の著作でした。納得できない部分もありましたが、現在の日本の憲法は勿論法律に、国家機構における自衛隊の位置づけが明記されていないということについては、まったくその通りだと思います。現在の日本で、誰が日本の主権を外国から守ることは明記されていません。多くの国民は自衛隊だと思っているのでしょうが、法令的に曖昧だと思います。国家における武力、実力集団の意義を明らかにするような憲法改正の議論を期待していますが、現状を見ると、期待薄です。
『・・・最も重要なことは、第一に民主主義国家の国防組織は、憲法及び国内法制の下で国家機構の中に国防を担う専門的な職業集団(profession)として明確に位置付けられなければならないということである。このことは、政権のトップ、国防省(防衛省)、法執行機関及び軍隊の指揮官が、国家機構全体の中で、権限と責任を、どこまで負うことになるかについて、明確にしておくことを意味する。
・・・民主主義国においては、文民統制は絶対的な原則なっている。政治は、軍事にかかわる政策決定の最終責任を負い、軍隊の指揮官は政治指導者に対して軍事的な助言を行うとともに、政治目的を達成するための軍事的手段を提供することのみを行う。しかしながら、一般的に、この政策決定の結果が明らかになるまでの過程において、政治指導者と軍隊の指揮官との間ででは対立と協調が生じ、その過程を含めて如何に適切に管理していくかが、政軍関係を考える目的となる。・・文民統制は、政治指導者の最終的な政策決定に対する軍隊の徹底的な服従という「過程」であり、政軍関係の一機能でしかないことを正確に理解する必要がある。
・・・軍隊が実力を行使して政治体制を変えるクーデターは、米国が大切にしている民主主義の原則に反すると米軍の指揮官は正確に理解している。英国においても、議会制民主主義の下で民主主義を追求していることから、17世紀以降、軍隊がクーデターを起こしたことはない。
・・・政治指導者と自衛隊の指揮官の間の信頼関係は、あった方が良いではなく、緊急事態における率直な意見交換を実現するためには、絶対的な信頼関係が必要条件となる。
・・・「任務ですから、いつものとおりやってきます。大丈夫です。お任せください」。第一ヘリコプター団長は、少しも気負うことなく、統合幕僚長に報告した。当日、CH-47ヘリコプターでの対処を実際に命じた統合幕僚長以下の自衛隊の各級指揮官及び現地部隊の隊員には高いリスクを負う覚悟ができていた。
・・・しかしながら、「統合幕僚長に決心してもらった」という第三者的な発言に、多くの自衛官は戸惑った。自衛隊のあらゆる作戦行動は、防衛大臣の行動命令によって行われる。正に、防衛大臣による指揮監督権の行使であり、政治指導者である防衛大臣には、自らの決断を部下に命じ、その結果責任の全てを背負う覚悟が必要である。それぞれのレベルで持つべき重大な責任を負う覚悟を部外者である米軍幹部でさえ十分に理解している。北澤防衛大臣の発言では、政治指導者が持つべき強い覚悟が現場の自衛隊員は伝わっていない。
・・・本来、自衛隊の指揮官の主たる任務は、緊急事態に際し、政治指導者に対して政策決定のための軍事専門的な見地からの作戦上の選択肢を提示することである。そこには、基本的に政治判断が入る余地はない。自衛隊の指揮官が、緊急性、公共性及び非代替性を考慮した上で、政治指導者に対して選択肢を提示することは、軍事専門性が曖昧になり、期せずして提示する選択肢の中に政治的な判断が加わることになおそれがある。
・・・実際、政治指導者から、もっと人が出せないのかとの圧力がかかる中、自衛隊は、全力で災害派遣活動を行いつつ、警戒監視活動などの防衛・警備にかかる諸活動については、レベルを下げることなく強靭に継続した。とりわけ、沖縄や九州方面の部隊には、増加する周辺国の偵察活動に対し警戒監視活動のレベルを上げるように指示した。
・・・そもそも、福島第一原子力発電所は、日本人の生活のための電気の供給を行っており、その事故に対しては、あくまでも日本が主体となって対処すべきであり、米国が米国民の保護のために如何なる行動をとろうと、うろたえるべきではない。残念ながら、我が国の政治指導者には、明らかに当事者意識が不足していた。
・・・栗栖陸将は、文民統制上、不適切として政治指導者に更迭されるという結果になったが、栗栖陸将の発言は、軍事専門家としての強い問題意識に基づき専門的な意見を述べたものに過ぎなかった。日本に適切な政軍関係が構築されていれば、とりたてて問題となるようなものではなかっただろう。
・・・依願退職の理由として、「防衛庁長官の信を失ったので退職を決意した」と誠に潔い一分のみが認められていた。政治指導者と自衛隊の指揮官の間の信頼関係が壊れれば、政治指導者が自衛隊の指揮官を更迭するのは当然である。栗栖統合幕僚会議議長が自ら退職を願い出たことで、政治問題化の様相を呈しつつあったこの問題は速やかに沈静化している。政軍関係が未熟である日本において、、栗栖陸将の出処進退は見事であった。
・・・複数の指揮官職への配置を通じて得られる様々な経験は、自己犠牲を伴う高い精神性を養う絶好の機会となる。
・・・田母神空将は、部下統率に優れた優秀な指揮官であり、また、極めて能力の高い幕僚であったが、将官として持つべき健全な精神性を育む過程において、唯一、最も大切な民主主義国家における政軍関係に関して深く考察する機会が不十分であった。
・・・何故、問題が起きたのか。結論を言うと、自衛隊の指揮官が過早な政治判断をしているためである。・・自衛隊の指揮官は軍事専門家的な立場から軸足を外さず、政治指導者に率直に報告すべきであり、それを怠ったところに問題がある。・・政軍関係上、重要な視点のひとつである政治指導者と自衛隊の指揮官の間の率直な意見交換の前提となる信頼関係が全く築かれていないことを明確に示している。
・・・自衛隊は、国内法上、行政組織の一部として位置づけられたままとなっており、国家機構の中で高度な専門家集団である国防組織として位置づけられていない。このことは、我が国の国民に現実から目を背け、安全保障や軍事問題に真剣に向き合わなくてよいという空気を期せずして与える大きな要因となっている。
・・・自衛隊の指揮官は、安全保障に関する一般的な知識は十分に持っているものの、政軍関係にかかわる概念や原則的な事項を学ぶ機会はほとんどなく、政治指導者との距離感をつかみかねている。
・・・政治指導者と自衛隊の指揮官の距離は、統合幕僚長が国家安全保障会議に、防衛大臣とともに常に陪席できることとなったことから格段に縮まっている。しかしながら、米国では、1986年以降、統合参謀本部議長は、国防長官とともに国家安全保障会議の正規メンバーとして、軍隊の意見を代表して国家安全保障会議における軍事政策の決定にかかる採決に加わることができる。我が国の状況は、ようやく30年前の米国に近づいたということかもしれない。
・・・政治指導者に代わって文官官僚が自衛隊を律する文官統制は、冷戦時代のように自衛隊が精強な組織として「存在」することのみに意義があり、自衛隊の実際の「行動」を想定しなくてもよい時代においては、政治が軍事からできるだけ距離をおくための安全弁として一定の役割を果たした。もちろん、防衛省内部部局の軍事専門性の不足は、文官統制の問題だけに起因するわけではない。我が国では、諸外国の陸軍省、海軍省及び空軍省に相当する専門性のある行政組織がなく、事実上、防衛省内部部局のみがそれにあたっている。そのため、本来、専門性の高い組織のいてそれぞれ検討されるべき国防政策・戦略が、主として調整機能しかもっていない防衛省内部部局によって扱われる状況となっている。防衛省の文官官僚の軍事専門性の不足は、この組織構造に起因する問題が最も深刻である。
・・・諸外国の国防省は、長官官房に所属する文官と統合参謀本部に所属する軍人のふたつの系列で構成されている。文官と軍人の所掌事項は、軍政事項(予算、部隊の編成、募集など)と軍令事項(作戦計画の立案、実施及び訓練など)に明確に区分されている。そして、文官といえども、高い軍事専門性をもっている。
・・・新たに出された文民統制に関する政府統一見解でも明らかなように、引き続き、諸外国では例がない「文民統制について内部部局の文官が防衛大臣を補佐する」とされており、未だに文官統制の残滓を引きずっている。自衛隊を適切に使うための制度改革は、道半ばである。
・・・米国憲法は、大統領に軍隊の最高指揮官として強大な権限を付与するとともに、併せて、連邦議会には宣戦布告の権利と軍隊の募集、編成と維持に関する権限を与えている。
・・・大統領および国防長官の高級将官の任命権に関する上院の関与は、実質的に行政府に属する政治指導者からの高級将官に対する過度の影響力を排除し、軍隊の政治的な中立を守る機能を果たしている。
・・・米海軍大学のリンゼイ・コーン准教授は、「米国においては、一般国民は政府をあまり信用していないが、軍隊に対しては絶対的な信頼を寄せている。また、国民は国際情勢にはほとんど関心を持っていないにも関わらず、軍隊の指揮官の判断には絶大な信頼を寄せている」と指摘している。
・・・何故、国民の軍隊に対する高い信頼度が維持されているのかについては、軍隊の実際の軍事行動(performance)、軍事専門性(professionalism)及び説得(persuasioon)の三点があると指摘されている。
・・・大学卒以上の教育水準の高い国民は、あまり軍隊を信用していないのに対し、高卒以下の低学歴の国民の軍隊に対する信頼の度合いは高い。・・第2次世界大戦後のベビーブーマー世代の国民より、ベトナム戦争後に生まれたいわゆるミレニアム世代の方が軍隊に対する信頼度が高く、所得の高い国民に比べて所得の低い国民の方が軍隊を信頼している。・・軍隊に対する支持が低いのは18~29歳が60%、民主党寄り、リベラルな立場が58%となっている。
・・・何故、オバマ政権の対外政策にかかわる政策決定が不適当だったのか。専門家、研究者の批判を総括すると、その最も大きな理由は、大戦略がなく、状況対応型の政策決定を繰り返しているためである。
・・・マレン統合参謀本部議長も、軍隊は政治的中立を守るべきとして、米軍の機関誌上で、「軍人は、現役、退役を問わず、常に中立的、非政治的でなければならず、常に国家全体の利益を考えて行動するべきである」として軍人の政治活動に対して強い警鐘を鳴らしている。
・・・退役将官の一般企業への再就職も、政治活動への関与と同様に潜在的な問題となっている。米軍人を含め、諸外国の軍人には、退役後は恩給制度が適用され、退職後、直ちに恩給の支給が開始されることから、基本的に生活に困窮することはない。米軍の場合、35年以上の勤務を経て退職すると(中将、大将の昇任者に相当)、一生涯、退役時の年棒100%の恩給が支給される。英国軍においても、条件により若干の違いはあるが、退役時の年棒の90%以上の額の恩給が生涯支給されている。ちなみに、自衛隊は軍隊ではないため、恩給制度は適用されず、自衛官は年金を受け取ることとなる。
・・・一般的に辞職は政治指導者のリーダーシップに対する抵抗と受け取られる。従って軍隊の指揮官は政治指導者の最終判断が本当に受け入れられないかを感情論を抜きにして自問できる適切なバランス感覚を持つべきであると多くの米軍の高級将官は考えている。
・・・ハンチントンの「軍隊の軍事専門性を高めることにより、政治指導者は軍事作戦に関し方針的な事項のみを示し細部についてはできるだけ軍人に任せる客観的な統制が可能になる」とする考え方は、今日でも政軍関係の理論の主流になっている。
・・・現役、退役を問わず、米軍の将軍の多くが最も尊敬する米軍人はジョージ・マーシャル陸軍元帥(1880~1959年)である。・・米軍の将官の尊敬を一身に集めている理由は、国務長官、国防長官としての実績ではない。それは、陸軍参謀長代理だった若き日のマーシャルの軍事専門家としての適切な行動である。・・マーシャル元帥は、未だ政軍関係の基礎理論が構築されていなかった時代にあって、軍人は、本来持つべき軍事専門性を最も大切にすべきとの信条を持ち、実践した軍隊の指揮官であった。
・・・この民兵制度は米国の正規軍(常備軍)の制度よりも古い歴史を持ち、米国民が最も大切にしている自主独立精神の源泉として、今日でも国防に対する考え方の基調となっている。
・・・マーシャル元帥は、政治的な活動に関わらないために、生涯、一度も選挙の投票に行かなかったと言われている。
・・・第二次世界大戦後から朝鮮戦争の間、マスコミを通じて自らの意見を主張して政府の政策を公式に批判し続け、ついに、トルーマン大統領に解任されることとなったマッカーサー元帥の行為は、政治指導者と軍隊の指揮官との対立の象徴的な事案である。政治指導者の政策決定に対し公然と批判を繰り返したマッカーサー元帥の文民統制に対する明白な違反行為を支持する米軍人は一人もいない。
・・・ベトナム戦争は、リンドン・ジョンソン大統領、ロバート・マクナマラ国防長官をはじめとする文民が軍事作戦に細かい指示を出しすぎた結果、米国を敗戦に招いてしまったと言われている。
・・・複数の実質を伴う軍事的選択肢を確保することこそ、政治指導者の政策決定における軍隊に対する優越性を担保する鍵となる。
・・・ルート中将がホワイトハウスでの影響力を増していくことは、軍隊の意見を代表していないホワイトハウスの軍事補佐官が、オバマ大統領の軍事政策の決定に大きな影響を及ぼすようになることを意味した。・・軍隊の意見を代表していない軍事顧問が大統領に最も近いところにおり、その軍事顧問が、直接的、間接的に大統領に対し軍事政策にかかる助言を継続的に行うことの是非は再検討されるべきである。
・・・実際は、共和党には軍隊の指揮官の助言を真摯に受け止めない傲慢な政治指導者が多い。他方、民主党政権は軍隊に対する理解が浅く、基本的に軍隊を信頼していないため、やはり軍隊の指揮官の助言を尊重しない政治指導者が多い。軍隊の指揮官は軍事専門家であり、政治指導者とは判断基準が基本的に異なる。如何なる政権であっても、政治指導者と軍隊の指揮官の間には大きなギャップがあり、お互いにそのギャップを埋める努力をし続けることが民主主義国家における政軍関係のあるべき姿である」と苦悩しつづけた孤高のマレン提督は話してくれた。
・・・現在でも、内閣総理大臣、国防大臣と英国軍の指揮官は、少なくも毎週一回、定期的に会う機会があり、緊急事態が発生した場合には、日に何度も会う機会が与えられる。一般的に、英国軍の指揮官は、女王陛下の軍隊であることを誇りに思っている。英国においては、行政府の長である内閣総理大臣が、事実上、軍事政策の決定権を持っているが、英国軍の指揮官は、英国軍は女王陛下の軍隊であり、政治的に中立の立場を堅持しているとの思いが極めて強い。
・・・一般的に英国軍の指揮官は、米国の指揮官に比べて政軍関係に関する関心は低い。それは、英国では政治指導者と軍隊の指揮官の関係が極めて良好である証左でもある。
・・・英国の国家安全保障会議には相当数の軍人も所属しているが、彼らは軍事的な助言者とは認識されていない。内閣総理大臣に対する軍事的な助言者は、英国においては、法律上、国防大臣と統合参謀総長であり、この二人が軍隊の意見を代表して内閣総理大臣に助言をすることとされている。
・・・最も重要なことは、民主主義国家の軍隊は、憲法および国内法制の下で国家機構の中に国防組織として明確に位置付けられなければならないということである。このことは、政権のトップ、国防省、法執行機関及び軍隊の指揮官が、国家機構全体の中で、軍事政策にかかわる権限と責任を、どこまで負うことになるかについて明確にしておくことを意味する。
・・・この対外的な防衛の目的は、国家に対する脅威の排除、主権の維持及び国際的な平和維持である。災害救助、国家建設支援、麻薬取締などは、軍隊の役割としては主体的に行うべきではなく、あくまでも支援する立場にある。
・・・軍隊の指揮官は、常に軍事専門的な観点に軸足を置きつつ、政治指導者が考える政治目的を的確に理解し、政治目的と作戦目的の合致を追求する必要がある。そのことは、政治目的を達成するためとして作戦行動の選択肢を安易に妥協させることを意味しない。
・・・最終的に政治指導者による政策決定が行われる直前まで、考え抜いた軍事作戦の選択肢を政治指導者に説き続けることは、軍隊の指揮官の義務である。
・・・たとえ、軍隊の専門的な判断が100%正しく、政治指導者の判断が100%間違っている場合(実際には51%と49%の違いかもしれないが)であっても、最終的に政治決定がなされると軍隊は徹底的にその命令に従わなければならない。
・・・米英では、退役将官の発言は、軍隊の意見を代表する発言であると理解されている。
・・現役将官はもとより、退役将官は、いかなる状況にあっても政治的な発言はするべきではないという重要な教訓を示唆している。米国では、法律上、退役将官を含む、軍隊の指揮官は政治的中立性を保つ原則を尊重しなければならないこととされている。・・第二次世界大戦前の米国においては軍隊の指揮官が政治活動に関与することは一切なかった。しかしながら、現在、退役将官の政治活動が活発化しており、軍隊が政治的な中立性を確保することが、より難しくなっている。
・・・何より大事なことは、軍隊が政治的な中立性を保っていることを明確に示すことである。つまり、軍隊のあらゆる献身的な行動は、主義主張、党派を越えて国民のために行われているという明確なメッセージが国民に伝わることにより、初めて軍隊が国民から信頼される必要条件を備えるということである。
・・・自衛隊法は、自衛隊並びに自衛官の行動を律するための法律であり、国家機構の中でも自衛隊の位置づけを明確にするものではない。
・・・自衛隊の指揮官の軍事専門性に常に軸足をおいた行動は、国民から信頼を得る鍵となる。言うまでもなく、軍事専門性を追求し続けることは、自衛官の生涯にわたっての目標であり、それこそが、制服を着る「誇り」の源泉である。
・・・自衛隊の指揮官は、政治指導者と意見が違う場合にも政治指導者による最終的な政策決定に至るまで、職を辞さないという覚悟をもって真摯に軍事的な助言をし続ける必要がある。
・・・内閣府国家完全保障局に配置されている自衛官の越権行為は厳に慎む必要がある。
・・・米軍の中将以上への高級将官の昇任に際しては、議会証言が求められ、また、作戦部隊指揮官には随時に議会証言の機会が与えられるが、そこでは自己の信念を率直に述べることが許されている。しかしながら、そのような場であっても、まず軍隊の指揮官は、あくまでも専門家として軍事的観点からの意見のみを述べること、さらに、政治的な問題とは努めて距離を置くことが求められている。
・・・将官にまで承認して退役した自衛隊の幹部は、一生涯、現役将官と同じ、国家に対する責任を負うことを自覚すべきである。
・・・自らが関与した作戦行動の意義、思考過程及び結果について、国民にきちんと言葉で説明し、理解を得ることができなければ、自衛隊の指揮官として失格である。』

2018年2月 4日 (日)

翔ぶが如く(一) (司馬遼太郎著 文春文庫)

大河ドラマが始まったので、関連の著作を読むことにしました。明治維新後がメインですが、初めて知ることも多く書いてありました。

『・・・かつての御府内の警察制度に通暁していたが、士分待遇の与力、足軽身分の同心、さらに同心が私的に追い使っている目明しのたぐいには良からぬたちの者が多く、とくに町方に対する親切心などというものを職業の伝統として持っていなかった。
・・・江戸体制にあっては警察は一種の不浄機関とされ、たとえば奉行所の与力・同心という職には正規の幕臣がこれに就かず、原則として一代限りのいわば臨時雇いの身分の者にこれをやらせ、それらを不浄役人とよんだ。
・・・たとえば旧幕時代江戸町奉行が二人いたように、幕府にせよ、藩にせよ、あらゆる職の責任者はかならず複数をもって構成され、一人に権力や義務が集中することをおそれた。
・・・それら徴士は、出身藩から俸禄をもらい、出身藩の藩主を主君としていた。
・・・薩摩人が共有している執着心の稀薄さという点では、川路も例外ではなかった。
・・・客間に座布団を用いないのは、武家一般の風だが、薩摩ではことにそうで、客も主人も素のままで正坐する。
・・・山本権兵衛は、いう。「仲間と西郷翁のところへ押しかけてゆくと、翁はいつもよろこんで相手になってくれた。”何か、話をして賜はんか”と頼むと、翁は”俺は噺家じゃなかで、何を聞かせってあげてよかか、わからんで。お前たちのほうで、何か、聞きやはらんか”なんでも質問せよ、という風で、接していてあたかも春風に触れるがような長閑な気持ちになる。辞して門を出るときは、もう胸中名状しがたい愉快が湧いてくるのである」
・・・酔って管をまく乱酔癖のことを薩摩語で「芋掘り」という。
・・・薩摩の士族言葉に余計なあいさつ言葉や、人間関係をやわらげるためにのみ存在する冗漫な慣用句がほとんどないのである。この日本でも特殊な言葉は、大久保や川路だけでなく薩摩人全体の発想や行動に大きく影響していた。
・・・この藩だけは江戸期三百年間、鎌倉・戦国の武士の習慣や気質を濃厚に残した。藩内に百二カ所の山塞をもち、郷士という他藩のような名誉身分ではなく、実質的な屯田兵式の軍団制をもって藩領を守り、「他国の風習に似てくれば薩州は弱くなる」という島津義弘の遺訓を奉じて独自の武士文化を作りあげたために、日常のさりげない言葉までが意味をさぐると殺気を帯びている。
・・・薩摩音は日本語にめずらしくラリルレロがL音に近い。リュウがジュウと聞こえるのである。
・・・以上三藩の東京駐屯部隊がやがては「近衛兵」と改称され、最後の士族軍として、そして最初の日本陸軍として出発した。
・・・革命の最高の元老である西郷はひとによのように呼ばれたこともなく、呼ばせもしなかった。彼はこの時期、陸軍大将、参議、近衛都督という、文武の最高権力を一身で兼ねていたが、その日常は全く書生風で、たとえば帰宅のとき正門さえ開けさせないのである。
・・・薩摩の士族習慣のおかしさは、あいさつ口上でさえ多弁を恥じることであった。万事、言葉を信ぜず、心を信ずるという風があり、-見ればわかる。言うも聞くも必要なか。と言い、態度で意思疎通が行われた。
・・・明治初年における薩摩人の外交方針は、旧幕臣の勝海舟が指南したようであった。勝海舟は旧幕時代から日本と朝鮮と中国の三国同盟の提唱者であり、とくに朝鮮に対してはつよい連帯意識と親近感をもっていたから、明治政府が朝鮮に修好を求めたのは、海舟流の善意の行動であったにちがいない。が、朝鮮はそれを蹴った。そのあと海舟流の三国同盟論のかげが薄くなった。
・・・いずれにしても陸軍大将・近衛都督という日本の常備軍の総大将でありながら、西郷はいつも徒歩であった。
・・・薩摩人は、ほtんどこれは風土性とまでいえるが、心情的価値観として冷酷を憎むことがはなはだしく、すべてに心優しくなければならないということを男子の性根の重要な価値としていた。
・・・薩摩は、日本中のどの藩よりも中世的な制度と気分を残し、さらには戦国武者のエネルギーをひたすらに貯えていた集団であった。それが、西郷と大久保という、当時の日本の人材水準をはるかに越えた両人の英雄的活動によって革命主力となり、そのあざやかな手腕によって戦いに倦まぬまま革命を樹立させたのである。精気だけが残った。
・・・西郷は、この連中の金銭問題にこまかい心遣いをしていた。彼自身はささいなことでも人に使い走りなどさせる場合、かならず銭をやって人をタダ使いしないという個人的習慣をもっていたが、かといって若い者が先輩から金をせびるという気分を持つことを許さなかった。が、一般にその悪習があった。
・・・薩摩系軍人と薩摩系警官とはたがいに郷党でありながら仲が悪い。すでに述べたように近衛の将校は城下士(他藩で言う上士)で、警官は郷士で構成されている。城下士は郷士をいやしめることはなはだしく、かといって郷士はたとえば土佐におけるように露骨に城下士と対抗するというほどの険悪さはなかったが、事と次第では積年の鬱屈のためにどう爆発するかわからない。
・・・戦国以来江戸期を通じて薩摩藩でもっとも高貴とされてきた人間の価値はいさぎよさと勇敢と弱者に対する憐みという三つで、武士の学問などはほどほとでよいとされていた。
・・・西郷は他人の漁色について厳格なことを言ったことのない人物であったが、しかし革命政府の清潔ということについては異常なほどやかましく、すくなくとも自分にたいしてだけは修道僧のような生活を課していたのである。
・・・板垣というもっとも過激な征韓論者が、のち自由民権運動の急先鋒に転ずるというところをみても、この時期の征韓論がいかに複雑なエネルギーをふくんだものであったかがわかる。西郷の方がむしろ温和であった。西郷は断じて軍事行動は不可である、と反対した。まず特命全権大使を送る、意を尽くして朝鮮側と話し合い、それでもなお朝鮮側が聞き容れなければ世界に義を明らかにして出兵する、といった。
・・・結局、物事を動かすものは機略よりも、他を動かすに足る人格であるという智恵が、とくに薩摩人の場合は集団として備わるようになっていた。
・・・政治は勢力である。大久保はそのことをよく知っていた。西郷や江藤や板垣らが一大勢力をなして征韓論を唱えているが、これをつぶすためには勢力が必要であった。一人では何もできないと思い、岩倉以下の外遊組の要人が返ってくるのを待っていたのである。
・・・西郷という政略家は、そういう類の仕事には参加していなかった。かれほどおのれの人格とおのれの正義を信じている者はなく、しかも正義の表現(政略)は白昼公然たるものでなければならないと信じ切っている男であった。
・・・明治6年には、東京、仙台、名古屋、大阪、広島、熊本に六鎮台が置かれた。これがのち師団になる。鎮台こそ近代的国防軍の雛といっていいであろう。
・・・明治初年の軍制は、長州の大村益次郎が草創した。大村は明治2年暗殺されるまで軍政面の独裁権を握っていた。統帥の方は唯一人の陸軍大将である薩摩の西郷隆盛がにぎり、陸軍は二本建になっていた。大村の死後、軍政面の後継者に山縣がなった。
・・・要するに明治維新の目的は、国民を成立せしめて産業革命の潮流に乗った欧米の侵略に耐えうる国家をつくることであった。
・・・厳密には長州人の集団というのは薩摩人の集団とちがい、頭目を戴くということを習慣としてもっていない。
・・・大久保も伊藤も日本をもっとひ弱にみていて、列強に伍するというような、いわば大それた期待よりも、せいぜいシナのように列強から蚕食される状態にならない国境を設計できれば十分であった。ひるがえって余談をいえば、大久保も伊藤も太平洋戦争をおこすような強国としての日本を想定したことがなく、伊藤にいたっては日露戦争でさえその開戦に反対し、日本の滅亡という悪い卦をのみ想像しつづけた。
・・・新帰朝という言葉は字義よりも思想語として受け取られていた。欧米文明という、アジア世界とはまったく別系列の文明に接し、それに一大衝撃をうけ、その衝撃から日本的現実を批判し、一年に一センチでもいいから日本を欧米に近づけなければ日本はほろびるという危機感をもった人を指す。
・・・この当時、東京の大道でもいたるところでひとびとが放尿していた。前を隠そうともせず、むしろ通行人に見えるようにして放尿するのが、「江戸っ子の猛気(きおい)」といわれていた
・・・桐野もそうであったが、川路も西郷を訪ねる場合には玄関から入らない。勝手口から入るのである。武家の作法として、そうであった。下級者や後輩が、他家を訪ねる場合にとくにその家の当主のゆるしがないかぎり、門から入らずくぐりから入り、玄関にはのぼらず、裏口へまわるのである。
・・・西郷は旧幕時代、薩摩藩を代表して諸藩との交渉にあたっているころ、むしろ美服といっていいものを着ていた。西郷は元来服装にぞんざいな男ではなかったのだが、しかし彼自身をふくめてかつての同僚が廟堂の大官になり、大廈に住み、美服をまとうようになってから、急に田夫野人のような姿を好むようになった。
・・・江戸三百年、農民は兵士にとられることがなく、それだけが農民の徳分というものであった。ところが明治政府は租税が重いうえに農村の壮丁を兵士にするというのである。(これで、乱がおこらぬはずがない)と、文明への志向者である川路利良も、そうおもうのである。しかし、川路の立場は、一介の士族ではない。明治政権の崩壊をふせぐ力は、一つは内乱鎮圧用(外征用のものでなく)の軍隊としての鎮台である。この整備と充実を、長州人の陸軍中将山縣有朋が着々とすすめている。
・・・西郷はそういう男であった。こちらから話題か用件をもち出さなければ反応を示さないのである。話題や用件さえもち出せば西郷はかならず正直に答え、その論理はつねに明晰であった。
・・・薩摩の風として、長者は若いひとに対して言葉が丁寧である。とくに西郷はそうであった。
・・・かれ(島津斉彬)は、流行の鎖国・攘夷論者ではなく、「鎖国を上策と心得たり、日本国を唯一の世界と思うのはまちがいである。外国との交際と貿易を大いにすべきで、その高裁の精神は平和親善であらねばならない。ただそのためには国防をさかんにし、外国からの侮辱に対しては断乎たる態度をとらねば独立をうしなう」とたえず重臣たちに諭していた
・・・「産業を興し、武備を充実すれば外国はおそるの足りない」という点で、斉彬のやり方はつねに充実した具体性があった。
・・・薩摩の武家の習慣として、畳の上に頭を置かない。首というのは敵の大将の見参に入れるという意味でもっとも尊いものだというのがその理由である。他郷の者からみれば滑稽なことかもしれないが、薩摩には鎌倉風の武家習慣が濃厚にのこっていた。』

2018年1月 7日 (日)

洞察力 弱者が強者に勝つ70の極意 (宮本慎也著  ダイヤモンド社)

プロ野球に入った当初、ここまで活躍できるとは予想されなかった著者が、正しい努力により輝かしい成果を収めることができた、その理由を知ることができ、参考になりました。

『・・・一方で、実際にチームという組織を動かす点でいえば、やはり現場にいた方が勉強になる。
・・・「チームはエースと4番だけでは成り立たない。目立たない脇役でも、適材適所で働けば貴重な存在になる。主役になれない選手は「脇役の一流」を目指せばいい」初めてのキャンプで言われた際には、身震いしたのを覚えている。
・・・数字で評価される主役とは異なり、脇役の評価はどれだけ首脳陣からの信頼を得られるかで決まる。
・・・だが、組織の中で脇役が主役になれるかというと、そうではない。主役には主役なりの、脇役には脇役なりの役割というものがあるからだ。
・・・自己分析が何よりも重要なのは、一般社会でも同じだろう。どんな人間でも自分がかわいく、実際よりも高く自己評価してしまう。それでは自分の役割を正しく理解することはできない。一方で自己評価が謙虚過ぎれば、実際の能力よりも低いところから始めなければならず、力を発揮することはできない。
・・・PL学園では、人が嫌がることにも率先して取り組む重要性を教えられた。基本にあるのは人間としての成長が野球にも必要な目配り、気配りに通じるという考え方だった。
・・・私が見てきた印象では、勝負強いとされる打者は、腹が据わっていると感じさせる選手が多い。・・好機に成果を残す大前提として、技術は必須である。そのうえで、持っている技術を重圧がかかる場面でも発揮するには、勇気と経験による割り切りが必要になる。
・・・もちろん、努力が報われるとは限らない。シーズンが終わってからの3か月間にどれだけ計画的にトレーニングをしたとしても、翌シーズンんで良い成績を残せる保証はない。ただ、やらなければ絶対に良い結果は出ない。
・・・気力を維持することは特別な才能の一つだと感じている。若々しい気力を保ちながら、子供ほど年の離れた選手と共に汗をかき、息の長い現役生活を続けた。これはもう、「あっぱれ」としか言いようがない。
・・・注意してみなければ気づかないような細かな仕草にこそ、人の本質があらわれる。
・・・優勝経験がある中日の選手たちは、自分たちがやるべきことを明確に理解していた。優勝するために必要なことが、経験で分かっていたというべきだろうか。結果を先に考えるより、今すべき自分の仕事に集中することができていた。だから、緊張状態でも普段通りのプレーができた。
・・・棋士の羽生善治さんが著書で次のように書いている。良いパフォーマンスを出せる精神状態というのは、一番はリラックスして楽しんでいるときで、二番は重圧を感じて緊張しているときだと。重圧がかかる状態というのは、能力が引き出されるときでもあるという。そして、重圧を感じる中でよいパフォーマンスを出すには、やはり練習量が重要だとも書かれていた。極限状況の中では練習量が心のよりどころになるのは、どんな世界でも同じのようだ。
・・・結果はコントロールできないが、どう準備するかは自分でコントロールすることができる。準備を整理することで、打てなかったらどうしようと結果を考える思考の隙間が少なくなっていった。
・・・大きな目標ばかりを設定しても、苦しくなって妥協する部分が出てきてしまう。一方で小さな目標だけでは、スケールの小さな選手で終わってしまう。
・・・わずかな目配り、気配りの積み重ねがプロフェッショナルの仕事では大きな差を生む。
・・・物事を決断する時に一つの物差しにしていたのは、自分の損得は考えないということだった。
・・・野村克也監督は「変化を恐れないのが一流」と話されているが、私は、「変化」とは「勝負」を懸けることだと思っている。安全を確保しては本当の意味で変化することはできない。丁か半かの勝負を懸けなければ、大きな成果を得ることはできない。・・周りを見渡してみると、実績のない人ほど過去の小さな成功体験から離れられないように感じる。・・ただ、忘れてならないのは、変化の前には自己分析が必要ということだ。自分の力量がどれほどあり、何が不足しているのか。現状を分析できていなければ、変化しようにも回り道になってしまう。
・・・ボールを相手の胸に向かって投げる。キャッチボールというのは守備の基本動作である。兼任コーチとして指導する中で痛感したのは、ボールを投げられない選手はいくら守備の技術を練習しても上達しにくいということだった。それならば、守備の技術練習に入る前にとことんキャッチボールをさせた方が良い。最近ではそう考えるようにさえなった。
・・・転機が訪れたときに、好機に転換することができるか。訪れた転機をつかむためには、地道な練習を積み重ねるしかない。
・・・変化を受け入れ、新しい場所でどう成果を残していけるか。変化を続けられた者だけが生き残ることができる。
・・・日本人と積極的にコミュニケーションを取ったり、配球を研究したり、日本の野球に慣れようとする選手は成功することが多い。逆に「俺はこれでやってきたのだから」と自分のスタイルにこだわる選手は、結果が残せずに一年で帰国してしまう。
・・・どんな仕事であっても優れた成績を残すと周囲がチヤホヤし、厳しいことを言ってくれる人は少なくなる。環境に甘んじてしまっては、成長は止まってしまう。
・・・人間が勝てないものの一つに、年齢があるという。どんな天才でも平等に年齢を重ねるし、体力はいつか衰えてきてしまう。
・・・一つの球団の支配下登録選手は最大70人(育成選手を除く)と決まっている。誰かが入団すれば、一方で誰かが退団しなければならない。・・一つの基準になっているのはチームにおける年齢のバランスといえるだろう。・・(プロ野球の平均選手寿命は約9年で、平均引退年齢は約29歳とされている)。「高卒は5年目、大卒、社会人は3年目」。入団してから一軍に上がるまでの猶予期間として、球界でよく使われてきた言葉だ。
・・・現役時代、二軍暮らしが長い選手と話していた時に、こんなことを感じていた。戦力外を免れることができても「来年こそ頑張ろう」と本気で前を向ける選手は少ない。ほとんどの選手は「助かった。あと一年やれる」と胸をなで下ろすだけだった。まずは自分が組織の中でどの立場にいるのかを感じることだ。その感性がなくなれば、戦力外を通告されて初めて自分に足りなかったものに気付くことになってしまう。
・・・成功した投手に共通しているのは、登板時には信じられないほどの集中力を見せるということだった。
・・・チームに新しい選手が入ってきたときには、少し癖がある性格の方が期待できたものだ。少しぐらい生意気で「やんちゃ」と感じる性格の方が、選手として大成する可能性を秘めていると思うからだ。
・・・失敗は誰でもするもの。進んでしようとする人間はいない。だが、それを誰かや環境のせいにして逃げていたら、また同じことを繰り返してしまう。失敗の原因を考えて、次への対策を見つけることが反省である。
・・・合理性ばかりを求めていると、弊害が出るケースが多い。19年間の現役生活を経験した中で、一つ言えることがある。物事の結果をコントロールすることはできないが、プロセスはコントロールすることができるということである。・・相手がある以上、結果に至るまでの準備までしか、自分ではコントロールすることができない。言い換えれば、大切なのは結果ではなく、どういった準備をしたかというプロセスだともいえる。どんな世界にも通じる部分があるのではないだろうか。・・この一見無駄に見えることが、必ずしも無益だとは限らない。失敗を重ねる中で、当時の考え方は正しくなかったのだと反省したり、アプローチの仕方をかえてみようという新しい発想が生まれることもある。結局は無駄なことを経験してきたからこそ、次からは無駄を省けるようになる。無駄なことが、無駄だと気付くことができる。無駄を重ねることが、本当の力を身につけることにつながると思うのである。
・・・間近で見ていて、「本番に弱い選手」に共通していると感じるのは、試合に通じる練習をしていないということだった。
・・・努力と結果は必ずしも結び付くわけではない。なぜなのだろうか。よくよく観察すると、それは正しい努力をしているのか、それとも間違った努力をつづけているのかということなのである。
・・・マイナス思考自体は悪いことではないと思っている。・・マイナス思考を積み重ねて最後にプラス思考に変えるのは、準備として正しい順番だといえる。・・マイナス思考を積み重ねることで、最後には「あれだけ厳しい練習をこなしたのだから」とプラス思考に変えられるのである。
・・・「体」「技」の順番に鍛えていけば自ずと「心」も強くなっていく。そうして「体・技・心」がそろうのである。
・・・プロ野球の世界では、素質がありながら、集中力が持続しないために定位置をつかめない選手もいる。そういった選手は、おしなべて好不調の波が激しいものだ。
・・・以前、原辰徳さんの著書の中で、東海大学などで監督を務めた父親の原貢さんから「悩み事や考え事は、布団の中で考えてはいけない。暗い中で、良い案は浮かばない。電気をつけて部屋を明るくし、いすに座って考えなさい」と助言されたという話を読んだことがある。
・・・自分で考えることを学ばなければ、変化していくことができない
・・・必要以上の重圧を感じることは、行動を制限することにもつながりかねない。
・・・スカウトの世界では「担当した選手が(入団時の)契約金を年棒で稼げるようになったら成功」といわれているそうだ。
・・・プレーヤー全員が同じ志を持てないのだとしたら、指導者が同じ方向を向く「役割」を与えればいい。たとえ個人が違う方向を向いてしまったとしても、「役割」を限定することでチームとしてのベクトルを同じ方向に向けることはできる。
・・・可能性があるうちは、「脇役」ではなく、チームの「主役」を目指してほしい・・小学生のように可能性が広がっているうちは全員がホームランバッター、エースといったチームの主役を目指した方がいい。いつかは、他者と比較する中で自分は「脇役」に徹しなければならないと気付くときが来る。それまでは、周囲が可能性を限定することはないのである。
・・・部下を指導する場面では、かける言葉には細心の注意を払わなければならない。・・そんな中で一つだけ言えることがあるとすれば、最後は選手本人に選ばせなければならないということである。
・・・結果を考えて逃げ道を作ってしまうと、本当の意味で前進することはできない。自分ではまっすぐに進んでいると信じていても、実際には斜めに進んでしまっていることもある。アプローチの仕方を間違えば、目的地から遠ざかってしまう。
・・・勝負の世界である以上、等しくチャンスを与えることが目標ではない。あくまでチームの勝利が目標だからだ。ここでコーチが考えなければならないのが、他の選手からの文句が出ない状況を作ることだ。・・特別扱いをするときには力関係を明確にした上で、明らかに上と思われる選手を選ばなければいけない。・・特別扱いには他の選手から不満が出てもおかしくはなかった。だから何よりも心がけたのは、山田には他の選手以上に厳しく接することだった。・・特定の選手にチャンスを多く与えるからには、周囲に「あいつなら仕方がない」と思わせる状況を作らなければならない。コーチには周囲を納得させるだけの理由と厳しさが必要になる。そのバランスを見誤ると、組織は崩壊してしまうだろう。
・・・選手の側もコーチを観察している。コーチに情熱があるかないかは、敏感に感じ取っている。情熱をもって指導してくれるコーチに対しては、選手も答えようとするものだ。
・・・部下に任せて、万が一の場合には責任を取る。星野さんの下で貴重な経験ができた。
・・・決断力があるかどうかは、能力の一つということができる。決断の遅い人間というのは、周囲に迷惑をかけてしまうことになるからだ。
・・・私自身、何か相談を受けた際には相談者の利益よりも、物事を大局的に考えて助言するように心掛けている。・・相談者の利益を優先すれば、結果的に不利益となることもある。
・・・部下を叱るタイミングは、いつがベストなのだろうか。私が心掛けていたのが、なるべく指導するべきプレーが出たその瞬間、その場で注意をするということだった。
・・・わざわざ若手を委縮させる必要はないが、委縮した中でも力を出せるようになることが、本当の実力につながることも多い。
・・・仕事に一生懸命取り組むのは、当たり前のこと。それ以上に何ができるかを考えて努力するのが、本当のプロとしての姿勢ではないのか。
・・・上司は部下の専門分野に強くなければならない。部下から質問を受けた際や、部下が壁にぶつかっているときには、「それは、こうした方が良い。なぜなら、こういった理由があるからだ」と部下が納得する理由とともに解決策を示すことができるのが、本来の上司の姿といえるからだ。
・・・「野村再生工場」と呼ばれることが多かった当時だが、移籍してきた選手たちは周囲にも良い影響を与えていた。チームとは異なった環境でプレーしてきた選手の考え方や言葉は、刺激になることが多かったからだ。
・・・勝負ことにこれをやっていれば大丈夫といった定石はない。そのときの最善の選択肢は何なのか。組織が置かれた状況や時期によっても、答えは変わってくるだろう。その時点でのベストを選択することができるのか。優れた指導者に共通するのは、最善の選択肢を選び続けられるバランス感覚ともいえる。』

2018年1月 2日 (火)

大手新聞・テレビが報道できない「官僚」の真実 (高橋洋一著 SB新書)

私がすでに知っていることも書いてありましたし、初めて知ることも多く書いてありました。さすがに元大蔵官僚だとも感じました。

『・・・筆者が財務省にいた頃、財務省幹部がある政策キャンペーンを行った。そして、担当部局の課長クラスに対して、新聞の論説委員クラスや、テレビ局のコメンテーターに根回しをさせて、どのような記事を書かせるか、あるいは、テレビでどう発言させるかを競わせたことがあった。その結果、翌日の大新聞の論調は、見事にすべてが同じになった。
・・・実は、森友学園問題には、主役である籠池理事長や、脇役である野党やマスコミが知らないところで重要な問題提起がされている。それは、一言で言うと、「日本の官僚と官僚機構が持つ重大な利権構造と弊害を、図らずも露呈した」ということになる。事態の深刻さに気付いているのは、もう一つの主役である財務省だ。
・・・私は値引き額8億円はかなり人為的につくられたものだと考えている。もし、まともにゴミの処理費用を算出すれば、10億円を超える可能性があった。それでは当初売ろうとしていた近畿財務局のメンツが丸つぶれである。そこで、1億円以上の売り上げが計上されることで近畿財務局の顔が立ち、また、小学校の建設を急ぎたい森友学園としても十分受けれられる「8億円」とした可能性がある。決して政治家に対する忖度で値引きしたのではなく、組織を守ろうとする官僚の”保身”のために、値引きが行われたのだ。
・・・筆者の推測では、近畿財務局の最大のミスは、そうした手順をサボり、ゴミの事実を隠して森友学園と随意契約をしてしまったことである。
・・・国の収入および支出に関して定めて会計法では、国有地の売却は、原則、競争入札と定められており、随意契約をする場合は、人命にかかわるなどの緊急性などに限定している。
・・・筆者は、役人時代、議事録は「お前が理解したことを書くのではなく、誰がどういう発言をしていたかを書け」と指導された。「概要」では書いた人の主観が入り込むため、資料としては二次情報の可能性があり、情報価値としては2流品、3流品である。
・・・官僚が、交渉相手になっている他省庁の官僚からの要求について、文書で大げさな表現を使うのは常套手段だ。ランクの低い官僚には、直接的に聞いたわけでもない「総理の意向」という言葉で物事を処理しようとするのは、よくあることである。文書が文部科学省のものでも「総理の意向」という発言があったのかどうかの証明にはまったく役に立たない。
・・・マスコミから見れば、役所から入手した「ブツ」は絶対的なもので、裏を取らなくてもいいもの、という過信があるのだろう。内容が正しいかどうかを判断する能力も、判断しようとする意欲もないのである。
・・・マスコミは、文科省文書が本物かどうかに焦点を当てている。筆者の感覚では、おそらく本物であると思うが、そうであっても、それらが作成されたのは2016年秋である。とっくに、文科省への宿題の期限(2016年3月)の後、しかも(2)の2016年9月の後でもある。はっきりいえば、勝負のついた後に、文科省は言い訳をいっているだけだ。・・文科省が、特区で内閣府・特区有識者委員会と交渉してきたのは、課長レベルである。交渉に負けたとき、負けた者は組織の幹部に報告するとき、いい加減なことを言う。筆者から見れば、それが「総理の意向」である。
・・・筆者が加計学園問題でこれまで述べてきたことは、いずれも単純なことだ。しかし、相変わらずマスコミはまったく真相にたどり着けていない。その理由は、目の前の現象だけしか見ていないからだ。一方の当事者だけから示された「文書」や「会見発言」を、金科玉条のように受け取ってしまっているから、加計学園問題には、「総理の意向」が働いていると思い込んでいる。このこうずは 森友学園問題と全く同じである。ゴミの問題を伝えずに売却をしようとした近畿財務局の担当者のミスで、国有地が安く買えただけなのに、そこに政治家の関与を匂わせている籠池氏と、規制緩和派との戦いに負け打だけなのに、安倍政権の関与を匂わせる前川氏は、完全にダブっている。
・・・天下りと特区による新規参入のような規制緩和の間には、密接な関係がある。許認可を厳しくした岩盤規制によって、天下りを受け入れざるを得なくするのは役人の常套手段である。・・天下りは、身内の役人という既得権に甘く、それ以外の人の雇用を奪う。新規参入の許認可も、既に参入している既得権者に有利で、新規参入者を不当に差別する。
・・・大統領制の場合、立法権のある議員たちは、大統領や閣僚などの行政府の要職を兼務することができない。大統領は国民によって直接選ばれるし、行政府の閣僚や官僚たちは、大統領に選ばれることになる。したがって、立法権が行使できる議員と、行政権が行使できる大統領や閣僚および官僚が分かれることになり、立法権と行政権の集中は起こりにくくなっている。三権分立の観点からは、大統領制のほうが権力のバランスはとれているといえるだろう。ただし、大統領と議会が対立してしまうと、政治や行政がスムーズに行われなくなるという弊害が起こる。
・・・戦後、日本は、経済的自立と豊かさを至上命題として掲げ、行政主導で特定産業の保護や育成をしてきた。社会全体が経済活動に集中できる環境を、与党・官僚・業界が一体となって作りあげ、維持してきたといえる。この過程で、行政主導の産業政策が次々と推し進められた結果、行政権がどんどん肥大化してしまった。消長を動かしてきた一部の官僚たちが、実質的に政治的な権限を掌握するようになっていったのである。つまり、政治家が命令して官僚を動かすという政治主導にならず、官僚が主体的に法律案をつくって、実際に動かすという”官僚主導”ができてしまった。
・・・国が新たな政策を実現するには、「財源」と「法的根拠」が必要である。財源とは代さんであり、法的根拠は法律だ。国会で、その政策を国が行うことに値するかどうかが議論され、議員によって予算と法律が採決されなければ、政策は絵に描いた餅でしかない。
・・・「完全民営化」は民間が所有し、民間が運営する。しかし、「完全に民営化」となると、「完全を期して民営化する」という意味に解釈できてしまう。完全を期して民営化すれば、特殊会社でも特別民間法人でもOK、という結論になってしまうのだ。こういう巧妙な語句や言い回しの修正は、官僚が最も得意とするところである。こうした手法の積み重ねを通じて、官僚は裁量権を拡大してきたといっていい。
・・・官僚の作文をする能力は非常に高い。一見しただけではきづかない。巧妙な語句や言い回しを用いて、法律を自分たちに都合のいいように誘導してしまう。この作文能力こそが、官僚の最大の武器といっていいだろう。しかも、他に法律を書ける人材が極端に少ないため、法律作成においてはほぼ独占状態で対抗勢力がいない。放っておけば、好き勝手ができてしまうのである。そこでもうひとつ、官僚の強みを明らかにしておきたい。それは法律を作るテクニックである。ここで言う「法律をつくる」というのは、法律の条文を書くという作業とは別のものだ。どんな法案を作成するのか決めてから、それが国会で可決されるまでのスケジュールを想定し、滞りなく進行させるという一連の作業のことである。そこには、政治家を含めた関係各所への根回しも含まれる。優秀な官僚はそうしたマネジメント能力も高い。
・・・学者やジャーナリストを問わず、政府の審議会委員に選ばれるというのは、本人たちにとってみれば、非常に名誉なことだ。社会的な箔が付き、大した額ではないが報酬ももらえる。断る理由がないのである。したがって、審議会の場でも、役所の意向に逆らうことはない。はやりの言葉で言えば、役所の意向を忖度しているわけだ。
・・・ポチの中には、厚顔無恥というか抜け目のないというか、とんでもない人もいる。審議会で官僚が説明したことを、あたかも自分の意見であるかのように偽装するのだ。審議会では、「勉強になりました」などと言っておいて、そこで得た情報や理論を、その後、自分の論文として発表したり、本にまとめてしまうのである。情報をパクられて側の役所から抗議することは一切ない。官僚にとって都合がいい主張を世の中に広めてくれることになるので、むしろ歓迎していた。
・・・事務局が選んだ人物でも、実は反対意見を持っていたり、思いのほか自己主張が強かったりするケースがある。もし、そうした人物が、審議会で台本を無視して、役所の意向とは反対の意見を出してきたときはどうするか。発言内容を自分たちに都合のいいように変えて、議事録を残すのである。・・1人当たりの持ち時間は3分になる。このわずかな発言時間では、自分の主張をまとめて述べるだけで、議論などは起きようがない。議事録に残す発言記録も、いかようにでも修正できるだろう。面倒な委員がいる場合には、審議会委員の総数を増やす、という手もある。内容からいって20人程度が適当と思われる審議会に30人の委員を選んでしまえば、発言時間は2分しかなくなる。これで有意義な発言や議論をしろというのは不可能に近い。また、人数が多くなればなるほど、結論はまとまりにくい。すると、結論が出ないまま時間切れになり、「座長一任でお願いします」となる。・・結局、事務局がまとめることにある。まとめたものは、審議会が始まるときに作成したものとほとんど変わらないはずだ。
・・・事前審査というのはあくまで慣行であって、政策の立案に不可欠の要素ではない。1962年から、自民党の要請を受けて始まったものである。それまでは、政府提出法案に対して、与党の議員が国会で議論を通じて反対意見を述べたり、審議の過程で法律案を修正したりすることができた。しかし、与党が政府提出法案に公然と反対してしまうと、行政府である政府と立法府で多数を占める与党との考え方が違っていることになってよくない、といわれるようになってきた。与党議員が与党の執行部に反発して国会審議で反対意見を述べれば、党内不一致を露呈することになり、野党にみすみす攻撃材料をあたえることになってしまう。それによって、審議が紛糾し、国会運営にも支障をきたすことが目立つようになっていった。そこで、国会で与党と政府が対立しないようにするために、政府提出法案を事前に与党に提出して、与党の審査を受けるようにしてはどうか、というアイディアがでてきた。1962年、当時の自民党の総務会長だった赤城宗徳氏が、官房長官だった大平正芳氏に持ち掛けたのである。
・・・族議員が増えてくると、部会では真っ当な議論や審査は行われなくなる。政治家が官僚にさまざまな要望をぶつけ、法案にどれだけ反映させることができるかが目的になってしまう。・・族議員の台頭によって、自民党の事前審査のシステムは、次第に、官僚がつくったシナリオに政治家が注文を付け、それをどの程度反映させるのかを調整する場となっていった。
・・・事前審査がもたらした弊害はまだある。それは国会審議の形骸化だ。
・・・事前審査が政治主導の阻害要因になっているというのは、次のようなことである。自民党の慣行上、党の事前審査と機関決定を通過しない限り、総理大臣をトップとする内閣といえども、法案を閣議決定できないことになっている。したがって、内閣や担当大臣の意向に沿って法案の原案が作成されたとしても、事前審査によって、内閣不在の状態で、与党と官僚によって法案が修正されてしまうという事態が起きてしまうのだ。内閣は、与党の事前審査及び機関決定が終了するまで、閣議決定をすることができない仕組みとなっており、総理大臣、閣僚といえども、いったん機関決定された内容を再度修正するというのは非常に難しい。
・・・予算関連法案を策定するには、予算編成権を握っている財務省の主計局との折衝が欠かせない。つまり、主計局も立案の命運を握っていることになる。省庁の中でも、財務省の主計局が最強の権力を握っているとされるのは、こんな理由もあるのだ。
・・・内閣法制局は政権の擁護をするだけではない。ときとして、内閣に対して、”拒否権”を発動することもある。たとえば、首相や閣僚が、憲法や法律の解釈あるいは見解について、過去に示したものから逸脱するような動きをした場合、法律の解釈を駆使して、逸脱しないように説得することがある。
・・・省庁の地方機関は、正式には「地方支分部局」と呼ばれる。・・中央省庁と地方支分部局を合計すると、およそ60万人の国家公務員と280万人の地方公務員がいる。したがって、最広義の意味での官僚は、日本に約340万人いることになる。・・キャリア官僚とは、国家公務員採用試験の「総合職試験」に合格して、中央省庁の本省に採用された人を指す。本省とは、霞が関に位置する省庁のことである。・・総合職試験の合格者は年間700人程度にとどまっている。国家公務員60万人のうち防衛庁などの特別職を除く一般職員は30万人程度であり、そのうちの数%程度がいわゆるキャリア官僚でである。
・・・キャリアとして入省すると、海外留学や地方勤務、他省庁への出向などを経験して、同期入省のほぼ全員が本省の課長クラスまでは、だいたい横並びで昇進することになる。財務省の場合、キャリアの1~2年目の新人は係員と呼ばれる。3年目ぐらいに海外留学し、5~7年目は係長となる。係長となると、政策立案をサポートする仕事が多くなってくる。・・30代前半で課長補佐になる。課長補佐は、自分で新しい法律の草案を書いたり、審議会の運営をするといった、政策立案における中心的な役割を担うようになる。実質的に法案を作成しているのは、30代の課長補佐たちなのである。・・40歳までには課長になる。課長は所属する課の政策立案に関して責任を負い、省内および他省庁との折衝、政治家への根回しといった仕事が増えてくる。キャリアは昇進するにつれて、そうした政治的な仕事が中心的な仕事になってくる。
・・・むしろ、自分の同期の中から、誰かが官僚トップである事務次官になって欲しいというのが、同期に共通する願望となっているものだ。・・飛ばされた期には優秀なキャリアがいなかったということになってしまう。それだけは何としても避けたいと、同期全員が思っているのである。・・課長まで昇進するノンキャリアは限られており、かなりの数の人がベテランの課長補佐のままで退官することになる。
・・・財務省には6つの局しかないので、局長になれるのは6人だけ。その6人を除いた他の同期は退官することになる。局長へ昇進する年齢はだいたい50代前半なので、50代前半もしくは40代の後半から、退官するキャリアが出てくるのだ。・・この慣行は必然的に「天下り」をもたらす。・・天下りのシステムこそが、官僚に省庁への忠誠心を誓わせる原動力になっていることは、ある程度官僚を経験している藻のであれば、誰でも知っていることだ。・・幹部クラスのOBともなれば、数年ごとに関連する団体を渡り歩き、その都度、高額の退職金を手にする人もいる。これは「渡り」と呼ばれている。
・・・主計局長の下には、主計局次長が3人おり、・・主計局では、課長の他に課長級のポストの主計官が全部で11人いる。主計官は、それぞれ対応する省庁が決まっている。実は、主計官のところだけポストの呼び方が少し違うのだ。課長は主計官、課長補佐は主査と呼ばれる。主計局が財務省の中枢であるという自負があるのだろう。
・・・政府において、財務当局の力が強いのは日本だけではない。海外では、法律上、財務当局の格が他省庁よりも一つ上とされているケースがある。さらに、財務当局の大臣が副総理クラスとなっている国もある。予算を握っている省庁というのは、海外でも大きな権力を持っているのだ。ただし、アメリカだけは例外で、アメリカの財務省は予算編成権をもっていない。歳入や通貨の管理についての裁量権しかない。アメリカで予算編成権を持っているのは、政権内の行政管理予算局というところなのだが、最終的な予算案をつくり上げるのは議会なので、行政管理予算局にはそれほどの権限はない。
・・・主税局の特徴は専門性の高さだ。キャリアは財務省内の他局に異動したり、他省庁に出向したりするが、ノンキャリアの場合は、ずっと主税局にいて、税制の専門家になっていく人も多い。・・主税局は、全国11の国税局と524の税務署のネットワークを活用することができるのだ。税務署は個人及び法人の所得に関する膨大なデータを持っているので、強大なネットワークといえるだろう。
・・・理財局はさまざまな国有財産を管理し、有効活用するのが主な仕事である。・・国有財産は「行政財産」と「普通財産」にわかれる。行政財産は行政に使うため、売却ができない国有財産のことで、国会議事堂や裁判所、防衛施設、皇居などを指す。一方、普通財産は、行政財産以外のすべてを指し、独立行政法人などへの出資が大半を占めている。このほかには、地方自治体へ貸し付けている財産や未利用の国有地がある。・・理財局が管理する財政投融資は、国の資金を使って行われる投資や融資のことだ。「第二の予算」とも呼ばれ、第一の予算である一般会計予算が税収や国債によって資金調達を行い、歳出された予算は使い切られるのに対し、財政投融資は貸し出しが基本だ。つまり、返済が前提となっている。投資の場合は、返済はないが、事業によって得られる収益の還元が期待されている。
・・・国際局の業務は幅広い。国際経済の調査・分析から始まって、国際機関との連携・交渉、途上国支援の企画・立案をてがける。また、為替政策も国際局の仕事で、ときに為替相場への市場介入も行う。・・財務省には、トップの事務次官と同格とされる財務官というポストがある。国際局長は財務官になることはできるが、事務次官が主計局、主税局、理財局ほかの分野を所管するのに対し、財務官は国際局と関税局の一部を所管するのみ。事務次官に比べると財務官は格下であることは否めない。G7(先進7か国蔵相会議)をはじめとする、経済関連の国際会合には、財務官と国際局の次長クラスが随伴する。外交における経済的な交渉については、外務省よりも国際局の権限の方が大きいと言えよう。
・・・財務局は、地方支分部局と呼ばれる財務省の出先の機関だ。・・財務省の地方支分部局は3つの部署があり、財務局の他に、税関と沖縄地区税関がある。・・管轄地域での予算の振り分けや、地方公共団体への貸付業務などを行っている。また、財務省とは別に、金融庁からの委託業務も行っており、人事交流もある。財務局は、財務省本省とは別に、国家公務員採用試験「総合職試験」の合格者を独自に採用している。しかし、主要な財務局のトップである財務局長は、本省採用のキャリアが就くことになっているので、生え抜きは財務局長にはなれない。本省に出向することは多いが、本省で中枢のポストに就くことはできない。財務局の最終ポストは、地方支分部局であれば中小の国税局長、財務局長、税関長で、本省であれば通常は課長補佐まで、課長にまで昇進するのはごく少数だ。
・・・財務省の権力の源泉は予算編成権と徴税権だ。いずれも他の省庁及び政治家にとっては脅威となる。実は、もうひとつ、財務省は他省庁に強い影響力を行使できる権力を握っている。人事権である。国家公務員の人事を管理している課はいくつかある。給与の金額を管理している財務省主計局給与共済課、各省の人事を管理している人事院給与局第2課、国家公務員の数を統括している総務省行政管理局などである。この三つは別々の組織ではあるが、財務省から出向した財務官僚が課長ポストをすべて押さえているのだ。特に、総務省行政管理局管理官は、全省庁のその年の公務員の増員または減員の査定を行っている。霞が関官僚の定員を調整する権限を握っているのだ。
・・・財務省に限らず、官僚の行動原理は「省益第一主義」という言葉に集約できると思う。いかに、多くの予算を獲得し、OBを含めた自分たちの利益を確保するか---。この省益の確保と追及という行動原理が官僚を支えているのだ。財務官僚には、これに加えて、「財政至上主義」という原理が加わる。現状では「財政再建至上主義」と言い換えてもよい。
・・・財務官僚のこうした考え方の背景には、自分たちのことを「国士」だと思っているフシがある。国士とは、身命をなげうって国家を支える憂国の士を意味する。悪者になってもいいから、あえて国民に不人気な増税という選択を我々はするのだ。それが、結局は日本のためになる---筆者が財務省にいた頃は、そうした雰囲気が省内に充満していたのである。おそらく、それは現在も変わらないであろう。
・・・今はグローバリズムが世界の隅々まで浸透した結果。状況の変化が短期間でおき、先を見通すことが難しくなっている。こうした状況では、首相が政治判断をし、トップダウンでスピーディに具体的な指針を示すことが求められよう。そのためには、政策決定のメカニズムを、官僚主導から政治主導に転換しなければならない。
・・・しかし、日本政府は巨額の資産を持っている。政府の関連会社の資産も考慮すると、資産額はおよそ600兆円以上あることが分かっている。・・実質的な借金は400兆円程度となる。この金額は、日本のGDPの約8割に相当し、他の先進国の対GDP比率と比較しておm、突出して高い水準とはいえない。・・政府資産の中身についても、先進諸国と比べて、換金可能な金融資産の割合がきわめて大きいのが特徴となっている。日本政府の借金は、少なくとも、すぐに消費税を増税しなくてはならないほど深刻な状況ではまったくないのだ。
・・・特殊法人や独立行政法人を、廃止あるいは民営化することで、出資金及び貸付金を回収することが可能となる。その結果、政府のバランスシート上の負債も大きく減る。・・日銀を連結対象とする「統合政府」のバランスシートを作ってみると、日銀が金融市場から国債を購入しているため、実質的な政府の負債は解消に向かいつつある。すでに、財政再建は終了してい可能性がある。その証拠に、先の5月1日、金融市場で国債の売買が成立しなかったという、”事件”が起きている。・・もし、日本の財政が危機的状況であれば、国債の価格は下がり続け、暴落が起きるかもしれない。しかし、現状は、国債の価格は高止まりしている。これは、統合政府でみれば、日本政府の財政再建が終わっているという筆者の認識と合致しているのだ。
・・・社会保障制度を維持するためには、まず「歳入庁」をつくるべきだと考えている。歳入庁というのは、国税庁と日本年金機構の徴収部門を統合した組織である。歳入庁をつくることで、税金や年金保険料を効率的に徴収でき、徴収コストを劇的に下げることができるからだ。
・・・歳入庁はいいことづくめといえるのだが、日本では創設に向けた動きが一向に盛り上がらない。それは、歳入庁に断固反対している勢力がいるからだ。財務省である。
・・・道州制の直接的なメリットは、中央省庁のスリム化ができるところだ。ただし、公務員の数自体は純減しない。削減された20万人の国家公務員はそのまま地方公務員にスライドするため、地方政府の地方公務員は、減った国家公務員の数だけ増えることになる。それでも、中央省庁のスリム化によって、コスト削減効果は出てくるはずだ。・・一方、道州制の導入によって懸念されることもある。新たな利権構造ができる可能性だ。中央省庁が握っていた予算や許認可などの権限を、地方政府が持つことで、地方政府の官僚が利権の中心に座るおそれがある。それに対しては、地域住民の監視が何よりも大切になるが、手が届きにくい中央省庁で起こる問題ではなく、より身近な地方政府での問題なので、監視はしやすくなるはずだ。監視するための組織をつくり、仕組み作りを準備しておきたい。
・・・筆者は、議員立法によって重要法案が多数つくられるべきだと考えている。官僚には書けないような、日常生活に密着した法案こそ、議員立法が担うべき分野である。議員立法の数を増やすことが、政治主導を取り戻すことにつながるといっていい。』

2017年12月30日 (土)

軍事のリアル (冨澤暉著 新潮社)

元陸上幕僚長の著作。前半は一つのテーマについての論述、後半はエッセイ的な印象を受けましたが、目からうろこのような印象もありました。

『…1999年にも国連軍参加についてまったく同様の答弁があったと聞くが、これらの答弁で2つの点が明確にされた。一つは、内閣法制局が国連軍・多国籍軍・PKFに参加し武力行使をすることを、「すべて集団的自衛権に関わる問題だ」と誤解ないしは曲解していることであり、次に「武力行使というものはすべて我が国防衛のための必要最小限を超えるものであってはならない」と盲信していることである。
・・・本来、自営における反撃の限度は侵害の程度に応ずるものである。だから、通常兵力1個師団で攻撃された場合の反撃の限度と、核兵器で攻撃された場合の反撃の限度は明らかに異なる。つまりこれは、その時の状況・相手に応じた部隊運用上の限度なのであって、一定量として表現できないはずのものだ。にもかかわらず、日本に許された自衛・反撃の限度が総じて「必要最小限」、といういかにも一定量であるかのように思わせて、それを防衛力整備とか、集団安全保障とか、集団的自衛権行使の可否等というまったく無関係な分野のことにまで及ぼす。そして結局は、その言葉の意(量)を話す人・聞く人の同床異夢に委ねてしまう。こんな曖昧で意味のない言葉で議論することは直ちに止めなければならない。
・・・ようやく1974年に国連総会が侵略の定義に関する決議を採択した。この定義は8ヵ条からなるもので、無論完璧なものとは言えないが、ケロッグやパルの時代に比べれは大進歩といえる。・・この74年の国連総会は、侵略概念を武力攻撃に限定・確定したのである。
・・・正当防衛は国内法上の言葉であり、自衛は国際法上の言葉ということで、その区別は完全に定着している。ところが、国際的には困ったことが残っている。日本、中国、ロシア、ドイツ等の国々では、国内刑法上の正当防衛と国際法上の自衛とが別の言葉として確立しているのに、米国、英国、フランス、スペイン等の国々では、国内刑法でも国際法で、self-defense(英・米)、legitimadefensa(スペイン)、といった同一語で表現するのである。そのため、外国依存、特に米国依存度の強い日本に、要らぬ誤解と混乱をもたらしている。・・米国の国民の多くは国際法上の自衛(self-defense)という言葉を知らない。・・その彼らから言わせると自衛隊(self-defense force)というのは、「護身隊」とか、「正当防衛隊」と聞こえるらしい。世界秩序や国家を守る軍隊ではなく、もっぱら自分の身を守る部隊、というのは彼らの理解を超えたものである。
・・・刑法の正当防衛なら無論、憲法の認めるところのものだ、ということで、この条項を武器を保有する海上保安庁巡視艇(船)は勿論、米国を含むすべての友好国艦艇等にも適用できるように修正したらしい。集団的自衛権行使に反対する人々が、この条項を「憲法違反だ」と訴えても通じないようになっている。
・・・自衛と正当防衛をself-defenseのような同じ単語で表現する国々があるために、「自衛と正当防衛は同じものだ」とする誤解がなお消えずにいる。しかし「自衛と正当防衛とはやはり違うもの」なのである。「自衛」は国際法上の問題だからその権限と責任は国家にあり、「正当防衛」は個人の刑法上の問題だからその権限と責任は個人にある。
・・・かつて小野寺五典防衛大臣は「情報は共有しても指揮権は日本にあり、他国に譲ることはない」と語ったが、技術の進歩は、各国最高指揮官をパスし、自動的に集団安全保障措置をとれるところまで来ているのである。当然その事前設定は各国の最高指揮官が決心することだが、ことほど左様に今や集団的自衛権で特定の国を護るのではなく、集団安全保障で世界、地域全体の秩序・平和を守る時代なのだ、ということである。
・・・「駆けつけ警護」も「公海上の他国軍艦艇の防護」なども「集団的自衛権行使」に似てはいるが、全く違うものである。これは国際法上の国権に基づくのではなく国内法上試験に基づくものだから、責任は国になく個人にある。それでも諸外国のとっては歓迎すべきものなので、外交上は成功であった。問題は、この現場の自衛官たちにとって(1)奇襲攻撃を待ち受けるまでの忍街、(2)正当防衛についての国家に替わる個人の責任、がどこまで受容できるのか、ということである。
・・・集団安全保障とは戦うことが目的ではない。諸国連合で「何時でも戦える」という姿勢を示しつつ、まず話し合い、次に経済制裁を加え、相手が先に武力行動をとった時に初めて諸国の力を合わせて武力制裁する、というものである。
・・・歴代の米政権は、採用はせずとも多様な政策提言を許容し、かつ国益を守るための検討材料としている。そのことを承知の上で米国戦略家たちから学ばなけれならないのである。
・・・米戦略国際問題研究所(CSIS)シニアアドバイザーのエドワード・ルトワックは、(1)財務省とウォール街は「親中」である、(2)国務省は「親中」と「反中」の間をゆれる、(3)国防総省は「反中」である、と言っている。
・・・各種軍事協力で日本だけが他国と違った行動をとることは、その中で孤立するだけでなく、チーム全体の力を殺ぐことになり好ましくない。自衛隊他員たちの多くが、現場で努力しそれなりの成果を上げつつも、その「手足を縛るような」任務付与については、帰国後・退官後に不満を漏らしてきた。・・国内では「自衛隊は憲法により外国軍とは違う」が通じても、国際的な現場ではそれが説明できない。
・・・状況判断能力については、部下とともに訓練し、数々の現場を部下たちとともに踏んできた後輩指揮官たちをより信頼したい。ただ、現職自衛隊指揮官方にお願いしたいことがある。自らが訓練し自信を持っていることだけを実行してほしい。訓練していないこと、訓練してもできないことについては、恥ずかしくても「これはできません」と正直に言わなければならない。
・・・筆者が防衛大に入港した1956年には、米軍の陸軍中佐が防大校長の顧問として存在していた。
・・・統合作戦というのは、積極的に我が戦力を集中できる攻勢作戦において極めて効果的なのだが、防勢作戦において敵の自由意思に基づく攻撃を待ち受け敵の一つ一つを排除するには不便極まりない。
・・・統合軍が、米国において発展したのは、軍の大きさや活動領域の広さのためでもあるが、軍事技術、特にミサイル・IT(情報技術)の進歩のためだと言われている。要するに陸・海・空全てのプラットフォームが目標情報を共有し、どのプラットフォームから発射するのが最適かを選び出すコンピューター技術が自動的・効率的な指揮を可能にしたためである。
・・・日本は1954年2月に調印した「国連軍地位協定」に基づき、これら参加各国軍を在日米軍基地7か所(横田、座間、横須賀、佐世保、嘉手納、普天間、ホワイトビーチ)において支援しなければならない。これは「軍事による国際協力」であり、一つの「連合作戦」参加と見なされる。国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加は2004年6月、イラクにおいて既に実現している。司令部からの情報提供は受けるが、武力行使に関わる指揮は受けないという条件はついているが、その実例は既に国際法の一部になっている。
・・・これらの「連合」は、すべて集団安全保障措置に関わるものであり、集団的自衛権行使とは関係がない。
・・・今、「国連中心の集団安全保障」と、「米国中心の集団安全保障」が併行して存在するかに見える。しかし、先にも述べたように、国連はもともと米国一極を公認するための組織であり、米国と国連は世界秩序維持のための車の両輪なのである。現在、世界の有力国はすべてこのことを認めているが、大量破壊兵器を拡散させ、テロ・ゲリラなどで世界秩序を変えようとする一部の国(またはグループ)だけがこれを認めていない。
・・・米国一極体制を長続きさせるため、日本の軍事がなすべきことの第一は、米国中心の軍事行動への参加である。それは戦争への参加ということではなく、戦争予防のための「集団安全保障」への参加である。・・まず(1)話し合い、次に(2)経済制裁をかけ、やむを得ぬ場合に(3)軍事制裁をかける、というものだが、ここでの軍事の本来の目的は、その存在により(2)の経済制裁を有効にし、さらに(1)の話し合いに拍車をかけるものであることを理解しなければならない。
・・・米国にとって今欲しいものは各軍の実力ではなく、出来るだけ多くの外国軍の共同の心と姿勢なのである。なぜならそれが「平和裏に米国中心一局秩序を維持する最大の推進力」だからである。
・・・朝鮮戦争は64年前に既に終わったと誤解している人が多いが、この戦争はまだ終戦になっていない。未だ講和条約が結ばれておらず、引き続き休戦状態にある。・・豪・加・英・仏・比・ニュージーランド・タイ・トルコの8ヵ国の駐日大使館駐在武官が国連軍派遣国・連絡将校として兼務(非常勤)で勤務している。
・・・金斗昇氏(韓国国防研究院主任研究委員、元ハーバード大日本研究所客員研究員)は、2002~2008年の間に在韓米軍司令官を務めたレオン・ラポート、パーウェル・ベル両大将の発言を紹介し「米国は、国連軍司令部体制を強化し、国連軍司令官の指揮権をなお有効とし、米韓連合軍司令部体制でない国連軍司令部体制だけでも朝鮮半島有事に対応することが可能であると考えている。つまり米国は米韓連合軍の指揮官の問題が揺れれているこの状況の中で朝鮮半島及び東アジアにおける自国の影響力を維持・強化するための一つの手段として国連軍司令部体制を活用し「北東アジア平和維持軍」を創設するという構想を持っている」「しかし、韓国はこの問題に対する十分な理解を関心を有しておらず、日本に至っては全く認識不足で、ただ日米同盟重視を言うのみである」との趣旨を述べている。
・・・国家安全保障戦略のここまでについては何の文句もなく、筆者にとっては「我が意を得たり」である。しかし、頭の部分は大変優れていたとして、首から下の部分が全くできていないところが問題である。「大量破壊兵器の拡散」が脅威だとして、それにどう対応していくのかという具体的方策がこの戦略には全く表現されていない。更に、この戦略を受けた「25大綱」にも関連策が示されていない。・・最大の脅威に具体的施策が全く伴わないというのでは、戦略としてはお粗末である。
・・・筆者は英国の核は米国核の分散配置に過ぎず、フランス・中国の核はいずれも「トリガー(引き金)核」だと理解している。「トリガー核」とは、「我が国も世界破滅の引き金を引ける」という自己主張であり、「滅多なことでは引き金を引かない」が故に「我が国も世界秩序(平和)を担う重要国家である」と宣伝しているの過ぎない。・・イスラエルの核は周りのアラブ諸国の攻撃を抑止することが目的であり、イランはこれに対抗して核開発を進めようとしている。
・・・米露の核が世界秩序(平和)の維持に役立っていることは確かだとしても、このようにイラン・北朝鮮のような国が核開発を進めると、世界の核使用のハードルが低くなり、全体の秩序が脆弱なものとなるので困る。それゆえ、これ以上の核拡散を止めようということになる。既核保有国の核を保全して、その他の国の新たな核保有を禁じることは確かに不平等な話である。しかし、世界の平和、即、各国の平和と考えるならば、これはやむを得ないことと考えなければならない。
・・・原子力工学に詳しい自衛隊OBにきくと、不可能ではないようである。ただ、すぐにできるというようなものではなく、何年というレベルの時間を要するらしい。2016年に331キロの研究用プルトニウムを米国に返納したが、ある程度時間をかければ核兵器用のプルトニウムを準備することも可能らしい。
・・・米国では騎兵の機能と部隊名を残し、その機能を継続できる新たな装備と訓練を探し続けたのだが、日本では騎馬という装備(ブツ)そのものに拘り、そのブツが陳腐化してなくなると同時にその機能そのものまでをも忘れ去ってしまった、ということである。
・・・「本腰を入れることはないのだから、前捌きに集中しよう」ということである。「海のISR(情報・監視・偵察)重視」もこれで理解できる。数年前に沖縄海兵隊外交政策部(G-5)次長であったエルドリッヂ博士から、「海兵隊とは騎兵隊のようなものです。陸上自衛隊も海兵隊のようにしてはどうですか」という提言を受けた。「海兵隊は騎兵」には全く同意である。しかし、海兵隊が騎兵の役割を務めることができるのは、米陸軍という主力(本腰)が後ろに控えているからである。自衛隊全てが騎兵になった時、主力(本腰)は米軍が務めるとでも思っているのだろうか。また、諸外国の状況をみるに、「国家間決戦なき時代」ではあっても、「外国力」の背景として「本腰」の力が大きく働いていることは明白である。
・・・統率力は一般に、指揮官の「人格」と「能力」によって構成される。「人格」と「能力」のどちらに比重をかけるかは人によって違うが、少なくとも片方がゼロという人に統率はできない。
・・・統帥は当初、部隊運用(軍令)に限られていたのだが、この軍令と軍政の混乱が、帝国陸海軍に大きな誤りをもたらした。・・ところが、軍政は軍令の要求に従うべきものであり、軍政が軍令の要求を入れないことは参謀総長(陸軍)や軍令部(総)長(海軍)の統帥権を干犯するものだ、という動きが起こる。・・これらは、実際は大勝利とは言えなかった日露戦争の反省が不十分なままに、大正デカダン(軍事不要)という風潮の中で、天皇という玉を掴み取ろうとした陸海軍の過ちであった、と筆者は考える。明らかな贔屓の引き倒しで、極めて不敬なことであった。
・・・スイスは1648年のウェストファリア条約で独立した小国(現人口842万人)であるが、独立以来永世中立国であり、その中立政策を守るため370年間、徴兵制を続けている。しかし、国防関係者が「冷戦の終結により外敵からの侵略の危険性が減少したことで、現役総定員17万人は過大になった。故に装備の近代化と職業軍人の増加で軍隊のプロ化を進め、兵指数も12万程度にする」との方針を発表し、これまでに3回の国民投票が行われたが、3回とも否決された。3回目(2013年)の結果は反対票73%で、その最大の理由は、「職業軍人だけの軍隊になるとNATOやEUとの関係が強いものとなり、中立が保てなくなる」であったと聞く。
・・・イタリア軍は1860年代から徴兵制度を続けてきたが、2000年に徴兵制廃止を決定、2005年から完全志願制の軍隊となった。徴兵制廃止の最大の理由は、「90年代のソマリア内戦に国連多国籍軍として参加したときに、余りに弱く役立たなかったので、訓練練度の高い精強部隊を作るため」と伝えられている。
・・・「もっとも効果的な情報入手手段は「人間交流による情報(ヒューマン・インテリジェンス=Humint)」であり、最高の情報とは「相手(敵)の意図を自分の意図に一致させること」である。それができたときには戦わずして勝てるのだ」という結論が出る。藤原は自らの魂(愛情と誠意)によってそれを実行した稀有の情報将校として歴史に残る。
・・・米軍の将校たちが「戦場で状況判断をするときに、最小限考えるべき要素」として教えられてきた「METTT(メッツ)」という略語を紹介する。それは次のような意味を表している。M(Mission):任務、E(Enemy):敵、T(Troops):我が部隊、T(Terrain):地形、T(Time):時間
・・・現在の日本には、この「3戦」に応じ当方からも「3戦」を仕掛ける所管官庁がない。それが最大の問題なのだが、筆者は国家安全保障局が遠からずその中核であろうことを期待している。
・・・(A)「演繹法的収集」と(B)「帰納法的収集」について考える。(A)は当方の任務・行動を原点とし、・・(B)は敵方だけでなく、互いの友軍の動きや広い世界の動きなどが定まらず、当方の行動方針の目安も経たない段階で長期戦略的な判断に資する情報を探るものである。・・当面の作戦に備える戦闘情報では(A)が多用されるが、その場合でも(B)で補完しより確実を期すことが大事である。最近はコンピューターの発達により大量のデータを短時間で解析できるようになったらしいので、(B)の方法が戦闘情報にも活用できるようになるかもしれない。』

2017年12月 2日 (土)

般若心経は間違い? (アルボムッレ・スマナサーラ著 日本テーラワーダ仏教協会)

これまで少し意味が不明なところもありながらも、般若心経はありがたいお経だと信じて唱えてきました。しかし、この著作で疑問点は解消し、般若心経に対する見方が変わりました。

『・・・じつは「般若心経」は分からなくて当たり前なのです。それはお釈迦様、正等覚者である釈迦牟尼ブッダその人が語った経典ではないからです。「般若心経」をはじめとする大乗仏教の経典は、お釈迦様が涅槃に入られてから数百年後、その直接の教えから一部を抜き出して、その人なりの能力で深い意味を表現しようとした宗教家たちの文学作品です。それを私たちはいろいろと頭をひねって解釈しなければならないのですが、私たちもお釈迦様が説いた真理を知っているわけではないので、納得いかないのです。
・・・自分の国スリランカにも、子供から大人まで確実に覚えている経典として「慈経」という短い経典があります。これは暗記していない人はいないというくらい有名です。この経典は、お釈迦様が「慈しみ(慈悲)」の実践について説かれたものです。
・・・観自在菩薩は、大乗仏教でトップクラスの知名度を持つ菩薩ですが、初期仏教の時代には全然出てこない。あとからつくられたキャラクターです。
・・・初期仏教では、大乗仏教のような菩薩信仰を説かないのですが、菩薩の波羅蜜は六どころか、十も挙げられています。布施波羅蜜(施しの実践)、持戒波羅蜜(道徳の実践)、離欲波羅蜜(欲望の放棄と克己の実践)、般若波羅蜜(智慧の実践)、精進波羅蜜(精進努力の実践)、忍辱波羅蜜(耐え忍ぶことの実践)、真諦波羅蜜(誠実さ、正直の実践)、決意波羅蜜(不撓不屈で目的を成し遂げる実践)、慈波羅蜜(慈しみの実践)、捨波羅蜜(無執着の実践)です。ブッダになる誓願・決意をした菩薩は、この十項目を完成して完璧な人格者にならないといけないのです。
・・・波羅蜜を人格完成のための行として、いろんな試練訓練を受けて、自分を磨き上げることだと理解したほうがよいのです。
・・・お釈迦様は「私、といっているものは、色受想行識の五つでできているのだ」と言っています。「私を構成している、色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊の五つの本性は空である」つまり「実体はない」ということを観察しているのです。
・・・色は、簡単にいうと私たちの「肉体」です。・・受は感覚、感じることです。・・私は「想は、私たちが持っているさまざまな概念だ」と説明しています。・・大人になるとどんどん想が増えていくのです。勉強すればするほど想が増えます。それでトラブルが起こったりもします。・・行は、経典の説明では、喋りたい、考えたい、身体を動かしたいという気持ち、エネルギーのことです。これも増えたり減ったりします。・・識は、認識すること、知ることです。・・色受想行識の五つが一緒になって、離れることなく行動すること。それを私たちは一般的に生き物、人間と言っています。
・・・初期仏教では、あくまでも「一切の現象は生じて滅するものである」「一切は無常である」という立場です。お釈迦様は生滅説なのですね。これに対して「般若心経」は、「生滅がない」と言っているのです。この一言で「般若心経」は、せっかくお釈迦様が発見された「無常」という真理を否定してしまうのです。
・・・存在しないものについても考えられるのが、頭で思考する(妄想する)ことの特徴です。人間には妄想する機能(識)があるのです。
・・・お釈迦様は、次に「私と外の世界のかかわりはどうなっているのか?」を分析しました。その答えが「十八界」です。・・「見る」という現象の要素として、眼界・色界・眼識界という三つがあるのです。これを六根(眼耳鼻舌身意)すべてで起きているので十八界になるのです。十八界はネットワークです。このネットワークには中心的に管理するところはありません。インターネットのように中心がないネットワークなので、「実際の機能としての存在」を示す意図で「十八界」と言っているのです。・・このネットワークには、何も芯となる実体はありません。それが「生きる世界」の一つの説明になります。「私がいるんだ」というのではなく、「ネットワークが存在なのだ」と。・・十八界は常に変化生滅しているのです。そこで私たちは、「存在は無常である」という結論にいとも簡単に達することができるのです。
・・・本当は、「私」はネットワークで成り立っているもので実体はないのですが、それが分からないでいるのです。こういう存在の分析はブッダしかやっていないのですから、人間が知るはずもありません。
・・・仏説の本当の心臓は「般若心経」ではなく、十二因縁なのです。十二因縁は生起論と滅尽論がセットです。無明がなくなれば行もなくなる、行がなくなれば識もなくなる---、という滅尽論もあるのです。これによって、私という存在が苦しみの世界から脱出して解脱に達する道筋が明らかになったのです。
・・・ブッダが言うのは、「もともと実体はないんだよ」という話です。実体があると勘違いするから執着するのです。執着するから物事が変化するとすごく苦しくなって、悩むはめになるのです。実体がないからこそ、物事が変化するのです。外の世界に限らず自分自身も、変化し続けているのです。そこでブッダは、「どこにも実体のないことを発見しなさい。悩む自分も実体がないことに気づきなさい」と説くのです。
・・・言葉を使うときは語りすぎに気を付けること。そうしないと、どこまでも、頭の考えだけで飛んでいってしまうのです。
・・・宗教たるもの、けっして人間の呪文願望を支えてはならないのです。もし宗教が呪文願望を応援するなら、それはインチキ宗教に決まっているのです。
・・・正直さ、真理であるということは、それ自体がすごい力なのです。それを教えるためにお釈迦様はいくつかの経典で祝福をしています。「これは真理だよ。本物だよ」という証として言っているのであって、呪文に力があるというような神秘的な話ではありません。お釈迦様は星占いも他の占いも、きれいさっぱり貶して捨てているのです。
・・・「言葉に力がある」のではなく、「意味のある言葉に力がある」のです。
・・・呪文の特色は、論理性がないことです。文法も主語も目的語もありません。・・呪文には、伝える意味がないので、力がないのです。なのに皆、呪文に力があると思って、意味のない単語を羅列する。それは明確に迷信です。・・お釈迦様は明確に呪文を否定されました。呪文のことは、はじめからまったく馬鹿にしています。だから経典に呪文はひと言もありません。
・・・最後まで読んできましたが、「『般若心経』はあまり勉強していない人が作った経典ではないかな」というのが私の感想です。『般若心経』は仏教用語をたくさん並べていますが、パーリ経典を読んで学ぶ人から見ると、経典に値しないダラダラした作品で、欠点がたくさんあります。作者はただ適当に短くまとめてみようと思っただけで、そんなに真剣ではなかったようです。本人は「空」ということをわかっていないし、空の思想を理解してもいませんでした。そのことは、空を理解していたら使えない「na 無」という言葉を使ってしまっていることからもわかります。
・・・ということで結論です。「般若心経」は中身を勉強しなくてもいい経典です。そもそも中身がないし、論理的でもない。だから、意味がわからないことで困らなくてもいいのです。意味がわからないのは私たちの頭が悪いのではなく、先生の頭が悪いからです。
・・・「般若心経」は、仏教ほど古くないけれど、長い間みんなが大事にしてきた経典ということくらいのことです。大事に守られた理由は、短いことと、理解できないことですね。理解できなかったのは、中身がなかったからです。
・・・「向上するための躾が欠けているならば、それはブッダの生の教えではない」これは私たちが経典をチェックする重要なポイントです。
・・・そこで智慧のある人は、・・無常の中でなんとかうまくいくように励むのです。・・私たちの仏教世界では、「親は梵天(最高の神)として尊敬しなさい。親孝行しなさい」と教えます。なぜそんなに親を大事にするかと言えば、無常だからなのです。
・・・釈尊は、「常に気づきを持って(sato サトー)、この世を空として観察しなさい」と答えます。・・仏教でいう「世 loka ローカ」は、物理的な世界より、一切生命のことをいうのです。釈尊が、「一切生命を空と見なしてください」と言うのは、「実体たる自我がない」と発見するためです。これはパーリ経典のなかでも、最も古いところで出てくる教えです。「生命は空である」と分析すると、色受想行識の五蘊でできているものが生命なので、「五蘊には実体がないから空である」ということがわかるです。「生きる」とは何かといえば、眼耳鼻舌身意で認識することであって、それも実体がない。空である。そういう空論です。
・・・たとえとして使われる場合は、「毒矢」のイメージです。自分の身体に毒矢が刺さっていたら、ありがたいとは誰も思わないのですね。とにかく捨ててしまいたい、離れたいのです。だから、五蘊そのものが毒矢だと見てください。
・・・仏教では、「瞑想修行で発見するのは、無常、苦、無我とうい真理の側面のどれか一つだ」とも説明されています。しかし無常も苦も無我も、はっきり言えばすべて「同義語」なのです。
・・・修行を完了した人と、修行中の人の世を見る観方は、まったく同じですが、修行中の人には「我見を絶つ」という仕事が残っているのです。
・・・執着を捨てることは、決して楽ではありません。価値を入れると執着が生まれます。「価値がある」と思うと、やはり置いておきたくなります。私たちの家にもガラクタがいっぱい溜まっていますけれど、なかなか捨てられないでしょう。それは価値をつけているからです。
・・・事実だからといって、役に立つとは限らないのです。だから初期仏教では、「知っているものは全部語る」という立場は取りません。無駄なことは語らないのです。
・・・「空論」を語る人は「na 無」という言葉を使いません。それは「無」と「空」がまるで違うからです。・・「空」というのは、そういうことではないのです。蜃気楼は空です。蜃気楼について、私たちは語らなければいけないのです。「あれは水のように見えるけれど、ホントはそちらに水も何もないんだよ」と。「これはこういう働きで水のように見えるのだ」と。それな空なる現象であって、「無」ではないのです。蜃気楼を見て、「あれは無だよ」と言ったところで、蜃気楼はあるように見えるのですから無じゃないでしょう。私に苦しみが「無い」と言ったって、実際には現象として苦しみがあるのだから無ではないのです。
・・・確かに一切の現象は空です。しかし仏教では空論は語りません。その代わりに無常論を語るのです。それはわかりやすくて手につかみやすい事実だからです。無常は、「今のある現象が変わっていっても、また次に別の現象がある。また変わっていって別の現象がある」ということです。だから、そこから「どうすればいいのか」ということが導き出されます。それで修行することや、悟ることや、解脱することや、そういった道徳的なセクション、実践的な方法が成り立つのです。
・・・仏教は進化の道であって、人格完成の道であって、悟りに達する道なのです。だから空だけをハイライトして論じることで、それが壊れます。だから初期仏教では真理として「空である」とはっきり言うのですが、けっして「空論」は展開しないのです。
・・・じつは大乗のお坊さんたちも、まじめに修行しているのです。しかし論理的にはあべこべだから、その人たちにもまじめに修行する気がなくなってしまうのです。・・ただ真剣まじめに修行させる論理的な支え、裏付けがまったくないのです。それで最終的に大乗の世界で何をするかというと、「般若心経」のように呪文を唱えたり、「南無妙法蓮華経」と唱えたりするだけに終わってしまうのです。
・・・悪業か善業かは、しゃべった内容と気持ちによります。善いことを善い気持ちでしゃべるなら善業であり、善い結果につながります。
・・・仏教では、人間より次元が高い、心のエネルギーのレベルで生きる生命のことを、「神」といいます。仏教では、「いろんな生命が生きていて、どれもこれも清明だ。輪廻の世界で苦しんでいるのだ」という認識なので、神だから尊いということにはなりません。心を極限まできれいにして輪廻から解脱した阿羅漢こそがすばらしいのです。生命ということでは、微生物も人間も神も同じです。・・人間であるからには、人間としてしっかり生きることです。
・・・たくさん記憶したら、sannaがたくさんあるということです。忘れたら減ります。たくさん勉強するということは、サンニャーを増やすことです。sannaが増えると、そのぶん五蘊の量が多くなってしまいます。だからものすごく勉強した人というのは、性格が悪くて、頑固で、育ちにくくて、ややこしいでしょう?
・・・行蘊は「衝動」です。・・私たちには常に何かしらの衝動があって、その衝動は常に変化しています。衝動がない瞬間はありません。・・そのエネルギーをsankharaというのです。
・・・私たちの身体は五蘊でできているのですが、それらはすべて常に変化しているということになります。・・五つの無常をまとめたら、それは何に例えることもできない徹底的な無常なのです。ただ「無常」というしかないのです。・・ヴァジラー比丘尼は、「五蘊で自分ができている。それを生命という世間の合意がある。それだけですよ」と言ったのです。
・・・私の身体も、机も、物体です。どちらも同じ物体なのです。しかし、私の身体は感じるのですが、机は感じないのです。つきつめれば、違いはそれだけです。
・・・似ているものを長く感じると、「苦しみ」が生じます。・・それは感覚が苦だからです。・・苦には二つの次元があります。一つは、「感覚は苦で、生きるとは感覚があることなので、生きることは苦である」ということです。私たちは感覚があるから「生きている」とかいうのですが、その感覚が「苦」なのです。だから私たちは苦しまずに生きることができないのです。苦が生命を維持管理しているのです。「生きる=苦という現象」なのです。「生きることには微塵も楽しみはない」というのは真理です。・・楽なんて苦の「騙し」でしかないのに、「楽だ、楽だ」とありがたがってしまうのです。・・感覚が楽なら私たちは簡単に死んでしまうのです。生きていられません。それで苦が生じて生き延びるのです。生きていくには苦が必要なのです。
・・・楽しみがあったのではないのです。苦しみが減っただけです。それを勘違いして「幸福だ」というのです。・・世間の人が夢見る最高の幸福は、不幸のどん底でないと感じられないのです。苦が消えることが楽しみなので、幸福を感じるためには、どん底の不幸になるしかないのです。では、「生きる苦しみ」が完全に消えたらどうなりますか?「生きる=苦」なのです。それがきれいさっぱり消えたら、どうなりますか?それを解脱というのです。その境地が涅槃です。輪廻から解脱し、二度と生まれないなら、完全に苦を断つことに成功した方なのです。
・・・本当に、人生に楽はないのです。「楽」というのは錯覚で、ただの世間の合意です。・・その幸福は、「苦しみが消えた」という事実をあべこべに見ただけのことです。苦しみとは別物の幸福があるわけではありません。あるのは苦しみだけなのです。苦しみ以外にないです。
・・・「苦」には「感覚の苦」とは違う意味もあります。一切は無常で、絶えずに変化していくのですが、この状態も「苦」というのです。
・・・「私の」という気持ちが苦しみを作るのです。「私の」というのは、自分の感覚から生じる錯覚です。だからこの「感覚の苦」をしっかり観察しなければならないのです。
・・・ところでヴァジラー比丘尼は「誰が生命を創造するのか?」という悪魔の最初の問いに答えていません。それはそもそも、実体として誰も見いだせないからです。「生命」という実体が成り立たず、あるのは無常たる現象のみなので、問い自体がナンセンスなのです。だから仏教にしてみれば、「森羅万象を創造したのは誰?」という問題は、答える価値さえもない、無意味な成り立たない問いなのです。
・・・修行者にとって「悪魔」とは「自分自身の思考」です。仏教の修行をする人は「神様が降りてきて修行の邪魔をする」と考えてはいけません。自分の悪さを、他人のせいにしてはいけません。悪魔は自分の思考、妄想なのです。妄想は感情から絶えず生まれるのです。感情とは煩悩です。だから、まず自分の妄想を減らすことです。それは自分でできます。それが悪魔退治です。けれど妄想が減って落ち着きが出てくると、「自分は理性的だ」と勘違いする思考が現れます。「いま私は妄想していない。論理的なことを考えているのだ」といばるのです。これが悪魔の攻撃です。思考を止めさせてくれないのです。「理性的な思考」でも思考にすぎません。真理を知っているならば、思考する必要もありません。』

2017年11月27日 (月)

さよならパヨク チバレイが見た左翼の実態 (千葉麗子著 青林堂)

以前、千葉麗子氏の「くたばれパヨク」についてアップしましたが、その前著です。私としては「くたばれパヨク」の方がインパクトが強かった気がしますが、こちらも気づかされる部分がありました。

『・・・彼らを見ているとやはり社会環境に加え、家庭環境の影響が大きいと思います。子は親の背中を見て育つといいますが、親の生き方や考え方は子供の人生に反映されていくものです。
・・・「原発に反対すると仕事を干される」という芸能人もいるようですが、私の知る限りでは、そういう人はまずいません。しばらく姿を見ないと思ったら、反原発でいきなり登場という人ばかりです。つまり、売れなくなったから、反原発で再び注目されようということばかりですね。若手から中堅、ベテランに至るまで、「苦しい時の神頼み」ならぬ「苦しい時の反原発頼み」というのが芸能界にはあるようです。
・・・脱原発を訴えて集まってきた人は、パヨクばかりではありませんでした。保守、右翼の人の中にも反原発の行動を起こす人たちがいました。愛する美しい日本の山河を守りたい、あるいは国防の視点から危険な原発をなくしていきたいという理由などからです。そして彼らも経産省前などに日章旗を持って駆けつけたのです。しかし、当初から日章旗を掲げるグループは排除されました。
・・・特に一般参加者は減る一方で、いつの間にか共産党関係者、それも高齢者の占める割合が増えました。そもそも首都圏反原発連合が後に共産党地方議員の家族と身元がばれた中心メンバーをはじめ、共産党関係者が多く入り込んでいました。・・主要人物は表に出ないで身元がばれない若手を前面に立たせる方針をとったのです。自分たちは安全な場所にいて、指示を出していたんです。
・・・知人らから聞いたのですが、デモに音楽や踊りを取り入れるのは、日本共産党が昔から得意とすることらしいです。ラップミュージシャンが多数参加していたのも、共産党のスタイルに合っているからだと考えるとなるほどと思います。
・・・デモは物販をしたり、カンパを集めたりする場にもなります。パヨクに物販は付きものなんでしょうか。現場ではTシャツ始め関連グッズをいろいろ売っていました。・・もちろんカンパした人は善意からなんですが、受け取る方には、そのお金で生活している人がいるっていうことを聞きました。最初は耳を疑ったのですが、デモに入り浸っている人には、確かにきちんとした仕事をしていない人もいて、どうやって食べていくかになると、カンパをあてにするしかないということらしいです。・・お金のやりとりに関して、彼らのうまいところは、絶対に皆の前でやらずに、抗議活動が終わった後、近くのコーヒーショップなどに集まってやっていたことです。
・・・ものすごい野心家に見えました。隙あらば何をしてくるかわからないような感じで、「私、女王様」的な強さを持っていたと思います。・・今振り返ってみると、食うか食われるかの芸能界では、そのくらいでちょうどいいのかもしれません。汚い手や卑怯な行いはともかく、もっと強気になって堂々と渡り合ってもらえればと思います。芸能界は在日だらけと嘆く前に、作り手も受け手もなぜ在日がここまでのし上がってきたかも冷静に分析し、いい意味での刺激を受けるべきではないかと思います。
・・・この前、在日の韓国人の女の子とご飯を食べに行ったんですけど、もう気質や性格が全然違う。攻撃的で上から目線。で、へこたれない。涙なんか流しませんからね。・・きっと韓国社会の中では、なよなよしてると負けてしまうんでしょうね。いいカモにされたり、韓国社会は必ず上下関係がないと話が始まらないみたい。つまり対等な関係がないわけです。・・そんな感じだった。言葉の端々が攻撃的。「自分が女帝よ」でツーンとしてないと韓国社会では生き残れないみたいですね。
・・・アメリカは70数年前に戦争をしていたにもかかわらず、今いろいろな場面で日本人をリスペクトしてくれます。』

2017年11月 5日 (日)

忍者はすごかった 忍術書81の謎を解く (山田雄司著 幻冬舎新書)

忍者そのものというよりも、一流の忍者になるために必要なことが書かれており、当然それは他の世界でも一流になるために役立つものでした。

『・・・忍びは「乱波(らっぱ)」「透波(すっぱ)」「草」「奪口(だっこう)」「かまり」など、地方によりさまざまな名前で呼ばれていました。「忍者」という呼び名は、昭和30年代に小説などを通じて定着した新しいものです。
・・・忍びの本は「正心」である。忍びの末は陰謀やだますことである。それゆえに心が正しくコントロールできないときは、臨機応変の計略を遂行することができないのである。・・いわゆる正心とは仁義忠信を守ることにある。仁義忠信を守らなければ、強く勇猛なことをなすことができないばかりか、変に応じて謀略をめぐらすこともできないのである。
・・・武勇の心掛け方については、「血気の勇を捨て去り、『義理の勇』を心掛けよ」と述べています。同じ武勇といっても義理の勇がなければ君子の勇ではなく、血気の勇で、一時の怒りによって剛強を働かせることができても、次第に怒りが薄くなるにしたがって、ずっと剛強の働きを心底に保つことはできないとしています。さらに義理の勇とは、やむを得ず起こす勇であり、この勇はいつまでも冷めることなく、ことに私心がないためにまず己の欲心に克ち、前後を思案して、なおかつ必死ならば即ち生ずということを心の守りとして働く
・・・実際には、人と仲良くなって情報を聞き出す陽忍の方が多かったようです。
・・・まずそのことを言わず、それとなく他のことより語りてそびけば、向こうよりも思わずいうものなり。
・・・忍びは、人に追われて逃げることを恥と思ってはいけない、刀・脇差・諸道具を捨てて帰ることも多いので、名前や印が付いている道具を持ってはならない。ただ敵を知ることが肝要だと思い、自分の命を軽んじて忠義を果たすように
・・・利口(方便)というものは、聞いているときはおもしろいけれども変化するものである。道理は大きく広く、かつ慎ましやかで明白なものだ。利口はこれに劣るものであり、受けが良い内容のため、人はこれを喜び聞く。
・・・常にアンテナを高く張っておけば、周囲には多くのヒントが隠れています。自分と同じような人だけでなく、さまざまな人々と関係することにより世界が広がり、多種多様な知識が得られ、生きていく上での大きな糧となります。
・・・旅にて愛情を用いれば、相手は自分のことをよく思うものである。良く思えば取り入れいやすい。・・旅では日ごろ隠していた自分の本心が現れるものです。そうしたときに温かい対応をされると、心の中にスッと入ってきます。そうすれば、その相手とは固い信頼関係を結ぶことができるようになり、そこからさまざまな情報を得ることができます。
・・・会話する場合は、「聞き上手」であるべきで、自分の言いたいことは少し心の中にとどめておいて、相手が心中に思っていることを引き出す会話術が必要となります。
・・・「敵になる」という教えがあるが、これは敵の立場になって敵の心を察することである。・・あるいは「敵の心を取る」という教えは、こちらがこのようにしかけたときは敵はこのようにする、こちらがこのように語ったならば相手はこのように話すというように、敵の心になって考えるということである。・・「敵に離れる」という教えもある。これは「我は我、敵は敵」と考え、その利は異なっているとみて、敵の立場になることなくして、ついには必ず勝つということは上手のなせるわざである。通常と敵と離れては益がないとされている。
・・・必ず逃げ道を作っておいて、絶妙なバランスで厳しくすることと寛容にすることの両方を用い、良好な関係を築いていく必要があります。
・・・「追従軽薄」を取捨すること。人に対して自分の気に合わない場合でもへつらい、自分が好きでないことも好きなように振舞うことは、人に気に入られるためである。・・このようなことは士たるものは一切しないことであるけれども、用いることがある。これを用いなければ、気儘気随者ということで人との交わりは難しい。ただのちょっとだけでも用いないと心に決めていたのでは害がある。時により場により人により合わせる必要がある。
・・・自分から声をかけることによって先を制することができ、自分のペースで事を運ぶことができるようになります。
・・・人に理のあることを言わせて、なるほど道理ですねと感心して見せれば、相手は必ず先にいい気分になって、自慢をするようになるものである。そのときに相手が秘密にしていることの兆しが、注意していれば見つかるものである。それを取り出して、たたみかけて質問していくと、相手はそこから逃れることができずに必ず弱くなるのである。
・・・自ら慎んで抑えなければならないのは、「利口」「利発」である。内に蓄えておけば、自分が賢いということを外に示したいときにいつ何時でも自由に出すことができる。であるから、知識を蓄えておくことが肝要である。
・・・常に酒、色、欲の三つを堅く慎み、これにふけって楽しんではいけない。酒、色、欲の三つはもとより自分の本心を奪ってしまう敵である。・・忍びは禁欲的である必要がありますが、逆に相手を術中に陥れるためには、好きなものを渡したりして心を奪うという方法があります。
・・・何でも心に望み欲することは皆欲である。これを忍ぶことは難しい。ことに忍び・間者はこれをよく忍ばなければ大いに害がある。
・・・相手の懐の中に入るために、酒、淫乱、博打などを利用し、相手の油断を誘います。しかし忍びたる者、それによって自分自身を失ってはなりません。・・こうしたものに心を奪われていたのでは、冷静沈着な行動を必要とする忍者は命を落とすことにつながります。しかし、逆にこのような手段を利用することによって人を油断させて自分の思い通りに利用するようにするのです。
・・・総じて人の衰亡は、皆欲心によるものである。・・取り入ろうとおもうのなら、まずその人の大欲小欲無欲のものは何かを判断して取り入るのである。
・・・酒の席では、酔った勢いで普段は言えないことも言えるようになるし、聞く側も酒の席だからと容赦してくれます。ゆえに、それを利用して言いたいことを言うのもよいと書かれています。しかし、これは相手や内容次第のところもあるので、状況判断が必要です。
・・・人を知って自分を知られないようにするのが、忍びの者の中でも巧者である。
・・・何事も思いの外のことには心を取られ、落ち着かないものである。忍び、間者はこのようなことで人の心を縛ることがある。・・言葉によって相手を縛ることもできます。相手から想像だにしていないことを言われると、そのことが頭から離れず呪縛されることになります。
・・・修行というと、滝に打たれたり絶食したりということを思い浮かべますが、忍者にとっての修行は総合的能力を高めることにあります。・・どのようなことが起きてもすぐに対応できるように、日ごろからそれに備えておく必要があります。それが修行なのです。・・忍びにとっては、これから修行するぞ、と思って特別な修行をするのではなく、日々の生活すべてが修行であり、それがすべて自らの命運にかかわってくると心得て、毎日を過ごす必要があるのです。
・・・心は水や鏡のようである。水と鏡の本体は本来不動で清明なものであるけれども、外物の塵芥泥土のたぐいに汚される。あるいは風や人が外から動かすときは、本来の清明不動を失って、万物が対しても映ることはない。本心も同様に清明不動であり、向かう者の善悪邪正、是非の情、その他すべてが、水や鏡が物を映すように、明らかに現れないということはない。しかし、六塵を六根に引き入れたなら、必ず心が濁って清明でなくなり、さまざまな状況に応じてよく物が映るようなことはなくなってしまう。
・・・忍術の三病は、一に恐怖、二に敵を軽んず、三に思案過ごす。この三つを去りて、電光のごとく入る事速やかなり。
・・・武士はあやぶみなきぞよかるべし まへうたがひはおくびょうのわざ (武士たる者、危険だと思わない方が良い。事を起こす前から心配に思うのは臆病のなすわざである)
・・・剛勇か臆病かは話す内容にて知ることができる。「一日戦いについて話をすれば、三日間心が強くなる」といって、常に武勇を好む話をする者は心が強い者である。・・己の落ち度を指摘されても顔色を変えない者は、心が強い者である。怯える者はその逆である。
・・・何事も順調にいっているときは勇敢に見えても、順調な時期を過ぎたときにそのような態度を保っていることはできないため、本来の性格が表れてきます。
・・・人は平常時には自分の心を制御できますが、非常時には制御できずに本心が見えてくるので、そこから性格を読み取ることができると述べられています。他の個所では、一緒に旅をすればその人の性格がわかるとされていますが、これも、大変な局面の際に人の持っている本来の性格が表れるということです。
・・・「相見」とは、何事でも人の見たこと、人の言ったことを、自らもそれを見て、その人の言うところと自分が見たところを引き合わせて、虚実の分量を量ることである。
・・・人を外見やその人の職業などで判断してはいけないという教えです。さまざまな人の意見を聞くことが重要です。人の重要性はその外見ではなく、内面であるということを示しています。
・・・忍びは平常心を保っていなければならない。それは、いつ何時であっても忍ぶ心が大事だということである。
・・・水の中で足をバタバタさせていても水上では物静かな水鳥のように、心の内はどれほど忙しくても、表面上は心うららかにすべきである。世の人はさまざまに騒いでいても、忍びの道を守る人物が誠を大事にする様子は、あたかも聖人とも悟道者ともいうべきであろう。
・・・撰む事。忍びの者の性質に、大業をよくする者あり。小業を得し者あり。その生得を撰みわけて遣う事。總司の肝要なり。不得手なる事をなさしむべからず。
・・・要の大事。伊賀伝に曰く、十本の扇の骨も要一本にてしまりつかわれるなり。間人数千百人もこれをつかう総大将一人による事なり。
・・・江戸時代末期の風流を描いた牧墨僊「写真学筆」には、武士が手裏剣打ちをしている場面が描かれています。江戸時代には、武士の嗜みとして手裏剣術が行われており、手裏剣は忍者のものという認識が作られていくのは昭和になってからのことのようです。
・・・忍の一字。この一字至て大事也。字の心は刃の下に心を書。心は胸也。胸に白刃を当て物を問ひ、決断に逢ふ心也。
・・・味方の中に敵の忍びが交っていないかどうか見つけ出す「立ちすぐり・居すぐり」という方法があり、これは決めておいた合言葉を言って、人々が同時にさっと座り、さっと立って、紛れ込んだ敵を選び出すための方法でした。これによって見つけ出されて殺された例もあります。
・・・それ忍の本は正心なり。忍の末は陰謀・佯計(ようけい)なり。これゆえにその心正しく治まらざる時は、臨機応変の計を運らすことならざるものなり。
・・・この道を業とする者は、一戦の折から主君の為に大忠節を尽くし、大功を立てんとのみ欲して、主君の安否、国の存亡、我一人の重任と心得るべし。
・・・皆が考えつくような方法では、対策がとられていて忍び込むことはできません。そのため発想を転換させ、相手が考えないような方法を駆使することによって意表を突き、初めて忍び込むことができるのです。・・状況は常に異なっているので、その場に合った方法を即座に判断し、臨機応変に対応を変化させていく必要があります。
・・・忍びの術は奥深いもので、一朝一夕で身につけられるものではありません。心の修練を欠かさず、継続的な努力が必要です。また、事を行うに当たってはちょうどよい時期というものがあるので、それを逃してはいけません。
・・・聖ばかりで侫がなければ事は成り立たず、直であって曲がなければ、人の偽りを信じて害を被ってしまう。俗に言う「阿呆律儀」である。聖直侫曲の四つを合わせて、人により用いるのである。
・・・人の真偽を黙識して人に欺からるるべからざる事。
・・・此の道を業とせん者は最も顔色をやさしく和らかにして、心底尤も義と理を正しくすべき事。・・恐い顔をしていたのでは誰も寄り付きません。常に柔和な顔をして人に安心感を与えることによって打ち解けるようになり、さまざまな情報も得ることができるようになります。逆に、穏やかな顔をしている人を信用してだまされることもあるので、気を付けなければなりません。』

2017年11月 4日 (土)

50代から本気で遊べば人生は愉しくなる (片岡鶴太郎著 SB新書)

短い著作でしたが、著者のこれまでの人生とその時々の思いが分かりやすくまとめられており、参考になることも多くありました。

『・・・新しいことにチャレンジすることはエネルギーが要りますし、ときには悩んだり苦しんだりすることもあります。でも、その先には大いなる”ギフト(贈り物)”が待っています。その贈り物とは”魂の歓喜”です。・・まずは自分の心に「私の魂は何をすれば歓喜するのか」と問いかけてシード(種)の存在に気づくことです。そして、やりたいことのシードを見つけたら、毎日コツコツと水やりをしていくことです。すると、やがて芽吹き、魂の歓喜がもたらされるようになります。
・・・芸事の世界でも、型を真似ることから始めるのが上達の第一歩となります。それは「守破離」という師弟関係の基本を説く言葉にもあります。まずは師匠の型をとことん真似ます(守)。真似るのが上達したら「自分としてはこうしたい」と工夫しながら磨きをかけ、師匠の型を破る段階に発展します(破)。さらにはその型から離れ、自分の独自性を発揮する境地に達するのです(離)。
・・・私は何かを会得していくには、「反復練習」しかないと思っています。これはどんな仕事、どんなものごとでも同じ。「匠」と呼ばれるような達人でも、最初からうまくできたわけではなかったはずです。
・・・自分の心の中にある芥子粒のようなシードの存在は、心を澄ませておかないとなかなか気づくことができません。
・・・ヨーガの教えには8つの「部門」があるということでした。・・1~7は並行して毎日行う実践となります。7の瞑想法で8を繰り返し経験することで、徐々に8が定着し、いつの日か人はゴールである悟りに達します。必要なことは毎日の継続的実践です。1 禁戒は、暴力や嘘をつくなど反社会的行為を律するための実践(社会行動) 2 勧戒は、浄化、知足など毎日行うべき自己精進のための実践(自己実践) 3 坐法は、長時間の瞑想のための正しい姿勢をとるために行う肉体を柔軟にする実践(肉体の強さと柔軟性) 4 呼吸法は、心を静める瞑想のために深く静かな呼吸を維持できるように養う呼吸法の実践(肉体の活力) 5 制感法は、外界から心の内面に意識を向ける実践(五感制御) 6 集中法は、心の内面に意識を保ち続ける実践(精神統一) 7 瞑想法は、心のもっとも静かな真我へと意識を至らすための精神的実践(潜在意識) 8 三昧は、心の動きが最小限の状態である真我(本当の事故)の状態(瞑想で心の源に達した状態)
・・・ブッダのような蓮華坐(足を交叉させて反対側の太ももの上に置く瞑想の姿勢)は、普通の人だと1分もキープすることはできません。これを20分から30分維持して瞑想するということは、相当なインナーマッスルが必要になります。ヨーガのポーズは、それを鍛えるための動きなのです。
・・・人間は放っておくと口呼吸になります。鼻呼吸で酸素を脳に送り込んでクリアにするというのが、古代インドヨーガで5000年前から行われてきた呼吸法です。こちらも瞑想に至る前に欠かせないものです。
・・・型通りのジャブの練習と、相手と対峙したときのジャブはまったく違います。実際にボクサーと対峙して、どうやって闘ったらいいのか考えながら稽古していかないと、本物のジャブにはなりません。それと一緒で、何を表現するでもなく戦を描いても意味がない。線を鍛えていくには、描きたいものを必死になって一発一発描いて鍛え上げていくしかありません。
・・・好きなものがあるというのは、本当に強い。そして、何かを会得するためには反復練習するしかない。このときの経験は今でも私の人生の核になっています。
・・・「縄跳びをうまく跳ぶにはどうしたらいいんですか?」そうトレーナーに尋ねると、「いやー、鶴太郎さん、コツはないんですよ。ひたすら跳ぶしかないんです。跳んでいるうちに何かが見えてきますから」そんなふうに教えられました。それで黙々と跳んでいると、1週間、2週間と経つうちに、バツンバツンと足に当たっていたロープがだんだん当たらなくなってきます。「何かが見えてくるってこういうことか」と思っているうちに1か月も経つと、すっかりリズミカルに跳べるようになっていたのです。
・・・最後に私の大好きな言葉を記します。 汝の立つところ深く掘れ、そこに必ず泉あり』

«頭が突然鋭くなる瞑想法 ブッダが悟りを開いた人類最高の英知 (アルボムッレ・スマナサーラ長老著 日本テーラワーダ仏教協会)